※この作品はR-18です。

俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活   作:祐。

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第65話 Au-delà de l'au-delà 《彼方の先へ》

 お昼前の龍明。レストランのシフトがあるラミアと一緒にLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)へ訪れた自分は、店先で清掃の作業を行っていた二名ほどのホステスと軽く談笑を交わしていた。

 

 ラミアは先に店の裏口へと向かい、店先に残った三名で他愛ない会話を行っていく。それでいて、自分も箒(ほうき)を手にして葉っぱなどを払いながらホステスらの手伝いに精を出し、彼女らにお礼を言われてから、そろそろミーティングがあるからと口にしたホステスらの背を見送るように、自分は入口前の階段を下っていく二人を眺め遣っていった。

 

 ……自分も顔を出しに行くか。そう思い立ち、箒を手にした状態でLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)へと向いていく。そうして一歩を踏み出した瞬間にも、ふと巡ってきた人の気配に、自分は何気無くそちらへと視線を投げ掛けていったものだ。

 

 足音を立てない、静寂なる足取り。こちらに向かって真っ直ぐと歩いてきた“長身の少女”は、瞳に浮かべた濃厚なピンク色の輝きを残像として来た道に残しながら、こちらの手前で立ち止まっては無口に向かい合ってくる。

 

 百七十三くらいの背丈で、腰辺りまで伸ばした、大和撫子を彷彿とさせるストレートの黒髪ロングが実に美麗だ。且つ、先述したように光源が如く眩い光を放ち、歩いたところに残像の軌跡を残すほどの濃厚なピンク色の瞳が少女の特徴とも言えるだろう。

 

 服装は、ジップアップで丈が短い、光沢感のある黒色のアウターに、至って無難な黒色のブラウス、黒色でスタイリッシュなスキニーパンツに、ヒールのような黒色のブーツという軽快な着こなしが印象的だった。

 

 闇夜のそよ風を体現したかのような、とても物静かで不気味なほどに落ち着いた風貌。一目にして、喜怒哀楽の感情を表に出さないポーカーフェイスであることが理解できる、おしとやかでガードが固そうな印象を与えてくるその有様。

 

 清楚なお嬢様。しかし、その裏に秘めた猛き恋情を自分はよく知っている。

 友仁(ともに)彼方(かなた)。ミネとノアのクラスメートであり、ミネに一目惚れをしたというバイの女子生徒。久しくも思える少女との再会に、自分は唖然とするように向かい合いながらも、そうして目が合った少女から投げ掛けられる敵視の鋭い視線に戸惑いつつ、こちらから言葉を掛けていったものだ。

 

「やぁ、友仁さん。奇遇だね、こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 通り抜けたかまいたちが如く、鋭利で静かなその調子。宵闇に紛れるよう黒髪を風でなびかせながら、彼方は気配を殺した佇まいで言葉を続けてくる。

 

「柏島さん。貴方にお訊ねしたいことがあります」

 

「どうしたの?」

 

「貴方は、こちらのレストラン&キャバレーLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の従業員ですか?」

 

「え?」

 

「こちらの従業員の方ですか?」

 

 一歩も近付かず、しかし静けさからなる圧力がひしひしと圧し掛かる……!

 

 静寂に秘めた重圧に自分は圧倒されながらも、店を見遣りつつそう返答を行っていく。

 

「いや……従業員ってわけではないけれど、ちょっとした事情があって懇意にしてもらっているんだ」

 

「懇意。それをお訊ねしてもよろしいでしょうか?」

 

「多分、聞かない方が良いと思う。余計に気になるだけかもしれないけれど、これだけは迂闊に説明できないんだ」

 

 じゃないと、全く関係の無い友仁さんを今の騒動に巻き込んでしまうかもしれない。

 

 それだけは絶対に避けなければならない。

 断固たる意志で向かい合っていく自分。そんなこちらに対して、真っ直ぐな視線で何かを察したのだろう彼方は、多少は不満そうに視線を逸らしながらもこんなことを口にし始めてくる。

 

「そうですか。分かりました。話は変わりますが、こちらのお店に蓼丸さんが勤めているという噂を聞きました」

 

「それって、どこで?」

 

「学校です。どうやら銀嶺さんもこちらを出入りしているとのことですが」

 

「飽くまで噂なんだよね。なら、本人達に訊いてみたらどうかな」

 

 高校生がキャバレーで働いているなんて、世間一般からすれば大問題だろう。

 とはいえ、ここは犯罪の温床と呼ばれる龍明。もはや言わずと知れた日本屈指の無法地帯というだけはあって、ここで教師を務める大人達も、生徒達のバイト先に関しては深入りせずに黙認していたものだ。

 

 如何せん、自分達にも思い当たる節があるのだろう。

 言わないのではなく、言えないでいる。下手に藪をつついて自身のボロを掘り返されるわけにはいかないものだから。龍明とはそういう街であり、日頃から犯罪が横行するが故の暗黙のルールも存在する。

 

 だからこそ、ミネやノアはLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)で働くことができていた。

 

 来店客の中には、学校関係者もいるのだろう。それは先生方には留まらず、未成年であるませた生徒達も同様だ……。

 

「Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)について、俺に答えられることは一つも無いよ。俺は懇意にしてもらっているだけのお客だからね」

 

「蓼丸さんへの配慮に関しては、貴方に好印象を持ちました。ただ、貴方は未成年に淫行を働く犯罪者の一人に過ぎません。彼女と同じ立場に居る者として、貴方の言葉は素直に受け取り難いです」

 

「これは、俺が無暗に答えられる問題じゃないからね。菜子ちゃんはれっきとした俺の親戚なんだ。身内を守るためにも、彼女のプライバシーに関する質問には答えられないよ」

 

 同意があったとはいえ、俺も犯罪者の仲間入りをしているんだよな……。

 改めて思い知らされた現実に、気後れするように思い詰める自分。こちらの反応に彼方はナイフのような突き刺す視線を向けてくる中で、ふと、横からユノの声が投げ掛けられてきた。

 

「菜子ちゃんだったら、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の正式なホステスとして働いてもらっているわよ」

 

 彼女の声に、自分と彼方は向いていく。

 店の裏口から姿を現した、私服姿のユノ。軽く腕を組んだ様子でコツコツ靴音を立てながら歩いてきて、こちらの脇に移ってきては凛々しく佇んでくる。

 

 現れたユノに、彼方は微動だにしない様相で向かい合ってくる。そして少女は、ユノへと言葉を投げ掛けていった。

 

「貴女はオーナーですか?」

 

「いいえ。オーナーではないけれど、オーナー代理のような立場で店の指揮を執らせてもらっているわ。名前はユノ。よろしく、素敵なお嬢様」

 

「友仁彼方。私の名前」

 

「友仁さん。貴女のことは、菜子ちゃんから少しだけ話をうかがっているわ。いつも彼女の傍についてくれて、ありがとう。こんなにお上品で華麗な同級生を持つことができた菜子ちゃんは、とんだ幸せ者ね」

 

「お世辞は結構です」

 

 突き放すような彼方の言葉に、ユノは恍惚とした眼差しを向けながら微笑してくる。

 

 あ、本気で狙っている目だ。

 というか、高校生も“対象”になるんだな……。という内心を抱きつつも、彼方へと歩き出したユノの背を見遣っていく自分。そうして、女帝の風格を醸し出した彼女の接近に彼方は数歩と引き下がっていくのだが、そんな少女との距離を詰めたユノは直後にも、右膝を地面につけながら右手を差し伸べて、左手を胸に添えながらこのようなことを口にし始めた。

 

「友仁さん。貴女とお会いすることができて、光栄の限りだわ。菜子ちゃんから話をうかがった時から、私は友仁さんという麗しく且つおしとやかな淑女に対して、多大なる興味をこの胸に抱き続けてきた……」

 

「? 口説いているのですか?」

 

「えぇ、そうよ。菜子ちゃんの目に狂いは無かった。友仁さん、貴女は何て素敵な女性なのでしょう。是非ともこの私に、貴女と過ごす憩いなるひと時を恵んでもらえると嬉しいのだけれども。この後の予定が空いているようであれば、私にエスコートさせてもらえないものかしら。貴女という上品な淑女に見合う素晴らしいデートコースの数々を、どうか、私に案内させてもらいたいの」

 

 あぁ、こりゃもう手遅れだ。

 

 こうなったユノは誰にも止められない。

 神から授けられた天性の美貌を振り撒き、眼前の女子高生を口説き始めたユノの姿。美人ともイケメンとも見て取れる必殺の魅力で彼方にアタックを仕掛けるのだが、その相手はと言うと、一回だけ視線を逸らしてからこのように返答してみせる。

 

「ごめんなさい。私には蓼丸さんがいますから」

 

 いや、付き合っているわけではないでしょ……?

 とにかく、敢え無く撃沈したユノ。これに彼女は平然とした微笑みを浮かべながらも、とても重い腰を上げるようにゆっくりと立ち上がり、手を差し伸べつつ言葉を口にしていく。

 

「菜子ちゃんを一途に想うその姿勢。私は改めて、友仁さんという淑女に感服したわ。納得せざるを得ないわね。貴女の揺るぎない黄金なる意思に乾杯を。そして、貴女共々、友仁さんのような素敵な女性に慕われる菜子ちゃんに、どうか幸あれ……」

 

「一つお訊ねしてもよろしいでしょうか?」

 

「えぇ、構わないわよ」

 

 切り替えはや。

 個性と個性が正面衝突。互いに引けを取らないぶつかり合いに、自分は置いてけぼりを食らってしまう。そうして彼女らのやり取りを眺めていると、次にも彼方は感情を伴わない無表情の視線でユノへと訊ね掛けていった。

 

「貴女もまた、私と同等であるとお見受けします。そんな貴女に疑問を抱きました」

 

「気兼ねなく訊いてちょうだい。友仁さんからの質問であればどんな内容でも受け付けましょう」

 

「では、遠慮なく。ユノさん、貴女は蓼丸さんとどのような関係にあるのですか? 返答によっては恋敵と判断します」

 

 彼方も彼方でブレないな……。

 感情までもぶつかり出した目の前の光景。これにユノは、凛々しいサマでそう答えていく。

 

「とても良い質問ね。まずは安心してちょうだい。私という人間は決して、貴女の恋敵とはなり得ない」

 

「その根拠は何ですか?」

 

「菜子ちゃんは、私の恋人の妹にあたる人物。面識は無かったが故にその出会いこそは比較的最近なものではあったけれども、私が心から愛した彼女が守ろうとした、菜子ちゃんという脆くも淡い無垢なる存在は、明確な恋愛対象としてではなく、命を賭すに値する守るべき対象として、今もこの目に映っているものですから」

 

「恋人の妹? ……つまり、貴女の彼女さんは、私のお義姉さん?」

 

「えぇ。そして貴女のお義姉さんの恋人が、私。に、なるでしょうね」

 

 なんともまぁ、複雑だ……。

 外野がとやかく口を出す問題ではないと思い、お口にチャックをして静かに聞いていた自分。こうして空気に徹していた自分の目の前では今も、ユノと彼方による会話が展開されていく。

 

「友仁さん、これで納得してもらえたかしら。私は、貴女の恋敵とはなり得ない。私や菜子ちゃんを取り巻く事態は実に複雑であって、貴女のお義姉さんにあたる私の恋人が行方を晦ました関係で、私は現在、妹の菜子ちゃんを預かる形で彼女と一緒に暮らしている。それが、今に至るまでの経緯と言えるでしょう」

 

「貴女は蓼丸さんの味方であると、そう認識してよろしいのですね?」

 

「間違いないわ。この命と名誉に誓って、そう断言してみせましょう」

 

「…………」

 

「友仁さん?」

 

「ごめんなさい。私は貴女に対して、とんだ無礼を働いたようです」

 

「無礼だなんてとんでもない。きっと誰しもが、想いを寄せる存在の傍に、ライバルとなり得る人間がついていたら気掛かりとなるでしょう。私はその不安や懐疑を取り払ったまでのこと。そしてこれからは、私と友仁さんで菜子ちゃんを守るのよ。そうすればもう、あの子は安泰でしょう」

 

「蓼丸さん……妹さんは私が幸せにします。彼女を私にお譲りくださいませんか」

 

「自身を想ってくれる存在が、こんなにも身近に寄り添ってくれている。とても心強いものね。さぁ、友仁さん。心を通わせた者同士として、まずは二人きりでお食事にでも」

 

「それは遠慮します」

 

 和解なのかコントなのか、よく分からない会話が繰り広げられている……。

 というか、菜子ちゃんが友仁さんの恋人前提で話が進んでいるけれど、本人がこれを聞いたらどんな反応をするんだろう……。という内心を胸に留めつつも、ふとこちらへ振り返ってきたユノと目が合っていく。

 

 それから、凛々しいサマで歩み寄ってきた彼女。差し伸べた右手で、こちらが手に持っていた箒をさり気無く受け取っていきながらも、ユノはこちらの肩に左手を乗せる動作の中で彼方へとその言葉を掛けていった。

 

「ならば、是非ともLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に立ち寄ってもらえないものかしら。貴女も知るこちらの彼は、我々にとって最上級となる特別なお客様。彼と共にするお食事であれば、店が、或いは私が代金を負担するものですから、友仁さんも気兼ねなくお食事を楽しむことができるでしょう」

 

「柏島さんが特別なお客様ですか。……恋敵である以上、彼とは馴れあうつもりもございませんけど」

 

「貴女にとっても、実に魅惑的なお誘いであることは確かでしょう。如何せんこれは、菜子ちゃんが働く仕事場の環境を直で目視する絶好の機会。それも、店が懇意にしている特別なお客様も同席する関係上、常連客の視点から映る、日頃の店の様子やホステスの情報などを直々にうかがうことも可能でしょうね。……想い人を取り巻く店や人間関係を知りたがる貴女にとって、これほどまでに都合の良い条件は他にないとは考えられないかしら。二度も巡ってこないかもしれないこのチャンス、逃すわけにはいかないわよ」

 

「しかし……」

 

「推測に過ぎないけれども、菜子ちゃんが人生において最も時間を共にしてきた人間は、おそらく彼と言えるかもしれないわね。我々ホステスらをも凌ぐそれまでの過程は、外部からの干渉さえも受け付けないほどの友情……或いは愛情を育んできたことでしょう。そんな想い人が、これまで目にしてきたであろう同じ景色を巡るその最中にも、意中の人間を虜にする彼の弱点などが自ずと見えてくるかもしれない」

 

「…………」

 

 この時に初めて、彼方は目を細めてきた。

 思うところはあるものの、利用できるものは利用し尽くしてやろうか。そんな、貪らんとする捕食者のような目。

 

 ……まるで、地上の獲物を捉えた猛禽類のような、ピンク色の光源を光らせた狩人の眼差し。決心も固まったのだろう彼方は、音も無くこちらへ歩み寄ってくると、無感情が故の静けさを纏った喋り方ではあるものの、どこかけん制するような細目でその言葉を口にしてきたものであった。

 

「昼食はこちらで頂くのですよね。なら、私もご一緒させてもらいます。勝利するためには敵の偵察も不可欠。蓼丸さんの関心を貴方から引き剥がすべく、本日の会食で恋敵である貴方の過ごし方を観察させてもらいます」

 

「いやいやいや、恋敵ではないとは思うけれど……まぁ、せっかくの機会だからね。和やかにお食事ができると嬉しい……かな」

 

「余裕綽々ですか。私もなめられたものです」

 

「いや、そういう意図は別に無いんだけど……」

 

 喋る度に、ナイフのように突き刺さる視線が向けられる。

 

 ユノさんの焚き付けも相まってか、かなりキツい戦いになるかもしれない……。

 本気で敵視されている圧力に気後れしてしまいながらも、店へと歩き出したユノと共に歩き出していく自分。そして、自分もまた「まぁ、取り敢えずお店に入ろっか」と声を掛けていくことで、彼方は無表情ながらも不服そうなオーラを放ちつつ、三人でLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の店内へと足を運んだものだった。

 

 

 

 

 

 ユノの案内の下、店内へと招き入れられた自分と彼方。既に開店前のミーティングも済み、スタッフらが店内に配置されていくその様子を背景にして、自分らは特別なお客として一足先に二人用の席へと腰を掛けていった。

 

 彼方と向かい合う形で座った、いつもの席。普段とは異なる謎の緊張感がひしひしと空間に流れ込んでくるその中で、開店後にも昼休憩と思われる大人達が着々と席に案内され始めていく。

 

 サラリーマンの団体から、OLや主婦までの、偏りが無い男女の比率。オーダーを承るホステスらも、キャバレーの時とは異なる落ち着いた大人の対応で取り組んでいく様子に、レストラン時の営業は至って健全かつ一般的な、それでいて、ちょっとだけ贅沢な気持ちになれる豪華な内装に囲まれた料理店、という印象を受ける内部の光景が際立っていたことだろう。

 

 夜に営業されるキャバレーの雰囲気を全くうかがわせない、健全な大人のレストラン。いかがわしい雰囲気などは一切と目につかない周囲の様子に、彼方は無表情ながらも意外そうに見渡しつつ、呟くように喋り出してくる。

 

「学校で耳にした噂では、従業員は身体も売っていると聞きました。しかし、現時点ではそのような素振りすらもうかがえません」

 

「そうだね。お昼に営業されるレストランの業態自体は、健全そのものだよ。Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の営業は三年ほど前から開始されていて、ここ一年においては、贅沢な雰囲気で楽しめるリーズナブルなレストランとして、一気に知名度が上がった感じはするかな」

 

「同意します。メニューも一通りと拝見させて頂きましたが、価格は周辺の料理店と比べても比較的にお手頃なものであり、正直、度肝を抜かれました」

 

「俺も最初はそうだったなぁ。煌びやかで豪華な内装からは考えられないほどのお手頃な価格で、味にも量にも満足できるちょうど良いボリュームの料理が運ばれてくるんだ。一緒に来た連れと驚きながら話していたけどさ、よくよく考えてみると、お店の内装自体はキャバレーの会場をそのまま流用しているだけなんだよね」

 

「キャバレーの会場をそのまま流用ですか。なるほど……」

 

 意外と、こちらの言葉を素直に聞き入れてくれた彼方の姿勢に、自分が静かに驚かされてしまう。

 

 今も横顔を晒す彼方のそれ。清楚で頭脳明晰な優等生タイプの容貌がまた、見る者に上品な印象を与えてくれる。

 

 友仁彼方。他のホステスにも劣らない、とても個性的でありながらも魅力的な人物だ。

 思わず、見惚れるように投げ掛けていた視線。これに彼方は素っ気なく振り向いてくると、無感情な声音で鋭く言葉を突き付けてくる。

 

「セクハラです」

 

「え? あぁ、ごめん……」

 

「とても悔しいです」

 

「え? 悔しい?」

 

「こうして貴方は、蓼丸さんの顔も眺めてきたのでしょう。それを思うと、胸が苦しくなってきます」

 

「ご、ごめん……」

 

「謝らないでください。私は貴方に絶対負けない。蓼丸さんは私が貰い受けますから」

 

「う、うん……」

 

 どんな返答を行っても、全部が地雷になりそうでちょっと怖い……。

 ミネとは異なる方向で、なんとも繊細な人物だなぁ。という内心を抱きながら視線を逸らしていく。この気まずい空気に胸の内で「誰か助けて……」とヘルプを送っていくと、直にも自ら料理を運んできたユノが姿を現して、左手に持った銀のお盆から料理の皿をテーブルに移しながら、凛々しい声音でそれを述べてきたものだ。

 

「お待たせいたしました。スズキのポワレ、焦がしバターとキノコソース添え。でございます」

 

 二人分の皿が差し出され、目にしたお洒落な料理に自分と彼方は覗き込むように見惚れていく。

 

 カリッと香ばしく焼き上げられた、大きな白身魚の切り身。焦がしバターのまろやかな風味が既に匂いとして鼻に伝ってくる中で、添えられたキノコとネギが見た目的にもアクセントを加えてくる。

 

 大きな切り身が文句無しのボリュームであり、カリカリッとした焼き目とふんだんに使用されたキノコが食欲をそそってくる。また、付け合わせとしてついてきた別の丸いカップの中には、甘い香りを放つリンゴのポワレが盛り付けられており、ミントの葉が添えられたそれは食後のデザートとして甘美な誘惑を放っていたものだ。

 

 お昼の休憩でここに訪れていた場合、果たして時間以内に食べきれるものだろうか。

 そんな不安さえもよぎってくるほどの贅沢な見栄えに、自分は唾を呑むように喉を鳴らしてフォークを手にしていく。向かいに座る彼方もまた、ハッとするようにフォークを手にしていくと、恐る恐るといった様子で白身魚を口へと運んでいき、お上品に咥えたそれをパクッと食してから、ピンク色の瞳を思わず見開いてみせた。

 

 どうやら、お気に召したらしい。

 無反応に近しい表情で、食べ進めていく少女の様子。これに自分が安堵するように息をついていく脇で、ユノも他から持ってきたイスに腰を下ろしながら喋り出してきた。

 

「柏島くん、今日からの新作メニューを是非とも堪能していってちょうだい」

 

「やっぱり新作でしたか! 見たことのない料理名でしたから、もうワクワクしながら心待ちにしていましたよ……!」

 

「喜んでもらえたようで何よりだわ。それに、今回の新メニューは菜子ちゃんが考案したものでもあるのよ」

 

「なるほど、だからデザートも一緒についてきているんですね。なんだか菜子ちゃんらしいなぁ」

 

 こちらの会話に、彼方が顔を上げてくる。そして食い付くように、ユノへと喋り出してきた。

 

「蓼丸さんが考案されたんですか?」

 

「えぇ、そうよ。彼女はメニューの開発にも積極的で、数ヶ月の格闘の末に彼女は、採用されるに至る念願の新メニューを見事発明してみせた。このメニューは、菜子ちゃんの努力の結晶とも言えるでしょうね」

 

「さすが蓼丸さん……。お嫁にしたい……」

 

 もはや、ナチュラルに口から出てきたその言葉にも、驚くことはなくなった。

 

 なんだか、丸め込む形で彼方を店に招き入れたユノではあったものだが、もしかしたらこれを彼方に食べさせるために説き伏せたのだろうか。

 

 内心によぎる憶測。新メニューをもぐもぐと堪能しながら思っていくその中で、今も目の前ではユノと彼方による会話が展開されていた。

 

 私服姿である故に、今日はオフなのだろうユノ。こちらに混じる形でテーブルに両肘を置いた彼女は、凛とした表情で両手に顎を乗せつつ、彼方との会話に臨んでいく。それらの光景から、彼方が次第とユノに打ち解け始めていた様子もうかがうことができたことから、改めてユノの真の目的を理解できたような気がした。

 

 彼方という、日頃から思い悩む年頃の少女を救済したかったのだろうか。

 女性に親身であるユノの親切心とも言えるのかもしれない。はたまた、同性に恋情を抱く性(さが)にシンパシーでも感じたか。何にせよ、ユノと会話する彼方の表情はみるみると穏やかになり、無感情ではあるものの、先までのツンとした尖った声音は次第にもうかがえなくなったものだった。

 

 そして、いつの間にか恋愛相談になっていた空間。思い悩む彼方の深刻な相談に、ユノは親身となって向かい合っていく。更に話は過去に遡り、これまでに付き合ってきた男性の元恋人に対する不満などを愚痴る彼方のこれに、ユノもまた真剣な眼差しで向き合っていたものだったから、この場面にひとり残された自分は、気まずい面持ちでそのひと時を静かに過ごしたものでもあった……。

 

 

 

 

 

 時間が経ち、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の出口から出てきた自分ら三人。自分とユノに見送られる形で背を向けた彼方は、去り際の挨拶を口にして駅へと歩き出していくのだが、少しして少女は振り返ってくると、無感情ながらも穏やかな調子で、ユノへとその言葉を投げ掛けたのだ。

 

「本日はありがとうございました。また、こちらに来店してもよろしいですか?」

 

「えぇ、いつでも来てちょうだい。学校であらぬ疑惑を掛けられないよう、昼の時間帯に顔を出してもらえるだけでも結構よ」

 

「お気遣いありがとうございます。貴女のような方が蓼丸さんの傍についていることに、安心感さえも覚えます。……またお邪魔します。ありがとうございました」

 

「気を付けて帰ってちょうだい。友仁さん、貴女の来店を心待ちにしているわ」

 

 軽く腕を組んだその右手を、小ぶりの動作で振っていくユノ。その悠々とした佇まいに彼方は一礼を行っていき、そして駅を目指して歩き去っていった。

 

 少女の背を共に見送る自分。しばらくして彼方の姿が見えなくなると、自分は安堵するように息をつきながらユノへと話し掛けていった。

 

「ありがとうございました。正直、ユノさんにはだいぶ救われました」

 

「とても有意義な時間だったわ。……私の内なる使命に基づいた、私なりの正義を遂行したまでのこと。この行為によって柏島くんの心も救われたのであるならば、本日の行為にはれっきとした意味があったのでしょうね」

 

「えっと、まぁ、そうですね? とにかく、ありがとうございました」

 

 ユノ節を軽く流し、お礼を伝えて礼をする自分。こちらの行動に、ユノはこの顔を上げてもらうよう、両手で優しく持ち上げるように添えてくると、次にも名残惜しそうな声音でそんなことを口にしてきたのだ。

 

「友仁彼方さん。彼女は逸材ね。彼女から同意を得られれば、どうか是非とも、彼方さんをLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に迎え入れたいものね」

 

「え? 友仁さんをホステスに、ですか?」

 

「最有力候補として、彼女の名を記憶しておきましょう。何かしらの縁によって我々が結ばれた際には、彼女をスカウトしてみたい。……こんなにも近くに、ホステスに適した人材が眠っていただなんて、気付きもしなかった。今日の交流も果たして、偶然によるものか、はたまた必然によるものか。真相が定かではない運命に互いが導かれた今、この奇跡的な出会いを実りあるものにしたい。いえ、してみせたい。いえ、そうであってほしいものね」

 

「? ?? ???? そうですね」

 

 まぁ、要は友仁彼方という人物が気に入ったのだろう。

 

 あの少女も、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)のホステスとなり得るのだろうか。そんな未来があるのなら、それはそれで少し気になってしまうものだが……。

 

 何であれ、友仁彼方という人物との交流はまだまだ続きそうな予感がした。特に、本日の出来事が一つのターニングポイントとなるのならば、きっと良い方向で物事が進みそうな気もしてしまえたものでもあった。




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