俺のハーレムはワル女子だらけ 貸出ホステスと暮らす新生活 作:祐。
昼前の
空手とボクシングの中間とも言えるだろう、型に嵌らない独自の構え。その格好で佇む自分の先には、余裕な面持ちでこちらを見遣るラフな姿の荒巻が存在している。
ゆったりとした薄い黄色のVネックシャツに、ストリート系の柄が特徴的なオリーブカーキのフード付きアウター。そして灰色のワイドパンツや白色のシューズ、首に掛けている紐のような黒いネックレスに、常備しているサングラスというラフなファッションに身を包んだ彼。加えて、オリーブカーキのニット帽で一層ものチャラい雰囲気を醸し出す荒巻はニッと笑みを見せてくると、次にもゆっくりと左腕を下げ、その肘を直角に曲げたスタイルで戦闘の構えを取りながらそれを喋り出してきた。
「いつでも始めていいぜ、カンキちゃん。今日から人目が気になる場所で、いつものようにのびのびとできねェだろうがよ、実戦ともなりゃそんな贅沢も言ってらんねェもんよ。これも経験の一つとして、割り切ってくれや」
「慣れない環境で、変に緊張しているところもありますが……気持ちでは、最初からそのつもりでいます」
「おう、そうでなくちゃな! ……んじゃ、始めようや。カモン、カンキちゃん!!」
エントランスの中央で、一触即発の雰囲気を漂わせる自分と荒巻。尤も、その脇では業務を進めるタキシード姿のホステス達が普通に行き交っており、近くの柱には私服姿のクリスがそれに寄り掛かり、座り込んだ姿勢でこちらの様子を眺めていた。
間もなくとして、こちらから攻めるように駆け出す自分。そして数ヶ月と鍛えに鍛え抜いてきたジャブを繰り出すと、それは荒巻の眉間を確実に捉えて……。
……ヒットを確信した瞬間にも、それを難なく避けた荒巻が一歩、後ずさっていく。これに自分は、畳みかけるよう続けて拳を繰り出していくのだが、左右を織り交ぜたインファイトが悉く見切られては荒巻に避けられて、手応えを感じたかと思えば、それは彼が腕で防いだ受け流しによるものだったりと、中々に拳を食らわせることができない。
何なら、まだ荒巻に一度も攻撃をクリーンヒットさせたことがなかった。
第二次龍明抗争後、荒巻やユノといった
その成果は、筋肉や動きとなって確実に表れている。しかし、実践練習ではまだまだ先人達に追い付けず、今も当たらない攻撃を繰り返していく中で荒巻は余裕綽々とその言葉をかましてきた。
「動きが固いぜカンキちゃん!! 周りの目が気になるんだろうが、集中できてねェのが相手からも筒抜けだ。……それか、あれか? みんなの前でオレちゃんを倒しちまったら申し訳ねェとか考えてんのか? だったら安心しな! 今のカンキちゃんじゃあ、どんなに全力を出したところでオレちゃんには勝てねェからな!!」
揺るぎない事実ではあるものの、彼のセリフはこちらの集中力を一層と高めてくれた。
意地に近い感情で、次々と左右の拳を繰り出していく。その動作の中でよぎった直感がジャブとなって放たれるのだが、この攻撃に合わせるよう荒巻もジャブを打ち込んできたことにより、洗練された素早いその左拳は、カウンターという形で瞬く間にこちらの顔面を捉えてきた。
直撃するという、その間際。ほんの数ミリもの間隔を残して引き戻された荒巻のジャブに、自分は思わず動きを止めて怯んでしまう。これに彼はニッと笑みながら「パンチする時はもっと脇を引き締めな。重心は基本的に身体の中央! 今のカンキちゃんのパンチはすっとろい上にブレブレだぜ。おかげで隙だらけだ」と軽く言葉を掛けてきたことで、自分は意識を改めながら再度とジャブを仕掛けることで訓練を継続した。
戦闘するこちらの様子を、柱に寄り掛かって無言で眺めるクリス。彼の反対方向からは私服姿のレダが歩いてきて、腕を組みながら見守ってくる。
そして、二十分程度の時間が経過したところで荒巻からストップがかかった。
今日はここまで。彼の合図と共にして、汗だくになった自分はヘトヘトになりながらその場に崩れ落ちていく。そんな様子に荒巻は平然としたサマで見下ろしていきながら、腰に両手をついた姿で声を掛けてきた。
「おう、お疲れちゃん。今日は朝からランニングに筋トレもやって、その上で実践練習もやったから、だいぶ追い込んだ方だろうよ。よく頑張ったな、上出来だぜ」
「ど、どうも……ッ。ハァ、ハァ……ありがとうございました……ッ」
もうダメ、動けない。
直にもオープンする店内で、一人だけ息を切らしていく自分。これで俯くようにして動けずにいると、足音と共にしてコップを持ったレダが歩み寄ってきた。
水が入ったそれを、彼女から手渡される。その艶やかな笑みと一緒に掛けてくれた「お疲れ様、カンキ君。頑張る姿、見惚れちゃうくらいカッコ良かったわよぉ?」という言葉に元気を貰いながら、自分はお礼を口にして水を一気飲みしていった。
疲労し切ったこちらの姿を、穏やかな面持ちで眺めてくるレダ。それから彼女は、視線を荒巻へと投げ掛けながら喋り出していった。
「それにしても、“ここ”で訓練だなんて随分と珍しいじゃな~い? ホームレスの健康診断へ向かう道中なんかで、あなた達が団地で訓練している様子はよく見かけていたけれど、急にお店で訓練だなんてどうかしたのかしら?」
「いやぁ、なんつーかな。先日な、オレちゃんとカンキちゃんの訓練を喧嘩だと勘違いした通行人に通報されちまってよぉ。そこで面倒な事になったからな、んじゃあこれからは
「そういうこと。災難だったわねぇ? まぁ、カッコいいカンキ君が簡単に見られるようになったから、わたしとしてはむしろ好都合なのだけど」
「そうだ!! それでレダちゃん! オレちゃんへの労いは!? カンキちゃんの分の水しか用意されてねェように見えるんだが、オレちゃんには水を渡してくれねェのかよ!?」
「なに寝ぼけたこと言ってるのかしらぁ? オーナーはカンキ君をいじめていただけでしょう? これじゃあカンキ君がいたたまれないじゃない。弱いものいじめを受けるカンキ君に優しくして、何か文句でも?」
「く、くぅぅ~~~ッ!!! 何だこの……試合に勝って勝負に負けた感……ッ!!! オレちゃんも、レダちゃんから水を手渡される人生を歩みたかったァ……!! が、レダちゃんから粗末な扱いを受ける仕打ちもかえってご褒美だから、これはこれでアリなのが何とも悩ましいモンだぜェ……ッ!!!」
「はぁ?? 寝言を言うなら、わたしに寝かしつけられてからにしてちょうだいな?」
本気でドスを利かせた声音で、その言葉を口にしたレダ。同時にして右手の拳を握りしめてきた辺りに、彼女のガチな様子がうかがえる。
ホステス達から掛けられる辛辣な言葉の数々も、荒巻からすれば全てご褒美へと変換されていく。そんな、ある意味で無敵な彼の性質にレダが呆れるように息をついていく中、開店前にも関わらず
地上の光が入ってくる光景に、一同が振り向いていく。するとそこには、私服姿のユノと、彼女の隣にはもう一名、荒巻の後輩である探偵仲間の男性が姿を見せてきたものだった。
肩の部分のみを空けたオープンショルダーの、黒色のトップス。その上には、着崩すあまりに両腕の関節までずり落ちた黒色のアウターに、ヤンチャにぶかぶかとさせた黒色のサルエルパンツと黒色のブーツという一式が、黒統一による陰りの無難さを相殺する、暗いだけなのに非常に派手なシルエットを演出してみせている。
長年と骸ノ市を調べ続けてきた探偵であり、その調査の最中にミズキもといイザナを保護した兄貴分。ボーイのイザナが唯一と心を開いている存在でもあり、荒巻の後輩で且つ、荒巻を『先輩』と呼んで狂信的に慕っていたりなど、部分的に盲目的な一面をうかがえさせる場面はあるものの、信頼するには十分な人物でもあった。
久々に見た彼の姿だが、これに荒巻は厄介そうに「うおっ……」と思わず声を漏らしてくる。直後にも羅生院はハキハキとした大声で「あぁ!!! 先輩!!! 今日もそのサングラス、最高にお似合いですよッ!!!」と呼び掛けてきたことで、隣にいたユノが片耳を塞ぎながら喋り出してきた。
「定時連絡として訪れた彼と、外で偶然出会ったの。本日はイザナが休暇のため、オーナーの下へ直接足を運びに来たらしいのだけど……」
と、ユノが喋っている最中にも、羅生院は堂々と両腕を広げながら、エントランスに留まらない奥のホールまで響く大声で言葉を続けてくる。
「先輩!!! まさか私の訪れを予感して、私を迎えるべくこちらに待機してくださっていたのでしょうか!!? ……あぁ、答えなくとも結構です!!! 先輩を気遣わせてしまう己の未熟さに、反吐どころか血反吐もドバドバ出て参りますが、憧れの先輩を前にして嘆かわしき自戒に浸るなど、まさに愚の骨頂とも言えるだろうッ!!! さぁ先輩!!! 久方ぶりの再会です!! 本日は我々に与えられし時間の許される限りに、密度の濃い実りある報告会を行いましょう!!! 巡り合わせというものは実に奇怪かつ奇跡的であり、偶然を装いし必然の名の下で成り立っているッ!! 先輩の活動に栄光あれ!! バンザーイッ!!!」
改めて思ったけれど、やっぱり騒がしいなこの人は……。
誰もが認めるイケメンなだけはあって、顔で全て許されているような人物。そんな羅生院は反射的に荒巻へと駆け出してみせたのだが、その勢いに押されてなのか荒巻もまた思わずその場から逃げ出すなり、ホールを目指して一目散に走り去ってしまったものだった。
荒巻の後を追うように、羅生院は「待ってください先輩!!! もしや、後輩の追跡力を試すテストか何かでしょうか!!? だとしたら任せてください!!! 私は高校の陸上部で全国大会に出場して、大学生の時は箱根駅伝で花の二区を任された程度の脚力自慢なんですよ!!!」と騒ぎ立てながら、荒巻を追ってホールへと駆け付けていく。この、台風の後のような静けさがエントランスに漂うと同時にして、歩み寄ってきたユノがこちらへと申し訳無さそうに声を掛けてきた。
「その、ごめんなさい。柏島くんには不安因子の無い、平穏なるひと時を過ごしてもらいたいと私は心から願っていたものだけれど、災いの訪れというものは実に予測がつかないものね。どのような事情があれども、事業で提携する関係者がいらっしゃった以上は、お引き取り頂くわけにもいかず、案内せざるを得ないものなのよ」
「いえ、ご心配なく……」
眉間にシワを寄せて、本当に申し訳無さそうにしているユノの表情に同情さえしてしまう。その間にもホールから全力疾走してきた荒巻が息を切らした様子で戻ってくると、彼の到着と同時にして追い付いてきた羅生院が、風を纏いし颯爽とした明るい表情でこちらへと向きながら、自信たっぷりに両腕を広げるその動作と共に喋り出してきた。
「おっと!! 君は先輩と相棒を組んでいた柏島先輩の息子さんだな!!? ……一年半もの長き期間が空いてしまったものだが、それでもどうか私からも弔わせてもらいたい。お悔やみ申し上げます。柏島先輩からも、尾行や交渉などといった探偵のノウハウを教わった身分でもあるからな。そうした貴重な機会を恵んで頂き、後輩の育成にも自ら進んで取り組んでくださった柏島先輩という人物に対しては、私は今現在においても伝え切れないほどの圧倒的感謝を抱き、そして何よりも……誇りに思っている。彼は、私から見ても先輩に劣らぬほどのカリスマ性に富んでいた、類稀なる素質の持ち主だった。私もささやかながらではあるが、彼の仕事が少しでも楽になるよう、柏島先輩へと舞い込んできた骸ノ市関連の仕事は率先して引き受けさせてもらったものだよ」
「親父とも交流があったんですね。きっと、俺よりも深く関わったことだろうと思います。そんな人物から、これほどの尊敬を寄せられているんです。今となっては、自慢の父親だったと胸を張れますよ。とても勇敢な人間だったんでしょうね」
これの何が悔しいって、血縁者でありながらも、自分が一番、親父について何も知らないことだった。
羅生院の、先までのやかましさから一転とした真面目ムードに、自分は気後れしながらも答えていく。それから背後の足音が響き出してくると、歩いてきたクリスがその猫背の姿勢で、不敵に笑みながら一同へと言葉を投げ掛けてきた。
「会話をするなら、龍明の駅前へ向かいながらにでもしようか? 僕ね、柏島の息子さんと食事をする約束があるんだ」
姿勢からか、皆の顔を覗き込むような視線で口にするクリス。これに自分は「そうだった! 抗争の前に約束したもんね! いやぁ、約束を生きて果たせて本当に良かったよ」と答えていく中で、クリスはユノと荒巻、レダに羅生院という順番で次々と声を掛け始めたものだ。
「ユノ。君もついてくるって約束だったね? 念を押しておくけれど、別に僕一人でも平気だよ?」
「そういう、人の心情を見通した上での駆け引き染みた
「つまり、ユノも参加ってことだね。それで、オーナーも来るでしょ?」
「話は聞いてたぜ。オマエさんが飯に誘うなんてよ、とんだ神の気まぐれもあったモンだ。面白そうだし、まだ探偵として調査に出掛ける時間でもねェ。喜んで付き合わせてもらうとするさ」
「これでオーナーも参加。レダはどうする? 君はこういう大人数の集まりは避ける傾向にあるよね? なら訊ねるまでもないかな?」
「ちょっと、な~んかそんな言われ方をすると、クリスの手のひらで踊らされているカンジがして不愉快に聞こえるんだけどぉ~? ……んまぁ、興味が無いわけでもないし、疲れ切ったカンキ君をイジる……いえ、労う目的でついていこうかしらぁ」
「オーケー。それで、羅生院ももちろん来るね?」
「そこに先輩がいるのなら、私も敬意を持って喜んで馳せ参じるとしよう!!! ……食事はともかくとして、君達には重要な調査結果の報告を持ってきたものだからね。居合わせたメンバーも実に都合が良いため、道中でそれをお披露目といこうじゃないか」
「決まったね。予定よりだいぶ大所帯になっちゃったけれど、君さえ問題なければ今すぐに向かうとでもしようか」
そう言い、こちらへと振り向いてきたクリス。
彼からの言葉を受けて、自分は「大丈夫だよ。一回、親父の決着に同行した古参メンバーで食事に行ってみたいと思っていたし、羅生院さんとも話をしてみたかったんだ」と答えていく。それを聞いたクリスは不敵に笑みを浮かべると、次にも正面口を向きながら指を差し、早速と駅前を目指すことを告げてきたものだった。
レストラン『
主に社会人が見受けられる街の光景。皆が忙しそうに行き交う人混みに紛れながら、自分らも目的地を目指していくその道中、羅生院はかしこまった声音で荒巻へとその確認を取り始めた。
「先輩。調査結果の報告を始めてもよろしいですか?」
「おうよ。ここなら“都合が良い”からな。機密事項ではあるが、人目を気にせず報告してくれや」
「了解しました」
なんだか、羅生院と意味深な会話を交わした荒巻。二人の様子に一同が意識を向けていく中、羅生院は早速、この場にいる自分らへと報告を行い出した。
「まずは、簡潔に結論から述べるとしよう。……先輩の睨んだ通りだった。諸君らの
ただならぬ報告に、自分は言葉を失いながら羅生院を見遣っていく。そんなこちらの反応とは裏腹に、ユノやレダ、クリスはこれといった驚きを見せることなく沈黙を貫いていたものだ。
暗黙の了解。この無反応を返答と受け取った羅生院が言葉を続けてくる。
「その人物は、この数ヶ月の間にボーイとして採用された新人だ。身長は百八十、くすんだ青髪の男であり、後ろで結ったショートヘアーが特徴的だな。彼は容姿が端麗であり、人当たりの良さも相まってか、主に女性客やホステスから人気を博していることだろう。しかし、彼の正体は壊滅状態にある骸ノ市の残党であり、私が尾行した様子から、彼は明確な目的を以てして
「俺、ですか……?」
「心当たりはあるだろう? 柏島長喜の遺産だよ。どうやら残党共は性懲りもなく柏島先輩の遺産を狙っているみたいでね、警察の目を搔い潜って逃げ延びた彼らはこの数ヶ月間、組織とは関係のない個人的な利益を得るべく、遺産の在処を問いただすために、君を拉致する隙を闇の中から虎視眈々とうかがっているのだよ」
抗争が一息ついて、平穏な日々を送れていると信じ込んでいた。しかし、この平和は“店の人間による護衛やけん制”があったからこそもたらされていたものであることを思い知らされ、自分は恥ずかしい勘違いと共にして、絶句するように羅生院を見遣ってしまっていた。
それと同時にして、ふとした疑問がよぎったことでそれを訊ね掛けたものだ。
「あの……それって、相手に悟られてはいけない重要な情報ですよね。そんな大切な報告をなぜ街中で……?」
これは、相手方にバレてはならない情報なのでは?
自分の不安よりも、店の心配が勝った羅生院の報告。だが、こちらの問い掛けを遮るように彼は立てた人差し指を口元へ持ってくると、シーッというジェスチャーで静止を訴え掛けてきた。それを見た自分が口を噤んでいくと、次にも荒巻が小声で説明し始めたのだ。
「全部、オレちゃんの指示によるモンだぜ。……おそらくだがよ、骸ノ市の残党共は今もオレちゃん達を“監視している”。さっきまでの会話も、連中は耳の穴をよ~くかっぽじってから盗み聞きしてたモンだろうよ」
「では何故、敢えて調査結果の報告を……?」
「連中を焦らせるためだ。オレちゃん達には、手の内は全てお見通しなのよってことをヤツらに知らせてやったワケなのさ。そこから、焦った連中の出方をうかがうためにな。……鳳凰不動産や葉山グループの件もあるからな。骸ノ市とは一刻でも早くケリをつけてェワケなのよ。だからオレちゃん、ここで勝負に出た。相手さんにプレッシャーを与えて、余裕を奪って判断をミスらせる作戦だ。本来なら、今の調子でさも本気で欺いているつもりでいりゃァいいだけなのによ、心理状況的に、これでヤツらはほぼ間違いなく、何かしらのアクションを起こさざるを得なくなった」
「なるほど……敢えて報告結果を聞かせる作戦は、間接的に相手を動かすための手段だったんですね」
「んま、大体そんなカンジだな。だけど、まぁ……この瞬間にも連中は、一層と死に物狂いでカンキちゃんを攫いに来ることにもなるだろうからよ。結果的に、危険度が一気に跳ね上がっちまったようなモンだが、それだけ連中を炙り出して、一気に片付ける機会ができたとも考えられるワケだ。そんなワケで~……オマエさんにはしばらくの間、危機感を持ってもらうことになっちまうんだけどよ。オレちゃん達に協力してもらえるとマジで助かるぜ。……いつも巻き込んじまって、本当にすまねェな」
「むしろ俺は、命を懸けて護衛してくださる皆さんに感謝をしなければならない立場ですから。いつもありがとうございます。俺も、前みたいにそう易々と拉致されないよう、一段と警戒しながら過ごしていくつもりです」
自分と荒巻が会話を交わしている間にも、気配に敏感なレダが「オーナーの狙い通りねぇ。今、建物の物陰から、急いでスマホを取り出すような空気の流れを感じたわ」と、低い声音で呟いていく。その言葉に羅生院はパァッと表情を明るくするや否や、腹から出した大声で「おぉ!!! さすがは先輩だ!!! 敵方の心理状況をも掌握する巧みな戦略は正に天下一品っ……」と喋り出したものだったから、これに荒巻は大慌てで動き出すなり、咄嗟のヘッドロックをかますことで羅生院を無理やり黙らせたりなど、どこか愉快な光景も繰り広げられた。
尤も、荒巻から力尽くで口止めされた羅生院は、崇拝する彼に締められながらも喜んだ様子で「むぐぐッ、んごごごごごッッ先輩直々のヘッドロックァァァァァアア!!!!」と、呑み込んだ言葉を腹で響かせるように喋り出してくる。これに荒巻が「余計なことを喋るんじゃねェ!!!」と必死な声音で言い聞かせていく様子の中、まるで興味無さそうに前方を見遣っていたクリスは何かを見つけたようにひとり歩き出すと、音も無くこの団体を静かに抜け出してしまったのだ。
彼の気配にいち早くと気が付いたユノが、「クリス、柏島くんを置いて何処へ向かうつもりなの?」と鋭い調子で問い掛けていく。そんな彼女の言葉に一同が振り向いてくる光景を背に、クリスは足を止めることなく暫し真っ直ぐと歩き進めると、次にも彼は、その先の道端にある街灯の傍で佇んでいた一人の“女性”へと近付くなり、あの彼から声を掛けていったのだ。
「あれ、やっぱりそうだ。珍しいなぁ、“表”にいるなんてキミらしくないね?」
クリスの声掛けに、振り返ってくるその人物。
百七十五ほどの背丈を持つ、こちらとほぼ同じ目の高さである女性。腰辺りまで伸ばした、血濡れた深紅の長髪をなびかせながら振り向いた彼女は、血色の悪い真っ白な肌と、深淵へと
服装は、袖へ向かうにつれて膨らんでくるボリューム袖の白いブラウスに、一部分が黒色の布地になった、赤色と黒色のヴィジュアル系チェック柄ミニスカート。また、血色の悪い色白の生足と同化するような白色のシューズに、頭蓋骨が撃ち抜かれたようなドクロ型の黒いポシェットが過激的だった。加えて、目の下が黒ずんだ濃いめの黒いアイシャドウが、彼女に近寄り難い、どこかおっかない雰囲気を見事に演出している。
接近した者の命を刈り取るような、相手を殺す勢いの鋭い眼差し。吸い込んでくるような螺旋の瞳が不可思議な印象を与えてくる容姿と、目に見えて不愉快そうな不愛想な様相に自分が怯んでいく中で、クリスは動じることのない不敵な笑みを浮かべながら喋り続けていく。
「久しぶり。元気にしてた? 君の活躍は聞いていたけれど、こうして顔を合わせるのは数年ぶりかな」
「…………」
「“仕事”の方はどう? 上手くやれてる? 聞いている感じだと順調そうに見えるけど、君からしたらきっと、代わり映えの無い日々でさぞ退屈に思っていることだろうね」
「…………」
「やっぱり“表”だと声は出せない? 君は実に慎重派だよね。そんな君がどうしたことか、一人でお出掛けを楽しんでいる。それとも、あれかな。一般人に紛れながら、次の仕事場の視察でもしてたのかな?」
クリスの問い掛けに、血色の悪い彼女はドス黒い殺意のオーラを醸し出しながら彼を睨み付けたものだった。
クリスが会話している間にも、一同が後ろから追い付いてくる。そうしてぞろぞろとやってきた団体へと彼女は視線を投げ掛けていく脇で、クリスはおもむろにそれを提案してきた。
「時間があるなら、一緒にご飯でも食べる? これから食事をするんだ。僕の案内でね。……どう? 変わったでしょ。君からすれば、とても考えられない光景かもしれない」
「…………」
「僕の“思い出の味”を、食べてもらおうと思っていたんだ。この言葉に、君はピンと来る? それを今からね、“彼”に振る舞おうとしていたところだったんだよ」
と言って、クリスは振り返るようにこちらを見遣ってきた。
彼に続いて、こちらを眺め遣ってくる女性。そうして目が合うなり、途端にしてゾワッと背筋が凍りついた自分は、反射的とも言える感覚で無意識に目を逸らしてしまった。
何だろう、この嫌な感じ。“彼女”と向かい合っているだけで、死に晒されているような気分になる。
この感覚は、共に居合わせた一同も感じ取っていたらしい。
自分だけに留まらず、レダや荒巻、羅生院などがおもむろに嫌悪する様子で彼女の行動をうかがっていた。また、女性には目が無いユノでさえも、いつもの恍惚とした悦びの表情を見せずに佇んでおり、まるで見定めるかのような真っ直ぐな目で彼女の顔を凝視していたものだ。
一瞬にして、凍てつく空気へと変化した空間。
地獄の最果てとも呼べるだろう、死を連想する不吉な極寒。裏社会を詳しく知らない自分でさえも、目の前にいる“彼女”とは決して関わってはならないことを悟っていたその中で、クリスは特に不思議がることもなく彼女へと視線を戻しながら、不敵な調子で会話を続けてきた。
「遠くから眺めているだけじゃ、疎外感で押し潰されそうになるでしょ? たまには仲間に入ってみるのも、良い気分転換になるんじゃないかな? もしも“仕事”で潜入が必要になった場合も、今回の同行による経験がもしかしたら活きてくる可能性もある。ね? そう考えると魅力的でしょ。フフッ」
「…………」
こくり。
視線を途方へ向けながらも、頷く様子で答えてみせた彼女の動作。その反応にクリスは「決まりだね」と口にしていくと、次にも警戒するユノへと振り向きながらそれを伝えてきたのであった。
「んとね、心配ならいらないよ。彼女は“仕事柄”、人目を避けたがる傾向にあるんだ。特に、周囲からの注目を浴びるような物事は、潜在的な性格の面でも酷く嫌っている。一種の職業病だね。だから、見張ってさえいれば彼女は何もしてこないよ。いや、何もできないとも言えるかな。……どう? 僕と一緒で扱いやすいでしょ? この分かりやすさこそが、“僕達の売り”なんだ」
謎の女性も団体に加えたことで、自分らは巡ってきた緊張感に一切もの気の緩みも許されなくなる。そんな、淀みに淀んだ地獄のような沈黙の重圧に自分が圧し潰されそうになる中で、クリスの案内によって一同は、駅前にある大きな直営店に到着した。
瓦の屋根が雰囲気を演出する、鍋の専門店。現在は秋ではあるものの、徐々に冷え込み始めた季節の流れから、鍋で冬を先取りするのも悪くはないだろう。そんなノリで荒巻が先頭になって入店し、皆でお座敷へと招かれることで腰を下ろしていく。
一番奥に自分が押し込まれ、隣には護衛としてユノがついてくる。その、身体も触れ合うようなくらいの至近距離でくっ付いてきた彼女のアプローチに、良い匂いも相まって自分は最初こそドキドキしてしまったのだが、テーブルを挟んだ向かいにはレダと荒巻、羅生院が座り、こちらを遮るよう座ったユノの隣には、クリスと女性の二人が腰を下ろしてきたものだった。
入店し、ここに案内されるまでの間にも、こちらへ寄り掛かってきたレダが疲弊した声音で「気配に敏感な体質の影響だからなのか知らないけれど、わたし……あのオンナの、何て言うの……? 気配……だか、雰囲気だかで……急に胸が、胸糞悪いような不快感でいっぱいになっちゃって……すごく苦しいの」と、割と深刻そうな調子で伝えてきたことから、彼女の気だるそうな様子に自分がレダの身体を支えつつ、エスコートするようにお座敷へ連れていったりもしていた。
荒巻や羅生院も、二人で声を潜めた会話を行っている様子だった。しかし、彼らの声は最小限のボリュームに抑え込まれており、それでもなお、時折と反応を示す彼女による、けん制とも読み取れる殺意の眼が二人の男を黙らせることで、彼らは探偵としての顔を見せながら思考を巡らせていたものだ。
そして何よりも、ユノが血色の悪い女性と話したがらない。
こちらへと寄り添い、時には手をこの腰に回しながら、いつでも動けるよう、いつでも庇えるよう常に張り詰めた威圧を女性へと放ち続けていたユノ。たまに、ふとした無難な問い掛けを投げ掛けたりと、探りを入れる様子を見せていたのだが、これに女性は一言も発することなく、身振りも見せずに沈黙を貫き通していた。
一人の女性が加わってからの緊張感が、自分の精神を極度にすり減らしてくる。そして気付けばオーダーされた料理が運ばれてきて、置かれた鍋の蓋が開けられると、そこにはグツグツと煮込まれる、真っ赤なスープが辛味と食欲をそそる大本命のキムチ鍋が姿を現してきた。
キムチ鍋。キムチ鍋……。キムチ鍋……?
グツグツと煮え滾る、真っ赤な水面。沸騰した湯が、豚肉や白菜といった豪華な食べ物を踊らせるその光景を目にしてからというもの、自分は脳裏によぎらせた“当時の様子”を思い出していく。
鈍く、鈍く、鈍感なほどにゆっくりとした速度で、じんわりと浮かび上がってきた景色。そうして自分の脳内には、薄らぼんやりと現れ始めた“骸ノ市によるラミア拷問の舞台”と、その前後で交わした記憶の一部が蘇ってきたのだ……。
『……希望を忘れずに。なんかヤバいなぁって思ったらさ、“キムチ鍋”を思い出してみてね。僕との約束だよ』
『次で遺産に関することをハッキリ言い切らなかったらぁ~……彼女ちゃんの左手と、あとついでに両目も無くしちゃうからぁ~……そのつもりでお願いねぇ~……?』
『…………』
『そういうわけでぇ~……。さぁ~……はい、ど~ぞ』
『“キムチ鍋”』
『キムチ鍋!!!!! キムチ鍋ェ!!!! キムチ鍋。キムチ鍋キムチ鍋……キムチ鍋ェェェェエエエェェッッッ!!!!!』
…………うっ。
身体の異変と共にして、思わず口元を押さえてしまった自分。顔色も真っ青になっていたことだろうその変化に、ユノとレダは気付くと同時にして必死な声音で呼び掛けてきた。
だが、過去の記憶に囚われた意識は周囲の音を拾わない。それどころか、目の前にある真っ赤な光景が、当時の凄惨な現場を鮮明と思い起こさせてくるのだ。
『対人間用とは思えない“弾丸”。それによって、落とした花瓶のように張り裂けた痕跡と、そこの内容物を全て地面に撒き散らした“物体”と“液体”のオンパレード』
紅く、沸々と浮き上がる気泡がラミアの唇に空いた穴を思い起こさせ、そこから脳裏に響き出したラミアの激痛からなる悲鳴や、視界において一向と止まる気配の無い右手の流血の光景が、記憶に刻まれし、永遠に忘れることのない極限の嫌悪となって脳内を埋め尽くしてくる。
……あの時を、思い出す。どこからか狙撃してきたのだろう一発の弾丸が、骸ノ市の幹部の頭部に命中して、原型を崩していった。
全身の震えが止まらない。この様子にユノが必死にこちらの名前を呼び掛けては、激昂のあまりに美貌を捨て、今までに見せたことのない鬼のような形相で隣のクリスへと振り向いていく。だが、彼はいつもの不敵な笑みを浮かべることもなく、彼にしては珍しいほどの冷めた視線でこちらを見据えながら、不敵とは程遠い真面目な低い声音でそれを喋り出してきたものだった。
「以前に招待してもらった君の部屋。その時の僕は何を思ったんだろうか、今まで誰にも話したことのなかった過去話を、レダも含めた部屋の者達へと語ったものだったよ。……その時に、殺し屋の僕に“護衛”の依頼をしてきた女性の話をしたことは、君って今でも覚えているものかな?」
クリスが護衛した女性……。
殺し屋の彼は、その女性を抱え込むようにして日本のあちこちを歩き回ることになった。そうして共に過ごす時間が長引いてきた中で、女性はクリスに心から惚れ込んでしまい、彼の最愛のパートナーになることをせがんできた。
クリスはそれを拒み、代わりとして身体を重ね合わせることで女性の機嫌を取ったりしていたとのこと。だが、最終的に流れ着いた龍明という街で、クリスは女性を守り切ることが叶わず致命傷を負わせてしまう。
自分はもう助からないと悟ったのだろう女性。彼女は最後に『私を殺してほしい』という内容でクリスに依頼を行うことで、殺しを
『その際に彼女は、この依頼の報酬となる言葉を述べてきたよ。最後に、今まで守ってきてくれた恩人に対する、『ありがとう』、という言葉をね。そして、彼女からの“報酬”を受け取った僕は、眉間を捉えたその拳銃の引き金を引いたんだ』
「僕が彼女を連れて龍明に流れ着いた時、彼女は腹を空かせていた。だから僕は、何となく目についたお店へ連れていってあげたんだ。長らくの逃亡生活で弱っていた彼女は、その店の料理を口にすると、飛ばしたスープで服を汚しながらね、病み付きになるピリ辛の味にとても喜んでくれたものだったよ」
「……クリス。その店って」
自分は、胸によぎってきた“彼を知りたい”という強い感情によって、トラウマの記憶を上書きするように吐き気を打ち消していく。そんなこちらの問い掛けにクリスは「フフッ」と軽く微笑すると、不敵な声音で“それ”を指差しながら、過去話の続きを教えてくれた。
「命を狙われて、先の見えない未来で疲れ切った彼女に、希望をもたらしてくれた“キムチ鍋”。……『希望を忘れずに』。僕との約束を忘れているのなら、それはそれで構わないけれど、この店の、この料理には僕の思い入れが詰まっていてね。それを、友人とも言える君に、一度でもいいから食べてもらいたかったんだ」
「…………なるほど。確かに、その話をしてもらってからは……なんか段々と、キムチ鍋が大丈夫に思えてきたかも」
完全に引っ込んでいた吐き気に、口元を押さえていた両手を下ろしていく自分。この様子にユノや周囲の人間が安堵するように一息つき、当時の話を聞いていたレダもまた、「もう、いちいち心配させないでちょうだい……!! あなたが今日したかったでしょう本当の目的が、“赤い物に対するカンキ君のトラウマの克服”だったことは分かったのだけれど……それにしても、こう、もう少しやり方ってものがあるでしょう?」と、安心半分呆れ半分といった調子で言葉を口にしてきたものだ。
何はともあれ、自分はキムチ鍋に対する恐怖心は少しだけでも薄れたかと思われる。
熱々の内に頂こう。流れでその話になった一同が、グツグツと煮え滾る鍋をつつきながら昼食を楽しんだ。この昼食にありつくまでが実に長い一日となったわけだが、結果的に平穏な雰囲気で外食が終わりそうだったことから、自分もホッと一安心のため息をつきながらも、キムチの辛味が効いた、身体からポカポカしてくるスパイシーな鍋を堪能することができていた。
……尤も、自分は変哲のない食事の途中、談笑する一同の喋り声に紛れるよう静かに交わされた、クリスと血色の悪い女性の会話を偶然にも聞き取ってしまう。
神妙な面持ちのユノが、荒巻と羅生院の二人とこの先について真剣な会議を行っていくその傍ら。自分が内心で、「クリス達はどんな話をするんだろう」という興味本位で耳を傾けていくと、直後にもクリスから喋り始める形で、隣の女性へとその言葉を掛けていったのであった。
「どう? 楽しめてる? みんなとする食事も乙なものでしょ?」
「…………」
「さっきの僕の過去話もどうだった? 闇で生きる者としては眩しいくらいの感動エピソードだったよね? 君からの感想も聞いてみたいな。ねぇ、どうだった?」
「…………」
「じゃあ、聞き方を変えようか。……龍明に流れ込んできた“余所者を始末できた栄光”は、如何なものだったかな。快感だった? それとも、達成感あった? 尤も、その“
「…………」
「僕も殺し屋だ。殺しを生業にしている以上は、身内の命を他人から奪われても文句は言わないし、怒ったりもしないかな。ただ、僕と君の関係は実に、不思議な縁で成り立っているとも考えられる。だって……殺し屋でありながらも護衛の依頼で龍明に流れ着いた僕と、“そんな僕の護衛対象に致命傷を負わせた君”が今、同じ席に座って、お互いにとって