俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活 作:祐。
終業時刻となり、本日の営業を終えたキャバレーの
何気無く振り向いていった、背後の様子。するとそこでは、音も無く忍び寄っていたのだろうタキシード姿のシュラが、こちらと目が合うなりビクッとして立ち止まるサマを見せてきた。
ジリッ…………。
猫を彷彿とさせる瞳と、飛び掛かろうと身構えたその姿勢でこちらと向かい合うシュラ。共にして謎の緊張感が漂い始めていたことで、自分もまた空気を読むように息を呑んで彼女の様子をうかがっていく。
心なしか、シュラの尻には喜びでフリフリする犬の尻尾のようなものが見えた気がした。そんな属性も兼ね備えた彼女と暫し見つめ合っていると、直にも空気に耐えられなくなったシュラは、端的に「ニーチャンッ!」と声を出しながら、猫のように飛び掛かってきたものだ。
真正面から彼女を抱き留め、よしよしと頭を撫でていく。これにシュラは一層と機嫌を良くしたのだろうか、次にも彼女は甘えるような表情で、こちらの懐に頬を擦り付けながらそう喋り出してきた。
「ニーチャァン、ニーチャァン。今日も頑張って乗り切ったウチのこと、ぎょうさん褒めてや~」
「よしよし、今日もたくさん頑張ったね。えらいよ、シュラ」
「えへへ……っ。ニーチャン……ニーチャン……」
表情や仕草には出さないものの、シュラは疲れていると途端に甘えん坊になる……ような気がする。
あと、頑張った自分への褒め言葉も求めてくる。
段々と分かってきた、シュラというホステスの性格。彼女の傾向に合わせて、自分も期待に応えるよう言葉を掛けながら頭を撫でていく。すると、シュラはこの胸の中で溶けるように寄り掛かり、今にも眠ってしまうんじゃないかと思わせるくらいの脱力具合で、こちらに身を委ねてくるのだ。
うっとりとした顔で、自分に抱かれていたシュラ。彼女はそんなひと時を暫し堪能すると、充電が完了したかのように再び動き始め、こちらの手を無邪気に取りながらエントランスのある通路を指差していった。
「せやった。ニーチャン、今日はあっちで仕事終わりのミーティングをしたんや。今ならたぶん、出勤してたいつメンのホステスとか、あとはオーナーなんかもおると思うで」
「今日は珍しく、いつものみんなが勢揃いしていたもんね。荒巻オーナーもいるのなら、挨拶を兼ねてちょっとだけ顔を出しに行こうかな」
本日の営業では、ユノから始まり、ノアまでのいつものホステスが全員出揃うという珍しい光景が展開されていた。その代わりに他のホステスが同伴などで出払っていたため、今日の切り盛りはその七人を中心にして行われていたものだ。
彼女らの他にも、クリスや荒巻という面子に、先日にも出戻りの形で再就職したハオマという従業員兼臨時ホステスの女性が居たことで、各々は業務なり私用なりで姿を見せてくれていた。
今まで出会ってきた人物らが大集合。そして皆がエントランスに集まっているということだったので、自分はシュラに案内してもらう形で、彼女と共にそちらへと向かい始めていく。
道中では、シュラは悪戯に左手を伸ばして、「ニーチャンのオニーチャン」と言いながらこちらの“モノ”を握りしめるように触れてきた。それを「こらこら」と反応して手を退けるなどのやり取りなんかを交えながら、自分は到着したエントランスの光景を遠目から眺め遣っていく。
エントランスのカウンター前。本日の業務を終えた八名の従業員と一名のオーナーが、それぞれ和気藹々と談笑している光景。主に、ラミアとノアで何かを話していたり、メーとの会話で顔を赤らめるミネの姿や、レダとクリス、荒巻の三名で穏やかに会話を交わすサマなどが見受けられる。
その中で、カウンターに両肘をついたタキシード姿のユノは、オレンジ色のシャツに黒色のタキシードを纏うハオマへと、凛々しくも身を乗り出すようにしながらその言葉を投げ掛けていた。
「ハオマさん。今宵の貴女も、マリーゴールドの花の如く実にお美しい。その柔和な人柄と、艶やかな大人の美を兼ね揃えた貴女という存在は、刺激を追い求めし来店客に留まらず、私という一人の個をも魅了して、虜としてしまうのです」
百六十四ほどの背丈であるその女性ハオマ。美貌はさることながら、大人の落ち着いた雰囲気と、おっとりと、しっかりとした佇まいに、ミカンのようなオレンジ色の瞳と、彼女から見て左側に結った、同色のサイドテールが特徴的な従業員だ。
色気と可憐さを両立した年長者の彼女が
「貴女の帰りを心から待ち望んでおりました。今、こうして再び貴女と相見えることができたこの喜びは、言葉などの上辺の表現では形容できないほどの感極まる光栄に満ち足りていて、それは今も私の明日を照らす希望の光として、シャンデリアの如き恍惚な煌めきを伴いながら輝いているのです。……さぁ、私達の再会を祝し、乾杯を交わしましょう。そして願うならば、貴女という麗しき女性と過ごす情熱的な一夜を、私は心より所望するわ……」
「ちょ、ちょっとちょっと!? ユノちゃん落ち着いてっ!! あ、相変わらず顔が良い……じゃなくって! 私はユノちゃんのことも理解しているつもりではあるけれど、よ、夜のお供なら、わざわざ私のようなおばさんなんかじゃなくって、もっとこう、周りにいる若い子の方が絶対に良いと思うよ!!?」
「いいえ、今宵の晩餐はハオマさんが相手でなければいけません。私の内なる渇望が、ハオマさんという女性を心から欲しているのですから……」
凛としたサマを繕っているつもりなのだろうが、今のユノは澄ましたようなイケメン顔で猛獣が如き眼光を放ちながらハオマを見つめていたものだ。
肉欲が溢れ出てしまっている。
ハオマという獲物を見据えた一匹の女帝が、欲望に掻き立てられるようにグイグイと迫っていく。この様子に、傍で見ていたラミアは呆れ気味に「ちょっとユノさん、発情するなら他所でしてくださいよー」と口にして、レダもまた何気無い様相で「すごいメスの匂い。性欲を限界まで溜め込んでいたのねぇ」なんて口にしていった。
まぁ、よく見受けられる光景でもあった。
シュラを連れて、自分も合流するように顔を出していく。そんなこちらの足音で皆は振り向いてくると、一同はそれぞれの「お疲れ様」を口にして、快く迎え入れてくれた。これに自分も「皆さんもお疲れ様です」と挨拶を伝えていく中で、ふと腕を組んで佇んでいたクリスが、不敵な調子でそれを喋り出してくる。
「フフッ、これで当時の役者が全員揃ったとも言えるのかな」
彼の言葉に、ユノは姿勢を直しながら向き直っていく。その表情は真剣そのものであり、また、クリスに対する遺憾などの感情も読み取れた。
直にも、彼女は返答するように言葉を口にする。
「クリス、貴方が独断で物事を語ることに、私は不吉なる予感を抱いてしまえて仕方が無いわ。特に、柏島くんという特別なお客様も立ち会っている以上は、あまり余計な事を口にしないよう発言には細心の注意を払いなさい」
「君って本当に、僕に対する信頼が無いよね」
「当たり前でしょう? 常日頃の言動を顧みなさい」
「そう警戒しないでほしいな。ただ、ここに揃ったメンバーが奇しくも、“過去の最終決戦で居合わせたメンツと一緒だった”なと、そう思っただけだからさ。まぁ、中には当時の本人ではなく、その血筋による因果によって引き寄せられた別人だったりも混じっているけどね」
と言って、こちらを見遣ってきたクリス。彼の言葉に、ユノは頭を抱えるようにしながらため息をついていくその脇で、荒巻は右手を顎につけながらも感慨深そうにこれを口にし始めてくる。
「んま、クリスちゃんの言いたいことは分からなくもねぇ。如何せん、鳳凰不動産とのケリをつけに行こうとした柏島さんにお供する形で、オレちゃん達はその仲間として一緒に戦ったモンだからな。……当時は、鳳凰不動産に協力する三つの異なる組織も存在していて、そいつら皆、共通の目的を持って動いていた。だからオレちゃん達もまた、四つのグループに分かれて、それぞれが、その組織らの野望を食い止めるべく殴り込みを仕掛けたモンだ」
荒巻が話す最中にも、ミネがこちらに歩み寄ってくる。そしてさり気無くこの右腕に抱き付くようにくっ付いてきたものだったから、自分もまたもう片方の手で少女の頭を撫でていった。
で、荒巻は自身の顎を撫でるように指を動かしていく。そこから天井を仰ぐような視線を投げ掛け、その詳しい過去の出来事を呟くように説明し始めたのだ。
「あの日、ブラッディムーンと呼ばれる、科学でも説明がつかない異様な自然現象が起きたことで話題になったな。それも、記録的豪雨の大雨が降り注ぐ曇り空の中で、まるで血のように赤黒く染まった満月が雲越しに光り輝いていた。……不吉な予感を告げるかのようなその現象は、世間の関心を悉く搔っ攫っていったな。だが……世間が空に夢中となっていたその裏で、龍明の街中では、柏島さんの最終決戦が繰り広げられていたのよ」
ブラッディムーン。これは、自分の記憶にも未だ鮮明と残る、とても不可思議な印象を受ける現象だった。
豪雨の曇天で輝く深紅の月。夜の龍明に浮かび上がっていたその光景を、自分も窓から眺めた記憶がある。同時にして、ブラッディムーンが見られたその日の夜、銀嶺会と所属不明の組織が龍明市内で激しい抗争を起こしていたことを後日知ることとなった。
事実は小説よりも奇なり。当時の話題を思い出すように、これらを脳裏によぎらせた自分。それの頃合いを見るかのように、荒巻は説明を続けてくる。
「当時、鳳凰不動産は三つの他組織と協力関係にあった。それぞれ、鳳凰不動産と親しい間柄にあったスーパーゼネコンの会社と、人身取引を主とする裏社会の巨大な組織、そして、当時の銀嶺会を裏切った元本家若頭が率いる自警団。この三つの組織と、まぁ……日本の乗っ取りを計画していた鳳凰不動産はその日、最終工程として海外のギャングやマフィアを日本に呼び込もうとしていたんだ。で、それを食い止めるべく、オレちゃん達は四つのグループに分かれて、それぞれの組織の下へと殴り込みを仕掛けた」
もはや、別次元の話だ。
現実で起きた実話を聞かされている気になれない、とんでもない情報の数々。膨大なそれらに自分は困惑気味に耳を傾けていく中で、荒巻は話を進めてくる。
「当時、柏島さんの下に集って彼の計画に協力したのが、オレちゃんとユノちゃん、鳳凰不動産に捨てられたクリスちゃんと、ホームレスをしていたレダちゃん、それと、当時から銀嶺会の看板娘として奔走していたノアちゃんの計五名。オレちゃん達は銀嶺会やその他様々な組織から人員を借りて、オレちゃんはノアちゃんと共に銀嶺会を裏切った元本家若頭の下へ、ユノちゃんは人身取引の裏社会組織へ、クリスちゃんとレダちゃんは本件の参謀だったスーパーゼネコンの幹部の下へ、そして柏島さんは単独で鳳凰不動産の下へと殴り込んだ」
壮大なスケールで展開されたのだろう一件。世間ではそれほど注目もされなかった陰の救世主達の武勇伝に、引き続き意識を向けていく。
「それぞれ、オレちゃんとノアちゃんは龍明の市街地ど真ん中へ、ユノちゃんは裏組織の拠点である地下の廃坑へ、クリスちゃんとレダちゃんはゼネコン会社の幹部が身を潜めていた建築途中のビルへ、そして柏島さんは鳳凰不動産本部のビルへと駆け付けた。そこでオレちゃん達は全身全霊の命懸けの死闘を繰り広げたモンなんだが、今、名前が挙がらなかった残りのメンツとは、その現場で出会うこととなったモンだ」
ミネはともかく、まだラミア、メー、シュラ、ハオマの名前が出ていない。彼女らの姿を見渡すように確認しながらも、荒巻の言葉へと耳を傾ける。
「まず、オレちゃんとノアちゃんが向かった龍明の市街地。そこには、鳳凰不動産関連の影響で抗争に巻き込まれていた顔見知りのハオマちゃんがいた。もう、既にオレちゃん達は出会ってあったからな。そこで、豪雨の中、オレちゃんはノアちゃんと共にハオマちゃんを守りながらも、銀嶺会元若頭とサシで殺り合って、オレちゃんが何とか勝利した。ユノちゃんが向かった裏組織の拠点には、連中に捕まって奴隷として働かされていたラミアちゃんとメーちゃんが存在していてよ、その組織の親方はユノちゃんがぶっ飛ばしたことで、ラミアちゃんとメーちゃんはユノちゃんの手によって救出されたんだ」
壮絶な経験の数々。ラミアもメーも、ハオマも俯き気味に視線を背けてくる中で、荒巻はその説明を続けていった。
「クリスちゃんとレダちゃんのところでは、特に誰かと出会うことはなかったみたいだな。それ以上に、クリスちゃんとゼネコン幹部による銃撃戦が激しかったみてぇだし、最後は、レダちゃんが持ち込んだ爆弾で幹部ごとそのビルをド派手に爆破したらしい。そして、柏島さんが単独で殴り込んだ鳳凰不動産本部。そこでは、当時から不動産に不満を持っていた従業員のシュラちゃんが、現地で柏島さんに手を貸したとのこった。主に、ドローンや監視カメラを駆使した道案内的なサポートを務めたらしい。んだが……これ、シュラちゃんから聞いてオレちゃんも初めて知ったんだが、実は、単身で殴り込んだ柏島さんの下には、シュラちゃんの他にももう一人、現地で合流した柏島さんの極秘の仲間がついてきていたらしいんだ」
「……それって、誰なんですか?」
「ヒイロちゃんだよ」
突然の姉の名前に、ミネが反応を示していく。
ユノも、複雑な表情をしながら荒巻の話を聞いていたものだ。しかし、彼女らの反応を意に介さず、彼は話を続けてくる。
「当時は、二年ほど行方不明として扱われていた、突如と失踪したヒイロちゃんが柏島さんの下に合流していた。彼女は一体どこから現れた? 何故、ヒイロちゃんはユノちゃんの下から姿を消して、柏島さんだけには姿を見せていた? その真相は未だ定かじゃねぇがよ、まぁとにかく! 鳳凰不動産本部に殴り込んだ柏島さんのトコには、サポート役のシュラちゃんと、柏島さんと一緒に大暴れしたヒイロちゃんの二人がついていたんだ。それで柏島さんは、二人の協力を受けながらビルの屋上で当時の鳳凰不動産社長と対峙。赤い月の下、豪雨が降りしきる激闘の末にヤツを倒し、柏島さんはその因縁にケリをつけた……」
当の本人ではないけれど、その血族でもある自分とミネも含めれば、確かにこの場に居合わせたメンツは当時の最終決戦のそれと同じであると言えたかもしれない。
新たに知ることができた、自分の親父が巻き起こしたトンデモ過去話の一つ。特に、自分の知らないところで、親父はそのような激闘を繰り広げていたということを知ってからというもの、自分は生涯で数回しか会うことが無かった父親に対する不信感が、少しではあるものの払拭されたような気もした。
……空間に漂う沈黙。皆が口を閉ざして神妙な顔つきになっている中で、荒巻は両手でパチンと甲高い音を打ち鳴らしてから、その両手をパーにしながら表にし、オチをつけるように陽気な声音でそれを口にした。
「と、いうワケで、鳳凰不動産が企んでいた野望を柏島さんが見事打ち砕き、そんなオレちゃん達の陰ながらの活躍があってこその、今の日本ってコトなのよ! で、今こうして集まっている顔ぶれは、その当時の武勇伝に登場した主要人物達だったモンだから、クリスちゃんがそれに反応を示したってワケ」
「……なんだか、流れるようにとんでもない話を聞かされたような気がします。とにかく、ありがとうございました。……その。皆さんもそうなんですけど、やっぱり俺の親父って、すごい人だったんですね」
「そうだぜぇ?? 何せあの人は、善良なる市民達や、極悪なる蛮族共、更には野良猫さえも惹き付ける圧倒的カリスマ性に溢れていたモンだったからなぁ。良くも悪くも、柏島さんという人間は磁力のように生物を惹き付ける存在だった。オレちゃんは今でも、柏島さんを越える天才肌は見たことがないね」
ニッと笑みを浮かべ、顎に手を添えながら他所を見遣っていく荒巻。懐かしむように向けた視線の脇では、凛々しく佇むユノがこちらへと向き直りながら喋り出してくる。
「この際ですから、柏島オーナーのお話もしましょうか。まだ、私が銀嶺会に所属していた頃、彼と交わした何気無いやり取りの中で印象に残っている話があるのよ」
「では、せっかくなのでお聴きしたいです。俺、未だに親父のことを全然知らないもんですから」
「いいわよ。柏島くんが望むのならば、私は仰せのままにそれを成すまでのこと」
右手を胸に添え、軽い一礼と共にして凛々しく微笑んだユノ。彼女の美麗さに意識を持っていかれそうになったが、次にも語り出したユノの話が始まるなり、自分はそちらへと耳を傾けていった。
時は遡ること六年前。龍明の繁華街にて、ピンク色と水色のネオン管で『KISS ME』と描かれた一軒のバーで“彼”と会話を交わした。
モダンな雰囲気の店内は落ち着いており、大人のムードを演出している。ただ、この日はバーカウンターに手下を引き連れた“銀嶺会の人間”が訪れていたため、店の人間や周囲の客も含めて、どことなくしめやかな空気も漂っていた。
着崩した黒色のスーツに、ボタンを三つ開けた赤色のシャツ。その女性は、赤色の薔薇の刺繍が入った黒の下着を覗かせながら一杯のウイスキーを嗜んでおり、そんな彼女の傍には、三名ほどのスーツ姿の同業者が、座るなり佇むなりで付き従っていた。
直にも、店の扉が開かれる。そこから入ってきた二名の男性はおもむろに女性の隣まで歩み寄ってくると、至って平然としたサマでその席に座り、マスターに「いつものを二人分」とオーダーしていった。
“穏やかな彼”を挟んで、その隣に座ったチャラい男。チャラい男は、いつもの灰色のスーツにサングラスという厳つい外見をしながらも、美女を発見したニヤニヤと共に女性を舐め回すように何度も見遣っていた。しかし、隣に美女が居てもなお彼女を横目に平然と座る“穏やかな彼”は、何気無いサマで電子タバコを吸い、ふぅっと口から煙を出して一息ついていくのみだった。
百八十二ほどの背丈を持ち、毛先が跳ねるようなウェーブがかかった黒色のウルフカット。その前髪で左目を隠しており、また、その服装は黒色のコートに、トップスアウトスタイルの灰色のYシャツ、黒色のボトムスに黒色のブーツという彩りの無い一式を身に纏っている。だが、それでもなお彼という存在は鮮やかであり、大人の色気を醸し出した色男であったことには違いなかったものだ。
……ほのかに頬を染める赤色のチークに、瞼に煌めく黒色のアイシャドウ。暗い赤色の口紅は艶めかしく、元から長いまつ毛と真珠のような黒い瞳、そして天然の整った顔立ちに一層もの華やかさを演出している。
男らしい骨格で、しかし女々しくも美しいご尊顔。同性のみを愛するその女性も、さすがに彼という存在にはどこか惹かれるものを感じていたことから、普段は男性など問答無用に引き剥がす彼女でさえも彼の接近を許してしまい、そして、探偵稼業を営む彼からの質問攻めを浴びるというやり取りを常日頃から交わしていた。
未だ、サングラスの男が卑しい視線で眺め遣ってくるその中で、化粧を施した“彼”は低い声で、されど女性的な口調で、隣に座る銀嶺会所属の女性へと喋り掛けていく。
「二日ほど前、龍明の郊外にある田んぼの中から、一人の男性の死体が見つかった。死体に外傷は無く、一見すると薬物を投与してから自ら命を絶った溺死体に見えるでしょう。けれども、私に調査を依頼してきた依頼主の妻は、これは他殺であることを強調し、また、犯人は銀嶺会に所属するヤクザであることを指摘してきた」
「……私が殺った。と言ったら、貴方はどうするのかしら」
「いくらなんでも、それは無いでしょう。だって、もし貴女が始末したのならば、証拠となる死体の一つも残らないはず。少なくとも、犯人は貴女じゃないわ」
「それじゃあ、私にその犯人を炙り出せと言うのかしら。家族とも言える身内を差し出せと、ヤクザである私にそうお願いでもするの?」
「本当なら、力ずくでそうさせたいところなのよね。けれども、男性だったらともかく、さすがに女性に手をあげるわけにはいかないわ」
「随分となめられたものね。私の実力くらい、知っているでしょう?」
「そうね。“葉山組組長”となってもなお私に一歩及ばない、まだまだ半人前の小娘ってところかしら」
「…………」
目で殺すように睨みつけた女性。だが、隣の彼は動じるサマを見せず、ただただ電子タバコを味わうように吸ってから、それを尋ね掛けていく。
「貴女、タバコって吸う?」
「いいえ。せめて内臓は正常でありたいの」
「殊勝な心掛けね。でも、それじゃあ身内に示しがつかないんじゃない?」
「余計なお世話よ」
「決して安全とは言い切れないけれども、電子タバコなら普通のタバコよりも綺麗なままでいられるわよ。見た目もさることながら、葉巻のようにしてそれを吸う姿というものは、上下関係が重要視される世界でも有利に働くんじゃないかしら」
「それ、アドバイスのつもり? 貴方が私に助言を与えるだなんて、どういう風の吹き回し?」
「そうねぇ、強いて言えば……親心、かしら」
「親心?」
不愉快そうに眉をひそめた女性。そんな彼女を横目にマスターからグラスを受け取った彼は、青色のそれを一口啜ってから息をついていく。
と、次の時にも、バーの従業員が出入りする扉が力強く開かれた。
バァンッ!!! という落ち着いた雰囲気には似合わぬ豪快な物音。共にして、そこから出てきた百七十ほどの背丈を持つ女性は、ふわっと扇状に広がる腰丈程度の茶髪ロングヘアーを揺らしつつも、ミルクティー色のワンショルニットに水色のジーンズというラフな格好で、一本のボトルを抱え込みながら、無邪気な調子で喋り出してきたものだ。
「うっひょーーー!!!! やっぱイイ酒眠ってんじゃーーん!!! なんでこれを最初から出さねぇんだよ~!! 出してくれりゃあアタシ、ヤクザの金でしこたま飲んでやったのにぃ~!!!」
場にいる人間すべての視線を掻っ攫う存在感。女性はそれを担ぎながらカウンターを飛び越えると、その勢いでイスにドカッと着席しながら、ボトルの口を持って振り回し始めていく。
彼女の蛮行に、奥から飛び出してきた店の従業員が「お客様、困ります!!」と言いながら深刻そうに駆け付けた。だが、女性は静止の声も聞かずに「とぅっ」と手刀でビンごとボトルの口を割っていくと、これによって手から血を流しながらも目についたグラスに透明な酒を注ぎ、それを滑らせる形で銀嶺会の女性の目の前へとグラスを渡していった。
いつもの蛮行に、平然としたサマでそちらを見遣っていく一同。これに荒々しい女性はもう一本のグラスに酒を注ぎながら豪快に笑ってみせると、注いだグラスを手に持って、掲げるようにしながらその声を上げてきたのだ。
「あっはっはっは!!! 見ろよ“ユノ”! この酒お高いだけあって、めちゃめちゃ透き通ってんぜぇ!!! これ、なんて種類の酒なんだろうな!? ま、アルコールであることに代わりねぇから、何でもいっか!!」
「“ヒイロ”、カタギの貴女がヤクザ以上の横暴さを見せつけてしまうと、私達の立場が無くなるわ。できるだけ控えてちょうだい」
「おっ、悪ぃ悪ぃ。生憎とこれが性分でね」
「私よりも余程、貴女の方がヤクザに向いていると思うのよ」
「は??? それマジで言ってんの?? ヤだよ。な~にがオヤジじゃい、な~にがアニキじゃい。アタシはな、義理とか人情とかっつー家族ごっこのしがらみに囚われたくなんかないのよ。アタシは、アタシの世界を作る!!! ヒイロワールドだ!! アタシこそが至高、アタシこそが全ての世界だぜ!!! ……あー、でもカンペキなのもつまんねぇな。やっぱ一般人としてみんなを驚かせ続けた方が、アタシの生き方的に正しいような気がするのよ。っつーか、そうなんだよ。あ?? どゆこと??」
「もう、自分で言って、自分で分からなくなっているじゃない」
脊髄で喋るかのような横暴な彼女に対して、ヤクザの女性は苦笑しつつも心からの満面な笑みを浮かべながらそれを言ってみせた。
彼女と共にする時間が、本当に楽しくて仕方が無い。そのような様子をうかがわせる女性の横顔をチラ見した探偵の彼なのだが、その視線に気が付いた横暴な彼女が指を差しつつ言葉を口にする。
「あー!!! おい、お前!! そこのお前!!! えーーーっとぉ……名前何だっけ。柏餅だっけ?」
「柏島よ」
「あぁそう! 柏島!! お前さぁ、事ある毎に“ユノ”に突っかかってるみたいだけどさぁ、ユノはアタシの女なんだかんな!! いくらアタシがどんなにドぐされな男とセ〇クス三昧であろうがよ、ユノっつー女は未来永劫とアタシの女なんだから、そこんとこ弁えた上でアタシに許可とってからユノに話しかけてくんねぇかな~~~~???」
「はいはい、分かったわ。それで、葉山組組長さんとお話しする許可を今もらえないかしら?」
「えーーー、ヤだよ面倒くさい」
「ホント、乙女心って複雑よねぇ」
もはや、慣れているかのようにその一言を呟いてみせた彼。
ため息交じりに鼻を鳴らし、隣に座っていた相方の男と苦笑していく。その中で何かがバーを滑る音が響いてきたため、これに二人は振り返ると共に自身らの手元を確認した。
横から流れてきた、二人分のグラス。中に注がれた酒が波打つそれを見ると同時にして、すべてにおいて横暴な彼女はピースの要領で三本指を立てながら、無邪気に微笑みつつそれを口にしてきた。
「実際問題、誰の酒とか、誰の女とか、細けぇこたぁホントどうでもいいんだよな~。アタシは、やりたいと思ったことは心行くまでやり込んで、欲しいと思ったモンは確実に手に入れるまで絶対に諦めねぇ。その結果、こうして酒も女も物にしたってモンよ! ……生きるって素晴らしいことだよなぁ、えぇ?? なぁなぁ、柏餅の旦那もそう思わね??」
「柏島よ。ホント、貴女は心から自分の人生を謳歌しているようね。そこまで実直に、自分に正直に、自分に素直になれるその心意気は、なんだか羨ましいとさえ思えてくるわ。……貴女は天才肌なんだから、節度さえ弁えていればきっと、世間で英雄的な扱いでもされていたでしょうに、勿体無い」
「あぁ?? ンなもんなりたかねぇよ。誰かに崇拝されている時点で、他人に縛られた人生が確定してるじゃねぇか。そんなのイヤだね。アタシっつー人間は、アタシだけのモンだ。……それと、ユノの物。あと、天才肌っつーのはよぉ、たぶんアタシじゃなくて、アンタのことを言うんじゃねぇのかな」
「あら、私かしら?」
「あぁ。まぁ理由なんぞ知らん。てか、物事を決めるのに理由なんかいらねぇんだよな。なんか、気持ちでそう思ったから、そうなんだよ。つまり、そーいうこと」
「へぇ、貴女が彼女さん以外の他人を認めるだなんて、珍しいこともあるのね。ウフフ、貴女に褒められたこと、なんだか光栄に思えるわ」
「あん?? なんか癪に障る言い方だな……。ンなことよりアレだ! せっかくこうして集まってんだからよ、四人で乾杯でもしようぜ~」
「えぇ、そうしましょうか。そうでもしないと、このお酒の代金を割り勘にできないから、ね」
グラスを手に持ち、彼女らを見遣りながら掲げた彼。それに続いて他の三人もグラスを手に持っていくと、打ち鳴らすことはない無音の乾杯を交わした後に、四人はそれを静かに口にしていったのであった。