俺のじいちゃんとばあちゃんは団地暮らしだ.
俺は団地の雰囲気が好きで,高校に入ってバイクに乗るようになると,よく一人で遊びに行っていた.
じいちゃんとばあちゃんも「こんなところによく来てくれた」と,喜んで迎えてくれた.
でも,最後に行ったのは高校3年に上がる直前.もう10年以上行っていない.
決して「行かなかった」じゃなくて「行けなかった」んだ......
春休みに入ったばかりのこと,いい天気に誘われてじいちゃんの団地にバイクで行った.
まだ寒かったけど,団地はぽかぽかと気持ちよく,しばらく駐輪場でくつろいでいた.そうしたら,
「HAHA,HAHAHA,破邪ぁ!」
と変な音が聞こえてきた.
何だろうと思っていると,駐輪場の屋根の上に帽子が置いてあるのを見つけた.
いや,置いてあるわけではない.帽子はそのまま横に移動し,一人の女性が現れた.帽子はその女性がかぶっていたのだ.
女性は白っぽいTシャツとジーンズを来ていた.
まて,駐輪場の屋根の高さは2メートルくらいある.その屋根から頭を出せるとは,どれほど背の高い女なんだ......
「ば,化け物......」
おれが声を漏らすと,女はぐるりと振り向いた.
「貴様ぁーーっ!」
女は大声で叫ぶと俺に向かってきた.
「う,うわああああああ」
俺は走って逃げだした.なんなんだあの化け物は!
「HAHAHAHAHA」
女は後ろで奇声を発しながら追いかけてくる.俺は振り向かずに全速力で逃げた.
俺はじいちゃんのいる棟に逃げ込むと,いつのまにか女の姿は消えていた.うまく撒けたようだ.
そのあと,リビングでお茶を飲みながら,じいちゃんとばあちゃんにさっきのことを話した.
「さっき,大きな女を見たよ.」
「駐輪所の屋根より背が高かった.帽子をかぶっていて,「HAHAHA」とか変な声を出してた.」
そのとたん,2人の動きがぴたりと止まった.
じいちゃんは焦ったような顔で
「いつ見た」「どこで見た」「屋根よりどのくらい高かった」
と質問を浴びせてきた.
じいちゃんの気迫に押されながらも答えると,じいちゃんは急に黙り込んで廊下に行き,どこかに電話を掛けだした.
「わしの孫が......」
「......正義魔に......」
「......もうおしまいじゃ......」
なにを話しているのかはよく分からなかった.
ばあちゃんはがくがくと震えていた.
じいちゃんは電話を終えて戻ってくると,
「今日は止まっていけ.帰すわけにはいかなくなった」といった.
何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだろうか?
あの女は,勝手に現れて勝手に追いかけてきたわけだし.
じいちゃんは
「ばあさん,後は頼む.わしは管理人さんを呼んでくる.」
と言い残し,どこかへ出かけて行った.
ばあちゃんに恐る恐るたずねてみた.
ばあちゃんは震えながら
「あんたは正義魔ショウダに目をつけられてしまったんだよ.
でも大丈夫.じいちゃんが何とかしてくれる.
何にも心配しなくていいから.」
といった.
ばあちゃんは,じいちゃんが戻ってくるまで,ショウダについてポツリポツリと話してくれた.
この団地には,「ショウダ」という変態人妻がいる.
ショウダは,八尺ほどの背丈があり,「HAHAHA」や「破邪ぁ」といった奇声を発する.
日によって,Tシャツを着ていたり,ダサいセーターを着ていたり,ぴちぴちの全身スーツを着ていたりと見た目は違うが,奇声を発する点は共通している.
ショウダはこの団地に封じ込められており,よそへ行くことはない.
ショウダに目を付けられると,数日のうちに乳首を舐められてとり殺されてしまうらしい.
最後にショウダの被害が出たのは一週間ほど前だそうだ.
後から聞いたことだが,ショウダが団地に封印されているのは,夫の稼ぎが少なく,いい家を買うことができないためらしい.
俺はばあちゃんの話を聞いて体の震えが止まらなくなった.
いやだ!化け物に乳首を舐められて殺されたくない!
そのうちじいちゃんが管理人のYさんを連れて戻ってきた.
「げっ!また変態人妻ですか!」
管理人のYさんはそう言って,「バニシング」と書かれたお札をくれた.
それからじいちゃんと何か話していた.
ばあちゃんは俺と常に一緒にいてくれた.
トイレに行くときですら一緒についてきて,ドアを完全に閉めさせてくれなかった.