俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活 作:祐。
夜の
恐ろしいほどに静まり返った店の中。ホールからも一切の物音が生じておらず、ひと気もわずかながらにしか存在していない。
この周囲に配置された、限られた人物達。それぞれ、付近の柱に寄り掛かるようにして、天井を仰ぎながらタバコを吸っているスーツ姿の荒巻と、この向かい側で佇む私服姿のノア。そして、ノアの隣で不安そうな面持ちで俯く私服姿のハオマという三名が、エントランスに留まっている。
直にも、関係者以外立ち入り禁止の扉が開かれる。その音に一同が振り向いていくと、そこからは私服姿のユノとクリスが現れた。
真っ直ぐとこちらへ歩み寄っていき、合流を果たしたその二人。共にしてユノは荒巻へとこれを伝えていく。
「周囲の状況に異変無し。ただし、早急に柏島くんの身柄を移した方がいいでしょうね」
「違いねェ。銀嶺会連中との合流ついでに、カンキちゃんを“隠れ家”へと連れていってくれや」
「やはり、ノアとハオマさんも隠れ家で匿った方がいいのでは?」
「そいつはダメだぜユノちゃん。もちろん、お二人さんの命を蔑ろにしているワケじゃねぇ。だが、隠れ家は絶対に見つかってはならねェ最後の砦。そこに泊まる人間は最低限の数に留めとかねェと、備蓄的にキツいわ、万が一の際に集団だと逃げにくくなるわで、追加でお二人さんも匿うのはあまり得策じゃねぇ。だから、隠れ家に移すのは、最も敵に渡ってはならない最重要人物のカンキちゃんのみに留めておく」
「理解はしているわ。けれども、“抗争”が始まってまず最初に狙われるであろう場所は間違いなく、この
「だからこそのオレちゃんだろ。今は出払っているがよ、ミネちゃんも一緒に此処に残って、ノアちゃんとハオマちゃんの護衛にあたるつもりでもいるしな。……んま、そんなミネちゃんも含めて、ホステス達を心配に思う気持ちはよく分かるぜ。オレちゃんとしても、せっかくのイイオンナ達を戦場に立たせたくはねェし、傷付けさせはしたくもねェし、キケンな目に遭わせたくもねェ。だからこそ、こういう時にオレちゃんのようなイイオトコが命張るんだろ」
「……誠に遺憾ではあるけれど、貴方の戦闘力が申し分ないことは事実。全盛期の柏島オーナーさえも凌ぎ、私が認知し得る限りで最も戦闘に秀でた才能を持つ貴方の能力は、私も認めざるを得ない側面があるわ」
「遺憾に思われているところがまた、最高にゾクゾクするねぇ……。認めたくないのに渋々と認めなければならず、それにモヤモヤしちゃっているユノちゃんのもどかしそ~な表情がまた、最高に堪らねェな」
「ここは素直に認めましょうか。そのような寝言をほざく程度の余裕が貴方に存在することを」
「いいじゃないの~、これくらいよぉ。如何せん、こいつが最後の会話になる可能性だってあるんだからな」
「そこらの有象無象に対して、貴方に限ってそうはなり得ないでしょう?」
「ヘッ」
どこか得意げに微笑する荒巻。ユノとのやり取りを終えて彼はこちらに向いてくると、タバコを片手にその説明を行ってきたものだ。
「っつーワケで、カンキちゃん。これからしばらくの間、オレちゃんが用意した隠れ家に身を潜めてもらうつもりだからよ。数日か数週間か、目途は立っていねェが、少しだけ窮屈な思いをしてもらうことになるんで、そこんとこヨロシクな」
「はい……。俺のために、ありがとうございます……」
「んな、お礼を言われるほどのことなんざやってねェよ。鳳凰不動産か骸ノ市の連中にオマエさんが捕まっちまえば最後、根こそぎ奪われるだろう遺産として継がれた財産や権利なんかで、この店やオレちゃんらの身柄なんざどうとでもできちまうからな。……まぁよ、それでも一番はオマエさんのためを想ってやっているんだぜ。そもそもとしてオマエさんは、オレちゃんらアンダーグラウンドとは全く無縁だったカタギの身。そんな、潔白に等しい善良な市民を裏社会の騒動に巻き込んじまってよ、こいつぁオレちゃん達の責任でもあるモンなのさ」
「巻き込んだだなんてそんな。……これは、血縁が引き寄せた必然だと、俺はそう思ってます」
「どちらにせよ、オマエさんは本来“この世界”に居てはいけねェ人間なんだ。そんなカタギの自由を奪っただけでなく、その命さえも奪っちまったらとうとう、オレちゃん達は人間を語る資格すら無くなる。……要は、こちらはこちらで責任を感じちまっているってコトなのよ。今はどうか、それで納得してくれや。な?」
陽気な調子で話す荒巻だが、彼の声音は本気そのもの。装いこそは至って普通の日常を醸し出しているものだったが、荒巻でさえ隠し切れない命懸けの緊張感が今も、真剣な声音となって伝わってきてしまうのだ。
間近となった龍明抗争の勃発。縄張りを争うかの如く睨み合い続けてきた銀嶺会と鳳凰不動産は、ここに来て双方の我慢が限界を迎えるかのように、龍明を舞台とした大規模な抗争を引き起こそうとしていた。
既に事例があるこの戦争は、日本中に震撼をもたらした歴史を持っている。
龍明の市民には避難勧告が出されており、多くの人間が他の地域ないし地下シェルター、その他諸々の安全な場所へと逃げ込んでいた。この勧告の影響もあってか本日の営業は臨時休業となっており、今日からしばらくの間、
……尤も、勧告による閉店は表向きの理由であり、一番の理由は『無関係のお客様を騒動に巻き込みたくないから』というものだった。
敵対する鳳凰不動産や骸ノ市はどちらも、柏島歓喜という憎き仇の息子を狙っている。そして、この人間を普段から匿っている
隠れ家においては、世話役兼護衛役としてラミアがついてきてくれる。しかし、
……日本全国に店舗を展開する鳳凰不動産の監視の目は、対象の高飛びすらも許さない。むしろ、銀嶺会が幅を利かせる龍明に留まっていた方が賢明な程に、鳳凰不動産という組織は脅威を孕んでいた。
また、自分が隠れ家となる場所へと移される理由に、いざという時の保険というものがあった。
自分が隠れ家に移されるのは、万が一にも荒巻やミネといった防衛組が死んだ際の保険だった。
他に移せる場所が無い関係で
……それにしても、とうとう龍明抗争が再び勃発してしまうのか。
以前にも体験した、壮絶な外界の戦闘音。日本とは思えない銃火器や爆弾の音が鳴り響くあの地獄を、再び繰り返す日がやってきたことに憂いがよぎってくる。
どうなるか分からない不安。圧し掛かってきた極限の恐怖に、沈むよう俯いていくこちらのことを見遣ってくる荒巻は、暫しサングラス越しに視線を投げ掛けてからそれを喋り出してきた。
「もうそろそろ移動した方がいいかもな。カンキちゃん、立てそうか?」
「はい……。大丈夫です……」
重い腰を持ち上げて、ゆっくりとした動作で立ち上がっていく。こちらの様子にノアやハオマが不安げに見遣ってくる中で、荒巻は腕時計を確認してから、周辺にいる一同に向かってそう言葉を続けてきた。
「んじゃ、最後に今の状況を軽く説明していくぞー。……まず、銀嶺会と鳳凰不動産の連中による龍明抗争は、明日にも始まることだろうよ。こいつぁ現時点で、『第二次龍明抗争』と呼ばれてるとか呼ばれてないとか。んまぁ、名称は別にいいんだ。問題は、今回の騒動において我々は、絶対に死守しなければならない護衛対象がいる、ということだな」
自分を始めとして、ユノやクリス、ノアやハオマが荒巻に注目していく。
「勝利条件は、騒動終了までにカンキちゃんを守り通すこと。この際、誰が何人死のうが関係ねェ。オレちゃんも含めてな。とにかく、カンキちゃんさえ守り切ることができれば上々、全員で生き残ることができたら万々歳って感じだな。んで、敗北条件は、カンキちゃんの身柄が鳳凰不動産や骸ノ市の連中に渡ること。特に、骸ノ市は今回の騒動に便乗して、紛れ込むようにカンキちゃんを攫いに来る可能性が非常に高い。だから、この場に居ねぇメンツにも、既にこう伝えてあるもんさ。『もしカンキちゃんの下に連中が迫ってきた場合には、差し違える覚悟で彼を守りにいけ』……てな」
この場にいないメンツ。ラミアを始めとした、
「今ここに居ねぇメンバーには、外で色々と準備を進めてもらっている。主に、カンキちゃんの護衛や安全確保、逃走経路の確保や、いざという時の足止めに必要な障害物などなど、可能な限りの仕込みを用意してくれているハズだ。それも、総動員でな。……ただ、ユノちゃんとクリスちゃん、それとレダちゃんにはこれから、銀嶺会の連中と合流してもらう手筈になっている。このお三方には、銀嶺会勢力に加わって一緒に戦ってもらう予定だからな。前提として、この抗争は銀嶺会に勝ってもらわねェとならねぇ。そのために、こちらからも人員を貸し出すことに決めたっつーワケだ。主に、ユノちゃんとクリスちゃんは前線で戦う戦闘員として、レダちゃんは現地の伝令係として奔走してもらう運びになっているな」
つまり、ユノとレダとクリスの三人は、こちらの護衛にあたらない。
本当にマズい状況の場合に限り、気配に敏感なレダをこちらに寄越してもらう話になっている。それ以外の場合は、非常用の移動手段として車を用意してあるメーと、小型の無線機で交信ができるシュラなどが常時、それぞれ異なる場所で待機という形で護りに就いてくれていた。
皆が配置につき、準備も滞りなく進んだことだろう。そんな彼女らによる最後の仕込みは、敵勢力に悟られぬよう、護衛対象を隠れ家まで運ぶことだった。
車を運転するユノの下へと歩み出していく自分。そうして数歩と進んでいくと、脇に立っていたノアが不安な面持ちでこう言葉を掛けてくれた。
「柏島歓喜……っ。ボクも本来であれば、キミのために命を捧げる覚悟で戦いたかった。しかし、ボクは今回、此処で大人しくキミの無事を祈ることしかできない。それこそが、オヤジがボクを此処に預けた所以でもあるからだ」
「ノア、気持ちだけでもすごく嬉しいよ。この騒動が落ち着いたら、また同伴で山にでも行こう。今度は遭難しない程度にさ」
「あぁ……! 前回はバードウォッチングだったから、次はどうしようか……! キャンプにしようかな。それとも山釣りにしようかな……!」
今からソワソワし始めたノアの頭を撫でて、少女の期待に応えていく。これにノアは嬉しそうに目を瞑りながら手のひらの温もりを感じ取っていく中で、ハオマもこちらへと歩み寄るなり、その言葉を投げ掛けてきた。
「カンキくん!」
「は、はい!」
「今度、私とも同伴しようね! 絶対だよ!」
「そ、そうですね! ハオマさんとも是非、お時間を共にしてみたいです!」
「そうだよ! その意気だよ! だから、絶対に生き残ろうね……! 私との約束だよ! ウソついたらハリセンボン呑ませるからね!」
「っ、それだけは勘弁願いたいですね……!」
ハオマのペースに合わせるよう、ちょっと張り合うように胸を張っていく自分。こちらの反応に、彼女もまたムンッ! と気合いを入れてくると、真面目な様相でキリリッとした表情をハオマは見せてくれたものだった。
店に残る二人との会話を終え、直にもユノから「柏島くん。彼女達との別れは非常に惜しいでしょうけれども、そろそろ目的地に向かわなければならないわ」と言葉を掛けられる。これに自分は頷いて答えていくと、手を振るノアとハオマ、そして佇む荒巻に見送られるように歩き出し、関係者以外立ち入り禁止の扉の先にある裏口から、店の外に出たものであった。
龍明の道路を走る白色の車。今もライトを点けながら走行する車をいくらか見かけたが、やはりとも言うべきか数は少なく、大半の人間は避難なり済ませていたことだろう。
ユノが運転するそれの後部座席には、自分とクリスが乗っている。今も縮こまるように座る自分が、内心で「もしかして、既に尾けられているんじゃないか」とおどおどしながら周囲の景色にばかり意識が向いてしまう中で、ルームミラーを見遣るユノからその言葉を掛けられた。
「柏島くん、安心してちょうだい。現在、銀嶺会が各地から召集したヤクザを集結させて、鳳凰不動産にけん制を仕掛けている頃合いでしょう。相手方からしても、一切の隙をも見せられない極限の緊張が続いているはず。とても私達にリソースを割ける状況ではないから、彼らの追手を懸念する必要は無いわ」
「ですが、骸ノ市が追ってきている可能性もあるかなと……」
「それもおそらく、心配しなくてもいいわ。尾行の可能性も無きにしも非ず。しかし、彼らは慎重派である故に、車で追跡するような表沙汰となる行動は基本的にとらないはず。彼らの常套手段は、影が如く這い寄り、音も無く対象を確保する迅速なる人攫い。彼らは、対象に姿を見せることなく拉致を遂行する、闇から伸びる魔の手のような存在。決して表の世界に姿は現さないその性質から、車による追跡というあからさまな手段は講じないでしょうね」
「それはそれで怖いんですが……」
なんか、余計に不安になってきた……。
そんな連中に狙われているという実感が巡ってきたことで、ルームミラーに映る自分の顔色がみるみると真っ青になっていく。これにユノが「車酔いでもしてしまったかしら」と訊ね掛けてくる中で、隣にいたクリスが不敵に笑みながら喋り出してきた。
「久しぶりの戦争だね。明日にも多くの穢れた血が龍明に流れ出して、その血を啜った龍明はより血生臭く成長する」
これに対して、ユノは鋭い調子で「何が言いたいの?」と返答を行っていく。そんな彼女の言葉にクリスはフフッと微笑すると、今度は横にいるこちらに向きながらそれを問い掛けてきた。
「結末を知る由も無い以上、過剰な期待を抱かせたいわけではないことを留意してもらおうかな。その上で訊いてみたいんだけど、君、この騒動が終わった後に何が食べたかったりする?」
「え? 何が食べたい? えーっと……なんだろう」
あまりにも唐突な質問に、普段は即答できそうなそれに思わず頭を悩ませてしまう。
これに、ユノがルームミラー越しに複雑な心境の視線をクリスへと向けていく。だが、彼はその視線を無視しながら、何を考えているのか分からない不敵な眼差しを、ジッと、こちらへ向け続けてきたものだ。
しばらく考えてみたのだが、結局なにも思い浮かばなかった。
どう答えよう。いつの間にか、どう返事するかの内容を考え出していた自分が「うーん……」と唸る中で、クリスは顔を覗き込むような前屈みになりながらも、不敵な笑みでそう言葉を口にし始める。
「キムチ鍋」
「え??」
「どう? キムチ鍋とか」
「え? え? あ、あぁ……良いと思うよ?」
「じゃあ、今度食べに行こうよ」
「え?」
「僕が一人でキムチ鍋を食べに行く姿とか、思い浮かばないでしょ? 僕もそれは同じでね、一人で外食をするという未来が視えずにいるんだ」
「そ、そうなんだ……?」
「だから、君の手で僕の
「そんなことはないよ……! キムチ鍋だよね? 食べに行こうよ! あぁそうさ、一緒に食べに行こうよ。キムチ鍋」
半ば、流されるままにこのような返答を行った自分。こちらの言葉にクリスはフッと微笑してみせると、その視線をルームミラーへと向けながらユノへと訊ね掛けていく。
「ユノ、君は辛い物が好きだったね。なら、どう? 一緒に来る?」
「一体何なの? 貴方が食事に誘うだなんて、どういう風の吹き回しなのかしら」
「フフッ」
どうやら本気で困惑したのであろうユノ。ルームミラーを通して疑り深い視線を投げ掛けた彼女は、暫し考え込むように思案した後にも、そのような返事を行った。
「……いいでしょう。柏島くんを貴方ひとりに任せるには、あまりにも心許ないわ。如何なるお誘いであれ、貴方の私用に柏島くんが巻き込まれるのであるのならば、私もそれに同行せざるを得ない」
「決まったね。何なら、オーナーも誘おうか?」
狙いすましたかのようなクリスの眼差し。これに対して、期待通りとも言えるだろうユノのうんざり顔を見た彼は、何もかも思い通りと言わんばかりの不敵な微笑みを浮かべてくる。
尤も、クリスの提案にユノは表情を渋らせながらも、「好きにしてちょうだい。貴方が提案したプランであるからには、提案者である貴方の意向に従うまでのことよ」と答えてみせたものだ。
ユノの返答に、どこか満足そうな顔で不敵に微笑したクリス。その視線は次にもこちらへ投げ掛けられ、その深紅の眼差しと共に彼はこの言葉を口にしてきたのであった。
「とても不安になっちゃう出来事や言葉があまりにも多くって、カタギの君はそれだけでも気疲れしちゃうよね。でも、何度も死の淵に立ってみた身からすればさ、このくらいのピンチなら案外どうにかなるもんだったりするんだよ。そんな僕から、実に僕らしくない言葉を今から君に送ってみようかな。……『希望を忘れずに』。なんかヤバいなぁって思ったらさ、“キムチ鍋”を思い出してみてね。僕との約束だよ」
場所は道路からその脇道に移り、照明も点かない暗がりの路地をユノの車が進んでいく。その間にも、隣のクリスが拳銃に弾を詰め始めていたことから、自分は全身の神経を周辺へ送り出すようにして、外界にある気配を探り出したりしていた。
どこかに追手が隠れているかもしれない。そんな不安がずっと胸にぐるぐる巡り続けていたからか、知らずの内にも気疲れを起こしてヘトヘトになってしまう。
もう……色々とキツいよ……。
内心で弱気な言葉が反響する。それが姿勢となって表れるように、次第にもうずくまるよう丸まってしまった自分が、懐の暗闇に頭を埋めるよう暫し沈黙していた時のことだった。
不意にも、運転するユノから「柏島くん、目的地が見えてきたわよ」と声を掛けられた。彼女の言葉にガバッと起きた自分が、目を凝らすように真っ直ぐ見遣っていくと……。
路地一帯に広がる、廃墟になったビルの群れ。ひと気どころか生命の気配すらもうかがえないこの光景は、例えるならば『荒廃した建築物のジャングル』とでも言えただろうか。
道端に、倒れた鉄柱なんかも見受けられる無法地帯。だいぶ前から人間は撤退したのだろうその空間において、こちらの車へと手を振る一人の可憐な女の子が存在していた。
地雷風コーデを身に纏った、私服姿のラミアだった。
被っている猫耳キャスケットを見ると、なんだかすごく安心してしまえる。そんないたいけな風貌とは裏腹に肝が据わっているラミアを見つけてからは、ユノは彼女の近くに車を停めて、ラミアと合流するようこちらに伝えてくる。
これに従って自分は車を降りていくと、すぐにもラミアの下へと駆け寄ってから、運転席のユノへと感謝の言葉を掛けていった。
「ユノさん! ありがとうございました……! ユノさんもクリスも、どうかお気を付けて……!」
「ありがとう、柏島くん。運命が私達を見放していないようであるのならば、また後日、引力によって引き合わされるかのような自然な再会を果たすといたしましょう。……ラミア、柏島くんのことを頼んだわよ」
ユノ節から一転として、真剣な声音でラミアへと言葉を掛けるユノ。これにラミアは適当な調子で「まー、できる限りはやってみますよー」と返答したことで、ユノは微笑しながらも頷いてから、車を走らせて即座にこの場から去っていった。
……廃墟のビルから通り抜けてくる、もの寂しげな風の音。魂が抜けていくかのような感覚さえ覚える悲しき物音と共にして、ラミアは真後ろにあったオンボロのビルへと歩き出しながらそれを伝えてくる。
「そーいうワケですから、アチラの四階くらいのトコにあるお部屋が、今日からしばらくの間お世話になる拠点です。先に言っておきますけど、贅沢なんてできるワケがないので過度な期待はしないようにお願いします」
「もう、命が保障されるならどんなに質素な生活でも耐えられるよ……」
寂れた土地をラミアと共に歩き進めて、金属の臭いがギンギンに鼻をつんざく外階段を上ってから扉を開いていく。そうしてオープンドアした視界の先では、事務所として使われていたのだろう横に広い空間がこちらを迎え入れてきた。
置かれた事務机の並びなどが、廃れる以前の仕事風景を思い起こさせる。それがそのまま取り残された寂しげな景色を脇にして、壁よりの一角に設置された真新しめな簡易ベッドの存在が、とにかく周囲から浮いていたものだ。
枕元に置かれた、大量の缶詰の山。水分の入ったペットボトルも置かれている他、小さな冷蔵庫も用意されていたことから最低限の居住はできそうだった。
コンセントが使われていることから、電気は使えるのだろう。そう思いながら眺めている最中にも、ラミアからは適当な調子で簡単に説明されていく。
「まず、電気自体は通るようになっていますけど、基本的に照明は使用しませんのでそのつもりでいてください。避難勧告が出されている中で、こんな廃墟に新しく人が住み始めただなんて、ほぼ居場所をバラすようなモノですからね。で、食料は二人分で合わせて二週間分ほどあります。ですけど、抗争がいつまで長引くか見当もつきませんし、物資の補給で駆け付けたメーさんが尾けられてしまっても終わりですから、その辺のリスクを負わないためにも物資の補給は無し。一日一食を覚悟してイマある分を召し上がるコトとなります。貴重なお食事ですから、ちゃんと味わってくださいよ??」
「あぁ、分かった……」
ラミアの説明を聞きながらも、もう既に限界を迎えていた身体が簡易ベッドを欲しがってそちらへ直行する。そしてギシッと音を立てながらも、敷かれていたシーツに癒しを感じていくと、ラミアもまた狭い簡易ベッドに乗り掛かり、こちらを押し退けるようにしながら寝転がってきた。
す、少しでも動いたら落ちてしまう……。
余裕の無さに、思わず振り向いた自分。すると、その先にはゼロ距離のラミアの顔が視界いっぱいに映し出されたため、自分はちょっとだけドキッとしながら、つい見惚れてしまうような視線で彼女を見遣ってしまう。
で、そんな幼げな眼差しで、しかし大人びた風貌でこちらを見つめるラミアは、こちらの様子に一瞬だけ呆れたような表情を見せながらも、いつもの調子でそう喋り出してきたものだ。
「ウチも一緒にココで寝ますから、狭いのはご愛敬というコトでお願いします。我慢してくださいねー。コレも生き残るためですから」
「あ、あぁ。いや、別に嫌じゃないから全然平気だよ」
「まー、カンキさんならそーでしょうねー。と言いますか、そーでないと困りますよ。ウチと一緒に寝るコトに慣れておいて良かったですねー。その時は大体お互いに裸だったりしますけど、まー、コレはコレでワルくはないシチュエーションです」
「あぁ、だね。……ラミアが一緒に居てくれて、本当に良かった。ラミアが居てくれると、とにかく心強くてさ……なんだか急に眠くなってきた……」
不意に訪れた極度の眠気。余分な広さがいつもと異なる感覚をもたらすのだが、くっ付いてきたラミアの温もりを感じてからは、周囲の環境なんて心底どうでもよくなってきた。
適当かつ淡々とした彼女に、至って自然な流れでぎゅっと抱き締められていく。そして今も眠りに落ちようとするこちらの意識へと、耳から流し込むようにして、ラミアはそれを囁いてみせたのだ。
「まだ抗争は始まっていませんし、今日はもう安心してさっさと寝ちゃいましょー。明日からが本番ではありますけど、カンキさんは基本的に、ウチと一緒にココに引きこもっているだけでイイんです。……カンキさんのコトですから、それでも色々と考えちゃうのかもしれませんけど、その不安はウチができる範囲で払拭してみますから。まー、無事に銀嶺会勝利で終わるよう、お祈りしながら二人で生き永らえましょ」
「あぁ……そうだね……。ほんとうに……そのとおりだ…………」
ラミアの声が心地良い。
一番長く一緒にいるホステスだから、だろうか。ラミアという存在がとても心強く思えてきて、それからは包み込まれるような優しさに甘えるよう、自分はあっという間に眠りについてしまう。
こうして自分は、寄り添うラミアと共に最初の一日目を隠れ家で過ごしていく。だが、翌日にも自分らは、遠くで響き渡ったダイナマイトの爆発音で目を覚ましたものであった。
開戦を告げる轟音。この瞬間にも、龍明の市街地において『第二次龍明抗争』が開始された。
銀嶺会と鳳凰不動産による、長きに渡る因縁の衝突。人間同士による血みどろな縄張り争いは街全体を巻き込み、築き上げてきた文化や建物を瞬く間に塵へと変える。
警察ですら介入できない、大規模な勢力同士のぶつかり合い。方や不動産の名前すら隠した、世間的には無名である実質的な暴力団が今、銀嶺会という最強のヤクザ組織と戦争をおっぱじめたのだ。
……遠方の戦闘音が、わずかながらに聞こえてくる。
絶えず響いてくるそれらは振動となり、今いる建物の床や壁を小刻みに揺すってくる。これに怯えるようベッドの上で丸くなるこちらの様子に、ラミアは落ち着かせるように寄り添い、背をさすってくれたり、「大丈夫ですよー」と言葉を掛けたりしてくれていた。
来る日も来る日も缶詰の食事を行い、電気の無い暗がりの中で、ラミアと二人きりで過ごしていく。その間も彼女とは他愛ない会話を交わし、時には慰められ、共に眠りにつく日々を送っていた。
風呂に入れない分、ボディシートでお互いの身体を拭き合ったりもした。その流れでラミアとは“行為”に至ったりもして、彼女はこちらの恐怖心を取り払う努力を、徹底的に施してくれたものでもあった。
そんな日々を過ごすこと、一週間が経過した頃だろうか。
血筋による
【注意書き】
第70話~第71話において、暴力的な表現が含まれる描写を行う予定です。
極力オブラートに包むものの、中にはゴアな表現であったり、ヒロイン達に対する物理的または性的な暴力の描写も含まれるかと思います。
そのため、『人体欠損といった刺激の強い描写が苦手』な方や、『ヒロイン達の可哀想な姿を見たくない』という方は、第72話までお話を飛ばしていただけますと幸いです。