ガーディアンテイルズ~騎士とユズの物語~ 作:羊merry羊
どうか見てやって下さい。
「今日もユズに会えなかったね」
ユズが騎士たちの元を去ってから早一週間が経過していた。
本来騎士たちはユズに付き合ってダンジョン王国に滞在していたのだから、別行動となった今、ここに留まる必要性はない。
それでも尚こうして毎日ダンジョンに潜り続けているのは、ひとえにユズの姿を確認したかったからに他ならない。
「あのハルバルっていう人も全然見てないし、一体どこ行ったんだろう?」
そう、そこが気になっているのだ。
このダンジョン王国では昼間はダンジョンに潜り、夜は酒場で炭酸麦茶を飲むというのが冒険者の慣わしとなっている。
ハルバルも例に漏れず、これまでは毎日のように入り浸っていたのだが、ここ数日は顔を出しておらず誰もその行方を知らないとの事。
ユズが半強制的に連れ去られたのを境にということで、騎士も嫌な予感が拭えず、だからこそ無事を確認するまで国を去るわけにはいかないと思った。
そんなやきもきした気持ちを抑えられずにいる騎士達の元に、いつぞやの老人がやって来た。
「お嬢さんや、そんな気落ちして何かあったのかい?」
「私のせいで仲間が居なくなっちゃったの。探してるんだけど全然見つからなくて」
姫のせいではない、自分が悪いのだ。
この一週間、互いに自分を攻め続け、慰めあい、それでも悔やみきれず負の感情に
「そういえば前は他にも一人居たのう。お若いの、力にはなれんかも知れんが、この老いぼれに吐き出してみんか?少しは気が晴れるかも知れんぞ」
普段ならこんな事を他人に話そうとは思わない騎士だが、高齢者の持つ安心感に
ユズとの楽しかった冒険の日々、別れたあの日の事、そして無事を願い捜索した今に至る。
すると最初は相槌を打ち、ただ聞く姿勢だった老人が、ここに来て険しい顔を見せた。
「何ということじゃ……彼奴またそのような事を…………」
また?何か知っているのですか?
ユズを探す手掛かりを求め、騎士は尋ねた。
老人は周囲に警戒しつつ、声を潜めながら騎士に顔を近づける。
「実はのう、彼奴がうら若き乙女を攫ったのはこれが初めてではないんじゃ」
衝撃の発言に耳を疑う騎士。だがユズを手中にした時のあの下卑た笑みを思うと納得できるというものだ。
老人は更に声を細めながら語る。
「ハルバルという男は心優しく力強いと国民皆に評判の英雄じゃが、それは上辺だけの話で、本当は非情で権力が好きな出世欲にまみれた男なのじゃ。そして性に関しても褒められた物ではなく、気に入ったオナゴがおったら金と権力にかまけて力づくで手に入れる最低の男、それがハルバルの正体じゃ」
何故ご老人はそのような事を知っているのですか?友人の情報を得るためここ最近、他の者に色々話を聞いて回ったがそんな話は初耳だ。
困惑を
「数年前、ワシの娘もハルバルに攫われたんじゃ。勿論ワシは問い詰めたり、周囲に事の顛末を話した。じゃがその時既に地位を確立していたハルバルは、言いがかりだと言って相手にせんかった。周りはハルバルのファンばかり。ハルバルがそんな事をする筈がないと反論され、最終的にワシが
自嘲混じりに語られた過去の事件に騎士は動揺を隠せなかった。
もしかしたらユズもあの男の慰み者になってしまっているのかもしれない。
こうしては居られない、何としてもユズの無事を確認しなくては!
「お嬢さん、何処に行くつもりかね」
わからない、でも今はとにかく探すしかない。
「闇雲に探しても無駄じゃ。
なるほど、そこに隠れていたからここ最近姿を見なかったのか。だが草の根をかき分けてでも探してみせる。
無意識に握っていた拳から血が滲むのを感じる。痛みなど気にならなかったのだが、それに気付いた姫が泣きそうな顔で自身の小さな両手で包み込んでくれた。
手のひらだけではなく、冷たく凍てついた心までも温めてくれる様な感覚に、騎士は姫にありがとうと言って逆の手で頭を撫でるのだった。
「止めても無駄なようじゃから最初から教えるが、以前のアジトと変わっておらぬならワシが案内出来る。勿論安全は保証せんがの」
どうにか娘を救えないかと老人も過去に
それでもどうにかしてみせると息巻く騎士に頷くと、老人は着いて来いと酒場を後にするのだった。
老人の案内で辿り着いたのは、ダンジョンの脇道に隠された壁の中だった。
「ここは古い隠し通路だったようじゃが、中にあった宝や鉱脈何かも全部取り尽くされたと有名でのう、余りにも有名すぎて今では誰も近づかん。じゃがハルバル達はこの更に先にもう一つ通路を掘った」
どうやら過去の崩落に巻き込まれて、今では侵入不可能となった区画が奥に存在しているらしい。普通なら崩れた土砂をどかして元の道を整備するのだろうが、一度崩壊した場所をもう一度切り拓くというのは不確定要素が多かったのだろう。
ハルバルが別のアプローチから開通させたそこは、過去に倉庫に使われていたようで、かなりの広さがあるとの事。
「さて、ワシに案内できるのはここまでじゃ。腐っても英雄と呼ばれるだけあってハルバルは強い、無事を祈っとるぞ」
ここまで案内してもらい感謝する。
騎士は謝辞を述べると、剣を構えて先へと視線を向ける。
「絶対ユズを助け出そうね!」
嗚呼、あんな糞みたいな奴に私のパートナーを渡してなるものか。
決意を新たに隠された先へと進む二人だった。
「誰に楯突いてると思ってるんだ、俺達はあのハルバル様の手下だぞ!ぶへっ」
「誰かコイツを止めろ!こんなに強えなんて聞いてねえ!」
進んだ先には件の倉庫と思わしき広い空間が存在していたのだが、そこにはチンピラ達が待ち構えていた。
どうやら見張りを立てる程度の警戒心はあった様だが、普段此処へ来るものが居なかった事から誰一人として本当に警戒していた訳ではないらしい。
当初、突然やって来た騎士に驚いていたが、直ぐに新しい女が手に入る、カモだと判断して襲いかかってきた。
しかし、この程度の奴らがインベーダーと命のやり取りを繰り返してきた騎士の相手になるはずもなく、一方的に倒せる。
だが騎士の表情に余裕はなく、次々と湧いてくるチンピラに焦りを抱いていた。
老人の話では、以前崩落した場所を使っている以上、再び崩れて脱出不可能になる可能性を踏まえて別の抜け道も用意している筈だという。
ここで時間を潰しているうちに、騒ぎを聞きつけたハルバルがユズを連れてそちら側から逃げ出す可能性がある故、時間が惜しい。
焦燥に駆られる騎士だが、不意に嫌な気配を感じて思わずその場から飛び退った。
直後、ダァンと破裂する音と共に地面が跳ねた。
「ちっ、外したか」
声の方に顔を向けると、手下の一人がライフルを手にしていた。
「おい、それは道が崩れやすくなるかもしれないからここでは使うなって言われてただろ!」
「そんなこと言ってもこのままじゃ遅かれ早かれ全員伸されちまう、だからお前らも使え」
チンピラは周りに積まれた箱から銃を鷲掴みにすると、仲間達へ放り投げる。
「形勢逆転だなクソアマ、もし生きてたらこの後使ってやるから覚悟しとけ」
照準を騎士へ向け愉快そうに話す手下。更には新たに駆けつけて来た者まで現れ半円状に囲まれてしまった。
自分だけなら何とか致命傷は避けることは出来るかもしれないが、それでは足元に縋っている妹姫を巻き込みかねない。
「テメエは頑張ったが粋がるのも程々にしとけっつう話だ。あばよ」
一斉に引き金に力が込められるのを見て取った騎士は万事休すかと、せめて姫だけは傷つけないよう後ろへと庇う。
ダダン!と先ほどより大きな音を鳴らして迫る殺意に、剣を盾のように構えて目を瞑る。
────だが、騎士の体にも剣にも凶弾が届くことはなかった。
「ボーっとしてんじゃないわよ!あんたそれでもユズのパートナーなの!?」
「時間が無いのはわかってるでしょ!ここは私が食い止めるからアンタは早くユズのところに行きなさい!」
声がした方に目を向けると、魔族であろうか?眼はサングラスに遮れてていたものの、蒼い角とコウモリの羽に、大剣を携えた人物がいた。
魔族が剣を振ると、新たに二列の氷柱が道を描く。
これなら手下たちにも邪魔されず先へ進むことが出来る!
礼を言おうと首を向けたところ、
「アンタとはいつか決着を着けてアゲル。だからその時までしっかり守りなさい!」
背中越しにそう告げるとその者は、騎士へは目もくれず敵へと向かった。
そうだ、自分はユズを助けるために此処へ来たのだ、立ち止まっている暇などある筈がない。
何処の誰かも知らないが、心の中だけでありがとうと言って駆け出した。
「お姉さんありがとう!」
そんな気遣いも幼き姫には関係ないのか、大きな声を上げ手まで振っている。
これには魔族ですら一瞬動きが止まってしまったようだが、この姫はこれでいいのだ。
急ぎますよと軽く急かして、奥へ向かうのだった。
「まさか俺の隠れ家を嗅ぎつけて、挙げ句ここまで侵入する奴がいるなんてな」
進んだ先では騒ぎを知らされていたのだろう、ハルバルが待ち構えていた。本格的にダンジョンに潜る訳ではないからか、いつぞやのフルフェイスヘルムは無く、鎧だけの軽装をしていた。
ここは先程の倉庫よりは幾分か狭い部屋のようだが、比較して置かれてる荷物が少なめなせいか広く感じる。
男ばかりで閉鎖空間を利用しているためか、据えた匂いが鼻をくすぐり顔を
不快感を露わに、ニヤけとも関心とも取れる表情をしているハルバルに騎士は問う。
ユズは何処だ、と。
だがハルバルは嘲笑を深めて語りだす。
「折角ここまで来たから少しだけ俺の話をしてやろう。俺はなぁ、昔からサキュバスが好きだったんだよ」
一体何の話をしている!
激高する騎士を制し、まあ聞けと話を続けた。
「世間で英雄と語られていくうちに、俺の自由にできる女は山程出来た。だがそんな女共を抱くうちに、前から秘めていた思いが強くなっていくんだよ。そんな願いを叶えて貰おうと、天下の英雄様が変装をしてサキュバスのドリームセラピーに行ったんだ。そこで待っていたのはなんだと思う?」
どんどんおかしな方向へ話が向かっていく…………
まさか、こちらを油断させるために適当な事を言っているのではと警戒心を高める騎士。
「そこにはなぁ…………夢の中で鬼ごっこをさせられたり!レットフリックスを見せられたり!挙句の果てには線形代数を教えられたんだよ!」
本当に一体何の話を聞かせられているのだろう?
「まあそれは最初のうちだけで、通い詰めてVIPになればもっと凄い体験ができると聞いたから、これも一種の焦らしプレイなんだろうとワクワクしたもんさ。そうして遂にVIP会員証を手に入れた俺は意気揚々と闇のサキュバス村へと歩みを進めた!」
ハルバルの言葉にどんどん熱が籠もっていくが、逆に騎士は氷点下まで冷え込むのを感じる。
「僕のご主人様になってと言われたから勿論だと言ったら狐の世話をしろと言われた!棒を刺してドクドク液体を吐き出してと言われたらガソリンスタンドで働かせられた!母娘丼と聞いて飛び込んだら親子丼じゃねえかっ!サキュバスってそういう生物じゃねえだろがよぉぉぉぉぉぉっ!」
最早騎士にはこの男の話す言語が理解できなくなり、脳内のお花畑で蝶々を追いかけて現実逃避していた。
そんな姿を見た妹姫に袖を引っ張られ正気に戻った騎士は、それとユズにどんな関係があるのか問うた。
「つまりだな、本来サキュバスってのは相手から精気を得るために誘惑してその対価を得る生き物なんだよ。だが何故かこのダンジョン王国に住むサキュバス共には、その文化と知識が全く無い。おまけに閉鎖的で外へ出る奴なんて居やしない。村の中でしか触れ合いが出来ねえのに、こちらが何かしようとすれば総出で追い出されるのがオチ。目の前でずっと人参ぶら下げられて指くわえて居た……んだがな?」
それまで沈痛な表情で勢いよくまくし立てていたのに、急に
「ある日突然酒場にサキュバスが現れた!それも偶にいる店員じゃねえ、客側の席にだ!」
腕を広げて全身で歓喜を表しながら尚も語り続けるハルバル。
「調べてみれば冒険者志望で村を飛び出してきたって言うじゃねえか!ソイツなら姿が見えなくなっても他所へ旅立ったと言えば誰も気にしねえ、ツキが回ってきたと思ったよ!」
ユズに何をした!無事なのか!
もう半ば答えが分かりきった質問だが、騎士にはそう叫ばずには居られなかった。
ハルバルは一層口角を上げて側にいた部下に指示をする。奥へと向かった部下が連れ立って来たのは──────
────見るも無残な姿のユズであった
生きてはいる。
だが、冒険への希望で満ち溢れていた瞳には光が失われ、他を魅了していた桃色の髪は白濁した液体と共にべっとりと顔に張り付いている。
肢体には元は白かったであろう所々黄ばんだシーツが無造作に巻かれ、その下は恐らく素肌なのだろう、豊満な胸がくっきりと浮かんでいた。
「サキュバスの躰は想像の何倍も気持ちよかったぞ。あまりに良すぎてこっちの体力が尽きるかと思ったぜ!まあ、ちっと激しくしちまって反応が薄くなっちまったがな。ガハハハハ、あん?」
そこまで聞いた段階で騎士は飛び出していた。
湧き上がる激情をそのまま剣に乗せて部下へと叩き込む。
ガキンと金属がぶつかり合う音が鳴り響き、部下がひいっと呻いた。
振り下ろされた一撃は横から伸びた剣に遮れていた。
「おいおい、可愛い部下を虐めないでやってくれ。ただ一緒になって遊んだだけじゃねえか」
騎士の攻撃を防いだハルバルが愉快そうに語る。
「こんな極上の女を一人で味わうのは勿体なくてな、別の刺激も与えたくて皆で仲良く楽しんだぜ」
視線で
ハルバルが部下へ逃げろと指示すると、部下はユズを連れてその場から立ち去ろうとする。
騎士もそれを追おうとするのだが、進路にハルバルが割り込む。
「そう焦んな。俺が一緒にダンスしてやるからよ。それとも友達と一緒に俺の上で踊るかい?」
戯言を言うな!
再び切りかかりながらスキを見てユズを奪還しようとするが、その度にハルバルが回り込む。
老人が言っていた通り、それなりに腕が立つようだ。
それでも本来騎士の実力であれば、多少手こずりはしても、時間を掛ければ倒せる程度な筈なのだが、このままユズを連れ去られてしまうという焦りと、怒りによって精彩を欠いた剣ではそれも難しいようだ……
部下も人ひとりを運ぶ都合上ゆっくり遠ざかっているのだが、それが却って焦燥感を煽る。
どうやら最初にユズを連れてて出てきた部屋へ向かっているようで、恐らくはそこから脱出出来るのだろう。
ならば尚更急がねば。あの壁の向こうへ消えた瞬間、手が届かない場所へ行ってしまう事も考えられる。
ここままではユズと永遠に会えなくなってしまう!
ハルバルが部下と騎士、双方の状況を見て勝ちを確信してにやりとした瞬間、それは起きた。
「ええ───い!」
場にそぐわない甲高い声とともに飛来した物体は、吸い込まれるように部下の後頭部へと直撃した。
すると部下はびくんと身体を硬直させて倒れ込み、その横に黄色い宝石のような物が転がる。
「やったわ!ユズは私に任せて!」
まさかの妹姫の仕業だった。
いつも何処からともなく拾って来ていたあの光る物体を投げつけ、上手いこと敵にクリーンヒットして昏倒に至ったようだ。
嬉しそうにユズへと駆け寄る姫を見届けた騎士は、気を持ち直してここぞとばかりに剣戟を畳かける。
「クソッ!こんな時にへまこきやがって…………うっ!?」
鍔迫り合いに応じていたハルバルだが、ここに来て突如膝を折ったではないか。
元々剣技では勝っていた騎士だが、男と女のフィジカル差は如何ともし難く、劣勢になるとハルバルは直ぐに力勝負に持ち込もうとしていた。
騎士もそれが分かっていたので鍔迫り合いになると直ぐ距離を取るようにしていたのだが、今回は何故か向こうが競り負けているようだ。
「何だ!?力が入らねえ!何をしやがった!」
騎士にも原因は皆目見当がつかなかったが、実は非常に単純な理由であった。
本来サキュバスは相手から精気を奪って生きる種族である。
そんな種族に対しハルバルは一週間にも渡り、直接的行為を繰り返していたのだ。
普通なら立っているのもやっと、どころか命を落としていても不思議ではない状況でこれだけ威勢が良かったのは英雄としての実力か、はたまた飽くなき欲望か……
ともあれ知らず識らずユズに精気を奪われていたハルバルは、急速に勢いを失っていった。
「畜生っ、こんなの……こんなの認めらっれかぁああああ!」
技術も力も何もないただ大振りなだけの一撃、それでも体格と装備を利用した重さのある攻撃は、苦し紛れに繰り出した割には最善の選択だったのかもしれない。
一歩引くことで身を躱し、最大の隙へと即反撃に転じるべく騎士が踏み込んだ瞬間、予期せぬ凶刃が顔に向かって飛来した。
虚を突かれた騎士は無理やり体を捻って躱したが、完全には避けきれず、掠めた頬に血が滲む。
一体何が起きたっ!?
困惑する騎士が状況を確認するべく顔を上げると、後方からカラーンと金属がぶつかるような音が響いた。
どうやら自身の剣を投げ捨てて攻撃してきたようだが、如何に不意打ちとはいえ、ここで武器を手放すのは愚策でしか無い筈。
まさか観念したのかと前に向き直った騎士は戦慄した────
ハルバルがこちらに背を向けて逃げ出している。それもユズに向かって。
慌てて騎士が追いつこうと
必死に駆ける騎士だが、ハルバルがそれを阻もうと周囲の積荷を倒して障害物とする。
そうして遂には倒れてきた箱に足を取られ、騎士は転倒してしまった……
痛みを堪えながら前方を確認した騎士の眼に映る光景は、ハルバルが幼き姫へ向かう姿。迫る魔の手に両の瞳に涙を湛えつつ、それでも背後の仲間を守ろうと手を広げる誇り高い少女の勇姿。
何が騎士だ!何が私が守るだ!
国を守れず、今度は仲間と仕える主までも失うのか。
右手に握った剣では何一つ守れやしなかった。
騎士の誇りなぞでは誰一人救うことなど出来ないのか。
届かぬ腕を伸ばして、掴めない温もりを求めた。
悔しさに滲む視界には、今まさに姫へと伸びる手と崩れた積荷だけが映った。
────積荷?
思い出せ。さっき戦っていた下っ端は積荷から何を取り出していた?
──────────っ!
刹那、伸ばしていた手で掴み取ったソレを構え、解き放つ。
タァン、と乾いた音が鳴り響く。
直後、その場に居た全ての者が動きを止めた。
水を打ったような静けさが広がる中、遅れてガシャンと鎧が崩れ落ち静寂を破った。
倒れたハルバルの眉間から血が溢れ、周囲に広がっていく。
それをもって構えを解いた騎士の両手には、剣の姿はなく、代わりに銃が携えられていた。
妹姫は緊張の糸が切れたせいか、はたまた人が目の前で死んだショックからか、その場にへたり込んでしまった。
ゆっくりとした歩調で歩いてきた騎士が姫を抱き起こそうとするが、断られてしまった。
「私はいいの。それよりユズが……」
確かに今はユズの方が心配だ。
支えていた部下を失ったユズは地面に横たわって居たのだが、感情の消えた瞳も相まって生気が感じられない。
騎士が抱き起こすと、呻き声とも喘ぎ声ともつかない小さな声を上げる。
「ユズ大丈夫だよね?また元気になるよね!?」
これまで堪えていた涙を流しつつ訴える姫。それを見ているのが心苦しい……
きっと大丈夫だと言えればいいのかもしれないが、根拠のない言葉を発するのは
時間が癒やしてくれればよいが、どんな酷い仕打ちを受けたのかを幾分かでも察することが出来る姿を見てしまっては、それすら
またしても何も出来ない自分に悲観する騎士。せめて身体だけでも癒してやろうと持ち物から回復薬を取り出す。
と、その時、カツンと何かが零れ落ちた。
「これって確か、酒場でお爺さんが教えてくれた……」
そう、忘却の秘石と呼ばれたアイテムだった。
事が事なので余計な物は持ってきて居ないはずだが、恐らく小さかった為に紛れ込んでしまったのだろう。
だが、今こんなものがあっても、何の役にも立たない。話によるとこれは相手から魔石や戦闘経験を取り出す物だのだから。
そこで騎士はふと疑問を抱いた。
そもそも戦闘経験とは何だろう?
魔石はわかる。これまで取り込んできたものが吐き出される。その分だけ弱体化する。
では戦闘経験とはどんな形で?
魔石を取り込まなくても強くなることは出来る。実践を積んでもいいし、鍛錬をして強くなることもある。
なら仮に鍛錬をした人が戦闘経験を失った場合、何が何処まで失われるのか?
剣術を極めた人が失ったら、まともに素振りすら出来ないのか、それとも同じように振れるのか?
経験が失われるなら、まともに剣を振ることは出来ない気がする…………
それってつまり、記憶を失うのでは?
もしもそうなら!
「どうかしたの?」
心配そうに尋ねる妹姫に、騎士は過度な期待を持たせぬよう答える。
『忘却』の秘石という名前に賭けて、ダメ元で使ってみようと。
「なるほど、どうなるかわからないけど、今の状態よりは悪くならないだろうし、やるだけやってみましょう」
そっとユズの胸に押し当てられた秘石に二人は、祈りを込めて老人から教わった言葉を紡ぐ。
「「リセット」」
すると石とユズの体が光り、体内から赤や緑、青や虹まで多種多様な魔石が溢れ出たではないか。
こんこんと湧く魔石達、そうして大小入り交じる魔石の勢いが収まる頃、今まで見覚えのないピンク色の魔石が一つ現れた。
それはユズの持つ髪の色によく似た石だった。
「う…………」
「ユズっ!?」
反応があったことに動転して強く揺さぶりそうになるのを必死に自制しつつ、騎士も語りかける。
大丈夫か?話せるか?痛むところは無いか?
ゆっくりと瞼を開けたユズは周りを見渡し、妹姫を一瞥、最後に騎士へ目線をやる。
「…………貴方達は誰?どうして私を知ってるの?」
その口から出た言葉は望んでいて、だが望んでいなかった言葉。
目を覚ました嬉しさと、失われた記憶の寂しさ。
崖っぷちで守れた心と、何も守れなかった事実。
嗚咽を漏らす騎士と、静かに泣く姫。
「私、強くなる…………守られる側じゃない、守る側になって皆を助けるの」
幼き躰に灯った決意の火は蒼き炎。見た目は冷たいが、誰よりも熱い情を湛えていた。
情けなく泣いていた騎士は、これではいつもの逆ではないかと己の情けなさと非力さを痛感する。
己の剣で守れるものはなんと狭いものであったか。
騎士の誇りとは何なのか?
今となっては見失ってしまった。
だが、この手に抱えた温かい者は、同じ手に持つ冷たい物で辛うじて守ることが出来た。
エヴァ団長。すみませんが、今この時をもって私は剣を捨てます。
騎士の誇りを捨てるとはとお叱りになると思います。
でも、それ以上に大切なものを守れるなら…………
誉れなぞ捨ててやる!
「ねえ、貴方は誰なの?」
ああ、私達は友達、相棒さ。
傷が癒えたら、また皆で冒険に出かけよう。
また思い出を作ろう。
今度こそ、幸せな世界を目指して!
如何だったでしょうか?楽しんで貰えたでしょうか?
ユズイジメ、リセット石、そして何よりガトリング騎士とタンク姫へと至った理由を自分なりに表現したくてこの作品を書きました。
勝手な妄想ですので反論も御座いますでしょうが、そこは素人の作品ということで許してもらえれば幸いです。
良ければ評価や感想を頂けると嬉しいです。
ではまた何処かで会えましたら……