※この作品はR-18です。

俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活   作:祐。

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第34話 jouer à faire semblant 《ごっこ遊び》

 昼のLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)で昼食を終えた自分が、店を出てアパートへと歩き出した時のことだった。

 

 ふと、後ろから「そこのお兄さん」と声を掛けられる。これに自分は振り返っていくと、そこに立っていたのは三十代ほどの男性というもの。

 

 緑色のアウターに黒色のシャツ、そして灰色の寝間着のようなパンツという格好の彼が、こちらの顔を見遣ってくる。そして「あぁやっぱりそうだ。柏島さんの息子さん……!」と言葉を口にしたものであったから、自分も思い出したように訊ね掛けていった。

 

「あぁ、どうも。えっと、レダのお知り合いの……」

 

「はっはっは、そんな気を遣わなくてもいいよ。白鳥ちゃんのお世話になっているホームレスのおじさん。そういう認識で構わない」

 

「いや、ですが……」

 

「いいのさいいのさ」

 

 そう言いながら、こちらへ歩み寄ってきた彼。共にして、彼はこちらを眺めながら喋り続けてくる。

 

「君はぁ、名前は何だったかな……」

 

「歓喜です」

 

「あぁそうだった。歓喜くんだ」

 

「レダでしたら、確か少し前に店を出ましたが……」

 

「そうみたいだね。おれもお店の子に尋ねて、入れ違いになったことを知ったばかりだよ」

 

 朗らかに喋る男性に、自分は相槌のように頷いていく。続けて男性は「白鳥ちゃんはきっと今頃、公園でホームレス達の診察をしているだろう。良ければ歓喜くんも顔を出していかないかな?」と訊いてきたことから、自分は誘いに乗ることで男性と共に公園へと赴いていった。

 

 

 

 

 

 裏路地のビルとビルの隙間。まるで秘密基地に通じるような細道を抜けていき、そこに広がっていた遊具や無数のテントという光景を目の当たりにする。

 

 久々に来た気がする。その感覚と同時にして視界に入ってきたのは、今もホーレムスの男性達を聴診器で診察するレダの姿だった。

 

 裏返しにした瓶ケースに座る男性を診終えて、「もういいですよ~」と艶やかな声音で呼び掛ける彼女へと歩み寄っていく。この足音にレダは聴診器を外しながら振り向いてくると、自分であることを確認次第に彼女は艶めかしくも明るい表情で迎え入れてくれたのだ。

 

「あらぁ、カンキくぅ~ん!! 来てくれたのねぇ。嬉しいわぁ」

 

「やぁレダ、さっきぶり。偶然、お店の前でこちらの方と出会って、同行させてもらったんだ」

 

 隣の男性を手で促しながら返答するこちらに、レダは「うふふ、それじゃあせっかくだから、カンキ君の診察でもしちゃおうかしらぁ?」と冗談っぽく口にしてくる。これに自分が返答に困っていくと、彼女はからかうような視線で笑んできたものだ。

 

 そんなやり取りを交えながら、自分はしばらくの間この公園に滞在した。そして一時間程度と居座ってから公園を後にして、レダと共に龍明の駅前を目指して移動していた最中の場面に移る。

 

 黒色のスーツケースを提げるレダと歩む道のり。街中の表通りが見えてきたこの住宅街の道中で、隣を歩いていた彼女からその言葉を掛けられた。

 

「みんなの相手をしてくれてありがとう、カンキ君」

 

「そんな、お礼を言われるようなことはしてないよ。むしろ親父本人じゃないことを申し訳なく思うばかりだ」

 

「いいえ、柏島オーナーに息子さんがいらっしゃったってだけでも、カレに救われた身からすれば十分に喜ばしく思えるものなのよ~? だからこれからも定期的に、みんなのところに顔を出してくれると嬉しいわぁ」

 

「そう言ってもらえると、俺としても救われたような気持ちになるよ」

 

 親父である柏島長喜に救われたというホームレスの人々。彼らからは丁重なおもてなしをされたりしていて、自分はその当人ではないことから来る罪悪感で複雑な気持ちを抱いてしまっていた。だからなのだろうか、レダは気を利かせるようにこの言葉を掛けてくれたのかもしれない。

 

 で、そんな彼女は間を置いてから再び喋り出してくる。

 

「それにしても、未だに信じられないわぁ。まさかカレに息子さんがいらっしゃっただなんて」

 

「公園の皆さんもやけに驚いていた様子だったけど、俺の親父ってそんなに子供がいるような雰囲気の人には見えなかったのかな?」

 

「う~ん、何て言うのかしらぁ。まぁお子さんがいらっしゃってもおかしくはない年齢って印象だったけれど~……」

 

 左手の人差し指を唇にあてがいながら、何か悩むように思考していくレダ。

 

 言葉を選んでいる? ような、どこか慎重な彼女の様子。これに自分は不思議に思っていくと、直にもレダはこちらの顔色をうかがうようにしながらそれを口にし始めた。

 

「この話、わたしから説明していいものなのかは分からないのだけれど。まぁ、あなたのお父さんはその、いわゆる“両性愛者”とも言える人物だったことは確かねぇ」

 

 バイセクシュアルとも言えるか。

 親父の在り方を耳にして、自分は特に何も思うことなく「へぇ、そうだったんだ」と答えていく。この反応にレダは気の緩んだ視線を投げ掛けてくると、和やかな調子でそう話し続けてきた。

 

「本当に、あなたのお父さんは色気に溢れる人物だったわぁ。男性的でありながらも女性的で、粗暴でありながらも美しくて、人情に溢れながらも熱血的だったその姿がね、今でもすごく印象に残ってる。本当に、とても綺麗な人だった」

 

「綺麗だった、か。そう言われると尚更、当時の親父に会ってみたかったと思えちゃうな」

 

「うふふ、本当に素敵な人だったわよぉ。これ、息子さんに直接話すような内容じゃないでしょうけれど、わたし本当にね、カレに一目惚れしちゃっていたのよぉ。だからわたし、猛烈にアタックして必死にカレを振り向かせるようにしたんだけれどね、結果的にはフラれちゃった。その時にはもう、カレは子供を持つ既婚者だったのよ」

 

 なんだか、ものすごく生々しい失恋話を聞かされた気がする。

 

 これに自分は暫し返答を考えてから、「えっと……ついでにそれ、いつくらいの話?」と訊ねてみる。それを聞いたレダは「うーん、五年くらい前かしらぁ?」と答えてきたことで、自分は内心で「あぁ確かに、五年前ならとっくに俺も生まれているよなぁ」と納得していく。

 

 と、そうしている間にもレダは天を仰ぎながら「あ~あ」と声を出していくと、途端に憂いの表情を浮かべながらボヤくようにそれを喋り出してきた。

 

「まずいわぁ。非常にまずい。あれからもう五年も経っていただなんて、信じられない。このままじゃあわたし、独身のまま三十路を迎えちゃうわぁ……」

 

「……一応確認として、レダの今の年齢とか尋ねてみても……?」

 

「あらぁ、なにぃ? レディに年齢を訊くのはご法度よ~?」

 

「あー……いや。ごめん……」

 

「うふふ、冗談よ。気を遣って、話を繋げようとしてくれたのよね~? カンキ君のそういうところ、わたし大好きよ?」

 

 むにゅっ。レダがくっ付いてきたことで、豊満な乳が腕にめり込んでくる。

 

 この感触に、自分は慣れることなくつい赤面してしまった。そんな反応にレダはからかうような視線を向けつつも、艶やかな声音でそれを口にしてくる。

 

「今年で二十七よ。あなたのお父さんに告白したのは、二十二の時。年齢的にもちょうど、当時の彼氏に濡れ衣を着せられて大学を追い出された後かしら。それで、退学する羽目になったわたしに両親が激昂して、そのあと勘当されたわたしは文無しのホームレスになった……」

 

「なるほど。その成り立ちによって、ホームレスの人達や親父と出会うことになったってわけか……」

 

 話の流れから、レダがホームレスの人達と親しげにしていた理由を知る。これにどこか納得がいったように自分は頷いていくと、レダは少しだけ微笑んでから、話を切り替えるようにその言葉を口にしていった。

 

「……そう言えばわたし、まだ昼食を済ませていなかったわねぇ。ねぇカンキ君、もう少しだけわたしの話し相手になってもらえないかしら~? あとでたぁ~っぷりお礼をしてあげるから。ねぇ?」

 

 

 

 

 

 先の言葉通り、確かに自分はお腹いっぱいになるほどのお礼をしてもらえたものだ。

 

 龍明の駅前にて、フライドチキンを販売する店舗のテーブル席で食事を行う自分とレダ。今も向かい側でフライドチキンを頬張る彼女を眺めながら、自分は奢ってもらったクレープをもぐもぐと食べていく。

 

 美人を眺めながらデザートを食す。

 なんだか、一粒で二度おいしいな。ふとそんなことを脳裏によぎらせていた中で、自分は目についたフライドチキンの骨を見てそれを呟いていった。

 

「肉のひと欠片も残ってない……。魚の骨とか見て前々から思っていたけれど、レダってすごく綺麗に食べるよね」

 

 わずかながらの肉さえも残されていないフライドチキンのそれ。これには感嘆を零してしまうこちらの反応に、レダは微笑しながら答えてくる。

 

「うふふ、ホームレス時代の賜物かしらねぇ。何だか、こういうものは残さずに食べたくなっちゃうのよ」

 

「すごく良いと思う。俺もそれを心掛けて食べているけれど、それでも肉が残っちゃったりするからさ」

 

「それは勿体無いわよカンキ君。残すくらいなら今度、その部分をわたしにちょうだいな? 余るくらいなら、残りはわたしが綺麗に食べ切ってあげる」

 

「え、いやいや、でもさすがに人の食べ残しを渡すのもちょっと……」

 

「食べ物を求めてゴミ箱を漁っていたくらいですもの。もう、誰かの食べ残しくらい何にも気にならないわよ」

 

 何気無く喋るレダが、手に持っていた新しいフライドチキンをこちらに差し出してくる。これに自分が首を傾げていくのだが、直にも彼女が味見を促していたことに察しがついて、自分はそれを一口噛り付いていく。

 

 で、その口を付けた部分へと、レダは何の躊躇いもなく噛り付いていった。

 

 加えて、どこか肉をしゃぶるようにしながら艶やかな視線でこちらを見遣ってくる彼女。包み込むような舌使いで骨を艶めかしく舐めていき、向けられていた誘惑的な眼差しも相まって自分が照れ臭くなっていくと、レダは悪戯な笑みを浮かべながらそう喋り出してきたものだ。

 

「あなたもまだまだウブねぇ? そういう初心なオトコのコ、わたしの大好物よぉ?」

 

「……参ったなぁ。レダには敵いそうにないや」

 

 色々な経験の差を見せつけられたような気がした。

 

 照れ混じりに返答したこちらへと、レダは勝ち誇るように微笑み掛けてくる。だが、彼女の笑みが次第と薄れていくと、ふと他所へと視線を投げ遣るなりその先を凝視し始めていく。

 

 彼女のそれを追って、自分も見遣っていった。すると、視線の先には子供と歩く母親という光景が広がっており、親子なのだろうその様子を、レダは暫し呆然と眺めていたのだ。

 

 ……何か思うところがあるのだろうか。そうして自分が疑問を思い浮かべていたところで場面は移っていく。

 

 レダと二人で歩く龍明の街中。昼下がりの外界を歩いていると、隣のレダからそんな言葉を投げ掛けられる。

 

「ねぇカンキ君」

 

「どうしたの?」

 

「手、繋いでもいいかしら?」

 

 なんだか急にしおらしい雰囲気となったレダを見て、自分はそのギャップに内心ちょっとドキッとさせながらも返答していく。

 

「いいよ、大丈夫。手を繋ごっか」

 

「えぇ、ありがと」

 

 ……日頃の誘惑的なボディタッチからは想像できないほどの、控えめに伸ばしてきたレダの左手。

 

 それは甘えるように、こちらの右手や右腕の表面を滑っていた。そうしてするすると表面を伝っていた彼女の左手を取って握りしめていくと、これによって生じた熱と弾力に自分は胸が弾んでいき、今一度とレダの手を握り締めていってから、彼女の温もりを大切にするように手を繋いでいく。

 

 逆光となった自分らのシルエットが、黒く繋がり合って一つとなっている。共にして、同じ方向へと歩んでいく足並みもより一層の一体感を思わせる光景の中で、自分は無意識にもその言葉を呟いてしまっていた。

 

「俺が親父だったら、どれほど良かったことか」

 

「そんなこと無いわよ。カンキ君だって、わたしからすれば魅力的な人物よ」

 

「……ありがとう、レダ」

 

 ふと、繋いでいた彼女の左手にぎゅぅっと握りしめられていく。この柔らかな温もりに自分はレダへと振り向いていく中で、この投げ掛けた視線は遠方のカップルを眺めていたレダの様子を確認する。

 

 直にも、遠くを見遣る彼女から言葉が掛けられた。

 

「わたし達、カップルみたいに見えるかしら」

 

「きっとそう見えるかもね。手を繋いで歩いているところとか、それっぽいし」

 

「そうよね。きっとそうよ。わたしも周りからすれば、日常を謳歌する普通のオンナに見えるでしょうし」

 

 ……ぎりぎりと力み始めるレダの手。次第と力が強くなってきた彼女の左手を、自分は包み込むように優しく握っていく。

 

 これを受けて、レダはこちらへと振り返ってきた。

 ……足を止めて、暫し見つめ合う沈黙の空間。そうして互いに視線を交えてから、自分は健気な表情を浮かべていた彼女へとその言葉を口にしていく。

 

「……俺じゃあ役不足かもしれないけれど。それでもレダの気持ちが少しでも満たされるのであるのなら……どうか今日だけでも、レダの望みを俺に叶えさせてもらえないかな?」

 

「……? わたしの望みを、カンキ君に叶えさせてもらう……?」

 

「あ、あぁ、ごめん。なんか、言葉にしようとしたら難しくて……」

 

 なんとも、遠回しな言い方になってしまった。

 

 頭で思い描いた光景が、イマイチ具体的に説明できない。そんな、思考が詰まったような感覚に自分は返答に困っていくのだが、さすがは直感の鋭いレダ、彼女はすぐにも理解したようにこちらをまじまじと見つめてきてから、そう訊ね掛けてくる。

 

「今日だけわたしのリクエストに応えてくれる、って解釈でいいのかしら~?」

 

「そう! そんなかんじ……!」

 

 何となくは伝わっていたのだろう言葉の意味に、自分は安堵するように一息ついていく。その様子にレダもまた鼻で息をつくようにすると、こちらを真っ直ぐと見つめながら、どこか懐かしいものを見るような眼差しでそれを喋り出してきた。

 

「それじゃあ~……うふふ。カンキ君には今日一日だけ、わたしの恋人にでもなってもらおうかしらぁ?」

 

「俺に務まるのなら、喜んで」

 

「そうは言うけれど、果たしてあなたに“カレ”の代わりが務まるものかなぁ~?」

 

「うっ、それは……自信無いな……」

 

「うふふ、冗談よ~」

 

 少しだけでも慰めになるかと思って提案してはみたものの、かえって気を遣わせてしまっただけなのかもしれない。

 

 からかうような視線を向けてくる彼女に、自分は苦笑いを見せていく。だが、彼女は次にもニッと笑みを浮かべてくると、こちらの懐に潜り込むようにしながら、上目遣いと誘惑的な声音のコンボでそう言い迫ってきた。

 

「さ~ぁ、早くしないと今日が終わってしまうわぁ。せっかくの期間限定イベントなんですもの。わたし達の恋人ごっこ、余す事なく堪能するわよ? ほ~ら、行くわよダーリン」

 

「ダーリン……!? それってもはや恋人じゃなくて夫婦じゃ……」

 

「少なくとも、わたしは“カレ”のことをそう認識していたわ。それで、あなたは今日その“カレ”に成り切るつもりでいるんでしょう? だったら、これくらい呼ばせてちょうだいな。ねぇ?」

 

「っ……!」

 

 ダーリンはさすがに破壊力が高すぎて、けっこう動揺してしまった……。

 

 レダの未練とも言えるだろうその心残りを解消できればいいな。自分はそれを、軽い気持ちで考えてしまっていたのかもしれない。だが、一方で本人は満更でもなさそうな笑顔を見せてくると、早速といった具合にこちらの手を引いて行動を促してきた。

 

 ……自分がより親父に近付くことができれば、レダの未練も少しは和らぐのだろうか。思い付きのようによぎってきたその思考は、後にも身体を本格的に鍛えるキッカケになっていく。

 

 また、この日にも自分は親父という存在を強く意識し始めたことによって、今日を境にして探偵や経営の勉強にも着手し始めたものでもあった。

 

 

 

 

 

 夫婦らしいことは何だろう。それをレダと話した結果、二人で公園をお散歩するという結論に至ってその芝生を踏みしめていく自分ら。

 

 秋を知らせる茶色の景色に、緩やかな上り坂という地形を共に歩んでいく。その間も彼女とは常に手を繋ぎながら、他愛ない会話でのどかな時間を過ごしていたものだ。

 

 本日限定で定着したレダのダーリン呼びに、次第と違和感が無くなってきた自分。それでいて彼女もまた、心なしか色気を抑えた清楚な美人妻の面持ちで微笑んでくる。

 

 何気無い日常とも言えるこの時間を、レダはとても楽しそうに満喫していた。

 最愛の夫と思い込んだ相手に寄り添い、まるで以前からそのような関係であったかのように振る舞ってくる彼女の姿。ダーリン呼びで甘えてくるべったりなレダのアプローチから、そのロールプレイに入り浸っていることがうかがえる。

 

 ……いや、違う。もしかしたら彼女は、現在(いま)を“本物”と認識していたのかもしれない。

 

 これまで送ってきた日々こそが、彼女にとっての“偽物”だったとも言えるだろう。

 ……裏社会でしか生きることのできない運命に招かれた、悲劇のヒロイン。自分はこの時にも、レダという平穏なる日常を追い求めし人物に心から同情した。

 

 同時にして、彼女を“偽物”から解放したいとも願えたのだ。

 

 どうか、レダには幸せになってもらいたい……。

 これとまったく同じ思想を、過去の親父もきっと抱いたことだろう。だからこそ親父は、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)という悲劇のヒロイン達が救われるべき居場所を築き上げたのかもしれない。

 

 その真意は定かではないものだが、自分にはそう思えて仕方が無かった。“彼”の血を継いだ、実の息子として……。

 

 

 

 

 

 夕暮れの龍明を歩く、二つの人影。デパートで買い物を終えた袋を左手に提げる自分は、今も右手で彼女と手を繋いで帰路を辿っていた。

 

 表通りから外れた、住宅街へと続く道。直にもLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の店前を通り過ぎ、もはや習慣ともなっている歩き慣れたその小道をレダと一緒に進んでいく。

 

 袋の音が今日を過ごした時間の結果となり、コツコツと鳴らされる靴音はどこか虚しく鳴り響く。その夕日も二人の影を地面に映していくのだが、それは間もなく夜の暗闇に呑み込まれていった。

 

 ……レダとのお出掛けも、終幕へと向かっていた。

 偽りの夫婦は目の前を見遣り続け、ただ歩を進めていく。そうして静寂の空間を踏みしめるように歩いていると、次にも隣のレダからその言葉が投げ掛けられてきた。

 

「今日はありがとう、カンキ君。あなたのおかげで、わたしの心残りは解消された気がするのよ」

 

「レダの役に立てたのなら、光栄の限りだよ」

 

 レダへと振り向いていく自分。だが、真っ直ぐを見つめる彼女の横顔に、自分はすぐにも正面を見遣っていく。

 

 それとすれ違うように、レダが振り向いてきたような気配が感じられた。だが、それもすぐに真正面へと向けられていくと、彼女は続けてそう喋り出してきたものだ。

 

「……まるで、夢を見ていたかのようなひと時だった。何でしょうね。わたしがこれまでに描き続けてきた人生の、その一部分が叶ったかのようなこの幸福感……。今日過ごしてきた、たった数時間のこの出来事が、未だに白昼夢と思えてしまえる程度には充実していたように感じられるの」

 

「レダ……」

 

 足を止めた彼女に合わせて、自分も立ち止まっていく。そうして自分はレダと自然に向かい合っていくと、次にも彼女は視線を交えながら、健気で儚く、されども穏やかな微笑を浮かべながら柔らかくその言葉を伝えてくる。

 

「カンキ君。今日、最後のリクエストを聞いてもらえるかしら?」

 

「いいよ。何でも言って」

 

 ぎゅっ、と握りしめ合う互いの手。共にしてレダは、こちらをまじまじと見つめながらそれを口にしてきた。

 

「わたしとキスしてほしいの。いいかしら……?」

 

「断る理由なんかないよ。キスをしよう、レダ」

 

 繋いでいた手を離して、この右手を彼女の背へと回していく。そうして日没を迎えた暗闇の小道を背景に、こちらから近付く形でレダへと口づけを行っていった。

 

 唇を重ね合わせた瞬間にも点き始めた、小道に連なる無数の照明灯。それは手前から灯り、奥へと向かって次々と光り出す光景をバックにして、自分はレダを抱き寄せるようにしながら、今も交わし合う温もりを味わうようにキスへと専念する。

 

 レダの弾力ある唇が吸い付いて離れない。互いに惹かれ合う、引力に逆らうこともままならない不可抗力を実感しながら行ったこの日の口付けは、熱く、強く、そして長くもありながら、どこか儚げな虚しいか弱さを感じさせる。

 

 ……叶うことの無かった自身の恋を、その息子で疑似的に満たしているのだろうか。いや、今も体験している束の間の平穏を名残惜しく思っているのかもしれない。

 

 色々と思うところがあるのだろう、複雑な想いが唇から伝わってくる。自分はそれを全て受け止めるようにしてキスを終えていくと、五分近くと重ね合わせていた温もりで互いに蕩けるような瞳を見せていきながら、次にも一緒になって微笑んで、今日という日を締め括ったのであった。

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