※この作品はR-18です。

兎神伝〜紅兎   作:和心

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(17)抜駆

(17)抜駆

 

既に体力は限界を超えていた。

視界は霞み、意識は遠のいている。

何処からか聞こえてくる金属音…

握る十手越しに、激しく打ち付ける衝撃…

また二つ、肩と脇に焼けるような痛みが走る。

此処まで走る間、一体、どれだけの刃を身に受けたのだろう。

手足がまだ、身体(からだ)の一部を成しているのが不思議な程だ。

振り翳された湾曲刀を十手に受ける伝七に、別の神漏兵(みもろのつわもの)が襲い掛かる。

ビュッ!

反射敵に伝七の投げ放つ万力鎖の錘が、新手の頭蓋を柘榴の如く打ち砕く。

呻きもあげずに倒れる神漏兵(みもろのつわもの)の骸を飛び越え、次の神漏兵(みもろのつわもの)が湾曲刀を振り翳す。

伝七は、十手に受けた刃を弾き飛ばしざま、次の神漏兵(みもろのつわもの)の懐に潜り込み、その鳩尾に十手を突き刺した。

『ウグッ!』

伝七は、鈍い呻きをあげて倒れる神漏兵(みもろのつわもの)を顧みもせず、また駆け出した。

山の獣道は未だ終わりが見えず、目指す鱶背本社(ふかせのもとつやしろ)は遥か遠い。

執拗な神漏兵(みもろのつわもの)の追跡の手が緩む様子もなく、新手の黒い三連星が、伝七に襲い掛かって来た。

このまま切られてしまおうか…

ふと、破裂しそうな心臓の苦しさと、全身に帯びた焼けるような刃傷の痛みの開放されたい誘惑に駆られる。

このまま切られて死ねば全て終わる…

先の見えぬ逃走も…

時折、天領(あめのかなめ)の勅使に身をやつした革命戦士に連れ出され、誰とも知れぬ者を暗殺させられる修羅の日々も…

何より…

『おまえ、何処で何を悪さしてきたんだ?』

『それとも、こう言う嗜好でもあるのか?』

『クククク…この全身の傷が、また堪らんな。』

全身の仕置きの傷に混じり、無数に刻まれた刀傷や槍傷に目をぎらつかせ、撫で回し舐め回すのは…

黒兎の身体(からだ)を求めて訪れる、男色趣味の穂供(そなえ)参拝達…

彼らの穂柱を咥えさせられ、尻の裏参道を貫かれる日々も、もう終わる。

だが…

更に霞む視界の彼方に、あの日、茂みに隠れて疼くまる琴絵の姿が浮かんで来る。

『やっぱり、もう薬が切れていたんだね。』

駆けつける伝七に、琴絵は答える代わりに、近くの雑草を掴んで必死に歯を食いしばった。

腫れ上がった股間の神門(みと)と尻の裏神門(うらみと)から、白穂混じりに血が滴り落ちている。

こんな時でも、身体(からだ)を隠す事を徹底的に禁じられている琴絵は、手で押さえようとはしない。

『何で言わないんだ。』

伝七は、琴絵の側に駆け寄るなり、最後に残された自分の分の薬を塗ってやった。

『伝七兄ちゃん…』

『いつも言っているだろう。俺達の前では、痛い時には痛いと言って良い、泣きたい時は泣いて良いんだよ。』

即効性のあるあの薬に痛みが引くと、琴絵はムッツリ黙りこんで涙ぐんだ。

『おまえは、俺達の妹じゃないか。我慢なんてしなくて良いんだ。』

『でも…私が泣いたら、平次兄ちゃんが…』

『平次がどうした。あいつには、特に甘えて良いんだよ。あいつは、単に兄貴なだけでなくて、おまえの男だろう。』

『でも…でも…』

『でも、どうしたんだ?』

『私が泣いたら、平次兄ちゃん、危ない事をしようとするから…』

『危ない事だと?』

伝七はまた、反射的に迫り来る黒い三連星の最初の一撃を十手で交わし、次の一撃に横蹴りを食らわせ、返す十手で三撃目の眉間を貫く。

伝七は、絶命した神漏兵(みもろのつわもの)の眉間から十手を抜き、未だ息のある二人に身構えると…

『平次、こんな所まで来て何をしてる。』

また別の真夜中…

密かに社(やしろ)を抜け出す平次の姿が、霞む視界の彼方に浮かび上がる。

『こ…これは…』

漸く立ち止まる平次が、何も答えず見つめる先には、広大な畑が広がっていた。

『真秀(まほろ)…』

伝七が絶句して言うと…

『正確には違う。』

平次は、畑をジッと見つめたまま、ぼそりと答えた。

『よく似ているが、美国(うましくに)だ。』

『美国(うましくに)?』

『真秀(まほろ)より鎮痛効果が高いが、麻薬性も強い。使い方を誤れば、切れた時の禁断症状が激しく、中毒性も強い。最後には廃人となって死に至る。』

『フッ…社(やしろ)は、こいつを天領(あめのかなめ)や異国(ことつくに)に売り捌いて、また、儲けようってんだな…』

『だが…葉っぱの解毒作用も真秀(まほろ)より強い。暗面長(あめんおさ)様に教えて貰った方法で調合すれば…貧しい領民(かなめのたみ)の打ち捨てられた病人達がどれ程救われるか…』

『違うだろう。コトちゃんの御神門(おみと)と参道に塗ってやりてえんだろう。』

伝七が揶揄うように言うと、平次は答える代わりに顔を赤くした。

『よしっ!掻っ攫ってやろうぜ!』

言うより早く飛び出そうとする伝七を…

『待てっ!周囲をよく見ろ!』

平次に肩を押さえられ、改めて見渡すと、十字の黒兜に、黒い甲冑と紫の帷子…

『チッ!昴田組か!呑気に阿片煙草を噴かせてる奴もいるぜ!領内(かなめのうち)には、風邪薬一つ買えず、末期の悪腫や肺病にのたうち回ってる病人がゴロゴロいるってのによ!』

伝七は、思わず唾を吐き捨て、歯軋りをした。

『伝七、帰るぞ。』

『平次、指を咥え眺めておしめえなのか?目の前に…こんなに…こんなかのほんの一握りでも持ち帰れば、一月はコトちゃんの痛みを消してやれるんだぜ。だのに…』

『良いから、帰るんだ!』

伝七の腕を掴み、引き摺るように歩き出す平次は、しかし炎の如く燃立つ眼差しで、いつまでも阿片畑を見つめていた。

わかってるよ…

俺達を巻き込まず、一人でやろうとしてたんだろう…

かっこつけやがって…

伝七は、更に駆けつける新手の湾曲刀を十手と万力鎖で交わしながら、軽く口元を引き攣らせる。

いつも、一人だけ良い格好しやがって…

だから…

だから…

出し抜いてやろうとしたのに…

このザマか…

そして、思いは残した新五に向けられる。

新五…

最後まで反対していたのに…

平次の事も二人で止めようと言っていたのに…

結局、ついて来やがって…

来るなと言ったのについて来やがって…

馬鹿野郎…

革命を前にして…

どうしてくれるんだよ…

あいつの為にも…

やはり…

漸く、まだ死ぬわけに行かぬと結論づけた伝七の右太腿に激痛が走る。

神漏兵(みもろのつわもの)の湾曲刀の刃が血に濡れる。

更に左にも同じ激痛。

最早、ここまでか…

伝七は、最後の気力を振り絞って、生捕りにかかる二人の内、一人の眉間を万力鎖の錘で砕き、もう一人の喉を十手で貫くと…

引き抜く十手の切っ先を、自身の胸に向けようとした。

その時…

『グワッ!』

『ギャーッ!』

『グゥッ…』

闇夜を切り裂く一陣の煌めきが、瞬時に三人の神漏兵(みもろのつわもの)達に血飛沫を上げさせた。

『さ…左門…先生…』

月光の如く冷たく冴える切長の眼差しが、正眼に構えて次の神漏兵(みもろのつわもの)達に身構える姿を見たのを最後に、伝七の意識は遂に消えた。

 

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