※この作品はR-18です。

俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活   作:祐。

45 / 82
第45話 La tentation du vert 《緑の誘惑》

 シュラとの同伴当日。…………の、数日前の出来事。

 

 Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)で昼食を済ませた自分。空になった皿を前にナプキンで口を拭い、それじゃあ店を出るかと腰を持ち上げようとした時のことだった。

 

 コツコツという足音を立てながら、タブレットを手に持つタキシード姿のユノが歩み寄ってきた。彼女はいつも出口まで見送ってくれるため、今日もそのためにわざわざ来てくれたのかと自分は軽く会釈を行っていく。だが、そうして目が合った彼女は凛々しく微笑んでくると、次にもそれを喋り出してきたのだ。

 

「今日のお食事はいかがだったかしら。今回のメニューも柏島くんの口に合ってくれたのならば幸いよ。……ところで、少しだけ時間をいただけるかしら」

 

「あはい、いいですよ」

 

 こちらの返答を聞き、ユノは「ありがとう、柏島くん。そんなに時間は取らせないわ」と口にしながら柔らかく笑みを浮かべてくる。それから向かいの席に座ろうとしたため、自分は皿を端へ退けつつ彼女の様子をうかがった。

 

 イスに腰を下ろしたユノは、持っていたタブレットをテーブルに置いてくる。共にして、端末を操作しながらとある相談を持ち掛けてきた。

 

「ホステスの同伴予定をまとめたスケジュール表を確認していて、少々気掛かりに思う点を見つけたの。貴方も既に察しはついているでしょうけれども、シュラとの同伴に関して、こちらから少しばかり相談したい話があるの」

 

 そう言って、スケジュール表を映したタブレットの画面を見せてくるユノ。自分はそれを覗き込んでいくと、そこにはシュラの名前の欄の、その同伴相手の名前の欄に『ニーチャン!!』と記入されている様子が確認できた。

 

 自分はそれを見て、「はい、シュラと同伴する予定がありますが、何か不備でもありましたか……?」と恐る恐る尋ね掛けていく。この問い掛けに対してユノは、些か真剣な眼差しで話し出してきた。

 

「不備ではなく、不安、かしら。シュラというホステスの身元確認を店側で済ませてある以上、彼女も紛う事なきLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の一員であることは私が保証するわ。ただ、彼女は元鳳凰不動産の人間。それも、本来であればスパイとして送られてきた、敵勢力の諜報員。私個人としてもシュラという人間を信頼している一方で、やはり万が一の事態を考慮した際には、どうしても貴方とシュラを二人だけにする場面に、不安を拭い切れない部分があることもまた事実」

 

「やっぱりそうですよね……。前回も初詣で少しばかり遠出はしましたが、今回は海まで赴く関係上、龍明からかなり離れますからね。ホステスの皆さんの目が届かない場所に、シュラと二人でお出掛けというのも、ユノさん達からしたら不安しかありませんよね……」

 

 まぁ、憂いに思うのは当然だろう。

 鳳凰不動産は、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)を目の敵にしている反社会的勢力の一つ。特に自分は、彼らに拉致されかねない状況下に置かれているため、そこから送られてきたシュラと二人きりになる状況というものは、普通に考えれば危険極まりないことだっただろう。

 

 自分もそれを承知していたからこそ、ユノの顔色をうかがうように「では、同伴の予定は取り消しにしますか……?」と尋ね掛けていく。だが、彼女からの返答はこういった内容のものだったのだ。

 

「いえ、その必要は無いわ。シュラは貴方という人間に執着とも言える好意を寄せている人間であり、柏島くんとしても彼女との同伴は前向きに考えていることでしょう。ですから私としても、貴方達の楽しみを奪い去る形で予定を取り消すつもりなど毛頭無いわ」

 

「えっと……では、俺はどうしたらいいでしょうか……?」

 

「柏島くんは、普段通りシュラとのお出掛けを満喫してちょうだい。その代わりとして、同伴当日、私も変装した姿で乗船するわ。貴方達の邪魔をしないよう尾行する形で、こっそりと、ね」

 

 

 

 

 

 汽笛と共に出航した大型の客船。真上まで見上げてしまえる巨大な船体は、汽笛の音も相まってか豪快な存在感を放ちながら海へと駆り出されていく。

 

 シュラとの同伴当日。朝方から出航した客船は、東京湾を遊覧する観光を目的に海上を巡り出す。

 その姿は、ずっしりと構えた要塞の如き安心感を与え、されど施された優雅な装飾と丸みを帯びたフォルムの形状がまた、堅苦しさを絶妙に相殺する、気品溢れる豪胆さを演出していた。

 

 波打つ海上に揺られ、甲板にいた乗客が喜びの声を上げながら写真を撮ったりなどする光景。その間にも客船はゆっくり、のらりくらりとした航路を辿る一方で、大海を掻き分ける力強い前進が心強くも思えてくる。

 

 朝日を浴びながら甲板の手すりに掴まる自分とシュラは、そこから眺めた一面の海の景色に感嘆の声を出していった。

 雄大かつ無限なる青の大自然。命が誕生し、全ての生物における始まりの場所とも言えるだろうこの海原は、ある意味では自分達の実家であるとも表現できるのかもしれない。

 

 凍えていながらも澄んだ潮風が流れ込んでくる。若干と強風でもあるそれに、シュラは被っていたキャップを手で押さえていく中、自分も隣にいた彼女の頭を抱き寄せるようにしたことで、二人でシュラの帽子を守っていく。

 

 で、流れでくっ付いた自分らは、そのまま肩を抱き寄せるようにもして密着しながら景色を眺めていった。

 

 気持ち、こちらの頭も寄せることで、コツンと頭部の側面も合わせていく超密着。そこから、自分が着ている余裕あるパーカーで覆い被さるようにして、シュラが着ていたオフショルニットの両肩を潮風から守っていく。

 

 一連の動作を交えてから、この胸元でこちらへ振り向いてきたシュラが快活に微笑んでくる。かと思えばシュラは、「ニーチャンの身体、温かくてええわぁ」と言って身を委ねるよう寄り掛かってきたため、自分もシュラの肩に腕を回して、二人でくっ付いた状態で海上の景色を眺めていたものだ。

 

 さすがに、ウミネコといった鳥の姿はうかがえなかった。尤も、シュラというホステスと一緒に客船を満喫しているという実感こそが、何よりの至福であることは確かでもあったが。

 

 彼女の帽子が飛ばされないよう自分が手で押さえつけ、身を寄せ合うように頭を傾けていく。こうして船体に揺られながら真冬の海を眺めていたところで、シュラは穏やかな表情でそれを喋り出してきた。

 

「ほんま、たまにはこないなお出掛けも乙でええもんやなぁ。ニーチャンと二人っきりで海を楽しめるショートクルーズの旅……。なんちゅうんか、龍明では絶対に体験できひんスッキリ爽やかな空気感がな、潮風の寒さと一緒に身に染みてきて、それが幸福感っちゅうか、至福のひと時っちゅうんか。とにかく、そっから溢れ出る充実感がごっつ気持ちええねん!!」

 

「本当にそう思うよ。……実を言うとね、俺は正直、事故の可能性も考えちゃってか、船に乗ることにちょっとだけ抵抗があったりしてたんだ。でも、この雄大な景色を間近で見られる貴重な体験の他に、船内には海底が見えるガラス張りのレストランとか、船の一番高い場所で満喫できる混浴の大浴場とか、いろんな設備が用意されているもんだからね。記念として一緒に写真を撮るだけでも楽しいのに、それに加えて船内の設備も充実しているのを知ってからは、今では一日だけしかここで過ごせないことにもどかしささえ感じちゃったりしているよ」

 

「せやったら、またウチと来ればええだけの話やろ?? あぁせや、今度はホステスのネーチャンらも誘って、三泊四日の慰安旅行でも計画しようや!!! なぁ、どやどや、ナイスでグッドな提案やろ!? な!?」

 

「ぜひともそうしたい気持ちは山々だけど、さすがに一泊二日でも結構な値が張るからなぁ……。レダやノア、ユノさん辺りはついてきてくれそうだけど、節約をしているラミアやメー、ミネとかは来てくれなさそうかも」

 

「それをニーチャンが説得してみんなを連れてくるんやろ?? 全員ニーチャンのえっちなテクニックで落として言いなりにすればええだけの話やし、慰安旅行はこれで決まったも同然やな!!!」

 

 と言って、シュラは左手を持ち上げてくるなり、中指と薬指の二本を高速で曲げたり伸ばしたりするジェスチャーを行ってきた。

 

 公共の場で繰り出してきた彼女のハンドサインに、自分は「こらこら」とシュラの頭を撫でながらゆっくり手を下ろさせていく。これにシュラはとても満足げに微笑みながらも悪びれない様子で「えへへッ」と口にしてきたから、自分はちょっとだけ先が思いやられる気持ちになりつつ、ふと他所へと視線を投げ掛けていった。

 

 ……たま~に感じられる、鋭くも熱い視線。

 何となく投げ掛けた視線の先。同じく甲板に立ち、手すりに寄り掛かるようにしながら悠々と電子タバコを嗜むその人物。

 

 羽織っている黒色のもふもふコートに、トップスインスタイルの白色ブラウス。そして、脚のラインが浮き上がる黒色の裾スリット入りワイドパンツに、スリットから覗く艶めかしい色白の肌を際立たせた黒色のブーツというその風貌。

 

 加えて、ブラウスのボタンは二つ開いていることから美しきバストが強調されており、それ以前にも掛けているサングラスが似合いすぎていたことから無駄にオーラを放ってしまっている。そして、電子タバコを片手に口から煙を吐く佇まいが、キケンな香りを醸し出しながらも興味をそそる、正体不明の魅惑的な人物という印象を作り上げてしまっていた。

 

 …………変装とは一体……?

 

 心底からの疑問。たまにチラッと見遣ってくる“彼女”の視線がまた、本気で空気に溶け込んでいる様子を感じさせてしまう。

 

 ……バレるのも時間の問題だろうなぁ。

 内心と共に焦りの汗を流してしまった自分。そんなこちらの様子にシュラは見上げるようにしながら「ニーチャンどしたん? なんやええ景色でも見つけたんか!?」とノリノリで振り向こうとしたものだったから、自分は慌てて誤魔化すようにシュラをこちらへ振り向かせ、なるべく“彼女”が視界に入らない位置へとシュラを移しながら、記念の写真を撮ろうなどと提案したりしたものだ。

 

 

 

 

 

 それからというもの、自分はシュラと共に過ごすショートクルーズの旅を存分に楽しんだ。

 

 海を背景に、彼女とのツーショットを写真に収めていく。主に、自撮りのような角度で映り込んだり、時には他の乗客に撮影を頼んだりして、二人と過ごした思い出をデータとしてしっかりと残していった自分達。

 

 甲板での時間を満喫した自分らは、小腹が空いたということで船内に設けられたレストランへと足を運んだ。

 

 キャバレーであるLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)みたいに煌びやかとした空間。だが、華やかさとは異なる、上品で落ち着いた高貴な煌めきが特徴的だ。

 

 尤も、この空間の最大の特徴は、壁一面がガラス張りになっている内装とも言えただろう。

 アクアリウムのように広がる、壁一面の水中模様。船底とも言える場所に設けられたこの空間は、今も進行する客船に合わせて流れ往く水中の有様を生み出しており、それは決してCGによるプロジェクションマッピングなどの映像ではない本物の海底そのものを映し出している。

 

 泳ぎ回る魚達は群れを成し、揺らめく海藻は水流に身を任せていく。その、生命の神秘に満ち溢れていながらも、まるで深淵に吞み込まれるような恐怖感も伴う光景を前にして、自分らは水族館などでは味わえないリアルな水中体験に感嘆の声を漏らしたりした。

 

 この現代に、こんな構造の客船などあり得るだろうか。

 夢が詰め込まれた理想的な設備に思わず胸が高鳴ったものだが、驚くべき要素はそれだけではない。このショートクルーズの醍醐味の一つとして、なんと、アクアリウムのようなこの空間で食事も行えるサービスが提供されているというのだ。

 

 バーカウンターやビリヤード台が設置された、落ち着いた雰囲気のレストラン。モダンな香りも漂うこの空間では、壁一面に広がる海の中を眺めながら、ちょっとだけ豪華な海鮮料理を堪能することができるというもの。

 

 今回頂いたのは、東京湾で捕れたという伊勢海老の活け造り。丸々一匹を使用したそれは美味でありながらも値が張ったため、自分らは二人で一匹を分ける形で頂いた。

 

 豪華な食事を終え、満腹ではないにしろ満足した自分とシュラ。二人で「美味しかったねー」と感想を伝え合っていくその最中にも、次に行こうと決めていた客船の一番高い位置にある大浴場へと足を運んでいた。

 

 海を展望できる高さと、心地良い湯も満喫できる極楽な空間。混浴風呂であるためタオルを身に着けながら利用するこの設備には、上品で煌びやかな灯りの他、大理石の床やリゾートを彷彿とさせる植林なども見受けられていく。

 

 加えて、ラベンダーのアロマが高級感を醸し出してくるこの空間を、自分とシュラもタオルを身にまといながら心行くまで堪能した。

 

 湯に浸かりながら海の景色を眺める、極上のひと時。この世のしがらみ全てから解放されたかのような快適さが、現代で疲労した心や身体を癒してくれる。

 

 シュラと二人で寄り添い、湯の中で手を繋ぎながらそのひと時を味わっていく。そうして温まった身体は真冬の潮風さえも心地良く感じさせ、風呂を後にしてから再び訪れた甲板の上においては、まるでドッグランに連れてきてもらった犬のように駆け回ったりなどして、自分らは共に過ごす二人だけの時間を存分に楽しんだものだった。

 

 

 

 

 

 楽しいと思える時間ほど、あっという間に過ぎ去っていく。

 

 食事や大浴場の他にも、船内で行われたトークショーだったり、内蔵されていたフィットネスジムで軽く運動を行ったりなどの、様々なイベントや設備でショートクルーズを満喫した自分達。

 

 移動中の船内なんかでは、ふと視界に入った尾行中の“彼女”が、他の女性客を口説き落としている場面などにも出くわしていく。それを見た自分は、内心で「ナンパしてる……」と思いながらも通りすがったりして、各々が船内で過ごす時間を大切にしていたものだ。

 

 こうして、直にも下船の時刻が迫ってきた。

 もうじき船を降りるからということで、船内の物販コーナーを見て回っていた自分とシュラ。落ち着いたクラシックの音楽が流れる部屋の中、自分は饅頭の入った箱を手に取りながら彼女へと話し掛けていく。

 

「みんなに買っていくお土産、なかなか決まらないもんだね。どれも魅力的で、俺だけじゃ選び切れないよ。シュラだったらさ、ホステスの仕事終わりとかにどんなものを差し入れしてくれたら嬉しいとか、あったりするもんかな?」

 

 そう言って、喋りながら隣に振り向く自分。だが、そこには隣にいたはずのシュラの姿が見えなかったことから、自分は不思議に思いながらも周囲を見渡した。

 

 わずかながらによぎった嫌な予感。だが、その不安はすぐにも振り払われていく。

 付近のぬいぐるみコーナーで、何かを抱え込んだ彼女の背中。そしてこちらへ振り返ってくると、シュラは子供のように天真爛漫に微笑みながら、黄色いエイの巨大なぬいぐるみを抱き抱えた状態で駆け寄ってきた。

 

「ニーチャンニーチャン!!! エイや!! エイエイ!!!」

 

「あはは、そうだね。見るからにエイだ。いや、これマンタかな?」

 

「別にどっちでもええやろ。それよりもウチ、これ気に入ったわぁ! せやからもう決めた!! この子、絶対に買って帰るで!! そんでニーチャンの部屋に飾っとく!!」

 

「俺の部屋に置くんかい」

 

「ええやろ。ニーチャンの部屋は、ウチの部屋や。そんでもってな、ニーチャンを抱き枕にしながらな、ウチとニーチャンの間にこの子を挟んでイイ夢見るんや~!!!」

 

 心からの喜びで可憐に喋るシュラは、そう言いながらエイのヒレを持ってこちらをペシペシ叩いてくる。その間も「エイ、エイエイ!!」と声に出していたものだったから、自分は苦笑いをしながらもシュラの頭を撫でていった。

 

「わかった、それじゃあその子を買って帰ろうか。みんなへのお土産は……まぁ、乗り場のターミナルにある売店でも覗いていけばいいかな」

 

「イェーイ!!! エイやエイ!! 空前絶後のダイナミックエイエイ祭りの開催や!!!」

 

「あっははは、なんだそれ」

 

 勢いで喋るシュラの頭を撫でていき、彼女を一旦落ち着かせていく。それからエイのぬいぐるみを購入し、それを入れた袋を自分が持ちながら、もう一度だけシュラと一緒に甲板へ訪れた。

 

 ……沈みかけの夕日を目にして、途端に虚しさがよぎり出す。

 

 視界には、自分らが降りる港が見えていた。

 この、夢のような時間も終わりを告げようとしている。それを実感するだけで自分は憂鬱に思い始め、目前にした現実についつい顔をしかめてしまっていたことだろう。

 

 だが、それ以上に悲しげな様子を見せていたのは、隣にいたシュラの方だった。

 あれほど快活な笑顔を見せていた彼女は、今では泣き出しそうな顔をしながら俯いていた。この様子に自分は「シュラ?」と言葉を投げ掛けていくのだが、彼女からの返事は無い。

 

 ……次にも、シュラは無言でこちらに抱き付いてきた。

 ドンッと体当たりするようにぶつかり、そのままこちらの両腕ごと強く抱き締めてくる彼女。シュラのそれに自分は様子をうかがう視線を投げ掛けていると、直にもそっぽを向くように海を見遣った彼女は、呟くようにその言葉を口にし始めたのだ。

 

「なぁニーチャン。…………このままウチと一緒に、ホステスのネーチャンらも知らん場所に移り住まへん?」

 

「……シュラ?」

 

「Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の人間も、鳳凰不動産の人間も。ウチらの親族や友人も、誰も知らへんような場所に移り住むんや。そんで、ウチとニーチャンは本当の家族になって、誰にも狙われへん平穏な人生を、穏やかに、朗らかに、そして来るべき最期の時まで一緒に過ごしていく。……どうや、そないな未来も悪くないとは思わへん? ウチはアリやと思うんやけど、ニーチャン的にはどう思う?」

 

 顔を擦り付けるようにしながら、こちらを見上げてくるシュラ。

 その瞳は光り輝いていて、それでいて虚しい視線を送り付けている。彼女の眼差しは訴え掛けるように力強く、こちらに淡い期待を抱き、頷いてほしそうにじっと見つめてきていた。

 

 ……包み隠すことのない本心。

 同意してほしい。必死になって訴え掛けるシュラの瞳を前にして、自分は何て返答をすればいいのかの最適解を考え続けてしまう。

 

 そんなこちらを察してなのだろうか。次にもシュラは、フッと鼻で笑うようにしながら喋り出してきた。

 

「……冗談や。今の言葉、本気にせんといて」

 

「…………」

 

「ニーチャンがそないな顔をする必要はあらへん。大丈夫やって、ウチは今でも十分幸せや。ニーチャンと一緒に居られる。それだけでウチは、今までの人生が報われたような気分になれるんやからな」

 

 しみじみと言葉を口にしながら、ゆっくりと離れていくシュラ。そして向かい合う形でじっと見つめてきた彼女を暫し眺めてから、次はこちらからシュラを抱き締めていった。

 

 離さない。何があっても、自分からは絶対に。

 手に持つ袋が擦れる音。共にして、抱き抱えるように強く抱き締めたこちらの抱擁に、シュラは一瞬だけ驚きながらも温もりを受け入れてくれたものだ。

 

 冷たい潮風が吹き抜ける空間。しかし、シュラの体温がこの身体を、心まで温めてくれる。

 少しして、シュラもお返しするように抱き締めてきた。そうして、夕暮れの甲板の上にて、自分とシュラは互いに離れないように、力強く、愛情を込めながら抱き締め合っていった。

 

 

 

 

 

 夢の時間は終わり、自分らは船着き場に着いた客船から降りていく。

 

 またここを利用しよう。そして今度は、ホステスのみんなと一緒に来よう。それをシュラと強く約束しながら客船を後にして、その足でお土産を買うために、自分達はターミナルの売店に立ち寄っていた。

 

 エイのぬいぐるみが入った袋を片手に、二人で店内を巡っていく。そして大福やカスタードケーキ、羊羹などの甘い物を中心に見繕い、袋を両手に提げながら電車に乗って、龍明の街に戻ってくる。

 

 磯が香る潮風の爽やかな匂いから一転とした、黄色く淀んだ空気が全体に漂う市街地。だが、この光景に不思議と実家のような安心感を抱きながら見慣れた道を辿り、いつも来ているLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の店前を横切って、その小道を歩み進めていく。

 

 いつもの日常。帰ってきた景観を眺めながら歩いていくその道中、隣にいたシュラは思い返すように喋り始めてきた。

 

「あ~ぁ、またいつものホステス生活に後戻りかいな。別にホステスが嫌っちゅうわけやないけど、立場が立場やしなぁ。……あ~ぁ、ずっと船ん中に居たかった。なんなら、あの船を丸ごとジャックして、ウチとニーチャンと、女帝のネーチャンの三人で龍明からバックれんのもアリだったかもしれへんなぁ」

 

「しれっと恐ろしいこと口にするじゃん。……ん?」

 

 三人……?

 耳にした単語に遅れて気が付いた自分。こちらの反応にシュラは振り向いてくると、平然とした顔でそう言葉を続けてきたものだ。

 

「せやろ? 後ろからついてきとったの、女帝のネーチャンやろ」

 

「もしかして気付いてたの?」

 

「もしかしても何も、あないなオーラ醸し出しとる人間、女帝のネーチャン以外におらへんやろ。あないな存在感、嫌でも目に付くわ」

 

「あぁ……まぁそうだよね。俺もそれは思ったかも」

 

「しかもネーチャン、ウチらが龍明の駅に戻ってきたのをちゃんと見届けてから、船でナンパしたジョーチャンをホテルにお持ち帰りしとったしな。結局、女帝のネーチャンは何しに来とったん? ニーチャンなんか知っとる??」

 

「え、お持ち帰りってなにそれ。なんか俺よりも詳しくない……?」

 

 というか、俺の護衛はどうしたんですか……。

 最強の用心棒がいつの間にか離脱していた事実を知り、急に心許ない気持ちに苛まれた自分。そんな、肉欲に負けた“彼女”に汗を流していく最中にも、隣にいたシュラはこちらに肩をくっ付けながら、上目遣いを交えた健気な言葉でそれを口にしてきたのであった。

 

「そないな顔せんといてや。大丈夫やってニーチャン。だってニーチャンの傍には、ウチがついとるからな!!! ……ウチがおる限り、ニーチャンには誰にも手出しさせんで。ウチも女帝のネーチャン同様に、れっきとしたLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の一員なんやしな!!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。