(17)抜駆
既に体力は限界を超えていた。
視界は霞み、意識は遠のいている。
何処からか聞こえてくる金属音…
握る十手越しに、激しく打ち付ける衝撃…
また二つ、肩と脇に焼けるような痛みが走る。
此処まで走る間、一体、どれだけの刃を身に受けたのだろう。
手足がまだ、
振り翳された湾曲刀を十手に受ける伝七に、別の
ビュッ!
反射敵に伝七の投げ放つ万力鎖の錘が、新手の頭蓋を柘榴の如く打ち砕く。
呻きもあげずに倒れる
伝七は、十手に受けた刃を弾き飛ばしざま、次の
『ウグッ!』
伝七は、鈍い呻きをあげて倒れる
山の獣道は未だ終わりが見えず、目指す
執拗な
このまま切られてしまおうか…
ふと、破裂しそうな心臓の苦しさと、全身に帯びた焼けるような刃傷の痛みの開放されたい誘惑に駆られる。
このまま切られて死ねば全て終わる…
先の見えぬ逃走も…
時折、
何より…
『おまえ、何処で何を悪さしてきたんだ?』
『それとも、こう言う嗜好でもあるのか?』
『クククク…この全身の傷が、また堪らんな。』
全身の仕置きの傷に混じり、無数に刻まれた刀傷や槍傷に目をぎらつかせ、撫で回し舐め回すのは…
黒兎の
彼らの穂柱を咥えさせられ、尻の裏参道を貫かれる日々も、もう終わる。
だが…
更に霞む視界の彼方に、あの日、茂みに隠れて疼くまる琴絵の姿が浮かんで来る。
『やっぱり、もう薬が切れていたんだね。』
駆けつける伝七に、琴絵は答える代わりに、近くの雑草を掴んで必死に歯を食いしばった。
腫れ上がった股間の
こんな時でも、
『何で言わないんだ。』
伝七は、琴絵の側に駆け寄るなり、最後に残された自分の分の薬を塗ってやった。
『伝七兄ちゃん…』
『いつも言っているだろう。俺達の前では、痛い時には痛いと言って良い、泣きたい時は泣いて良いんだよ。』
即効性のあるあの薬に痛みが引くと、琴絵はムッツリ黙りこんで涙ぐんだ。
『おまえは、俺達の妹じゃないか。我慢なんてしなくて良いんだ。』
『でも…私が泣いたら、平次兄ちゃんが…』
『平次がどうした。あいつには、特に甘えて良いんだよ。あいつは、単に兄貴なだけでなくて、おまえの男だろう。』
『でも…でも…』
『でも、どうしたんだ?』
『私が泣いたら、平次兄ちゃん、危ない事をしようとするから…』
『危ない事だと?』
伝七はまた、反射的に迫り来る黒い三連星の最初の一撃を十手で交わし、次の一撃に横蹴りを食らわせ、返す十手で三撃目の眉間を貫く。
伝七は、絶命した
『平次、こんな所まで来て何をしてる。』
また別の真夜中…
密かに
『こ…これは…』
漸く立ち止まる平次が、何も答えず見つめる先には、広大な畑が広がっていた。
『
伝七が絶句して言うと…
『正確には違う。』
平次は、畑をジッと見つめたまま、ぼそりと答えた。
『よく似ているが、
『
『
『フッ…
『だが…葉っぱの解毒作用も
『違うだろう。コトちゃんの
伝七が揶揄うように言うと、平次は答える代わりに顔を赤くした。
『よしっ!掻っ攫ってやろうぜ!』
言うより早く飛び出そうとする伝七を…
『待てっ!周囲をよく見ろ!』
平次に肩を押さえられ、改めて見渡すと、十字の黒兜に、黒い甲冑と紫の帷子…
『チッ!昴田組か!呑気に阿片煙草を噴かせてる奴もいるぜ!
伝七は、思わず唾を吐き捨て、歯軋りをした。
『伝七、帰るぞ。』
『平次、指を咥え眺めておしめえなのか?目の前に…こんなに…こんなかのほんの一握りでも持ち帰れば、一月はコトちゃんの痛みを消してやれるんだぜ。だのに…』
『良いから、帰るんだ!』
伝七の腕を掴み、引き摺るように歩き出す平次は、しかし炎の如く燃立つ眼差しで、いつまでも阿片畑を見つめていた。
わかってるよ…
俺達を巻き込まず、一人でやろうとしてたんだろう…
かっこつけやがって…
伝七は、更に駆けつける新手の湾曲刀を十手と万力鎖で交わしながら、軽く口元を引き攣らせる。
いつも、一人だけ良い格好しやがって…
だから…
だから…
出し抜いてやろうとしたのに…
このザマか…
そして、思いは残した新五に向けられる。
新五…
最後まで反対していたのに…
平次の事も二人で止めようと言っていたのに…
結局、ついて来やがって…
来るなと言ったのについて来やがって…
馬鹿野郎…
革命を前にして…
どうしてくれるんだよ…
あいつの為にも…
やはり…
漸く、まだ死ぬわけに行かぬと結論づけた伝七の右太腿に激痛が走る。
更に左にも同じ激痛。
最早、ここまでか…
伝七は、最後の気力を振り絞って、生捕りにかかる二人の内、一人の眉間を万力鎖の錘で砕き、もう一人の喉を十手で貫くと…
引き抜く十手の切っ先を、自身の胸に向けようとした。
その時…
『グワッ!』
『ギャーッ!』
『グゥッ…』
闇夜を切り裂く一陣の煌めきが、瞬時に三人の
『さ…左門…先生…』
月光の如く冷たく冴える切長の眼差しが、正眼に構えて次の