※この作品はR-18です。

兎神伝〜紅兎   作:和心

75 / 102
(8)愛娘

(8)愛娘

 

富子は、初めて環奈の名を聞き、話を聞かされた瞬間から、不思議な愛しさを感じていた。

いや…

懐かしさと言った方が正しいかも知れない。

遥か昔、何処かに置き忘れてしまった大切なもの…

長い間、もう一度巡り会いたいと切望し、漸く再び相見える事のできたような、不思議な感慨を抱いていた。

当初、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、富子を娘の真弓と思い込んでいた。

環奈の話をする時も、真弓である富子が産んだ娘として語り聞かせていた。

富子もまた、淀卓宮司(よどすぐるのみやつか)の前では、真弓になりきっていた。

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の事は、『親社(おやしろ)様…』ではなく、『お父様…』と呼び、環奈の事は、『宿姫(すくひめ)様…』ではなく、『環奈…』と、呼んでいた。

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が、富子を真弓と思い込まなくなってからは、さすがに環奈を呼び捨てにはしなくなったが…

相変わらず、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)を『お父様』と呼び続ける富子は、環奈の事も、本当に自分が産んだ娘のような気持ちでい続けていた。

『環奈に会いたいか?』

『会いとうございます。いつになったら、合わせて頂けますか?』

『そうじゃな…それは、真弓がもう一人産んでからじゃ。』

『もう一人?』

『そうじゃ。環奈を姉様にしてやってからじゃ。そうしたら、弟か妹を土産に、一緒に環奈の所に参ろうな。』

そう聞かされる度に、早く子を産みたい…

産んだ子供を連れて、環奈に会いたい…

そう思いながら、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の白穂が中に放たれる度に…

『御祭神様、早く子供を授けて下さいな…お父様のお白穂さんを、可愛いややに変えてくださいな…』

と、下腹部を撫でながら、願ったりもした。

しかし…

実家が送り込んできた医師(くすし)の見立てでは、富子が子を成すのは難しいと言う。

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が、既に八十近い事もあるが…

富子の御祭神も、長年の田起(たおこし)で、傷だらけだからだと言う。

通常…

田起(たおこし)は、常に医師(くすし)を側に置いて行われる。

娘の御祭神が目覚めた事に気づかず、肉親の白穂で忌子(いむこ)が生まれて来てしまう事を防ぐ事もあるが…

幼い参道が激しく弄り回され、貫かれ過ぎる事により、御祭神が傷つき、子を産めなくなるのを防ぐ為でもある。

それを、富子の父、伸介連(のぶすけのむらじ)は、医師(くすし)など側に置かず、息子達と共に、激しく参道を弄り、抉り続けた。

特に、伸介連(のぶすけのむらじ)の五男、伸五郎(のぶごろう)は、性豪巨漢な三波鱶背家(みつなみふかせのいえ)の中にあっても、一際巨漢であり、性豪であった。

寝床が真っ赤に染まる程血を流しても、更に激しく抉り続ける伸五郎(のぶごろう)に、富子の神門(みと)は、参道と裏参道が一つになりかける程引き裂かれ、御祭神を傷だらけにされた。

伸介連(のぶすけのむらじ)は、門閥存続の為に、富子を淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)に祝幣する決意をした。

最も、八十近い淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)に、最早次の子を儲ける機能はないと見越しての事でもあった。

伸介連(のぶすけのむらじ)からすれば、かつて一門を廃絶の危機にまで追い詰めた、戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)に、恨みはあっても、恩義など微塵も感じてはいない。

まして、三波鱶背家(みつなみふかせのいえ)廃絶を画策した張本人である、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)には、底知れぬ憎悪を抱いていた。

伸介連(のぶすけのむらじ)が、唯一恩義を感じる者がいるとすれば、門閥廃絶の危機に立たされた時、擁護の為に奔走してくれた睦夫大祝(むつおのおおほり)だけである。

そして、睦夫大祝(むつおのおおほり)とは、盟友である、昴田絲志郎連(すばるたいとしろうのむらじ)共々、固く縁戚関係を結んでいた。

息子達には皆、睦夫大祝(むつおのおおほり)と絲志郎連(いとしろうのむらじ)の娘達を室に迎えさせている。

また、富子以外の娘達は皆、睦夫大祝(むつおのおおほり)と彼の息子達に祝幣するか、絲志郎連(いとしろうのむらじ)の息子達に室として送り込んでいる。

しかも、睦夫大祝(むつおのおおほり)に祝幣された娘は、夫が宮司職(みやつかさしき)を即くより早く斎后(いつきのきさき)に即けられた。

睦夫大祝(むつおのおおほり)の側近である神代(みしろ)達は、睦夫大祝(むつおのおおほり)の娘達を祝幣された親類の神職(みしき)達で固められた。

あとは、睦夫大祝(むつおのおおほり)以外の戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)の者達を失墜させてゆくのみ…

それも、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかささ)の娘が、忌子(いむこ)を産んだ責任の追求と言う形で進んでいる。

今更、富子が淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の子を孕む事に何の意味はない。

むしろ、睦夫大祝(むつおのおおほり)を担ぎ上げて、三波鱶背家(みつなみふかせのいえ)の政権を打ち立てる妨げとなる。

八十近い淀卓連(よどすぐるのむらじ)が、よもや女に子を為させる事などできるとは思えないが…

娘に忌子(いむこ)を孕ませたのは、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)自身だとも言われている以上…絶対に…

とは、言い切れない。

或いは、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が自らの手で子を為せぬと悟った時は、親類の若者を複数集めて、同時に富子と穂供(そなえ)をさせる。

そうして、何日にもわたって、複数の男達と同時に穂供(そなえ)をさせる事で、誰の子か定かでない子を産ませた上で、自身の子と言う事にする可能性もある。

そう考えた伸介連(のぶすけのむらじ)は、万に一つも、富子が子を成す事ができなくなるよう、敢えて激しい田起(たおこし)をして、御祭神を傷だらけにしたのである。

『そうか…私、産めないんだ…』

医師(くすし)の話を聞き終えた富子は、一言呟いて号泣すると、環奈への思いを一段と強くさせた。

環奈は私が産んだ子…

環奈は私の子供…

会いたい…

早くこの腕に抱きしめたい…

いつしか、考える事と言えば、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の事か、環奈の事ばかりとなった。

そうして、思いもかけず、環奈と一緒に裏屋敷で暮らす事になり…

富子は、裏屋敷で暮らすようになったら、環奈と一緒に遊ぼうと、毎日、玩具作りに勤しんだ。

本当なら、着物の一枚も縫ってやりたいところではあったのだが…

忌む子は、赤兎と同じだと聞く。

肌を隠す事を禁じられ、常に裸でいなければならないのだと言う。

環奈は、建前上では宿姫(すくひめ)と言う扱いを受けている。

一応、着物らしきものを着せられてはいるが…

許されているのは、肌が完全に透けて見える薄い布地の着物のみ。

実質、全裸にも等しい姿で過ごしていると聞く。

それならば…

手毬…

お手玉…

お人形…

環奈は、どんな顔して受け取ってくれるかな…

環奈は、気に入ってくれるかな…

環奈と、どんな事して遊ぼうかな…

環奈と、早く一緒に遊びたい…

環奈と、一緒にお父様をお待ちしたい…

二人で、お父様をお待ちして…

しかし、いざ当日が近づくにつれ、楽しみは次第に不安へと変わっていった。

環奈が、玩具を受け取ってくれなかったらどうしよう…

環奈が、玩具を気に入ってくれなかったらどうしよう…

環奈が、一緒に遊んでくれなかったらどうしよう…

環奈が、私に懐いてくれなかったらどうしよう…

それに、もう一つ…

環奈と一緒に暮らせる喜びに忘れかけていた、重大な事を思い出した事で、更なる不安を呼び起こされた。

それは…

私…

子供を産めない…

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、環奈の話と共に、もう一つ、同じ話を繰り返していた。

『真弓や、早よう、もう一人産んでおくれ。』

『真弓や、弟でも妹でも良いのじゃ。環奈にのう、可愛いややを土産に持ち帰りたいのじゃよ。』

『真弓や、環奈を姉様にしてやっておくれ。可愛いややの、姉様にしてやっておくれ。』

『真弓や、もう一人産まれたら、一緒に環奈のところに行こうな。環奈と一緒に、仲良う暮そうな。』

それは、富子を真弓と思い込まなくなった後も、同じであった。

富子が裏屋敷に暮らす事が決まった後も…

いや、前にも増して、もう一人の子が欲しいと話し続けた。

『環奈はのう…不憫な子なんじゃよ。あんな広い屋敷に、ずっと、ずっと、遊び相手もなく、寂しく暮らして…本当に不憫な子なんじゃよ。』

『わしも、もう歳じゃ。長く生きられても、あと十年は、側にいてやれまいよ。

わしがいなくなった後、環奈は一人ぽっちじゃ可哀想じゃよ。

富子や、あの子に、可愛い弟か妹を産んでやっておくれ…』

むしろ、富子を真弓だと思い込んでいた以上に、その話は切実なものとなっていた。

富子の不安は、次第に恐怖にすら変わりかけていた。

もし、子供は産めないと知られたら…

それも、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)に子を為させない為に、御祭神を傷つけられて…

父や兄達に、子供を産めなくされたのだと知られたら…

それでも、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は…

もう、真弓と思い込んでなどいない私を…

それでも…

それでも…

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は…

環奈は…

子を産めない私を…

弟も妹もつくってやれない私を…

裏屋敷に移る当日…

出迎えに来たのは、睦夫大祝(むつおのおおほり)であった。

神漏兵(みもろのつわもの)達を引き連れやってきた睦夫大祝(むつおのおおほり)は、態度こそ恭しかったが、出迎えると言うよりは、屋敷の受け渡しに訪れた感があった。

斎后(いつきのきさき)が屋敷に入ってくると、睦夫大祝(むつおのおおほり)は、これまた大仰に平伏し、付き従う神漏兵(みもろのつわもの)達も、それに倣う。

遠からず宮司(みやつかさ)に即くとは言え、今はまだ、大祝(おおほり)。

斎后(いつきのきさき)である伴侶の祝姫(ほりひめ)の方が職階が上な事もあるが、暗に富子の立場を見せつけての事であった。

富子もまた、睦夫大祝(むつおのおおほり)にそれとなく目配せで促されるままに平伏すと、斎后(いつきのきさき)は軽く一瞥し、屋敷の中へと消えていった。

此処からは、針の筵のような時が続く。

本来なら、宮司(みやつかさ)の一乃祝姫(いちのほりひめ)である富子が、斎后(いつきのきさき)である。

道ゆく人々は皆平伏するところであるが…

軽く一例して道を避けるのみ。

それも、社(やしろ)の主の正室に対する敬意と言うよりは、忌まわしいものを避けていると言う感が強かった。

改めて、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の凋落ぶりが窺える。

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の息子である睦夫大祝(むつおのおおほり)と、昴田絲志郎連(すばるたのいとしろうのむらじ)、三波伸介連(みつなみののぶすけのむらじ)が、今は実質的な最高指導権を握っている。

彼らは、天伏(てんぷく)流道場の同門であるところから、天伏(てんぷく)三人衆と呼ばれている。

睦夫大祝(むつおのおおほり)が本宮司(もとつみやつかさ)に即いた後、昴田絲志郎連(すばるたのいとしろうのむらじ)は鎮守宮司(しずめのもりつみやつかさ)、三波伸介連(みつなみののぶすけのむらじ)は大連(おおむらじ)となる事が決まっている。

そうなれば、名実ともに、この三人の政権は確立される。

同時に…

三人の後ろ盾とも言える昴田鱶背家(すばるたふかせのいえ)と三波鱶背家(みつなみふかせのいえ)の権勢も高まり、逆に戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)は失墜の一途を辿っていた。

睦夫大祝(むつおのおおほり)も、出自である戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)の者を庇うような真似はしない。

むしろ、口実を見出しては、積極的に断罪して兎神家(とがみのいえ)に陥し、一番幼い娘を赤兎にした。

しかも、赤兎にした戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)の娘は皆、それまで戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)に虐げられ続けてきた一門の産土社(うぶすなやしろ)に下げ渡し、徹底的に虐め抜かせていると言う。

今や、社(やしろ)の中で、戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)の者に身の置き所はない。

まして、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の祝姫(ほりひめ)に向けられる眼差しは、憎悪と蔑みに満ちていた。

誰一人、富子はまだ十三にも満たぬ少女である事など、意に介する者はいない。

もし、睦夫大祝(むつおのおおほり)と、親衛隊とも言える三波組神漏兵(みつなみぐみみもろのつわもの)達に囲まれてなければ、何処から石が飛んできてもおかしくない雰囲気であった。

しかし、今の富子に、本来格下である筈の祝姫(ほりひめ)に平伏させられる事にも、境内で好奇の目に晒される事にも屈辱を感じる思いはない。

環奈は懐いてくれるだろうか…

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、変わらず愛しく思ってくれるだろうか…

父や兄達の手で、御祭神を壊されてしまった私を…

父や兄達の手で、子供を産めなくされまった私を…

頭の中は、環奈と淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の事ばかりであり、他の事を感じたり考えたりする余地など、何処にもなかったのである。

漸く、事の異様さを感じさせられたのは、裏屋敷に近づいた時であった。

富子は、裏屋敷を前にした途端、何やら背筋に冷たいものが走るのを感じた。

建物そのものは、見栄えこそ質素で地味ではあったが、造りは見事なものであった。

周囲を山林に囲まれているとは言え、日当たりも良い。

ただ、中が見えぬよう、周囲を囲む高い壁は、中の住人を守ると言うより閉じ込める為の牢獄のような印象を与えた。

警護する為の雑多な甲冑に身を固めた神漏兵(みもろのつわもの)達の立ち位置振る舞いも、中の住人を守ろうとする者のものではない。

『ケッ!また、やってやがるぜ!』

『ジジィと孫で、朝からよくやるぜ!』

『こちとら、兎神子(とみこ)と穂供(そなえ)するどころか…赤兎で遊ぶ事もできねえってのによ!』

『そんなにするのが好きならよ、ケチケチせず俺達にもまわせっての!』

『どうせ、ジジィがくたばれば、河原行き…そこで、河原者どもの玩具にされるんだからよ!』

至る所から聞こえてくるのは、露骨に中の住人を蔑む声ばかりであった。

更に、富子が世情に通じていれば、すぐに気づいたであろうが…

警護を務める神漏兵(みもろのつわもの)達は皆、かつて、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)に虐げられ続けてきた一門の者達である。

しかも、互いに対立し合う一門の中から選ばれた下級の神漏兵(みもろのつわもの)達を隣り合わせに配置させている。

更に言えば、中で雑用を務める犬神人(いぬじにん)や猿女(さるめ)達も、そうした家中から選ばれた者達であった。

睦夫大祝(むつおのおおほり)としては…

宮司(みやつかさ)に即く前、戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)の者達もできるだけ排除しておきたいが、敵対しうる有力門閥も廃絶させておきたいところであった。

それも、形の上では、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の命によって…で、ある。

その為、敢えて、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)と戸塚鱶背家(とづかふかせのいえ)の者に、積年の恨みを抱く門閥家中から護衛と使用人を選ぶ。

彼らには、数ヶ月単位で家に帰る事は勿論、一歩たりとも、屋敷から離れる事を禁じる。

間近にある神饌所を訪れ、兎神子(とみこ)と穂供(そなえ)する事は勿論、赤兎で遊ぶ事すら固く禁じておく。

そんな状況下、絶えず裸で自分の身体(からだ)を弄ぶ環奈に、当然の如く欲情するであろう彼らが、問題を起こすのを狙っての事である。

そうして、誰か一人でも環奈に手を出せば、対立する門閥家中の者に訴えさせる形で、手を出した者の家門を廃絶。

廃絶された者の娘を、訴え出た者の家中に与える事で、更に互いの監視と密告を競わせ、対立を煽り、門閥間の溝を深めさせようと考えていた。

富子には、そんな細かい事情まではわからなかったが…

互いの悪意に満ち溢れた裏屋敷の雰囲気が、とてつもなく気味悪く思われた。

富子が屋敷に近づくにつれ、振り向く警護達の関心は、次第に屋敷の住人から、富子へと移って行った。

『おい、見ろよ…』

『あれが、今日から淫乱娘と一緒に暮らすジジィの女か。』

『なかなか、色っぽいじゃないか。』

『あれで、まだ十三前だとよ。』

『そりゃあ、あの三波組(みつなみぐみ)のお頭様が、御子息様方と手塩にかけて育てられたお姫様だ…三つか四つの時から御神門(おみと)を鍛えられ、七つの時には参道を開かれてるんだ。兎神子(とみこ)も真っ青だろうよ。』

『うーっ…俺達も御相伴に預からせて頂きてえ…』

『乳母の美穂殿の時は、各組、週交代で御相伴に預からせて頂いてたからな…』

辺りからは、猥雑な眼差しと共に、誰憚る事のない下卑た会話が、露骨に富子に向けて、聞こえてきた。

ふと、睦夫大祝(むつおのおおほり)の顔を見ると、一見、何も意に返さぬような澄まし顔をしつつ…

微かに綻ぶ口元からは、何処かこの状況を小気味良く楽しんでる風にも見える。

『変わりないか?』

門前にたどり着くと、睦夫大祝(むつおのおおほり)は、平伏し出迎える、門衛の神漏兵(みもろのつわもの)達に声をかけた。

『相変わらずですよ。』

『我らは、長らく家にも帰れず、ご無沙汰してると言うのに…良い気なものですよ。』

二人の門衛が答え、他の門衛達が一斉に皮肉な笑みを浮かべると…

『アン…アン…アン…』

『どうじゃ、気持ち良いか?ここが、やはり一番気持ち良いのか?』

『アーン…アン…アン…アーン…そこ…そこ…そこ、凄く良いの…お祖父様、もっと…もっと…アン…アン…アーーーーーン…』

『よしよし、此処じゃな、此処じゃな…それ、それ、そーれ…』

屋敷の奥から、聞き慣れた老人の声と、幼い声が聞こえてきた。

『環奈さん…』

富子は、それまでの不安も、屋敷を前にした時の不気味な恐怖心も消し飛び、忽ち満面の笑みを浮かべると、足取り軽く中に入ろうとした。

その時…

『お待ちなされよ。』

門衛達が、態度は恭しくも、恐ろしい形相をして、富子の前に立ちはだかった。

『中にお入りになられる前に、お召し物を…』

『お召し物って…』

『こちらの屋敷には、親社(おやしろ)様の大事な宿姫(すくひめ)様がお住まいであられる。万が一にも、外から訪れる者に間違いがあってはなりませぬ。』

『作用…つい先日も、不心得者が二人現れましてな…重大な過ちを犯しそうになったところでございました。

故に、外から来るものは、何人であろうとも、お身体(からだ)の隅々まで、吟味を…』

門衛達は、相変わらず物言いこそ恭しいが、富子の胸襟を乱暴に掴むと、露骨に脱がせにかかった。

『あ…あの…』

富子は、救いを求めるように睦夫大祝(むつおのおおほり)に目を向けると…

『祝姫(ほりひめ)様、屋敷のしきたりにございます。』

睦夫大祝(むつおのおおほり)がすまし顔に一礼して述べ、付き従う神漏兵(みもろのつわもの)達は、下卑た含み笑いを浮かべ出した。

『おい、見ろよ。島畑組の奴ら、初めておったぞ。』

『そっか…今月は、島畑組の月番か…』

『あと三日で、我ら松元組だったのにな…』

『上手いことやりおって…』

屋敷警護の別部署から、忌々しげな声と共に、野次馬達が駆け寄って来る。

『何をされておられる。早く襦袢もお脱ぎくだされ。』

『裾除けと腰巻も…』

門衛達は、次第に周囲に人が集まると、気を良くしたようにニヤけながら、得意満面に富子の着物を脱がせて行った。

やがて、富子が一糸纏わぬ姿にさせられると…

『さあ、お手を退けくださりませ。そこを隠されては、吟味できませぬ。』

門衛の一人が、半ば捻りあげるように富子の両手を後ろに押さえつけて膝に抱き抱えると、見物人達に見せつけるように、両脚を拡げさせた。

『嫌っ!』

思わず、富子が顔を背けて声をあげるのに合わせるように…

『オォォォーッ!』

と、言う周囲の響めきが湧き起こった。

『これは、これは…』

『さすがは、幼い頃より、父君様と兄君様に仕込まれただけの事はありますな。何と、触り具合の良いことよ。』

側に寄る門衛が二人が、小さな椀を逆さにしたような乳房を揉み出し…

『アッ…!』

富子が、思わず声を上げると…

『何を今更、恥じらわれまするか。』

『三つか四つの頃には、父君様や兄君様達に、御神門(おみと)を可愛がって頂き、七つの時には、参道を開いて頂いて…毎日毎晩、御祭神を詣でて頂いたのでしょう?』

また、別の門衛二人の指先で、薄らと若草の茂り出した神門(みと)のワレメを開かれ、中を弄り出された。

『嫌っ…嫌っ…嫌っ…』

富子はいよいよ涙目で首を振り立てだすと…

『おい、見てみろよ。まだ十三にもならねえくせに、中はあんなに変色してるぜ。』

『内神門(うちみと)なんか、あんなにはみ出て皺だらけだぞ。』

『あれじゃあ、十六だった美穂の方が、童女(わらめ)みたいだったじゃないか。』

野次馬達の間から、下卑た爆笑が鳴り響いてきた。

『さあて、それでは早速、中を改めさせて頂きましょう。』

富子の神門(みと)を開き、中を覗き見ていて門衛の一人は、そう言うなり、唐突に指を捻り込んで掻き回し始めた。

『アーーーーッ!!!!』

たまらず、富子が思い切り顎を上げ、弓形に背中を逸らせると…

『某は、こちらの参道を調べさせて頂きましょう。』

もう一人の門衛は、富子の尻に手先を回し、裏参道に指を捻り込んでいった。

『痛い!痛い!痛い!アァァァァーーッ!!!』

いよいよ、激しく身を捩らせて泣き叫ぶ富子に、同情のかけらも見せる者はいない。

『うわっ!こいつは、イキが良い!』

『これだけ、イキが良ければ、中に何を隠し持ってるかわからんぞ!』

『ほれ、島畑衆!もっと奥まで調べろ!』

『そだそだ!そんなんで、何か見落としでもしてみろ!組頭の伸之介様にお叱りを受けるぞ!』

『それとも何か?吟味役は、我ら松元組に任せるか?』

『竜之介組頭様に仕込まれた我らに任せりゃあ、神門(みと)に生える若草の本数まで正確に調べあげてみせるぜ!』

周囲からは、ますます下卑た囃子の声と爆笑が巻き起こっていった。

『クククク…胸は三つの頃より使い込まれた事もあって、実に具合良いのう。』

富子の胸の膨らみを揉み、突起を舐めしゃぶる門衛二人はそう言うと…

『これならどうだ?』

『もっと、具合良くなるだろう?』

富子の胸のシコリを思い切り鷲掴み、捻り上げた。

『ヒィ!ヒィ!ヒィ!キャーーーーーーーーーッ!!!!!』

富子がまた、一際甲高い声で悲鳴をあげると…

『オォォォーッ!いいぞ!いいぞ!』

『島畑衆!その調子だ!その調子だ!』

『もっと、声をあげさせろ!』

忽ち、周囲からは拍手と歓声が湧き上がった。

その時…

『お前達!そこで、何をしておるのじゃ!』

凄まじい怒声に、一同森閑となって振り向くと、顔を真っ赤に青筋を立てた淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が立っていた。

凋落の一途を辿っているとは言え、三十有余年もの間、鱶背社領(ふかせのやしろのかなめ)の絶対的な独裁者として君臨し続けてきた淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)である。

一睨みされれば、一族諸共殲滅されると言われた彼を、いざ間近にすれば、未だ縮み上がらぬ者はいない。

皆、忽ち額を地につけて平伏した。

『誰ぞ、答えよ。わしの祝姫(ほりひめ)、世が世なれば、斎后(いつきのきさき)たる富子に、今、何をしておったのじゃ。』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、一同を睨み渡しながら、今度は腹の底から湧き出るような低い声で言うと…

『お…お…お許しを…』

『我らは…我らは…ただ…』

ひたすら許しを乞う門衛の一人は、思わずその場に失禁した。

『我らは…何じゃと、申すのじゃ?』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、失禁した門衛に、血走った眼差しを向けると、その頭を思い切り踏みつけ、更に問いただした。

すると…

『ここでのしきたりを、お教えして差し上げたまで…の事ですよ。』

ただ一人、涼しい顔をした睦夫大祝(むつおのおおほり)が答えて言った。

『しきたり…じゃと?』

『作用…しきたりや作法は、厳しい仕置を施しながら伝授する。それが、父上の持論でございましたな。

父上は、よく申されていたではありませぬか。女や子供も、民も、甘やかしては育たない。厳しい仕置で鍛えられ、虐めぬく事で強くなるのでしょう?それと、規律と分別もつけられると…』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が、答える代わりに歯軋りと唸り声をあげると…

『お忘れか?名実共にあなたの斎妃(いつきのきさき)であられた母上に、母上から生まれた洋子に、田起(たおこし)で洋子を孕ませ産ませた忌子(いむこ)…洋子が、隠れて六つまで育てた喜子に…あなたがなされた事を…

しかるに、真弓と真弓の産んだ環奈には、違う扱いをされた故に、社領(やしろのかなめ)の政権を揺るがせ、門閥間の抗争を招き、あなたは今のお立場に陥られた。

ここでまた、富子の扱いを甘うされれば、更に規律は緩み…

弥助と与助のような不心得者が…』

『弥助と与助じゃと…それじゃあ、やはり彼奴らは…』

『まさか…私は、ただ…ここで、富子祝姫(とみこのほりひめ)様にも、きちんとケジメをつけさせて頂かねば…また、弥助や与助のような不心得が現れ、環奈宿姫(かんなのすくひめ)様の御身の上が…』

『わしに対する脅しか?』

『滅相もござりませぬ。私は、案じておるのですよ…環奈宿姫(かんなのすくひめ)の事をね…』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が、また言葉を詰まらせると、睦夫大祝(むつおのおおほり)は、微かに綻ばせる口元とは真逆に、冷たく怒らせた眼差しを傾けた。

『さあ、私の言う事をご理解あそばされましたら、今暫し奥座敷にお引き取りを…

まだ、富子祝姫(とみこのほりひめ)様の吟味中でありますからな。』

『必要ない…』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、尚も怒りに声を震わせながら、一言そう告げると、その場に着物を脱ぎ始めた。

『父上、何の真似にござりまするか?』

睦夫大祝(むつおのおおほり)が訝しげに目を細めると…

『富子の身体(からだ)を、吟味できれば良いのじゃろう。』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、睦夫大祝(むつおのおおほり)に背を向けて言いながら、富子の前に蹲み込んだ。

『お父様…』

富子は、忽ちしゃくりあげながら、涙を溢れさせた。

『富子、わしの我儘を聞いて貰ったばかりに…裏屋敷になど来てくれと頼んだばかりに…すまん事をしたのう。』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が、富子の頬を撫でながら言うと、富子は更に涙を溢れさせながら、大きく首を振って見せた。

『富子や、もう少しだけ、辛抱してくれるかの?』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が、もう一度、涙を拭うように頬を撫でてやると、富子は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。

睦夫大祝(むつおのおおほり)は無言のまま、全裸で向き合う淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)と富子に向ける目を、一層冷たく細めた。

『富子や、愛しゅう思うと言う意味が、漸くわかりかけてきたぞ。おまえのおかげじゃ。』

『お父様…私も、愛しゅう思うておりまする。お父様の事…心から…』

『嬉しい事を言うてくれるの。』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、そう言って愛しげに目を細めると、静かに富子と唇を重ねた。

富子は、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の肩に腕を回すと、重ねられた唇に舌先を忍ばせた。

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、暫し互いの唇を吸い合い、舌先を絡ませ合わせると、優しく椀を逆さにしたのうな小さな乳房を揉む。

周囲には、数多の門衛・警護の兵(つわもの)達が取り囲む中での穂供(そなえ)の前戯…

富子の胸は、羞恥に胸が張り裂けそうであった。

それでも…

傷だらけになった胸を這う手の温もりは優しく暖かく…

次第に、周囲に人がいる事も忘れてゆく。

『アァァッ…アァァッ…アァァッ…』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の唇が、首筋の辺りをチロチロと舐めながら這ってゆき、更に優しく乳房を揉まれると、富子は静かに声を漏らしながら身を委ねた。

『アァァッ…アンッ…アンッ…アァァッ…』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、富子の静かな喘ぎに促されるように、優しく乳房を揉みながら、突起を吸う。

同時に、片方の手は、それまで門衛達に蹂躙されていた神門(みと)のワレメをそっと指先で撫で回した。

『アッ…アッ…アッ…アァァッ…』

富子は、緩やかに蠢く指先の感触に、神門(みと)が次第に潤いゆくのを感じながら、視界は真っ白くなってゆく。

最早、辺りに見えるものは何もない。

富子を蹂躙していた門衛達も、それを取り巻いていた野次馬達も…

睦夫大祝(むつおのおおほり)の姿も掻き消えてゆき…

今、見えるのは…

『富子、ゆくぞ。』

『はい、お父様…』

見慣れた淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の、老いさらばえた笑顔のみであった。

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、十分に膨張した穂柱を、潤んだ神門(みと)に近づけてゆく。

『アァァ…お父様…お父様…アン…アン…アン…』

富子は、参道の中を潜り抜ける温もりを感じながら、赤子の鳴き声にも似た喘ぎを漏らしていった。

『富子や、もう少しじゃよ。もう少し頑張れば、環奈に会えるぞ。』

『環奈…さん…』

『そうじゃ、そうじゃ。環奈に、もうすぐ会えるぞ。』

真っ白な世界に漂う中…

何もかも忘れかけていた富子は、環奈の名を耳にした途端、急にまた、屋敷に辿りつくまで抱き続けていた不安に、とらわれ始めた。

環奈は懐いてくれるだろうか…

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は愛しく思い続けてくれるだろうか…

子を産めない私を…

子を産めなくされてしまった私を…

『環奈さん…私を…気に入ってくれるかしら…わたしと…懐いて…くれるかしら…』

『決まっておるではないか。環奈はのう、おまえが一緒に暮らしてくれると聞いて、大喜びしておったぞ。毎日、おまえに遊んで貰えるのを楽しみにしておった。』

『本当にございますか?私と会うのを…』

『本当じゃとも。』

『嬉しい…嬉しい…でも、私…私…』

富子が、更に何か言いかけると、その口を塞ぐかのように、淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が唇を重ねてきた。

そこから先は、再び二人だけしか存在しない真っ白な世界が広がってゆく。

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)は、緩やかに腰の動きを早めていった。

富子も合わせるように、背中を弓形にして、腰を跳ね上げてゆく。

次第に、下腹部の中で、参道を駆け巡るものが、暖かなものを放つ前触れを感じる。

もうすぐ、御祭神を詣でる瞬間が近づいているのだ。

『オッ…オッ…オッ…オッ…』

『アン…アン…アン…アン…』

二人の鼓動の高鳴りに合わせ、小刻みになってゆく喘ぎが交差する。

やがて…

『オォォォーッ…』

『アァァァーッ…』

二人は、同時に声をあげると、動きを静止した。

『おまえ達の余興は終わりじゃ、十分じゃろう。』

現実に立ち返った淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が、再び周囲を睨み回すと、取り巻く門衛達と野次馬達は、答える代わりに平伏し…

『まだ、何か不審あるのか?あるなら、申してみよ!』

淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)が怒鳴り声を張り上げるや、飛ぶようにその場を去って行った。

『睦夫、おまえも、まだ何かあるのか?』

『いえ…別に…』

まだ何か言いたげだった睦夫大祝(むつおのおおほり)も押し黙ると、淀卓宮司(よどすぐるのみつかさ)は背中を向けたまま、白穂に塗れた富子の神門(みと)を、懐紙で拭ってやり始めた。

『富子や、よう頑張ったの。偉いぞ。もう、大丈夫じゃよ。』

『お父様…』

『さあ、神門(みと)を綺麗に拭ったら、環奈の所に行ってやろうな。』

最早、睦夫大祝(むつおのおおほり)の姿も、彼に率いられた神漏兵(みもろのつわもの)達も、目に入っていなかった。

『大祝(おおほり)様…』

側近く控える神漏兵(みもろのつわもの)が、一声かけると…

『フッ…』

睦夫大祝(むつおのおおほり)は、口元を軽く引き攣らせ、凍りつくような一瞥を父親に投げつけると、踵を返して去って行った。

『環奈じゃよ。』

漸く奥座敷に通されると、小さな垂髪の少女が裸で縁側に腰掛けていた。

環奈は、こちらに向けた小さな背中を丸くして、何やら夢中になっている。

『さあ、声をかけてやっておくれ。』

『えっ?』

『実はのう、富子が今日やってくることは、話してないんじゃよ。環奈の奴を、驚かせてやりたくてのう。』

『まあっ!』

富子の胸は、忽ち高鳴り出した。

漸く会う日を夢見ていた環奈が、目の前にいる。

思っていたより、ずっと小さな肩…

思っていたより、ずっと白い肌…

何も言わず駆け寄り抱きしめたい…

けれども、手足が強ばり動かない…

まるで金縛りにあったような苦悶…

『アッ…アッ…アーーーン…』

不意に、環奈は更に背を丸めて声を漏らす。

この時になって、何を夢中になってしているのかがわかった。

『アッ…アッ…アーンッ…アッ…アッ…アーンッ…』

指先で神門(みと)のワレメを拡げ、弄っているのである。

『アァァ…お祖父様…アァァ…お祖母様…』

次第に息をあげ出す環奈が、肩を大きく揺すりながら、祖父と祖母の名を口に出すと、富子の鼓動の高鳴りは、急速に大きくなっていった。

『環奈はのう、ああやって、毎日自分で慰めながらの、わしとおまえと三人で楽しむ日を楽しみにしてたんじゃよ。』

最早、横から言う淀卓宮司(よどすぐるのみやつかさ)の声も耳に入らない。

『お祖母様…お祖母様…アッ…アッ…アッ…』

ただ、自分を呼ぶ声だけが、しっかり耳に響いてくる。

『環奈さん…』

富子が思わず声を漏らした瞬間…

『お祖母…様…!』

環奈も、急に動きを止めると同時に放尿する。

『環奈さん。』

富子がもう一度呼びかけると…

『お祖母…様?』

振り向く環奈は、小首を傾げて、こちらを見上げた。

富子は、答える代わりに優しく微笑みながら大きく頷く。

『お祖母様!』

環奈も、忽ち溢れんばかりの笑みを浮かべて声をあげると、まだ出し切らぬ尿を滴らせながら、飛ぶように駆け寄って来た。

『環奈さん、いらして!』

富子も思わず両手を拡げて待ち構えると…

『わあっ!お祖母様だ!お祖母様だ!お祖母様だ!』

環奈は、富子の胸に潜り込むや、子犬のように落ち着きなく大はしゃぎし始めた。

『環奈さん…』

思わず抱きしめる富子に、最早、いかなる言葉も必要のないものに思われた。

裏屋敷に住う日が近づくにつれて、高まり続けていた不安や恐れも綺麗に消し飛び…

『この子は、私の娘…私が産んだ子供…この子がいれば良い…この子がいてくれれば何もいらない…』

今はただ、そんな愛しさだけが胸いっぱいに拡り、いつまでも環奈を抱きしめ、頬擦りし続けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。