いろはちゃんにメンヘラしてほしいんだよぉぉぉっ!! ってなったら八幡の腕を無くす羽目になりましたどうしてこうなった。
R-18タグは今のところ保険のつもりですが、
エロも多分書くと思いますので、苦手な方はブラウザバックをよろしくお願いします。
第1話
風が吹く。雲が流れる。
遠くに見える雲の、縦に大きく伸びた上と下で流れる速さが違う。帯のように連なっていた雲が、次第に千切れていく。
月が変わり、肌寒さを漸く忘れられそうなこの季節、たまにはこうして空のカタチを楽しむのも悪くないかもしれない。
けど。
そう思って、気を紛れさせるのにもそろそろ限界だ。
「……まだか」
ちらり、と右上を見上げる。しかし信号の色は相変わらず赤のまま。俺の他にも同じことを考えていたヤツがいたらしく、信号を見上げては俺と同じようにため息をついた。
信号。日本全国どこにもあって、江戸川乱歩や徳川家康くらい誰でも知ってる交通整理の要だ。
その信号が、さっきから全然変わらない。
故障か? なんて呟いてる奴もいる。
ここの信号はよく使うが、こんなに待たされたのは初めてだ。
こんな事になるなら、外出なんて最初からするもんじゃなかったかもしれん。
右手にぶら下げた紙袋が、やたらと重く感じる。中身は十冊近い本の塊なのだから当然だけど、この待ち時間が腕に負担をかけているのも事実だろうな。だって重いし。
明日から始まる新学期に備えて最後の休日である今日を十二分に満喫し切るため、今まで手をつけていなかったものの前々から興味はあった本や、ずっと楽しみにしていた新刊を今日浴びるように読み漁る……予定なのだ。
……おかしい。
絶対におかしい。明らかに変だ。
焦りが時間の進みを遅くする——なんて聞いたことはあるが、それを考慮したとしても、俺が横断歩道の前に立ってから明らかに十分は経っている。
「ちょっともう……明日から学校なのに」
そばにいた女子中学生……いや、ウチの制服を着ているから高校生か。そんな少女が焦る声も聞こえてくる。
「どうなってんだ、オイ!?」
信号が一向に変わらないせいで、周囲の人間の苛立ちが目に見えて増えている。てかDQNが聞こえた。
これ、もう待ってないで迂回した方がいいか。
流石に諦めて、回れ右——しようとして、おかしな光景に気づいた。
「……ん?」
車の流れが止まっている。車道の信号が変わったわけではないのだから進んでもいいはずなのに、何故か車は青信号で止まっていた。
——と。
「あれ……?」
横断歩道の真ん中に何かある。チワワより大きくて、ウチの猫よりは小さい何かだ。
でも、途中で緩い〝く〟の字に曲がったそれは、片方の先端が赤黒いのに対し、反対側は人の肌のような色をしていて——
「あ」
気づけば、右腕に感じていた重みは消えていた。それどころか、……。
……いやあ、恥ずかしいな。
恥ずかしい。本当に恥ずかしい。
「いやあああああぁぁぁぁぁっっ!!」
さっきの女子高校生の悲鳴が聞こえる。信号待ちをしていた時よりも、もっと近くで。
……ああ、そうか。
俺は。
一年前のあの時のように。
車に轢かれたんだっけ。
……ウケるな。
目が覚めた俺は、内心そう呟いた。
なるほど、走馬灯みたいな感じで、俺が事故に遭うまでを再体験してた訳だ。
どれ、今思い出しても寒気がする——
☆
『なんっでっ!? 血が、とまらな……!』
……まぁ。
あの時は犬だったけど、今回は女の子でお得感があるような、でもすげえ痛いからわかんないような。
それでも、女の子から触れられてちょっと嬉しいとか思っちゃうのは明らかにサイコパス過ぎんだろ死ぬのか俺。
さっき横断歩道の真ん中に落ちてた謎物体は、切り離された俺の腕だった。
刃物ですぱっ、ってやられたわけでも無いし、もうくっつくことは無いかもな。
それどころか、足とか腹からも血の
染みが見える。辛うじて動かせた手も指がバキバキですよ。
救急車来る前にガチで死ぬかも。てか死ぬ。
……ま、こういうのは時の運っていうし、死んだら死んだで異世界転生とかそういう望みがあるし。
要するに、何もかも手遅れだ。
だからさ——
「……き、に病む、な。よ……」
『……!』
目も見えない中で、俺はその声を絞り出した。
どうせ助けた命なんだから、俺のことなんて忘れて自由に生きてほしい。俺に庇われた罪悪感じゃなくて、明日に踏み出せる希望とか、そういうのを持ってほしい? のか?
わからんけど。
まぁとにかくこれ以上こいつと関わりたくない。誰かの心に残り続けるなんてしたくない。縛られたくないし、縛り付けるつもりもない。
てかチャンスじゃね? 転生体験できるんだぜヤッホー……ハハ。
『……! ——っ、——! ————!』
……。
なんか言ってる、ぽい。けどわからん。
鼓膜が音を拾ってるのはわかるけど、どうにも言葉としてそれを認識できない。
意識的な問題かな。もうお迎えが来たっぽいし。あと眠い。
『——! ————』
血の海ってあったかいな。
☆
「…………う、ん……」
当然だろう。タコライスのタコは蛸ではないのは明白だ。
……だから、あれ程ヒラメの仲間はスズキじゃないって……あれ?
サイコロの目は丑三つ時と連動してて……いや、そうじゃなく。
目に色が映る。瞳が世界を魅せる。……じゃなくて。
「…………あー??」
急にハッキリとした意識で目を開くと、そこは何処かの病室だった。
声が出る。自分の声も聞こえる。
ただ、首から下があんま動かせない。痛くて。
……痛い?
……そうか。
俺は、生きていたのか。
「……ははは」
むしろ、その痛みこそ自分が生きていることの証であるような気がして、少し嬉しくなった。
こんな刺激的な生を実感したのは初めてだ——と、笑いがこぼれる。
そんな時だった。
「……え、キモい」
冷や水の要領でコップの中の氷を投げつけられたような幻痛と衝撃と気恥ずかしさが俺を襲う。
「……っ!? ……かっ」
勢いで振り向こうとして、ベッドの柵に体をぶつけて痛みで悶絶する俺。なんて情けない。
「……あ、すみません」
なんか言ってる。けど、痛くて全くわかんねぇ……。
ごろんごろんと右に左に転がり、痙攣した芋虫のように悶える——そんな俺に、少女はナースコールを押して俺が目覚めたことを伝えると、こちらに向いて立ち上がった。
「一色いろは、です。……その、先日は助けていただいてありがとうございました」
そう言って少女は俺に頭を下げる。
今のは見なかった事にしてくれてるのか、その顔は至って真面目だ。
「ん、おう。……ん?」
……しかし、俺に向かって頭を下げる一色という少女だが……はて。
「すまん、助けたとか言われてもわからん」
「……え?」
意識を失う前、俺の側に一色さんが居たような気もするけど。でもそれって俺が怪我したからただ心配してくれただけじゃないの……?
「一色さんの事は、なんとなく……覚えているような気もしなくもないけど、正直細かい所は覚えてない。信号待ちがすげぇ長かったことは覚えてるが、それ以外はさっぱりだ」
俺がそう伝えると、一色さんは何かがっかりしたような……落胆したような表情を浮かべた。
「……そう、ですか。……でも、その腕…………」
……ああ、そうか。一色さんが気にしてるのは……。
一色さんが指差す先は俺の右腕。ただし、上腕の半ば辺りから先は無くなっている。多分、事故のせいでちぎれたのだろう。
それを、彼女は自分のせいだと思い込んでる訳か。
……まったく。
迷惑にも程があるな。
「気にするなよ、こんなのは俺の自業自得だ」
「でも……」
横断歩道の前ですれ違った時とはえらい違いだ。ハリネズミとハムスターくらい違う。
「一色さんに怪我をさせられた訳じゃないし、俺が自分で望んで馬鹿を見たってだけのことだ。そもそも一色さんは俺に助けてくれなんて言ってないし、俺が勝手に動いただけだろ」
「……でも」
「……。俺が俺に対して背負う損得はあっても、一色さんが俺に負い目を感じる必要なんてこれっぽっちもない。ただ一色さんの少し近くで事故に遭ったってだけの他人だからな。逆に一色さんを俺の怪我に巻き込まずに済んで安心した。だから一色さんは事故に遭わなくてよかった、くらいに思っていてくれればいい、それくらいだ」
ここまで話しても俯いた彼女は顔を上げてくれない。
「ていうか頼むから忘れてくれ。むしろ一色さんみたいな美少女の意識の隅に置かれてる事すら俺にとっては戦々恐々な事態なんだよ」
「……え?」
お、漸く顔を上げてくれたか。
「『あいつ新学期早々事故したらしいぜ?』で済んでたのに、『あいつなんか事故に遭ったお陰で可愛い子に目をかけられてるかもしれない』ってなったら俺の静かな生活が壊れる。一色さんと俺が関わる事で俺にダメージがくるんだ。噂話程度でも、注目されるという事態がそもそも望ましくない。こんな俺だから、一色さんが俺に対して申し訳ないとかすまないとかそういうのを思う必要は全くないし、俺の事はもう忘れてくれ」
若干息が苦しい。ていうか喋り過ぎた。
俺と視線を合わせたまま、俺の言葉を聞いていた一色……さん。呆けていたようにも見えたが、俺の言葉が終わると彼女は、噛み締めるように呟いた。
「……そう、ですよね。……迷惑……ですよね」
すすり泣きの声が聞こえ始めた。
え、ちょっと。
「あ、いや気持ち自体はありがたいって思ってるよ? でもさ、今後は違うって話ですよ。新学期も始まったばかりだし、これからお互いが関わり合う事で発生する不都合とか、謂れのない非難とか。そういうのを未然に防ぐ為にも、もう関わらないようにしましょう、ってだけで。むしろ一色さんだって迷惑だろ? 俺みたいな陰キャラと噂されるなんて——」
これだから女子の涙は最悪の武器なんて言われるんだ。
必死にフォローする俺をよそに、その少女はぽそぽそと呟く。
「……もう遅いんです」
「え?」
その時、悪寒のような冷気のような、背筋が凍りつくような感覚があった。
風邪をひいた時の気怠さと頭痛がやってくる。
一体何なんだ……?
「……何が?」
一応聞いてみる。遅い、って一体何が。
何もわからない。だが、着実に悪い方向に向かっていることだけは確かで——
「比企谷さん。今日が何日か、わかりますか?」
「……なに?」
まるで俺が根本的なことを理解していないのを悟らせたいかのような表情で、彼女は今日の日付を聞いてきた。
何日か、だって?
事故があったのは4月1日の前日。
翌日に目覚めるなんて事はないだろうし、そもそもが腕を失うくらいの大怪我だ。
少なくとも1週間、……長ければ2、3週間くらいか?
以前も同じような事故に遭ったことがあるが、あの時は骨折とかだけで済んだし、今回も右腕以外は包帯とかも取れてるし、割と——
「……え?」
おかしい。変だ。
俺は腕を切断するような怪我を負って、全身を強く打った。残った左手なんかもぐしゃぐしゃに折れ曲がっていたし、足なんかも当然…………。
…………。
何故、治っているんだ?
1ヶ月やそこらで治るものじゃ無いはずだ。骨折した時だって、退院してから完治するまで合計3ヶ月はかかったし……。
「比企谷さん」
「っ……?」
……そういえば、一色の着ている服も変だ。
今日が休日だからか、私服なんだろう……が、半袖にミニスカートという、春にしては時期を先取りし過ぎているような格好。
「今日は、休みです」
「休み? ……ああそうか、土曜日か日曜……」
「いえ、平日ですが」
「それじゃ、ゴールデンウィークか? まさか、1ヶ月も寝てるなんてな……」
「比企谷さん」
言い訳をするように目を逸らす俺の、顔を見て一色は言う。
俺にとっては信じ難い事を。彼女にとっては、当たり前のように。
「今は夏休み中です」
「……………………ま、さか」
そんな馬鹿な。
信じられずにいる俺を置いて、一色は告げた。
「比企谷さんは、約4ヶ月間……ベッドの上で眠っていたんです」
…………。そうか、そうか。
どうりで体の痛みもあまりしない訳だ。
俺もまだ10代。流石に4ヶ月もの月日が流れれば、大抵の骨折はギプスが取れるのだろう。
いいや。問題点はそこじゃない。
「……比企谷さんが眠っている間、学校が始まってもわたしは毎日比企谷さんの病室に通い続けました。クラブ活動とかも遠慮して、面会時間が終わるまでほぼ毎日先輩と一緒にいたんですよ」
俺は4ヶ月間眠っていたと一色は言った。
そして今、俺が目覚めるまでこうして病院に通い続けていた、とも。
こんな事をしていたら……。
「…………クラスのみんなには最初、揶揄われたりしたんですけど。それも、2ヶ月3ヶ月と続いていくうちに減ってきて……今度は逆に、わたしの事を応援しよう、っていう人達が一緒に千羽鶴を折ってくれたりしたんです。ほら、これです」
「…………あ、ありがとう……?」
……なんて事だ。
要するに、一色は周囲から「自分を庇って意識不明に陥った一年上の先輩に一途になっている」と思われているのだ。
「…………」
「……えっ、ちょ、窓に手を伸ばして腰を浮かせて何をしようとしてるんですか」
窓を開けようとする俺に一色が気づいた。
「俺には荷が重過ぎる。運が良ければそのまま上手く逝けるかもしれん」
「飛び降り自殺……っ!?」
……まぁ、そんな勇気は最初から持ち合わせていないのだけど。
左腕だけで起き上がろうとするものの、右腕が無いせいでうまくバランスを取れず、転けてしまった。
そんな俺に一安心した様子の一色は、ほっ、と一息つくと——窓を閉めて、鍵までかけやがった。
「せっかく目が覚めたのに、自殺なんてされたらわたし病んじゃいますよ」
そんな事を言って、さっきよりも少し晴れやかそうな顔をする一色。……くっ。
こんな状況では、俺が目論んだ関係の断ち切りによる軌道修正はもはや不可能。
場合によっては、ここまでしてくれた一色を傷つけたとして、俺に矛先が向いて注意が集まってしまう。
……しかし、ここまでしてしまった一色に「迷惑だ」なんて言える訳が……。
…………。
こうなったら、俺も時間を使うしか無い。「目が覚めてしばらくは二人で過ごしていたが、今まで殆ど言葉を交わした事のない仲だったので趣味や思考が合わず、疎遠になった」という作戦で行くしか……。
そもそもが、……?
「…………まて」
「はい」
油粘土を頬張らされているかのような吐き気と苦しさが、喉の奥からやってくる。
それは、俺がとある事実に気付いてしまったからなのか。
勘違いならいい。的外れであれば歓迎する。
だけど……。
吐き気を抑えられない口元を手で覆いながら、俺は一色という少女を見た。
「…………なんで、毎日なんて通ったんだ?」
……そうだ。
普通なら毎日なんてあり得ない。
いくら責任を感じていたとしても、自分の生活というものが人にはある。
毎日通う事が贖罪になるはずが無い。一色ならすぐそれに気付く筈だし、何より彼女は新入生だ。見舞いなんかよりも、片付けなきゃいけない事はあった筈だ。
部活動や新しい学校での授業なんかも楽しかっただろうに。
仕事か趣味しかやる事がない大人とは違って、学生は自分の生き方を見つけるために学校に通っている。
その権利をわざわざ放棄してまで、俺の見舞いに来るメリットがある筈がないのだ。
そう判断して身構える俺に、一色は恥ずかしがっているようにも見える妙な態度で目を伏せた。そして、ぽそぽそと話し始める。
「……ひょっとしたら、事故の時に助けてもらったこと以上にご迷惑をかける事になるかもしれない、って最初は思ったんです」
「……迷惑?」
……やはり何か裏がある……?
だけど、4ヶ月も費やして達せられる目的とは、一体……?
「……でも、比企谷……先輩ってカッコいいし、実際クラスの男子達よりもイケメンなんです。そんな先輩とウワサになれるなら、一石二鳥どころか願ったり叶ったりだって気づいたんですよ」
「…………は?」
俺は、理解できずにいた。
目の前の少女が笑みを浮かべる理由も、彼女が言葉にしている内容も。
「あの時先輩が気に病むなって言ってくれた時から、先輩が噂にがんじがらめにされているわたしのことを考えてくれるんじゃないかって思ってました」
一色の笑みが、晴れやかでイヤミのないものから恍惚とした不気味なものへと変わっていく。
「……正直、先輩と言葉を交わしたのは今が初めてですし、合わないなって思ったら、お礼だけ言ってすぐ別れるつもりだったんです。……でも、ここまで
「……………………」
「ですので、先輩」
何が「ですので」だこの野郎。
狂気だ。感謝でも罪悪感でもなく、一色は狂気のみで俺に恋をした
「これからずっと、わたしのことだけを見続けてくださいね? 何を言いふらすかわからないわたしの口を塞いでおく為にも」
狂気を孕んだ瞳で、一色は俺を見据えた。
脅しと告白が両立することなんてあってたまるか。
何が一色をそこまで焦らせているのかはわからんが、早く彼女の勘違いを治してやらないと——
……あ、そうか。
今まで一色が述べたのはあくまで一色側の理屈だ。俺がそれに従う理由はない。
そして、助けたからといって、目が覚めるまで毎日見舞いに来てもらったからといっても、そもそも一色を好意的に見る必要が無かったんだ。
こいつは、事故の被害者という立場を利用して、ほぼ絶対的に他者が納得せざるを得ない——勘違いせざるを得ない状況にわざと自分の身を置き続けた。
その後に自分が、俺がどんな目で見られるのかということもわかりきった上で。
「……いやだ」
笑みに染まりきった一色の顔が、笑顔のまま固まった。
その笑顔で、俺は確信する。
うん。……ああ、やっぱり俺は。
自分に優しくしてくれる女の子が——
——大嫌いだ。