ヤリ疲れてベッドにダイブしたVが目を覚ますと、既に昼時を過ぎていた。クローゼットから適当に見繕ったタンクトップとパンツを身にまとい、温め直したブリトーをつまみながら、テレビを点けた。
『次のニュースです。退役軍人協会の発表によりますと、会員数が過去最高を突破しました。代表を務めるエリザベス・ペラレス氏は昨日の定例会合後、N54ニュースのインタビューに応じ、次のように語りました』
『当協会のメイン事業である、帰還兵のみなさんへの社会復帰支援が広く認知されてきた結果と思っております。引き続き就職支援、居住支援を行いながら、帰還兵のみなさんのための活動を幅広く行っていく所存です』
『このように語り、支援事業の拡大を示唆しました。退役軍人協会は、帰還兵による犯罪の増加やホームレス化による治安の悪化を受けて設立され、現在では1万人以上の会員が登録している他、企業会員の支援金や皆様からの寄付により活動を行っています。寄付の受付は、以下の窓口までどうぞ。……』
テレビを流し見ながら、XLブリトーをあっという間に平らげたVは大きく伸びをして、ソファにどっかと身を沈ませた。昨晩の疲れが少し残っているようだが、悪い疲れではない。むしろ、思考や感覚がクリアになって、新鮮な気分だった。
ヘルガの気配を探れば、彼女は仕事場にしている別の部屋にいるようだ。今日はどうしようか、と考えていると、来訪者を知らせるブザーが鳴った。モニターを見ると、来訪者はジャッキーだった。ロックが解除され、のしのしと部屋に入ってきたジャッキーだったが、だらしない格好で寛ぐVを見るや、呆れ顔になった。
「おいおい……お前、いつもそんな格好してんのか?」
「まさか……アンタに見せるためよ」
「服着ろ」
軽く冗談を流されて、Vは渋々服を取りに行った。ズボンを履き、ジャケットを羽織って戻ると、ジャッキーは我が物顔でソファに座っていた。大股開きの大の字の格好である。今度はVが呆れる番だった。
「ジャッキー……」
「なんだ? それにしても、いいソファだなコイツは」
なんて肝が座っているのだろう彼は。まるで勝手知ったる我が家のようにリビングのソファでくつろぐ彼を見ると、肝が据わりすぎるのも考えようだ。V自身はまだなんとなくこの住居に落ち着かないというのに……。
「で、ヘルガに呼ばれてきたの?」
「おう。荷物運びの雑用だとよ」
ジャッキー曰く、たとえ取るに足らないような仕事であっても、ヘルガは金払いが良い。拘束された時間分のエディが懐に入るとあって、ジャッキーはやる気だった。
「……ねえ、ジャッキー」
「ん?」
「最近どう?」
「絶好調だぜ」
ジャッキーは充実した生活を送っているようだ。最近手に入れたバイクを弄くり回すのが楽しいらしい。アーチの改造プランを嬉々として語るジャッキーを見ていると、Vはメランコリーな気分になった。自分の愛車は、どこかの届かないところに行ってしまったからだ。
Vは、話を変えた。
「ガールフレンドとはどうなのよ?」
「ミスティか? まあ……なんというか……お袋が良い顔しなくてよ」
「マザコン?」
「なっ、そんなんじゃねえよ!」
顔を真っ赤にして否定するジャッキーを見て、Vは笑う。良い気分転換になった。こうして、ジャッキーと世間話をする時間も悪くない。
「ま、大丈夫でしょ。ミスティはいい子だし、話せばママも分かるはず」
「だといいんだかな。ああなった時のお袋は手強い」
ママ・ウェルズは、息子の連れてきた新恋人がスピリチュアル属性を積載しているのが気に入らないのだろう。何か騙されて高価な壺でも買わされていやしないかと、心配しているのである。
Vがミスティはそんな子じゃない、心配はいらない……と言った所で、効果が無いのは目に見えている。こればかりは、直接話すか、それがダメなら時間が解決してくれるのを待つしか無い。
「お、来たな」
ジャッキーの家族問題について話し合っていると、何気なしに外を見ていたジャッキーが声を上げる。釣られて見ると、広いバルコニーの発着場に貨物AV(エアリアル・ビークル)が停まったのが見えた。
時を同じくして、ヘルガが仕事場から出てくる。今日の彼女は、動き良さそうな合皮製防護パンツに、上は黒のジャケットという格好だった。前を肌蹴ており、扇情的なビスチェが覗いている。
彼女は手振りで、二人に付いてくるよう促し、AVの出迎えに向かう。それに続いて、Vとジャッキーも腰を上げた。
AVの運転手は、浅黒い肌の体格の良い男だった。
「ありがとうウェイランド。ニックスにもよろしく伝えて」
「ニックスのやつ、"こいつら"を自分で使えると思って舞い上がってたよ」
「それは悪いことをしたわね」
軽いやり取りのあと、AVのハッチが開いて、"こいつら"と呼ばれたモノたちが姿を表した。
「……すごい」
Vは、それが何なのか一瞬で理解した。馴染み深いものだったからだ。AVには、ネットランニング用の機材が満載されていた。
「"SonTenDo"だって?」
箱に書かれたロゴを読み上げて、ジャッキーが疑問符を浮かべた。
「ジャッキー、知らないの? 日本の高級メーカーよ」
「知らねえな」
Vは肩をすくめた。ただ、ジャッキーが知らないのも無理はない。一般人には手の届かない、そもそも目にすることもないような、高級品なのだから。
「さあジャッキー、出番よ。全部中に運んで頂戴」
「アイアイ、マム」
ヘルガが指示すると、ジャッキーは軽口を叩いて、積荷を運び出していく。Vもそれを手伝って、目眩がしそうな程に高級な機材を慎重に運び出した。
片手で持てる大きさの箱でさえも、そうせざるを得ない。『割れ物注意』、『天地無用』、『取り扱い注意』……日本企業らしい注意マークが自己主張する箱は、ある種の芸術品みたいだった。
「また、アフターライフに顔を出してくれ。ローグもあんたが何をするのか気になってる。それに……あんたが飼ってるネットランナーの腕もな」
積荷が空になると、運転手はそう言い残して、去って行った。
それを見送った後、ヘルガは、機材をVの部屋に運ぶよう指示した。
Vが間借りしている空き部屋は、ほとんどがらんどうである。ベッドと、僅かな私物があるのみだった。ベッドも(毎晩ヘルガの寝室にお邪魔するせいで)ほとんど使わないため、全く生活感がない。
そんな部屋が、瞬く間にネットランニングの機材で埋め尽くされていく。レイアウトが整い、配線やらをあら方終えると、ジャッキーはお役御免になった。
ヘルガから『手伝い料』を受け取り、ホクホク顔で帰っていく。この後、ミスティとデートらしい。
Vは様変わりした部屋を眺めた。まだ専門知識を必要とする細かい作業は残っているものの、夢でも見ているような光景だった。喉から手が出るほど欲しくても手に入ることがなかった、最新のテックが山のように並んでいる。
Vは、隣で満足げにしているヘルガに、おずおずと尋ねた。
「これって……」
「誕生日プレゼントよ」
「……覚えてたの」
当たり前でしょ、とウインクを返して、ヘルガはVの手を取り、指を絡ませた。カッ、と胸が熱くなる。
「必要最低限のものは揃えたつもりよ。足りないものがあったら言って。遠慮せずにね」
これで足りないということがあるだろうか。Vはなんとなく彼女の恐ろしい一面を見たような気がして、曖昧にうなずくことしか出来なかった。
「あとは……これね」
そんなVを尻目にヘルガが取り出したのは、赤いネットランニングスーツだった。排熱性に優れた特殊繊維製の代物である。
それを受け取り、Vは挑発的に笑う。
「私……これ着たら凄いよ?」
「……楽しみね。でも、夜まで我慢して」
瞳に発情の火を灯しているVを制するように、ヘルガは言う。そして、Vの手を取り、手のひらに何かを置いた。それはカードキーだった。裏返したりしてみるも、Vにはピンとくるものはない。
「さ、出かけましょう」
促され、一緒に部屋を出た。それから、駐車場に降りた時、Vは再び驚くことになるのだった。
***
昼のワトソンを、メタリックに輝くボディが颯爽と駆け抜ける。アクセルを軽く踏んだだけで、エンジンは唸りを上げ、四輪が躍動する。ダッシュボードのブルドッグ・ボブルが、楽しげに揺れた。
Vは、興奮の渦中にあった。アラサカに没収されたはずの愛車のクアドラは、変わらぬ乗り心地をVに提供してくれる。
まさしくそれは、サプライズだった。ヘルガはどうやってか、Vの愛車を取り戻してくれたのである。駐車場でクアドラを見た時の驚きといったら、思わず口をあんぐり開けて、間抜けな顔でヘルガを見てしまったほどだ。
助手席に彼女を乗せ、ハンドルを握るVは、まるで自分が自分ではないような錯覚に陥ってた。アドレナリンがもたらす作用が、否が応でも気分を高揚させる。その証拠に、先程からずっと心臓が高鳴りっぱなしだ。
しかしそれは不快ではなく、むしろ心地よいくらいである。心の赴くままにナイトシティをかっ飛ばすのは、爽快だ。その爽快感に酔いしれていると、視界の端を流れていく景色も、いつもより鮮やかに見える。
ナイトシティが美しく見えた。感動すら覚えるほどに。
そして同時に思う、これが自由なのだと。この瞬間のために生きてきた……、そう思えるほどの充足感がそこにはあった。今なら何でもできる。そんな気分だ。
ヘルガは、まるで子供のような笑顔を浮かべるVを見て、微笑む。
向かう先は、『リジーズ・バー』。Vにとっては、なんとも因縁深い場所だ。すべてを一度は失った場所。そして、始まりの場所でもある。
駐車を終え、Vは大きく息を吐いてシートに背をもたれた。短いドライブだったが、解き放たれたようで、確かな満足を覚えていた。
しばらく余韻に浸っていたが、頃合いを見計らって、ヘルガが短く声をかける。「いくわよ」と、車を降り、正面入り口へと向かっていく。Vはゆっくりと、名残惜しげにシートから腰を離した。心のどこかで、魔法よ解けるな、と念じながら。
『リジーズ・バー』は、ナイトシティでも一二を争うとまで言われるブレインダンス(BD)・クラブである。ここを仕切る『モックス』は、小規模かつ歴史の浅いギャングでありながら、指折りのギャング集団である『タイガークロウズ』と渡り合っている。
今日訪問したワケは、ヘルガによれば、バーの経営者スザンナ・クイン、通称スージー・Qからの申し出である。請われてヘルガが出向いたという形だ。仕事の話ついでに、Vの顔見せという意味もある。
入り口には、モックスの門番が立っていた。パープルカラーの髪はお団子ヘアーで、胸元の大きくはだけた布切れをまとい、そこには大きく、『Moxes』のタトゥー。両腕には戦闘用サイバーウェア。手に握られたバットで殴られたら、痛そう、では済まないだろう。
「あ、ヘルガじゃん」
「どうも、リタ。スージーは?」
「あぁ……ジュディに説教中」
リタと呼ばれたお団子ヘアーのモックスは、うんざりしたような、呆れたような言い方で答えた。
「奥にいるのね。左から入るわよ。こっちはV」
「はぁい。どうぞごゆっくり。お連れさんもね」
ジロジロと爪先からてっぺんまで見られて居心地の悪さを感じつつ、Vもヘルガに続いてバーの中に入った。
バックヤードをよどみなく進むヘルガに対し、すれ違うモックスのメンバーたちは皆友好的に挨拶を交わしている。後ろをついて歩くVを見る目は、一様に好奇心に溢れていた。
背後でひそひそとしている会話も、Vの耳にはしっかりと聞こえている。
『ねえねえ、今のって?』
『ヘルガの女でしょ』
『もしかして、例のコーポの?』
『今は違うって聞いたけど』
内緒話ですら姦しい。Vが誰で、どこから来て、何をしに来たのか、彼女らの話の種は尽きない。
だんだんと、そうした話し声は遠ざかっていく。一方で、バックヤードのさらに奥まったエリア、サーバー類などのテックが所狭しと並べられた部屋の先からは、言い争う声が聞こえてきた。
入り口で仁王立ちした体格のいい女性が、PCチェアに座るテッキーの女性を叱りつけている。
「だからジュディ! うちは慈善事業じゃないって何度も……」
「じゃあ放っておけって言うの? 助けを必要としているのに?」
「見境なく連れてこなければ文句は言わない!」
「そんなの――……あぁ、スージー。お客だよ」
ジュディと呼ばれたテッキーが、音もなくスージーの背後に立つヘルガに気付いた。スージーは、振り返ると、ギョッとした顔を見せた。そのリアクションが面白かったのか、ジュディが「プッ」と失笑して、スージーに再び睨みつけられている。
「――私は作業に戻るから。用事が済んだら寄ってよね、ヘルガ」
ジュディはチェアを翻すと、モニターに向かっていった。その背中を一瞥して、スージーはヘルガへと向き直り、それからVを見た。こいつは誰だ?と目が語っていた。
「パートナーよ」
Vが口を開くより先に、ヘルガが答えた。含みのある返答だった。
「そうかい」
それだけ言うと、スージーは手を上げて付いてくるよう促した。
***
スージーの話は手短だった。あるタイガークロウズの男を殺してくれ――と、ただそれだけの話しである。
モックスは、この辺り一帯のセックスワーカーの保護者を自認している。弱者である彼、あるいは彼女らを食い物にする輩は掃いて捨てるほどいるが、その中でも悪質なのが、誘拐して変態性癖の慰み者にする輩である。
ここのところ、姿を消すジョイトイが跡を絶たない。その原因をたどっていくと、どうやら一人の男に行き着いた。そいつの居場所は既にモックスお抱えのネットランナーが特定しており、後はどうやって報復を行うかという所で、ヘルガに仕事の話が来た。
モックス側の要望は、その男、ジョウタロウ・ショウボウの生け捕りである。何も話して分かってもらおうなどという魂胆でないのは、容易に想像できた。
クラブ・ホウオウを根城にしているこのクロウズは、残忍な手口で何人もの女性を殺してきた男だ。闇で出回っている違法BDは、そうした物ほど儲かる。趣味と実益を兼ねた商売というわけだった。
そのような男に相応の報いを受けさせ、見せしめとするのがモックスの狙いである。スージーが提示したエディの額は、一人の男を誘拐するだけにしては多かった。
「それじゃあよろしく」――と、スージーは自らの仕事場へ戻っていく。ジュディに再び説教をする気はないようだ。
Vは受け取ったデータチップを解析しながら、ヘルガに言った。
「なかなかの大物じゃない?」
ターゲットの情報が、脳裏にインプットされていく。それによれば、界隈ではかなり恐れられている男のようだ。
「それで、この後は?」
「ジュディのところに寄ってから帰るわ」
おもむろに立ち上がって部屋を出るヘルガ。Vの胸中には、チリチリとした嫉妬の炎が燻っている。ヘルガは、Vが知る限り最も美しい女だ。それは間違いない。だが同時に、彼女はVが決して敵わない相手でもあるのだ。
ジュディがヘルガに向ける目は、明らかに特別なものだ。それが何なのか分からない程Vは無知ではない。付き合いの長さを感じさせるのもまた、Vのコンプレックスを刺激する。ヘルガの目が自分を向いていないことに、不安を感じる。たとえそれが一時の間だったとしても。
一瞬の隙を突いて鎌首をもたげる不安の連鎖に立ち向かうためには、頭を切り替える必要があった。
(仕事をこなす。完璧に)
Vは自分に言い聞かせる。ヘルガに捨てられないためにも。今のVには、彼女に見限られてしまうことが、何よりも恐ろしかった。
「ジュディ」
「あ、寄ってくれたんだね」
Vの葛藤をよそに、ジュディの待つ部屋へと到着していた。彼女はヘルガを迎え入れると、立ち上がって頬にキスを落とした。流れるような、慣れた動きだった。Vは、感情を努めて悟られぬように、奥歯を噛み締めた。
ジュディは再び席に腰掛けると、モニターに何かの図面を映し出した。建物のようだ。
「これ。頼まれてたやつだよ」
「早かったわね。どんな魔法を使ったの?」
「ほら、わたしって顔が広いし?」
「さすがね、わたしのフギン」
「……それって褒めてる?」
「もちろん?」
「……まあ、いいけど。で、そっちがムニン、ってワケ。フーン……」
食い入るように図面を見ているヘルガに正面を譲り、ジュディが乗り出すようにしてVを見た。その瞳には、好奇心が渦巻いている。入り口のリタもそうだったが、Vの体をジロジロと舐め回すように見るのは、モックスの習慣なのだろうか。
Vが困惑していると、ジュディは「んふ」と笑って、上目遣いにからかってきた。
「昨日の夜は何回シた? 当ててあげようか――10回!」
「残念、20から先はカウントしてないわ」
「わお」
画面に集中しながらも会話を聞いていたヘルガと、ジュディのあけっぴろげな会話に、Vは目を白黒させることしかできない。頬を紅潮させるVを、ジュディはさらにからかっていく。
「うーん、ウブな反応っ」
「かわいいでしょう」
「ええ、嫉妬するくらいにね」
ところで……と、ジュディ。
「最近マイコがよりを戻そうってうるさくてさ……どうにかならない?」
「どうって?」
「あなたの『アレ』で『理解らせて』あげるとか」
「うーん……考えとくわ」
「その時は私も呼んでよね。あのマイコが獣みたいな声出してるところなんて絶対おもしろいし。ところでVってどんな声出すの?」
いきなり流れ弾が飛んで来て、面食らって困惑するVの様子をジュディは楽しんでいるようだ。嫌味が飛び交うストレルフルな職場で過ごしてきたVにとっては、新鮮な体験である。ストリートの世界と関わるには、慣れていかないといけないのだろう。そう考えると、ヘルガがここへと同行させた理由が分かる気がする。
さすがのVも、いよいよ言い返した。
「今度聞かせてあげる。あんたのも聞かせてよね」
「言ったね」
ジュディは笑みを深くして、Vを上目遣いに見た。そして、ヘルガに流し目を送った。釣られてヘルガの横顔を見る。彼女は口角を僅かに上げていた。
***
行きとは異なり、帰りは愛車にジュディを乗せて帰ることになったのは、Vの失言が原因である。
彼女は虎視眈々と、ヘルガとヤる大義名分を狙っていたのだ。それから、彼女はVのクアドラに興味津々だった。まるで男の子のようにはしゃいでいる。
「ブルドッグのボブルヘッド? かわいいじゃん」
「……」
ダッシュボードに乗ったお気に入りのマスコットを弄ってくるジュディに辟易としながら、Vは愛車を走らせた。助手席のヘルガは、何やら楽しそうだった。
「わっ、なにこれ! すごい!」
自宅に戻っても、ジュディのテンションは高いままだった。Vの部屋に山と積み上げられたテックを見て、語彙を失いはしゃいでいる。
ヘルガは残った仕事を片付けると言って自室に消えてしまい、Vはジュディと二人取り残されることになった。
「セットアップまだなの? 手伝ってあげるよ」
「……ありがとう」
ジュディは、眩しいくらいに明るい女性だ。アラサカタワーの内側とは正反対である。今思えば、あんなジメジメとした陰湿な職場環境でよくも胃潰瘍になる程度で済んだものだ。作業を進めながら、ふとそんなことを思った。
「わお、マジですごい。一個持って帰りたいくらい」
テックの山を漁っていたジュディが声を上げる。
ハードウェア・テックは、どれもこれもハイエンドモデルである。テッキーである彼女にとってみれば、垂涎モノだろう。「……ヘルガにおねだりすれば買ってもらえるんじゃ?」とVが聞けば、ジュディは首を振った。
「ないない。私はあくまでもモックスの人間なんだよ。だから、交渉相手はスージーなの」
「手強そうね……」
「まさしく」
「プライベート用でこんな凄いの貰っても持て余すだろうね」
「そうだね。ブシドー1のプレミアBDのほうが嬉しいし」
二人はおしゃべりしながらも、テキパキと淀みなく作業を進めていく。そして、いつしか作業も終わりが見えてきた頃、二人の息は完全に調和するようになっていった。
「あ、V、それとって」
「はい、どうぞ」
「サンキュー。これで……よし!と」
「ひとまず形にはなったね」
ジュディとハイタッチを交わして、Vは完成した部屋を眺めた。ハード面に不満はない。残るはソフト面だが、これはVの仕事だ。
「わ、これ最新のネットランナースーツ?」
ネットランニングチェアに腰掛けたジュディが、Vのスーツを発見して手に取る。そして視線を、スーツと、Vの体とを数回往復させて、ニヤリと笑う。
「Vってこれ着たら過ごそう……」
「試してみる?」
「やめとく。だって汚したらまずいでしょ?」