(14)明日
綺麗な場所…
好きな人と良い事をする場所…
どんな所なのだろう…
何をするのだろう…
あの人と…
志津は、貝殻の薬箱を眺めながら、同じ事を思い続けていた。
あの人と出会った、いつもの場所…
境内裏の片隅で…
今日も、
今は、
血と白穂の乾く間のない股間は、今日もズキズキと疼いている。
連日、数多の男達の前で着物を剥ぎ取られ、肌を晒される事だけは、少しずつ慣れ始めている。
それでも…
やはり、完全に羞恥が消える事はなく、志津は辺りを見回し確かめる。
誰かが見ている気配はない…
志津は、何度も何度も注意深く確かめると、漸く緋袴を降ろし、裾よけと腰布を捲り上げた。
血と白穂に塗れた股間を拭う…
白穂はすぐに拭いきっても、参道から流れ出る血はなかなか止まらない。
それでも、最初の頃よりは早く出血が治ると、発芽の兆しすらない
未だ、ヒリヒリと痛むそこに、ひんやりとした風があたるのが心地良い…
『平次さん…』
志津は、貝殻の薬箱を見つめながら、剥き出しの股間に手を伸ばす。
あの人を想いながら、そこを指先で弄ると、あの薬を塗った時と同じ効用があると知ってから、毎日そうするのが習慣となった。
『アッ…アッ…アッ…アッ…』
最初は、そっと指先で
『アンッ…アンッ…アンッ…アンッ…』
次第に、参道の内側が湿り出し、むず痒いような心地良い疼きが広がり出すと、次第に大きくなってゆく。
『アンッ!アンッ!アンッ!アンッ!』
これを始めた当初こそは、誰かに見られるのを恐れて、始終、遠慮がちにそこを弄りながら、極力声を抑えていたが…
『アーンッ!アンッ!アンッ!アンッ!アーンッ!』
誰もいない事、こない事が分かると、日に日に声も大きくなり、動きも派手になってきた。
『アンッ!アンッ!アーンッ!アンッ!アンッ!アーンッ!』
志津は、青草繁る地面に寝そべると、緋袴も裾よけや腰布をすっかり脱ぎ捨てて、
やがて、腹の奥底から暖かいもの…
いや、今は、熱いと言った方が良いものが込み上げてくる。
同時に、真っ白になりゆく視界の先から、爽やかな笑顔を傾けるあの人が近づいて来る。
『平次さん…』
志津が、薄れゆく意識の中で呼びかけると、あの人は両腕を広げて待ち受ける。
志津は、その腕の中に思い切り飛び込んで行き…
次の刹那…
『アァァァァーッ!』
思い切り腰を跳ねあげた状態で、金縛りにあったように制止する。
しかし…
『アッ…』
我に返った志津は、思い切り赤面した。
だからこそ、緋袴も、裾よけや腰布も脱ぎ捨てているのだが…
この日は…
本当に、噴水が噴き出すように放尿してしまったのだ。
志津は、不安気に当たりをキョロキョロ見回し、誰もいない事を知ると、安堵したように、懐紙で尿塗れになった
どうしよう…
こんな所を見られてしまったら…
平次さんに、嫌われてしまうかな…
志津は、
瞼の奥の平次は、そんな志津を慰めるように、一層、爽やかな笑みを浮かべて見せた。
『平次さん…』
志津もまた、瞼の少年に笑みを返すと、また、地面に寝そべって、股間を指先で弄り出す。
志津の
彼を思いながらそうしていると…
何故か、気持ち良く、安らかになり…
宙に浮かび上がるような心は、とても自由になり、決して出る事の許されぬ
あの人と行く美しい場所とは、どんな所なのかしら…
あの人とする良い事って、どんな事なのだろう…志津はまた、同じ事を思いながら、もう片方の手で、まだ腕を逆さにしたような小さな乳房を弄り出す。
何故か、股間だけではなく、胸にもムズムズとした疼きを感じ始めてきたからである。
『アァァ…アァァ…アァァ…』
乳房を揉み、
『アンッ…アンッ…アンッ…』
次第に全身が火照らせ、参道の奥を潤ませながら、また、あの人に思いを馳せる。
『アンッ…アンッ…アァァ…平次さん…』
あの人に、お会いしたい…
あの人と、お会いして…
あの人と、素敵な場所に行きたい…
それで…
あの人と…
しかし…
あの人とする良い事…
あの人とする楽しい事…
どのような事をするのだろう…
どのようにして過ごすのだろう…
ただ、脳裏の笑顔だけが眩しく、そこから先がどうしても思い浮かばず考え込んでいると…
『これ…』
少しずつ帯紐を緩ませ、襟がはだけ、今やすっかり剥き出された小さな乳房を揉む手に、何かが触れた。
それは、懐深く閉まっていた小さな錦の巾着に入れられたもの…
『
志津は、
思い出されるのは、家で大切にされてきた日々…
毎日のように、父や母、兄達や姉達と
あの綺麗な硝子玉を指先で弾くと、胸の中でも何かが弾けるような気がして、とても楽しかった…
志津は、家族と遊ぶ中でも、
志津の脳裏の中で、笑顔だけが眩しかったあの人が、漸く次の動きを見せ始める。
まだ、一度も誰とも遊んだ事のない
側では、志津が手を合わせ、目を輝かせながら、弾かれた硝子玉の行先を見つめる。
硝子玉は、見事に狙いの玉に当てて、心地よい音を立てる。
思わず志津があの人の顔を見上げると、あの人も輝くような眼差しで見つめ返す。
あの弾かれた硝子玉と当てられた硝子玉のように、二人の眼差しも重なり合う。
次第に高鳴る鼓動の音…
その時…
『あっ、君は…』
不意に、聞き覚えのある声が、耳の奥底に響いて来た。
『あっ、貴方は…』
志津は、
そこに立っていたのは、もう一度会いたいと、ずっと待ち焦がれていた少年の姿だったからである。
再会する互いの目を見つめ合う二人の間に、沈黙の時が止まる。
それが、どれ程の時であったのかはわからない。
一瞬であったのか…
四半時近く過ぎていたのか…
ただ、志津は永遠にも思われた時の中…
あれだけまちこがれた少年を前に、何を話し、どう声をかけて良いか分からず、只々、胸だけが熱くなり、鼓動だけが高鳴り続けた。
最初に口を開いたのは、少年の方であった。
『アッ…』
少年は、改めて志津の姿に目を留めると、思わず声をあげ、慌てて顔を背けた。
『すまん!』
『えっ?』
漸く金縛りが解けたように我に返った志津もまた、顔を真っ赤に、片手で胸を抱き、片手で股間を抑えると、慌てて後ろを向いて蹲った。
白衣こそ羽織っているものの…
帯紐は落ち、前は完全にはだけ、緋袴どころか裾よけも腰布もつけてない志津は、殆ど丸裸同然である事に、今更気づいたからである。
『本当に、すまん…』
少年は、顔を背けたまま、申し訳なさそうにもう一度言うと、そのまま駆け出して行こうとした。
『あっ…待って…』
志津は、何とか白衣の前だけは重ねて
『あ…あの…あの…』
志津は、何とか後ろを向いたまま立ち止まる少年の背中を前に、暫し口籠らせると…
『この前は、ありがとうございました…あの…本当に…みんな、喜んでました。』
『みんな?あの薬、仲間達にも分けてやったのか?』
少年は鸚鵡返しに呟くと、漸く少し顔をこちらに振り向けた。
『はい!みんな、あの薬はよく効くって…痛みが引くだけでなくて…何か、とても心地良くなって…懐かしいお父様やお兄様と過ごした時の事が思い出されるって…』
『でも…それじゃあ、あれっぽっちの薬、すぐに無くなってしまっただろう…』
『はい。でも…その…みんなも、とても痛がっていたから…痛くて辛いのは、同じですから。』
志津が、尚も口籠らせて言いかけると…
『一心の志だ!』
少年は、忽ち目を輝かせて声を上げると、志津の方を振り返った。
『一心の…志?』
志津が鸚鵡返しに首を傾げると…
『そうだよ!僅かなものでも独り占めせず、みんなで分かち合う志だよ!そうか!そうか!君には一心の志がある!僕達と同じ心を持つ同心何だ!』
少年は更に声をあげると、志津の
『それで…その…今日も痛むのか?その…』
やがて、志津が着物を着直し、二人は大木を挟んで背中合わせに腰掛けると、少年は遠慮がちに口籠らせて尋ねた。
『いいえ…今日は…拔幣されてもう一月、そろそろ慣れて来ました…』
『でも…俺の仲間の兎達で、君よりだいぶ大きくなった子でも、終わった後、痛がって泣き止まぬ子もいる。まして、君はそんな小さな
『それでも、私は十二…もう、御祭神様も御目覚めになられました。それに…』
『それに…?』
『痛みを鎮める術を知りました。』
『痛みを鎮める術?』
『えっと、あの…あの…』
志津はそこまで言いかけると、先程まで一人でしていた事を思い出し、頬を真っ赤に俯いた。
少年は、志津の方に振り向けた顔を一瞬傾げて見せたが、志津が恥ずかしそうに俯いたまま口を閉ざすのを見ると、それ以上聞こうとはせず…
『これ、持ってお行き…』
少年は、また、あの薬の入った貝殻の薬箱を差し出した。
『あ…ありがとうございます!これでまた、みんなが喜びます!』
志津が貝殻の薬箱を抱きしめて言うと…
『君は、本当に、根っからの同心なんだね。どんな時も、片時も仲間達の事を忘れない…』
少年は、如何にも感心したと言うように、何度も何度も頷いた。
そして…
『だって…みんな、私が拔幣されてばかりの頃から優しく、仲良くしてくださり…今では、姉妹と同じですもの…』
『成る程、君達は姉妹か…それを言うなら、俺達兎も、
だのに…すまん…』
『えっ?』
『そうと知っていれば、もっも薬を持ってきてやったのに…今日は、君がいる事すら知らなかったから…』
『そんな…これ一つだけでも、大事に使えば、三日はみんなの痛みが治まります。』
『三日だなんて…君達は、今、何人いるの?一人に一箱と言いたいけど…薬じたいが、今は少ししかない。それでも、三人で一箱ずつくらいなら、もって来てあげられる。そうすれば…十日…いや、半月くらいは持つだろう。』
『えっ!それでは…』
『明日もおいで!俺、此処で待っているから!』
少年が大木越しに背中を向けたまま言うと…
『わあっ!本当にございますか!』
志津は、忽ち目を輝かせて、少年の方を振り返った。
『明日だけじゃない。薬は月一で手に入る。そうしたら…できるだけ、一人に一箱用意してあげよう。』
平次もまた振り返って言う言葉に、志津は更に胸をときめかせる。
また、少年と会えるのだ。
明日も…
これから先も…
月に一度、同じ日に…
『あの…』
志津は、少年が立ち去ろうとすると、今一度、呼び止め…
『私は、志津。』
『俺は…』
『平次さん!』
少年が名乗るよりも早く、その名を口にした。
すると…
『俺の名を知ってるのか?』
『あーっ!やはり、貴方は冨美姉様の仰られてらした、平次さんでらしたのね!』
『冨美…さん…』
『はい!冨美姉様、仰られてました。平次さんは、生まれて初めて、お父様やお兄様達以外で、心暖まる男の方であられたと…』
『そうか…冨美さんがそのように…』
平次は、冨美の名を耳にして、一瞬、悲しげに表情を曇らせて俯いたが…
『平次さん、どうなされたのですか?』
『いや、何でもない。それで、冨美さんは今どうして?元気でいるのか?』
『はい。とても優しくて、親切で…私達、いつも良くして頂いています。』
『そうか、それは良かった。』
志津が満面の笑みで話すのを聞くと、また、あの爽やかな笑みを浮かべて大きく頷いた。
『それじゃあ、明日また此処で…』
『はい!』
平次が去って行くと、志津はやや暫くの間、その場に立ち尽くし、彼が消えた方を見つめていた。
胸元にまた、手を忍ばせる。
先のように、幼い乳房を弄る為ではない。
疼きは、とっくに治まっていた。
むしろ、あの薬を塗った時、彼の笑顔を思い出して
ただ、いつものように腹の奥底からではなく、胸の奥深くから…
それは、鼓動の響きと共に、次第に全身へと広がって行く。
ふと、また、懐にしまった小さな巾着袋に手が触れる。
結局、
でも、良いのだ…
今日できなくても…
明日も訪れれば…
一月後はずっと先まで訪れる。
明日…
今まで、思いを馳せてみた事など一度もない。
明日の訪れが怖かったから…
明日に待ち受けるものと言えば、欲情した眼差しの前で着物を剥ぎ取られ…
剥き出しに晒された小さな
明日など来なければ良いと思っていた…
永遠に…
でも…
今は違う。
明日は、あの人と
錦の巾着を高く掲げて見つめるとと、脳裏の奥で、彼が弾く硝子玉が志津の硝子玉を射止めて、心地良い響きを立てる。
早く来ないかな…
明日が…
早く会いたいな…
あの人に…
彼と交わした小さな約束が、明日へと、遥か未来へと、心を誘ってくれるのを感じていた。