※この作品はR-18です。

俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活   作:祐。

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Chapter 7【俺のハーレムはワル女子だらけ 新章】
第73話 De Nouvelles beautés 《新たな美女その4》


 瞬く間に夏が過ぎ、日本は初秋を迎え入れていく。

 

 残暑と言える熱は無く、かと言って涼しくも無い真昼の気候。しかし既に、どこか寂れた風が吹く季節の訪れを痛感してからは、この心に一種の虚しさを感じられたものだった。

 

 内部を改装中のLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)から出た自分は、店前の階段を上って道路に出る。それからすぐにも裏口からは靴音が聞こえてきて、次にも地雷風コーデのラミアが歩いてきた。

 

 黒色のマスクを着け、黒色の手袋を着用したその姿。フライドチキンの紙袋を手に持つ少女は可憐にこちらへ振り向いてくると、そのまま軽快な足取りで歩み寄りながら言葉を掛けてきた。

 

「おまたせしましたー。んじゃー、さっさと帰りましょー」

 

「そうだね。部屋でメーが待ってる。治りかけとはいえ、骨折した足でご飯の準備とかさせたくないからね」

 

 今こうしている間にも、メーからはご飯をねだる催促の連絡がひっきりなしに掛かってきていた。

 鳴り止まない彼女からの通知に、自分は苦笑しながらそれを話していく。これにラミアは、「まー、メーさんなら少しくらい待たせても大丈夫ですよー」と適当に返答しながらも先に歩き出したことで、自分もそれに並ぶように歩み始めていった。

 

 ……第二次龍明抗争から、二カ月くらいは経っただろうか。

 龍明の街に大きな傷跡を残したその戦い。それはLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)も例外ではなく、店のみにならず従業員もその犠牲となったものだ。

 

 誰も幸せになることのない戦いから数ヶ月。攻め入ってきた鳳凰不動産の手によってボロボロとなったLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)は、これを機に店内を少し綺麗にしようという話になったことで、長期間に渡る改装へと踏み切った。これにより、レストランとしても、キャバレーとしてもしばらく店を畳んだことで、従業員達は各々で穏やかな日常を送っていたものでもあった。

 

 とはいえ、彼女らにとってLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)は最後の拠り所でもある。それ故に、営業をしていないにも関わらず店は彼女らの溜まり場となっており、改装中の工事現場を勝手に出入りしながら、談笑するなりショーの練習をするなり、自由に過ごしていたものだった。

 

 今日も、店に訪れていたユノと荒巻、クリスの三人がエントランスで話し込んでいた。尤も、この三人はLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)を支える最古参組でもあるため、別に集まっていても何らおかしくはないのだが。

 

 そんなこんなで、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の夏はバタバタしている内に過ぎ去ってしまった。

 みんなの水着姿、ちょっとだけ見てみたかったな……。何という、平和ボケした思考に耽る自分。これに意識を遠くへ投げ掛けている間にも、隣のラミアはマスクをずらしながら手に持つフライドチキンを食べ始めていた。

 

 ハムスターのように食事する彼女の姿に、自分はそう喋り出していく。

 

「いいの持ってきたね」

 

「オーナーの手土産、余っていたので貰ってきちゃいました。カンキさんの分はありませんよー」

 

「いいよいいよ、気にせず食べて」

 

 そう促しながらも、自分はラミアの唇へと意識を向けていった。

 

 ……未だに残る、痛ましい傷跡。だいぶ修復されてきた彼女のそれに、自分は続けて話しかけていく。

 

「やっぱり、傷跡は残っちゃうか……」

 

「致し方ありませんよー。むしろ、コレでもだいぶ良くなった方ですから。……レダさんの治療と、ノアさんの栄養満点なお食事の賜物ですねー。おかげさまで、いつもよりも傷の回復が早く感じられます」

 

「そうだね。専門的な二人がついてくれて本当に良かった。あとはゆっくり時間をかけて治していこう」

 

 こちらが喋っている間にも、もぐもぐとフライドチキンを食していくラミア。そんな彼女の唇を眺めていると、次第にも自分はちょっとした欲求が巡り始めてきて……。

 

「ラミア」

 

「はい?」

 

 呼び掛けに応じて振り向いた彼女の顎に、右手を添えていく。共にして二人で立ち止まり、こちらがじっと目線を投げ掛けていくと、それを受けてラミアは何かを悟ったように目を瞑ってから、“こちら”を待ち始めたものだ。

 

 ……高鳴る高揚感は、いつになっても慣れないな。

 内心に言葉をよぎらせながらも、自分は顔を近付けていく。それからギリギリの距離で寸止めしながらラミアの顔を見つめていき、彼女のいたいけな容貌に更なる興奮を覚えながら、その唇をゆっくりと近付けていった。

 

 ちゅ。

 表面と表面が触れ合う、とてもソフトな口付け。傷跡が残る今でも、彼女の跳ねるような弾力に自分は心臓の鼓動を速めながら、名残惜しく唇を離していく。

 

 ……目を開いてきたラミアに、ジッと見据えられていく。その暫しもの沈黙が余韻となって幸福感に満たされる中で、ラミアは男を落とす上目遣いで、適当ながらも甘い声音でそれを訊ね掛けてきた。

 

「もうイイんですか??」

 

「あぁ、ひとまずはね……」

 

「そーですか。……お食事中の女性にキスを迫るのも、些か非常識だとウチは思うんですけど??」

 

「あー……ごめん。つい」

 

「まー、ウチは別にイイんですけどねー。それよりも、ホラ。さっさと帰りますよー」

 

 素っ気ない調子ではあるものの、ラミアは微笑しながら歩き出していく。そんな彼女の様子に、自分は見惚れるような視線を送りながら彼女と共に歩み出していった。

 

 ……他に代え難い、平穏ながらの何気無い充実感だ。

 恵まれた晴天の下、初秋の風に吹かれながら、通い慣れた道を辿っていく。その道中も非常に馴染みがあり、踏みしめたコンクリートの感触に閑静な住宅街の光景、視界の隅で点在する電柱に、その脇でうずくまっている深緑のドレス姿の女性。

 

 至って変哲の無い日常だ。代わり映えの無い、狂おしいほどに愛おしいこのありふれた平穏の日々。自分はこのひと時が大好きだ。この日常を、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)のホステス達と一緒に過ごしていきたい。ただ、それだけを切に願うばかりだ。

 

 …………待てよ。うずくまっている女性?

 

 よぎってきた疑問と同時にして、自分は逆再生するかのような足取りで来た道を引き返していく。

 この動きに合わせてきたラミアもまた、何気無く思いながらも同時に気が付いたのだろうか。そうして二人で一緒になって引き返していくと、そこには確かに、電柱の隣で丸くなるようにうずくまる女性が存在していた。

 

 膝を抱えて、顔を埋めるその姿。ティアラのような柄の薄い黄色のヘアバンドに、ツヤのある茶色のショートヘアーが高貴さをうかがわせる。その、貴族を彷彿とさせる雰囲気をまるで体現するかのような深緑のドレス……のようなワンピースに、茶色のストッキング、そして焦げ茶色で編み上げのニーハイブーツという格好が実に印象的だ。

 

 両手に着けた、お姫様のような白色の手袋。何よりも、うずくまっているにも関わらずそれなりに大きい背格好が、おとぎ話に出てくる外国の姫君を連想させてくる。

 

 ……声、掛けた方がいいのかな。

 隣へ振り向き、アイコンタクトで訊ね掛けていく自分。これにラミアも目を合わせてくるのだが、彼女は首を傾げて対応を決めかねている様子でもあった。

 

 と、次の瞬間にも女性はガバッと顔を上げてみせた。

 これには、自分らはビクッと驚きながら見遣ってしまう。しかし、そこで向かい合った女性の容貌を目にしてからというもの、彼女のそれに一種の納得感さえも巡ってしまえたものだった。

 

 宝石の翡翠が如く鮮やかな、深緑の半透明な瞳。ハーフを思わせる顔立ちがクールであり、化粧を纏わぬそのスッピン顔で華々しいオーラを放っている。

 美麗。この二文字が擬人化でもしたかのような麗しさだった。そのあまりもの美しさに恐縮さえしてしまいながらも、自分は眩い存在を見遣るよう瞼を閉じ掛けながらそれを訊ね掛けていった。

 

「あ、あの……? ここでどうされたんですか……?」

 

 そもそもとして、日本語が通じるのかな。

 もしかしたら、本当に外国のお姫様かもしれない。そんな不安もよぎらせながら言葉を投げ掛けた自分だったものだが、これを聞いた女性は首を傾げながら暫しこちらと見つめ合うなり、次にもあどけないサマで両手を合わせながら、しっかりとした日本語でその返答を行ってきたのだ。

 

「まぁ! もう到着なされたんですか! 私(わたくし)ったら、旅の疲れからか少々うたた寝をしてしまっていたみたい!」

 

「え? 到着?」

 

「はい! 先ほど申しましたお店に到着なされたんですよね! ところで、近くにお店がうかがえないのですが、私が指定したお店はどちらにあるのでしょう?」

 

 そう言って、周辺をキョロキョロし始めた女性。これには自分とラミアは唖然とするようポカーンと立ち尽くしていく。

 

 で、未だに自身の状況を理解していないのか、女性はものすごく不思議そうに首を傾げながら、濁りの無い至って純粋な瞳でそれを訊ね掛けてくる。

 

「あら? 運転手さん、タクシーはどうされたんでしょうか?」

 

「え? タクシー??」

 

「あら? よくよく見てみますと、運転手さんもしかして若返られました?」

 

「え??」

 

 何が何だか分からない。そんな、状況を呑み込めずにいるこちらの様子に女性は「うーん……?」と目を細めてくると、次にもパァッと晴れやかな表情を浮かべながら、『なるほど!』といった具合に両手をポンッと打ち付けながらそれを口にしてきたのだ。

 

「あぁそうでした! 私、目的地付近まで来たタイミングで、敢えてタクシーを降りたことを忘れておりました! あたかも徒歩で出向いたように見せ掛けて、サプラ~イズって驚かせようと閃いたのです! しかし、道中の長旅で疲れてしまったのでしょうか。お店まで向かう道のりで急に眠気が訪れてしまい、それでついついこちらで眠ってしまった……のでしょうか?」

 

「いや、疑問形で仰られても……」

 

 もしかして、関わってはいけないタイプの人だったか?

 引き下がれないところまで来てしまったことに、後悔が巡り出してくる。そんな内心に誤魔化すよう苦笑していくこちらに対して、女性は天真爛漫な笑みを浮かべながら、あろうことかこのようなことを言い出してきたものだ。

 

「ここでクイズで~す!」

 

「え?! なに……?!」

 

「問題。私は一体、何のお店へ向かおうとしていたのでしょうか?」

 

「え……??」

 

「ひと眠りしたら、お店の名前を忘れてしまいました~」

 

「え…………」

 

 誰か助けて。

 今すぐにでもLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に駆け込みたい。この思いばかりが募ってくるこちらへと、女性は真っ直ぐな眼差しを向け続けてくる。だが、自分の内心には「でも声を掛けたのは俺だし、せめてお店の名前を思い出すお手伝いはした方がいいかな……」という気持ちが巡ってきたことから、自らを説得するように内心の言葉を噛みしめつつ、恐る恐るとそれを訊ね掛けていった。

 

「あの……まぁ、俺でよろしければ、そのお店とやらの名前を思い出すお手伝いをしますけど……?」

 

「まぁ! 本当ですか! かたじけのぅござる~!」

 

 この人の何が怖いって、先ほどから一切の躊躇いもなくそれらの言葉を口にしていることなんだよな……。

 

 と、困り眉で女性を見遣る自分。隣にいるラミアもまた、内心で「とんでもないヒトにお声掛けしましたね……」と思っていたことだろうその複雑な表情をこちらに向けていたのだが、先の言葉と共にして女性はガバッと立ち上がっていくと、瞬間にもその姿に自分らはギョッと目玉をひん剥きながら、見上げるようにして驚愕してしまったのだ。

 

 で、でかぁっ!!?

 百九十一はあるだろう、今までに見たことがないその身長。日本なら尚更お目にかかる機会が滅多に無いかもしれない彼女の背丈に、自分らは圧倒されるように言葉を失ってしまう。

 

 ドレスのようにゆったりとしたワンピースで全容が掴めずにいたが、まさかこんなに背が高かったなんて……!

 侮っていた。いや別に見くびっていたわけではないけど! とかなんとか内心で言葉が交錯する間にも、女性は指先をくっ付けるように両手を柔らかく合わせながら佇んで、そう喋り続けてくる。

 

「まずは何からなされますか? カツ丼でもご注文されますか?」

 

「いやここは取調室じゃないから……。取り敢えず、そのお店に関連しそうな単語や表現などを教えてください。曖昧でもいいので、まずはそれっぽいところから思い出してみましょう」

 

 長丁場になりそうだなぁ。

 そんなことを思いながら、女性にそのような提案を持ち掛けてみる。これに女性は「関連しそうな単語や表現……」と呟きつつ視線で天を仰いでいくと、次にもおおらかな調子でこのような言葉を繰り出してきたものだった。

 

「ひとつ、今でも覚えていることがございまして~。それがですね、とても背徳的な印象を受けるフランス語……! という感想でした」

 

「背徳的な印象を受けるフランス語……。フランス語というあたりがまた、第一印象として喫茶店などのお洒落なお店を想像できますね」

 

「まぁ、喫茶店! 喫茶店? いえ~、確かそのお店はレストランだったような~?」

 

「レストランですか……。フランス語でレストラン、となるとだいぶ絞られてくるような」

 

「そうでした! あとは、キャバレーとなる大人の娯楽も営業なされているのだとか! 一体どういうお店なのでしょう? 私、今から楽しみで仕方ありません!」

 

「ん? それってもしや…………」

 

 隣にいるラミアもまた、目を細めながらも何かに勘付いた様子だ。

 だが、本人に確認してみるまでは分からない。それを思いながらも自分は女性と向かい合っていくと、次にも彼女をうかがうような視線を投げ掛けながら、ほぼほぼ確定していたその“お店”の名前を念のために訊ね掛けてみたものであった。

 

「……その探されているお店の名前って、もしかしてLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)……だったりしますか?」

 

 

 

 

 

 少し前に歩いた道を辿り、店前の階段を下りて正面扉を開いていく。そうして視界に広がったフェンスやブルーシートだらけのエントランスに踏み入っていくと、その中央で話し込んでいたユノ、クリス、荒巻の三名が視線を投げ掛けてきた。

 

 特に、ユノと荒巻が不思議そうに見遣ってきたものだ。それもそのはずで、自分らが連れてきた高身長の女性が珍しく映っていたのだろう。

 

 思わずサングラスの位置を直した荒巻。それから、呆気にとられながらも見惚れるような眼差しで彼は訊ね掛けてくる。

 

「おうおうおうおう。カンキちゃんにラミアちゃん、二人仲良くお家に帰ったと思ったら、こりゃまた色々とスゴいお嬢さんを連れてきたな……」

 

「あの、こちらの女性がLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に用事があると仰っていたのですが……皆さんのお知り合いの方でしょうか?」

 

 こちらの問い掛けに、荒巻は「いや、存じ上げねェな」と首を横に振る。だが、その麗しき美貌は確かなものであったため、彼は食い入るように狙いを定めていたものだ。

 

 クリスは無反応。相変わらず、不敵な眼差しでこちらを迎え入れてくれている。で、残るユノはと言うと、お客である女性の顔を、じっと、真っ直ぐと見つめ続けていたものだった。

 

 ユノさんの“対象”なのかな?

 そんなことを思いながら、女性を連れた自分とラミアが三名の下へと歩み寄っていく。その最中にも女性は店内を見渡すように眺め遣り、左手を胸元に添えながら、今も聞こえてくる工事の音に対して「まぁ! とっても賑やかで楽しいお店ですね~!」とウキウキしながらその言葉を口にした。

 

 これには思わず、自分が「いやいや、工事中なだけなんで……」とツッコんでいく。それを受けて女性は、キョトンとした瞳でこちらを見遣ったり……などの光景が繰り広げられていく中で、次にも女性をずっと眺め遣っていたユノが、うかがうような調子で女性へと“それ”を訊ね掛けていったのだ。

 

「……貴女、“ヴィクトリア”?」

 

 ユノの問いに、女性が機敏な反応を示していく。同時にして彼女はユノの顔を見つめていくと、“ヴィクトリア”と呼ばれた女性は次第にも両手を合わせながら、感極まる表情で駆け出しつつその返答を行ってきた。

 

「まぁ……! やはりお姉様なのですね……! お久しゅうございます~!」

 

「えぇ、随分と久方ぶりであることは確かなのだけど……どうして貴女がここへ? 付き添いの者は? 貴女、一人なの?」

 

 どうやら知り合いらしいその雰囲気。ユノが訊ね掛けていく途中にもヴィクトリアという女性は彼女へと駆け寄っていき、そこから対格差による抱擁を行ったことから、ユノは衝撃で思わず体勢を崩しながらも彼女を受け止めたものだった。

 

 再会を喜ぶように、ユノを包み込んでいくヴィクトリア。ドレスのようなワンピースが尚更と面積を占めていたことで、あのユノの姿が呑み込まれるように見えにくくなる。そんな様子を脇にして、荒巻は荒巻で「オレちゃん、この先の人生において女性を見上げる日がまた来るだなんて夢にも思わなかったぜ……」なんて呟いたりなど、目の前は何とも言い知れない光景に溢れていた。

 

 百八十八の荒巻からすれば、まさか身長を追い抜かれるだなんて思わなかったことだろう。

 で、この状況に置いていかれている自分とラミアが眼前のそれを呆然と見遣っていく中で、ユノはヴィクトリアに対してそのような問い掛けを行っていった。

 

「再会を祝す抱擁も歓迎ではあるけれど……ヴィクトリア、貴女まさか一人でここまで来たと言うの? “キャシャラト”はどうしたのかしら? 貴女が外界に姿を現している以上、世話役の彼がうかがえないのはあまりにも異常よ」

 

「それならばご安心くださいませ! この度このヴィクトリアは、キャシャラトから単身の外出を許可された次第なのでございます!」

 

「彼が単身の外出を許可? そんなの断じてあり得ない。彼が貴女を野放しにするだなんて、余程の事情が無い限りは決して考えられないわ」

 

 何かしらの事情が垣間見えてくる二人のやり取り。加えて、それを聞いていたクリスが不敵に「その、余程の事情があったからこそ、君の知り合いがここに来たんじゃないのかな?」と言葉を口にしたことで、ユノは一瞬ながらも呆気にとられるような表情を見せてきた。

 

 ここは、変に首を突っ込むべきじゃないんだろう。それを思いながらも、先の言葉がついつい気になってしまった自分はユノへと訊ね掛けていく。

 

「その……二人が仰られているキャシャラトとは一体?」

 

「キャシャラトは、マッコウクジラの英語名という認識で構わないわ。……彼女の家に仕える者には、動物をモチーフとした二つ名が与えられる仕組みになっているの。このLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)で例えるならば、源氏名のようなものよ。そうして、キャシャラトと名付けられたその人物もまた、この子の世話役として配属されていた熟練の執事。彼は常に監視の目を絶やすことなく、一切の妥協や油断も許すことのない、令嬢の世話役に打って付けである厳格ながらも面倒見の良い完璧主義な初老の男性なの」

 

「そうだったんですね……。ところでなんですけど、ユノさん、彼女の事情にけっこうお詳しいみたいですが……?」

 

 何気無く訊ね掛けたその問いに、ユノはわずかに見開きながらも「えぇ、そうね」と認めてきた。共にして、不敵な笑みを浮かべるクリスがこちらへと喋り掛けてくる。

 

「ユノはスーパーゼネコンの“令嬢”だったからね。そこの彼女もきっと、その繋がりによるものなんじゃないかな」

 

「え? ゼネコン?」

 

 ゼネコン。云わば建築企業を指す言葉であり、その建築企業の中でも特に莫大な売り上げを誇る企業をゼネコンと呼ぶ……らしい。

 

 そこにスーパーと名が付くと、売り上げや技術は更に伸びていく。スーパーゼネコンというレベルまで来てしまえば、その会社名は新聞やテレビのCMなどで言わずと知れた有名どころとなり、もはや知らない人の方が少ないという程度には世間に馴染みのある存在となっていたことだろう。

 

 クリスが言うには、ユノはそのスーパーゼネコンの令嬢だったとのことだ。そんな彼の言葉にユノは鋭い調子で「余計なことを口にしないでちょうだい」と怒っていく。だが、直後にも彼女は冷静さを取り戻すなり、鼻でため息をつくようにしながら「いえ、柏島くんには話すべきでしょうね」と観念するように口にして、抱擁していたヴィクトリアを離しつつそれを喋り出してきたのだ。

 

「“葉山グループ”という名に、聞き覚えはあるものかしら」

 

「葉山グループ……もう、幼い頃から馴染みのある名前ですよ。子供向けの番組なんかでもしょっちゅうCMが流れたりしていましたからね。世間でも、知らない人の方が少ないんじゃないでしょうか。……え、まさか」

 

「大手総合建設会社『葉山グループ』は、私の父親が社長を務める日本有数のスーパーゼネコン。同時にして父親は資産家でもあり、私はそこの令嬢として育てられていたものよ」

 

 今ここでユノの出生を知るとは思ってもおらず、自分はさぞ呆気にとられたような顔をしていたことだろう。

 

 驚きのあまりに、隣にいるラミアへと「ラミアは知ってたの?」と訊ね掛けていく。これにラミアは適当な調子で「ほんのちょっとだけ聞いた程度ですから、詳しくは知りませんけどねー」と答えていく中で、ユノは傍にいたヴィクトリアの手を取りながら説明を続けてきた。

 

「せっかくだから、彼女の紹介を済ませてしまいましょうか。……彼女の名は、“霹靂(へきれき)ヴィクトリア”。日本屈指の財閥『霹靂(へきれき)一家』の令嬢であり、日本人とフランス人のハーフ。そして、おそらく日本で最も裕福な家庭で育てられた人物とも言えるでしょう。私の父親が社長を務める葉山グループは、彼女の財閥、霹靂一家が独占する企業の一つでもあって、その関係で私とヴィクトリアは度重なる交流の機会に恵まれていたものよ」

 

 ユノの紹介と共にして、霹靂一家の令嬢“霹靂ヴィクトリア”はドレスのように両手でワンピースを持ち上げながら、とても優雅な身振りでお辞儀をしてみせた。

 

 ユノ共々、なんて美しい人物なのだろう……。

 二人が並ぶ姿は神々しく、二人がいる空間だけ世界が違うように見えてくる。心なしか、彼女らの足元には白色の百合の花が咲き乱れているようにも見えてしまい、そんな異次元じみた空間に自分が息を呑んでいく脇で、クリスがこちらへ向きながらそれも説明し始めた。

 

「ところで君は、以前にオーナーが説明してくれた柏島長喜の決戦の話を覚えているかな」

 

「親父の決戦の話?」

 

「『当時、鳳凰不動産には三つの他組織と協力関係にあった』。どう? その続き思い出せる?」

 

「えっと……」

 

 話してくれた時期的には、ハオマがLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に戻ってきたというタイミングだったか。過去の決戦に深く関わりを持つメンツがエントランスに集まったその時にも、荒巻は確かそのような説明をしてくれた記憶を、自分はじんわりと思い出していく……。

 

 

 

『当時、鳳凰不動産は三つの他組織と協力関係にあった。それぞれ、鳳凰不動産と親しい間柄にあった“スーパーゼネコンの企業”と、人身取引を主とする裏社会の巨大な組織、そして、当時の銀嶺会を裏切った元本家若頭が率いる自警団』

 

 

 

「そうだ。鳳凰不動産と協力関係にあった組織で、スーパーゼネコンの企業って出てきたような……?」

 

 引き出した記憶のままに、自分は言葉を口にする。だが、そうして喋ってから理解した自分は、直後にも嫌な予感と共に「もしかして、そのスーパーゼネコンって……」と口にすると、これにクリスは不敵な微笑を浮かべながらそう答えてきたものだ。

 

「当たり。葉山グループのことだよ。あろうことか、ユノの身内が鳳凰不動産と協力関係にあってね。最終決戦の当日、敵方の参謀でもあった葉山グループの幹部の打倒を、僕とレダが任された」

 

「この前、俺の部屋で話してくれたやつかな。落下してきたクレーン車のワイヤーにぶら下がって、レダと一緒に爆発する七十階のビルから脱出したっていう映画みたいな戦いのあれ……」

 

 建設途中のビルの中で繰り広げた銃撃戦。クリスが言うには、その時の相手が葉山グループに属する人間だったとのことだ。

 

 葉山グループは、親父と敵対したことのある組織。そうなると、葉山グループという存在は自分にとっても他人事とは思えなくなってくる。

 途端に巡ってきた、警戒するようにじりじりとしたこの感情。特に、先日の第二次龍明抗争では、鳳凰不動産と元協力関係にあった骸ノ市という他組織も乱入をかましてきたことから、もしかしたらこの先、葉山グループとも対峙するのかもしれないという予感に苛まれていく。

 

 新たな敵の存在、か。

 鳳凰不動産にありつくまで、どれだけの強大な敵が現れるのだろう。考えれば考えるだけ途方に思えてくるそれに自分が憂いに感じていく最中にも、目の前ではヴィクトリアとクリスによるそんな会話が展開されていた。

 

「貴方様は~……まぁ、やっぱりそうですね! 以前、屋敷内に貼り出されていた手配書の殿方とお顔がそっくり!」

 

「へぇ、それは光栄だね。これで僕も晴れて有名人の仲間入りかな」

 

「まぁ! 名が知れ渡るほどの著名人なのでございますね! お会いできて光栄ですわ!」

 

「せっかくだから、サインでもいる?」

 

「サイン! なんて親切なジェントルマンなのでしょう! もしやこれが、世間が口々にする『神対応』というもの……! それではご厚意に与って……私の左手袋にサインをお願いいたします! 『霹靂ヴィクトリア』と、お書きくださいませ~!」

 

「これってむしろ、僕の名前を書くもんじゃないかな。あと、霹靂って漢字を書くの大変だからヴィクトリアだけでいい?」

 

 いつの間にかペンを持っていたクリスと、何の疑いもなく左手を差し出していくヴィクトリア。そんな様子に、ユノは彼女を引き剥がすようにしながら、クリスに向かって「いい加減にしてもらえないかしら」と怒りを露わにしていく。

 

 これに、クリスは「フフッ」と不敵に微笑むといういつものやり取りが繰り広げられるのだが、一方でヴィクトリアは不思議そうに首を傾げていたために、これらの様子にユノは頭を抱えたものだった。

 

 そんなやり取りを交わした後にも、ユノは呆れるようなため息をつきながらも話を戻すようにヴィクトリアへと訊ね掛けていく。

 

「本題へと戻るけれど、ヴィクトリア……貴女はどうして単身で外出をしているものなのかしら。キャシャラトからはどのような説明があったの。……龍明という街は、貴女のような財閥の令嬢が一人で来るような所じゃない。説明できる範囲で教えてちょうだい。霹靂一家では一体、何が起こっているというの?」

 

 ヴィクトリアの両腕を優しく掴むようにして問い掛けていくユノ。

 本気で心配をしている、凛々しくありながらも真剣なトーンのそれ。これと向かい合うヴィクトリアはちょっとだけ驚くように見開いてくると、次にも穏やかな調子のままにそう答えてきたのだ。

 

「キャシャラトは、お姉様に伝言するよう一つのメッセージを私に託してきました」

 

「伝言?」

 

「はい。……『目が離せない状況である故に、何卒宜しくお願い致します』と」

 

 聞いた限りでは、いまいち内容が掴み切れないそれ。だが、ここで疑問が思い浮かんだのだろう荒巻が、腕を組んだその佇まいでユノへと言葉を投げ掛けていく。

 

「何卒宜しくお願い致します。の部分は、ヴィクトリアちゃんのことを指し示しているんだろうよ。だが、『目が離せない状況』っつー部分が引っ掛かるな。まるで、明言するのを避けているかのような口調だ。……ユノちゃん、その霹靂一家とは事前にも、意思疎通できるような合言葉でも打ち合わせてあんのかね?」

 

「いえ。キャシャラトと取り決めた合言葉なんて、記憶にある限りでは存在し得ない。けれど……キャシャラトは考えも無しに意味深な発言などしない、非常に抜け目の無い男。彼が口にする、目が離せない状況、というものを考察するならば……ひとつだけ、私に心当たりがあるわ」

 

「そいつァなんだ」

 

「“監視されている”。キャシャラトが目を離せずにいるのではなく、キャシャラトを含めた“霹靂一家の動向に目を離せずにいる状況”が、そこにあるということ。彼の言う『目が離せない』という言葉はなにも、霹靂一家を指し示すものではないということなのでしょう」

 

「……つまり、葉山グループか。霹靂一家の会話を盗み聞きできる環境が整っていて、且つ、霹靂一家の隙を虎視眈々と狙っている。その不穏なモンを察知した世話役が、令嬢に被害が及ばないようヴィクトリアちゃんを密かにこちらへ寄越した……と考えるのがスジだろうな」

 

 言い切るような、迷いの無い荒巻の調子。これにユノは深刻そうな表情を見せながらも、コクリと頷いては俯いた。

 

 彼女の様子に、荒巻は後頭部を掻く仕草を見せながら「やっぱ動き出したか……。鳳凰不動産は、かつての同胞でもある骸ノ市に牙を剥いたんだ。であるからには、葉山グループも連中に警戒して、いざという時に迎え撃てるような準備くらいするよなぁ」と口にする。

 

 それから、ユノは荒巻へとアイコンタクトらしき視線を向けていく。これに荒巻が静かながらも大きく頷いてみせると、共にしてユノはヴィクトリアへとその言葉を掛けていったのだ。

 

「ヴィクトリア。しばらくは私と一緒に暮らしましょう」

 

 あまりにも急な提案。しかし、これにヴィクトリアは感極まる表情で返答してくる。

 

「まぁ!! お姉様との同居がとうとう許されるのですか!? 私、幼き日々からお姉様と過ごす平凡な庶民的生活というものに憧れを抱いておりまして……! お姉様からのお誘い、光栄の限りでございます! では、近況報告も兼ねて、キャシャラトに一報を入れてきますね~!」

 

「そのことに関してなのだけど……ヴィクトリア。貴女はしばらく、ご実家への連絡を控えてもらえないものかしら」

 

「しかし、それではキャシャラトやお父様、お母様が私の身を案じて、家で所有する捜索用のヘリコプターを百機ほど飛ばしてしまわれるかと……!」

 

「ご実家への報告は……私に任せてもらえないかしら。これは……そう。貴女が日頃から憧れを寄せていた庶民風の暮らしを、一層と忠実に再現するための一工夫のようなもの。より臨場感のある庶民の暮らしを体験できるようそのリアリティを保つため、まずは裕福な生活やそれに触れる事柄を断ち切るところから始めましょうか」

 

 まるで、年下の親戚や妹をあやすかのような、喋りながら言葉を探していくその調子。

 おそらくユノは、霹靂一家への連絡手段を持っていない。だが、葉山グループという魔の手が迫るその環境へとヴィクトリアを近付けさせないために、ユノはその場しのぎの言葉で彼女を説得しているのだろう。

 

 キャシャラトという人物が、ヴィクトリアという女性を危険から遠ざけたのだ。

 自身の親が、裏社会の活動に加担しているという現実を背負いしユノ。そんな、精神的な負担にも繋がっているであろう状況下に置かれてもなお、彼女は霹靂一家から託されしヴィクトリアを守るべく、新たな護衛対象をこの店に迎え入れようとしていた。

 

 ユノの説得にヴィクトリアは、「なるほど~……? さすがはお姉様でございます!」と疑う余地も無く頷いてくれた。

 本音を言えば、ちょっとだけ不安が残ってしまう彼女の反応。それでもユノは柔らかく笑んでみせると、次にもヴィクトリアの背に手を添えながら、周辺の人物らへとその言葉を投げ掛けたのであった。

 

「急になってしまってごめんなさい。だけど、事態が事態ですから、ひとまずは彼女の滞在を了承してもらえないものかしら。そういうことで、この場にいる一同へと告げましょう。……この時を以てして、霹靂ヴィクトリアの身柄を一時的にLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)で保護します。保護の形態や宿泊に関してはこれから店の人間達と話し合うものの、この場にいる人間は彼女の存在を認知し、また、彼女の保護を他の従業員へと速やかに知らせてもらえると助かるわ」

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