(8)愛娘
富子は、初めて環奈の名を聞き、話を聞かされた瞬間から、不思議な愛しさを感じていた。
いや…
懐かしさと言った方が正しいかも知れない。
遥か昔、何処かに置き忘れてしまった大切なもの…
長い間、もう一度巡り会いたいと切望し、漸く再び相見える事のできたような、不思議な感慨を抱いていた。
当初、
環奈の話をする時も、真弓である富子が産んだ娘として語り聞かせていた。
富子もまた、
相変わらず、
『環奈に会いたいか?』
『会いとうございます。いつになったら、合わせて頂けますか?』
『そうじゃな…それは、真弓がもう一人産んでからじゃ。』
『もう一人?』
『そうじゃ。環奈を姉様にしてやってからじゃ。そうしたら、弟か妹を土産に、一緒に環奈の所に参ろうな。』
そう聞かされる度に、早く子を産みたい…
産んだ子供を連れて、環奈に会いたい…
そう思いながら、
『御祭神様、早く子供を授けて下さいな…お父様のお白穂さんを、可愛いややに変えてくださいな…』
と、下腹部を撫でながら、願ったりもした。
しかし…
実家が送り込んできた
富子の御祭神も、長年の
通常…
娘の御祭神が目覚めた事に気づかず、肉親の白穂で
幼い参道が激しく弄り回され、貫かれ過ぎる事により、御祭神が傷つき、子を産めなくなるのを防ぐ為でもある。
それを、富子の父、
特に、
寝床が真っ赤に染まる程血を流しても、更に激しく抉り続ける
最も、八十近い
まして、
そして、
息子達には皆、
また、富子以外の娘達は皆、
しかも、
あとは、
それも、
今更、富子が
むしろ、
八十近い
娘に
とは、言い切れない。
或いは、
そうして、何日にもわたって、複数の男達と同時に
そう考えた
『そうか…私、産めないんだ…』
環奈は私が産んだ子…
環奈は私の子供…
会いたい…
早くこの腕に抱きしめたい…
いつしか、考える事と言えば、
そうして、思いもかけず、環奈と一緒に裏屋敷で暮らす事になり…
富子は、裏屋敷で暮らすようになったら、環奈と一緒に遊ぼうと、毎日、玩具作りに勤しんだ。
本当なら、着物の一枚も縫ってやりたいところではあったのだが…
忌む子は、赤兎と同じだと聞く。
肌を隠す事を禁じられ、常に裸でいなければならないのだと言う。
環奈は、建前上では
一応、着物らしきものを着せられてはいるが…
許されているのは、肌が完全に透けて見える薄い布地の着物のみ。
実質、全裸にも等しい姿で過ごしていると聞く。
それならば…
手毬…
お手玉…
お人形…
環奈は、どんな顔して受け取ってくれるかな…
環奈は、気に入ってくれるかな…
環奈と、どんな事して遊ぼうかな…
環奈と、早く一緒に遊びたい…
環奈と、一緒にお父様をお待ちしたい…
二人で、お父様をお待ちして…
しかし、いざ当日が近づくにつれ、楽しみは次第に不安へと変わっていった。
環奈が、玩具を受け取ってくれなかったらどうしよう…
環奈が、玩具を気に入ってくれなかったらどうしよう…
環奈が、一緒に遊んでくれなかったらどうしよう…
環奈が、私に懐いてくれなかったらどうしよう…
それに、もう一つ…
環奈と一緒に暮らせる喜びに忘れかけていた、重大な事を思い出した事で、更なる不安を呼び起こされた。
それは…
私…
子供を産めない…
『真弓や、早よう、もう一人産んでおくれ。』
『真弓や、弟でも妹でも良いのじゃ。環奈にのう、可愛いややを土産に持ち帰りたいのじゃよ。』
『真弓や、環奈を姉様にしてやっておくれ。可愛いややの、姉様にしてやっておくれ。』
『真弓や、もう一人産まれたら、一緒に環奈のところに行こうな。環奈と一緒に、仲良う暮そうな。』
それは、富子を真弓と思い込まなくなった後も、同じであった。
富子が裏屋敷に暮らす事が決まった後も…
いや、前にも増して、もう一人の子が欲しいと話し続けた。
『環奈はのう…不憫な子なんじゃよ。あんな広い屋敷に、ずっと、ずっと、遊び相手もなく、寂しく暮らして…本当に不憫な子なんじゃよ。』
『わしも、もう歳じゃ。長く生きられても、あと十年は、側にいてやれまいよ。
わしがいなくなった後、環奈は一人ぽっちじゃ可哀想じゃよ。
富子や、あの子に、可愛い弟か妹を産んでやっておくれ…』
むしろ、富子を真弓だと思い込んでいた以上に、その話は切実なものとなっていた。
富子の不安は、次第に恐怖にすら変わりかけていた。
もし、子供は産めないと知られたら…
それも、
父や兄達に、子供を産めなくされたのだと知られたら…
それでも、
もう、真弓と思い込んでなどいない私を…
それでも…
それでも…
環奈は…
子を産めない私を…
弟も妹もつくってやれない私を…
裏屋敷に移る当日…
出迎えに来たのは、
遠からず
富子もまた、
此処からは、針の筵のような時が続く。
本来なら、
道ゆく人々は皆平伏するところであるが…
軽く一例して道を避けるのみ。
それも、
改めて、
彼らは、
そうなれば、名実ともに、この三人の政権は確立される。
同時に…
三人の後ろ盾とも言える
むしろ、口実を見出しては、積極的に断罪して
しかも、赤兎にした
今や、
まして、
誰一人、富子はまだ十三にも満たぬ少女である事など、意に介する者はいない。
もし、
しかし、今の富子に、本来格下である筈の
環奈は懐いてくれるだろうか…
父や兄達の手で、御祭神を壊されてしまった私を…
父や兄達の手で、子供を産めなくされまった私を…
頭の中は、環奈と
漸く、事の異様さを感じさせられたのは、裏屋敷に近づいた時であった。
富子は、裏屋敷を前にした途端、何やら背筋に冷たいものが走るのを感じた。
建物そのものは、見栄えこそ質素で地味ではあったが、造りは見事なものであった。
周囲を山林に囲まれているとは言え、日当たりも良い。
ただ、中が見えぬよう、周囲を囲む高い壁は、中の住人を守ると言うより閉じ込める為の牢獄のような印象を与えた。
警護する為の雑多な甲冑に身を固めた
『ケッ!また、やってやがるぜ!』
『ジジィと孫で、朝からよくやるぜ!』
『こちとら、
『そんなにするのが好きならよ、ケチケチせず俺達にもまわせっての!』
『どうせ、ジジィがくたばれば、河原行き…そこで、河原者どもの玩具にされるんだからよ!』
至る所から聞こえてくるのは、露骨に中の住人を蔑む声ばかりであった。
更に、富子が世情に通じていれば、すぐに気づいたであろうが…
警護を務める
しかも、互いに対立し合う一門の中から選ばれた下級の
更に言えば、中で雑用を務める
それも、形の上では、
その為、敢えて、
彼らには、数ヶ月単位で家に帰る事は勿論、一歩たりとも、屋敷から離れる事を禁じる。
間近にある神饌所を訪れ、
そんな状況下、絶えず裸で自分の
そうして、誰か一人でも環奈に手を出せば、対立する門閥家中の者に訴えさせる形で、手を出した者の家門を廃絶。
廃絶された者の娘を、訴え出た者の家中に与える事で、更に互いの監視と密告を競わせ、対立を煽り、門閥間の溝を深めさせようと考えていた。
富子には、そんな細かい事情まではわからなかったが…
互いの悪意に満ち溢れた裏屋敷の雰囲気が、とてつもなく気味悪く思われた。
富子が屋敷に近づくにつれ、振り向く警護達の関心は、次第に屋敷の住人から、富子へと移って行った。
『おい、見ろよ…』
『あれが、今日から淫乱娘と一緒に暮らすジジィの女か。』
『なかなか、色っぽいじゃないか。』
『あれで、まだ十三前だとよ。』
『そりゃあ、あの
『うーっ…俺達も御相伴に預からせて頂きてえ…』
『乳母の美穂殿の時は、各組、週交代で御相伴に預からせて頂いてたからな…』
辺りからは、猥雑な眼差しと共に、誰憚る事のない下卑た会話が、露骨に富子に向けて、聞こえてきた。
ふと、
微かに綻ぶ口元からは、何処かこの状況を小気味良く楽しんでる風にも見える。
『変わりないか?』
門前にたどり着くと、
『相変わらずですよ。』
『我らは、長らく家にも帰れず、ご無沙汰してると言うのに…良い気なものですよ。』
二人の門衛が答え、他の門衛達が一斉に皮肉な笑みを浮かべると…
『アン…アン…アン…』
『どうじゃ、気持ち良いか?ここが、やはり一番気持ち良いのか?』
『アーン…アン…アン…アーン…そこ…そこ…そこ、凄く良いの…お祖父様、もっと…もっと…アン…アン…アーーーーーン…』
『よしよし、此処じゃな、此処じゃな…それ、それ、そーれ…』
屋敷の奥から、聞き慣れた老人の声と、幼い声が聞こえてきた。
『環奈さん…』
富子は、それまでの不安も、屋敷を前にした時の不気味な恐怖心も消し飛び、忽ち満面の笑みを浮かべると、足取り軽く中に入ろうとした。
その時…
『お待ちなされよ。』
門衛達が、態度は恭しくも、恐ろしい形相をして、富子の前に立ちはだかった。
『中にお入りになられる前に、お召し物を…』
『お召し物って…』
『こちらの屋敷には、
『作用…つい先日も、不心得者が二人現れましてな…重大な過ちを犯しそうになったところでございました。
故に、外から来るものは、何人であろうとも、お
門衛達は、相変わらず物言いこそ恭しいが、富子の胸襟を乱暴に掴むと、露骨に脱がせにかかった。
『あ…あの…』
富子は、救いを求めるように
『
『おい、見ろよ。島畑組の奴ら、初めておったぞ。』
『そっか…今月は、島畑組の月番か…』
『あと三日で、我ら松元組だったのにな…』
『上手いことやりおって…』
屋敷警護の別部署から、忌々しげな声と共に、野次馬達が駆け寄って来る。
『何をされておられる。早く襦袢もお脱ぎくだされ。』
『裾除けと腰巻も…』
門衛達は、次第に周囲に人が集まると、気を良くしたようにニヤけながら、得意満面に富子の着物を脱がせて行った。
やがて、富子が一糸纏わぬ姿にさせられると…
『さあ、お手を退けくださりませ。そこを隠されては、吟味できませぬ。』
門衛の一人が、半ば捻りあげるように富子の両手を後ろに押さえつけて膝に抱き抱えると、見物人達に見せつけるように、両脚を拡げさせた。
『嫌っ!』
思わず、富子が顔を背けて声をあげるのに合わせるように…
『オォォォーッ!』
と、言う周囲の響めきが湧き起こった。
『これは、これは…』
『さすがは、幼い頃より、父君様と兄君様に仕込まれただけの事はありますな。何と、触り具合の良いことよ。』
側に寄る門衛が二人が、小さな椀を逆さにしたような乳房を揉み出し…
『アッ…!』
富子が、思わず声を上げると…
『何を今更、恥じらわれまするか。』
『三つか四つの頃には、父君様や兄君様達に、
また、別の門衛二人の指先で、薄らと若草の茂り出した
『嫌っ…嫌っ…嫌っ…』
富子はいよいよ涙目で首を振り立てだすと…
『おい、見てみろよ。まだ十三にもならねえくせに、中はあんなに変色してるぜ。』
『
『あれじゃあ、十六だった美穂の方が、
野次馬達の間から、下卑た爆笑が鳴り響いてきた。
『さあて、それでは早速、中を改めさせて頂きましょう。』
富子の
『アーーーーッ!!!!』
たまらず、富子が思い切り顎を上げ、弓形に背中を逸らせると…
『某は、こちらの参道を調べさせて頂きましょう。』
もう一人の門衛は、富子の尻に手先を回し、裏参道に指を捻り込んでいった。
『痛い!痛い!痛い!アァァァァーーッ!!!』
いよいよ、激しく身を捩らせて泣き叫ぶ富子に、同情のかけらも見せる者はいない。
『うわっ!こいつは、イキが良い!』
『これだけ、イキが良ければ、中に何を隠し持ってるかわからんぞ!』
『ほれ、島畑衆!もっと奥まで調べろ!』
『そだそだ!そんなんで、何か見落としでもしてみろ!組頭の伸之介様にお叱りを受けるぞ!』
『それとも何か?吟味役は、我ら松元組に任せるか?』
『竜之介組頭様に仕込まれた我らに任せりゃあ、
周囲からは、ますます下卑た囃子の声と爆笑が巻き起こっていった。
『クククク…胸は三つの頃より使い込まれた事もあって、実に具合良いのう。』
富子の胸の膨らみを揉み、突起を舐めしゃぶる門衛二人はそう言うと…
『これならどうだ?』
『もっと、具合良くなるだろう?』
富子の胸のシコリを思い切り鷲掴み、捻り上げた。
『ヒィ!ヒィ!ヒィ!キャーーーーーーーーーッ!!!!!』
富子がまた、一際甲高い声で悲鳴をあげると…
『オォォォーッ!いいぞ!いいぞ!』
『島畑衆!その調子だ!その調子だ!』
『もっと、声をあげさせろ!』
忽ち、周囲からは拍手と歓声が湧き上がった。
その時…
『お前達!そこで、何をしておるのじゃ!』
凄まじい怒声に、一同森閑となって振り向くと、顔を真っ赤に青筋を立てた
凋落の一途を辿っているとは言え、三十有余年もの間、
一睨みされれば、一族諸共殲滅されると言われた彼を、いざ間近にすれば、未だ縮み上がらぬ者はいない。
皆、忽ち額を地につけて平伏した。
『誰ぞ、答えよ。わしの
『お…お…お許しを…』
『我らは…我らは…ただ…』
ひたすら許しを乞う門衛の一人は、思わずその場に失禁した。
『我らは…何じゃと、申すのじゃ?』
すると…
『ここでのしきたりを、お教えして差し上げたまで…の事ですよ。』
ただ一人、涼しい顔をした
『しきたり…じゃと?』
『作用…しきたりや作法は、厳しい仕置を施しながら伝授する。それが、父上の持論でございましたな。
父上は、よく申されていたではありませぬか。女や子供も、民も、甘やかしては育たない。厳しい仕置で鍛えられ、虐めぬく事で強くなるのでしょう?それと、規律と分別もつけられると…』
『お忘れか?名実共にあなたの
しかるに、真弓と真弓の産んだ環奈には、違う扱いをされた故に、
ここでまた、富子の扱いを甘うされれば、更に規律は緩み…
弥助と与助のような不心得者が…』
『弥助と与助じゃと…それじゃあ、やはり彼奴らは…』
『まさか…私は、ただ…ここで、
『わしに対する脅しか?』
『滅相もござりませぬ。私は、案じておるのですよ…
『さあ、私の言う事をご理解あそばされましたら、今暫し奥座敷にお引き取りを…
まだ、
『必要ない…』
『父上、何の真似にござりまするか?』
『富子の
『お父様…』
富子は、忽ちしゃくりあげながら、涙を溢れさせた。
『富子、わしの我儘を聞いて貰ったばかりに…裏屋敷になど来てくれと頼んだばかりに…すまん事をしたのう。』
『富子や、もう少しだけ、辛抱してくれるかの?』
『富子や、愛しゅう思うと言う意味が、漸くわかりかけてきたぞ。おまえのおかげじゃ。』
『お父様…私も、愛しゅう思うておりまする。お父様の事…心から…』
『嬉しい事を言うてくれるの。』
富子は、
周囲には、数多の門衛・警護の
富子の胸は、羞恥に胸が張り裂けそうであった。
それでも…
傷だらけになった胸を這う手の温もりは優しく暖かく…
次第に、周囲に人がいる事も忘れてゆく。
『アァァッ…アァァッ…アァァッ…』
『アァァッ…アンッ…アンッ…アァァッ…』
同時に、片方の手は、それまで門衛達に蹂躙されていた
『アッ…アッ…アッ…アァァッ…』
富子は、緩やかに蠢く指先の感触に、
最早、辺りに見えるものは何もない。
富子を蹂躙していた門衛達も、それを取り巻いていた野次馬達も…
今、見えるのは…
『富子、ゆくぞ。』
『はい、お父様…』
見慣れた
『アァァ…お父様…お父様…アン…アン…アン…』
富子は、参道の中を潜り抜ける温もりを感じながら、赤子の鳴き声にも似た喘ぎを漏らしていった。
『富子や、もう少しじゃよ。もう少し頑張れば、環奈に会えるぞ。』
『環奈…さん…』
『そうじゃ、そうじゃ。環奈に、もうすぐ会えるぞ。』
真っ白な世界に漂う中…
何もかも忘れかけていた富子は、環奈の名を耳にした途端、急にまた、屋敷に辿りつくまで抱き続けていた不安に、とらわれ始めた。
環奈は懐いてくれるだろうか…
子を産めない私を…
子を産めなくされてしまった私を…
『環奈さん…私を…気に入ってくれるかしら…わたしと…懐いて…くれるかしら…』
『決まっておるではないか。環奈はのう、おまえが一緒に暮らしてくれると聞いて、大喜びしておったぞ。毎日、おまえに遊んで貰えるのを楽しみにしておった。』
『本当にございますか?私と会うのを…』
『本当じゃとも。』
『嬉しい…嬉しい…でも、私…私…』
富子が、更に何か言いかけると、その口を塞ぐかのように、
そこから先は、再び二人だけしか存在しない真っ白な世界が広がってゆく。
富子も合わせるように、背中を弓形にして、腰を跳ね上げてゆく。
次第に、下腹部の中で、参道を駆け巡るものが、暖かなものを放つ前触れを感じる。
もうすぐ、御祭神を詣でる瞬間が近づいているのだ。
『オッ…オッ…オッ…オッ…』
『アン…アン…アン…アン…』
二人の鼓動の高鳴りに合わせ、小刻みになってゆく喘ぎが交差する。
やがて…
『オォォォーッ…』
『アァァァーッ…』
二人は、同時に声をあげると、動きを静止した。
『おまえ達の余興は終わりじゃ、十分じゃろう。』
現実に立ち返った
『まだ、何か不審あるのか?あるなら、申してみよ!』
『睦夫、おまえも、まだ何かあるのか?』
『いえ…別に…』
まだ何か言いたげだった
『富子や、よう頑張ったの。偉いぞ。もう、大丈夫じゃよ。』
『お父様…』
『さあ、
最早、
『
側近く控える
『フッ…』
『環奈じゃよ。』
漸く奥座敷に通されると、小さな垂髪の少女が裸で縁側に腰掛けていた。
環奈は、こちらに向けた小さな背中を丸くして、何やら夢中になっている。
『さあ、声をかけてやっておくれ。』
『えっ?』
『実はのう、富子が今日やってくることは、話してないんじゃよ。環奈の奴を、驚かせてやりたくてのう。』
『まあっ!』
富子の胸は、忽ち高鳴り出した。
漸く会う日を夢見ていた環奈が、目の前にいる。
思っていたより、ずっと小さな肩…
思っていたより、ずっと白い肌…
何も言わず駆け寄り抱きしめたい…
けれども、手足が強ばり動かない…
まるで金縛りにあったような苦悶…
『アッ…アッ…アーーーン…』
不意に、環奈は更に背を丸めて声を漏らす。
この時になって、何を夢中になってしているのかがわかった。
『アッ…アッ…アーンッ…アッ…アッ…アーンッ…』
指先で
『アァァ…お祖父様…アァァ…お祖母様…』
次第に息をあげ出す環奈が、肩を大きく揺すりながら、祖父と祖母の名を口に出すと、富子の鼓動の高鳴りは、急速に大きくなっていった。
『環奈はのう、ああやって、毎日自分で慰めながらの、わしとおまえと三人で楽しむ日を楽しみにしてたんじゃよ。』
最早、横から言う
『お祖母様…お祖母様…アッ…アッ…アッ…』
ただ、自分を呼ぶ声だけが、しっかり耳に響いてくる。
『環奈さん…』
富子が思わず声を漏らした瞬間…
『お祖母…様…!』
環奈も、急に動きを止めると同時に放尿する。
『環奈さん。』
富子がもう一度呼びかけると…
『お祖母…様?』
振り向く環奈は、小首を傾げて、こちらを見上げた。
富子は、答える代わりに優しく微笑みながら大きく頷く。
『お祖母様!』
環奈も、忽ち溢れんばかりの笑みを浮かべて声をあげると、まだ出し切らぬ尿を滴らせながら、飛ぶように駆け寄って来た。
『環奈さん、いらして!』
富子も思わず両手を拡げて待ち構えると…
『わあっ!お祖母様だ!お祖母様だ!お祖母様だ!』
環奈は、富子の胸に潜り込むや、子犬のように落ち着きなく大はしゃぎし始めた。
『環奈さん…』
思わず抱きしめる富子に、最早、いかなる言葉も必要のないものに思われた。
裏屋敷に住う日が近づくにつれて、高まり続けていた不安や恐れも綺麗に消し飛び…
『この子は、私の娘…私が産んだ子供…この子がいれば良い…この子がいてくれれば何もいらない…』
今はただ、そんな愛しさだけが胸いっぱいに拡り、いつまでも環奈を抱きしめ、頬擦りし続けた。