※この作品はR-18です。

俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活   作:祐。

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【注意書き】

 第70話~第71話において、暴力的な表現が含まれる描写を行う予定です。

 極力オブラートに包むものの、中にはゴアな表現であったり、ヒロイン達に対する物理的または性的な暴力の描写も含まれるかと思います。

 そのため、『人体欠損といった刺激の強い描写が苦手』な方や、『ヒロイン達の可哀想な姿を見たくない』という方は、第72話までお話を飛ばしていただけますと幸いです。


第71話 Seconde conflit Ryumei 《第二次龍明抗争 後編》

 ビルの内階段を上る人物。“彼女”は大気に擬態するか如く存在感を消しており、確かに“実在する”ことの証明として、シューズの足音のみを響かせていた。

 

 トップスインスタイルの、白色の襟付きブラウスに、赤色と黒色のチェック柄ミニスカート。その上下を繋ぐ黒色のバックルベルトに、白色のルーズソックスとミルクティー色のシューズという格好。百七十五はあるだろう高身長の背を真っ直ぐと伸ばし、腰辺りにまで伸ばした深紅の長髪を揺らしている。

 

 その左手には、スナイパーライフルのケースが提げられていた。そんな、長さを伴った荷物を淡々と運ぶ最中にも、右手で耳にあてていたスマートフォンからは男の声が漏れてくる。

 

『偵察班から連絡があり、“柏島の息子”が骸ノ市の手に渡ったとのことだ。大方、“代理社長”の想定内であり、そして連中は彼を連れて、例の団地へ移動中ときた。……代理社長が今に至る経緯を全て予測した上で、“おまえ”には団地を一望できるビルの屋上へと向かってもらっている。代理社長の筋書き通りで行けば、“おまえ”にはこの後、その屋上で“対象(ターゲット)”を始末してもらうこととなるだろう』

 

 男の声のみが響き、それを耳にする彼女は一言も喋らない。そうして無言を貫く存在へと、男は言葉を続けていく。

 

『骸ノ市という、表の世界に姿を現さぬ闇の住民。その司令塔でもある幹部を地上に引き摺り出すため、柏島の息子を餌にして経過を観察していた。所々、手柄に目が眩んだ我々の部下がしゃしゃり出たものでもあったが、結果として代理社長のプラン通りに事が進行している。残るは、久方ぶりに現れた骸ノ市の幹部を始末し、奴らの権威を失脚させれば、直に組織は自然消滅、我々の競合相手はまた一つと姿を消すことだろう。……その、総仕上げとなる最後の任務を、おまえに託したのだ。雇われ兵であろうと、失敗は許されないぞ』

 

 念を押すように伝えられたその言葉。しかし、それでもなお彼女は返答の一つすら口にしなかった。

 

 沈黙で返ってきたそれに、男は唸るように言葉を詰まらせながら通話を切っていく。これと共にしてビルの最上階に到着した彼女は、その壁に空けられた四角い穴を確認次第にも、提げていたケースからスナイパーライフルの部品を取り出して、黙々と組み立て始めたものだ。

 

 顔を知る術は無い。そうして誰にも素性を明かさぬ彼女は屈みながら銃を構え、空けられた穴に銃身を通していく。それから彼女はスコープを覗いていき、その先に広がっていた“光景”を淡々と眺め遣った。

 

 

 

 

 

 …………パッ、と視界に景色が広がり始めた。

 

 見開いたまま失神していたこの意識が、突如と戻ってくる。共にして視界に入った光景は、凹状の建物に囲まれた団地というものであった。

 

 開けた場所からは、龍明の街並みを一望することができたものだ。そのことから、この場所は周囲よりも高い位置にあることがうかがえる。それら街並みに混じるいくつもの高層ビルもうかがえる光景の中で、自分は突然、頭を力強く踏みつけられたのだ。

 

 い、痛い……ッ!!!

 先にも流血した記憶が蘇る。その痛みが思い出す形で降り掛かってくる最中にも、あのやつれたスキンヘッドの男にそう言葉を掛けられた。

 

「呑気にも居眠りしやがってなぁ~……ただでさえ英雄気取りのご身分である上に、自分の状況を理解していねェそのツラがまた最高に気に食わねェなぁ~……?」

 

 何のことだか、さっぱり分からない……。

 仰向けになっていたこちらの身体へと、男は手を突き出してくる。それからこの胸倉を乱暴に掴んでくると、その勢いで上半身を起こさせながら男は“それ”を仰いできたのだ。

 

「あまり時間は掛けない方が良いと思うぜぇ~……? その方が、お互いのためになるってもんさぁ~……? なぁ……? おまえもそう思わねェもんかなぁ~……? じゃなけりゃぁ、“大切な彼女”がどんなに酷い目に遭わされるか、分かったもんじゃねェからなぁ~……?」

 

 ねっとりと喋りながらも、男は軽く首を振ってそちらを見るよう促してくる。その動作に自分はそちらへ向いていくと、次にも信じたくもない悲惨な光景が広がっていたのだ。

 

 そこには、うつ伏せに倒れ込むラミアがいた。しかし、ボロボロになるまで殴られたのだろう青あざだらけの彼女には、更なる仕打ちが施されている。

 

 両手の爪が全て剥がされ、剥き出しとなった血だらけのそれ。口はホチキスの針で塞がれており、右手には大きな釘が刺されていた。

 

 血と涙が混じる、液体だらけの顔面。地面に繋がれた右手からは今も血が流れ出ており、こちらを見遣る彼女は痛みのあまりに苦悶の表情を浮かべている。

 

 ラミアの付近には、骸ノ市の一味だろう数名の男性らと、ハンマーと釘を手に持って待機する男が存在していた。

 青色のシャツに、黒色のカーゴパンツという大男。彼はラミアの左手を踏ん付けながらこちらを見下しており、釘をチラつかせながら薄ら笑いを浮かべている。

 

 拷問だ。スキンヘッドの男が先にも口にしていた、情報を吐かせるための残虐な手段。

 ラミアを人質に、柏島の息子である自分から何かを問いただそうとしているのだろう。そうして察しがついたこちらの反応に、スキンヘッドの男は喉仏まで伸びる長い舌を出しながら喋り出してきた。

 

「柏島長喜ぃ~……。全てはあの男によって、おれ達は狂わされたのさぁ……。あの日、白髪の女を寄越すことで阻止してきた、あと一歩の悲願。流れ込んできた海外のマフィアを相手によぉ~……武器や国籍、臓器や奴隷を売って稼いでやろうというビジネスの成功を、寸前のところでおじゃんにしてきやがったなぁ~……。こいつはぁ、その連帯責任ってことなんだよ……。……洗いざらい吐いてもらおうかぁ~……? あと一歩のところで他人の時間と人生を滅茶苦茶にしやがった、あの身勝手な無責任男のよぉ……。あれが持つ、金や権利その他諸々がまとめられた、遺産の保管場所やその在処についてよぉ~……!」

 

 力んだ男の表情。次にも彼はこちらの顔面を思い切り蹴り飛ばし、血を噴き出しながら暗転した視界に心臓の鼓動が速まっていく。

 

 身体が転がるほどの力が加えられていた。この様子に、口を開けずにいるラミアが喉で呼び掛けてくる。だが、彼女もまた左手を強く踏まれていき、これを受けて投げ遣った自分の視線を遮るよう、スキンヘッドの男が顔を出してきた。

 

「あの嬢ちゃんもよぉ……元はと言えばおれ達の所有物だったわけなんだよなぁ~……? それも、このおれが直々に、あの嬢ちゃんに“教育”を施してやってたわけだ……。おれは親身になって世話してあげたんだぜぇ~……? それが嬢ちゃんのためになると思ってなぁ~……。だけど、嬢ちゃんはあの日の騒ぎに便乗して、骸ノ市から逃げ出した……。恩を仇で返すとはまさに、このことを言うんだろうなぁ~……?」

 

「恩……? さっきからふざけるなよ……っ!!!」

 

 黙って聞いていれば、親父やラミアのことを好き放題に言いやがって。

 怒りが頂点に達した自分が、それを露わにして反論していく。だが、こちらの反応に男は言葉よりも先に足が飛び出し、こちらの顔面を蹴り飛ばして地面に激しく打ち付けてから、そこからこの右脚を掴むなり、背負い投げの要領でこの身体を持ち上げては地面に力強く叩き付けてきたのだ。

 

 興奮混じりの男の高い声が響き渡る。共にして自分は鼻や口、額から大量に血を流しながらも、顔を上げた先にいるラミアの身を案じて視線を投げ掛けていった。

 

 だが、この視界を上から覗き込むようにスキンヘッドの男が喋り出してくる。

 

「おまえの父親がしでかした罪は、こんなんじゃ済まされねェことをよく覚えとけよぉ……。他人が汗水流して費やした数多の労力をぉ……勝手な正義感で滅茶苦茶にしたおまえの父親が全ての発端なんだぜぇ~……!! 人攫いにも人生や人権があるんだよなぁぁ……。それを全部ぶち壊しやがって……!! よくもここまで人を追い込んでくれたなぁ……ッ!!! こうして社会の底辺に落ちぶれたのも全てぇ……!! 全部全部全部全部全部全部全部全部おまえのクソオヤジのせいなんだよぉッ……!!!!」

 

 覗き込んだ頭のまま、こちらの髪を鷲掴みにしてきた男。それから何度もこの顔面を地面に叩き付け、気が済むまで打ち付けた後にこの後頭部を思い切り蹴り飛ばしてくる。

 

 既に鼻が折れていたことだろう。痛みがあまりに逆に痛覚が鈍くなってきた感覚が、顔を中心に広がり出してくる。しかし、痛がるこちらの様子に男はツバを吐き捨ててくると、屈んできてはこの頬を何度も軽く叩き付け、冷めた調子でそれを訊ね掛け出したのだ。

 

「散々と恨みはあるもんだけどよぉ……おれ、優しいから。おまえのこと、殺さないでおいてやるよ……。だから、吐け。クソオヤジの遺産を全部、骸ノ市に寄越しな。そうすれば、可愛い可愛い彼女ちゃんも殺さないでおいてやる。売り物にはするけどよ。別におれは殺さねェから、約束通りだもんな? ……早く洗いざらい吐かないとぉ、お次は彼女ちゃんの左手が使い物にならなくなっちゃうぞぉ~?」

 

「ッ……!!」

 

 ラミアだけはダメだ。

 顔を上げて、彼女を見遣る自分。だが、傍にいた大男がラミアの左手を蹴り飛ばして地面に打ち付けていくと、持っていた釘を構え、ハンマーを持ち上げながらこちらを薄ら笑いで眺め遣ってきたのだ。

 

 ……喋らなくては。親父の遺産の保管場所を……。

 

 ……遺産の、在処を…………?

 

 ……待てよ。そもそもとして俺は……。

 

「……知らない。俺は、知らない……!」

 

 こちらの返答に、スキンヘッドの男が大男へとアイコンタクトを取っていく。

 

 共にして、大男はハンマーを振り下ろした。この動作に自分は、声を荒げるようにしてそれを訴え掛けていく。

 

「待ってくれ!!! そのっ、知って……知って……ッ!!」

 

 大男の動作は停止した。だが、ハッキリとしないこちらの言葉に、スキンヘッドの男が怒りを露わにしながら「なめてんのかこのガキがァッ!!!!」と髪を乱暴に鷲掴みにしてきたものだ。

 

 それから、可動範囲ギリギリまで首が持ち上げられていく。これに喉の皮膚までも裂けて血が流れ出したのだが、スキンヘッドの男はまくし立てるようにそれを口にしてきたのだ。

 

「不便無い暮らしで脳みそ腐り切っちまったのかァこのゴミムシがァァッ!!! てめェのような人間を見ていると腹の奥底から苛立ちがぐつぐつと煮え滾ってくる!!!! おれを不快にさせやがって、このゾウリムシ以下の出来損ない単細胞生物がァッ!!! おまえのような存在がこの世をダメにすることを自覚していねェみてぇだなぁ!? そういう人をなめ切った態度が嫌われること、さては理解していねェなてめェ!!!!」

 

 怒りに任せるがままに、男は怒号とツバを浴びせてくる。それから、投げ捨てるようにこちらの髪を離してくると、男は突如とねっとりとした喋りで“ある真実”を語り始めたのだ。

 

「おまえなぁ~……。さては、おれ達がオヤジさんを“殺した”と思ってんだろ……? それは違うよぉ~……? いくら何でも、勝手に決め付けて無実の人間を疑うクセは直そうなぁ~……?」

 

「……?! 殺された……? 親父が……?」

 

 そんなハズはない。少なくとも自分には、親父の死は“病死”と伝えられていた。

 

 どういうことなんだ……?

 疑問ばかりが思い浮かぶその内心は、相手方にも伝わったらしい。こちらの放心に近しい表情にスキンヘッドの男は眉をひそめていくと、次にも男は手を叩いて大爆笑しながらそれを告げてきたのだ。

 

「ぴャッハッハッハッハ!!!! マジかよこいつッ!!! 親ぁ殺された上にウソ吹き込まれてんの可哀想すぎだってのぉッ……!!!」

 

「……?? …………????」

 

「なら、誰も傷付けねェ親切なおれから教えてやるよ……。おまえのオヤジさん、柏島長喜はなぁ……“殺された”んだよ。あれだけ英雄だとか言って持ち上げられといてよぉ……最期はやけにあっさりと殺されたらしいじゃんなぁ~……?」

 

「……そんな。でも、みんなが病気で亡くなったって……!」

 

「今まで心から信じてきた人達み~んなに騙されちゃって、実はきみも結構、可哀想なんだね~……? ちょ~っとだけ同情しちゃうなぁ~……?」

 

 わざとらしい調子でそれを口にしながらも、スキンヘッドの男はさも意味ありげにラミアへと振り向いていく。

 

 目が合うなり、彼女は深刻な様子で気まずそうに視線を逸らしていった。その反応に、自分は確信と共に呆然とするよう見遣っていく中で、スキンヘッドの男はこちらの視界に入り込むよう覗き込みながら、それを提案してきたのだ。

 

「おれ達はさぁ、そういう裏切られた人間の集まりみたいなとこあるからさぁ、同じような立場にいるきみにもぉ、すこ~しだけ仲間意識が芽生えてきちゃうんだよねぇ~……? ……柏島長喜の遺産のアレコレを聞き出したら、もうここで直々に鳳凰不動産へ高く売り付けてやろうかと考えていたんだけど。気が変わったよ。今、遺産の在処を素直に教えてくれたら~……特別待遇で、骸ノ市に招待してあげようかぁ? そこではいろんな女の子を好きなようにできて、そう悪くはない条件だと思うんだけどなぁ~……? どうだぁ? 揃って嘘ついてきた連中なんかと一緒にいるよりも、この提案に乗っかって毎日気持ち良い思いできた方が、断然お得だと思うんだけどなぁ~……?」

 

 急に優しい振る舞いを見せ、こちらへ手を差し伸べてきたスキンヘッド。彼のお誘いに乗る気持ちなど微塵にも無かったものだが、親父の死の真相で未だ思考がパンクしていた自分は、ノーを即答できずに暫しその場で固まってしまっていた。

 

 

 

 

 

 ビルの屋上でスナイパーライフルを構える彼女。今も覗き込むスコープには、拡大された“青年”が映し出されている。

 

 彼の手前にあたる場所には、風通しの良い小屋が佇んでいた。その小屋越しに団地の状況を確認していく彼女だが、小屋の屋根の陰にあたる場所に留まり続けている“対象(ターゲット)”の存在に、彼女は静かなる怒りを滲ませていた。

 

 動き回る“それ”は、小屋の隙間から脚などをうろつかせていた。それは時折と屈んでみせたりするのだが、それでも胸や頭部が屋根に隠れたりなどしていて、とても急所を狙えずにいる様子でもあった。

 

 そして、青年を蹴り飛ばし、背負い投げなどして痛めつけていく。これによって青年の位置がずれ、対象(ターゲット)も屋根の陰から移動していくのだが……。

 

 ……上半身が出てきた瞬間にも、対象(ターゲット)は屈んで屋根に隠れてしまった。

 あとちょっと、“顔を前に出してくれたら……”。そんなもどかしさに、彼女は思わずビルの壁を殴り付けていく。それでも静かに銃を構えていた彼女は、奇跡的な確率で訪れるであろう、ゼロではないわずかながらの可能性で成り立つ“その一瞬(チャンス)”を見逃すまいとして、神経を切らすことなく常にそれを注ぎ続けていたものだった。

 

 

 

 

 

 親父の遺産。それが、自分を攫ってまでして聞き出したかった情報か。

 

 あいつからは愛されてなんかいない。そう決め付けて親父を毛嫌いしていた関係上、相続の手続きを始めとしたあれこれには全く触れてこなかった。もっと言ってしまえば、自分が親父という存在を忘れたいがために、その膨大な遺産を適当に分割して友人らに渡してしまおうかと、本気でそう考えたりしたこともあったものだ。

 

 親父のことがどうでも良かったから、そんな人間の遺産なんか引き継いだって意味なんか無い。何だったら興味すら無い。……と、最初の俺は、そんな断固たる決意を抱いてしまっていた。だが、これまでの話からするに、どうやら親父の遺産には金や家具といった財産の他にも、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の経営権や、ホームレスの居場所として彼らに提供している公園の所有権などの権利も多く含まれているらしいのだ。

 

 骸ノ市は、それらを主とした柏島長喜の遺産を狙っている。その遺産を本人から聞き出して搾り取るためにこの身体が必要になり、これが用済みになったら、他にこの人間を欲しがっている鳳凰不動産に高額で売り付けてやろうという一連の流れが、奴らの算段なのだろう。

 

 で、あるからには、自分がここで殺される可能性は低い。むしろここで考えるべきは、ラミアの無事だった。

 

 ……右手を貫通した釘。流した血は赤黒く変色して釘と一体化しかけている。その口もホチキスの針で塞がれており、上下の唇を繋ぎ合わせる鋭利な光沢が、たまに日光でチラついたりしている。

 

 殴打された顔のあざや、股付近に用意されているコンプレッサーも非常に悪趣味だ。剥がされた両手の爪も周囲に転がっていて、この場で拷問に遭わされていたことを生々しく告げてくる。

 

 その上に、柏島の息子さんには“嘘”をついていたという事実をバラされた。

 心身ともにズタボロとなった痛ましいラミアの姿。だが、彼女は苦悶で表情を歪ませるよりも、嘘をついていたことによる罪悪感からか、潜在的な意識によって、こちらと目を合わせることを避けるようになってしまっていた。

 

 ……だからと言って、死なせるわけにはいかない。

 

 根本的な解決とはならないが、先日にも自分は、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の人間から魔法のおまじないを授かっていた。

 

 ……とても現実的ではない神頼み。だが、試す他に無いだろう。

 

 車の中。脳裏に“彼”の声がよぎってくる。怯えるこちらを落ち着けるために、気を遣ってからかその言葉を託してくれたのだ。

 

 ……『希望を忘れずに』。これで助かるという根拠は無いが、今の自分にできる最後のお祈り。これは、ヤバいなぁとなった際に思い出すべきだと告げられた、類稀(たぐいまれ)なる救済へと全てを賭けた究極の運ゲーだ……!!!!

 

 

 

「…………べ」

 

 うつ伏せで倒れる自分が、それをボソッと呟いていく。これにスキンヘッドの男は勝ち誇った笑みで「よく聞こえなかったなぁ~……? もう一回喋ってくれないかなぁ~……?」と“顔を近付けてきた”。

 

 そんな男の希望に沿い、自分はそれを復唱する。

 

「……ち。……べ」

 

 ラミアの傍にいる大男が、彼女の左手に釘を置き始める。その間にもスキンヘッドの男は「なにかなぁ~……? もうちょっとだけ、声を大きくして喋ってみようか~……?」と口にしながら、彼は聴き取るべく、開けた団地で倒れ込むこちらの耳へと、“更に顔を近付けていった”。

 

 今まで全身が隠れていた屋根の陰から、ゆっくりと顔を出していく男。そこで彼は、耳に手をあてがいながらこちらの言葉を待ち始めたために、自分は最後に、振り絞るように“おまじない”を口にし始めたのだ…………。

 

 

 

「…………ちなべ」

 

「ちなべ? ほう~……遺産関連の何かを保管している場所の名前かなぁ~……? その調子でお願いねぇ~……?」

 

「…………むちなべ」

 

「むち、なべ。ふぅん~……イマイチ、ピンと来ないねぇ~……。あまり人を待たせるのは良くないよぉ~……? 次で遺産に関することをハッキリ言い切らなかったらぁ~……彼女ちゃんの左手と、あとついでに両目も無くしちゃうからぁ~……そのつもりでお願いねぇ~……?」

 

「…………」

 

「そういうわけでぇ~……。さぁ~……はい、ど~ぞ」

 

「“キムチ鍋”」

 

 ?!

 

 この言葉が出た瞬間、その場の一同は思わずビクッとして硬直した。特にスキンヘッドの男は内心で、「やっぱり聞き間違いじゃねェ……!! この状況で何故“キムチ鍋”だ……!? 果たしてこの言葉に意味があるのか? それとも、何かを示す隠語のようなものなのか……!?」などと言葉を巡らせながら、小屋の陰から頭部を出した状態で、暫しその場に留まってしまっていた。

 

 だが、それに構わず自分はエビのように反りながら顔を上げ、直後にも雄叫びを上げるかが如く全力全開で“クリスとの約束”を連呼してみせたものだ。

 

「キムチ鍋!!!!! キムチ鍋ェ!!!! キムチ鍋。キムチ鍋キムチ鍋……キムチ鍋ェェェェエエエェェッッッ!!!!!」

 

 なぜ、この状況で『キムチ鍋』を連呼する……?

 

 なぜ、この状況下で気狂ったように『キムチ鍋』と叫んだ……?

 

 同じ人間が故に、あまりにも想定外かつ奇天烈な現象を前にして皆は一瞬だけでもその思考が停止した。それはラミア然り、大男然り、そして……スキンヘッドの男もまた然り……!

 

 キラッ。ビルの屋上と思しき場所が、光を反射する。

 

 この頭上を通過した、空を切る“何か”。と、次の瞬間にも、隣にいたスキンヘッドの男からは割れたスイカが如き“赤黒い爆発”が発生し、生き物である以上は不快極まりない血肉の音と共にして、彼の身体は吹き飛ばされていったのだ。

 

 ……何が起こったのか分からない。それを理解するべく向けた視線の先には、目撃してはならない“凄惨”な光景が広がっていた。

 

 対人間用とは思えない“弾丸”。それによって、落とした花瓶のように張り裂けた痕跡と、そこの内容物を全て地面に撒き散らした“物体”と“液体”のオンパレードが、一気に不快感を込み上げさせてくる。

 

 出る。思わず口を押さえた自分。だが、その間にも周囲においては、待機していた骸ノ市の人間らが気狂ったようにどよめいては慌て始め、皆が半ばパニック状態で団地から逃げ出していた。

 

 それは、ラミアを押さえ付けていた大男も例外ではない。彼も狙撃の方角を理解したように“ビル”を見遣り、急ぎで物陰となる路地裏へと駆け出した。……と思われた。

 

 踏ん付けていたラミアの左手から、足を持ち上げていく。その足でラミアの身体を乗り越えようと、次の一歩を踏み込もうと足を持ち上げたその時にも、ラミアは跳ね上がるように思い切り身体を突き出したことによって、大男の足は彼女の背に突っ掛かって盛大に転倒していったのだ。

 

 持っていた釘とハンマーを投げ出して、男はすぐさま立ち上がって走り出そうとする。

 だが、その立ち上がる動作を読まれていたのだろう。身体を持ち上げた瞬間にも大男の後頭部に“狙撃”が命中し、彼も敢え無く区別のつかない有様となって“内容物”をぶちまけながら倒れ込んだ。

 

 的となった無残な光景を、ラミアは平然としたサマで直視していく。それからというもの、真横から駆け寄ってくる足音にラミアは振り向いていき、その先で涙をボロボロと流しながら駆け寄ってきたこちらの姿を、彼女は安堵するようにひそめた眉で迎え入れてくれたものだった。

 

 ……とても、痛ましい姿だ……。早く、早く彼女を解放しなければ……!

 

「ッ、ラミア……!! ラミア……! ラミア……待ってろっ……。今、今助けてやるから……ッ!!! 今助けてやるからッ……!!!」

 

 右手に刺さった釘も、一刻でも早く取り除きたい。だが、最初は呼吸に関する口だろうと判断した自分は、すぐさま周囲を見渡しては使用されたのだろうホチキスを発見し、それを急いで拾いに行って、ラミアの口に着けられた針を慎重に取り除いてみせた。

 

 刺さっていた部分からは気泡のような血が膨れ上がり、せっかくの可憐な唇に穴が空いたその容貌に、自分は苦痛で顔を歪ませてしまった。

 

 次にも、右手の釘を何とかしなければならない。

 ホチキスを投げ捨てて、周辺に落ちていたバールを手に持ってラミアへと駆け付けていく。それから釘にバールを引っ掛け、ラミアに引き抜く旨を伝えた後にも、自分は見るに堪えない光景を直視しながら、ラミアの無事を祈りつつバールによる釘抜きを開始していった。

 

 この際にも、ラミアは聞いたこともない絶叫を上げながら、右手に走る激痛に耐えていたものだ。

 彼女の悲痛な声に、自分は「早く……早く抜けてくれ……!!」と必死な思いでバールを引いていく。その末に釘が取り除かれ、ぽたぽたと流れ出る血を振り払うように釘とバールを投げ遣ってから、自分はうつ伏せのラミアを抱き留めるように抱え込み、その時にも自分のアウターを一心不乱に引っ張っては千切り取って、その布をラミアの痛ましい右手へと何度もぐるぐる巻き付けては圧迫させてという行為を何度か繰り返した。

 

 ……服だった布が何重にも巻き付けられ、次第にも右手の出血は止まりつつあったことだろう。

 一通りの手当を行い、それから自分は感情のままにラミアを抱き抱えていく。この、とても力強かったかもしれない抱擁にラミアは収まるよう丸くなったものだから、そんな彼女の頭や腰に手を添えて、自分はひたすらと涙を流しながら、彼女の生きている姿に何度も何度も言葉を呟き続けた。

 

「ラミア……ッラミア……ッ!! ラミア……、痛かったよな……っ。苦しかったよな……っ。ごめんラミアっ……! こんな思いをさせたくなんかなかったのに……っ!!」

 

 溢れ出る唇の血で、とても喋り辛そうにするラミア。だが、彼女は左手でこちらの涙を掬ってくると、衰弱したその弱々しい表情で、今にも事切れそうなか細い声音で、そう返答してくれたものだった。

 

「……ンキさ……。……丈夫、……って。ウチは……悟、して……から」

 

「ダメだラミア死なないでくれ……っ! 今すぐ誰か……どこか……手当てできる場所まで連れていくから……!!」

 

「イイ……ですって。ホラ……喋るコトも、できるよーに……なってきましたし……」

 

 唇から溢れ出す血で溺れるラミア。彼女はその度に咳払いで血を吐き出し、その弱々しくも芯のある可憐な微笑みで、適当な調子でそれを話し出してきた。

 

「……また、お会いできましたね……。ショージキ、期待してませんでした……。でも……骸ノ市に殺されるのは……ウチらしい最期と言えば最期でしたから……。常日頃からそう思い込んで……今日まで、いつ死んでもイイよーな覚悟で……毎日を過ごしていたモンですよ……」

 

 だが、喋るにつれて声を震わせてきたラミア。同時にして彼女も涙を溜め込むと、それは一気にブワッと溢れさせながら言葉を続けてくる。

 

「ッ……ですけど。カンキさんのお姿を……ッ。Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の皆さんのお姿を思い浮かべたら……ウチ、急に死ぬコトが怖くなってきちゃったんです…………ッ!! ウチももっと、皆さんと一緒に居たかった……っ! いつものタキシードを着て……店のヒト達と笑い合って……疲れるけどやりがいのあるお仕事をこなしてきた、今までの日々が……ずっと……ずっと頭の中でグルグル回り続けて……!! そんな、何気無くって、愛おしいほどの毎日をもう送れなくなるコトを、悲しく思えてきちゃったんです…………ッ!!」

 

 鼻水までも流して、顔面をグショグショに汚したラミアの姿。そんな彼女を大事にするよう抱き留めていき、その間も自分は「俺達はずっと一緒だ……! みんなで生き残って、またいつもの日常を送っていこう……!」と、ラミアに言い聞かせるように言葉を繰り返したものだった。

 

 

 

 …………臓器や流血、骨の破片などがぶちまかれた凄惨な光景。その中でラミアを抱き留めていたこちらの下へ、シュラが慌てて駆け付けてきた。

 

 一人でここに乗り込むつもりだったのだろう。拳銃やコンバットナイフといった殺傷力のある武器をガッチガチに携えてきた彼女は、この光景に一瞬だけポカーンとしながらもこの身柄を確保してくれた。

 

 それから、十分くらいしてからだろうか。直にも抗争の終わりを告げる連絡をユノから貰い、無事、銀嶺会が鳳凰不動産を退ける形で戦いが収束したことを知る。これを受けてシュラは銀嶺会に増援を要請。ユノという元銀嶺会本部若頭補佐が有志を集めた結果、未だ彼女を姉御として慕う数十名の組員が、柏島歓喜を始めとしたホステス達の回収に乗り切ってくれたものだった。

 

 自分とラミアは回収され、シュラやユノは監視カメラを主とした情報源を頼りにホステスらの回収に臨んでいく。

 

 特に、柏島歓喜を運んでくれたメー、レダ、ミネの三名の身元を急ぎで捜索してくれた。その結果、瀕死ではあるものの三名の生存を確認することができたのだ。

 

 自分らが回収された団地の付近では、ダストボックスの中に捨てられていたレダを発見した。彼女の衣類はズタボロで、体中を乱暴に扱われた痕跡と、全身に渡って付着していた男性の精液が事の凄惨さを物語っていたという。股からも血の赤色と別の白色が流れ出していて、異臭にまみれた変わり果てた姿を前に、ヤクザ達も吐き気を催したらしい。最終的に、合流したシュラがそのレダを抱き締めて、労いの言葉を掛けながら、レダのメンタル回復などに努めてくれた。

 

 龍明の外れでは、車同士の衝突による事故が発生していた。それを聞きつけたユノが現場に駆け付けると、そこには一台の白い車が、横から突っ込まれた黒色の車によって運転席がぺしゃんこに潰されていたのだという。その勢いで反対側の建物の壁にも激突。白い車の助手席まで突っ込んでいた黒色の車を持ち上げると、その下からは重傷のメーが見つかった。特に、頭部から流れ出る多量の出血と、衝突によって捻じ曲がった右腕と外れた右肩、そして挟まれていた右脚の骨折といった大怪我が見受けられたことで、メーは保険証を持たないことから闇医者の下へと緊急搬送されていった。

 

 そして、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の付近では未だ勇猛に金属バットを振るうミネの姿があった。全身の打撲で青あざや切り傷だらけとなった少女は白目を剥いており、足取りもフラフラで覚束ないその状態でありながらも、回収に来たヤクザへと襲い掛かったのだという。現地のヤクザは声を揃えて「気を失いながら訳も分からず戦っている」、「とんだ根性のある嬢ちゃんだ」と言葉を口にして、意識を失っていたミネは暫しの間、ヤクザを相手に対等かそれ以上の実力で暴れ回ったらしい。そうしてヤクザが手こずっていたところで、直にも少女は事切れたかのように突如とその場に倒れ込んだ。その際にもミネは、完全に気を失う最後の時まで、「守らなきゃ……」と呟き続けていたのだと言う。

 

 

 

 

 

 ただでは済まされなかった、第二次龍明抗争。多くの人間が凄惨な場面と直面し、絶望を植え付けられたことだろう。その中で、これだけの店の仲間達が生き残ったというのは、もはや奇跡に等しいとも言えるのかもしれない。

 

 しかし、不幸にも骸ノ市によって絶たれた命も存在した。

 鳳凰不動産の手によっても、数名に渡る店の人間が死傷していた。加えて、銀嶺会陣営にも多大な犠牲者が出た今回の抗争は、誰も幸せになることのない結末を迎えて終息したのであった。

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