俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活 作:祐。
第25話 Un abîme amical 《親身な深淵》
秋を迎えた昼下がりの龍明。残暑も過ぎ去りつつある気候の中、自分は満たされた腹と共に
昼間に見せるレストランとしての姿のそこで昼食を済ませ、満足感を引っ提げながら店前の階段を上がっていった自分。すると、これを上り切ったところで店の裏口から出てきたのであろうレダが、黒色のコートに赤みがかった鼠色のワンピースといういつもの私服姿で「カンキく~ん」と艶やかに声を掛けてきたのだ。
彼女の呼び掛けに応じて振り返っていく。そうして駆け寄ってきたレダに「あぁレダ、さっきぶり。仕事上がり?」と言葉を投げ掛けていくと、レダはいつもの黒色のスーツケースを提げながらこちらの左腕に抱き付いて、こう答えてきた。
「そうよぉ? せっかくだから、一緒に帰りましょう?」
「そうしよう。俺としても、誰かが傍に居てくれるとすごく安心するから」
「もちろんあなたの護衛も兼ねているけれど、個人的にもカンキ君に付きっ切りでいたいと思っていたからちょうど良かったわ~」
さすがはレダ。オトコを意識させる言葉選びに余念がない。
加えて、彼女が武器とする豊満な乳をぐりぐりくっ付けてきたものであったから、自分はいつものアプローチに慣れないまま頬を赤らめつつ、「とりあえず、歩き始めよっか」と言葉を掛けて歩き出すことにした。
秋口の切ない風がそよそよと吹く私道。住宅に囲まれた閑静の空間をレダと二人で歩いていきながら、自分らは他愛ない話で談笑していく。
その際にも見遣った隣の彼女。包み込まれるような優しい風に吹かれるレダの横顔は淑女そのものであり、褐色の肌と品位を感じさせる表情についつい見惚れてしまう。
この視線に彼女は振り向いてくると、目が合った矢先にもレダから艶やかな声音で誘惑的に喋りかけられた。
「ウフフ、オンナを見る目に貪欲さが宿っているわぁ。最初はあんなにウブだったカンキ君が、今じゃわたし達ホステスの身体に目を光らせる立派な肉食動物になっちゃったわね~?」
「なんかそう言われると人聞き良くないな……。ラミアやメーもそうだけど、レダからも色気で攻め入られた男はこうなると思うよ……」
「あらぁ、そんなに褒められちゃったらわたし、カンキ君のことをもっともっと誘惑したくなっちゃうじゃない」
「褒めたつもりはー……まぁあるか。うん、あるな」
毒されてきているなぁ……。
人として堕落し続ける人生だが、快楽がもたらす幸福感に自分自身を納得させるよう言葉を呟いていく。
この反応にレダは獲物を捉えたような舌なめずりを行っていくと、次の時にもこちらの身体を押してくるなり、道路の脇にある壁へと押さえ付けてきたのだ。
そして、こちらの懐に潜り込んで顔を覗き込んでくるレダ。共にして胸も押し付けるようにその身体を急接近させてくると、その勢いのままこちらの首へと両腕を回していきながらそれを喋り出してきた。
「ウフフ……ねぇ~カンキ君、これからちょっとだけ寄り道していかないかしら?」
「……急にスイッチが入ったね。どこに寄り道していくの?」
「あら、訊ねるだなんてカンキ君も無粋なオトコねぇ」
「あー……ホテルってこと?」
「ねぇ、いいでしょう? ラミアと一線を越えたんだし、そろそろわたしの相手をシてくれてもいいんじゃないかしらぁ?」
「これはまたなんとも魅惑的な……」
先日にも過ごしてしまった、あの甘美な快楽のひと時を思い出す。
ラミアと致した男女の営みが、この身体に悦びという感覚を呼び覚ましてしまった。今も当時を思い出すだけで本能が疼き始めてくる状況に、自分は彼女の誘惑に乗る形で両手を伸ばしていってしまう。
レダの女性らしい体つきをゆっくりと抱き寄せた自分。かつ、内心で「こんな時間に、こんなところでこんな事をしちゃダメなのに……」という葛藤を呟きつつも彼女を抱きしめて、今も眼前で艶やかながらも愛らしい表情でうっとり見遣ってくるレダへと言葉を投げ掛けていく。
「……メーが。まだメーのお誘いが残ってる……」
「それくらい大したことじゃないわよ。どうせメーともわたしともヤるんだから、だったらどんな順番でも構わないでしょう?」
「それはそうかもしれないけど……」
ズイッと顔を近付けてきたレダ。共にして彼女から香るフェロモンが鼻をくすぐってきたことで、自分は理性を破壊される感覚を伴いながらゆっくりと彼女へ唇を近付けていった……。
と、その時であった。
遠くから真っ直ぐと聞こえてきた一つの駆け足。それが次第とこちら側に接近してくると、同時にして見知らぬ男性の声が掛けられていったのだ。
「し、
急な呼び掛けで振り向いていく自分ら。特に、抱き寄せていたレダが機敏な動作でそちらへ振り向いていく。
そこには、緑色のアウターに黒色のシャツ、そして灰色の寝間着のようなパンツという格好の男性が佇んでいた。彼は三十代くらいに見える容貌をしており、言葉は悪いかもしれないがどこか薄汚い印象をうかがわせる。
それでもって彼は、息を切らした様子でゼーハーゼーハー呼吸しながらレダを見遣っていた。
彼女の知り合いだろうか。不思議に思いながら眺める自分。一方、レダは冷静なサマでこちらから離れていくと、佇む彼に向かって真剣な声音でそれを訊ね掛けていったのだ。
「どうしたの? 何かあったの?」
「ハァ、ハァ……っ!!! よ、良かった。お店まで行ってたら間に合わなかったかもしれない……!!」
「大丈夫よ、落ち着いて。まずは呼吸をゆっくり整えて。そう、ゆっくりと息を吸って、吐いて」
黒色のスーツケースを提げながら彼へと歩み寄るレダ。その彼女が手慣れたように慌てる男性を落ち着かせていくと、次にもレダは男性へとそれを問い掛けていった。
「食あたり? 暴行?」
「い、いやっ、それが分からないんだ……!! 急に橘さんがうずくまったと思ったら、ものすごい剣幕で腹痛を訴え掛けてきたんだ……っ!!」
「場所は? 案内して!」
「いつもの路地裏だ……! 頼む、早く橘さんを……!」
「分かってる!」
会話と共に駆け出した男性とレダ。その様子に自分も雰囲気で駆け出しながら「お、俺にも何かできることはある?」と彼女に投げ掛けていくと、前を走るレダからは「とりあえず一緒についてきて!! もしかしたら手伝ってもらうかもしれないから!!」と、冗談抜きの真剣な声音で答えられたのだ。
先までの艶めかしさの片鱗も感じさせない、目の前を見据えた真っ直ぐな眼。
まるで別人とも言えるレダの雰囲気に自分は不思議に思っていく中で、男性の案内によって自分らは私道から外れたひと気の無い路地裏へと踏み入っていった。
ボロボロになったビルとビルの隙間。そこに入るなり臭ってきたゴミ箱のそれに自分は鼻を摘まみながら突き進んでいくと、これを抜けるなり視界に広がった団地の一角にて、自分は龍明の実態をこの目で目撃することとなる。
ブランコや滑り台などの遊具がある小さな公園。そこに張られたテントが複数と見受けられる空間の中には、ドラム缶風呂と思しき光景や今も煙る焚き火などの公園らしくない光景が展開されていた。
その周囲には十名程度の男性が集まっており、皆が無精ひげを生やしていたり古びた衣類を身に纏ったりしている。そんな彼らは駆け付けたレダを見るなり、「良かった! 白鳥ちゃんだ!」や、「待っていたよ白鳥ちゃん!!」などの声を上げて一つのテントへと手で促していったのだ。
「この中に橘さんがいる!! すごく苦しそうにお腹を抱えているんだ!!」
一人の男性が投げ掛けた言葉に、レダが「今すぐみるから!!」と即座に駆け込んでいく。
自分もまた彼女に続くようにテントの中へ入っていくと、そこには薄い毛布の上でうめき声を上げる上半身裸の男性が、苦しそうに腹を押さえながら悶えている様子を目撃していった。
すぐにも彼へと寄り添ったレダ。そして、提げていたスーツケースを地面に置いて、それを開いていく。
開かれたスーツケースからは、薬品や絆創膏などのぎっしりと詰め込まれた医療用具がうかがえたものだ。
中にはメスや注射器などの代物も入っており、レダはそこから聴診器を取り出しながらも苦しそうな男性へと言葉を投げ掛けていく。
「橘さん聞こえる!? 白鳥です!! 今からあなたの症状を診ますから、もう大丈夫ですからね!!」
男性へと声を掛ける彼女の姿は、まるで医者そのものでもあった。
手慣れた手つきで医療用具を使い分け、手際の良いそれらによって彼女は患者の容態を確認していく。
そして直にもレダは、深刻そうな顔をしながらこちらへ振り向いてきて、この言葉を告げていったのだ。
「みんな今すぐ出ていって!! これから手術するから!!」
しゅ、手術……?!
呆気にとられた自分。一方で、周囲の男性達は聞き分けよく「あぁ分かった!」と返答していくと、一人の男性がこちらの肩に手を置きつつ「君も! さぁ行くよ!」と慌てながら声を掛けてきたのだ。
これを受けて自分も「わかりました……!」と答えていくと、この時にも目が合ったレダの眼差しを一瞬だけ見つめてから、自分も急ぎでこのテントから出ていったのであった。
あまりにも急すぎる展開で、脳の理解が追い付くまで少しもの時間を要した。
テントの外でレダを待ち続ける自分ら。その間にも周囲の男性らと会話を交わした自分は、彼らがこの公園を拠点とするホームレスであることを把握していく。
また、「柏島歓喜です」と名乗った際には、周囲の男性らは「柏島? 柏島って……あの柏島さんと関係ある?」と意味深に訊ね掛けてきたものだ。
それを聞いてから、自分は父親である柏島長喜の名前を出して身分を明かしていった。すると彼らは「あぁ……! やっぱりそうなのか……!」と目を輝かせてくるなり、今は亡き親父の代わりとして彼らから感謝を告げられることとなった。
話を聞くには、どうやら彼らは過去にも柏島長喜に救われたらしい。
探偵として荒巻オーナーとバディを組んでいたという、こちらにとっては非常に接点の少ない謎多き身内。それでいて、自分が親戚に預けられて何気無い暮らしを送っている間にも、柏島長喜という男は社会の陰で様々な奮闘を繰り広げていたことを彼らから教えてもらった。
以前にも親父に救われたという彼らは、元は大通りの路地裏で静かに過ごしていたホームレスだったらしい。だが、数年前にも『鳳凰不動産』という裏と繋がる表企業の人間にホームレス狩りと称されて襲われてから、その企業にしたくもない盗みや勧誘を強いられていたことを明かしてきた。
そんなある日のこと、鳳凰不動産に労働を強いられる彼らの下に現れたのが、探偵の柏島長喜だった。彼もまた鳳凰不動産の行方を追っているということで相棒の荒巻と共に姿を現したらしいのだが、その彼らがホームレス達から話をうかがっているところに、武装した鳳凰不動産の連中が二人に襲い掛かったとのこと。
銃や刀を携えた、凶暴な暴漢達。あからさまにまともな企業ではない連中にホームレス達が恐れおののく中、柏島長喜と荒巻のコンビはなんと武装した彼らを素手で撃退してしまったのだという。
洗練された体術に成す術もなくコテンパンにされた鳳凰不動産の連中。相対する荒巻がくたびれた様子で息を切らしながら口元の血を拭っていく脇で、柏島長喜は威風堂々としたサマでこの場から去るよう連中に告げていったというのだ。
……なんだその話は。俺の親父ってそんなに強い人だったのか。
身内の自分が知り得ない情報に、思わず耳を疑う表情で話を聞いていた。更には親父のやつ、あてのないホームレスを気の毒に思ったのか、以前に依頼の報酬でいただいたという持て余していたこの土地を、ホームレス達の避難場所として彼らに譲ったとのことだ。
もはや武勇伝の域。語り継がれるに相応しい活躍を見せた親父をちょっとだけ誇らしく思う反面、親父の素性には一層もの謎のベールで覆われたような気もしてしまえて、余計に親父という存在がよく分からなくなってくる。
そんな話をしていると、手術が行われていたテントからレダが出てきた。
水色の頭巾やマスク、そしてエプロンという風貌の彼女。手袋もしているその格好で額の汗を拭いながらこちらに歩み寄ってくる中で、周囲のホームレス達はレダに集うよう駆け付けていく。
そこで、男性の一人が「白鳥ちゃん! 橘さんは!?」と心配する言葉を掛けていったものだから、彼の問い掛けにレダは、頭巾やマスクを外しながら真剣な声音でそう答えてみせた。
「ひとまず安心して。大丈夫だから。経過観察次第ではあるけれど、とりあえず上手くいったわよ」
レダの返答に、ホームレス達は「良かった……」と胸をなでおろしていった。この様子に彼女もまた安堵したサマを見せてから、彼らに病状の説明をし始めたものだ。
「橘さんはおそらく、
自身の胃の辺りで手をグルグルさせながら説明するレダ。それでいて彼女は、周囲の面々を見渡すようにしながらそれを続けていく。
「特に橘さんの場合は深刻な状況で、『ものすごい剣幕で腹痛を訴えてきた』という様子から想像した通りに、橘さんの十二指腸には穴が空いていたのよ。これは流れ込んできた胃酸によって内臓が溶かされたことで開いた穴で、ここまで来てしまうと急いで手術する他にないわ」
「白鳥ちゃん……それでも橘さんは助かったんだよな……?」
「大丈夫。まぁ経過観察次第ってところはあるし、設備も整っていない野外で診断した結果だから、わたしの処置が正しかったかも分からないけれどね。何なら、橘さんの病気は十二指腸潰瘍じゃないかもしれない。それでも、橘さんの容態は一旦安定したわ」
「何が正しくて、何が正しくないのかなんておれ達にはサッパリだからなぁ。ただ、白鳥ちゃんが無事と言ってくれれば、おれ達は一安心といったところだよ……!」
安堵の表情を見せてきたホームレス達。共にして彼らはレダを囲うようにしていき、仲間を救ってくれたお礼と日頃の感謝の言葉を掛けていったのだ。
ホームレス達に囲まれたレダもまた、満更でもない顔で感謝の言葉を受け取っていく。そして彼女はこちらへ向いてくると、目が合うなり艶やかに笑い掛けながら歩み寄ってきたのであった。
「カンキ君も、来てくれてありがとう。結果的にただ待たせるだけになっちゃったけれども、いざという時の人手としてこれからもわたしに付き添ってくれると嬉しいわ」
公園の入り口となる、路地裏のビルとビルの隙間。この真横で建物の壁に寄り掛かっていた自分が暫し夕方の空を眺めていると、隙間の小道からレダが現れた。
すぐにも彼女は、「お待たせカンキく~ん」といつもの色気を伴った声音で言葉を掛けてくる。これに自分も「大丈夫だよ。それじゃあアパートに帰ろっか」と返しながら手を差し伸べたことで、レダは流し目混じりの誘惑的な視線を向けながら手を繋いできたものだ。
こうして歩き出した自分ら。路地裏というひと気の無い空間を二人で歩く最中にも自分は、彼女がもう片方の手に提げているスーツケースを思い浮かべながらそれを喋り出していく。
「それにしても、まさかレダは“現役の医者”だったなんてね」
「そんな大層なものじゃないわよ~? わたしは“闇医者”。医者になる夢を叶えることができなかった、社会の掃き溜めを這いつくばる未練だらけの負け犬に過ぎないわ」
自身を嘲笑するような笑みを浮かべたレダ。自虐ともとれる彼女のセリフに自分は「少なくとも、俺から見たレダは立派なお医者さんだよ」と答えていく。すると彼女はこちらへと振り向くなり意外そうな表情を見せてから、次にも微笑を零してそれを喋り出した。
「……ありがと、カンキ君。優しくされちゃうとわたし、なんだか濡れてきちゃうわぁ」
「あー……それは困ったなぁ……。早く帰って着替えないとね」
「ウフフ、涙で目元が濡れちゃうってイミよ? カンキく~ん。あなたは今、一体ナニを想像したのかしら~? やらしいわねぇ?」
「こりゃ一杯食わされたな」
思わず苦笑い。そんなこちらの反応にレダがしてやったりな視線を向けてくると、繋いでいる手の力を少しだけ強くしながらも彼女は、路地裏の一本道を真っ直ぐと見遣りながらこれを話し始めてきたものだ。
「……わたしだって最初は、カンキ君のようなウブで純粋な人間だったわ。小さな頃から言われたことは必ずきちんとやってきていたし、年上の人間に対しては敬語を使ったりもしていて、学校に遅刻したことは一回もなかったし、宿題も一度も忘れずに提出したりなんかもしていた、とにかく真面目な優等生を気取った子供時代を過ごしたものよ」
「それってすごいね。俺なんか、さっき出てきた事柄の何もかもを真面目にできなかったもんだから、小さな頃から徹底して真面目なスタンスを貫き通せたレダは本当に、優れた人間性を持つ人だと思えるよ。どうりで医者にもなれたわけだ」
「あなたは、わたしを不真面目な人間だと思わないのねぇ」
「え、どうして?」
今の話を聞いて、不真面目に思う要素なんてあったかな。
思い当たる言葉が見つからない。この疑問に自分はレダへと振り向きながら訊ね掛けていくのだが、彼女はこちらの視線を受けてもなお目の前を見遣りながらそれを喋り出してくる。
「……見た目よ。わたしは幼い頃からずっと、見た目で判断されてきたわ。小学校に入った時点で胸の成長が始まっていたわたしは、常に周囲からそのことをいじられてきたのよ。それに加えて、この褐色肌が一層と性的な印象を与えてきたみたいで、本来なら守るべき立場にいる先生でさえ、わたしの身体を目当てに近付いてきたものだわ」
「……それって、他の周りの人達はレダのことを守ってくれなかったの?」
「守ってもらえるわけがなかったのよ。どうしてなのか、よくわかってる。それは、小学生でありながらも大人びたわたしの体つきが、周りに不真面目で不純なイメージを植え付けていたものだったから」
「不真面目ってそんな」
確かに、自分から見てもレダという女性は、非常に魅惑的に思える人物であることは否めない。
豊満な乳に、健康的な褐色肌。水色とピンクのオッドアイや女性らしい体格という彼女の身体的な要素の全てが、人間に備わる本能をどこかくすぐってくる。
何だったら、自分だってレダの身体を魅力に思えて仕方が無いし、そんな彼女から放たれるフェロモンのような香りがまた、特に男という生物の理性を破壊しに掛かってくるのだ。
他にも、欲情を誘う誘惑的な喋り方であったり、他者に対して親身になることができる彼女の性格が災いとなっているのだろうか。白鳥レダという女性が兼ね備えた、ありとあらゆるその要素が彼女の魅力であると同時にして、それらの要素がもたらした周囲への性的な影響力は実に計り知れない。
幼い頃からそういった目で見られていたというレダ。彼女はこちらの手を握り締める力をより強くしながら、少し俯いた視線で再度と喋り始めていく。
「わたしはただ、世間的に真面目でありたかっただけなの。でも、わたしが真面目であればあるほど、周りはそれを『取り繕っている』と評価した。『あんな見た目をしてまともな人間であるわけがない』。『あれは男を知っている顔』。『その胸や太ももで遊んでいないなんて嘘に決まってる』。掛けられた言葉の数々には、身に覚えなんかなかった。だからわたしは必死にそれを否定し続けた。でも、“不真面目で不純な”わたしの意見なんて誰も信じやしなくって、周囲の勝手な言い掛かりでわたしは最終的に、社会の最底辺にまで追い込まれた」
……開けた路地裏の空間で立ち止まるレダ。沈んだ声音で俯く彼女を自分は見遣り続けていると、ふとレダは顔を上げてこちらと目を合わせながらそう言葉を続けていったのだ。
「でもね、そんな生活の中でたった一つだけ、わたしを認めてくれたものがあるのよ」
「それは一体なに?」
「わたしは小学生の頃、保健係って係を担当してたのだけど、授業の一環で山へハイキングしに行った時にね、クラスメートの一人がハチに刺されちゃったことがあったのよ」
話の内容とは裏腹に、レダは嬉しそうにそれを話していく。だから、自分は彼女の話に「うんうん」と頷きながら、そう相槌を打っていった。
「それは危ないね。それから、その子はどうしたの?」
「あまりの痛みでギャンギャン泣いていたわぁ。だからわたし、保健係として自前で持ってきていた毒吸引器で、ハチの毒を抜いてあげたのよ」
「さすが保健係。その子もレダには感謝したんじゃないかな」
「えぇ、その子も泣きながらお礼を言ってくれたわ。でもね、当時のわたしにとって重要だったのは、その子から掛けられた感謝の言葉なんかじゃなかったの」
「他にも何かあったの?」
相槌も兼ねた問い掛け。自分がそれを投げ掛けていくと、次の時にもレダは柔らかく微笑みながら、淑女と呼ぶに相応しき穏やかで気品のある表情を以てして、そう答えてきたのだ。
「……こんなわたしでも、誰かを助けることができるんだ。そんな、子供ながらの些細な実感。風当たりの強い学校生活の中で感じることができたこの感覚は後にも、わたしが医療の道を目指す際の一番のキッカケになったのよ」
「なるほど。レダが医者になったルーツは、そこから来ていたんだ」
「んもぅ、医者だなんて大層なものじゃないってば。……わたしは闇医者。大学の医学部で勉強に励んできただけだったのに、夢が目前に迫ったその時期に当時の彼氏に濡れ衣の罪を被せられたことで、学校側から退学を言い渡された人生の負け組。所詮わたしはオトコの性欲を満たすためだけに存在する意思を持ったラブドールで、世間の模範となる不純でふしだらな不真面目人間にすぎないのよ」
それを語るレダの声音は、言葉の意味からは考えられないほどに明るく清々しいものであった。
話の流れで彼女の経歴を知っていく。だが、彼女が背負う過去はどん底と呼ぶに相応しい希望の無い世界を描く物語となっており、ただ人として真面目に生きたいと願った彼女の末路に、自分は言葉にならない怒りのような感情がこみ上げていた。
どうして、彼女のような真面目に生きようとする人間がそのような目に遭ってしまうのか。
社会的な基礎を徹底した、行儀の良い誠実な姿勢。目標に向かって勉学に励むことができるひたむきな努力の積み重ね。彼女からうかがった話を聞く限りでは、彼女は責められるに値しない人間であるように自分は感じられてしまえるのだ。
だからこそ、なぜ彼女のような人間が絶望を見なければならないのだろう。
恵まれてほしい。どうか、幸せになってほしい。レダに対して沸々と湧いてきた複雑な感情に思考をめちゃくちゃにされ、感覚が暴走するあまりに涙腺が緩くなっていく。
しかし、そんな自分の様子にレダは優しく微笑みかけてくると、次にも彼女はこちらに抱き付くなり両手を首の後ろへ回していき、そして自身の豊満な乳をこちらに押し当てながら囁くように喋り出してきた。
「ねぇカンキ君、わたしからお願いがあるの。わたしのお願い、聞いてくれる……?」
「ど、どうしたのレダ……?」
「ウフフ……大丈夫よぉ、そんな緊張しないで。ただわたしは、カンキ君に“褒められたい”だけなんだからぁ」
自身の身体を、こちらの全身にめり込ませるように近付いてきたレダ。共にして背後の壁へ押し付けられていくと、回した両手でこの頭を抱き寄せるようにしてから、彼女の方からこちらの唇を奪ってきたのだ。
唾液が混じり合う、濃厚な口づけ。貪るようなレダのアプローチに自分も応えるよう彼女の身体を抱きしめていき、それによって彼女の女性らしい体つきの全身が一層とめり込むように密着してくる。
熱い抱擁を交わしている間にも、彼女の感触や温もりによって自分のソレは瞬く間に起き上がった。それを悟ったレダが脚でソコを押さえ付けてくるものだったから、自分は巡った興奮に息を漏らしながら彼女とのディープキスに専念していく。
本当にこれで良かったのだろうか。湧き上がる疑問にイマイチ集中できないこちらに対して、レダは甘えるような上目遣いを見せながらその言葉を掛けてきた。
「カンキ君、わたしのことを褒めてちょうだい? ねぇ?」
「れ、レダ……。今までよく頑張ってきたね。生きていてとても苦しい毎日だっただろうに、目標に向かってひたむきに努力を続けることができたレダは本当にすごいよ……」
「あらぁ、嬉しいことを言ってくれるじゃない。んぅ、でもカンキ君、わたしが求めている褒め言葉はちょっと違うわぁ」
魔性の微笑みを垣間見せながら、出した舌で挑発的に誘惑してくるレダ。
これに自分は、彼女の舌を咥えるようにしてキスの続きを行っていった。それでもって自分は彼女の頭部を右手で押さえ付けるようにして、暫しとしゃぶりつくキスを堪能してからその言葉を掛けていく。
「でも、レダ。今の話を聞いたあとに身体のことを褒めるのも……」
「気にしないでカンキ君。体つきのことをあなたから褒められると、すごく興奮して仕方が無くなっちゃうのよ……。だから、ねぇ? お願いカンキ君……」
「……分かった。それじゃあ遠慮なくレダを味わうとするよ……」
こちらから抱き寄せるようにして、彼女の身体を持ち上げるように抱きあげた。
そのアプローチにレダは「あぁんっ」と艶めかしい声音を上げていく。これによって一層と気分が高揚した自分は頬を赤らめていくと、彼女を抱き寄せながらキス混じりにその言葉を浴びせていったのだ。
「今のレダ、すごくえろい顔をしてる。身体は俺の好みだし、服も似合っていてすごく可愛いよ」
「うふふ……っ。ねぇカンキ君。もっとちょうだい……?」
「レダから、えろい匂いがしてくる。レダを近くに抱き寄せただけで、俺の身体が反応しちゃうくらいに良い匂いだよ。あと、声も最高に興奮する……。そんな誘惑的な声で誘われたら、俺じゃなくてもみんなレダの虜になっちゃうかもしれない……」
「いいわぁ、その調子……っ。なんだか、わたしも全身が熱くなってきちゃった……」
うっとりとしたレダの眼差し。彼女の蕩けたような目を見た時にも自分は、先の言葉責めからレダの“ある特徴”を察していく。
……おそらくだが、レダという人物は“褒められることで興奮するタイプ”の人間なのかもしれない。
“承認欲求”、と言い換えた方が分かりやすいか。レダは、自身の身体が他人に認められることで性的な興奮を覚える傾向にあると考えられる。
それは、日頃から豊満な乳をくっ付けてくる彼女からのアプローチを始めとして、以前にも交わした夜の公園での会話にて、自ら男集団を誘惑して複数を相手にする行為であったり、集団をダシにすることで柏島歓喜というオトコに自身を満足させるよう持ち掛けたりといった言動の数々が目立っていた。
コンプレックスでもあっただろう自身の乳を強調する行為。自身の身体が、男集団に求められる満足感。そして、自身の身体が魅惑的であることを認識した上で、目の前のオトコにそれを触らせて興奮してもらおうとする挑発的な行為。
それらすべて、承認欲求から来ていると考えることもできなくはない。
彼女の過去からしても、律儀で礼儀正しく真面目な生徒であった彼女が褒められた場面は多くなかったことだろう。きっとその過去も関係していそうに見える。
……で、あるならば。今も“褒められたい”と口にする彼女の欲求を満たすためにも、自分は彼女のために全力を尽くさなければならない。
レダの全身を両手で撫で回し、隅から隅まで愛撫し始めた自分。この巡り出した両手に彼女は瞳を潤ませていくと、レダは舌をだらしなく垂らしたそのサマで、この感触を欲しがるようにこちらを見遣り続けてくる。
……おあずけにされた子犬みたいで、愛らしい。
全身にゾクゾクっと駆け上った高揚感。それに自分が我慢できないと言わんばかりにレダの頭を撫でていくと、次にも自分は無意識にも自身のパンツのベルトを緩め始めていって、彼女の瞳へと無言の承諾を投げ掛けていく。
本能がレダを欲していて仕方が無い。
疼く下の様子に、目で力強く訴え掛けてくるこちらのサマ。これによって自身は求められていると悟ったレダが何度も頷きながらくっ付いてきたものだったから、自分は了解を得たと認識するなりひと気の無い野外で及ぶ行為へと洒落込んでいく……。
……つもりでいたその時のことだった。
ハッとした目を見せたレダ。直後にも彼女は真剣な眼差しで即座に振り返るなり、この言葉を上げていったのだ。
「ッ、誰なのッ!!?」
…………。
漂う静寂。彼女の声が虚しく消えたこの空間において、レダは周囲をくまなく捜索するよう見渡していく。
彼女は元から、相手の隠し事を見抜いたり尾行の存在に気が付いたりなど、非常に鋭い感覚を持ち合わせていた。このことから自分も急いでベルトを締めていく中で、今も警戒するレダへと言葉を掛けていく。
「俺の命を狙ってるっていう連中……?」
「いえ、分かんない……。でもなんか、一瞬だけ“見られていた”ような気がしたから……!」
「とりあえず、この場から離れよう。アパートまで走って戻れば、レダが感じ取った視線を振り切れるかもしれない」
「え、えぇ、そうしましょう……っ!」
冷や汗を流すレダの手を取った自分。これによって振り向いてきた彼女へと自分は頷いてみせると、レダもまたコクリと頷く動作を見せてから、二人で一斉に駆け出すなりその場を後にしたのであった。
…………無人となった路地裏を映し出すモニター。この映像が照明となっている暗がりの空間にて、イスを軋ませる音が鳴り響く。
寄り掛かった体重で背もたれが曲がり、しかし、それを気にすることなく天井を仰いでいったその人物。
それは、モニターを乗せているテーブルに両脚をかけてくつろいでいくと、次にも“彼女”は頭の後ろに両手をやりながら流暢な方言でそれを呟いていったのだ。
「思った以上の鋭さやなー。こないに些細な気配にも勘付くなんて、そこらに生息しとる野生動物も持ち合わせとらん察知能力やろ。“紫のカノジョ”なんかウチの監視に全く気付かへんまま”カレ”とのエッチに夢中になっとったっちゅうのに、”闇医者のカノジョ”はウチの監視の目を悉く避けていくルートを選ぶもんやから、ほんま追跡に苦労しかないわー」
言葉の意味とは裏腹に、気楽で快活な声音で喋っていく彼女。
その後にも、テーブルの上にぎっしりと積まれた大量のモニターという光景を前にして、彼女は身を起こすように立ち上がっていく。そして暗がりの空間の中で首の骨を鳴らしながら軽く肩をほぐしていくと、彼女はモニターの前から歩き去りながらこの言葉を呟いたのであった。
「それにしても、ハッキングした映像で逐一とカレを追っていくのも、なんか地道っちゅうか単調っちゅうかー。ようやっとここまで来たんやさかい、せやったら後は、ウチが直々に出向いてカレと接触するとしようやないか。まぁそれやったら、いっそのこと