俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活 作:祐。
昼頃の龍明。この日はゲームセンターに立ち寄っており、自分はお手洗いを済ませたその足で同伴者の下へと歩を進めていく。
電脳的な騒音が響く空間の中、建物の奥にある薄暗いエリアへと踏み入れた自分。そして数多の音ゲーが立ち並ぶその場所を真っ直ぐ歩いていき、直にも同伴者が待っている一つの筐体に辿り着いた。
縦長の画面と、足元にある台のようなパネル。このゲームは、楽曲に合わせて流れてくる無数ものマーカーを、足元のパネルでタイミング良く踏みながらクリアを目指すという、身体全体を使って動き回る非常にアグレッシブなゲームとなっている。
簡単に言ってしまえば、これは音楽に合わせてダンスをするゲームだった。その遊び方も、基本は画面に指定されたパネルの位置に足を置いてしまえばいいだけだったので、足を動かすその過程でプレイヤーはダンスを踊っているかのような動きをアレンジで加えることができる。
なので、このゲームに集うプレイヤーはダンス経験者が多かったことだろう。もちろん、自分も現役の趣味としてダンスを嗜んでいるため、こちらのゲームセンターに遊びに来た際にはこの音ゲーを存分に楽しんだりしていたものだ。
ただ、今回は非常に張り合いのある人物が同伴者だった。
今も目の前で踊るそのプレイヤーは、余裕を含んだ脱力気味の動きでパネルを踏んでいた。しかしその動きの一つ一つにキレがあり、迷いと無駄の無いステップでそのリズムを刻んでいく。
若干と猫背気味なその姿勢も、力を抜いたそのスタイルと絶妙に合っていて不敵な印象を与えてきた。だが、身長が高いためか動きの小ささはあまり気にならず、華奢な体格もむしろ脱力した動きのメリハリとマッチしている。
ダンスが上手く、しかしどこか人として危ない雰囲気を匂わせる。迂闊に近付けないそのオーラに通りかかった三人組の女性が見惚れていくその脇で、自分はちょうど踊り終えた“彼”へと言葉を投げ掛けていった。
「クリス、おまたせ」
「ちゃんと無事に戻ってこられたね。時間が掛かっていたから、どこかに連れて行かれちゃったかなって思っていたよ」
「ちょっと長くなっちゃって。それよりも、さすがクリスだよ。タイミング良くマーカーを踏まないといけない特有のルールで、このゲームはダンス経験者でもけっこうぎこちない動きになったりするんだけど。でも、今日初めてプレイしたとは思えない動きだった」
「これ、中々楽しいよね。君の命を狙う連中目的でついてきたというのに、想定外の好奇心と出会うことになるとは思わなかったな。君についてきて正解だったよ」
「喜んでもらえたなら何より。いやそれにしてもクリスのダンスはカッコいいな……俺もブレイクダンス練習してみようかな……」
ダンスという共通の話題で、クリスとの距離感がだいぶ縮まっていた。
以前は顔見知りという程度の認識だった彼だが、今では店でもたまに会話を交わす程度にはクリスとのやり取りが増えている。彼もこちらに対して嫌な顔をせず淡々と付き合ってくれるため、クリスという人物からは律儀な一面をうかがえたものだ。
集団を好まないだけで、遊びに誘ってみれば意外と彼はついてきてくれる。今回も、自分が一人で駅前まで行くからという体で同行してくれたものだったが、ここの店に寄ろうというこちらの提案に対しても彼は一切と拒否することがないため、そこが若者に人気なアイスクリームのお店であろうと、彼は意外と最後まで付き合ってくれたりする。
そんな義理堅い姿勢の彼と会話を交わしながら、自分らはしばらくそのダンスゲームを楽しんでいた。
時には、一つのパネルに二人で乗って同時に踊ったりなど、男友達と過ごす充実したひと時を満喫していく。こうして冬なのに二人で心地良い汗を流していき、休憩を提案したこちらに対して拒否することもなく頷いたクリスと共に移動してから、付近の椅子に腰を掛けて両脚を休めていく。
その際に、二人で自販機のアイスを食べていた。
自分がバニラの棒付きアイスを頬張り、クリスは隣でチョコミントの棒付きアイスを口にしていく。この間にも自分らは先ほどのダンスゲームについて色々と会話を交わしていると、ふとクリスは不敵な眼差しをこちらに向けながらそれを喋り出してきたのだ。
「ところで、君は既に気が付いているものかな?」
「え? 何に?」
「“彼女”の存在さ」
不敵に笑みを浮かべ、アイスを一口かじっていく。そして猫背気味な姿勢でこちらに振り向いてくると、クリスはこちらの顔を覗き込むようにしながら、不気味なほどに真っ直ぐな瞳で捉えつつ言葉を続けてきた。
「君がよく知る人物が、ずっとこの店に滞在しているようだ。どうやら“彼女”は何かに熱中しているらしい。僕らの存在にも気が付かないその様子、とてもらしくないね。それほどまでに、目の前の事柄に集中しているんだろうか」
「え? それってホステスのこと? ゲームセンターにずっといる……? いやでもメーは今日昼のシフトで店にいるはずだし……」
「顔を出してみたらどうかな。もしかしたら、君という存在が彼女に心の余裕をもたらすかもしれない」
……誰だろう。気になった自分は、彼女がどこにいるかをクリスに問い掛けていく。そして彼に案内されるままゲームセンターの中を歩いていくと、直にも見えてきた格闘ゲームのコーナーにて、意外な“彼女”と出くわすことになった。
一台の筐体にできた人だかり。周囲のゲーマーを集めるその存在に自分は目を凝らしていくと、そこの椅子に腰を掛けている一人の女性が、レバーを片手に画面と向き合っている様子がうかがえた。
セーターのような黒色のふわふわトップスと、赤と黒のチェック柄ロングスカートというそのコーディネート。黒色のテーラードジャケットを羽織るように着こなしているその姿はクールビューティーの一言に尽き、黒色のローファーに赤色の靴下という組み合わせと、肩に掛けた黒色のカバンに黒縁の伊達メガネという格好が見た者の意識を掻っ攫っていく。
百七十九の背丈に、腰辺りまで伸ばした分厚い白色ポニーテール。そして、凛とした横顔と女帝が如く気高き風格を醸し出したそのお姿を見て、自分は思わず目先の光景にそう呟いてしまったものだった。
「……え、ユノさん!?」
ギャラリーに囲まれたプレイヤーの正体に、驚きを隠せなかった自分。この声が聞こえたのだろうかユノはチラリとこちらを見て、すぐに画面へと視線を戻してからその腰を上げて真っ直ぐと歩み寄ってくる。
女神の化身とも呼べるだろうその容貌は、性別に関係なくあらゆる人物を魅了する。今も、歩く姿のみで周囲の視線を奪っていく彼女が悠々と歩み寄ってくると、次にもこちらへと手を差し伸べ、凛とした表情と声音で言葉を投げ掛けてきた。
「奇遇ね、柏島くん。私の心には今、貴方との邂逅を果たせたことに対する心底からの喜びで満ち溢れているわ。さぁ、私達の運命に乾杯でもしましょう」
「ど、どうも……ちょっと大げさですけど……」
炸裂したユノ節に、頬を引きつらせながら答えていく自分。これに対しても彼女は凛々しき表情を崩すことなく真摯に向かい合ってくるのだが、この隣に存在していた不敵な気配に、ユノはすぐさまそちらへと振り向きながら喋り出していく。
「クリス、柏島くんに迷惑を被るような所業は慎んでいるでしょうね」
「君は実に懐疑的だね。それほどまでに僕のことが信用ならないのかな?」
「貴方が柏島くんに同行する理由だなんて、たかが知れているわ。柏島くんを命の危機に晒すような真似を働きでもしたら、如何なる理由であろうともこの私が許さないことを心得ておきなさい」
「フフ、そうだね。気を付けるよ」
……やっぱり、この二人が顔を合わせるとこういう空気になっちゃうよなぁ……。
不敵な笑みと視線でユノを挑発するクリス。どこかからかうような遊戯的な含みを持たせるそれに彼女は渋い顔を見せていく中で、すぐにも切り替えるようにこちらへと向いてユノは凛々しく喋り始めていく。
「ところで、柏島くんは格闘ゲームを嗜むかしら」
「え、格闘ゲームですか?」
ユノさんの口から、格闘ゲーム……。
耳にする日が来るとは思わなかった。これに一瞬だけ呆気にとられながらも、自分は頷きつつそう返答していく。
「あ、はい。まぁ多少は……。それこそ、ユノさんがプレイされていたタイトルでありましたら、自分それなりに心得はありますので……」
「さすがね柏島くん。話が早くて助かるわ。そこで唐突で申し訳ないのだけれども、もし貴方が良ければ今からでも、この私にゲームのノウハウをご教授願えるものかしら」
「え、はい。それは全然構わないのですが……なんか意外です。ユノさんが格闘ゲームをプレイされるなんて」
隣からは、実に興味深そうな視線が注がれている。
クリスの面白げな眼差しにユノが不愉快そうな顔で応えていきながらも、こちらに対しては誠実な姿勢でそう会話を続けてきたものだ。
「数カ月ほど前から男性との同伴も開始していて、そのお付き合いでゲームに触れる機会があったのよ」
「あ、男性との同伴も開始されていたんですね。それなら納得です。ゲームセンターに同伴となると、やはりそういう機会もあると思いますからね」
もちろん、女性も格闘ゲームはプレイすることだろう。しかし、界隈の人口で言えば男性が圧倒的に多いこともまた事実。
自分は返答しながら頷いていき、理解を示していく。だが、隣に佇んでいたクリスが途端にニヤッと笑み始めると、ユノの顔を覗き込むような不敵な視線を投げ掛けながら、彼女の内心を見透かすようにそれを喋り始めてきた。
「さしずめ、その同伴相手にコテンパンにされたんだろうね。君は極度の負けず嫌いだ。そこから考えるに、当時の彼から『ユノのような完璧人間でも、上手くできないものがあるんだね』といった旨の言葉でも掛けられたのだと僕は予想しよう。どうかな? 合ってる?」
「…………」
非常に不愉快な表情を見せてきたユノ。ムスッとした頬がとても分かりやすい。
大方、図星のようだった。
ユノが負けず嫌いであることは、前回の彼女との同伴で行ったホッケー対決で十分に思い知らされたものでもあった。そのことから、負けたままでは終われないというユノの意外な性格を、自分も身を以て理解することができる。
クリスの詮索から、ユノが格闘ゲームにのめり込んでいる理由が明確になった。それでいて、経験者の自分に指導を求めてきたその勤勉な姿勢もまた、実践の中で急速に学んでいく彼女らしい提案のようにも思えてくる。
「俺でよろしければ、いくらでもお付き合いしますよ。ただ、ユノさんの成長速度でございましたら、たぶん今日だけで俺よりも上達すると思いますが……」
「数カ月に渡る取り組みで、想定よりも多くの技術や知識、そして経験が求められることを実感させられたわ。だから柏島くんにはきっと、継続的な教授を願うことになるでしょう。授業料であれば賃金でも物品でも、身体でも、柏島くんが望む形式で支払ってみせるから、どうか私を鍛え上げてもらいたいの」
「まぁ授業料はともかくとして、ユノさんが高みを目指すそのお手伝いができるのならば、俺は喜んで助力しますから。教えられる範囲でお教えしますので、その同伴相手を見返してやりましょう」
「ありがとう柏島くん。柏島オーナーの血は、世代を超えてもなお私に多大な影響を及ぼしてくれる。私はその影響力に、幾度となく救われてきた。柏島の血から授かったこの御恩を、私は生涯かけても忘れることはないでしょう」
スケールがデカいなぁ……。
段々と慣れてきたユノ節を、無心に近い感情で聞き取りながら「では、台が空き次第に二人でプレイしましょうか」と彼女に提案を投げ掛けていく。
で、そのやり取りの最中にも隣の気配が動き始めたものだったから、自分は歩き出していたクリスへとそれを訊ね掛けていった。
「クリス。良かったらクリスもやってみないかな? もしかしたら格闘ゲームもハマるかも」
「僕は遠慮しておこうかな。ユノが悪戦苦闘する姿はぜひとも見物してみたいものだけどね」
「それじゃあ、近くで見てる?」
「いや、僕は一足先にお暇させてもらうとするよ。君は気にせず、ユノとの時間を堪能してくれればそれでいいのさ」
ユノをチラ見するクリス。その視線で彼女の不愉快そうな顔を捉えてから、彼は不敵な表情のまま出口を目指して歩き始めていった。
クリスの背に、自分は手を伸ばしながら「あ、クリス」と呼び止めようとする。だが、真っ直ぐと出口を目指す彼の背を止めることなく見送ると、去っていったクリスを名残惜しく眺めるこちらへとユノはその言葉を掛けてきた。
「……柏島くんへの気遣いはさることながら、彼のような人間があのような顔をするだなんて意外ね」
「えっと、それはどういう……?」
「言うなれば、彼は孤高の一匹狼を謳歌する人間。群れを忌避して、単独こそ至高とする干渉を好まない性質の持ち主よ。けれども、貴方に対して向けていた先ほどまでの彼の表情は、これまで私達に見せてきた表情のどれにも当て嵌まることはないでしょうね」
「……それは、つまり……?」
「私にも定かではないものだけれども、彼はもしかしたら貴方のことを友人として見ているのかもしれない。それも、生涯初めての友として。そうでなくとも、先の彼の表情は決して消極的な感情によるものではない。彼との付き合いが長いこの私が、それを保証してみせるわ」
「生涯初めての友……」
まぁ、確かに人付き合いを好んでいるようには見えない人だけど……。
ユノの推測に、自分は戸惑い混じりに出口を見遣っていく。そうやって呆然と佇んでいると、次にも自分はユノに優しく抱き寄せられ、こちらの身を護るかのように抱え込んできてから、身長の高さ故に見下ろすような視線で凛々しくそう喋り出してきたのであった。
「さぁ、柏島くん。久方ぶりに過ごす私とのプライベートな時間を共に楽しみましょう。前回の同伴と同様、貴方のエスコートに期待しているわ」
クリスと別れてから、自分はユノと過ごす濃密なひと時を堪能することとなる。
突発的な、ユノとの同伴。疑似的なデートとまではいかない形式ではあるものの、半年以上の付き合いであることからお互いに気心の知れたやり取りでその時間を過ごしたものだった。
彼女と最初に遊んだこのゲームセンターにおいては、まずユノとの約束通りに彼女との格闘ゲームに臨んでいく。
ユノが来るや否や、彼女に惹かれた多くのプレイヤー達が瞬く間に周囲へ集い始めた。数カ月と通う内に常連となっていたユノに対して、現地の人々は荒野の戦場に降臨した麗しき女神としてユノを崇め
ファンを率いてプレイした彼女とのゲームは、新鮮でありながらも緊張感が勝る重圧な時間になったことは確かだろう。向こうから聞こえてくるユノを応援する人々のそれは、もはや盤外戦とも言えたかもしれない。
で、自分が感じた内容などをユノに伝え、しばらくは彼女がプレイする様子などを眺めたりもしていた。その際にもユノの傍で彼女の頑張りを観戦していたものであったのだが、この間にも尽きることなく投げ掛けられていた周囲からのアドバイスは、自分の出る幕が無いほどの実践的な知識ばかりで、自分の手助けは不要に等しかったかもしれない。
結局、ユノさんの助けになることはできなかった。
彼女とゲームセンターを出て、ユノからはゲームに付き合ってくれたお礼を述べられる。これに対して自分は複雑な思いからなる返答を行っていく最中にも、彼女は凛々しいサマでそれを提案してきた。
「この際ですから、日頃の謝礼として貴方には甘美なひと時を過ごしてもらいたいと私は考えているわ。先の指導による授業料も含め、貴方が望むありとあらゆる切望の数々を、私の財力が許す限りに叶えてみせるから、今現在において貴方が望む心からの希望を、遠慮なくこの私に申してみてちょうだい」
「い、いやいやいやそんな大げさな……!」
「大げさなんかではないわ。これも全ては柏島オーナーの息子さんであるが故の奉仕。彼の遺伝子を継ぐ有望なる血族に対して、私はただ眷属が如くその望みを叶えるべく働きかけるまでのことよ」
「いやでも、う、うーん…………」
正直、かなり返答に困る。
ユノ節によって遠回しとなった言い方だが、要は日頃の感謝として何か奢らせてほしい……といった旨の内容になるのだろうか。彼女の言葉を意訳した自分は急ぎで思考すると、そう言えばお昼ご飯を食べていないことに気が付いて、咄嗟にそれをお願いしてみたものだ。
「じゃ、じゃあ……何か美味しい物が食べたいです!」
「美味しい物ね。それでしたら~……」
あ、でもやばい。これじゃあとんでもない高級料理を提案してきそう。
友達に奢ってもらう感覚で投げ掛けた自分の言葉。しかし彼女の気前をいち早くと思い出した自分は慌てるように遮っていった。
「お、俺、ラーメン!! ラーメンが食べたいです!! それも今猛烈に、割かしリーズナブルないつものラーメン屋に行きたい気分です!!!」
「リーズナブルなラーメン屋?」
「あハイ!! 高くても税込み八百円程度のお値段で食べられる、非常に馴染み深く思えてくる行きつけのラーメン屋に行きたい気分だなぁ!!!」
なんか、焦るがあまりにものすごく具体的な内容になってしまった。
まくし立てるように早口となったこちらの希望に、ユノは唖然とした顔でこちらを眺め遣ってくる。しかしすぐにも切り替えた彼女は凛と微笑みながら返答を行ってきた。
「それが柏島くんの希望であるならば、私は貴方の期待に沿えるよう全力で応えるまでのことよ。柏島くんの行きつけのラーメン屋へ案内してちょうだい。私個人としても、貴方がどのような店舗を好んでいるのか、興味があるわ」
「それなら、自分がよく友達と訪れているラーメン屋に案内しますよ。ここから歩きで十五分ほどの場所にあります」
「承知したわ。それじゃあ柏島くん、お店までのエスコートをお願いしましょうか」
そう言って、朗らかに笑んでみせたユノがこちらへ手を差し伸べてくる。
……他のホステス達と過ごしてきた日頃の成果を発揮する時か。
試験のような気持ちで、彼女の手を取った自分。そしてユノへと手で促しながら「では、参りましょう。付近は段差が多いので足元にお気を付けてください」と一言添えてから、自分はユノという淑女を案内して龍明の街中を巡り出していった。
ユノと過ごしたこの一日も、瞬く間に夕暮れ時を迎えることとなる。
ゲームセンターを出た後、ラーメン屋に訪れた自分らはそこで遅めの昼食を済ませていった。この際に一つ驚いたのが、ユノが店一番の辛さを誇るトウガラシ増し増しの激辛ラーメンをオーダーしたことだ。
カウンター席の隣で最恐と謳われるそれを注文し、どこか上機嫌なサマでラーメンを待っていたユノ。そんな彼女に対して自分は大丈夫なのかを問い掛けてみると、ユノは清々しい顔で「辛い物が好物なの。特にトウガラシ系統のヒリヒリとした辛味が私の好みとも言えるでしょうね」と答えてみせて、テーブルに出された真紅のラーメンに高揚感を抱いていた様子だった。
左耳付近の髪に左手を添え、気高き女帝の凛々しい顔ではふはふとラーメンを口にしていく。その額に汗を流し、それでもなお崩れない涼しげな表情と、とても満足げに辛味を堪能する彼女の横顔は生涯記憶に残り続けるほどの印象を覚えたものでもある。
店を出た後は、帰りに買い物をしてからアパートに戻ろうという話になったことで、自分はユノと二人でスーパーマーケットに向かうこととなった。
以前の同伴でも、デパ地下で買い物を済ませてからアパートに戻った記憶が蘇ってくる。その当時と似た流れで立ち寄ったスーパーマーケットで、自分はユノと何気無い会話を行いながら買い物を済ませていき、キャバレーの仕事を終えたホステス達を労われる程度のおつまみなどを袋に引っ提げながら、自分らはアパートを目指して歩き出していた。
既に陽が落ち始めていたその時刻。冬であることから尚更と暗くなるペースが速い薄暗がりの街中において、自分はふと目についた商店街の一角に注目しながら、そちらへと指を差しつつ隣のユノへと言葉を投げ掛けていった。
「あの、ユノさん。あちらで福引が行われているみたいです」
「えぇ、どうやらそうみたいね」
「先ほどのスーパーマーケットで、レシートと一緒についてきた福引券がありますから、よかったらあれだけ引いていきませんか? せっかく手元にあるわけですし」
「かまわないわよ。私は柏島くんの意向に付き従う。ただそれだけですもの」
柔らかく笑んできたユノの返答に、自分は「じゃあ向かいましょうか」とユノをエスコートしながら福引のコーナーへと歩み寄っていく。そうして、ちょうど列が途切れた頃合いに到達した自分らは手元の福引券を手渡していき、ハンドベルを手に持つ担当の男性に促されたことで抽選機を回すことになったのだが……。
流れで自分が回すことになっていた現在の状況。しかし、自分は思いついたようにユノへとそれを催促していった。
「あの、ユノさんが引いてみてください」
「私が、かしら」
完全に油断していたのだろうか。ちょっと意外そうな顔を見せてきたユノが、僅かながらに見開きながらこちらを見遣ってくる。
それでいて、ハンドベルを持つ五十代ほどの男性も「お姉さん! どうぞどうぞ引いていってください!!」と食い気味に言葉を掛けてきたことによって、ユノは流れに従うまま「えぇ、それじゃあお言葉に甘えて」と言って抽選機を回し始めていった。
尤も、皆の視線は彼女に向いていたものだ。
見惚れるように注いでいた、周囲の注目。だからなのか、ユノに言われるまでその場の皆は、抽選機から出てきた赤色の玉に気付くことができずにいた。
赤色の玉は……二等。
途端にして鳴り響いたハンドベルの音。共にして担当の男性から「よっ二等です!! おめでとうございます!!! お姉さん、二等が当たりましたよぉ!!!」と言葉が掛けられると、次にも景品なのだろう“そのぬいぐるみ”がユノへと手渡されたのだ。
それは、青色の体色と白色のお腹が実にチャーミングなペンギンのぬいぐるみだった。全体的に真ん丸なボディと、小さな手と足がとても可愛らしい、ふわふわでもちもちな感触の可愛いぬいぐるみ。
だが、特筆すべきはその大きさだった。
真正面から見たら、この自分の上半身が丸々と隠れてしまうそれの全長。もちろんユノの上半身もぬいぐるみで隠れてしまい、からがらと見えている彼女の頭部が何ともシュールな光景を生み出していく。
直にも、ぬいぐるみの腹をギュッと抱きしめて顔を覗かせてきたユノ。この光景もまた、凛々しい女性が可愛らしいぬいぐるみを大事そうに抱え込んでいるというシチュエーションを生んでいたことから、自分を含めて周囲の人間はそのギャップに悶えたことだろう。
担当の男性に見送られ、アパートを目指して歩き出した自分とユノ。その間もユノはずっとペンギンのぬいぐるみを抱きしめていたものだったから、道行く人々の視線を掻っ攫っていたことはまず間違いない。
この状況には、さすがにユノもちょっと気まずそうな顔を見せていく。しかし、ぬいぐるみ自体は気に入っていたようで、これに対して彼女は一切と恥じることはなく、視線に慣れてからはむしろ堂々とした風格でそれを大切に抱きしめていた。
表通りから逸れて、アパートまで続く一本道に出てきた自分達。それでもって、すぐにもこの道の脇には
無論、巨大なぬいぐるみを抱えるユノという構図は、見慣れない勝負服姿も相まって、店で控えていたホステス達から実に大好評だったことは言うまでもないだろう。