生徒玄関前の掲示板に、何人かの生徒たちが群がっている。
そこへ、輝男が生徒玄関へと入って来た。
登校し、内履きに履き替えると、正面に見える人ごみの方へと向かう。
人ごみをかき分け、掲示板に貼られている三枚の用紙を凝視する。
“期末考査総合成績順位表”という見出しが大きく表示された三枚の用紙の真ん中、二学年の順位表には、
三位 小中 高大(二年A組)――
五位 黒山 葵(二年C組)――
八位 天江 輝男(二年A組)――
と、上位の成績を収めた二年の生徒たちの名前が列記されていた。
ざわめきの絶えない生徒たちの輪の中で、
(精々、前回と同じ順位を取るのが関の山だと思ってたのに……)
輝男は、思わず唖然としながら、順位表に記された自分の名を見る。
前回、二学期の期末考査では十位だったのが、八位にまで上がったのだ。
今の彼の表情から察するに、今回の期末考査は、さほど手応えは感じられなかったようだ。
それでも、こうして上位に入れたことに、ホッと安堵の吐息を漏らす。
すると、すぐ横で、文字通りにガクッと肩を落とす男子生徒の後ろ姿を認めた。
輝男はため息を付くと、件の男子生徒の肩に手を当てる。
「小中」
輝男は横から、落胆を隠せない小中高大に向かって言葉をかける。
輝男が言葉をかけると、メガネをかけ、耳にかかる程度の黒の頭髪に平々凡々とした容姿をした小中が、輝男の方を振り向く。
輝男は、目の前のクラスメートが文字通りに落ち込んでいるのをすぐに認める。
「何、しけた顔してんだ? ちゃんと上位に入っているのに」
ため息交じりに輝男が言葉をかけると、
「俺、一位になれなかったばかりか、順位が落ちてしまったんだぞ!」
小中は悲哀に満ちた形相で落胆の声を上げる。
「しょうがないじゃないか。
……って言うか、お前、学年順位一位なんて、こだわっていなかったくせに……」
「でも、俺、今回の期末考査は、マジで一位目指して頑張ったんだよ! それが……!」
小中は輝男にそう言い返すと、またもガクッと肩を落とした。
露骨に落胆の念を示す小中に、輝男は呆れ果てた顔でため息を付く。
輝男の脳裏には、先日、偶然、垣間見たある光景がよみがえる。
担任である理華に向かって、期末考査総合一位になったらセックスしてくれと申し出た小中――
今、脳裏によみがえる記憶の一コマと、目の前で落胆する小中が、輝男の中で合致する。
(小中……すまんが、仮にお前が本当に総合成績一位になっても……
理華さん、お前に抱かれることを絶対に受け入れないから……)
小中を見つめながら、半ば呆れ、半ば憐れむかのように心の中でつぶやく。
よこしまな感情と熱意、そして、元から成績抜群の頭脳を併せ持つクラスメート男子を前にして、輝男はかける言葉が出てこない。
◇ ◇ ◇
三十分ほど経った頃――
二年A組の教室で、理華が教卓を前にして立っている。
輝男や桜月、小中をはじめとする生徒たちを正面に見据えながら話をする。
「今回の期末考査は、全教科とも試験問題はかなり難しかったですが……
うちのクラスからは、落第点を取った人は一人もいませんでした。
皆さんは、今回の期末考査で三学年への進級が確実なものとなりましたが……
だからと言って、気を緩めるようなことはあってはいけません。
三学期の終業まで、ちゃんと授業はありますし……
三年生になったら、通常の定期考査に加えて、大学受験の勉強もあるのですから……
今まで以上に気を引き締めて、これからの授業、及び、その他の学校生活に臨まなければいけません」
理華は真剣な表情を見せながら、担任教諭として、教え子たちに一層の責任をうながす言葉をかける。
今の理華の表情からは、何度もひそかに輝男に抱かれ、みだらに耽る姿はまったく認められない。
輝男は他のクラスメートたちと一緒に、真剣な面持ちで理華の話に黙って耳を傾ける。
間も無くして、朝のホームルームの終わりを告げるチャイムの音が鳴り出した。
◇ ◇ ◇
輝男は一人、教室内で弁当を食べている。
辺りには、他の生徒たちが同じように弁当を食べたり、仲間内で雑談を交わしたりしている。
教室に掛かっている時計は十二時五十五分を指している。
昼休みに入った教室内で、輝男はいつものように昼食を取っている。
そこへ、一人の男子生徒が歩み寄って来た。
「お前の弁当、美味そうだな」
コンビニのビニール袋を手にした小中が、輝男に言葉をかける。
「そうか? いたって普通だけど」
輝男が素っ気無い返事をすると、小中は輝男に構わず、空いている隣席に腰を下ろす。
袋からコンビニで買ったと思しき弁当を取り出すと、そのまま食べ始める。
コンビニ弁当を口にしながら、輝男が食べている手作り弁当に目を向ける。
「その弁当、やっぱり、おふくろさんが作ってるんだよな」
「あぁ……」
「お前のおふくろさんって、すごく若くてとびっきりの美人なんだよな?」
「別に……って言うか、そんなこと、お前には関係無いし、どうしてそんなことを……?」
努めて感情を抑えながら、義母の件で言い寄って来る小中を軽くあしらおうとする。
しかし、小中は引き下がる気配を見せない。
「若くて美人で、その上、とっても料理上手で……
ぶっちゃけ、俺のおふくろと入れ替わって欲しいよ……俺のおふくろなんて…」
輝男の義母を褒めつつ、自分の母親に対する愚痴をため息交じりに言う小中。
すると、輝男はムッと不機嫌な顔を小中に向ける。
「何、言ってんだ。お前、誰のおかげで生まれたと思ってるんだ?
自分を産んでくれたことへの感謝を忘れて、お母さんのことを邪険に扱おうとするなんて……」
不快感に表情を険しくさせながら、小中をにらみ、怒りの声を上げる。
大好きだった生母を亡くした哀しみ、寂しさを引きずる輝男の心の琴線に、小中は不覚にも触れてしまったのだ。
輝男の怒りを前にして慌てると、すぐに戸惑ったような顔を見せる。
「わ、わりぃ、わりぃ、今のはちょっと言い過ぎたよ」
「……ったく、勝手に俺の隣に来たかと思ったら、飯がマズくなるようなことを平気で言って……」
慌てて謝る小中に、輝男はソッポを向けると、再び昼食を口にする。
小中もまた、輝男の横で弁当を口にする。
二人とも弁当を食べ終えかけたその時、
「なぁ、天江、この前も聞いたんだけどさぁ……
お前、本当に付き合ってる女の子とかいないの?」
小中は輝男に向かってそうたずねてきた。
「あぁ、いないね」
輝男が素っ気無く偽りの返答をすると、
「んなわけ、ねぇだろ?」
「大事な仲間に見え透いた嘘はいけないよ、天江君」
傍から、からかうかのように何者かが声をかけてきた。
輝男が声が聞こえてきた方を振り向くと、二人の男子生徒がこちらを向いているのに気付いた。
「そうやって、わかりやすい嘘をつくのは、実は、付き合ってる女の子がいますって言ってるようなもんだぜ」
「何、言ってんだ、殿田。邪推するにも程があるぜ」
向かいの席に腰を下ろしながら言って来る、中肉中背でブラウンの短い頭髪をした男子生徒――殿田に、輝男は呆れ顔で言い返す。
「俺が女だったら、お前のように、勉強もできて顔もよくて真面目なイケメンなんか、絶対に放っておかないぜ」
「河原、お前まで」
殿田の横の机上に腰を下ろす、長身で黒い丸刈りの男子生徒――河原が、ニヤッと笑いながら輝男に言葉をかける。
「そうだぜ。天江、この際、思いきって腹を括っちまえよ」
殿田と河原の加勢に気を良くしたのか、小中が輝男を追い込むように言葉をかける。
「…ったく、お前ら、どいつもこいつも寄ってたかって……
そもそも、俺はお前ら相手に腹を括らなきゃいけないことなんて、何一つ、無いんだからな」
輝男は憮然とした顔で吐き捨てるように言うと、食べかけの弁当を食べ終えようとする。
あくまでも屈する気配を見せない輝男に、河原はフンと鼻で笑うような態度を見せる。
「天江、お前がその気なら……俺の方からぶっちゃけやるぜ」
「おいおい、河原、さっそく彼女自慢かよ」
「あ――スゲ――聞きて―――――」
河原の今の言葉に、小中と殿田がやんやと囃し立てる。
輝男は憮然とした顔でため息を付くと、
「そういう話なら、俺のいないところでやってくれるか?
お前らの恋バナや彼女自慢なんか、俺にとってどうでもいいことだし」
呆れ果てた調子で小中たちにそう言い放つ。
しかし、小中は輝男の両肩をガシッと抑えると、無理矢理に河原の方へ顔を向けさせる。
「河原がわざわざ言ってあげてんだから、ちゃんと聞けよ」
両肩を抑えながら小中が言ってくると、
(アイツの彼女の話を聞かされたら、嫌でも、俺はどうなんだってことになるじゃないか……)
輝男は内心、困惑の念を吐く。
小中たちの態度から見て、相手の話を聞くだけで済ませられる状況ではないことを、否が応にも痛感する。
困惑を隠せない輝男に構わず、河原は話を切り出す。
「俺、二学期の終わり頃からC組の長峰と付き合ってんだけど……
アイツ、美人で髪が長くて、その上、オッパイも大きくて……」
自慢げに交際相手のことを話し出す河原に、小中と殿田は感服したかのようにうなずく。
しかし、輝男は一人、不快感に表情を険しくさせる。
「河原、お前、まさか、見た目と体だけで付き合ってるわけじゃないよな……」
交際相手の身体的特徴を言い連ねて悦に入る河原に、輝男は不快に満ちた言葉をかける。
輝男には、河原が女の子を見た目だけで判断しているように見えたのだろう。
輝男の不機嫌な言葉に、河原は頬を赤らめながら気まずそうな顔を見せる。
「何、言ってんだよ。それだけだったら、とっくにフラれていたさ」
河原は輝男に向かってそう言い返すと、そのまま話を続ける。
「長峰のヤツ、俺と付き合う前に好きな男がいて、一度はそいつとエッチまでしたんだけど……
結局は反対されて、別れさせられたって言いやがってさ……
美人なだけでなく人当たりもいいあの娘が、そんなつらい思いを抱えていたと知って……
俺、なおさら、長峰のことを放っておけなくてさ……」
「お前、いいとこあるじゃん」
殿田が河原の今の話に共感の念を返すと、
「お前、正に男の鑑だよ!
……ってか、結局、長峰をポイしたっていうその男、マジで許せねぇよな」
小中もまた、河原への共感を言いつつ、彼の交際相手のかつての非運に心を痛める旨を言い連ねる。
彼らの会話を傍観した輝男だったが、途端、脳裏にある光景が浮かび上がる。
二学期の修学旅行の三日目――
よそのクラスの女子に無理矢理連れていかれ、彼女のクラスメートたちと立ち替わり、入れ替わりセックスを繰り広げた時のこと――
その時、輝男とセックスをした女子たちの中に、長い黒髪をし、胸の大きい女子が一人いた。
その名は長峰寿里――
寿里とのセックスを思い出した輝男は、一瞬、愕然とした表情を見せる。
(ま、まさか……あの時の彼女のことか……!?)
河原の交際相手である“C組の長峰”のことを聞かされた輝男は、否応なく長峰寿里のことを思い出してしまった。
結局はあの後、一緒に輝男とセックスしたクラスメート女子たちと共に理華から叱責されただけでなく、今後、自分と一切、関わらぬことを厳しく言い含められたことを、脳裏によみがえらせる。
輝男が今、長峰寿里のことで驚いていることなど露知らず、小中も殿田も河原の話に耳を傾ける。
「…で、長峰とはどうなったんだ?」
「この前のバレンタインデーの時、やっと初めてエッチにこぎつけたよ」
「すげぇ――、やるじゃん! で、場所は?」
「放課後にこの学校のトイレの個室で」
「気が利かないなぁ。どうせなら、思い切ってラブホでやってもいいのに」
「バカ、いくらなんでも、そんなことをしたら、タダじゃ済まないだろ」
河原は小中と殿田にそう言い返すと、話を続ける。
「アイツ、前にも男とエッチしたせいもあって、当然、バージンじゃなかったけど……
その分、フェラもパイズリもとても上手かったぜ。
ゴム着けてヤったけど、アイツ、結構、締まりがいい上に、とても気持ち良くアンアン言ってくれてさ……
俺、嬉しくて、今までに無いくらいいっぱい吐き出しちゃったよ」
C組の長峰――すなわち、長峰寿里とのセックスを感慨深げに回顧する河原。
彼の今の話に、小中も殿田も呆然とため息を付く。
「今の話、想像したら……何だか、居たたまれない気分になったぜ」
「もう、リア充爆死しろってレベルだよ」
河原に言い返す小中、殿田の傍で、輝男は何とも言えないといった面持ちを見せる。
かつて、一度だけ抱いた他クラスの同級生女子のことに、ついつい思いを馳せる。
あれ以来、すっかり疎遠となったが、今、こうして彼氏と言える交際相手に巡り合い、身も心も許し合える関係にまで至ったことに、心ひそかに感嘆とする。
そんな輝男たちを、少し離れた場所から見つめる幾つかのまなざしがある。
「……まったく、男子ったら……
期末考査が終わって、皆、進級できるとわかった途端、これなんだから」
「どうせ、エロトークやるんだったら、あたしたちのいないところでやって欲しいわ」
「そうそう。今、アイツらがやってること、十分、セクハラなんだから」
机を寄せ合いながら群がっている女子生徒四人が、話を弾ませる小中たちを見ながら、ウンザリした顔でため息を付く。
女子生徒四人の中に、桜月の姿もある。
桜月は呆れ顔でため息を付くと、何も言わず、小中たち、そして輝男を傍観する。
何気ない態度を装いながら、男子たちの輪に入っている輝男を注視する。
しかし、輝男は、桜月が他の女子たちに混じって向こうから自分を見ていることにまったく気付かない。
我関せずといった態度を見せながらも、小中たちから抜け出せられずにいる。
すると、小中と河原、そして、殿田が、一斉に輝男に視線を向ける。
「天江、俺、思いっきりぶっちゃけてやったから、次はお前の番だぞ」
河原がニヤッと笑いながら言うと、
「散々、聞くだけ聞いておいて、俺には彼女なんていないとはせないぞ」
「正直に白状するまで、絶対に逃がさないからな」
小中と殿田も、ニヤッと笑いながら言葉をかける。
執拗に追い込もうとするクラスメート男子三人に、輝男は表情を苦くさせる。
向こうにいる桜月は、心配そうな顔を見せながら、追い込まれている輝男を傍観する。
まさか、自分や他の少女たちのことをバラしてしまうのでは?
万に一つの確率でも起こり得る事態が、桜月の心を揺さぶらせる。
小中たちに苦い顔を見せた輝男だったが、すぐに表情を神妙に切り替える。
神妙な面持ちで小中たちをまっすぐに見据えると、ゆっくりと口を開く。
「……俺には好きな女の子がいた……」
わずかでも揺るがない口調で、輝男は話し始める。
輝男の今の言葉に、
「お――、やっぱり」
小中たちは感嘆の声を揃えて上げる。
一方、向こうにいる桜月は、輝男の今の告白に気が気でないといった表情を見せる。
「小さい頃からずっと仲良しだった女の子がいて……
幼稚園の頃から小学校までずっと一緒で……
俺、よく彼女の家にお邪魔して、一緒に過ごしたこともあるんだ……」
淡々と述懐する輝男に、
「いわゆる幼なじみでヤツかよ」
「すげぇ、胸キュン全開じゃん」
小中と殿田は、誰はばかることなく感嘆の声を上げる。
しかし桜月は、向こうから輝男の話を盗み聞きすると驚きをあらわにしてしまう。
(嘘……? そんなの初めて聞いたわ……!)
何度と体を重ね、絆を深めていたはずの輝男が自分に大事なことを秘していたことに、驚きと戸惑いを隠せずにいる。
しかし、輝男は、桜月の驚きなど知る由もなく、神妙な面持ちを見せながら小中と向き合っている。
「で、その女の子とはどうなった?」
河原が興味津々でたずねると、何故か表情を重くさせる。
触れたくないことに触れてしまった心痛を見せ付けようとする。
「俺が小六の時、家庭の事情で急にいなくなってしまった……」
「え? マジで?」
沈痛な調子で述懐する輝男に、小中は信じられないといったような顔を見せる。
「その幼なじみの娘、急にいなくなってそれっきり?」
殿田が続けてたずねると、
「あぁ……」
輝男は重い表情を見せ続けながら、一言、そう答えた。
小中たちは、輝男の今の話を聞くと、シュンとしぼんだような態度を見せる。
何とか輝男の女性関係をほじくろうとした彼らだが、思わぬ話を聞かされてしまい、どうしていいかわからないといった様子である。
居たたまれないといった様子を見せる小中たちを見ると、
「さぁ、もう十分だろ? もう、この件は終わりだ」
輝男は彼らにそう言葉をかけて、席を立った。
そのまま一人、教室を後にする輝男を、桜月は傍から黙って見つめる。
輝男を見つめる桜月の表情は、驚きと戸惑いが入り混じっているようだ。
◇ ◇ ◇
屋上手前の踊り場に、輝男は一人、腰を下ろしている。
重い表情を浮かべ、深くため息を付く。
今の彼は、容易に近づきがたく、何か深く悩んでいるかのように見える。
そのまましばらく静止し続けていると、
「輝男君」
下の方から、輝男に呼びかける声が聞こえて来た。
輝男はハッと我に返り、目線を下に向ける。
見下ろした先には、神妙な面持ちを見せながら下段に立つ桜月の姿があった。
重い表情を見せる輝男を見上げると、桜月はそのまま輝男のいる場所へと上っていく。
そしてすぐに、輝男と並んで腰を下ろす。
桜月は輝男の方を振り向かずに、彼に言葉をかける。
「さっき、小中君たちに小さい頃、仲よしだった女の子の話をしてたけど……」
桜月がそう言葉をかけると、輝男は驚きながら彼女の方を振り向く。
「桜月、まさか、盗み聞きしてたのか……!?」
驚きと戸惑いに声を上げる輝男に、桜月は神妙な面持ちで黙ってうなずく。
「その女の子の話……本当なの……?」
桜月がうつむいたまま事の真偽を確かめると、
「あぁ……本当だ……」
輝男は神妙な面持ちを見せながら返答する。
「私、知らなかったわ……。他にも好きな女の子がいたなんて……
それも、小さい頃、ずっと一緒で仲よしだった幼なじみの娘が……」
「別に、隠すつもりも黙ってるつもりもなかったけど……
君には関係ないと思ったし、俺の方でも、わざわざ言わなければいけない必然性もないと思って……
だから、アイツらに追い込まれるまで、誰にも言わないでおいたんだ……」
輝男が申し訳なさそうに弁明を試みようとすると、
「別に怒ってなんかいないわ。ただ、初めて聞いたものだから、つい驚いちゃっただけ。
だから、気にしないで」
桜月は顔を上げるなり、輝男の方を振り向きながら笑みを浮かべる。
桜月の今の言葉と彼女の笑みに、輝男はようやくホッと安堵の表情を見せる。
ようやくにして、輝男が桜月の方を振り向くと、
「それで、その幼なじみの娘は、本当に急にいなくなってそれっきりなの?」
桜月は、盗み聞きした内容を確かめるかのように、輝男に問いかける。
桜月の今の問いに、輝男はまたも重い表情を見せる。
「あぁ……。彼女、今、どこで何をしているか、まったくわからないんだ……」
桜月からの問いに返答すると、沈痛な思いを吐露する。
突然、いなくなって以来、一度も顔を見せていない幼なじみに対する憂いを包み隠さず吐露する。
元気でいるだろうか? それとも……?
不安と憂慮が輝男の中で混ざり合い、渦を巻いている。
すると、
「大丈夫よ。その娘、今もきっと、どこかで元気でいるから」
不安を打ち消すかのように、桜月が優しく言葉をかける。
桜月の優しい笑みを見ると、輝男もつられて笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだな……」
「輝男君とずっと仲良しだったその女の子、きっと素敵な人だったんでしょうね。
私、一度でいいから会ってみたいわ」
「あぁ、俺もまた、彼女に会いたいよ」
輝男と桜月は、二人きりの空間の中で、今、いずこにいるかわからない輝男の幼なじみの少女のことで思いを馳せる。
二人とも、件の彼女が、自分たちと同じように友人に囲まれ、元気に日々を過ごしていることを固く信じて止まない。
すると、校舎中にチャイムの音が鳴り出した。
昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く中、輝男と桜月は階下へと下りていく。
期末考査を終え、進級を確かなものとした二人だが、いつものように午後からの授業を迎えようとする。