俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活 作:祐。
夜の
最初の相手は自分がいい。
先日から、緊張感を帯びた声音でそれを口にしていた“少女”。会う度に隠せないプレッシャーで圧し潰されそうになっていた彼女の様相は、敢えて乱した学生服からは想像できないほどの純粋な心をうかがえたものでもあった。
そうして自分が二人用の席で待っていると、直にもコツコツと靴音を鳴らして近付いてきたその気配。これに自分は振り向いていくと、その視線の先には黒色のタキシードを身に纏った蓼丸菜子が立っていた。
百六十二ほどの背丈である少女は、黄色のシャツを着てこちらに姿を現した。かつ、腰丈程度の茶髪ロングヘアーという見た目はそのままに、不良を気取る鋭利な顔つきがプレッシャーで歪みに歪んでいる。
もっと、もっとリラックスして……! あと、自然な笑顔を……!
思わず、内心でアドバイスを呟いてしまった自分。もはや応援さえしてしまえるその緊張感に、心の中で「大丈夫だから! 菜子ちゃんホステスに見えるから!」と声援を送りながらその少女に言葉を掛けていったものだ。
「や、やぁ、こんばんは」
「…………っ」
あ、これ緊張しすぎて声を出せないでいるのかも。
察しがついてしまえるほどの強張った顔。強張りすぎて、彫刻の女性像のように彫りの深い目元や口元で少女はこちらを見つめてくると、そこから微動だにしない様子から、自分は手で向かいの席を促しながらそれを口にしていく。
「まぁ……取り敢えず座る……?」
「…………っ」
コクッ。
首だけは縦に動かせた少女。これに自分は内心でホッとしながら彼女の動向を見守っていくと、そうして向かい合う形でイスに座った少女と、テーブルを挟んだこの状態で自分からそれらを先導していった。
「あー……まずは、どうも。改めまして、柏島歓喜です。……どう? 名乗れる?」
「…………っ」
「大丈夫。今日の相手は俺だから、自分のペースでゆっくりやっていこう。ね?」
「…………ッ」
「じゃあ、まずは飲み物でも飲もっか? ここでは、飲み物のことをドリンクって言ってるんだよ。主にお酒が多いんだけど、大丈夫、ソーダや烏龍茶とか、未成年でも飲めるドリンクもちゃんと揃っているから安心して頼んでね」
「…………うん」
すごく硬い声音の返事。
しかし、喋れるようになっただけでも大進歩だった。これに自分はドリンクのメニューを少女に差し出しながら「どれにする?」と問い掛けて、彼女もまた無言ながらも普通の水を指差したことで何とかやり取りを行っていく。……いや、それでも普通の水を頼む辺り、だいぶ余裕が無さそうではあるけれど。
そして、彼女に合わせるように自分も水を頼む形でボーイを呼び、それらをオーダーしていった。
客とホステスの両方が水を頼むだなんて、滅多に無いことだろう。このオーダーにボーイはとても不思議そうな顔を見せながらもスタッフ室へと戻っていき、これに自分はホッと一息つきながら少女へと向かい合って、穏やかな声音でそれを問い掛けてみた。
「どう? 少しは緊張ほぐれた?」
「…………ムリ」
「大丈夫だよ。今日は俺を相手に、この環境に少しずつ慣れていこうね」
「……うん」
縮こまるような姿勢で座る菜子。そんな、見ているだけで守りたくなってくる不良少女に自分は頷く素振りを見せていきながら、すぐにも届いた水のコップを手に持って彼女へとそれを促していく。
「まずは乾杯でもしよ? ここのホステスになれたお祝い」
「……わかった」
そう言って、水の入ったコップを手に持った少女。それでいて、恐る恐るといった視線を向けてくる彼女に自分からコップを差し出していくと、これに少女も応える形で少しだけコップを近付けて、カチンと音を鳴らしていく。
甲高いガラスの音と共に、自分は「乾杯」と口にした。
そして、緊張する少女もまた強張った口元で「……乾杯」と小さく言葉を返してくれたのだ。
煌びやかな装飾と、色気づいた雰囲気を売りとする夜の世界。今も男性諸君の愉快げな笑い声が響いてくるこの空間において、自分はホステスとなった菜子に軽い雑談を持ち掛けていった。
「二週間程度の研修があったんだっけ。どうだった? ここでやっていけそう?」
「……なに、アタシのことなめてるの?」
「なめてないよ。心配してる。親戚としてもね」
「……ホント、そういうのいいから」
「何かあったら相談していいからね。俺もよくラミアやメーの愚痴を聞いてるから、遠慮はしないでいつでも頼って」
「……別に、アンタを頼らなくてもやっていけるし」
「そっか、それなら良かった。思ってたよりも余裕ありそうで安心したよ」
「え? あ、いや……」
どこかもじもじした様子の菜子。これに自分が首を傾げて不思議に思っていく中で、彼女はムスッとした不機嫌そうな顔をしながらも上目遣いでそれを喋り出してきたものだ
「……もうちょっと心配してくれても、い、いいんじゃない……?」
「え? あー、ごめん……?」
「べ、別にアンタの心配なんかいらないけど……でも、なんかさ、その……き、気に掛けてもらえたら、う、嬉しい……とか……思ったりして……?」
「大丈夫? やっぱり緊張してる?」
「そ、そうじゃないっ!!! いやそうだけどっ!!! そうじゃないっ!!!」
??????
自分、年頃の女の子と話すことには慣れていないなぁ……。と、内心で呟きながら「ごめんね」と謝っていく。そんなこちらの様子に菜子は「あ、謝らなくてもいいからっ!!」とそれはそれで突っ込まれたものだから、自分は頭を掻くようにしながらそれを訊ね掛けていった。
「……ところでさ、源氏名ってもう決まっていたりするの?」
「源氏名? ……あー、このお店で働いている時の名前のこと、だったよね?」
「そう。ラミアもメーもみんな本名じゃないように、このお店では専用の名前で働く決まりになっているらしいからね。だから、お店で本名を口にするのもなんか
「あ、だから名前呼んでくれなかったんだ……」
「ん?」
「な、なんでもないっ!!!」
気難しい。
再びムスッとして頬を膨らませた菜子。これに自分はまたしても首を傾げてしまうのだが、そんな流れを自ら変えるように少女からそれを喋り出していく。
「……まだ決まってない。源氏名」
「そっか。なら、ここで一緒に考えようか?」
「アンタと?」
「あー、でも俺に決められるのは嫌か……」
「え、別に……」
思った以上に会話が進まない。
お互いに何かやり辛そうな顔を見せていくこの空間。それでいて、お互いがお互いを期待してしまっているのだろうか、互いに目を見つめ合っては催促し合う状況が続いていく。
無言の譲り合い。何やら駆け引きじみた流れになって、尚更と慎重になってしまう彼女とのやり取り。そんな気まずい時間が暫しと続いたものであったからなのか、これを外野で見ていたのだろう“タキシード姿のボーイ”がふらっと現れては、不敵な声音でありながらもまるで助け船の如くその言葉を掛けてきたのだ。
「心理戦の真っ最中? 青春してるね」
「あぁ、クリス」
自分が彼の名前を口にして、菜子もそちらへと振り向いていく。
共にして、少女は渋い表情を見せていったその相手。それもそのはずで、採用面接で散々と銃をチラつかせていた彼に対する印象は最悪とも言えたことだろう。
尤も、少女の渋い顔もクリスは全く気にしない。それどころか、土器のような質感である灰色の肌で不敵に微笑みながら、暗めの赤い瞳と長めのまつ毛で菜子へとその言葉を投げ掛けていく。
「源氏名の付け方は研修で習ったハズだけど、果たしてそのルールは今も覚えているものかな?」
「な、なに? あ、アタシをバカにしてるワケ……っ?」
「君をバカにしたところで、僕に何の得があると言うのだろうか? 君という女王蜂を刺激したところで、君が使役する雄蜂の群れが襲いに来るわけではない。つまり君は無害なんだ。僕が求めるのは巨大化したハチの巣そのもの。そこからわらわらと飛び出してくる蜂の群れを予感することで初めて僕は、相手を刺激するために愚弄の言葉を口にするって心から決めているんだ。だから、変な言い掛かりはしないでくれるかな? さもないと、僕がユノに苦言を呈されるハメになってしまうからね」
「え、う、うーん……っ??」
ドン引きとかの感情ではなく、ただただ困惑のままに眉をひそめていった菜子。
すごくやり辛そうにする少女の様子に自分は、「クリスはバカにしてるわけじゃない……らしい……?」と付け加えていく。
それを聞いた菜子が「そ、それならまぁ……」と戸惑った様相で答えていく最中にも、クリスは少女を不敵に見つめながらそれを喋り続けてきたものだ。
「“神話が由来であること”。それが、源氏名を付けるにあたってのルールだよ。それは神様本人だったり、神様が使っていた道具だったり、神様以外にも天使や悪魔、地名や怪物だったりの、“神話関連に登場する名詞”を由来にした源氏名を付ける決まりになっているんだ」
あ、ちゃんと説明してくれるんだ。
内心でそんなことを呟いていく自分。一方で、彼の説明にイマイチな反応を示した菜子が首を傾げながらそれをクリスへ問い掛けていく。
「それがよく分かんないんだけど……なに、神様は神様じゃないの?」
「君それ、カツ丼やホルモン焼き、チキン南蛮や生姜焼きのことをすべて肉料理と呼んでいるようなものだよ」
「え、えぇ、でもそれだってぜんぶ肉料理じゃん……。何がどう違うの……?」
本気で悩ましく口にした菜子の返答。これにクリスは少女を指差しながらこちらへ向いてきて、不敵な声音で「彼女、すごく面白いね」と言葉を投げ掛けてきた。
頼むから、菜子ちゃんに変なことしないでくれよ……。
彼が纏う不穏さから、それを内心で切実に呟いた自分。と、これと共にしてクリスという名前に疑問が湧いた自分は、名前の話題からそんなことを彼へ訊ね掛けていった。
「名前の由来で思ったんだけど、クリスって名前はどんな名詞から来ているものなの? あー、ほら。クリスの名付け方がさ、彼女の名付けの参考になるかもしれないからさ」
彼へと問い掛けたその言葉。これにクリスは不敵に笑みを浮かべていくと、しかし割とまともにそう答えてくれたものだった。
「“メルクリウス”。それが、僕の名前の由来だよ」
「メルクリウス?」
「盗賊や商人、科学や錬金術を守っていた神様。商業の神とも言えるかもね。他にも、アルファベットや天文学などの様々な知恵を人間に授けたとかも言われていたかな。あとは、ヘルメスって神様と同一視されているみたいだね。君的にも、ヘルメスって名前の方に馴染みがあるんじゃないのかな」
「あぁ、ヘルメスって名前ならよくゲームで使われているような……?」
「登場する神話が違えども、メルクリウスって名前はそのヘルメスって神様の別名って認識で良いと思うよ」
すごく親切に教えてくれた。
クリスの名前の由来に自分は、「なるほどなぁ……」と呟きながら頷いていく。一方で彼の説明を聞いていた菜子は、「アルファベットも天文学も人が作ったものでしょ? そもそもとして神様なんているわけないじゃん」と元も子もないことを口にした。
これにクリスは、不敵な笑みを浮かべて少女を見遣っていく。
……彼を刺激したくないな。クリスの様子を見た自分はそんなことを思って、急ぐようにスマートフォンを取り出してから二人に割り込むようにそれを菜子へ手渡していった。
「と、とにかく!! 今は源氏名を考えていこうか!! ほら、神話に関するホームページを開いておいたから、ここから探してみてよ!!」
自分から端末を受け取った菜子。手渡されたそれを持ちながら、少女は「ん、ありがと……」とお礼を口にしてその画面に注目し始める。
暫しとページを流していった彼女の指。しかし、目につく名前がどれも独特な響きを持っていたことから、菜子は難しそうな顔をしながら眺め遣っていたものだ。
そんな少女の様子を、自分とクリスが見守っていた時のこと。
ふと、菜子の指がピタッと止まった。そして次にも少女は、画面を注目しながらそれを喋り出していったのだ。
「あ、これでいいかも。“アテーナー”、だって。戦いの女神とか書いてある。なにこれカッコいいじゃん」
アテーナー?
ヘルメスと同様に、どこかで聞いたことのある名前。それを耳にした自分もまた、食いつくように身を乗り出しながら菜子へと言葉を投げ掛けていく。
「アテーナーって、アテナと一緒かな」
「アテナって呼ばれたりもしてるみたい。芸術や工芸、戦いを司る? とか、なんかよく分かんないけど凄そうでいいじゃん。あと、アイギスって名前の盾とかも持ってるみたいだし、アルテミス? とか、ヘスティアー? とかいう女神とおんなじ処女神…………」
……口に出してから気が付いたその言葉に、菜子は一人で顔を赤く染めて黙りこくってしまった。
とてつもなく恥ずかしい。そんなセリフが伝わってくる俯き。
不良系の格好を好んでいながらも心は純粋なその様子に、自分も声を掛けにくいなと気まずく思って口を閉ざしてしまう。だが、恥ずかしがる菜子にもお構いなしなクリスは、少女を不敵に見遣りながらそれを喋り出していったものだ。
「アテーナーは、“ミネルヴァ”という神様と同一視されているみたいだね。ミネルヴァという神様も、知恵や工芸、そして戦いや魔術を司る戦争の女神として扱われているらしいよ」
クリスの解説に菜子は、「ミネルヴァ?」と言葉を返して暫し考えを巡らせていく。
そして直にも少女は、決心した表情でその顔を上げてきた。
「……決めた。アタシ、“ミネ”って名前でやっていく」
定まったのだろう源氏名。これに自分は、「ミネ?」と聞き返していく。
そして、菜子もまたこちらの疑問形と向かい合うように視線を真っ直ぐ向けてくると、次の時にも彼女は、一切の揺らぎを感じさせない真剣な眼差しでそれを説明してきたのだ。
「アタシ、お姉ちゃんのように強くて頼れる、真っ直ぐな存在でありたい。今までもそんな気持ちで生きてきたつもりだったんだけれど、この気持ちをこの先もずっと忘れないようにするためにさ、これからはこの気持ちを、自分の名前として名乗っていきたいなって思えたの。……強くて、頼りになって、安心できる存在。これって、戦争の神様と通ずるものがあると思わない? 少なくともアタシはそう思えた。だからアタシは、その神様の名前を借りることに決めた」
……菜子ちゃんの成長をひしひしと感じられた瞬間だった。
思わず、成長したねと頭を撫でたくなってしまったこの感動。尤も、菜子とは実の親戚である故に、そう思えてしまっても何らおかしくはなかったことだろう。
それでいて、少女の決意を脇で聞いていたクリスもまた、彼女へとその言葉を掛けてきたのだ。
「驚いたね。源氏名に決意を込めたホステスは、君が初めてなんじゃないかな。その心意気を僕は高く評価するよ、ミネ」
「もう、アンタのことも怖くなんか無いから。この名前に、お姉ちゃんの勇気が宿っているのを感じられるの。だからもう、拳銃を向けられたってそれを奪い取るくらいの覚悟でいるから、そこんとこよろしく」
「ふふっ、心強いね。君のようなボディーガードが増えたことは、柏島オーナーの息子さんとしても喜ばしいかぎりなんじゃないかな」
流し目でこちらを見遣ってくるクリス。それを受けて自分は「ボディガードはともかく、彼女の成長を間近で見られたことは素直に嬉しいね」と返していった。
こちらの言葉にミネは、「なめないでよ」と鋭くツッコんでくる。これには自分も「ご、ごめん」と謝罪していったその脇で、クリスはミネへと向きながらこの言葉を投げ掛けていったのであった。
「短期間で見違えるほどの進化を遂げたミネの姿勢に、僕は敬意を表するよ。これで後は、接客に慣れてもらうだけでみんなは安心するだろうね」
「う…………。せ、接客もこれから頑張るんだから……っ!!!」
何はともあれ、この日にも菜子の源氏名が定まった。
クリスのおかげとも言えるだろう、先までのやり取り。そんな彼が去った後にも自分は、ミネの接客の練習として閉店時間まで少女の相手を務め上げたものだった。
そして迎えた、閉店の時刻。店の中の客もだいぶ減り、お店のスタッフも閉店準備に取り掛かり始めたこの空間の中で自分は、ミネの疲れ切った様子からその言葉を投げ掛けていく。
「ミネ、今日はもう閉店になるからここまでにしよう」
「ま……まだ……やれる……。まだ、やれるんだから…………っ」
強気な顔を見せながらも、しかし疲労困憊といった具合にウトウトとした眼を向けてくる少女。振り子のように左右へ揺れるその身体も、既に体力の限界を思わせる。
ミネの様子を見て自分は席を立ち、彼女に寄り添ってから肩を優しく叩いていく。
それでいて、「今日は本当によく頑張ったから、あとはゆっくり休もうね」と声を掛けていきながら、自分は褒めるようにミネの頭を撫でていった。
……これによって少女は、こちらの懐に寄り掛かるなりそのまま眠りにつくよう目を瞑っていく。
十分に頑張ったよ。今日はお疲れ様。その言葉を何度も呟いて、彼女へと聞かせていった自分。こうして初めての接客に全力を尽くしたミネを労わっていると、直にも無数の足音が響いてくるなり四人のホステスがこちらの様子を見に来たのだ。
それぞれ、ラミアとメー、ユノとレダ。本日は全員が出勤していたこの店内にて、タキシード姿である面々が「お疲れ様」などの挨拶を投げ掛けてくる。
これらに自分も会釈で反応していく中で、ユノが凛々しい微笑みでそれを喋り出してきた。
「柏島くん、今日は彼女の接客に付き合ってくれて本当にありがとう。意識が朦朧としてしまっている本人に代わって、私から感謝のお礼を述べさせてもらうわ」
「いえいえ、そんな。俺もミネに楽しませてもらいましたし、練習相手でも何でもいいので、またいつでもお呼びください。皆さんに命を守ってもらっている分、俺も皆さんのお手伝いに喜んで馳せ参じますから」
ミネの頭を撫で続けながら、抱える彼女を見遣りつつその返答を行った自分。
と、ミネという言葉にメーが「ミネ??」と聞き返してきたものであったから、そう言えば彼女らは知らないんだったと思った自分は、菜子に代わってその源氏名の説明を一通り済ませたものだった。
その際にも、少女の決意も一緒に説明した自分。これには彼女らも感嘆するように「ほえー」、「ほほーん」、「へぇ~」、「さすがね」などの返答を飛び交わせたところで、直後にもこちらを目指す靴音が鳴り響いてくる。
百八十八くらいの背丈であるそのシルエット。頭部の七割が金髪のショートヘアーで、残る三割が黒髪の刈り上げというイカした髪型でサングラスをかけているその男性は、灰色のスーツに黄色のYシャツという格好で陽気に言葉を投げ掛けてきたものだ。
「くぅ~!! なんて意識が高い健気な女の子なんだろうか!!! 他のみんなにもよぉ、ミネちゃんのような気高い意識を持ってもらえればよぉ、オレちゃんも経営に困ることなくラクができるってモンなんだけどなぁ~」
「あ、荒巻オーナー……」
自分が口にした彼の名前。そんな彼の声に一同が振り返っていく中で、ラミア、メー、レダ、ユノの順で彼女らがそれらの言葉を荒巻へと返していく。
「あ、オーナーさんどーもー。言っておきますけど、ウチからしましたらオーナーさんが一番意識低く見えてるんで、先ほどのお言葉はもう一度、鏡と向かい合って呟かれた方がイイと思いますよ??」
「それ、オーナーが語っちゃう? 今まで散々女たらしをしてきたそのツラで、よくそんなことが言えるよね。私達は遊んでばかりのオーナーと違ってまともに商売してきてるんだから、オーナーはまず社員同士の比較じゃなくて、働かされている私達を敬うところから始めてもらいたいんだけど?」
「あらぁ、二人とも辛辣ねぇ~。みんなでこぞって痛めつけてしまったら、女の子が相手とはいえさすがのオーナーも萎えちゃうわよ? もしこれで勃起不全にでもなっちゃったら、オーナーの生き甲斐が無くなっちゃって可哀相だわ。……あら、ウフフ。ごめんなさい、オーナーはむしろ女の子からの罵倒で興奮するタイプだったかしら? じゃあやっぱり、遠慮は要らないわね」
「汚らわしいわ。即刻消えなさい」
容赦が無さすぎる。
怒涛のラッシュに、聞いている自分が萎えてきたホステスらの本音。だが、一方として言葉をぶつけられた荒巻は「ぐほぁッ!!! な、なんてパンチの利いたお出迎えなんだろうか……!!」と冗談めかした調子で喋り出し、満更でもない様子で大げさに仰け反ってみせていた。
いや強すぎる。
内心で呟いた自分。その光景に思わず変な汗も出てきたものであったのだが、かと思えば荒巻はスンッ……と無表情の直立になりながらそれを口にしてきたのだ。
「でだ。まずは、ミネちゃんのホステスデビューをお祝いするとしよう。おめでとう!!! うちの店に新しいスタッフが来てくれるのは、何だかんだで久々でな。それも、最近は不祥事やら事故やらで働き手が減少傾向にあったモンだからよぉ、オレちゃんスタッフが増えた久々の嬉しさに、デビューしたミネちゃんの様子を直々に拝みに来てしまったモンではあるんだが……」
と、喋りながらも向けた視線の先には、こちらの懐で眠りにつく少女の姿が存在していた。
疲れ切った彼女を見て、荒巻は顎に手を添えながら言葉を続けてくる。
「でもまぁやっぱり、カタギの人間にぁ“この世界”はちとハード過ぎるよなぁ~。それが、どんなに覚悟を決めていたとしてもだ。……ミネちゃんも過酷な環境を切り抜けてきた人生ハードモードの経験者とは言え、“こちら側”でしか生きられない
一体、何の話をしているんだろう。
不思議に思った自分が、「それって、どういうことですか……?」と恐る恐る荒巻へ訊ね掛けていく。すると彼は淡々とした調子で、「ミネちゃんは幸福で肥え過ぎている。つまり、場違いの人間ってコトだな」と返してきたのだ。
菜子ちゃんも、孤独や喪失といった様々な過去を経由してきた人間だ。しかし、そんな少女でさえも“幸福で肥えている”と言われるこの空間に、自分は戦慄を覚えたものだった。
……それじゃあ、ラミアやメー、レダやユノはどんな人生を歩んできたというのだろうか。
改めて、“此処”がアンダーグラウンドの世界であることを思い知らされた気がした。これに自分は言葉を失っていくその中で、ふと荒巻はユノへとそれを喋り出していく。
「でだ、ユノちゃん。オレちゃんが此処に来たもう一つの理由がだな……」
「“新規スタッフの歓迎会”、でしょう?」
「さっすがユノちゃん!!! 我々
「えぇ、だから既に仮のスケジュールを組んであるわ。ここに軽くまとめてあるから、いま確認してちょうだい」
「さっすがだぜユノちゃぁん!!! いや、ユノ様様だなぁ!!」
「無駄口は不要よ。さっさと目を通しなさい」
ユノから手渡された手帳。それを荒巻は指を鳴らしながら受け取っていくと、陽気な笑みを浮かべながら「ほっほ~い」と返答して目を通し始めていく。
一方として、自分は彼女らの話についていくことができていなかった。
新規のスタッフを歓迎する恒例行事? これを近くにいたラミアへと訊ね掛けていくと、ラミアは両手を身体の後ろにやった立ち姿のまま振り返りながら、いつもの適当な調子でそう説明してくれたのだ。
「あーハイ、そーです。ウチらのお店、新規のスタッフさんが入ってきた際には歓迎会をするってしきたりがありましてですね。カンタンに説明いたしますと、長期休暇が与えられた親睦会のようなイベント、って認識でよろしいでしょうねー」
「長期休暇が与えられた親睦会?」
「ハイ、そーです。コチラの歓迎会ではなんとですね、有給とは別に、出勤扱いとなる休暇が与えられるワケなんですよ。つまりですね、ウチらのお店では、『季節に応じたバカンスを、お給料を貰いながら堪能するコトができる』という夢のようなイベントが、新規スタッフ加入時にも催されるしきたりになっていたりするんですよねー」
「バカンスを満喫している間に給料が入るのか……控えめに言って神だな」
「そーです。神です」
自分とラミアは二人で深々と頷いていった。
ただ、そんな自分らへとメーが寄ってくると、佇んでいるラミアの肩に右腕を回して寄り掛かりながら、勝気な調子でボヤくようにそれを口にしてきたのだ。
「でもねぇ、その歓迎会に参加できるのって基本、上層部の連中だったり売り上げ上位のホステスだったりで、私達のような一般的なホステスは基本、歓迎会に参加させてもらえなかったりするんだよね~」
「その歓迎会ってやつは、人数制限がある感じなの?」
「人数制限っていうか、実力者だけに許された究極のご褒美、ってカンジ~。同行するメンバーなんてあみだくじで決めればいいじゃんって感じなのに、も~本当まぢやってらんない。あーあ、私も歓迎会に参加してみたいなぁ」
と言いながら、ラミアに寄り掛かったメーはそのままこちらへと身体を倒してきた。
ラミアと共にこちらへ乗りかかってきたメーに、自分は上半身で二人を受け止めるように腕を広げていく。
それでいて、脇にいる寝ぼけまなこのミネも抱えるようにしながら、自分は三人のホステスを支えるようにしてその場に留まり続けていた時のことだった。
スケジュールがまとめられているのだろう手帳から顔を上げた荒巻。そして彼がこちらへと向いてくると、今もわちゃわちゃしている団子状態の自分へと陽気にその言葉を掛けていったのであった。
「スケジュールに不都合は無し。よぉ~し!! っつーコトで決まりだな!! じゃあカンキちゃん。その調子で歓迎会でも、ホステス達の面倒は頼んだぜ!!!」
「え? は、え?? はい?? 歓迎会??? え、俺がですか??」
「ユノちゃんの推薦の下、歓迎会をマネジメントするマネージャー役として特別に、外部の人間であるカンキちゃんが選抜されたワケだ!!! っつーワケでカンキちゃん、
「え、マネージャー?? マネージャー!? え、俺がですか!? あの、マジですか??」
「マジじゃなくて、マネジなっ」
「いやそうじゃなくって……!!!」