でもちょっと長くなっちゃったので一度ここで投稿します。エロ待ちっく天国の方、申し訳ありませんが、少々長い導入と思って全裸待機の継続を願います……
翌日、目を覚ました二人は、支度を整えると日が天頂に達するより早くシロマの家を出た。長い流浪生活の賜物か、少女より早く目が覚めた男は、その際にある実験を済ませていたこともあり、気分は上々だった。
「お兄さん、身体は本当に大丈夫?」
「ああ、普通に動けることは昨日村に行ったときに確認したし、もう痛みもない。数日休ませてもらったおかげで、むしろ怪我する前より体調はいいかもしれないな」
「じゃあ、気分は? 怪我したときのこと思い出して、具合が悪くなったりはしない?」
「一人で入ったときはモンスターをやり過ごすので必死だったし、怪我したときは何がなんだか分からなかったからな。少なくともその間発狂したりはしてないから、そう心配するな」
というより、シロマという美少女と連れ立って向かえること、そしてその中には少女でお楽しみになれる可能性があるアイテムが眠っていると考えると、今の男にとってダンジョンへ潜ることは楽しみでさえあった。
昨夜、自らに眠っていた新たな欲望を自覚した今となっては、昨日少女を襲わなかったことも天恵に感じられて、体調も精神的コンディションも万全以上とさえ思える。
「そっか。じゃあ、よろしくね、お兄さん」
「こちらこそだ。頼むぞ、シロマ」
少なくとも影は感じられない男の表情に、その言葉を信じたらしい少女は、男と最後の確認兼意気込みの挨拶を交わすと、まずは自分からダンジョンへと足を踏み入れる。
それに続いて、男も離れないよう後を追う。中にある階段を降りると、その階段は幻のように消え失せた。気づけば、そこはもう洞窟じみた壁の薄暗い空間。
(戻って、きてしまったな)
さて、ここから、命を懸ける甲斐があるかどうかは運しだいだ。前に来た時とは、明らかに構造が違う。あの白いの(デブチョコボではないほう)が言っていた通り、「不思議のダンジョン」とはこういうものなのだろう。
「さ、行こう」
だが、前と違うのは構造だけではない。シロマやデブチョコボから男が聞いた話では、アイテムの入手も入るたびに違うらしいし、なんなら謎の施設がある場合もあるらしい。だが、男にとって一番違うのは、「今回は独りではない」という点だった。
少々不安ではあったが、ごく短時間に入った者たちは大体同じ場所からスタートするらしい。原理などはよくわかっていない。シロマ曰く、そういう部分も含めてダンジョンというものが何なのか知りたいようだった。
少なくともはぐれずに済んだシロマに促され、彼女を先頭に進んでいく。
「えいっ」
そして、シロマの実力はすぐに分かった。彼女はモンスターに襲われようと、その杖の一振り、ないしは二振りほどで襲い来るモンスターを対処していた。
おそらく、魔法的な力で打撃力を底上げしているのだろう。簡単に男に布団を奪われる程度の膂力しかないことを前日に確認していた男が感じていた不安は、あっという間に払拭された。
「すごいな」
「えへへ、任せて。言ったでしょ、これでもわたし、結構強いんだから」
その言葉を疑うことは最早ない。少なくともモンスター相手に、少女は男よりもよほど器用に立ち回っていた。おそらく、何度かの探索によりその動きの癖などを理解しているのだろう。特に攻撃を受けたりすることもなく、無難に探索行は進んでいる。
「でも、油断はしないでね。まだ浅い階層だからモンスターも手ごわくないんだけど、基本的に先に進めば進むほどモンスターは強くなるみたいだから」
「ああ、了解だ」
その先頭の傍ら、男はアイテムを拾いながら少女の言に頷いた。油断などしない。男は少女とともに生還するよう決めている。それは勿論、このかき集めたアイテムが色々と「使える」ことを楽しみにしているからだ。
「うーん、やっぱりいつも通り、壁もモンスターも特に変わってないなぁ……お兄さん、さっきから熱心にアイテムを拾ってるね?」
「ああ、前回、とにかく拾い集めた道具のおかげで命拾いしたからな」
「そうなんだ。でも、これはデブチョコボの受け売りなんだけど、よく分からないアイテムはあまり使わないほうがいいよ。良いアイテムばっかりじゃないみたいだから」
それこそ自分にそれを使われようとしていることを知ってか知らずか、少女は男に忠告する。
「爆発する薬とか、直近の記憶を失うカードなんかもあるんだって」
「そ、それは怖いな。やはり『識別のカード』は買っておくべきだったかもしれないな」
恐ろしい情報を聞いて、男は道具屋でデブチョコボに聞いたアイテムの知識を思い出す。臆病で慎重な彼が教えてくれたのだが、彼の店でも取り扱っている『識別のカード』は、アイテムにかざすとその情報が浮かび上がる不思議な魔法の道具らしく、それがあれば拾ったばかりで何が何だか分からないアイテムであっても、どんな効果を持つアイテムなのかが分かるそうなのだ。シロマの遣い分以外、資金が無かったことが今更悔やまれた。
「わたしも、アイテムにはあまり興味がなかったから、どんなアイテムかはほとんど分からないし」
「まあ、とりあえず使わないにしても集めておいて損はないだろう。動きを邪魔しない程度にしか集められないから、機会があればモンスターにでも投げつけてどんな効果が出るのか確かめてみるか」
「でも、もし相手を強くするようなアイテムだったりしたら、怖いよ?」
「あ、そうか。不都合なものばかり、というわけでもないのか。取り合えずモンスターに使うというのは無しだな。これ、持って帰ったらデブチョコボは買い取ってくれたりするのか?」
「あ、うん。デブチョコボなら大体どんなアイテムかも知ってるから、買ってくれると思うよ」
「成程。不用意な行動はしないよう気を付ける。とりあえず分からないことはシロマに聞くから」
「任せて」
そこまでモンスターの襲撃もないのは、浅い階層だからだろう。前回の男一人での行動時とは違い、軽く会話をする余裕があった。とりあえず、アイテムはどんな形であれ不用意に使用しないことを誓い、二人は進む。
階層を降りる階段は、程なくして見つかった。
だが、今回はシロマのダンジョン探索が主目的である。階段が見つかったからと言って逃げ込むように降りる理由も、急ぐ理由もない。ひとまずはそれをスルーし、別の通路へと進んでいく。
その先の小部屋に入った時だった。
「うおっ!?」
「え、どうかしたのお兄さん!?」
何の前触れもなく、少女の姿が掻き消えたのだ。
驚いた男が声をあげると、少女がいたであろう数メートル前の辺りから同じように驚いた少女の声。
「シロマ? いるのか?」
「え、い、いるよ? ひゃんっ!?」
男が手探りで虚空を探りつつ前へ進むと、何か柔らかいものに触れる感触。途端、困惑の声が素っ頓狂な叫びへと変わった。
「ん、これは、なんだ?」
「ちょ、お兄さん、何を」
その感触を握るように確かめると、少女の慌てたような声が聞こえ、男の手首辺りが何かに握りしめられた。
「ま、まさかそこにいるのか?」
「いるよ! 突然どうしたの!?」
声と感触から、おそらく少女は見えないだけでそこにいることを把握した男は、探る手を引っ込め、少女がいるであろう場所を見つめる。そこに見えるのはダンジョンの壁や床ばかりで、やはり姿はどこにも見えない。
「いや、俺からはいま、シロマが見えないんだ」
「え!? ど、どういうこと!?」
「それは俺も知りたい。君からは普通に見えているのか?」
「お兄さんのことも見えてるし、わたしの姿も見えてるよ?」
「いったい何がどうなって……むっ、ちょっと待ってくれシロマ、あそこにモンスターがいるのが分かるか?」
見えない少女に話しかける男は、不意に数メートル先にモンスターの影を発見する。少女に促してみれば、彼女も気づいたようだ。そしてモンスターはこちらに気づいていない。
「う、うん。わかるよ」
「俺は身をひそめるから、君だけで近づいてみてくれ」
「わ、分かった」
男は直感に従って、シロマに指示を出す。怪訝そうな声が返ってきて、少女の足音だけが男から遠ざかっていく。
(ど、どういうことなんだろ。お兄さん見えてないって……で、でも見えてたらあんなところ触らないよね?)
男は見えていなかったが、探り当てた時に男が掴んだ「柔らかいもの」は、少女の首筋、耳たぶの下あたりだったりする。敏感なそこをいきなりまさぐられ、驚きとこそばゆさからつい声を上げてしまったが、男の言が本当なら不可抗力によるものだ。
(びっくりした……でも、なんでこんなにドキドキしてるんだろ)
自分とは違う、男のたくましい腕と、固く筋張った指。男は少女にとっては久しぶりに見る人間なのだが、彼女が出会ったことのある「人間」では初めての「老人以外」の人間であったりする。いまの鼓動の原因が、村の近くの塔に住んでいる「おじいちゃん」とは違う「大人の人間」かつ「大人の異性」を初めて感じた感覚にあるということは、まだ彼女には分からなかった。
そして、正体のわからぬそれを探る材料や経験も、少女は持ち合わせていない。
分からないものに時間を費やしている暇はない。すぐに切り替えて、男の指示通り近づいていく。よくよく近づいてみればモンスターの様子がおかしく、少女は謎の感覚を一瞬で意識の外に置き、訝しげにモンスターを観察する。
(……あれ、気づかない?)
モンスターは背を向けているが、目と鼻の先まで迫ってもこちらに気づく様子はない。さらに一歩踏み込む。普段であれば既に気づかれて戦闘に入ってもおかしくない距離。こちらの杖先が余裕で届く範囲に入っても、なお。
(これって……)
その時、訝しむ少女は足運びが雑になってしまい、ザリ、と床を靴が削る音がなる。
(しまった!)
その音にモンスターがいきなり振り向く。少女は杖を前に防御の態勢を取り、続いてくるだろう攻撃に備える。しかし―――
「グエ?」
(あ、あれ?)
モンスターは、少女の方こそ向きはしたが、首をかしげてキョロキョロと辺りを見回すばかりで、攻撃態勢には入ることがなかった。そう、まるで、少女の姿が見えていないかのように。
(お兄さんの言う通りだ……!)
そして少女は、目の前で目線を右往左往しているモンスター目掛けて杖先を突き出す。
「グエー!?」
一撃では仕留めきれず、二撃目でモンスターの姿が霧散する。ダンジョンのモンスターは、倒すとこのようにして跡形もなく消え去ってしまう。無論、モンスターは本能的に目の前の動物に襲い掛かるので、一撃加えて反撃してこない、などということはある例外の種を除いてはほぼほぼありえない。今の一連の流れは、明らかにモンスターが少女の姿を認識していないがゆえに起こったことに相違ない。
周囲を確認し、後続がいないことを確認すると、少女は男の元へ駆け戻った。
足音はするが、やはり見えないのだろう。岩陰から半身を出した男の近くに戻ると、男の方から声がかかった。
「シロマ、そこにいるか?」
「うん、いるよ。やっぱり、これは」
「ああ、君の姿が透明になっているみたいだ。足音や声は聞こえるし、君からは見えているようだが」
「そ、そうなんだ。こんな罠もあるんだね」
「罠……そうか。こんな摩訶不思議な罠があるなんて、ダンジョンというのは訳が分からないな」
「そうだね。だから調べてるんだけど」
「しかし、これは怖いな。今はたまたまシロマがその罠を踏んで、それがこの透明になる罠だったからある意味良かったと言えるが、もしモンスターが踏んでいて気づけなかったらゾッとするぞ」
「あ、そうか。モンスターがこれを踏む可能性があるんだね……」
流石に旅の中でいろいろと経験があるためか、男の状況に対する判断力は少女より上だった。
(お兄さん、すぐにそういうことに気づけるのはすごいな。わたしもしっかりしなきゃ……)
少女は、何度かの探索経験からの自信を少々くじかれつつ、男のそういう面に安堵する。自分にはない視点を持つ人の動向が、こんなにも心強いとは思わなかった。
戦闘こそ問題なくこなせる少女ではあったが、ダンジョンそのものの不思議の解明に気を取られるあまり、今までそういう罠やアイテムに関する考察や探求を怠っていた自分を恥じる。一歩間違えれば、今の罠を踏んだモンスターから不意打ちされ、もし当たり所が悪くて気絶でもしようものなら、そのまま命を落としていた可能性もあった。これまでの自分は、運が良かっただけなのだろうと認識を新たにする。
「お兄さん、ありがとう。もう少し気を付けて進んでいこう」
「ああ、予想以上に危険な罠がまだありそうだ。むしろ、今までその辺の罠に引っかからなかったのは君も俺も運がいいと考えよう」
「そうだね、でも……」
「ああ。その運がこの先続く保証はない。君の言う通り、より慎重に行くとしよう」
意気込みを新たに、二人はこの先を進んでいく。数十分かけて、この階層内の粗方の場所は調べつくしたと判断し、目印を頼りに階段のあった小部屋へ戻る。
(しかし、透明になる罠か……)
その間に、男は先ほどの罠について、周囲への警戒はしながら思考を巡らせていた。
あの罠は、有益だ。だが、それがどういった仕組みなのかが分からなければ、利用するにも難しい。そもそも、先ほどシロマがそれに引っかかったであろう場所を男も踏んでみたが、なんの反応も無かった。
一度踏むと階段と同じように消滅するタイプの罠だったのか、それとも他になにか理由があるのかは分からない。だが「一度効力を発するとほどなく消える」というのは、謎のカードを始めとする魔法のアイテムにはありがちな共通点と言えた。
(ならば、同様の効果を持ったアイテムが存在する可能性はあるということだな)
その推測に至り、これまで以上にアイテムに興味が出てきた男は、少女に知られぬよう、今まで以上にアイテムに関心を向けるのだった。
「さ、降りようか」
男の思考が中断したのは、戻った小部屋、階段の前で少女が男に向けて言葉をかけたときだった。短い時間ではあったが、思考に没頭しすぎて階段の部屋まで戻ってきていることに一瞬気が付かなった。
「ああ、そうだな」
(……危ない危ない。今考えていることも結局は命あっての物種だ)
運が続く保証はないなどと少女に宣っておいて自分がこの体たらくでは、愛想を尽かされかねない。不要と断じられた時点で男の負けなのだから、可能な限り自分を有用に見せなくてはならないというのは男にとっては必須事項だった。
と、そこで男は、階段から少し離れた部屋の隅に、何かを発見した。
「と、ちょっと待ってくれ。あれは」
「お兄さん、何かあった?」
駆け寄ってみると、そこには宝箱が一つ。中から出てきたそれは一枚のカード。カードそのものはありふれたもので、男もこの階層だけで二枚ほど拾っているが、どうも見てみると、今まで手に入れたカードたちとは模様が少し違う。
「アイテム?」
「そうなんだが、どうも俺が今まで拾ったどれとも模様が違うんだ。どうやらまた別の種類のカードのようだな」
男がダンジョンから弾き出された時に、まだ使わずに所持していたアイテムは大半を放り投げたせいで失われていたが、何枚かは雑貨入れの中に入って残っていた。その中にはカードが数枚あり、男はいま宝箱から出たものとは別に、計六枚のカードを持っている。拾った二枚は、持ち込んだ四枚のうちの一つずつと模様が共通していて、おそらく同種のカードであることが分かる。残る二枚のうち一枚は、記憶が強烈なため効果が分かっている模様のカード。残り一枚がまた別種と思われるものだったのだが、ここに来て五種類目が現れたことになる。
「とりあえず拾っておこう」
「分かった、じゃあ今度こそ行こう」
男はそれを拾うと雑貨入れに入れ、シロマの後を追って階段を降りた。
「やはり、階段は消えるんだな」
「そうだね。こればっかりは何度来ても一緒」
次の階層に降りた途端、案の定階段が霧散して一瞬で消える。
小部屋の端、通路にはみ出たような場所に二人は立っていたが、現状を確認するとともに謎の音が二人の耳に届いた。それは、バシッ、バシッ、という明らかな打撃音。音のする方に目を向けた二人は、そこで衝撃的な光景を目にすることになる。
「グケケッ、グケケッ!」
「ピィー! ピィー!」
人間を縦に縮めて棍棒を持たせたようなモンスターが、ダンジョンの中では珍しく基本的に人間からも逃げ回る、四足の小動物じみたモンスターを攻撃しているのだ。
壁際に追い詰め、執拗に殴るそれは、まさにいじめのような光景だった。
(お兄さん……)
(下がって様子を見るぞ……なんだあれは、仲間割れ、というより、モンスター同士の諍いなのか?)
(わかんない……襲ってる方は「ゴブリン」っていうモンスターだけど)
(襲う対象がいないと、もしかしたら別種のモンスターとは争い始めるのかもしれないぞ)
小声でやりとりする二人。自分の推測が正しければ、モンスターを盾にモンスターから逃げることも可能かもしれない、などと考えていた男だったが、続く光景にその考えがいかに甘いものだったか思い知ることになる。
執拗ないじめにボロボロになる小動物系は、とうとうそのダメージに耐えかねたのか鳴き声も弱くなっていき、ついには霧散して消滅した。だがそれはいい。モンスターが一体減った、男と少女にとってはそれだけのこと。見ていて気分のいいものでは無かったという程度のものだった。
看過できなかったのはその次の瞬間。
「グケェーー!」
(な、なんだ!?)
小動物系を倒したゴブリンがひと吠えしたかと思うと、その体色が一気に浅黒く変化したのだ。
変化したのは体色だけではない。その途端に、男でも一対一ならそう苦戦しないゴブリンというモンスターから感じる圧が異常なものになった。明らかに「生物としての格が一つ上がった」と感じるほどの圧。その変化が虚仮威しでは断じて無いことが分かるほど、生物の本能的な恐怖を感じさせる。
(見つかったら殺される!)
即ち、死の恐怖である。
男は、とっさに後ろに庇ったせいで状況を飲み込めていない少女に、声ではなく仕草で
(通路に逃げろ!)
と伝える。男の尋常ではない様子を見て取った少女は、それに即応して通路へと下がる。
それが、良くなかった。
「グケッ」
少女が転進のために踏み出した足が、すぐそこに落ちていた石を蹴り上げ、あろうことかモンスターの方に蹴り飛ばしてしまったのである。
その石がこれまた運悪く当たってしまい、その黒くなったゴブリンが男の姿を捉えたのである。
「ケケェー!」
「走れぇーーー!」
こうなれば、戦闘は避けえなかった。シロマは男と黒ゴブリンの尋常ならざる叫びに慌てて奥に逃げるが、その通路は生憎と二人が並べるほど広くない。そして、黒ゴブリンは、明らかにそのスピードも上がっているようで、どうにも逃げ場が無かった。
(これは、死ぬな)
誇張でもなんでもなく、男の頭をよぎったそれは正しかった。今の男たちのレベルでは、この黒ゴブリンには逆立ちしても敵うことはない。逃げようにも、通路は狭く、一人が奥に逃れるのが限度だ。加えて、少女を先に逃してしまったので、少女の持つ帰還用のアイテムをいますぐ使ったとしても、男はその範囲外で離れてしまっている。
(だが、何もせずに死ねるかっ!)
ここで男ができることは唯一つ。相手が到達するまで、拾ったアイテムを投げつける、かつての繰り返し。投げられるのは間合い的におそらく三枚ほどが限度で、それまでに何も起こらなければ間違いなく殺される。
しかし、考えている暇はなかった。どうにでもなれと、効果がわかっているため別に避けていた一枚以外のカードを残し、全てを手に取る。
まず一枚。投げつけたカードは突進してくる黒ゴブリンに命中するも、特に何も起こらず弾かれる。
続いて二枚。投げつけたカードは目測を誤り、ゴブリンの頭の上を飛んでいく。
あと数歩で、黒ゴブリンの棍棒は男の頭蓋を打ち砕くだろう。
(ええい、ままよ!)
最後の一枚。振り上げられる棍棒がゆっくりと見え、男が死を覚悟する中、その投げられたカードは奇跡的にこの場にそぐう効力を発揮した。
「グケッ!?」
腹に命中したカードが発行したかと思うと、その光に吸い込まれるようにして黒ゴブリンの姿がかき消えたのだ。それは、男の脳天がかち割られるまさに寸前。絶死の刹那前に、男は生涯の運すべてを込めたかのような幸運に恵まれたのである。
「……………」
黒ゴブリンが消え、辺りが静寂に包まれる。それでも、男は気を張り詰めたまま、皿のように大きく開いた血走った目で周囲を警戒した。
前方、異常なし。両横、異常なし。頭上、異常なし。そして後方―――
「お兄さん!」
に振り向いた瞬間、胸に柔らかな重みが飛び込んでくる。思わず抱きとめ、その勢いにたたらを踏むが、なんとか倒れずに踏ん張ることに成功。腕の中を見てみれば、そこにいたのは逃した少女。
「大丈夫? 怪我はない? あいつは?」
「……………」
「お兄さん、ねえ、お兄さん!?」
「あ、ああ……大丈夫、だ……よく分からんが、助かったらしい……」
そこで、男はようやく全身から力を抜いた。分かっているつもりだった。このダンジョンというところが一つ間違えば命を落とす場所だということなど。
しかし、やはりというか少女への欲望で男の目は濁っていたらしい。改めて死の淵に立ち、今更汗がドッと吹き出してきた。
いま、男は間違いなく死んだ。いま生きているのは、ありえないほどの幸運が重なったに過ぎない。
少女のぬくもりが、男にその実感をより強く感じさせる。こんな場所になぜこの少女が執着するのかはまるで分からないが、これ以上少女に付き合うことは余りにもリスクが高い。
だというのに―――
(俺は、いま確かに興奮している……)
それ以上に、なんとしても此処を生き延びて、その滾る生への渇望さえも、少女にぶつけたくて仕方がなくなっていた。
腕の中でこちらを気遣わしげに見上げる少女。この死地においてなお、自分より先に男のような者を気にかけずにはいられない彼女を、改めて己の欲望で染め上げたいという執着が、男に沸き上がる。
それを悟られたくなくて、男は少女を離すと、背を向けて、落ちた二枚のカードのもとに向かった。
一つは外してしまったカード。これはペアがあるうちの一枚で、カードそのものに変化はない。
そしてもう一枚。ゴブリンに当たってしかしなんの効果もなかったカードには、
「……なんだ、これは」
「お兄、さん?」
その裏面にきっかりと、文字が浮かび上がっていた。
『ワープカード:空間を移動する魔法が込められたカード』
「ふ、フフフ……」
「お兄さん?」
その文面を読んだとき、思わず男は笑っていた。その意図がわからず、少女が後ろからオズオズと声をかける。
その声に振り向いた男は、手に持つカードの文章を少女に見せるようにして呵々大笑した。
「見ろシロマ! おそらくこいつは識別のカードだ! そして俺が一緒に引っ張り出したカードは、どうやらこのワープカードとやらだったらしい! ああ、俺の運の悪さ、そして運の強さはなかなかどうして、捨てたもんじゃないな!」
自分が死地に入ったのも助かったのも、純然たる運任せのようなものだと知った男は、こみ上げる笑いを止められなかった。階段を降る前に最後に手に入れたカードが、たまたまその先で遭遇した死地を抜ける効果を発揮するもので、どうやら投げつける前にそれに押し付けた識別のカードが、その正体を男に教えた。出来の悪い喜劇のような九死に一生を得て、笑いのタガが外れた男は、感情の抑制が効かずに暫く笑い転げる。それを少々不気味な、しかし目の前で協力者を失わずに済んだ安堵から遠巻きに眺める少女。役目を終えて男の手から識別のカードが消えていっても、そのあと数分、男は笑い転げた。
「すまん、なんかおかしくなってた」
「よ、良かった。正気に戻ったんだねお兄さん」
「迷惑をかけて申し訳ない」
笑いが引っ込むと、やってきたのは自己嫌悪だった。確かに九死に一生を得ておかしなテンションになっていたからと言って、ダンジョン内で大笑いし続けるというのはあまりにも危険だったし、その間モンスターがやってこなかったのも単なる偶然だ。
(死にかけた端から自ら死に向かうような行いをしていてどうする)
男のテンションの乱高下にオロオロするばかりの少女は、今度は勝手に沈み始めた目の前の大きな子供のように蹲る男の後ろから、とりあえずそっと抱きしめた。
「なっ、シロマ、どうした?」
「何がなんだかよくわからなかったけど、お兄さんが助けてくれたんだよね?」
少女の柔らかさを突然後頭部に感じて驚く男の頭に手を回し、抱え込む少女。驚いた男だったが、すぐに感じているのは柔らかさばかりではないことに気づく。
僅かではあるが、少女の身体は震えていた。原因が寒さなどではないのは明白だ。
「でもね、これだけは分かった。お兄さんがいなかったら、わたしきっとあそこで死んでた……わたしを殺せるものが、殺そうとしてくるのって、こんなに、怖いんだね」
泣き出さないだけ気丈。年重も行かない少女としてみれば、上等も上等な強さを持つ彼女であったが、初めて味わう明確な「死」のイメージは流石に堪えたようだ。
「ああ、だが、得たものもある。どうやらモンスターがモンスターを倒すと、どうやら倒した方は遥かに強くなるようだ」
「そう、だね」
「どうする?」
「……進むよ。これも一つの収穫だから」
それでも、「逃げよう」や「帰ろう」とは言わない少女に対し、冷静さを取り戻した男が告げたのは、今の死地で得た一つの情報だった。それにコクリと頷く少女。そっと身体を離した少女の目には、まだ奥に光る意志の炎が見える。
少なくともこの少女は、男にはない「芯」がある。それは、命が危機に瀕してなお折れない、鋼の一念であることが分かった。
(……だからこそ壊したくなる)
それは、ガラス細工のような、一度瓦解すれば粉々に砕け散りかねない危うい美しさと隣り合っている。それを蕩かして、別の形に作り変えるのは、慎重に慎重を重ねなければならないだろう。
まずは、何も知らず、そして知らないがゆえのその行動の一々が男に庇護欲と嗜虐心を同時に湧き上がらせるその純粋無垢な身体に、少しずつ少しずつ火を焚べていく。女の体というものがどういうものかを教え込み、最後にその純潔を散らすその時、少女という硝子の彫像は果たしてどんな容貌を見せるだろう。
その時を楽しみに、今はまだ、少女に恩を返す善人の皮を被る。
(ああ、全く、性に合わない。こんな性に合わないと思うことが―――)
男には、この上なく愉悦だった。一息に襲いかかって褥を散らすのとはまた違う。己の命さえ成就のための賭け代に差し出しながら、自分はこの少女を守るのだ。最終的に、そのすべてをひっくり返すために。
男は、気を取り直して先を進むシロマを追随しながら、周囲を警戒しつつも、その後姿を堪能する。
押し殺したとはいえ恐怖に漬かっていた身体は、少々腰が引けていて、そのせいか、ローブに少女のヒップの丸みが浮き出ている。少女らしい、小ぶりなそれ。今は精々こうして警戒の合間にバレないように視姦するだけだが、いつか必ず、その地肌を暴き、果実に舌を這わす。
少女とはまるで違う決意を新たにして、男はニタリと口の端を歪めた。
次回、ダンジョン探索の続き。
俺、この戦いが終わったら、今度こそ、エロシーン書くんだ……
Twitterやってます。
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目次か作者マイページよりどうぞ。