俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活 作:祐。
晴天の低山にこだまする、多種に渡る鳥のさえずり。様々な鳴き声が入り乱れる山の中において、自分とノアは息をひそめながら共に双眼鏡を構えていく。
……見上げた先にある、木の枝の上。そこには小ぶりで丸っこくも、くちばしに向かって若干と尖りのある頭部が特徴的な暗緑色の鳥が存在していた。
枝の上をぴょこぴょこと跳ねるように移動する、小さな生き物。その鳴き声は「チヨ、チヨ、チヨ、チヨ、ピィー」という雛のように甲高くも鋭く響き渡る音であり、その特徴を頼りに鳴き声の主を探していた身として、ようやく見つけたという思いの下でその鳥を眺めていく。
若葉色の緑に囲まれた大自然。低山と言えども植物に囲まれたその空間は、普段テレビなどで目にするジャングルのそれと大して変わらない。そんな、方向感覚も失ってしまうほどの見通しの悪い森の中で、自分は今も隣にいるノアへと言葉を掛けていった。
「あれが、センダイムシクイって鳥かな。夏鳥と言われているらしいけれど、今年は例年よりもだいぶ早い時期に日本に渡ってきたとかで、その界隈で話題になっていた鳥だね。……まさか見つけられるだなんて思わなかった。珍しい鳥ってわけではないみたいだけど、いざ実物を目にすると、こう、感動するね……!」
意外とノリノリで楽しめていた自分は、少しだけ興奮気味にそれらを口にしていく。これに私服姿のノアはこちらへ振り向きつつ、双眼鏡を下げながらも清々しい調子で喋り出してきた。
「柏島歓喜、キミがボクとの同伴を楽しめているようで何よりだよ。今だからキミに打ち明けられるが、“この提案”を耳にしたキミは、最初こそは苦虫を噛み潰したような顔を見せたものだったから、正直それが気掛かりになって、ボクは今の今まであまり同伴に集中できていなかったんだ」
「いや、まさか同伴当日になって『バードウォッチングに行こう!!』と言われるなんて思ってなかったからね……。ごめんね、ノア。否定的な意味でそんな顔をしたわけではないんだけど……」
「気にしないでくれたまえ。こうしてキミが、ボクとの同伴を楽しんでいる。その事実こそがボクにとっての報酬であり、喜びでもあるんだ。さぁ、お喋りはここまでにして、バードウォッチングに勤しもうじゃないか! 二人だけで過ごす大自然の空間だ。ボクとキミだけの世界を、心行くまで満喫するとしよう」
透明感ある微笑みで、柔らかいスマイルを浮かべたノア。時折と見せてくる少女の乙女な一面に、自分は心臓が跳ね上がるようなときめきを迸らせてしまっていた。
ノアとの同伴当日。自分はこの日、今朝になって少女が唐突に提案したバードウォッチングへと駆り出されていた。
前日まで候補に挙げていたプランは、全てボツとなった本日の同伴。本当に行き当たりばったりというか、思い付きを最優先とする自由なお出掛けに、自分は振り回される形で現地入りを果たしていたものだ。
適当な店で双眼鏡を見繕い、それらしい山があるだろう場所を目指して適当に電車やバスを乗り継いできた長旅。そのためか、此処が一体何県であるかなどもろくに把握などしておらず、しかも、完全にひと気の無い大自然へと迂闊に踏み入れてしまっていたため、後にも自分らはそのツケを払うかのように、同伴とは思えないとある災難に見舞われることとなったのだ。
……根っこが張り巡らされた、不安定な足場を渡り歩く自分ら。道なき道を切り開くように二人で足並みを揃えていた中で、次第と開けてきた視界に希望を見出していく。
サラサラと音を立てる川のそれに、自分とノアは二人して駆け出しながら川辺に踏み入れた。
先までの晴天が嘘であるような、重苦しい曇天が広がる空模様。太陽の位置も分からない怪しい雲行きの中、自分は川を見つけた安心感でその場に座り込みつつ、頭を抱えるようにしながら改めて今の状況に思い悩んでいった。
……まさか、バードウォッチングで遭難になるとは……。
帰り道が分からなくなり、完全に山の中で迷ってしまった自分とノア。安易に踏み入れた大自然の環境は想像以上に過酷なものであり、自然をなめた軽装で来たからか十分な備えも無い状態で、山の中を彷徨う羽目になってしまった。
帰るべき方角自体は、西の方角であることをノアが記憶していた。だが、二人のスマートフォンにはコンパスとなるアプリが入っておらず、また、太陽の位置で方角を確認しようにも、それすらも覆い隠す曇天によって、完全に方向感覚を失うこととなった現状。
通信は圏外。インターネットで現在位置を調べることもできず、大自然の中で途方に暮れていた自分。絶望的状況に気持ちが荒み出した自分はムシャクシャするように頭を掻き毟っていくのだが、一方でノアは軽快な足取りで川の水をチェックするなり、それを手で掬いながらこちらへと言葉を投げ掛けてきたのだ。
「柏島歓喜!! この水は安全そうだ! まずは、水分を確保できただけでも救いだと信じよう!! ……帰る手段よりも、まずは生き延びる手段だ。大丈夫さ、ボクとキミは共に生きて帰る。いや、ボクはこの命に代えてでも、絶対にキミを生かしてみせるからね!」
「ありがとう、ノア。ノアが居てくれるだけでも、だいぶ気持ちが落ち着いてくるよ」
「元はと言えば、これはボクの失態なのさ。些細な悩みにばかり気を取られてしまって、意識を周りに向けることができていなかったボクがいけないんだ。……そもそもとして、ボクがバードウォッチングを提案しなければこんなことにも……。思いつきで行動するばかりではダメなことを、この身を以て思い知らされたものだよ……」
しょんぼりとしたノアへと歩み寄って、少女の肩を軽く叩くようにして慰める。こちらの行為にノアは少しだけ元気を取り戻したようにニッと笑んでみせ、そんな少女と水分補給を行ってから、今後のことを話し合ったものだ。
明日の天気予報によれば、全国的に晴れとなるらしい。そのことから、取り敢えず今日は迂闊に動き回るのを控え、明日の早朝に出てきた太陽の位置から西の方角を判断して、確実に来た道を戻るプランで行こうという方針で定まった二人の意向。
これによって、本日はこの川辺で一夜を過ごすことに決めた自分ら。持ち物はスマートフォンと財布、双眼鏡や紙の図鑑くらいしかない本当の軽装での野宿を覚悟すると共にして、ノアは遭難であるにも関わらず、どこか活き活きとした様子で工作に取り組み出していく。
山の中から持ってきた木の枝と、丈夫な植物のツタとそのトゲで釣り竿を作ってしまった少女。手際の良さから自分は尋ね掛けていくと、ノアは「実は、本格的なサバイバルをしている動画を漁るのが趣味でね!!」と、得意げな表情で答えながらそれを手渡してくる。
で、それで今夜の食料を確保しておいてくれ! と託してくると、次にも少女はウサギのように跳ねるよう川辺の石をぴょこぴょこ渡り歩きながら、付近の森林で木を折り始め、それを骨組みにすることで簡易的な小屋のようなものを作り始めたのだ。
さ、さすがの行動力……!
手練れとは言えないが、むしろこの状況を楽しむように、鼻歌を歌いながら拠点を作り出した少女の姿。活き活きどころか、まるでキャンプに来たのかのような気楽さすらもうかがえるノアの様子に、自分はどこか心の余裕を持ち始めると共にして、直にも前向きとなった心持ちで任された食材集めに専念していった。
……とは言え、魚の食いつきが悪かったことから、大した成果を得られずに夕暮れを迎えてしまったその時刻。
黄昏の金色が上空を染め上げて、次第と周囲に暗がりをもたらしていく。暗くなり始めた様子に、自分は一匹だけ釣り上げた魚を持ちながらノアの下へ戻っていくと、そこには木の骨組みと、葉っぱで作った屋根が特徴である、半分だけ出来上がった断面のような簡易的な小屋が完成していた。
二人が寝転がるだけでも精一杯な、とても狭苦しいその空間。だが、雨をしのげる程度には余分に設けられた葉っぱの屋根が少女の努力をうかがわせ、自分は思わず感嘆の声を漏らしながらそれを喋り出していく。
「す、すごい……。この短時間で、こんなに立派な拠点を作れるなんて……!」
拠点の中で、膝を抱えるように丸くなっていたノア。こちらの声に少女は反応して振り向いてくると、次にも立ち上がってこちらへと駆け寄りながら、渾身のドヤ顔で得意げにそう言葉を返してきた。
「ふふん、ボクにかかればこれくらいお茶の子さいさいだよ! それでもこれは、まだまだ納得のいかない妥協まみれの未完成品でね。もっと時間に猶予があれば、もっと本格的な拠点を作れたと思うんだ!! あぁ、これならばもっと早めに遭難しておけばよかったな……!」
「いや、どちらにしてもそれは勘弁だけど……」
「それで、柏島歓喜の方はどうだい? 十分な成果は得られたかな?」
ギクッ。
あまり触れられたくない話題に、自分は渋々といった具合に一匹の魚を差し出していく。
……ヤマメと思われる、茶色の体色と黒色の縞々が特徴的なその魚。ちょうど握りしめられるくらいの大きさではあるその食料だが、二人分の食事というには些か物足りない成果に、自分は申し訳無さから目を逸らしてしまう。
だが、一方としてノアは、とても大喜びするように仰々しく驚いてみせながら、そんな言葉を掛けてくれたのだ。
「すごいじゃないか!!! 柏島歓喜、まさかその釣り竿で本当に魚を釣り上げてしまったのかい!? ボクの処女作であるそれで魚を釣り上げてくれたキミの偉業に、なんだかボクが心から誇らしく思えてくるよ!!」
「いや、でも一匹だけだから……」
「一匹いるじゃないか!! すごいぞ柏島歓喜! さすがはボクが見込んだ逸材だ! 柏島の血族だけに非ず、キミ自身が秘めしポテンシャルを存分に発揮してくれたこの成果を、ボクは心から敬意を表するよ!! ありがとう!!」
「あ、あはは……。そう言ってもらえると、なんか、ちょっとだけ救われたような気がするな……」
「ちょっとどころではないさ! キミが釣り上げてくれたこの魚によって、ボク達の命が救われるんだ!! さぁ、キミの成果で贅沢な夕食を作ろう! 今宵の晩餐は、自然の恩恵によってもたらされた慈悲なる水の恵み。その命に感謝して、二人で大切にいただこうじゃないか」
謡うように言葉を口にして、仰々しく、高らかに声を上げながら空を仰ぐノア。だが、少女が見上げるそれは瞬く間に暗くなり、完全に夜を迎えつつある今の状況に自分は恐る恐る尋ね掛けていった。
「えっと……それでなんだけど、ノア。この魚を焼いたりする火はどうする……?」
完全に忘れていた。
迂闊だった。今更と後悔しても遅い火の確保に、自分は再びどん底に叩き落されたかのような絶望を味わっていく。だが、こちらの不安に対してノアは、フフンと鼻を鳴らしながらも、自慢げに自身の尻ポケットから“それ”を取り出してきたものだ。
「案ずるな、柏島歓喜。キミを不安がらせないために敢えて黙っていたんだが、実はね、ボクはライターとなる火の恵みを持ち合わせているのさ」
「え、用意が良いな!! ……え? なんでそんなもの持ち歩いてるの?」
「キミも見たことが無いかい? アニキ分などが口に咥えたタバコに、子分がライターなんかで火を点ける場面を。ボクもそれに
何というか、少女には少女のこだわりがあるみたいだった。
とにかく、火の問題は解決した。直ぐにもノアは集めた木の枝に火を点けて、自分はもたらされた灯りの有難みに感謝しながら、魚を枝で刺して焚火へとかざしていく。
一匹の命に火を通し、それを囲うように自分とノアは焚火で温まっていった。
夜になってからというもの、周囲の気温は一気に下がっていた。桜も舞うその季節であるにも関わらず、凍えるような寒さで震え始めていたこの身体に、ノアが用意してくれた焚火の温もりがじんわりと染み込んでくる。
……大自然に囲まれた、想定外の過酷な同伴。だが、ノアのおかげで意外と充実感のあるひと時を送れていた自分は、そんな少女と寄り添いながら一匹の魚を二人で分け合って食べたことで、腹ではなく心が満たされる夕食をいただいたものだった。
食事を終え、ノアが作ってくれた小さな拠点で身を寄せ合っていた自分ら。
パチパチと音を立てた焚火の仄かな灯りに照らされて、それでも冷え込む夜の気温に対し、互いの体温で暖を取るようにしていく二人。今も、地面に敷いた葉っぱを布団の代わりにしてこの日を何とかしのごうとしていたのだが、そんな最中にもノアとこんなやり取りを交わしていた。
睡眠をとるべく、二人で横になっていく自分とノア。拠点に収まるよう二人で丸くなりながら寝転がったのだが、ふと少女はこちらに背を向けると、次にも穏やかな声音でそれをおねだりしてきたのだ。
「柏島歓喜。後ろからギュウッとしてくれ」
「ギュウ? 抱き付いても大丈夫なの?」
「今はそんなことを気にしている場合じゃないだろう? 尤も、危機的な場面に瀕していなくとも、ボクは柏島歓喜に抱かれることは大歓迎だけどね」
「しれっと、とんでもないこと言ってくるんだよなぁ……。それじゃあ、まぁ……お言葉に甘えて」
「あぁ、ギュウッとしてくれ。なるべく二人で温もりを共有し合えるように、しっかりと、力強く、熱烈にね……!」
むぎゅうっ……。
後ろから抱き付く形で、少女の小さな身体に腕を回した自分。こうして抱き枕の要領でノアを抱き締めていくと、直にもこれによって得られた体温で充実とした余裕が生まれ始め、自分も、ノアも、互いのそれを意識するように、一層と密着するよう身体をくっ付け合ったものだ。
……少女の後頭部に頭を寄せていく。これにノアは照れ臭そうに微笑しながらも、ちょっと恥ずかしそうにその言葉を口にした。
「柏島歓喜。その、あれだ。……ボク、臭くないかい?」
「臭い? どうして?」
「まぁ……拠点を作る際に汗をかいてしまったんだ。その……ボクの汗臭いニオイで、キミに不快な思いをさせたくなくてね……」
「全然気にならないよ。いつものノアの、なんかこう、無機質な感じの香りがする」
正直に言ってしまえば、ちょっとだけ汗臭かった。
頭皮や肩から香ってくる少女のそれに、自分は心に留めながら感じていく。だが、別に不快な気持ちになることなんか一切なくて、むしろ、頑張った証でもあるその香りに、どこか安心感を抱いていた自分がそこにいた。
いや、満足感……?
これ以上は、自分が変態になりそうだからやめておこう。思考を停止した自分はただただノアのそれを受け入れつつ瞼を閉じていき、安心するように穏やかな呼吸を行っていく。そうして朝の太陽を待つべく心を無にしていると、次にもノアはこちらの回した腕に手を添えながら、呟くようにこれを喋り出してきたのだ。
「……温かいな。キミと共にする時間は、心から安らげる。これからは、毎晩のようにキミの部屋へお邪魔して、一緒に寝るのもアリなのかもしれないね」
「そうしたら、お布団の場所の取り合いが一層と激しくなりそうだな。ほぼ住み着いてるようなラミアやメー、レダやシュラの四人がさ、常日頃から寝る場所を巡った戦いを繰り広げているもんだから、そこにノアも加わったら部屋が更にすごいことになりそうだ」
「あっははは、愉快でいいじゃないか! ……本当に、いいな。楽しいよ、毎日が。ヤクザの世界だけが、ボクの居場所だと思っていたはずなのに。店に来てから、ボクの世界は開けるように広く、そして、明るくなった」
「ノアの生き方に、新しい可能性が生まれたってことだね。人生はまだまだこれからだ」
「そうだね。ボクの人生はまだ、序章すら迎えていなかったということなのかもしれない。……ようやくと立つことができたスタート地点だ。未だ計り知れない雄大なるこの世界において、ボクはどのような素晴らしい景色を眺めることができるのだろう。今にも控えた、未知なる出会いの数々が心から楽しみで仕方がないよ」
悟るような、それでいて静かに高揚した調子で、穏やかにそれを喋ったノア。これに自分は、回していた手で少女をあやすよう優しく叩きかけていく。
直にも、少女からは寝息が聞こえてきた。
いつもの平然さは取り繕っていただけで、裏では相当疲れていたんだろうな。少女の苦労を労わるように、自分は小さな声で「お疲れ様、ノア」と口にする。そして自分も次第と巡ってきた睡魔に意識を委ねると、一瞬にして暗くなった視界と共に深い眠りへと
まず、結論だけ言ってしまえば、自分達は無事に生還することができた。
翌日の早朝にも、ノアから叩き起こされることで目にした朝の日差し。川が流れ往く先の地平線から射し込んだそれに自分は急ぎ立ち上がっていくと、顔を覗かせた太陽の球体を二人で迎え入れるように佇みながら、次にもノアとハイタッチを交わしたものだった。
太陽は東から出てくる。ということはつまり、その反対方向が西の方角だ。
帰るべき方角がハッキリと分かった。直ぐにも身支度を済ませた自分らは駆け出すように川の上流を目指し始め、そしてしばらく走ること三十分ほどだろうか、山の入口とも言えるバス停乗り場に到着した瞬間にも、自分らは生還を果たした安心感でホッと深い息をつきながら共に喜び合い、既に感慨深い気持ちに浸りながらバスの到着を待ち始めた。
そして、乗り継いだ電車の中。龍明行のそれの中で隣同士のイスに座る自分とノアはこのような会話を交わしていく。
「ノア、当初の目的からはだいぶ外れてしまったもんだけどさ、何だかんだで充実とした同伴になったような気はするんだ。……実を言うとさ、あのサバイバル生活、ちょっとだけ楽しかったなって、今だからこそそう思っちゃったりするんだよね」
「それは本当かい!? この際だからボクも打ち明けるとね、柏島歓喜と過ごした昨日のひと時に、ボクも充実感とも言える心が満たされるものを感じてしまえていたんだ! 嬉しいなぁ。キミと感性を分かち合えるこの喜び。まさに、計画性の無さが生んだ悲劇! ならぬ、奇跡だね! ……強いて言えば、あの場にドラム缶でも落ちていれば完璧だったかな」
「ドラム缶風呂か! いいねそれ! ロマン溢れるなぁ。やってみたかったかも……」
「ふふっ、どうやらボクとキミの波長はとてもよく似ているみたいだ。なぁ柏島歓喜。キミが望むなら、よければまたボクと遭難してくれないものかな?」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
「ははっ、冗談さ。半分ね」
「半分は本気だったかぁ~……」
何気無いやり取りを交わし、二人で寄り添い合いながら電車に揺られていた自分ら。この汚れ切った服装は周囲のひと目を引き付けてしまいながらも、龍明に到着した安心感から自分とノアは、心から安堵するように弱った笑みを見せ合ったものでもあった。
……その後というもの、駅で待っていた私服姿のユノの、鬼のような形相で腕を組みながら堂々と佇む威圧的なそれを前に、自分らは血の気が引く感覚を覚えたものだ。
今までに見せたことのない、真剣があまりに彫りが深くなった顔。目の下のくまが彼女の心配を想起させ、それは連絡がつかなくなったこちらに対して抱いた、極度の緊張感による形跡とも言えたことだろう。
ずかずかと歩み寄るユノが、こちらに対しては表面だけ繕ったような微笑で、「柏島くんの御身が無事で、本当に、心から安心したわ。……運命の悪戯で死する者も存在するこの世界において、こうして生きて帰ることができた極小の奇跡に私も感謝しなければならないわね」と口にしてくる。
それから彼女はノアを見遣るなり、不気味なほどに低い声で、今にも喰らいつきそうな鬼の顔をしながら「ノア。元凶である貴女に話があるわ。拒否は認めない。私と共に来なさい」と言い、彼女はゆっくりと踵を返して店へと向かい始めた。
……一瞬だけ。一瞬だけ、当時の葉山組組長の顔が出てきたような気がする。
全身の感覚が警告を促してくる身体の震え。目にしたそれに自分は石のように固まって動けなくなってしまうのだが、今もその先では、助けを乞うようにこちらへと眼差しを投げ掛ける、弱々しい表情のノアがユノに連れていかれていた。
さすがに、放ってはおけないな……。
この後にも、自分はユノに同行の許可を貰ってから、その当事者として少女の傍についた。それからしばらくの間、落雷に怯える子犬のような状態のノアに自分は寄り添い続けたものでもあった。