十両連結の新幹線が、トンネルを抜けて疾走する。
深々と雪化粧で覆われた山景の間を縫うように、新幹線は走り続ける。
「まさに、“トンネルを抜けるとそこは雪国だった”…って感じね」
車窓に広がる雪景色に、瑠奈は声を上げて感嘆する。
「おい、瑠奈、あんまりはしゃいでると、スキーやる前にくたびれるぞ」
瑠奈と同じ席の手前側に腰を下ろす輝男が、窓際に座る瑠奈に呆れながら言う。
二人に挟まれるようにして腰を下ろしている真純に、真向かいの席に座る桜月が一礼する。
「今回は、私たちもご一緒させていただいて、誠にありがとうございます」
「私まで同行させてもらって、身に余るくらいです」
桜月の横に座る葵が、真純に向かって一礼する。
自分に向かって礼を言う二人に、真純は柔らかな笑みを見せる。
「お礼を言うのなら、うちの義息(むすこ)に言って下さい。
義息がスキーリゾートのチケットをいただいたおかげで、こうして、私たちはスキー旅行を楽しむことができたんですから」
真純の今の言葉を聞くと、桜月と葵は輝男をまっすぐに見つめる。
「天江君、今回は本当にありがとう」
「私からも礼を言わせて」
「わざわざ、礼を言わなくても……
せっかくの機会だし、冬休みに何か一つ、思い出を作れば…と思ってね」
礼を言って来る桜月と葵に、輝男は笑みを浮かべながら言葉を返す。
目的地へとまっすぐに突き進む新幹線の車内で、桜月は葵の方を振り向く。
「そう言えば、黒山さん、去年のスキー合宿の時は、インフルエンザで行けなかったわね?」
「え、えぇ……」
桜月から言葉をかけられると、葵はやや重い表情でぎこちなく返事をする。
桜月は、葵の今の態度を別段、気に留めず、自然と笑みを見せる。
「スキー合宿に行けなかった分、今回は思いっきり楽しみましょうね」
「そうね……」
言葉少なく言い返すと、葵は車窓の景色を黙って見つめる。
輝男も桜月も、今の葵の態度をさして気に留めようとしない。
◇ ◇ ◇
雪一色に染まった那須高原のスキー場、瑠奈と葵の姿がある。
新幹線の車内で賑わって二時間ほど経った今、二人はスキーウェアを着込んでスキー場の真ん中に立つ。
「もう、お義兄ちゃんと桜月さん、どこに行っちゃったの?」
ピンクのSサイズのスキーウェアを身にまとう瑠奈が、周囲を見渡しながらぼやく。
すると、ゲレンデの方から、青と白のスキーウェアをまとう一人のスキーヤーが波打つように颯爽と滑って来た。
安定した滑りと速度を保ちながら、瑠奈たちの前に迫って来る。
間も無くして、スキーヤーは、瑠奈と葵の目の前で横滑りしながら到着した。
目の前で上手なスキーさばきを披露するスキーヤーに、瑠奈と葵は思わず言葉を失う。
すると、スキーヤーはゴーグルを外して素顔を見せた。
輝男だ。
「やっぱり……! 今のは絶対、お義兄ちゃんだと思ってたわ!」
目の前で颯爽とした滑りを披露した義兄に、義妹は感心したかのように嬉々として声を上げる。
「お前、何、調子のいいこと、言ってんだ?」
輝男は瑠奈に向かって半ば呆れながら言葉を返す。
すると、そこへ、Mサイズのピンクのスキーウェアを着用した一人のスキーヤーが、直線で滑走しながら近付いて来た。
輝男のすぐ傍で止まり、ゴーグルを外す。
「日向さん、あなたもかなり上手ね」
滑り終え、ゴーグルを外した桜月に、葵は感心したかのように言葉をかける。
「天江君に比べたら、大したこと無いわ」
「そうかな? 去年のスキー合宿の時と比べると、格別、上手くなった気がするが」
「何、言ってるの? 去年は別々だったじゃない」
和やかに言葉を交わす桜月と輝男に、葵は面白く無さそうに憮然とした顔を見せる。
「……ったくもう、お義兄ちゃんと桜月さんったら、こんなところでもイチャついちゃって……」
葵の横にいる瑠奈は、目の前の輝男と桜月を見て面白くなさそうにつぶやく。
すると、
「オラオラ――! 危ないぞ! どけどけ――!」
向こうの方から、威勢よく叫ぶ男の声が聞こえて来た。
輝男たちが振り向くと、ゲレンデの上からジグザグ走行で滑る黒のスキーウェアを着たスノーボーダーを認めた。
スノーボードに乗りながら、大きく左右に滑るスノーボーダーに、辺りにいたスキー客は巻き込まれまいと避けていく。
「何なの? アイツ!」
「皆が楽しんでいるのに、一人だけ我が物顔に振る舞って……!」
荒っぽい動きを繰り広げるスノーボーダーに、瑠奈と葵は怒りと不快感をあらわにする。
輝男と桜月も、苦い顔を見せながら件のスノーボーダーの動きを注視する。
すると、スノーボーダーの足元がぐらつき始めた。
「ヤ、ヤベェ! 止まんねぇ! だ、誰か――――――!」
ブレーキがかけられなくなったスノーボードに、スノーボーダーはすぐに狼狽の声を上げる。
さっきまでの横柄な威勢の良さが嘘のように、困惑と狼狽で我を忘れてしまう。
輝男たちが見つめる傍で、スノーボーダーはスノーボードから滑り落ち、そのまま回転しながら転倒した。
「ざまぁないわね。いい気になった罰(ばち)が当たったのよ」
無様に転倒したスノーボーダーを見て、瑠奈は半ば呆れ、なかばあざけるかのような言葉を言う。
すると、輝男はスキーを滑らせながら、スノーボーダーのところへ向かった。
転倒したまま動けないスノーボーダーを見かねて駆け寄っていく。
「……ったく、大丈夫か?」
半ば呆れながら声をかけると、輝男はスノーボーダーの体を起こす。
すると、ゴーグルが取れ、素顔を見せたスノーボーダーに思わず驚く。
小麦色の肌に覆われた四角張った顔立ち――
気の強そうな容姿に吊り上がった目――
「お前、大富じゃないか!」
今、目の前にいるのが大富 豪であるのを認めて、驚きの声を上げる輝男。
豪もまた、自分のすぐ目の前に輝男がいるのを認めて、気まずい顔を見せながら驚く。
「ちっ、よりによって、お前にみっともないところを見られちまうなんて……」
すぐにソッポを向けると、恥ずかしそうにつぶやく。
カッコつけようとしたはずが無様な醜態をさらし、羞恥の極みにある豪に、輝男は半ば呆れながら苦笑し、ため息を付く。
すると、向こうの方から、軽やかに雪を蹴る滑走音が聞こえて来た。
ゲレンデの方を振り向くと、赤を基調としたスキーウェアをまとう一人のスキーヤーが、左右、小刻みにスピンしながら、坂下の方へと軽やかに滑走していくのが見えた。
かなりの敏速で滑っていく件のスキーヤーに、周りにいたスキー客はもちろんのこと、桜月たちも感嘆したかのように注視する。
「この人、結構、上手いわね」
「もしかしたら、お義兄ちゃんより上手かも……」
桜月と瑠奈が驚きの声を上げると、次の瞬間、件のスキーヤーは、輝男たちのいる場所から上方百メートルの地点から、加速を付けてジャンプして来た。
前傾体勢のままジャンプを続けると、輝男と豪の手前二十メートルのところで着地し、横滑りしながら止まった。
目の前で鮮やかなテクニックを披露した赤いウェアのスキーヤーに、輝男は驚き、言葉を失う。
すると、スキーヤーは輝男の目の前でゴーグルを外した。
スノーキャップを着けてはいるが、ゴーグルの下から見せるその素顔に、輝男はまたも驚いた。
「こ、小春……!」
今、目の前で、鮮やかに滑走したスキーヤーが小春だと認めると、輝男は驚きの声を上げた。
滑走を終え、フゥーッとひと息付いていた小春は、横から聞こえる驚きの声を聞くと、すぐに振り向いた。
「あ――輝ちゃん!」
すぐに輝男を認めると、すかさず抱き付く。
嬉しそうに抱き付く小春に、輝男は顔を赤くしながら困惑する。
「お、おい、やめろ、小春! 皆が見てるじゃないか!」
「まさか、輝ちゃんもここに来てたなんて、超しんじらんない!」
戸惑いの声を上げる輝男に、小春は嬉しそうに言葉を返す。
すると、
「あ、天江先輩」
後ろの方から、輝男に向かって呼びかける声が聞こえて来た。
輝男が後ろを振り返ると、スキーウェアを着た三人の少女が滑走しながら近付いて来た。
「百川、それに君たちも?」
輝男がスキーウェアを着ている七海を認めると、
「やぁ、お兄さん、久しぶり」
「また、輝男さんにお会いできて嬉しいです」
七海の左右にいる純と七瀬が、嬉しそうに言葉をかける。
「君たち、どうしてここに?」
「去年の暮れに、母が町内会の福引で特賞のスキー旅行のチケットを四人分、もらったんです。
でも、父が会社の都合で急に出張することになって一人分余って…」
「それで、代わりに純ちゃんを旅行に誘ったんです」
輝男からの肝心の問いに、姉と妹は続け様に返答する。
そこへ、瑠奈と桜月、そして、葵が駆け付けて来た。
「まさか、七海ちゃんたちもここに来てたなんて……!」
「何か、偶然にしては出来過ぎだわ……!」
思わず驚く桜月の横で、瑠奈は七瀬、純、そして、小春を交互に見ながらつぶやく。
信じられないと言わんばかりの瑠奈の今のつぶやきに、
(瑠奈、俺だって信じられないよ!)
輝男は内心、まさかの偶然の一致に驚嘆する。
瑠奈、桜月、葵、小春、そして、七海に七瀬、純――
自分と深く関係を持つ美少女たちが、那須高原のスキー場で揃う状況に、輝男は驚かずにいられなかった。
と、次の瞬間、何者かの手が輝男の腕をグイッと引っ張って行った。
「さぁ、輝ちゃん、こんなお邪魔虫どもなんかほっといて、アタシと思いっきりスキーやりまくろう」
小春は桜月たちを差し置いて、輝男を向こうの方へと連れて行こうとする。
すると、
「待って!」
怒気を孕んだ声を上げながら、葵がすぐに小春の前に近付いて来た。
「あなた、自分の方がお邪魔虫であるのを棚に上げて、私たちをお邪魔虫呼ばわりして……!
その上、勝手に天江君を連れ出そうなんて、言語道断も甚だしいわ!」
「真面目ぶってるだけが取り柄のムッツリスケベ女が、何、生意気言ってんの!?」
鋭くにらみながら敵意のこもった言葉をかける葵に、小春は嫌悪と怒りを込めた怒号を返す。
「おい、二人とも! こんなところでケンカはやめろ!」
あからさまに敵意を込めてにらみ合う葵と小春に、輝男は困惑しきった声を上げる。
「そんなに輝ちゃんを取られたくなかったら、アタシに見事、勝ちなさいよね!
このアタシにケンカを売るくらいだから、それなりの力はあるんでしょうね?」
「あなたのような下劣な不良娘ごとき、すぐに叩きのめしてくれるわ!」
公然とケンカを売って来る小春に、葵は迷うことなく応じる。
二人の刺々しいやり取りに、輝男は呆れ顔でため息を付く。
桜月たちもまた、まさかの不穏な事態に戸惑いをあらわにする。
その傍では、
「おい、小春……。俺のことを忘れないでくれよ……」
妹はもちろん、輝男たちからも“アウト・オブ・眼中”状態の豪が、一人、嘆息している。
二百メートル上方のゲレンデの上に、葵と小春が並んで立つ。
二人が見下ろす先には、自分たちを見上げている輝男たちの姿が小さく見える。
「先に天江君たちのところに着いた方が勝ちよ」
「悪いけど、その程度のことなら、アタシの楽勝よ」
得意げに言いながら、ゴーグルを装着し、勝負に臨む小春。
小春の横で、葵もまたゴーグルを着け、滑走体勢に入る。
間も無くして、二人は一斉に滑り出した。
しかし、次の瞬間、颯爽と垂直に滑る小春の後ろで、葵はヨタヨタした足取りで転倒した。
葵はすぐに立ち上がり、すぐに滑走を再開するが、数メートルもしない内にまたも転倒した。
坂下の輝男たちは、滑らかに走りながら進んで来る小春と、スタート近くで転倒を繰り返す葵を交互に見る。
「どうしちゃったの? 葵さん」
「もしかして……」
七海と桜月は、葵の予想だにしない無様な姿に、信じられないと言わんばかりに困惑の声を上げる。
輝男もまた、数メートルぎこちなく滑るとすぐに転倒を繰り返す葵を、不安げに注視する。
輝男たちが坂の上の葵を不安げに見つめる中、小春が軽やかな滑りでゴールして来た。
「どう? 輝ちゃん、アタシの今の滑り、カッコ良かった……って、何、見てんのよ!」
小春はすぐに、颯爽とゴールした自分ではなく、ぎこちない滑りと転倒を繰り返す葵を注視する輝男たちを認め、ムッと不機嫌な顔を見せる。
自分の方を振り向いてくれない輝男に不満を言おうとするも、すぐに自分の対戦相手が無様な姿を見せているのに気付く。
「ヤダ、アイツ、まだこんなところにいるなんて」
小春は葵に向かって驚きとあざけりの混ざった声を上げる。
「黒山! もう、滑らなくていいから、早く戻れ!」
見かねた輝男が、葵に向かって中止を呼びかけ、叫ぶ。
しかし、葵は、輝男の今の訴えを無視するかのように必死になって滑走しようとする。
四、五メートルほどよろよろと滑ったかと思ったら、またも転倒してしまう。
小春は葵の今の転倒を見ると、思わずプゥーッと噴き出してしまう。
「ちょ、ちょっと、小春ちゃん、今のは失礼過ぎるわよ!」
横にいた桜月が、困惑しきった面持ちで小春を咎めようとする。
輝男もまた、今の葵の無様な姿に、困惑しきった顔を見せて深く嘆息する。
◇ ◇ ◇
スキー場入り口にある三階建てのセンターハウスの最上階に、輝男たちの姿がある。
彼らは今、昼食の真っ最中である。
黙々とメニューを食べる輝男の傍で少女たちは、食事を忘れて賑やかに会話をしている。
「この後、お兄さんにスキーの滑り方、教えてもらうけど、アタシ、絶対、プロ並みに上手くなるんだから!」
「アンタがスキー、上手くなっても、腕前披露する機会なんて、全然、無いんだから」
「このアタシを差し置いて、輝ちゃんと一緒に初詣に行くなんて!
まさか、その足でホテル行って、ヤりまくったなんてこと無いよね?」
「ヤダ、もう、小春ちゃんったら、こんなところでそんなことを言って」
一旦、箸を止めて、桜月や瑠奈たちの喋りを一瞥すると、奥の席に目を向ける。
「天江さん、いつもうちの娘たちが本当にお世話になってます」
「いえいえ、お姉さんも妹さんも非常によくできた人たちで、実に結構ですわ」
「そんな……まだまだ未熟で至らないところが多々ありますが……」
「そんなことありませんわ。気立てがよくて思いやりがあって……
あなたやご主人の育て方がしっかりなさってる何よりの証しじゃないですか」
真純は、テーブルを挟んで四十代前半くらいの女性と仲良く会話を交わしている。
柔和な笑みを絶やさず、年相応の美貌と服の下からもハッキリとわかる左右の大きなふくらみを備えた女性――すなわち、七海、七瀬の母親についつい目が行きがちになる。
(百川も七瀬ちゃんも、あの可愛らしい顔と胸はお母さん譲りだったのか……)
母親と娘二人を交互に見ながら、輝男は内心、納得したかのようにつぶやく。
そして、まるで何も無かったかのように昼食を再開する。
やがて昼食を食べ終えると、そのまま黙って食堂を出る。
建物の二階にある休憩室では、大型液晶テレビが番組を映している。
何人かのスキー客がくつろいでいるが、ある者はテレビを見て、またある者は仲間内で会話を交わしたりしている。
輝男は休憩室に足を踏み入れると、窓際の方に目を向けた。
他の客たちから距離を置き、一人、ボンヤリと窓の外を眺める一つの後ろ姿を認める。
その者の方へ静かに歩み寄ると、
「黒山」
神妙な面持ちで、一人、窓の外を眺める葵に呼びかける。
つまらなさそうに表情を曇らせる葵は、窓に反射して映る輝男の顔を認めつつも、振り返ろうとしない。
「去年のスキー合宿の時、君だけ急にインフルエンザにかかって欠席したそうだけど……
……本当は違うんだろ?」
神妙な面持ちを崩さずに、厳しい調子で尋ねる輝男。
しかし、葵はそれでも表情を曇らせたまま、輝男の方を振り返ろうとしない。
「まったく、スキーができないのが恥ずかしくて、嘘をついて合宿を欠席した。違うか?」
確かめるかのように続けて問いかける輝男に、葵はなおも振り返ろうとしない。
葵の頑なな態度に、輝男はわずかの間、沈黙する。
一分ほど経った後、葵の後ろ姿をジッと見つめたまま、一旦、閉ざした唇を開く。
「一休みしたら、瑠奈たちにスキーのやり方をレクチャーするから、君も付き合え」
輝男がそう言うと、葵はようやく振り返った。
振り返るなり、厳しい表情で輝男をにらむ。
「どうして、私がそんなことを……」
「今のままじゃ、ずっと滑れないままだぞ」
痛いところを鋭く突く輝男の言葉に、葵は抗議の声を詰まらせる。
沈痛な面持ちでうつむく葵に、輝男は幾分、口調を和らげて言葉を続ける。
「君だって、滑れないままでいるのは嫌だろ?」
「別に、スキーができなくたって……」
「でも、どうせなら、普通にスキーができる方が気持ちいいだろ?」
輝男がそう言うと、葵はやや恥ずかしそうに言葉を詰まらせる。
葵の今の態度に、輝男はようやく笑みを浮かべる。
葵の肩に優しく手を当てると、
「じゃあ、休憩が終わったら、瑠奈たちと一緒に俺に付き合って」
「……うん……」
輝男の今の言葉に、葵は恥ずかしそうにうなずく。
◇ ◇ ◇
ゲレンデの上で、スキーウェアをまとう葵や瑠奈、そして、七海、七瀬、純が、前の方をまっすぐに見る。
「いいか。まず、スキー板をハの字にして…」
葵や瑠奈たちの前で、スキーウェア姿の輝男が基本的なスキーの滑り方を教えている。
坂下では、同じくスキーウェア姿の桜月と小春が、葵たちにレクチャーする輝男を遠くに見つめている。
「もう、輝ちゃんったら、お人好しなんだから。
アイツらにこんなことを教えたって、ちゃんとできるわけないのに」
「そんなこと言わないで。輝男君、葵さんにちゃんと滑ってもらうように真剣にやってんだから」
憮然とした顔で愚痴をこぼす小春に、桜月は輝男の気持ちを汲む言葉をかける。
「葵さんだけじゃなくて、瑠奈ちゃんや七海ちゃんたちもこの機会に上手くなろうと頑張っているんだから」
「あ――あ、そんなことなら、アタシもスキーがド下手であればよかったよ」
小春はゲレンデ上の輝男たちを見ながらため息交じりにぼやく。
すると、遠くの方から、軽やかに雪を蹴る音が聞こえて来た。
桜月と小春は、音が聞こえてきた方に目を向ける。
輝男たちからいる場所から百メートルほど離れたゲレンデから、白のスキーウェアをまとう一人のスキーヤーが、軽やかにジグザグ滑走を繰り返しながら下の方へと滑っていく。
鮮やかなスキーテクニックに、周囲の他のスキー客は驚嘆しながら目を見張る。
件のスキーヤーはそのまま、坂下まで百五十メートルの地点で勢い良くジャンプした。
まるで弾丸のように垂直に飛びながら、前傾体勢で下の方へと向かっていく。
スキーヤーはそのまま地面に降り立つと、桜月と小春の手前、十メートルのところで横滑りに到着した。
鮮やかなスキーテクニックを披露しながら見事な着地を披露したスキーヤーに、桜月と小春は感嘆し、言葉を失う。
すると、スキーヤーはかけていたサングラスを外し、素顔を見せた。
「フゥー……ウォーミングアップのつもりが、ちょっと調子に乗っちゃったわね」
満足げな笑みを浮かべながら、スキーウェア姿の真純がつぶやく。
「ま、真純さん!!」
プロ並みの滑走を繰り広げたスキーヤーの正体に、桜月と小春は声を揃えて驚く。
「あら? あなたたち、輝男さんたちと一緒じゃなかったの?」
真純は桜月と小春を認めるなり、彼女たちに言葉をかける。
「それよりも、真純さん、すごいですね」
「もしかして、昔からずっとスキーやってたんじゃないんですか?」
驚きながら言葉をかける桜月と小春に、真純はクスッと笑みをこぼす。
「こんなところでボゥッとしているのも何だから、私たちも一緒に滑りましょう」
「え、えぇ……」
「よろしかったら、お二人とも、私と競争でもしますか?」
「い、いいえ! 無理無理! 絶対、勝てないから!」
半ば狼狽しながら断りの返事をする小春に、真純はまたも笑みをこぼす。
小春もスキーは上手い方だが、そんな彼女から見ても、今の真純のテクニックは自らをはるかに凌ぐものがある。
さすがの小春も、今の真純に対しては潔く負けを認めるばかりだ。
二時間ほど経った頃――
一人のスキーヤーがゲレンデを颯爽と滑り降りていく。
流れるように滑るスキーヤー――スキーウェアをまとう輝男の後ろを、黒を基調としたスキーウェアをまとうもう一人のスキーヤーが追いかけていく。
直線を描くように滑走し、降下するスキーヤーは、ゴーグルの下から、鋭くも真剣なまなざしを見せている。
そこへ、スキーウェアにゴーグル、スノーキャップを身に着けたスキーヤーが追いかける。
「先輩たち――待って――――――!」
半ば困惑したかのような面持ちを見せるスキーヤー――すなわち、七海が、先を行く二人のスキーヤー――輝男と葵に向かって声を上げる。
冷静な面持ちで滑走する輝男のすぐ傍で、葵は気合を入れたような面持ちでまっすぐに滑走する。
昼食前、無様なくらいに転倒を繰り返したのが嘘のように、流れるような滑走を見せ付ける。
「あぁ、もう、お兄さんたちが遠のいちゃうよ!」
「……ったく、さっきまでの下手くそぶりは何だったの?」
七海の後を追うように滑走する純と瑠奈が、坂下へと向かう輝男たちを遠くに見ながらぼやく。
七瀬もまた、ごく自然に流れるようなスキーさばきを披露しながら、輝男たちの後を追おうとする。
輝男たちが向かう先には、真純と桜月が、輝男たちの到着を待ち構えている。
「葵さんったら、すっかり上手になって」
「輝男さんの熱意が通じた結果ね」
桜月と真純は、口々にそう言いながら、軽やかに滑走して来る輝男と葵を見つめる。
元から抜群の上手さを誇る輝男に加えて、苦手を克服し、熱心にスキーに臨む葵を見て、自ずとほほ笑ましい気持ちになる。
やがて、輝男と葵が真純と桜月の目の前に着いた。
しばらくして、七海、そして、瑠奈、純、七瀬が、いずれも流れるように滑走しながら遅れて到着した。
「どうだった? 瑠奈、お義兄さんのレクチャーは?」
「とてもよかったに決まってんじゃない!
お義兄ちゃんったら、ただスキーが上手いだけじゃなくて、人にものを教えるのも上手なんだから!」
「おい、瑠奈。お世辞を言っても何も出ないぞ」
義理の母子、義兄妹の和やかな会話に、一同はドッと笑みをこぼす。
「でも、黒山さんもさすがね。ついさっきまでは、数メートル、滑るのさえままならなかったのに」
「せっかく、スキー場まで足を運んだのに、ろくに滑れないままで終わるなんて口惜しいじゃない」
桜月と言葉を交わす葵は、自ずと嬉しそうに表情を歪める。
ようやく、人並みをスキーを滑れるようになった葵を、まるで我が事のように眺め、嬉しそうな表情を見せる輝男。
すると、大きく雪を蹴る音が、ゲレンデの方から聞こえて来た。
輝男たちが振り向くと、赤いスキーウェアをまとったスキーヤーが、勢いをつけて滑走して来るのが見えた。
「アイツら……アタシの輝ちゃんにいつまでベタベタしてんの!?」
スキーウェアをまとう小春が、輝男を囲む桜月や葵、瑠奈たちに、嫉妬の念をたぎらせる。
今にも正面衝突しかねないくらいの猛進を仕掛けて来る小春を、輝男たちはすぐに認める。
しかし、輝男たちの前、十メートル弱にまで差し掛かった途端、小春はしりもちをつくかのように転倒した。
勢い余ってバランスを崩した末の転倒である。
突進をかけるどころか、目の前でまさかの転倒をした小春に、輝男たちは思わずドッと笑い出した。
「もう……輝ちゃんまで笑わないでよ――――――!」
転倒地点でへたり込みながら、思わず泣き言を叫ぶ小春。
「ちょっと上手いからって調子に乗り過ぎた罰ね」
へたり込んだままの小春を見ながら、遠目にもわかるくらいに鼻でせせら笑う葵。
午前中、スキーがまったく滑れないことを嘲笑された仕返しと言わんばかりに、小春に向かって笑みをこぼす。
輝男は、葵と小春を交互に見ながら、ヤレヤレ…と苦笑いを見せる。
空は薄暗くなり、今日一日の滑りの終わりを告げるかのようであった。
薄暗くなっていく空の下、笑いの絶えない輝男とその周囲の少女たちを、一つのまなざしがとらえる。
「くそっ、どうして天江ばっかり、あんなに可愛い女の子たちがいっぱい寄って来るんだ……!?
しかも、俺の可愛い妹まで……!」
十メートルほど手前に立つ大富 豪が、スノーボードを抱えながら、向こうにいる輝男を注視し、悔しそうに歯ぎしりする。
しかし、すぐに、落胆したかのようにため息を付く。
「……しかし、あんなに頑張ったのに、この俺は収穫ゼロだなんて……」
自らの非運に対して、悲嘆に暮れる豪。
輝男が葵や瑠奈たちにレクチャーし、桜月、真純、小春が思い思いに滑っている時に、豪はナンパに勤しんだものの、結局、誰一人、お目当ての相手を得られなかったばかりか、誰からもまったく相手にされずに終わってしまった次第である。