※この作品はR-18です。

俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活   作:祐。

75 / 82
第75話 Vers la réouverture 《再開に向けて》

 工事を終えたLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)。細かな傷や汚れが綺麗に取り払われたその空間は、以前と比べて一層もの煌びやかな輝きを取り戻したようにもうかがえる。

 

 特に、第二次龍明抗争でズタボロとなったエントランスは、抗争前までその雰囲気を醸し出していた『アブない世界の入口』感を取り戻すことに成功していた。

 赤色のフロアに、黒色の柱。刺激的な二色が織り成す妖しくも魅惑的な空間は、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の持ち味とも言えるだろう。覗くなと言われたら余計に覗きたくなる、カリギュラ効果が働くアンダーグラウンドのその世界は、タキシードを身に纏うスタッフ達の存在によって更に引き立てられていたものだ。

 

 尤も、現在はまだリニューアルオープン前。間近と迫った開店を控えた今、綺麗になって生まれ変わったホールに自分はお邪魔していた。

 

 いつも座っていたその席も、新調されて艶を放っている。感触も真新しい角張で少々慣れないものの、まるで初めて来店した時のような新鮮味も体験できて悪くはない。

 

 そうして二人用の席に座っていた自分だったが、この場には現在、自分を除く三名の人物らが居合わせていたものだった。

 オーバーオールの私服姿であるミネと、いつもの露出多めな私服姿のシュラ。そして、荒巻の後輩こと探偵の羅生院から預けられたボーイ、ミズキの三名だ。それぞれ、自分とミズキはテーブルを挟んで向かい合い、椅子を持ってきたミネがその横に座っている。それでいてシュラは、こちらが今も座る椅子の、後ろにできたスペースに無理やり割り込む形で、一つの椅子を二人で座っているような状況を生み出していた。

 

 サンダルブーツを脱ぎ、「だいしゅき」と言わんばかりのホールドでこちらにくっ付くシュラ。そんな彼女がこちらの背にバスト九十の乳をくっ付けて、この左肩に顎をぐりぐり押し付けながらそれを喋り出してくる。

 

「なぁなぁニーチャぁン……ウチめっちゃヒマやねん~。新しくなった店内も一通り見て回ったんやから、もぉここにおる必要もあらへんやろ? せやったら、ウチと遊びに行こぉ? ウチ、クレープ食べたい気分やぁ~。ニーチャンと一緒に、おんなじクレープをシェアしながら堪能してな? ウチとラブちゅっちゅして愛を育むねん。ほんでロマンチックな映画を一緒に観てからな? そないな気分になったウチらは二人きりのお部屋で愛情を確かめ合うんや。なぁ? 完璧なプランやと思わへん? せやからニーチャン~、ウチとお出掛けしよぉやぁ~」

 

 シュラの言葉によって、本能を掻き立てられた自分。これにちょっとだけムラッとしていく中で、向かい合うミズキは脚を組んだその姿勢で、被るキャスケットのツバを右手で摘まんで目元を隠しながらクールにそれを口にしてくる。

 

「改めて思ったんだけどよ……ここにいる人間、男女問わずに下劣すぎないか? この店には、おまえらのような人間しかいないのかよ」

 

 まぁ、お下品ではあるよね……。

 なんていう内心を抱きながらも、自分は苦笑いするしか他になかった。そんな自分の周囲では、シュラがケロッとした様子で「せやで? ウチらに貞操観念っちゅう言葉はあらへんからな。どないなことも、ヤりたいと思うた時に即実行! それがウチらのモットーやねん」と返していき、ミネに関しては反応することなく、スマートフォンをたぷたぷ操作し続けていたものだ。

 

 シュラの言葉に、ミズキは呆れたように鼻でため息をつく。それから、シュラとそのような会話を展開した。

 

「おまえらにも事情はあるんだろうが、それでもあまり自分の身体を粗末に扱うんじゃねぇよ。ストレスとか依存症とかもあるんだろうけどよ、だからっつって軽率に身体を売っていたら、いつかは取り返しのつかない事態に見舞われたってなんもおかしくないんだからな」

 

「アッハッハッハ!!! ウチのこと気遣ってくれてありがとぉな! せやけど、そないな心配なら別に要らんで! 何せなぁ? ウチの身体は水分とニーチャン成分でできとるからな! ニーチャンから受けた愛情で腹が満たされて、ニーチャンが掛けてくれる優しさで栄養が分泌される。そんで、ニーチャンの温もりで幸福感が得られてな、ニーチャンの声でストレスが吹き飛ぶんや!!」

 

「なんだそれ……意味分からねぇよ……」

 

「ニーチャンのキスがウチの朝飯になるんやで。ほんで、ニーチャンっちゅう存在がウチの生き甲斐そのものやねん。……そん中でも特に、ヤクみたいに最高にキマるのがな、ニーチャンの精子がウチの腹ん中に入ってきた時や。口からでも“下”からでも、どちらからでもかまへん。ニーチャンからたっぷりと注がれたニーチャンの遺伝子がな、ウチの身体の一部になるっちゅうその実感がもぉ最高に堪らへんのや……っ!!! それがウチにとっての幸せやねん。どないに言われようとも、これだけは絶対に譲れへん」

 

「話をしているだけで頭がおかしくなりそうだ……。ほんとに同じ人間か? ……何なんだよこれ。てか、何なんだよここ……。何でおれ、こんなところに預けられたんだ……。兄さん…………」

 

 自分はとっくに慣れてしまっていたものだが、第三者からすれば至極ごもっともな反応だろう……。

 

 助けてほしい。そんな切なる懇願が瞳となって表れているミズキ。クールなのに途方を見遣る虚ろな目は、もはや同情に値する。

 ホームシックのように寂しげな声音で呟くミズキの様子に、ミネが反応を示してくる。今まで何気無く操作していたスマートフォンから顔を上げた少女は、いつもの不機嫌なサマでありながらも、空になったミズキのコップを見てからそれを喋り出してきたものだ。

 

「ねぇ、なんか飲む? アタシ、代わりに持ってくるけど」

 

「……悪いが、今はそういう気分じゃねぇ」

 

「そ。ならいいけど」

 

 と言って、スマートフォンへと視線を戻していくミネ。そんな少女にミズキは暫し視線を投げ遣ると、真っ直ぐとした眼差しで今度はミズキが喋り出してきた。

 

「おれからすれば、おまえは割とまともに見えるんだよな。おまえのような人間がなんで、どうしてこんなとこに居るんだよ」

 

「まぁ、ワケあってここにいるってカンジ。でも、少なくともアタシは、周りみたいに来るべくしてここに流れ着いたってワケじゃないから」

 

「どういうことなんだ?」

 

「アタシは本来、ここにいるべき人間じゃないってこと。みんなのように外で罪を犯したワケじゃないし、みんなのような波乱万丈な人生を歩んできたワケでもない。ただ、縁があってここに居させてもらっているだけ。その、縁があってここに居るって点で言うなら、アタシとアンタ、あとはそこにいるカッシーなんかは似た者同士なんじゃないの? 知らないけど」

 

 どこか適当に喋るものの、割と真面目にミズキと向かい合いながら言葉を口にしたミネ。それから少女が再びスマートフォンへと視線を戻していく傍らで、ミズキはキャスケットのツバを摘まみながらこちらへと言葉を投げ掛けてきた。

 

「……おまえ、柏島長喜の息子なんだってな」

 

「そうだね。それは俺の親父だ。指で数えられる程度しか会ったことないけどね」

 

「ふぅん……。先日の抗争といい、おまえもおまえなりに苦労しているみたいだな」

 

「みんなほどじゃないとはいえ、命やら身柄やらが狙われたりで常に気持ちが落ち着かないもんだよ」

 

「そのご身分で、呑気に女とデートか?」

 

「まぁ、束の間の休息……ということでここは一つ……」

 

 ミズキからすれば、周囲の人間のほとんどは知らない人物達だ。

 ラミアやメーという旧友がいるとはいえ、これからはLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)で働く立場でもある。だからこそミズキは今、彼なりに情報収集を行っている真っ最中といったところか。

 

 羅生院という、唯一信じられる人間と離れ離れになった現状。奴隷として売られた過去を持つが故に、頼りにしていた大切な存在と切り離された上に未知なる世界へと放り込まれたその心境は、計り知れないほどの不安に苛まれていても何らおかしくない。

 

 ちょっと鋭利な喋りが特徴的でもあったが、ミズキは自分なりにこの店に馴染もうと努力しているのかもしれない。

 なら、彼の助けになれるよう俺も頑張らないとな。と、そう内心で決意して勝手に張り切り出した自分。そこで、今度はこちらからミズキに他愛ない質問でもしてみようと口を開いたその時、エントランスへと続く通路から歩いてきた私服姿のレダが、こちらのグループへと声を掛けてきたのだ。

 

「ミネ~、シュラ~! ユノさんから召集かかったから、エントランスに集合しなさ~い!」

 

 艶やかながらも、しっかりとした声音。共にして歩み寄ってくるレダの存在に、ミネは無難に「んー」と答え、シュラはガッカリした様子で「えぇ~、ウチおらんくても何とかならへん?」とブーブー言いながらも、抱き付いていたこちらから離れてサンダルブーツを履き出した。

 

 シュラの返答に、レダはジト目で「あなたも必要だから呼んでいるんでしょう?」と口にする。その間にもエントランスへと向かい出したミネが、こちらへと「カッシー、ちょっと行ってくるね」と声を掛けてきて、これに続けてシュラも「しゃあないから行ってくるわぁ。待っとってなぁニーチャン」と言いながら歩き出し、二人はエントランスへと向かっていった。

 

 で、二人を呼びに来たレダもまた、途端に捕食者の眼差しでこちらを見遣りながら喋り出してくる。

 

「うふふ……ねぇカンキくぅん? ちなみにだけど、このあとって予定は空いていたりするかしらぁ?」

 

「え? あー……行くかどうかはともかく、シュラからも遊びのお誘いは受けていたんだよね」

 

「あらぁ、一歩遅かったかしら。でもぉ~……そんなお誘い、後で断っちゃいなさい。……ねぇ、見て? わたしの身体……。シュラのようなスポーティな身体もいいのかもしれないけれど、あなたもオトコだったら、肉食系らしくガッツリとボリューミーな身体を食べたいと思うでしょう?」

 

 バスト九十九を強調するかのように前屈みとなり、ばるんっと実った乳を両腕で挟んできたレダ。その男殺しの誘惑に自分は生理的な現象を働かせ始める中で、未だ慣れない興奮に若干と焦りながらも、何故か向かい側のミズキへと話を振ってしまう。

 

「うっ……確かに、男なら誰もがレダに魅力を感じると思う……! かく言う俺も、レダのお誘いで既に中々キてるから……! ……な、なぁミズキ! ミズキもそう思わないかな!」

 

「は? おれ?」

 

 突然、話を振られたことに驚くミズキ。思わず見開いたその反応に自分が照れ隠しで苦笑していくその中で、ふとレダがそんなことを口にしてきたのだ。

 

「今までも、わたし達とはいろ~んなことをたぁ~っくさん経験してきているのに、カンキ君はずっとウブなままのオトコのコよねぇ。そういうところ、弄り甲斐があって大好きよぉ~? ただ……その子に話題を振って誤魔化そうとしても、たぶん無駄だと思うわよ」

 

「え?」

 

「わたしはこれで初対面だから、最初から断言はできないのだけどね。でも……知り合いのラミアとメー以外にもきっと、周りのホステス達は既に“その子の生き方”について薄々と気が付いているんじゃないのかしら。まぁ、ハオマさんを除いてってカンジだけどねぇ」

 

「な、何のこと? レダ、今何の話してる?」

 

 何が何だかさっぱり分からない。

 こちらの反応に、レダは妖しくもはぐらかす調子で「うふふ」と微笑んでみせる。それからミズキへと振り向いてみせると、最後にそんな会話を交わしてから彼女はこの場を去ったものだった。

 

「わたし達にはオンナの勘ってものがあるけれど、カンキ君にはその直感が備わっていないものよ。だから、カレに伝えたい言葉や気持ちがあるのなら、その時はハッキリと物申しなさい? それが、カレと上手く付き合っていくコツよ。分かった?」

 

「…………余計なお世話だ」

 

 

 

 

 

 レダが去り、ミネとシュラもいなくなった二人用の席。こうして残された自分は顔を上げていくと、そこには向かい合うミズキと二人きりという空間が広がっていて……。

 

 ……どうしよう。なんだかものすごく気まずい。

 ミズキに声を掛けた方がいいのだろうか。それともこのまま静寂を貫いていた方がいいのだろうか。そうして、今も腕を組んで静かに俯く少年を見遣りながら考えを巡らせていく中で、ふと耳には一つの靴音が響き出してくる。

 

 真っ直ぐとこちらへ向かってくるそれ。足取りから既におっとりとした性格がうかがえる調子に自分は振り向いていくと、視線の先からは高身長である一人の令嬢が姿を見せてきたものだった。

 

 霹靂(へきれき)ヴィクトリア。百九十一の身長である彼女は、ティアラのような柄の薄い黄色のヘアバンドに、ツヤのある茶色のショートヘアー。貴族を彷彿とさせる深緑のドレスのようなワンピースに、茶色のストッキング、そして焦げ茶色で編み上げのニーハイブーツという格好が実に印象的だ。

 

 両手に着けた、お姫様のような白色の手袋。宝石の翡翠が如く鮮やかな、深緑の半透明な瞳。ハーフを思わせる顔立ちがクールであり、化粧を纏わぬそのスッピン顔で華々しいオーラを放っている。

 

 両手を前に、高貴な佇まいで現れたヴィクトリア。彼女の身長に、ミズキが思わずキャスケットのツバを上げるくらいの静かな驚きを見せてきた中で、ヴィクトリアは上品な香水の香りを漂わせながら、おっとりとしたサマで喋り出してきた。

 

「ごきげんよう、カンキ様」

 

「あぁ、霹靂さん。ここに来ていたんですね」

 

「こほん。……カンキ様。私(わたくし)は友人として、貴方様との対等な関係を所望します。ですから、今後は友人という関係らしく砕けた口調で喋ってもらえますと、私は大変嬉しく思えるのです」

 

 左手を胸の前にやり、柔らかくありながらも真剣な眼差しで口にしたヴィクトリア。彼女の要求に自分は、かしこまるよう背筋を伸ばしながら改めてそう喋り出していく。

 

「あ、あぁ……! えっと……こんにちは、ヴィクトリア!」

 

「はい! こんにちは! うふふ……これぞまさしく! これが……私が長年と夢見た、対等な友人関係……! このような関係性、創作物に留まらず、まさかこの世に実在するとは思いもしませんでした! ……前略。お父様、お母様。空から見ておられますか? このヴィクトリアには、お姉様以来となる『友』ができました。私は今日も元気いっぱいです。草々」

 

 いやいや、ご両親はご健在でしょう……。

 

 ユノ節とは異なる、ちょっと個性的な調子を持つヴィクトリア。現在も店の天井を眺めるようにして、その先の空を見遣り続ける彼女の様子に、自分は汗を流しながら内心でツッコんでしまう。

 

 で、そんなヴィクトリアを見たミズキは、テーブルに乗り出すようにしながらこちらへ問い掛けてきた。

 

「おい……あいつもホステスなのか? この店、ほんとに大丈夫なのかよ?」

 

「いや、彼女は俺と同じ特別なお客様として扱われていてね、ユノさんが身柄を保護しているちょっとワケありの女性客なんだ」

 

 ひそひそと話す傍らに、この会話に気付いたヴィクトリアが何気無い声音で言葉を挟んでくる。

 

「カンキ様。お話はうかがっておられませんか? このヴィクトリア、お姉様からの許可を得て正式にホステスとして働くようになりました~」

 

「え?」

 

 一瞬だけ、頭が真っ白になる驚きが脳内を埋め尽くす。だが、先日にもその旨をハオマから聞いていたため、自分はそれを思い出してから頷いていった。

 

「そういえば、圧倒的人手不足だからってハオマさんが言っていたような……」

 

「Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の加入自体は、私がお姉様に志願しました。そして、私の加入をお姉様がお認めになられたのです」

 

「ヴィクトリアが? でもなんだろ、それだとユノさんは絶対に反対してきそうな気が……」

 

「左様です。当初こそ、お姉様からは『貴女には務まらない』というお言葉を頂きました。なのでこのヴィクトリア……ホステスの皆さまから、ホステスの矜持というものを直々にご教授頂きまして、そこから得られた知見を基に接客やショーの自主練習を行い、その熱量をお姉様に認めてもらう形で正式な加入を許可してくださったのでございます!」

 

 何だかんだで最終的には、ホステスになることをユノさんから認めてもらえたのか。

 話を聞く限りでは、実はヴィクトリアという人材はLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)を救う逸材ともなり得るのかもしれない。と思わせてくれる。だからこそ自分は、本気で驚きながらも色々と訊ね掛けてみたものだ。

 

「それはすごいな……! 誰からホステスのマナーを教わったりしたの?」

 

「まず、最初に私に協力してくださったのがミネ様でした。私、お姉様やカンキ様と同じアパートでお世話になっておりまして、ミネ様とは同室ということもあり、ミネ様からは常に気に掛けて頂いておりました。そこで、会話の成り行きでそれとなくホステスの矜持を訊ねてみたところ、ミネ様は真摯な対応で私に知識や作法をご教授くださったのです。そこにノア様が現れ、ノア様から聞き付けたというラミア様やメー様、レダ様やシュラ様といった現役ホステスの方々が、お姉様の目を盗んでは私の元に駆け付けてくれました!」

 

「ん? ……ん~?」

 

 いつメンだからこそ、よく分かる。彼女らが持つ小悪魔的な好奇心を。

 

 なんか、ちょっと不穏な流れになってきたな。

 胸がざわつき始める、微かな心配。そんなこちらを他所にヴィクトリアは話を続けてくる。

 

「皆さまから知恵を賜り、私は学ばせて頂いたテクニックを実践するべくLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に通い詰めました。そこで私は、接客からショーまでの、ホステスの務めとなる作法や技能などを一通りとこなしていく内に、私を探されていたお姉様が私の本気を目にして、ホステスとなる許可を頂いたのです」

 

「なるほどなるほど…………待てよ。探されていた?」

 

 え、常にユノさんの目が届く場所で保護されているんじゃなかったの? という疑問の下、自分は問い掛けていく。

 

「ヴィクトリアはその時、ユノさんと一緒じゃなかったの?」

 

「左様でございます! このヴィクトリア、お姉様には秘密でLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に通い詰め、ホステスの矜持を陰ながら磨き上げてきた所存です!」

 

「待って待って。通い詰めるって、それじゃあ誰がヴィクトリアをここに連れてきてくれたの?」

 

「誰が、でございますか? 私一人でしたけれど」

 

「一人でここに通っていたのッ!?」

 

 さすがにそれは危ないって!!

 

 魔の手が差し迫っている身分とは思えない行動に、驚きで声を上げてしまう。尤も、こちらの反応とは相反してヴィクトリアは満面な笑みで喋り続けてきたものだ。

 

「左様です! 工事中というLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の店内ではございましたが、通路自体は設けられていてホールの出入りも難なくこなせました。ですから、お客様やテーブルなどを想定した空間の中、皆さまから教授頂いた作法などを繰り返し再現し続けていき、ショーの練習に関しましても、ブルーシートが敷かれておりましたがその上で舞踊の振り付けを練習することで、来るべき時に備えて日々の鍛錬に尽くして参りました!」

 

「いやいやいやいや!! 工事中のホールにはテーブルとかも無かったけれど、そこにあることを想像しながら接客の練習とかしていたの!?」

 

「ビンゴ~! 大当たりでございます~! 所謂、イメージトレーニングと言えるのでしょうか? それとも、シャドウボクシング? ……! 現代風に言うなれば、エア接客とも称せるかもしれません~! あとはですね……たま~にではございましたが、居合わせた工事現場のおじさまに空気椅子をして頂くことで、私の接客の練習にお付き合い頂いた時もございました! 疑似的なシーンを再現できたこともあり、私にとっても実りある経験になったかと思われます!」

 

 ダメだ。ヴィクトリアについていける気がしない。

 

 次元の先を往くであろう彼女の発想や行動力に、自分は唖然としたサマでヴィクトリアを見遣ってしまう。これを脇で聞いていたミズキも、目で「こいつ大丈夫か?」という言葉を語っており、それら二人から眼差しを向けられていたヴィクトリアは両手を合わせつつ、高貴な微笑みで言葉を続けてきた。

 

「そんなある日にです。私がLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)でエア接客を行っていると、なんとお姉様が様子を見にいらしてくださいました。そこで私は、お姉様に鍛錬の成果を披露しようと張り切っていたのですけれど、お姉様はえらく焦った面持ちで私を見遣りながら、そう仰られたのです。『貴女、それほどまでに本気で考えているの?』と。なので私はこう答えました」

 

「……何て答えたの?」

 

「『然り!!!!』」

 

 ユノは、ヴィクトリアの努力や熱量を認めてホステスに迎えたわけではない。むしろ、ホステスとして認めなければ“彼女の暴走”が収まらないと考えて、ユノはきっと頭を抱えながら苦渋の決断を下したのだろう。

 

 千切れた手綱を残して歩き去る暴れ馬。何故だかそんな光景が思い浮かんだ自分が呆然とヴィクトリアを見遣っている間にも、彼女はテーブルの上にあった二つの空いたグラスを発見してそれを訊ね掛けてきた。

 

「ところで、お二方のコップが空となっているように見受けられるので、私が代わりにドリンクをお持ちいたしましょう。ご所望はございますか? 私にお任せ頂ければ、直ちにドリンクバーにて、コーラとメロンソーダをブレンドしたヴィクトリアオリジナルドリンクをお作りいたします~!」

 

 いや、この人なら本気でやりかねない。

 謎に迫られる焦燥を抱きながら、自分は慌てるように「み、水で! 水でお願い!!」と答えていく。これにミズキも続くよう「おれもそれでいい……!」と返答していくと、ヴィクトリアは高貴ながらもとても満足そうに「かしこまりました~!」と口にして、二人分のグラスを持ってこの席を離れていった。

 

 ……何とも言えない気持ちが胸に残り続けている。それはミズキも同じだったらしく、次にも彼とそのような会話を交わしたものだった。

 

「……なぁおい。この店、ほんとに大丈夫なんだろうな……?」

 

「…………ちょっと、分からなくなってきたかも」

 

 

 

 

 

 少しして、コップを手に持つヴィクトリアが戻ってきた。

 彼女は楽しそうな笑みで「おまたせしました~!」と口にしながら、自分らの手前にそれらを置いてくる。これに自分とミズキはヴィクトリアをうかがうような視線でお礼を伝えていくのだが、次にも彼女は、指先を合わせるように両手を合わせながら、ふとそんなことを言い出してきたものだ。

 

「そうでした! このヴィクトリア、カンキ様が確実に喜ぶ特上リップサービスというものも賜りまして! よろしければ、無料のサービスとして提供させてもらってもよろしいでしょうか~?」

 

「え? 俺が喜ぶ特上リップサービス?」

 

 今までの流れからして、どうしても身構えてしまうヴィクトリアの提案。けれど正直、美女からのリップサービスが控えていると思うと、男としてついドキドキしてしまう。

 

 囁くような甘い声で名前を呼んでくれるのだろうか。それとも高貴な風貌から色っぽい声を出してくれるのだろうか。はたまた、淑女であるヴィクトリアから罵倒されるという変化球で攻めてくるのかな。

 

 様々な可能性に、ちょっとだけ楽しみにも思えてきた自分。ヴィクトリアのそれに対しても「それじゃあ、せっかくだから聞かせてもらおうかな」と答えながらコップを手に取っていく。

 

 向かい合うミズキも、呆れたような目をこちらに向けながらコップを手にして飲み始める。そうして二人で水を口に含み始めたその時にも、ヴィクトリアはおっとりとした声音で「承りました~! リップサービス一丁~!」と言いながら、直後にも気品が溢れる微笑みで、復唱するように“爆弾”を投下してきたのだ。

 

「こほん。あーあー、んっんっ……では、参ります! ……令嬢パ〇パンま〇こが生〇メ特濃ザ〇メン中〇しおち〇ぽセ〇クスでイクぅ~!」

 

 ブーーーーーーーーーッ!!!!

 

 ミズキと共に、口の中に含んだ水を盛大に噴き出した。

 思わずむせかえるミズキを傍らに、キョトンとしたヴィクトリアは「どうかされました?」と訊いてくる。そんなものだから、ミズキが苦しそうにしながら「ど、どうかされました? じゃねぇよ!!!」とツッコんだ後にも、こちらからヴィクトリアへと訊ね掛けていった。

 

「ヴィ、ヴィクトリア!! それは……それは誰から教えてもらったやつなんだ……!?」

 

「はい~、こちらはメー様とレダ様、シュラ様のお三方から教授頂きました~」

 

 あのエロ女トリオ……っ!!!!

 無垢な淑女にとんでもない言葉を覚えさせているホステスらに、怒りとは異なる呆れの感情が沸々と滾ってくる。その間にも、ヴィクトリアが安堵したように「喜んで頂けたようで何よりです」と言葉を口にしたものだったから、自分は釘を刺すように「そのリップサービスは絶対に他人にやっちゃダメなやつだから!!」と強く伝えていった。

 

 これに、ヴィクトリアは気品が溢れる表情で「心配は要らぬでござる。こちらはカンキ様専用のリップサービスということで賜ったため、たとえ身内の人間であろうとも口にはいたしません。約束は破らない。幼い頃から言い聞かせられてきたお父様からの教えです。モーマンタイ、モーマンタイ」と答えてくる。そんな調子だったものだから、自分も当時のユノと同様に頭を抱えるようにして、ヴィクトリアの未来を案じてしまった。

 

 ……こんなやり取りの中で、ヴィクトリアはふとミズキへ振り向いてくる。それに少年は迷惑そうに「な、なんだよ……」と口にしていくと、ヴィクトリアはハーフならではのクールな面持ちで不思議そうにそれを訊ね始めたのだ。

 

「私とあなた様は、初対面でしょうか?」

 

「だ、だから何だってんだ……。おれのことなんて気にすんじゃねぇよ」

 

「そうでありましたら、まずは自己紹介ですね。私の源氏名は“ヴィクトリア”。本名からそのまま頂戴した名ではございますが、こちらの名前自体が勝利を司る女神ヴィクトリアが由来となっているため、正式な源氏名として名乗り続けることといたしました。……戦いの勝利を象徴する、女神ヴィクトリア。私もその加護を与(あずか)り、目前の障害や挑戦に挫けぬ不屈の心と、試練を乗り越えた先にもたらされる勝利の暁を信じて、目標に向かって真っ直ぐと突き進めるような人間になりたいというその想いが、こちらの源氏名に込められております。以後、お見知りおきを」

 

 おっとりとした声音で、真面目に自己紹介を行ったヴィクトリア。名を改めることもなく、今後もヴィクトリアとしてLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に加入した彼女は、ワンピースを両手で持ち上げては華麗なお辞儀を行うことで、ミズキへの挨拶を済ませていった。

 

 一転として令嬢らしい振る舞いを見せてきたヴィクトリアの様子に、ミズキはとてもやり辛そうな表情を浮かべながらも「お、おう……。まぁ、よろしくな」と返答する。共にしてミズキもまた、キャスケットのツバを持ち上げるようにしながら、ヴィクトリアへと自己紹介を行ったのだ。

 

「おれもボーイとして働く以上、一応、源氏名は考えてきたんだ。……“イザナ”って言うんだけどよ」

 

「まぁ、イザナ様ですね! 風貌と相まって、とても頼りになりそうな源氏名でございます!」

 

「なりそうって何だよ……。まぁんなことはいいとして、一応おれらは同期でもあるからな。その……よろしく頼む。あと、由来とかまでは考えてねぇから、あまり名前の意味を探るんじゃねぇぞ」

 

 そう言って、ミズキ改めイザナはこちらへ向いてくる。

 

「ミズキでもイザナでも、呼ぶ時はどっちでもいい。おれからすれば、大した問題じゃねぇからな」

 

「本名も源氏名も、それぞれに想いが込められている大切なものだよ。とにかく、店の人間としてこれからは源氏名で呼ばせてもらうことにするから。よろしく、イザナ」

 

「おう。……あと、勘違いしてるみたいだけどな。ミズキも別におれの本名じゃねぇからな」

 

「え?」

 

 なんだか、とてもワケありな予感がする。

 あまり深入りはせずに、今は目の前にいるイザナを歓迎するよう向かい合っていく自分。そんなこちらに少年は気だるげな様子を見せてから、キャスケットのツバを摘まんで下げて、目元を隠していった。

 

 この日にも、ヴィクトリアとイザナという新たなキャストを迎え入れることができた。そして後日、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)はリニューアルオープンとして営業を再開した。

 

 来店、会話、同伴。また、いつもの日常が戻ってくる。こうして、新しいメンバーを加えたLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)が今、生まれ変わって再始動する……!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。