ようこそ、シロマの受難へ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「またエロない」んだ。済まない。
仏の顔もって言うが、謝って許してもらおうと思っている。
でも、この更新を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「wktk」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、というのは建前で長くなりすぎたから分割したんだ。
本当に、申し訳ない。
ダンジョンの設定をいろいろ考えてこねくりまわすのすごい楽しいです
男の邪な視線に気づくことなく、今まで以上に慎重に進む少女。それに従いて行く男だったが、両者とも、尋常じゃない疲れを感じていた。
互いに言葉にせずとも、理由は明白だ。一度はワープカードで退けたとはいえ、空間を移動しただけならば、この仄暗いダンジョンの闇の先からまた再び現れないとも限らないのだ。
「なあ、シロマ」
「何、お兄さん」
「モンスターは、おそらく階層を移動できない。次に階段を見つけたら、すぐに降りよう」
なので、男は前回培った経験から、おそらくは信憑性が高く、確実にあの黒ゴブリンから逃れる方法を提案した。初めてここに入り込み、モンスターから逃げ惑っていた際、階層さえ移動すれば、その階層のモンスターがそれを超えて追ってくることは無かったことから、階段さえ降りれば逃走に成功することは半ば確信している。
「そうだね。お兄さんの言うとおりにする」
少女の了解も取れた。ならばまずはダンジョンそのものの探求よりも、階段の捜索が急務だ。兎にも角にもあの黒ゴブリンから距離を取り、安全を確保する。男には、そのための心当たりが一つあった。
「よし、なら、少し止まってくれ」
「階段探さないの?」
「やるなら、より効率よく、だ」
男は雑貨入れからカードを取り出す。モンスターから逃げる際、有用だったカードが二つあることを男は覚えていた。当たったモンスターを錯乱させるカードと、眠らせるカード。そのうち一種は、むしろ今回男にとってはその入手が大目標だったりするが、それらは前回の逃走時に使い切っている。
閑話休題。ともかく、その二種のカードは今持っていない。所持している中で模様から男が効果を判別できるのは二枚。投げると穴や窪みに泉を沸かす、男の命を救った要因となったカード。そして模様から推察するに、少々いろあせたカードは、先程の識別のカードと同じ模様に思えた。この一枚が識別カードであるなら、残りの三枚のうちどれかに使えば、それがどんな効果のカードか分かるだろう。
残り三枚を見比べてみると、くたびれている二枚の模様がほぼ同じように思える。つるつるしたカードは、それと並べると明らかに模様が違い、おそらくは二つとは別種のカードであることを推察できた。
「なら、こっちだな」
男は二枚ある方の一枚を手に取る。もしこれがどんな効果のものであっても、そっちに使えば二枚分識別できるからだ。あわよくば、先に役立った二種のカードのどちらかであってほしい。最も求めているカードだった場合、本来想定していた使いみちとは異なってしまうが、黒ゴブリンと出会った際の保険になるからだ。
「識別のカードであってくれよ……!」
男は念じて、カードをそのカードにかざす。すると裏面が仄かに発光した。恐る恐る裏返してみると、そこには―――
『マップカード:迷宮の階層を映し出すカード。念じると、迷宮の魔力の波長を読み取り、使った階層の簡易的な地図を映し出す』
快哉を叫びそうになった男は、すんでのところでそれを何とか堪えた。
マップカード。デブチョコボの店で聞いた話が本当なら、このカードに浮かぶ白い点は階段を示し、赤い点がモンスターを示しているという。彼の店でも少々値が張るが、効果は信頼できると臆病なデブチョコボが太鼓判を押したカードだ。その時は、そもそも探索が目的ならさっさと階段に向かえるだけのカードなぞと聞き流していたが、いまこの場においては最も有用な道具であると言える。
「お兄さん、どうしたの?」
突然喜色を満面にした男に目を丸くする少女。男は無言で少女に識別カードに浮かんだ効果を見せると、会話さえ惜しいとばかりにマップカードを起動する。
消えゆくカードの文面を何とか読み込んだ少女もまた、男が使ったカードへ視線を移す。その目には隠しようもない期待の色があり、男がそれを見たらまた劣情を抑えるのに労を費やすところだったが、幸いというか不幸にもというか、マップカードに浮かんだ地図に少女以上に目を輝かせた男はそれに気づかない。
「よし、デブチョコボに聞いた話じゃ、この白いのが階段らしいな。そこまで遠くないが、途中に何体か赤い点―――モンスターがいるな。ここからは俺が先行する。着いてきてくれ」
「うん」
白い点―――階段まではここから最短で小部屋を二つ。しかし、途中にはモンスターを示す赤が複数灯っている。どれかがあの黒ゴブリンかもしれない以上、一度たりとも会敵しない心算でここからは進まなければならない。
マップを頼りに、二人は慎重に進み始める。先程の絶望的なまでにいつ命を落とすかわからない不安が消えた分、二人の疲労感は明らかにマシになっていた。
一つ目の小部屋にたどり着く。小部屋の赤い光点は二つ。こちらとは反対の小部屋の出口となる通路付近と、そこからほど近い部屋の隅。まっすぐ進めば階段の部屋だが、迂回せざるを得ない。
(迂回する。俺が左に向かったら俺の背を離れないよう着いてきてくれ)
(分かった)
呼吸を合わせて、二人は小部屋に入る。それなりに広い部屋だったが、明かりは十分ではない。男も少女も、マップがなければ部屋向こうにモンスターがいるなどとは気づけなかった。男は、壁沿いに背を向けながら左の通路を目指し、少女を壁と己の背に挟むような位置取りで慎重に歩を進める。
半ばほど進んだ辺りで、通路側にいる魔物の影がちらりと見えた。ネズミのような耳。あのフォルムは間違いない、間合いを計っていたかと思ったら、急加速してこちらに突っ込んでくる大鼠のモンスターだ。少なくとも黒ゴブリンではないし、倒そうと思えば倒せないほどのものでもないが、そうして進むには不確定要素のモンスターが部屋にはまだ一体。
(どうする。部屋の中にいる奴を確認するか……?)
それが黒ゴブリンで無ければ、そいつと大鼠を倒すだけで階段までは一直線。倒せずとも、大鼠さえ排除すれば逃げ込むこともできる。しかし、部屋の隅で動く素振りを見せない赤い点がもしあの黒ゴブリンだったら―――
(左の部屋には光点がない。ないが、その先の階段部屋に通じる奥の部屋には光点が一つ……)
かと言って、奥の部屋にある一つの光点があの黒ゴブリンだとして、どのみちそうだったら避けては通れない。ならば、速攻であの大鼠を排除して、階段に駆け込むのが最善手に思えた。
(シロマ、通路の先にいるのはあの大鼠だ。部屋の隅にいるのは正直分からない。だが、ネズミを倒せば階段まではすぐだ)
(お兄さんの判断に任せる。最悪、テレポのしおりを使うから、離れないでいてくれれば大丈夫)
可能な限り小さな声で、作戦を決める。
テレポのしおり―――ダンジョンから脱出できる魔法が込められたアイテムは用意してある。それをいつでも起動できるよう少女が構え、離れないよう男の服の裾を掴む。
「行くぞ!」
「うん!」
そして、一気に駆け出した。目指すは通路。そこにいるネズミを蹴り倒して、階段まで疾走する。それだけ。通路まで差し掛かった時点で、男の動きを阻害しないよう少女は裾を離す手はずだ。走りがてら、右目の端で部屋の隅を伺う。尖った耳が薄っすらと視界に入った気がして、男の全身が総毛立つ。
(まずい―――!)
黒ゴブリンだ。だが、もう足は止められない。ネズミも気づいてこちらに向いた。あとは階段まで走るか、今ここでシロマにテレポのしおりを使ってもらうか。そう思った瞬間だった。
「えい!」
シロマが男の裾から手を離し、黒ゴブリンに向かって懐から取り出した薬瓶を投げつけたのだ。
その薬瓶が一度逃した獲物に気づき臨戦態勢を取ろうしとしていた黒ゴブリンの足元、その地面に落下する―――
「耳塞いで飛び蹴り!」
その一瞬前に響いた少女の指示に従って、男の身体は考えるより先にそのとおりに動いた。
一瞬遅れて、薬瓶が砕け散るとともに轟音と衝撃が小部屋を揺らす。膨張した空気が通路に押し寄せ、跳び蹴りの態勢に入っていた男の身体を推進させる。
通路の先にいたネズミは、その勢いの乗った男の飛び蹴りによって一撃で霧散。勢い余って着地に失敗した男が地面に落下すると、続いて少女が男より近くで浴びた爆風に押されて吹っ飛んできた。
それを受け止められたのは、完全に偶々だ。地面に弾むようにして身体が止まったときには、階段こそ目と鼻の先ながら、その勢いによるダメージが肺の空気を押し出して、呼吸もままならい。
それは少女も同様で、爆発に男よりも近く巻き込まれたせいでダメージは彼よりも甚大だった。少女の手からしおりをひったくってでも使わねば、そう男は考えるが、
「グゲェェェ!」
実行に移す時間は、聞こえてきた叫びに遮られ、無情に消えた。
黒ゴブリンが生きているのは明白、どころか、明らかにこちらに突撃してきている。
「ちっく、しょうがぁぁぁ!」
もはやしおりを使ってる暇など無い。少女の身体を抱え込み、しおりだけは無くさないようぐっと抱きしめて、そのまま地面を転がって這いずる。足音が近づく速度は早く、階段までの短い距離がやけに長い。しかし、棍棒の振り下ろしが二度目の実行をされる寸前で、男はなんとか階段に倒れ込む。
あとは少女を背に庇ったまま、その荒い段差を転げ落ちる。
「ぐっ、がっ、ぐぁあっ」
階段の角が容赦なく男の背中を連打し、呻くが、もう止まるわけには行かない。
無限にも思える落下は、しかし男の体感以外ではそう長引くことなく終わった。
それと同時に、男の霞む視界の先で、常のように雲散霧消する階段。黒ゴブリンは、いない。
(た、助かった……のか)
ある程度織り込み済みだったとはいえ、最悪を引き当てた上に少女の想定外の行動。腕の中の少女も、その爆発と続く転落でのダメージがあり、呻いている。だが、呻いているということは、少なくとも意識を完全に失っているわけではない。
「シロマ、シロマ……ぐっ、聞こえるか……」
「んっ……お兄さん、ごめん……」
声をかけてみれば、同様に呻き混じりのか細い声。爆発に喉を焼かれたような様子はなく、意識そのものも思いのほか明瞭なようだ。少女を床に下ろし、男は立ち上がる。立ち上げれることを確認する。鈍痛は響くが、どこか折れていたりという重症ではないようだ。
少女の方を見やれば、彼女の方は男とは違い目に見える擦過傷以外の外傷がいくつもあった。髪先に散見される焦げ跡や、頬に残る火傷、露出している少ない部位だけでも、爆発のダメージが相当に彼女を打ち据えたことが分かるほど。声が聞こえてはいるらしいが、この分では片耳くらいはやられていてもおかしくなかった。
「お兄、さん……」
「俺の方は問題ない。シロマ、君は起き上れるか」
「わたしの、杖……取って……」
確認を終えた男に、横たわった少女が声をかける。だが、起き上るのは無理そうだ。
ひとまず、男は請われた通り、彼女がしおりを取り出す前に背に負った杖を抜き取り、彼女の手に渡す。
「あり、がと……『ケアル』」
受け取った少女が短い言葉を紡ぐ。すると、杖の先から広がった薄緑の光が、少女の身体に向かって収束していく。
(これは……魔法か)
少女が露出している頬や腕に負った傷が、光に包まれた端から元の肌色を取り戻していく。男には魔法の素養が無いため、初めて目にするそれ―――白魔法による怪我の回復は、劇的だった。通常であれば数日から数週をかけて癒していくような傷が、たちどころに治っていく。
光が収まったとき、少女の外傷は殆どが無くなっていた。治しきれない部分は確かにあるが、それも僅かなもの。あとは放っておいても二、三日中には全快するだろう。
「うくっ……ふう……」
その効果を表すように、少女が起き上がる。服にこそ砂ぼこりと焦げ跡の汚れが残っているが、ちぢれた毛先も元通りになっており、シロマのかわいらしい顔立ちは健在だ。男の手も借りることなく立ち上がる姿も、数瞬前まであれほどの傷を負っていたとは思えないほどにしっかりとしたもの。
「だ、大丈夫か?」
「うん……ごめんねお兄さん。素直にしおりを使っていれば良かった」
「いや、問題……ないとは言えんな、流石に。どうしてしおりを使わなかった」
この奥の手があればこその無茶であったとしても、あそこで爆発する薬品を投擲するよりは、一度帰還して態勢を立て直したほうが明らかに良かった。少女自身理解している通り、どう見ても失策。なのにそれを採用したということは、追及せねば二度目を引き起こしかねない。
少女はその叱責の響きに少し俯いた。ここで、少女であれば整然とした理路を示してくると思った男は、拍子抜けを感じて白けかける己を感じる。
(もし、何の考えもない子供ゆえの身勝手な浅慮であるなら、俺はシロマを買いかぶりすぎたのか? 年に似つかわしくない信念の強さに見えたのも、野放図なだけの無鉄砲が由来ならば、見目だけの女など……)
男が徹底的に染め上げたかった「シロマ像」がこんな形で砕かれるのかと、男は落胆する。こんなことならば、危険を犯すことなく少女を犯し、性欲だけを処理してさっさとこの地を立ち去れば良かったのではないかと。
だが、続く少女の言葉は、男をこそ浅慮であったと恥じさせるものであった。
「確かに……追っては来れないかもしれない。でも、それは次に来た時に居なくなってるということじゃないかもしれない」
(――――――!)
そう、男はその可能性を失念していた。男と少女は、この一回だけではない。少女の探索が続く限り、幾度となくこのダンジョンに挑むのだ。二階層目にして現れた黒いゴブリン。それを逃げることでやり過ごしたとて、次回の探索時、同じ階層で奴と相まみえる可能性はゼロじゃない。むしろ、モンスターが階層を移動できない仮説が正しかった今、少女の言う通り次回の探索時に居なくなっているという可能性の方が低く思える。
失策と言えば失策だった。しかしそれは、次を見据えていたが故の失敗であり、少女にとっては命を懸けるに足る試作であるということに、至らなかった男こそ失態であるともいえた。
(シロマ、君は、君はなんて―――)
しかしその少女の少女らしからぬ知性の輝きは、やはり目の前の男に見せるべきではなかった。期待外れどころか、この場において期待以上、最善ではないが最良になりうる彼女の判断力は、やはりというか男の劣情を煽り、少女への執心をより強める結果となった。
(なんて、モノにしがいのある女なんだ!)
シロマという少女が素晴らしければ素晴らしいほど、それを穢したい男の欲望もまた強くなる。多くの女を手籠めにしてきた男の半生を紐解いても、決して出会うことなかった「献身と、使命感の為に自らを犠牲にするを厭わない」そんな人間を、己のようなただ欲得のためだけに生きてきた人間が穢したとき、その愉悦たるや如何ほどか。
思わず彼女の目の前で笑みを浮かべそうになり、その口元を掌で覆う。笑いをこらえるのではなく、さも思索に耽るがごとくを偽って、男は下衆の面をなんとか少女から隠すことに成功した。
「本当にごめんなさい、お兄さんの了解も取らずに……怒ってる、よね?」
そんな男の内心など知る由もなく、実に申し訳なさげに力なく見上げる少女。
(だから、そういうところが一々股間に悪いというのに―――)
ゾクゾクと背筋を駆ける衝動を必死で抑える男の震えは、実際はそんな怒りなどという純粋な感情ではないというのに、まるで小動物のように垂れる耳やしっぽが幻視できるほど落ち込むシロマに、男はなんとか絞り出した声で返答する。
「い、いや……むしろ、浅慮なのは俺の方だった……そうか、そうだな。次回の時、また奴から逃げ回るより、この先で奴を倒せるような道具があるかもしれない……すまん、怒ってはいない。むしろ俺の不甲斐なさに打ち震えていたようなものだ」
「怒って、ないの?」
「何を怒ることがある。明確な理由があって、そしてそれが俺の短慮より有用だったんだ。なら感謝こそすれ、俺がシロマを怒る意味はないだろう」
「……やっぱり、優しいね、お兄さん」
「そんなことは、ないが……」
本当にそんなことはないのだが、少女は男の言葉を謙遜と受け取ったらしい。実に都合のいい勘違いであるため、勿論男はそれを是正しようなどとは思わない。
「ふふっ、ありがとう。……あっ、お兄さんは大丈夫?」
「所々痛むが、骨に異常は無さそうだ。動けるぞ」
「痛むの? だったら」
「あー、使うな使うな。無限に使えるなら頼むが、そうじゃないだろ?」
安心して、そこでようやく男の状態に思い至った少女が、慌てて男にも先ほどの魔法を使おうとするのを、男は止めた。十全ではないが、あんな便利な技が何度も使えると思えるほど男も楽観的ではない。
「……うん、魔法力を使うから、今のわたしだと多分使えてあと一回かな」
「少し考えがある。もし今後痛みが悪化したら魔法を頼むかもしれないが、今は動けるからとりあえず後回しだ」
残り一回の回復手段なら、少なくとも今は取っておく。代わりに、今まで通りシロマを先頭にしたダンジョン探索の形に戻し、二人は先を進むことにした。男の記憶が確かなら、ここの宝箱からは身体を癒す魔法薬―――ポーションの類も出現するはずだ。少女に確認を取ると肯定が返ってきたこともあり、それ以上の効果を持つ魔法は最後の手段にするに限る。
「もし、穴や窪みを見つけたら教えてくれ」
「う、うん分かった? じゃあ、行くよ?」
「ああ、頼む」
男がそんなものを探す意図が伝わらなかったようで少女は訝し気ながらも、特に害があるわけではない要望だったので了承はする。
そうして、二人はダンジョンの探索を再開した。
階層を進んだとはいえ、特に何の変化があるわけでもない。あの黒ゴブリンがいた場合は、次は流石に即座にしおりを使うことだけは取り決めて、先へ先へと歩を進める。
「あ、お兄さん、あれは?」
「見つかったか?」
そして進むこと数分、少女が何かを見つける。杖で指し示した方向を男が見ると、そこには液体を湛えたごくごく小規模の泉があった。透き通っていながら、色がゆっくりと、ほんのり変化している不思議な泉だ。男の目的とは少々異なったが、むしろ想像通りなら手間が省けたと言っていい。
「シロマ、あんな泉を今までダンジョン内で見たことあるか?」
「うん。罠かもしれないから寄ったことはないけど」
解答そのものではないが、最低限は満たす少女の応答に、男は自分の推論への信頼をより強固にした。
「おそらくだが、あのダンジョン内の泉、あれに含まれているのは何かしらの魔法薬だ。ほら、君が俺を見つけてくれた時、俺は水たまりの中に倒れていたと言っていただろう?」
「そうだね」
「あれは、ダンジョン内で見つけたあるカードのお陰なんだ。そのカードは、地面の窪地にあんな泉を湧かせるカードだった。俺が空高く打ち上げられた話はしたよな? その時、何とかそのカードを引き当てて湧いた泉に突っ込んだことで、俺は助かったんだ。『あれと同じ泉』を、この中でシロマが見たことがあるといった時点で、ほぼ確信した」
「それは、どうして?」
「君が俺を助けた時、不思議な勢いで怪我が治っていったと言ったろう。おそらく、あの泉にはポーションのような回復薬が湧くこともあるんだ。俺はきっと、湧いた泉がそれで、溺れかけるほどしこたま飲んだからそうなったんだろう」
その推測は、当たらずとも遠からじくらいには論拠のあるものだと男は思っている。先ほどのシロマの魔法。みるみる治る彼女の傷を見て、あの時少女が言っていたことに結び付いた。
「シロマの爆発のお陰で思い出した。あの時俺は、ダンジョン内で手に入れたものを手あたり次第投げて、カードの一つ前にあれと似たような爆発する薬品も投げたんだ。それで生まれた穴に、カードが落ちて泉が湧いた。そこに突っ込む瞬間までは無我夢中だったが、意識ははっきりしていたからな」
「私のあれは、調合に失敗しただけなんだけど……だ、だったら、あれはポーションの泉なんだね」
「そこで確認したい。俺は魔法の薬なんてものにはとんと縁のない生活を送ってきたもんでな。シロマは、ポーションを判別できるか?」
「……うーん、どうだろう。わたし、使ったことはあるけど、白魔導士でさっきの魔法が使えるから、ダンジョンの中であんまり薬を頼りにしたことないんだ。あれ、飲みすぎるとお腹ちゃぷちゃぷになっちゃうでしょ?」
少女の言うところは、つまるところ「自信がない」というもの。識別のカードが残っていないことが悔やまれるが、少なくともあの泉に湧いているのがポーションである可能性はある。問題は、それこそ爆発するような薬が湧いていた場合、飲んだらほぼ確実に死ぬ。
改めて、男はこのダンジョンの悪辣さに辟易した。希望が顔を覗かすのが一瞬で、何をするにも危険が付きまとう。手に入るものは用途の分からないものばかりで、誰が何のために作ったのか、製作者がいるなら文句を言いたいほどだ。
「うーむ、そうか……もし君がポーションを判別できるなら、ここで飲んでみるのも手だったんだが」
「ケアルする?」
「いや、もう少し探してみよう。幸い、ここに泉があることは分かったんだし、もしかしたら識別のカードも新しく手に入るかもしれない。飲んでみて爆発するのは御免だからな」
「あ、あはは、そうだね……」
少女の引き笑いも最もだった。それこそ飲んでみれば効果は分かるだろうが、最低でも二分の一、下手すればもっと大きい確率で死ぬ薬など、試しに飲んでみる気には一切ならない。
となれば、次の目標は識別のカードか、実際にポーションだと分かるものの入手だった。
「よし、こんなものか」
「結局、識別のカードは見つからなかったね」
そうして階層を探索すること半刻ほど。二人は階段も発見し、泉の場所に戻ってきていた。見つかったものは、宝箱三つに、カードが四枚。宝箱から出てきたのは、全部ボトルに入った液体だった。
「謎の薬が三種類、少なくとも識別ではないカードが三枚、そして一枚は」
「あ、これと模様が同じだね」
端々がすりきれたカードを指して二つを比べると、少女の言う通り模様は類似していた。今までの法則からすると、この二種類は同じものだろう。
「なあシロマ、この薬、君が投げた薬と色や匂いは同じか?」
「う~ん、ちょっと待ってね」
カードは後回しにして、とりあえず薬を調べる。少女がコルクを抜いて少し嗅いでみると、仄かに甘い匂いがするもの、酸っぱい匂いのするもの、あまり愉快な匂いでないものがある。それぞれ、表すなら、サラサラした薬、ヌメヌメな薬、ギトギトの薬とでも呼ぶべき代物だった。主に振ってみた時の粘性的な意味で。色はそれぞれ青味掛かっており、乏しい光源では細かな差がよくわからない。
「自信があるわけじゃないけど、少なくともあの爆発した薬とは違うと思う。変な刺激臭がしたから」
「確かに、言われてみれば俺が投げた薬も結構強い匂いがあったな。少なくとも爆発しない……と断じるのは早計か」
ならば、と男はいったんアイテムを仕舞って、少女を伴って小部屋を出る。
「少々もったいないが、使うか」
「何を……って、え、マップカード?」
そして、通路で男は先ほど使ったマップカードの虎の子の一枚を躊躇なく使った。既に階段の場所も分かっているのに、どうしてという疑問が抑えられない少女を尻目に、カードが効力を発揮する。
「お、この先の小部屋にいるな」
「赤いのって、モンスター?」
男がマップ上に示したのは、赤い点。それはモンスターがいるという印。先ほどとは異なり、男は今回、カードをモンスター目的で使ったのである。
そして小部屋に踏み込んでみれば、そこにいたのは男の狙い通りのモンスターだった。
先程、二人を死の寸前まで追い込んでくれた奴の、変化前の個体―――通常のゴブリンである。
「あいつで薬を試す。シロマは、俺がもし反撃されたらすぐに魔法が使えるよう待機していてくれ」
「え、ちょ、え?」
どうも、少女には男の意図が伝わらなかったらしい。むしろその方が都合がいい。今からお見せするのは男としてもちょっとどうかと思う生体実験のようなものだから。故に、人間と身体構造がそう遠くなさそうなモンスターを選んだ。意趣返し(というか八つ当たり)の意図は、おそらく無い。
一足飛びにモンスターに近づいた男が、まずは拳と蹴りを見舞う。気づいたゴブリンだが、迎撃には少々遅く、その拳は振り返りざまの顔面に突き刺さった。続けて鎌足が側頭部に命中し、薄皮を切った上でその衝撃がゴブリンの意識を刈り取る。
倒れたそいつに近寄ると、どうも完全に気絶しており、かつ霧散していかないことから絶命していないことが分かる。少女なら杖で多くとも二撃なことを考えると情けないが、気にしてはいられない。
すかさず男はそのモンスターの口めがけてギトギトの薬を流し込んだ。
その効果はすぐに現れる。飲み込ませた瞬間、口が爛れたのだ。仮にも人に近い形のそれが歯茎むき出しになる様を少女に見せなくてよかったと安堵しつつ、続けてサラサラした薬を同様に注ぎ込むと、今度はなんと、爛れた口や男の蹴りで追った傷が癒え始めた。
「よし、確認終了! お前は用済みだ!」
「グゲェ!?」
傷が癒えることで目を覚ましたゴブリンに、渾身の飛び蹴りを食らわせ、壁に叩きつけられた顔面に追い打ちの拳を叩き込むと、哀れ実験台になったゴブリンの姿が霧散していく。完全なゴブリン違いではあるが、煮え湯を飲まされた気分がスーっと晴れていくのを感じる辺り、男はやはり外道であった。
怪我するような何かをするつもりらしき男がいつそうなっても回復できるよう身構えていた少女は、一連の流れについていけずに目を白黒させる。
「よし、泉に戻るぞ。善は急げだ」
「ちょ、ちょちょ、お兄さん!?」
全く善ではない男が、彼女の袖を掴んで泉の部屋に引き返す。手元には空になったボトルが二つ。そして効果とその色合いや粘度などを忘れないうちに、そのボトルを使って泉を汲んでみる。
「やっぱりな……」
ボトルに詰まった水は、その色合いを薄い青で固定し、それを男が振ってみると、先程のようなサラサラとした粘度のものに。そしてもう一つは、別種のギラギラした色のものになった。
「シロマ、もし俺に何か変なことが起きたら、すぐに帰還してくれ」
「なにがなんだかわからないけど、うん、すぐに使うよ」
少女がしおりを手に取るのを見て、男は先に汲んだ液体を一気に呷った。瞬間、沸き上がる活力と消えていく今まで続いていた打ち身の痛み。間違いない、回復薬―――ポーションだった。勢い余って口の端から漏れた分を袖で拭い、男は少女に不敵な笑みを浮かべる。
「予想通りだ。どうやらこの水は、こうした『アイテムとしてダンジョン内に現れる薬品』の源泉のようなものみたいだ。汲んだり飲んだりした時点で、その効果が決まるんだろう」
「え、え? ちょっと、どういうことか説明して」
笑みを向けられても、結論だけ話されても、この一連の男の行動は傍から見ていると何が何だか分からないと困惑しきりの少女に、男はイチから説明した。
薬の効果を試すために、ゴブリンに飲ませてみたところ、うち一つがゴブリンを癒やしたので、その特徴を忘れないうちに泉に戻り、試したみたところいま話した推論に確証を得たということを。
それらの説明を受けて、少女は納得と同時に憤慨した。
「てことは、まだどうなるか分からないうちに薬を飲んだってこと?」
「十中八九爆発はしないと踏んだ。もし大丈夫じゃなくても、シロマの魔法としおりがあれば命は拾うだろうと思ってな」
「命知らずすぎるよ……」
男にとってはきちんと実験し、安全マージンを確保した上で行ったつもりの行動でも、少女からすれば聞けば改めて肝が冷えるだけだったのだ。流石に残りの薬を飲む気はないと平謝りして許しを請うたが、しばらく彼女らしからぬジトっとした目を向けられることになる。
気を取り直して空いたボトルに汲んだ水は、またも先程のポーション同様の質感や匂いとなったので、これはもうポーションであるとボトルに目印をつけて雑貨入れにしまう。
残りのアイテムは、識別ができるまで決して不用意に使わないことを条件に男が許されたのは、その後、その次の階層に向かう階段を降りた先でのことだった。
次回、本当にエロ展開に突入。