最強の常識改変チートを手に入れた僕VSどんな常識改変も通用しないけど同調圧力によわよわな想い人 作:うみねこ06
「ちっくしょう!」
夕日が差し込む、というかそろそろ日が沈み切ろうとする教室で、僕――
そう、今僕がイラついている元凶は、この『常識改変ノート』に他ならない。
この、一見してとてつもなく素晴らしく思えるノートを入手したのはつい1か月ほど前のこと。と言っても、何か面白いエピソードがあった訳じゃない。高校から下校しているとき、路地裏で偶然落ちているのを拾ったとかいう、はっきり言って何の山場も物語性も感じさせない、僕にお似合いなゴミのような経緯で入手した代物だ。だから、『このノートに書かれた内容は、何の副作用もなく現実社会に溶け込むような形で実現されます』と巻頭に書かれた文言を鼻で笑って、『明日は家族と回らないお寿司を食べに行く。明後日は高級焼肉、明々後日は高級天ぷら』と超適当なことを書いてその辺に放り投げていたくらいなのだ。放り投げたのがゴミ箱じゃなくて本当に良かった、って腹いっぱいに高級天ぷらを食べた後その辺から掘り出したときに心の底から安堵したけれども。
その後の2週間は、正直言ってとても楽しかった。徐々に徐々に、『常識改変ノート』の底力を試していく。初めの1週間で宝くじに大当たりして金銭面での限界はほぼ無限ということを思い知り、次の1週間で通りすがりのOLが何のためらいもなくスカートをたくし上げて、僕はとんでもないチートを手に入れてしまったと8時間僕が出す騒音を認識できなくなる常識改変を使って狂喜乱舞したくらいだ。もちろんその日は一睡もせずに学校に行くはめになったけど、僕の疲労がポンと飛ぶ常識改変を自分に掛けたら何の問題もなかった。ちょっと、常識改変チート万能過ぎない??? お試しで書き込んだ『僕がスワヒリ語を喋れるのは常識』とか『○○国に〇月〇日に猛吹雪が発生するのは常識』まで実現して、○○国は吹雪でえらいことになったし、僕はもうスワヒリ語ペラペラになってしまった。もう常識改変っていうか世界改変というか、このノートに書き込めば神様同然に何でも出来るぞ?
というわけで、この『常識改変ノート』が混じり気なしのご都合主義的チートツールということが判明してから、僕がこれをえっちなことに使おうと決断するまで、逡巡する時間すら存在しなかった。何しろ、僕が常識改変で作った口座には、常識改変で蓄えた大金がたんまりあるし、社会的な成功は正直どうでも良い人間だったから、消去法的にそういう手段に手を染めるのは当然だ。そして、性的なことをしでかす対象もまた、迷うことなく決まった。僕の隣の席に座っている女の子――
それから丸々1週間、たっぷりと姫川さんにしてもらいたい非常識的なプレイを厳選した僕は、ついに姫川さんに常識改変を掛けることにした。これがつい1週間前の出来事だ。内容は、『姫川さんは僕に挨拶するとき、制服のスカートをたくし上げてパンツを見せたくなる』。王道。ありきたり。不満は重々承知している。でも、まずはそんなところから気分を盛り上げていきたい。そう思っての常識改変だった。誤算なんて、無いはずだった。
『ひ、ひひ、姫川さん! おはよう!』
『? おはようございます、升くん。あの、どうかしたんですか? 冷や汗凄いですよ?』
『え、あれ? ひ、姫川さん! おはようございます!』
『は、はい。おはようございます』
その日、僕は隣の席の女の子へ挙動不審に挨拶を続ける変質者と化した。
「何でなんだよ!」
再び机をぶん殴る。この世の全ての理不尽に、そうするほか耐え忍ぶことができないからだ。
あの後、訝る姫川さんを何とか誤魔化してから(クラスメイトの方は、認識阻害の常識改変を念のために掛けて置いたのが奏功した)、その後の1週間はひたすらに原因究明にいそしんだ。が、結果は全てからぶり。相変わらず、老若男女知人他人関係なく、姫川さん以外には僕の常識改変は通じる。この結果は間違いない。というかそうでないと、我慢して母の下着姿まで見続けた僕の努力が全て無に帰する。そして、母でも見ず知らずの他人でも挨拶一つで僕に下着姿を晒したのに、同じ常識改変を姫川さんに行っても、ただきょとんとするだけだ。
つまり、どう論理的に考えても、この『常識改変ノート』は万人に効力を、それも何の副反応も無しで絶大な効果を齎す。――ただ一人、僕の想い人である、姫川さんを除いて。
最悪だ。頬に伝う涙を自覚しながら僕はほぞを噛んだ。何が万人に効果がある、だ。姫川さんに効果が一切ないなら、ほとんど何の意味だって無いじゃないか。姫川さんにえっちな事が出来ないんだったら、他の誰にえっちなことをすればいいのか。母か。母にしろというか。三段腹だったぞ。実験の時に僕に近しい存在代表としていやというほど見たわ。おえ。
「ん、鳥居さん? 真木ちゃん? なんで教室の扉の前で止まってるんですか? 早く入りましょう?」
「え、陽菜? 放課後の教室だよ? あたしらが入れるわけないじゃん?」
「へ???」
「あ、やば」
教室の外から姫川さんと、その友だちの声が聞こえた。まずい。鳥居さんと真木さんには常識改変が聞いているから入ってこれないけど、姫川さんには通じないし、むしろそんな鳥居さんと真木さんを見て不審に思われるかもしれない。慌てて『常識改変ノート』を取り出して、『僕以外何人たりとも、帰りのHR後一時間を経った1-3教室に入ることは出来ない』という記述を消しゴムで消す。こうすることで、全人類に刷り込まれていた「放課後の1-3教室に入っちゃいけない」という認識、及び校則その他全ての法規が消滅するはずだった。それも何の副作用もなしに。やっぱりこのノート、姫川さんに効かない以外はチートだわ。
「あれ、ん。言われてみりゃその通りか」
「???」
がらがら、と教室の扉が開け放たれる。先ほどまで頑なに教室へ入ろうとしていなかった鳥居さん、真木さんと、不思議そうな顔で二人をみつめる姫川さんがそこにいた。
「あれ、升くん。居残りで自習ですか?」
「あ、うん。そんなことろかな」
あからさまに「げ」という顔をした鳥居さんと真木さんとは対照的に、姫川さんが声を掛けてくれる。しどろもどろにならなかったのは、コミュ障ボッチ――もともと中背の上に極端じゃないけど無視できない程度に腹肉がついてクラスカースト底辺だったのに、高校デビューにも失敗したせいでそんなことになってしまっていた僕にとっては奇跡的で、またある意味では当然であった。何しろ、姫川さんは天使だったから。
「ちょっと、升~? がり勉根暗が何残ってんのさ。陽菜の席の隣に居たら、陽菜としゃべるのに邪魔じゃん」
「ちょ、ちょっと真木ちゃん!?」
「事実だからしょうがないっしょ」
「あ、うん、いいよ、退くね」
「升くん、別に――」
「いいじゃんいいじゃん。升、よく空気読んだな。偉いぞ」
それより昨日のドラマのアイドルの話しよーよ、と姫川さんの取り巻きである真木さんが手をひらひらとさせた。僕が無言で椅子を持って自席をはなれる時、姫川さんと目が合う。とても申し訳なさそうに、姫川さんが目を伏せた。
僕が姫川さんを好きな理由がこれだ。根暗ボッチオタクの僕に話しかける人間なんて、同じクラスの根暗ボッチ一名を除いて姫川さんしかいない。それも、義務感だからとかではなく、きちんと僕に興味を持って――もしかすると、興味を持った演技なのかもしれない、というか十中八九そうだろうけど――話しかけてくれる。挙句、今みたいに邪険に扱われるときは、彼女なりの精いっぱいで抵抗してくれる。まぁ、押しに弱いせいか、特に僕がすんなり受け入れてしまうとすぐに引くのが玉に瑕なんだけど、一度クラス内で窃盗の冤罪を掛けられたときには本気で怒ってくれていた。疑り深い僕は、それでもクラスで良い恰好をしたいからじゃないか、なんて心のどこかで疑ってはいたけれども、それでも僕は姫川さんが好きだった。他の人は、たとえ演技だって僕のために怒ってくれなかった。
もちろん、たとえそれらのエピソード全てが純粋に姫川さんのやさしさから出ていたとしても、それが僕への好意に繋がらないことは知っている。何しろ姫川さんはめちゃくちゃ容姿が良い。ボブカットにした黒髪はあでやかで、目端は奇麗というよりは小動物のような可愛い系にまとまっていて、体型はスレンダー。胸だけは巨乳ではないけれども、貧乳というわけではないし、そこは完全に好みの問題。おまけに鈴が鳴る様に心地よい声に、お淑やかな性格。間違っても僕には釣り合わない。釣り合うわけがない。優しさを好意と誤解できない程度には高嶺の花で――でも、誤解だって構わない。やっぱり僕は姫川さんが好きだった。
結局、三人は遊びに行くまでに何か時間を潰していただけだったらしい。正味十分も経たずに、姫川さんたちは再び教室から出て行った。去り際の、なおも申し訳なさそうな姫川さんの顔を瞳に焼き付ける。
「やっぱり、高望みだったんだなぁ……」
自然と諦めの言葉が口をついた。そうだ。しょせん高嶺の花。僕のような小デブがいやらしいことをして良いような存在ではない。それを、ちょっとその気になれば全世界の皇帝にでもなれるようなチートを手に入れたからちょっくらいたずらしてみよう、なんておこがましいにも程がある。つまり、身の程を知れ。そうこのノートも言っているんだろう。
なおも未練たらたらとノートを何分もじっと見つめてから、僕は力なく『女子高校生は、下校時にスカートを完全にたくし上げパンツを見せること』と鉛筆で書き加えた。そこに姫川さんが含まれないことは悔しくて仕方がない。だけど、高望みはもうここまで。こんなチート能力を得ただけでも本来十二分のはずなのだ。この上姫川さんまで求められないと満足できないなんて余りにも強欲に過ぎる。姫川さんのやさしさを受け取れるだけありがたい限りなんだ。どこか後ろ髪をひかれつつも、強引にそう諦めをつけて、僕はつい今から破廉恥の極みになっているはずの校門へと向かった。もう、姫川さんに未練など残すまい。そう決意して。
「こら、姫川。お前らしくない。なんで校則に従えないんだ?」
「ちょっと、陽菜~? 早くしないと映画始まっちゃうよ~?」
「……ぁぅ」
だから、教室を出て十数分も経ち、てっきりもう帰宅の途についていたはずの姫川さんが校門でもたついているのを見て、心臓が飛び上がるほど驚いた。何で!? 今度こそもう帰っちゃんじゃ無かったの!?
「姫川。後ろもつかえてるんだ。早くパンツを皆に見せろ。たったそれだけのことだろ?」
「陽菜。ちゃっちゃとパンツ見せちゃってよ。こんなところで足止めなんてばかばかしいよ?」
校門に出来た列の先頭で、取り巻き二人と生徒指導の鬼山に、姫川さんはそう促されていた。どうやらさっきノートへと記入した『女子高校生は、下校時にスカートを完全にたくし上げパンツを見せること』を現実へと何とか落とし込んだ結果、下校時は校門で生徒指導にパンツを確認してもらうという校則が爆誕したらしい。調べる気もないが、たぶん法律とかも過去が改変されて『女子高生は下校時にパンツを見せること』という条文が生えてきて、下校時にはパンツを見せなければならないって常識を補強しているはずだ。やっぱりこのノート、チートだわ。
じゃなくて。
「で、でも、ぱ、パンツ見せるなんて、そんな、おかし」
顔を真っ赤にした姫川さんがもじもじとして、列の後ろから投げつけられる文句の声にびくっとなった。そりゃ、姫川さん以外には、下校時にパンツを見せるってごくごく当たり前の決まり事を守らないせいで帰宅が遅れるんだ。文句が出て当たり前。だけど、姫川さんにとっては到底受け入れがたい現実なわけで。
「せ、先生? ぱ、パンツを、見せるなんて、やっぱり、変ですよ? 何で、みんな、そんなこと」
「んん? そりゃお前、校則なんだから当たり前だろ。というか、お前の前に並んでた奴もちゃんとパンツを見せたから下校できたんだし、何なら鳥居も真木も今パンツを見せてただろ。見なかったとは言わせんぞ?」
「そ、それは……、ま、真木ちゃん、鳥居さん、何で、こんな、簡単に、パンツなんか」
「はい? いや、下校時にスカートたくし上げてパンツ見せるなんて当たり前のことでしょうに。常識だよ?」
「う、うぅ……」
ところが、信頼を置く大人、友人、その双方に『常識だよ?』と諭されてしまう。おまけに列の後ろの文句の声は大きくなることはあっても小さくなることは無い。完全に退路を断たれた感じだ。
真っ赤になって固まっている姫川さんを見て、ようやく脳みそが再回転し始めた僕は、大慌てで鞄の中を漁った。常識改変ノートを取り出して、さきほど書いた内容を消さなければならない。僕は姫川さんにいやらしいことをしたいのであって、こんな風に文句と疑念の対象にしたかったわけじゃ無いのだ。それに、ああやって責められているのを放置するなんて、今まで姫川さんから受けた恩を全て仇で返すようなものだ。あってはならない。
だけど、先ほど失意のうちに鞄の奥底に入れてしまっていたようで、ノートを探すのに手間取ってしまった。ようやくお目当てのページを開いてから、消しゴムを探しさらにもたもた。やっと準備が整って、いざ文言を消そうとしたちょうどその時。
「見、見せます!」
姫川さんの大声で、僕の手が再び固まった。慌てて姫川さんの方へと視線を戻す。そこには、耳まで真っ赤になった姫川さんが、スカートの裾に手を伸ばしている姿があった。えっ。
「はぁーっ、はぁーっ!」
緊張と恥ずかしさで音を立てて息をしながら、徐々に徐々にスカートがたくし上げられていく。僕の手から消しゴムが転がり落ちた。生まれたての小鹿のように震えている姫川さんの白っぽい太ももが露になっていき、そしてついに、白っぽい股布が僕の視界にも飛び込んできた。
「こ、これでっ、良いですかっ」
若干涙声の姫川さんが、震える手を抑え込みながら挑むように鬼山へ聞いた。あの、清楚を体現したような姫川さんが、パンツを丸出しにして、そう許しを乞うたのだ。
姫川さんのパンツ姿は、はっきり言って僕には余りにも劇物だった。まずパンツ自体が可愛らしい。どういうことかと言えば、動物のプリントがされた白っぽいパンツだったのだ。そういえば、今日は特に体育とか着替えが必要な教科は無い曜日である。多分お気に入りなのだろう。というのは、流石にパンツが小さくなってしまっているからか、尻肉や太もも肉に食い込んで肉感を強調しているからだ。しかも、羞恥のせいか足が震え、そのお肉がぷるんぷるんと揺れているのである。
真っ赤な顔、羞恥に震える身体、奇麗な脚とお尻、アンバランスなほどギャップがあるパンツの柄。股間に血がたぎっていくのがわかる。ここ一か月の試行錯誤で、改変された常識に意図して「恥ずかしいこととして感じる」などと加えない限り、常識改変の結果どんなに露出が起きようと僕と姫川さん以外の人間はそれに性的興奮を感じないことは実証済み。つまり、こんなに可愛いパンツ姿を見ても、興奮できるのは今この場では僕だけなのだ。意味不明な独占欲が僕の中を満たしていくのがわかる。
「いや、駄目だ。その場で一回転しなさい」
だけど、鬼山は更なるファインプレーを見せてくれた。「校則は『皆に見てもらう』だからな。先生だけに見せてどうする」
「……ぁぅ」
これで解放されると信じ切っていた姫川さんが再び固まる。けど、既にパンツは丸見え状態なんだ。そこからもう一歩踏み込むのに極端な躊躇は無かった。
俯いた姫川さんが、ペンギンを彷彿とさせるような足取りでおっかなびっくりその場で一回りし始める。周囲は全くそんなことは思っていないが、本人としては余りにも唐突で、どうにもできない晒上げ。頬に光るものを滴らせながらの一回転で、僕の肉棒はズボンにテントを作り上げていた。ありがとう、鬼山。普段は糞教師とか呼んでてごめん、鬼山。今度、常識改変で何か良いことをしてやるからな。
「こ、これで、良いですか」蚊の鳴くような声で姫川さんが確認した。
「ああ、良いぞ。明日からはもっと早く出来るようにな。よし、次」
鬼山に許可を得るや、姫川さんがスカートを引きちぎらんばかりにぴんと伸ばす。それから、大丈夫?と心配する鳥居さんと真木さんに肩を貸されながら、よろよろと下校していった。
半ば呆然とその様子を見守った僕がようやく再起動したのは、姫川さんのせいで出来上がった大きな待機列がやっと無くなろうかという時のことだった。
とりあえず、姫川さんが見せた醜態を脳髄に焼きつけながら、思考を進める。
確かに、姫川さんは押しに弱い女の子だった。僕が邪険にされたときも、最後まで抵抗しても肝心な僕が良いんだよと言えば申し訳なさそうに折れてしまう。面倒なクラス委員に立候補がいなければ本当は図書委員になりたくてもおずおずと手を挙げ、助けを求められれば率先して引き受ける。心優しく、そして押しに弱い子だ。
つまり、だ。
常識改変が通じなくとも、周囲が異様な常識に同調してしまっているならば、同調圧力によわよわな姫川さんは、今回みたいに応じる他無いのでは???
かくして、僕の悪だくみはこの瞬間から始まることになる。
登場人物紹介:升太郎
中背で太っちょの冴えない陰キャ根暗ボッチ。『常識改変ノート』を手に入れるまでは成績まで中の中と本当にぱっとしない存在で、凄惨だった中学時代を反省して高校デビューを目指すも失敗。落ち込んでいるときに『常識改変ノート』と出会う。隣の席の姫川陽菜が大好き。
一人称視点でのモノローグでは真人間っぽく語っているが、手段を見つけた瞬間想い人を落とすために世界をおもちゃにしようと何のためらいもなく即断する様は完全にサイコパスのそれである。姫川さんの明日はどっちだ。