大変お待たせして申し訳ございませんっ!
色々やること多くて投稿が出来ておりませんでした。
これからまたぼちぼち投稿できたらなと思っておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます。
一色を救うべきではなかったのか。
そう訊かれたなら、間違いなくノーと答える。
誰であろうと、俺が
……では。
俺が助けてしまったせいで、その人の今後の人生を歪める事になると知っていたら。
——俺は彼女に手を伸ばさなかっただろうか?
痛いのはもちろん嫌だ。だからといって見捨てるという行動は、忘れる事のない自責の念を生む。
誰かを助けることはプラス。
怪我をすることはマイナス。
釣り合っているように見えても、正も負も結局は自己満足でしかない。
教訓も成果も得られない、最悪の結果だ。
誰の為を思って、俺は行動したのか。
誰が救われるための行動だったのか。
その理由に確信があったのなら、俺も多分ここまで悩む事はなかった。
……わからないんだ。事故のせいか、その辺の記憶が曖昧で。
一色を庇った。それは俺の取った行いの結果として認識しているが、行動するまでの脈絡を思い出せない。
咄嗟の事だったから、大した理由もなく手を伸ばしたのかもしれない。反射運動で人を救えるとか何それ俺の性根は正義の味方ですか。そんなわけない。
……もしかしたら俺は、
——そんなわけがないのに。
何か他に、と言い訳を考えたところで現実が変わる訳じゃない。
こうなってしまった原因は間違いなく俺だ。
そして、俺が一色を助けた事と一色が歪んだことは繋がっている。
一色を助けなければどうとか、そういう問題じゃない。
俺は、これから彼女を変えていかなければならない。それは一色を助けてしまった俺の責任だ。
……。
はい。
じゃあ、うん。
回想おわり。……そしてひと言。
「……しにたい」
絞り出した言葉にしては軽く、ふと口から溢れた言葉にしては中身が詰まっている。
「……先輩? どうしました?」
「いや……なんでもない」
俺が回想から思い出したそれは、今も頭の中でガンガン鳴り響いて煩い。思い出すんじゃなかった。
ヒトの記憶は、例えに使われる箪笥の引き出しのように都合よく整理されてはいない。
散らかった部屋のようにあらゆる記憶があちこちに散乱していて、比較的新しい記憶は見つけやすく、古い記憶や大して気にも留めていないちっぽけな記憶は隙間や下に隠れて見つけ出せないもの。
物を失くす時はしまい方に問題があるように、記憶が朧げな時は記憶の仕方に問題があるものだ。
しかし。ごく稀に、とにかく目立つもの、消して忘れることのできない記憶が俺の脳に刻まれる事がある。
『——ほら、見ます?』
……日々忘れやすい
匂い。色。形。脳を刺激するその光景の全てがとてつもなく淫美で、とてつもなく理性を削られる。
俺が目にしたあれ。
あの光景が夢の中の出来事だったなら、と思う。
現実でないのなら、俺はあの夢に一生囚われていたかもしれない。
彼女と褥を濡らす夢を見て、現実に彼女がいない事に気づき、また夢に還ろうとする。
現実に求めるものを見出さない生活だ。
ある意味他人に迷惑がかからない最高のあり方だと言えるが、そこまで究極的に架空の1人を夢想している時点で自己完結出来ていない。
彼女が、夢の中で〝死んだり〟してみろ。もしくは俺が振られてしまえば、生きる理由が消失し、簡単に廃人になってしまうだろうから。
もし一色が夢の中の存在だったなら、俺はそんな危うい、綱渡りの毎日を過ごしていた事だろう。
……だが。
彼女は実在している。気のせいなんかではない。
自分の好き勝手なままに操れる存在ではない。また、俺から一度でも触れてしまえば二度とやり直せない。彼女と付き合っていくしかなくなる。……いや重くね?
そんなふうに腐っていると。
「そういえば、どうして今日面会謝絶を解いたんです?」
一色がふと、そんな事を聞いてきた。
さりげない話題転換ナイスだ。やっぱりこいつとの邂逅を思い出すのは心身にダメージが、
「先輩の誕生日は明日ですけど」
「…………」
…………。
別のところから恐怖が。
……いや、うん。
ぞわり。擬音にするならそんな音。
からころりと心臓の裏側を転がすようになでられたかのような、軽い圧迫と恐怖が俺のココロを締めつけた。
一色が俺の誕生日を知っていることに、ちょっとだけ怖いとか思ったり思わなかったり。
……めっっっっちゃ怖い。
いやなんで知ってるのん?
いいや、それより誕生日に反応しちゃダメだ。
純粋な瞳の奥に隠された狂気が、自らを閉じ込める蓋をこじ開けんとして震えている。
不自然に笑う顔と共に上気する頬は、彼女の発情した顔を照れとして誤魔化しているつもりらしい。生憎、バレバレだけど。
バレバレだけど——それを悟らせる訳にはいかない。
抵抗という手札が俺には無い。一色がこの前みたく強硬手段に出たら、俺はナースコールを押すしかなくなる。いやボタンを押す前にスイッチ取り上げられたら終わりだ。
何より、これ以上彼女に〝俺のせいで〟という負担をかけたくはない。
だから。
「……おっ、親から連絡があったらしくてな。今日面会に来る人がいるから解除することになったんだよ」
小町とかから聞いたのかもしれない。
そう思うことにして、一色の誕生日発言は聞かなかったことにした。
「そうなんです、……? 面会に来るのは先輩のご家族ではないんですか?」
一度納得しかけた一色が、首を傾げて身を乗り出してきた。
まぁ、普通はそう思うよな。元(の体勢)に戻れ。
「俺が事故をした相手が見舞いに来るらしい。普段は忙しいらしいんだけど、俺が目覚めたのを知ったらすぐに見舞いに来るって連絡してきたらしくて。俺はそれを親伝いに聞いた」
らしいらしいラッシュ。通話をした訳でもなく、伝言をただ聞いただけだから、まぁ実感は無い。
相手が怒っているのか、それとも俺のことを疎ましく思っているのか。自分に向けられる嫌悪の種類すらわからないけど、十中八九良いイメージは持たれてはないだろう。
事故の原因は2回とも俺が道路に飛び出してきたせいだ。相手にしてみれば、勝手に飛び出てきたくせに責任をこちらに押し付けて治療費をふんだくる当たり屋くらいの、タチの悪い存在に見えているのは間違いない。
だからというわけで、俺はあんまり相手方に顔を合わせたくなかったりする。治療費の相談とか「払ってくれますか」って聞くの本当に嫌だ。
前回の事故と同じなら、治療費は払ってくれているのだろう。……「くれている」とか、上からでほんとにああもう……。
「確か、雪ノ下建設……? の人でしたね」
その一方で「ただ近くにいた人」の一色が、みるみるうちになんか不機嫌な顔に。そのとぼけ顔、絶対因縁あるだろ。ってくらい不機嫌だ。
「知ってるのか」
「はい。何度かここで顔も合わせてますし」
「なるほどな。……、……?」
何か今、話の内容に違和感があったような。……気のせいか?
コンコン。
「……!」
「……っ」
たった今胸に抱いたばかりの違和感に首を捻っていると、病室のドアがノックされた。
きた……? でも、知らされてた時間にはまだ早い。看護師か?
「はい、どうぞ」
一色が俺の代わりに返事をする。ドアを開けるためか、座椅子から立ち上がったところで、ドアが勝手に開いた。
「……っ」
——開いた扉の前に立っていた人物。
その人物の顔を見て、俺の目は自然と見開かれていた。俺がもう少し感情的な性格だったら、うれしいのを表面上でも我慢できなかったかも。
「おっ、にっ、いっ、ちゃん!」
けんけんぱみたいなリズムを刻みながら自動ドアの向こうに現れたのは、体感として1週間ぶりくらいの我が妹。
ああ、うん。小町の笑顔は今日も可愛い。
「……、」
髪が伸びて、肩に少しかかるくらいのセミロングに髪型が変わっている。大人びていて綺麗だ。
気持ち的には1週間ぶりくらいなのだけど、俺と小町の間に横たわる4ヶ月という時間の重みが、小町の容姿の変化から否応にも伝わってくる。
「…………」
小町に時間の流れを感じる一方で、対比しているかのように事故の時と髪型が変わらない一色は、時の流れが止まっているようにも思える。
いや、凍りついている? 心なしか寒さを感じる。
……うん、気のせいじゃない。肌で感じるひりついた空気、
俺が言っているのは昔のことではなく、たった今——現在進行形で発生していること。
「え…………?」
ほら。さっきまで向日葵のように明るく柔らかな笑顔を浮かべていた小町が、笑顔のまま凍りついている。
落ち着いた色のブラウスとスカートが、髪型と相まってより涼しげに……薄ら寒さすら覚えるようなていうかまって鳥肌が。
俺が戦慄しているにも拘らず、一色は小町にそれを見せつけるためか、身を捻って反転、さらに
「……んむっ」
大人びたマイシスターを背景に、俺と一色の間で声と吐息と水音が跳ねる。
「んち……ちゅ、くちゅう、ちゅぱ、ちうぅ……んはっ」
いつだったか、同じようにキスをした時とは全く違う感触。
唾液を吸われて、歯茎と歯の境目をなぞられて、奥へと追い詰められた舌すらも絡めとられる。
なんていうか、こう……熱い。頬が熱を持ってるとかそういうレベルではなく、火傷しそうなくらい熱くて、指先がビリッと痺れて、風邪ひいた時みたいに思考が溶ける。
一色が返事をするとほぼ同時、彼女が両手を俺の首にかけ引き寄せて始まった接吻は、時間なんて忘れるくらい、俺の思考を蕩けさせた。
小町の前だというのに。
我が妹の存在にもう、霞がかかっていた。
「……ん」
たっぷりと舌を絡め合った最後。俺の唇と一色との間に唾液の糸がはっきりと出来るくらい、ちゅぷ、と音を立てて一色はゆっくりと俺から離れた。
唇の隙間から覗くピンク色の舌。その先から繋がっている透明な糸は俺の口端と繋がっている。
やがて糸はぷつん、と切れて俺の頬に垂れた。こともあろうに一色は、それを直接舐めとって言う。
「……えっちなキス、しちゃいましたね」
「…………っ」
照れたのか、頬を赤らめ肩を震わせ、もにょもにゃと恥ずかしそうに口角を上げる彼女を、俺は直視できなかった。いや照れてるの俺なんだが。
「ともあれ」
振り返る一色。
俺の後頭部に腕を回し、大切なぬいぐるみを子供が抱えるようにぎゅうっと抱きしめて、彼女は俺の口を自分の胸で挟み込んだ。
「……わたしから小町ちゃんに伝えますよー。……ね?」
「…………?」
なにがおきているのかわからない。
……その体勢のまま俺を覗き込む一色。口元に笑みを湛えている筈のその瞳は、彼女と出会ってから知ったどんな瞬間よりも暗い色に沈んでいた。
「……あ、あの? 何を、してるの、かな……?」
視界の端。上擦った声で、小町が何かを取り落とした。精一杯の笑み——を浮かべているつもりなのだろうが、この、トーンは高いのに底冷えするような冷たい声色……。
生まれてからずっと一緒に育ってきた俺にはわかる。
……こいつ、今まで見たことないくらいブチギレてない?
喋るたびにカチカチと鳴る小町の歯。
すぅ……。と細められる目。
ぐしゃり、と握り潰された小町が持ってきたと思しき花束。中身は今咲いている花のカスミソウ、キキョウ、ナデシコ、向日葵など。いろんな花があって綺麗だったんだけ——いやそんなこと気にしてる余裕なんてない。
流石に、一色がこんな行動に出た目的に気づかない筈がない。
状況証拠。先手必勝。或いは事後承諾。
つまりは——
「……ちょっと、待っ」
「小町ちゃん。わたし達、付き合うことになったから」
一色がにんまりと笑った——その瞬間。
世界が切り替わった、もしくは3人だけ別の世界に放り出されたような錯覚がした。
「…………………………………………は?」
今はまだ夏。
空調が効いている筈だけど、明らかにそれだけとは思えない底冷えするような寒気が。
「————、」
——目を細めた我が妹は、人も殺せそうな程の殺気を視線に乗せてこちらに、一色に向けていた。
☆
「んんーっ、ふあーっ……。うん」
閉じたカーテンの隙間から差し込む日光が、夢と現の境界で微睡むわたしを抱き上げてくれる。
……この上なく、いい目覚めだ。
わたしのまだ短い人生経験からすると、今日は何かいいことが起こりそうな予感がする。
8月7日。本日は快晴なり。
窓の外に見える空は雲ひとつなく、まるでわたしの心みたいに、たったひとつの空色が広がっている。
テレビで天気予報を見ても遠くにちっちゃな雨雲があるくらいで、午後に天気が崩れることはなさそうだ。
朝ご飯はお家でしっかり食べていく。お昼はコンビニで買って、イートインスペースで食べよう。
お昼代、500円よし。
……前に1日中先輩の側に付きっきりでいたら、お昼くらいは食べなさいって病院の人に怒られちゃったし。
……髪型よし。
ピンやヘアゴムで留めることをせず、髪の長さも肩の辺りまでにしただけの『いつもの髪型』だ。
高校生デビューという事で髪を染めたり髪型を変えてみたり、これから色々試そうと考えていた「あの日」から何も変わっていない。色も型も先輩と出会った日から変えていない。……あの後使い続けてたら肌に合わなかったから、ていうかアレルギー反応が出ちゃったから染料自体は変えたけど。
服装よし。
最近ほんとに暑くなってきたけど、雨が降ったりして時々急に寒くなったりする事もあるので、薄手のパーカーを1枚持っていこうかな。
基本は上がTシャツ、下はプリーツの大人しめな色でシンプルな柄のものを。
夏休みだし、制服を着ていく必要もない。色も明るく涼しげな格好にした。
そして最後に。
笑顔——
「よしっ」
先輩も褒めてくれると嬉しい——けど、初対面であんな事しちゃったし、面会謝絶されたし、大丈夫かな……。
……大丈夫じゃない。通報されていないだけ、まだマシ。
初対面でセクハラしただけだしね、わたし。
……それに。
『お兄ちゃんが目覚める
わたしは先輩にまだ言っていない事がある。
本当はもう、わたしは先輩に会ってはいけない。
先輩を意識不明の重体にしてしまったのはわたしだ。
わたしがあの時飛び出していなければ、先輩は事故に遭わずに済んだのだ。
わたしがいなければ、良かった。
でも、……それでも。
わたしは先輩のことが好きだ。
それだけは先輩に伝えたい。
この先会えなくなるのだとしても、それだけは。
でも、その気持ちを先輩以外に伝える訳にはいかない。
特に、先輩の妹である小町ちゃんは先輩の事が大好きであるらしく、わたしが眠る先輩に近づく為には彼女といくつかの約束を交わさなければならなかった。
『その1。わたしが先輩と顔を合わせて良いのは先輩が目覚めるまで』
わたしがお願いしたルール。お見舞いはしてもいいということ。……守られなかったけど。
『その2。お兄ちゃんが意識を取り戻したら、その次の日からお兄ちゃんと会ってはいけない』
小町ちゃんが提案したルール。道理的にも意識的にも、わたしには先輩に近づいてほしくないのだと言っていた。……守ってないけど。
『その3。お見舞いの最中にお兄ちゃんが目覚めた場合、すぐにナースコールを押して一色さんは病室を出て行き、小町に連絡を取る』
同じく小町ちゃんが指定したルール。〝次の日〟という接触禁止の矛盾を突かせない為のもの。……守らなかったけど。
『その4。その3の途中で先輩がわたしを引き留めた場合は、先輩の話が終わるまでその3の効力は無効となる』
わたしが提案したルール。先輩と会話する時間を作り出す為のものだ。正直なところ、起きてすぐの先輩がわたしの事を覚えているのかは賭けだった。髪型はあの時のままだけど、最悪顔を忘れられてたらどうしようもなかったし。……守るつもりはなかったんだけど。
『…………』
あの時の小町ちゃんの視線を思い出すだけで、真綿のように息苦しさが纏わりついてくる。
それでも、今日は先輩に会える。それだけでわたしの中の暗い気持ちは吹き飛んでいた。
……小町ちゃんには申し訳ないけど、わたしはこの人のものだ。
それで、この人と会えなくなったらわたしは死ぬつもりでいる。
代わりの恋なんてする気はない。
先輩にフラれたら文字通り、終わり。
睡眠薬は先輩が眠っている間の4ヶ月で買い貯めたものがあるし。
……それで。
まぁ、その覚悟だけならわたしは本物だ。
自分の事情に他人を巻き込むなんて身勝手な、とは思うけど。
それを思い止まれるなら、多分わたしは先輩が目覚めた時に告白なんてしていない。
だから、
『いろはさんみたいな人、お兄ちゃんは間違いなく食いついちゃいますよ! たぶんもう目が離せないっていうか、お兄ちゃんが起きたら一目惚れさせてそのままゴールインしちゃいます?』
『……その、小町……さん。わたしはほんとに、お兄さんが無事に目を覚ましてくれたらそれで十分だから……』
けど、今は色々と変わってしまった。
今日小町ちゃんもお見舞いに来るらしい。……多少強引でも、そこで見せつけないと。
小町ちゃんはわたしの敵だし、わたしは小町ちゃんの敵だ。そして、わたし達にはお互い以外の敵もいる。
だから、退くつもりはない。
わたしは、先輩を逃がさない。