(13)絶頂
『あの…これ…』
『よく、効くぞ。』
少年は、戸惑い首を傾げる志津に、もう一度懐こい笑みを浮かべながら、薬入れの貝殻を差し出した。
『よく…効くって…』
志津は鸚鵡返しに呟くと、差し出された薬入れと血塗られた自身の股間に目を向け…
『アッ…』
思わず声を上げるなり、紅潮させた顔を背けて蹲った。
『あっ…すまん!』
少年もまた、改めて志津の着る巫女装束を見直すと、慌てて顔を背けた。
『君は、
『兎?』
志津は、また鸚鵡返しに呟くと、はたと顔を上げて、もう一度、少年の方を振り向いた。
そう言えば…
最初は気づかなかったが、少年の神子装束…
それは、黒兎のものであった。
『そう…俺達、兎は…男も女も、小さい時から人前で裸に剥かれて田打を受ける。だから、
でも、君は…』
少年は、志津から顔を背けたまま、申し訳なさそうに言うと…
『とにかく、それを塗ると良い。痛みはすぐに引くから…』
志津の足元に薬箱を投げ、駆け出して行った。
薬は成る程よく効いた。
指先少し塗るだけで、痛みと血がすぐに引いた。
そればかりか…
薬を塗った瞬間…
腹の奥底から、何やら温かなものが込み上げてきて、参道の肉壁がしっとりしてくると、何かに包み込まれ、浮かび上がるような心地がしてきた。
次第に頭の中が真っ白になって行き…
全身が蕩けるうな感覚…
その感覚は…
連日、乱暴に装束を剥ぎ取ら、裸に剥かれ、四肢を組み敷かれ…
愛しい人と肌を重ねた時のそれは、今の感覚によく似ていると言う事を…
ただ、真っ白になった視界の奥から、何故か浮かび上がるのは、あの爽やかな笑顔をした少年であった。
『ありがとう、志津さん。お陰で、今日も痛みがすっかり治りました。』
『本当にありがとう。これで、今夜はゆっくり眠れそう…』
『でも、良いのですか?これ、貴重な薬なんでしょう?私達、みんなに分けて下さったのは良いけど…志津さんが塗る分が、もう…』
志津は、少年から貰った薬を分けてやった拔巫女達が口々に言うと、ただ、物静かな笑みだけ浮かべて、大きく頷いた。
正直…
少年から貰った薬が、数日と保たず、綺麗に消えてなくなったのは、きついものがあった。
傷の痛みが治まるのも束の間…
翌日には、また呼び出され、六人の屈強な親子に、寄って集って組み敷かれ、小さな
それでも…
自分と同じように、血塗れの股間を押さえて悶え泣く仲間達を尻目に、自分だけ束の間でも苦痛から免れる事はできなかった。
志津は、仲間の拔巫女達の傷にも、あの薬を塗ってやったのである。
『それにしても、何なのでしょう…あの薬を塗った後の
『何か、凄く暖かくて、優しくて…』
『まるで、お父様に抱かれた時のよう…』
『私は、お兄様に遊んで頂いた時の事を思い出しました。』
やはり…
皆、痛みが治るや、それぞれの家で、家族に大切にされてきた時の事をうっとり思い出していた。
志津は、そんな仲間達の姿を見て、やはり分けてあげて良かったなと思った。
自分一人だけ、あの苦痛から解放される時がもう少しだけ伸びるより…
例えほんの短い間でも、周りのみんなも苦痛を和らげてあげたい…
それに…
綺麗に薬が無くなり、残された貝殻の箱を眺めていると…
明日から始まる、もう治してくれる薬のない、激痛の日々を思い出す傍ら、あの少年の笑顔が脳裏を過ってゆく。
薬が無くなり、痛みに泣いていたら…
ひょっとしたら、また、あの少年が…
すると…
『それ、
貝殻の箱をいつまでも眺める志津に、年配の
『ま…ほ…ろ?』
『
『まあ!冨美姉様も、このお薬を?』
『ええ。私も、あの頃はあなたと同じ、十二歳…毎日、痛くて、恥ずかしくて泣いていたら、あの方がいらして、これを…』
『まあ!その方って、どんな方でしたの?お名前は?』
志津は、思わずあの少年の事だと思い、夢中で尋ねた。
しかし…
『そうね…細面で綺麗な顔をしてらしたけど…何処か儚げで、寂しげで…特に、笑顔が優しいのに、とても悲しげで…』
冨美が話し出した途端、志津はガックリ肩を落とした。
あの人と違う…
だって…
あの人はとても明るくて…
お日様のような笑顔をしてらしたもの…
殊に…
『そうそう、歳の頃は四十絡みで…名前を忘れてしまったとかで、名無し様と呼ばれてらしたわ。』
冨美が懐かしげに話した途端…
志津は期待していた分、がっくりと肩を落とし、春が終わって一気に冬がきてしまったような顔になった。
これで、あの少年とは別の人物である事が確定されてしまったからでたある。
『あの時はね…好いた人と良い事をする素敵な場所と言われても、何かピンと来なくて…
来る日も、来る日も…
尋ねて来るのは、乱暴な方達ばかり…
あの方達とさせられる事と言えば…
でもね、ある時…』
最早、尚も話し続ける冨美の言葉など、耳に入るものではなかった。
ただ…
薬の名は
美しい場所…
好いた人と良い事をする場所を思い出させてくれる薬…
その話ばかりが、頭の中を駆け巡る…
好いた人と良い事をする場所…
既に、今日塗った薬の効き目は切れてしまったと言うのに、また、あの感覚が蘇ってきた。
腹の奥底から込み上げてくる暖かなもの…
参道の肉壁がしっとりしてくると、何かに包み込まれて浮かび上がるような心地…
やがて、全身が蕩け出すような感覚に落ちおると、視界が真っ白になり…
その奥から現れる、爽やかな笑顔…
すると…
『その薬を頂いた方って、平次さんと仰りませんでしたか?』
『えっ?』
『何とも、爽やかな笑顔をした男の子…』
不意に、冨美の口にする言葉を聞いた瞬間、志津は再び目を輝かせた。
『冨美姉様、あの方をご存知なのですか?』
『知ってるも何も…私が、生まれて初めて、お父様やお兄様以外の方で、心が暖かくなった方ですもの…
この薬が思い出させてくれる場所って…
たった一度、平次さんと過ごした、あの場所に違いないわ…きっと…』
『まあ!ねえ、あの方とは、どのように知り合われたのですか?それで、何処で何をなされたのですか?』
『そうね…』
冨美の話によれば…
平次と言う少年は、冨美より二つ歳下で、いつも名無しと呼ばれていた男に纏わりついていたと言う。
名無しは、注連縄集と呼ばれる
しかし、助産の技に優れると同時に、参道の治療に長けた彼は、此処にいる間、
冨美もまた、傷だらけの参道を治療して貰うべく、名無しの
その時、名無しの
平次は、当時の赤兎であった姉を治療して貰った事から、彼を慕うようになり…
同時に、彼が去った後も自力で姉の治療をすべく、名無しから学ぼうと手伝っていたのだと言う。
通常、
嫌うと言うより、日頃の
此処でも、当時の年長格であった黒兎の何人かは、
冨美もまた、そんな彼らの虐めを受けそうになった。
それを、身をもって庇ったのが、平次だったと言う。
その事がきっかけで、冨美は平次を好きになったのだが…
平次は、冨美を姉のように慕って懐くだけで、結局、友達以上にはならなかったと言う。
それでも…
たった一度だけ、平次に素敵な場所に連れ出され、素敵な事をしたのが忘れられないと言う話が、志津の脳裏から離れなかった。
冨美姉様は、あの人と何処に行かれたのだろう…
冨美姉様は、あの人と何を何をされたのだろう…その夜…
志津は、寝付けぬ寝床の中で、同じ事をずっと思い続けていた。
たった一度、ほんの一瞬顔を合わせただけの少年…
なのに、鮮明に焼き付いて離れる爽やかな笑顔…
もう一度お会いしたい…
もう一度お会いしたら…
何を話そう…
何をしよう…
あの薬を塗ったら、思い出される良い事って…
不意に…
やはり、今日は仲間達に最後の薬を分けすぎて、塗り足りなかったのであろうか…
参道の奥が疼き出す。
それも、いつものようなズキズキとした疼きではなく、ジクジクとした疼きである。
引き裂かれるような痛みはないが…
むず痒さにも似た疼きは、いつにも増して激しく股間全体を激しく襲い、堪えようがない。
薬…
薬が欲しい…
でも、もうなくなってしまった…
どうしよう…
それに、この疼きは、いつもと違い、薬で治るようなものではない…
志津の手は、自然と腰布の中に潜り込み、
触れるだけでは、なお治らず…
指先が中に潜り込んで、蠢き出す。
『アァァッ…アァァッ…アァァッ…』
志津は、今にも喉の奥から溢れ出しそうな声を必死に抑えて身悶えする。
森閑とした室内からは、仲間の
もし、少しでも声を上げれば、皆起こしてしまう。
しかし…
参道に潜り込んだ指先の動きが止まらない…
更に更に指先の動きが速くなると、一層、喉の奥から込み上げてくる声も、抗い難いものとなる。
『アァァッ…アァァッ…アァァッ…』
それでも、必死に溢れ出しそうね声を堪えていると、次第に瞼の奥から、あの爽やかな笑顔を浮かび上がってくる。
平次…さん…
果たして…
冨美がそう呼んだ少年と、今、瞼に浮かぶ少年が、同じ人物であると言う確証はない。
しかし…
平次さん…
平次さん…
平次さん…
心の中で呼び掛ければ呼び掛けるほど、少年は一層あの爽やかな笑顔を傾けてくる。
平次さん…
平次さん…
平次…
さ…
ん…
次の刹那…
『アッ…!』
思わず低い声を漏らす志津は、金縛りにあったように動きを止めた。
同時に、瘧を患ったように全身を震わせる。
こ…
これ…
腹の奥から込み上げる暖かなもの…
しっとりとする参道の肉壁…
何かに包まれ浮かびあがり…
全身蕩けるような心地…
あの薬を塗った時と同じものである事に、志津は気づく。
次第に真っ白になる視界の奥から、爽やかな笑顔をした少年が近づいて来る。
自分と一緒に良い事をする為に…
次第に高鳴る鼓動と胸に広がる大きな期待…
何をしよう…
何をするのだろう…
何が始まるのだろう…
しかし…
不意に、志津は我に返ると、思い切り掛け布団を退け起き上がり、股間を覗き見た。
忽ち、激しい羞恥も恐怖に囚われる。
ど…
どうしよう…
尿意はなかった…
兆しすら感じられなかった…
だのに…
そこは、まるで漏らしてしまったように、グッショリと濡れていた。
それが、愛しい人と肌を重ねた時に起こる、絶頂と同じものであると言う事を…