※この作品はR-18です。

兎神伝〜紅兎   作:和心

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(16)三巴

(16)三巴

 

『三つ、二つ、一つ…』

上下交互…

空に二の字を描くように振り翳す、伝七の万力鎖は、遂に風を切る音だけ響かせ、その姿を消す程に速度を早めた。

次の刹那…

『デャーーーーーーッ!!!!!』

気合いの声と共に、昴田組神漏兵(すばるたくみみもろのつわもの)達に向けて、錘が投げ放たれた。

凄まじい勢いで、大きく左右に飛び交う万力鎖は、かすめた者を切り裂く剃刀の如き突風を起こす。

神漏兵(みもろのうわもの)数人は、刃の突風に首筋を切り裂かれ、更に数人が弾丸の如き威力を持った錘に鋼鉄の兜ごと頭蓋を粉砕された。

辛うじて交わした神漏兵(みもろのつわもの)達に向かって、万力鎖は斜め一文字に振り翳され…

伝七は錘を引き戻すと、今度は弧を描かせ、竜巻の如き突風を起こさせながら、正面垂直に投げ放つ。

万力鎖が空を舞う度に、無数の神漏兵(みもろのつわもの)達が、突風に裂かれ、弾丸と化した錘に粉砕された。

神漏兵(みもろのつわもの)達も、既に黒い三連星の構えも布陣も崩され、後退りを始める。

『北神龍王拳鎖術奥義波動砲発射拳…星雲鎖、角鎖、円鎖…か…』

昴田組神漏兵(すばるたくみみもろのつわもの)達の後方で、ジッと成り行きを見守っていた、小太りした小男…

昴田組組頭の絲志郎連(いとしろうのむらじ)が、うっそりと言うと…

『北神流鬼道拳術の開祖、鬼北十三(おきたじゅうぞう)が編み出し、一の弟子にして二代目の鬼代進(きだいすすむ)が得意技として、神羅主征刃(みらすせいじん)流屈指の使い手、出諏訪双刀(ですわそうとう)を倒したと言う伝説の…

最近、阿片畑を荒らす鼠を追ってきたつもりだったが…

鼠は鼠でも、とんでもない鼠を釣り上げたようだな。』

十字型の灰色兜、灰色の鎧に腕当てと脛当て、青紫の帷子をつけた巨漢…

三波組組頭(みつなみぐみくみがしら)の伸介連(のぶすけのむらじ)は、口元を軽く引き攣らせて言った。

『それに、あの仮面…やはり、噂の紅兎は実在したと言う事か…』

絲志郎連は何も答えず前に進み出し…

『絲志郎、一人で片付けるなよ。俺にも楽しみを残しておけよ。』

ニヤけて言う伸介連(のぶすけのむらじ)を無視して、更に万力鎖を振り回して身構える伝七に向かって行った。

『伝七、もう良いだろう。』

新五は、更に万力鎖を放とうする伝七の肩に手を乗せると、軽く顎をしゃくって見せた。

『そうだな。早く行かねえと、朝までに調合して、コトちゃんに塗ってやれねえからな。』

頷く伝七は、右手に十手を構えたまま、万力鎖を懐に仕舞い込み、引きの体制を取り始めた。

次の刹那…

『昴田の…』

『絲志郎…』

突然、目の前に現れた姿に、伝七と新五は、仮面の下で蒼白になった。

絲志郎連(いとしろうのむらじ)は、相変わらず無言無表情のまま、ゆっくりと湾曲刀を引き抜くと、正面と左右交互に、クルクルと回し始めた。

最初は緩やかに…

次第に風車の如く速度を速めてゆく。

『行けっ、伝七!』

新五は、再び万力鎖に手を伸ばす伝七を後ろにやると、合気の構えを取り始めた。

『馬鹿を言うな!俺達は、一心の志を分つ…』

『そんな事を言ってる場合か!周囲を見てみろ!』

伝七は、言われるままに辺りを見回し、更に色を失う。

昴田組神漏兵(すばるたくみみもろのつわもの)達が、凄まじい勢いで、再び黒い三連星の布陣を敷き始めている。

『おまえは、コトちゃんへの想いに囚われて、ヘタを打ったんだよ。』

『新五…』

『左門さんに繋ぎを取れ!今は一心がどうとか言うより、革命を潰えさせぬ事が優先だ!それと…』

新五は、言うなり懐に仕舞い込む風呂敷包みを伝七に差し出した。

『おめえの可愛い妹に、薬もな…』

『すまねえ!』

伝七は、風呂敷包みを受け取るなり、迫りくる神漏兵(みもろのつわもの)達を突っ切るように駆け出した。

新五は、絲志郎連(いとしろうのむらじ)の動きを見据えたまま、微動だにせず合気の構えを取り続けた。

絲志郎連(いとしろうのむらじ)もまた、正面と左右を交互にして、風車の如く湾曲刀を回転させながら、微動だにせず新五を睨みすえる。

二人睨み合う事、既に一寸四分…

その間にも、黒い三連星の布陣を敷きなおした昴田組は、新五との間合いを詰めてゆく。

『やはり…俺を生捕りにする気だな…』

新五は心の中で呟きつつ…

右脇を詰める三連星に、地面の礫を蹴り付けた。

最初の三連星が動く。

新五は、下段から湾曲刀を振り上げる神漏兵(みもろのつわもの)の腕を捻り上げると、次に中段から突きつけてくる二人目の喉笛を掴んで脛骨を折り…

すかさず左逆手に十手を引き抜くや、上段から振り下ろさんとする三人目の脇を突き刺し、そのまま真一文字に腹を切り裂いた。

『グゥッ!』

三人目が飛び散る内臓を抑えながら前のめりに倒れるのと同時に、新五は最初に腕を練り上げた一人目を、絲志郎連(いとしろうのむらじ)に向けて投げつけた。

絲志郎連(いとしろうのむらじ)は、眉一つ動かさず、まだ息のある投げつけられた部下を冷徹に切り裂くと、そのまま湾曲刀の刃を新五に向ける。

『今だ!』

新五は、切り付ける絲志郎連(いとしろう)の腕を捉えるべく合気の構え…

しかし…

絲志郎連(いとしろうのむらじ)は、切り付けるかに見せた湾曲刀を引くや、新五の鳩尾に蹴りを入れた。

『ウグッ…』

呻きを上げてくず折れる新五の頬に、更なる蹴り…

絲志郎連(いとしろうのむらじ)は、立ちあがろうとする新五の肩を袈裟懸けに切り、更に立ちあがろうとすると、逆袈裟に脇を切った。

皮一枚の差で巧みに急所を外されながら、新五は次第に全身を切り裂かれて血塗れになって行った。

多量の失血から、朦朧となる意識の中…

肩膝ついて、必死に両手に抜いた十手を身構える新五は、生捕るべく迫る三連星の一人目の鳩尾を左逆手に持つ十手で突き刺し…

右手の十手で二人目の眉間を貫き…

最後の力を振り絞って、三人目の胸と腹を二振りの十手で突き刺し持ち上げるや…

『テャーーーーーーーー!!!!』

凄まじい奇声を発して、絲志郎連(いとしろうのむらじ)に投げつけた。

絲志郎連(いとしろうのむらじ)は、またも冷徹に息のある部下を真っ二つに切り裂く。

この一瞬の隙をつき…

『最早、ここまでか…』

新五は覚悟を決めると、最後の気力を振り絞り、両手の十手で自らの胸を突こうとした。

その時…

何処からとなく、無数の苦無が昴田組の上に雨の如く降り注ぐ。

『ウゥゥッ…』

『グゥッ…』

『アァァッ…』

周囲でバタバタと部下達がくず折れる中…

絲志郎連(いとしろうのむらじ)は、クルクル回す湾曲刀で、軽く苦内を弾き返した。

すると…

『チャァーーーーーッ!!!!!』

凄まじい奇声と同時に、風を切る飛び蹴りが、絲志郎連(いとしろうのむらじ)の顔面を狙う。

絲志郎連(いとしろうのむらじ)が軽々交わすや、今度は紺の細袴に黒脚絆と黒足袋の蹴りがその顎を狙う。

絲志郎連(いとしろうのむらじ)が、またも軽々と交わしながら湾曲刀を切り上げると…

紺装束の長身細身な忍は、後転して交わすや、左拳を大きく前面に出し、右手刀を頬脇に引いて身構えた。

周囲では、暗闇から湧き出る忍達と、昴田組の死闘が始まっている。

『チョーーーーーッ!!!!!』

紺装束の長身の忍は、奇声と共に、両脇から迫る二組の三連星の一人目の喉笛を手刀で突き、二人目の脛骨を叩き折ると…

『チャーーーーーーーーッ!!!!』

と、更に凄まじい声を上げて、三人目の胸板を横蹴りで、四人目の顔面を拳で粉砕し…

『アターーーーッ!!!!』

五人目と六人目は、纏めて回し飛び蹴りで、脛骨を砕いた。

『柴田の優作…鱶原総社(ふかはらのふさつやしろ)の七曲組(ななまがりぐみ)が何故…』

新五は、思わず目を丸くして、紺装束の長身の忍を見つめていると…

『俺が呼んだ。』

不意に何者かの声がすると、新五は近くの草叢に引っ張り込まれた。

『奥平さ…』

新五は、叢の影でその顔を見るなり声をあげようとすると…

『シッ!』

新五を引っ張り込んだ青装束の男は、唇に人差し指を当てた。

『シャーーーーーーッ!!!!』

紺装束の長身の忍は、両手を大きく広げ、空に大きく円を描く掌を、前に突き出しながらゆっくりと握り締めてゆき…

両手に一本ずつ突き出す人差し指に、全身の気を集中させていった。

絲志郎連(いとしろうのむらじ)は、相変わらず無言無表情のまま、正面左右と交互に湾曲刀を回転させながら、頬と顎が削げ、狼の如き目をした忍の顔を、ジッと見据え続ける。

互いに睨み合いう事一寸五分…

紺装束に長身の忍…柴田の優作は、一瞬だけ、絲志郎連(いとしろうのむらじ)の心臓部に隙を見出した。

優作は右口元を引き攣らせて笑みを浮かべると…

『チョェーーーーーーーーーッ!』

と言う奇声と共に、右頬近くまで惹きつけた、右手人差し指を、一寸の隙に向けて突き入れようとした。

次の刹那…

優作の左手脇腹に激痛が走る。

思わず当てた掌には、ベットリとドス黒い血が拭われた。

『何じゃい、こりゃーーーーーー!!!!』

優作は、叫びながら振り向くと…

背後から二尺の牙狼棒を突き入れた三波組頭(みつなみくみがしら)の伸介(のぶすけのむらじ)が、頬の弛んだ顔をニヤけさせていた。

周囲では、優作の配下達が、次々と新手の三波組の襲撃を受けて倒れている。

『三波組(みつなみぐみ)…だと…話が違う…話が違うぞ…』

愕然とした眼差しを向ける優作の脇を、伸介連(のぶすけのむらじ)は牙狼棒先端の鋭い無数の棘で更に抉る。

『おのれ…図り…やがった…な…』

優作は、血塗れの手を伸ばし、凄まじい形相で伸介連(のぶすけのむらじ)を睨み据えたまま肩肘をつき…

やがて、前のめりに倒れ込んだ。

『紅兎の次に、今度は鱶原軍団の七曲組…こいつは臭うな。』

伸介連(のぶすけのむらじ)は、呟きながら優作の頸動脈に手を当てる。

『此奴、まだ息がある。捕らえて吐かせるかな…』

すると…

『やめておけ。』

それまで一言も発しなかった絲志郎連(いとしろうのむらじ)が、不意に伸介連(のぶすけのむらじ)の肩に手を乗せて言った。

『我が社領(やしろのかなめ)は、神領(かむのかなめ)中を敵に回してるにも等しい…

長年に亘る、親社(おやしろ)様の強引な祭事(まつりごと)のせいでな…』

『だからこそ、何処のどいつが、何を企み仕掛けようとしてるのか吐かせるのよ。』

伸介連(のぶすけのむらじ)は言いながら、舌舐めずりをした。

真相を突き止めると言うよりは…

この屈強の忍を痛めつける事を楽しみにしているらしい…

しかし…

『だからこそ、此奴は此処に放置する。

迂闊に鱶原の手の者を抱え込めば、それこそ敵の思う壺かも知れぬ。

今宵は何もなかった…何も無かったのだ。』

『チッ!久しぶりに楽しめると思ったものを…

また、社(やしろ)の拔(ぬい)や兎共を責めてやるか。』

伸介連(のぶすけのむらじ)は、尚も未練ありげに虫の息の優作を眺めやる伸介連(のぶすけのむらじ)をよそに、倒れた配下の骸も回収せず、引き上げの合図を送った。

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