※この作品はR-18です。

天江輝男の日常   作:原野イアン

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再会の果てに… ●

 泉は、自分を無残にレイプとした金髪の男から、ギリギリのところで引き離された。

 泉、そして、一方的に痛め付けられ、身動きを取れない輝男を庇うようにして、大富 豪と彼の仲間たちが、泉を犯し、輝男を痛め付けた卑劣漢たちと対峙する。

 

 「邪魔すんじゃねぇよ、クソガキどもが! てめぇら、何様のつもりだ!」

 

 肥満体の男が声を荒げて豪たちを威嚇すると、

 

 「ふざけんじゃねぇ!

 ゴキブリよりもとる卑怯者どもが、こんな可愛い娘をボロクズにしようとしたばかりか、俺の大事な“ダチ”まで好き放題に痛め付けやがって!」

 

 豪は、後ろにいる輝男と泉を一瞥しながら、怒りに満ちた声で言い返す。

 言葉だけでなく、その表情も、今までに無いくらいの憤怒に満ち満ちている。

 大の大人が寄ってたかって一人の無力な少女を一方的に犯して平然としている様に、否応なく怒りを募らせる。

 

 「可愛い女の子を引っかけるのはやぶさかじゃないが……

 弱い者イジメやレイプなんて論外中の論外だぜ」

 

 「今すぐ土下座して謝らねぇと、ただじゃ済まねぇぞ!」

 

 豪の怒りに煽られてか、彼の仲間たちも、泉を犯そうとした男たちに向かって、怒りの声を次々と上げる。

 彼らもまた、男たちによる一方的な暴行に、憤りを覚えずにいられないようだ。

 

 「さっきから黙って聞いていれば、生意気なことを言いたい放題言いやがって……!」

 

 「土下座しなきゃいけねぇのは、てめぇらの方だろうが!」

 

 「どうやら、マジで死にてぇようだな……!」

 

 「一生、立てなくしてやるぜ!」

 

 男たちは、豪と彼の仲間たちに向かって口々に毒づく。

 豪たちは、男たちの悪罵に怖気付くどころか、更に怒りを募らせる。

 

 「ハッタリかましても、何にもならないぜ。

 ケンカだったら、俺たちだって負けねぇからな……!」

 

 拳をポキポキ鳴らしながら、搾るような声で脅しに応じる豪。

 すると、それを合図に、双方が一斉にとびかかった。

 間も無くして、殴打と烈蹴、そして罵声や怒号が交差する修羅場が、輝男と泉の目の前で繰り広げられた。

 豪と彼の仲間たち、そして、泉を犯そうとした男たちの頬に、殴打の痕が色濃く刻まれる。

 豪の仲間の一人が、坊主頭の男の腹に強烈な蹴りを食らわせたかと思うと、髭面の男が、別の豪の仲間の腹に激しく拳をぶつける。

 そして、豪は、金髪の男と肥満体の男に固く握り締めた拳を次々と乱打する。

 目の前で繰り広げられる容赦ない乱闘に、泉は我が身を抱き締めたまま愕然とし、言葉を失う。

 中途で妨げられた暴行の痕跡であるさらけ出された裸の胸を、羽織り直したジャンパーで隠そうとする。

 すると、向こうの方からサイレンの音が聞こえて来た。

 サイレンは、豪たちのいる方へと徐々に音量を増しながら近付いて来る。

 

 「やべぇ、“サツ”だ!」

 

 金髪の男が言うと、仲間の男たちも、豪たちとの乱闘をやめて一目散に逃げ出した。

 

 「やい、逃げるのか! 卑怯者!!」

 

 頬に殴打の痕を刻ませ、痛みにしびれる体を引きずるように立たせながら、卑劣漢たちの後ろ姿に向かって怒りの声を上げる豪。

 そこへ、二人の警官が駆け寄って来た。

 

 「おい、君たち、どうしたんだ? 随分と痛め付けられてるみたいだが……」

 

 警官の一人が、乱闘の痕跡を刻ませている豪たちを見て、心配そうに呼びかける。

 一方、もう一人の警官は、逃げる男たちを追おうとするも、すぐに見失ってしまう。

 彼が無線で連絡をしている傍で、

 

 「俺たちは大丈夫だから。それより、コイツを……」

 

 豪はうつ伏せに倒れたままの輝男に目を向けながら、もう一人の警官に言う。

 苦痛に顔を歪ませる輝男は、体を動かそうにも動けずにいる様子だ。

 大柄な坊主頭の男に殴られ、その身を力一杯に踏みにじられ、今まで味わったことの無い凄まじい苦痛に身動きが取れない様子だ。

 自らも少なからぬ苦痛を受けているものの、輝男の身を案ずるかのように沈痛な面持ちを見せる豪。

 その横では、男たちに辱められ、心身双方に痛みを引きずる泉が、同じように輝男を不安げに見つめている……

 

 ◇ ◇ ◇

 

 中心街の外れにある十階建ての建物――青春総合病院のすぐ隣に、もう一軒、三階建ての建物がある。

 ビルの入口には、“急患センター”と、建物の名称を記した看板が掲げられている。

 急患センター一階奥にある待ち合いスペースで、泉は沈痛な面持ちを見せながら腰を下ろしている。

 身にまとっているジャンパーのファスナーを固く閉ざして、自らを襲った暴行の痕跡を押し隠そうとする。

 泉のすぐ傍では、豪が壁に背もたれし、厳しい表情を見せながら両腕を組んで直立している。

 他に誰も無く、孤独と静寂に包まれた待ち合いスペースを、重苦しい空気が漂う。

 向こうには、固く閉ざされたドアが一つあり、その横には、“第一外科治療室”と、名称を記したプレートが貼られている。

 奥の治療室のドアは閉ざされたままで、一向に開く気配がない。

 もしかしたら、ドアの向こうで、輝男は治療を受けているのかもしれない。

 

 どのくらい時間が経ったか……

 

 豪は、腰を下ろし続けている泉を見つめながら、固く閉ざした口を開く。

 

 「俺、アンタの大ファンなんだ……

 ホントなら、サインしてくれ…ってお願いするところだが……

 今はそんな気分になれねぇ……」

 

 厳しい表情を崩さずに、重い調子で泉に声をかける。

 豪は今、目の前にいるのがアイドルにして若手人気女優でもある“泉梓”であることに、既に気付いている。

 泉は、豪の今の言葉に返事をする代わりに、変装のためにかけていた帽子とメガネを外す。

 沈痛な表情のまま素顔をさらした泉に、豪は決して表情を和らげようとしない。

 すると、向こうの方から、こちらに近付く足音が静かに聞こえて来た。

 足音が聞こえて来た方を豪が振り向くと、一人の少女が不安げな面持ちでこちらに近付いて来た。

 

 「豪さん、輝男さんがやられたって、どういうことですか?」

 

 白のロングワンピースにベージュのパーカーといういでたちの静流が、心配そうにたずねる。

 静流がたずねると、豪は奥の治療室のドアの方に目を向ける。

 

 「アイツ、一時間前から、ずっと治療を受けている最中なんだ」

 

 豪の説明を聞くと、静流は、傍で腰を下ろし、うつむいている泉の姿を認める。

 

 「あ、あなた……どうして……!?」

 

 泉の姿を見るなり、静流は驚きと戸惑いの声を上げる。

 そして、すぐに、再び豪の方を向く。

 

 「豪さん、どうして彼女が……!?」

 

 「俺にだってわかんねぇよ。 何故か、彼女、天江と一緒にいやがって……」

 

 戸惑いながらたずねる静流に、豪は困惑したかのように言葉を返す。

 静流もまた、今、傍にいる少女が“泉梓”であることをすぐに認める。

 アイドルにして人気女優の一人でもある梓が、どうして、豪、更には、輝男と一緒にいるのか、まったく理解できない様子である。

 困惑する豪の様子から察するに、泉は輝男と一緒にいたわけを何も言っていないようだ。

 困惑と戸惑いの中、豪と静流、そして泉が沈黙をしていると、

 

 「お義兄ちゃ―――ん……」

 

 向こうの方から、心配そうに叫ぶ少女の声が聞こえて来た。

 豪と静流が振り返ると、瑠奈が息せき切ってこちらに駆け寄って来た。

 豪たちの前に着くと、瑠奈は荒く息を吐きながら呼吸を落ち着かせようとする。

 

 「お、お義兄ちゃんは……?」

 

 不安に満ちた面持ちで瑠奈がたずねると、

 

 「今、治療を受けているところですわ」

 

 静流が重い表情を見せながら、奥にある治療室のドアを指し示す。

 すると、瑠奈は、頬に殴打の痕を刻ませ、服も汚れたままの豪の姿を認める。

 途端、険しい表情で豪をにらむ。

 

 「アンタ、まさか、アタシのお義兄ちゃんを……!」

 

 鋭くにらみながら、豪に向かって怒りの声を上げる瑠奈。

 夏休みに輝男と豪が衝突したことを覚えている瑠奈は、豪が義兄とケンカし、義兄を病院送りにする程の大ケガを負わせたと誤認したのだろう。

 すると、

 

 「待って、違うわ」

 

 ずっと腰を下ろしていた泉が、スッと席を立ち、豪を庇うようにして声をかける。

 泉は豪を一瞥すると、すぐに瑠奈に目を向ける。

 

 「この人、私を助けようとして痛め付けられた輝男君を庇って、私を辱めようとした連中をやっつけようとしたの」

 

 泉は神妙な面持ちを見せながら、瑠奈に向かって事の次第を端的に言う。

 冗談でも偽りでもないことを示すかのように、わずかでも揺るがないまなざしと表情を見せる。

 泉の今の説明に、瑠奈、そして静流は驚きを隠せずにいる。

 

 「輝男さんがそんなことを……? でも、どうして……?」

 

 「あなた、一体……」

 

 静流と瑠奈が続けて戸惑いの声を上げると、

 

 「泉……梓さん…ね……」

 

 向こうの方から、搾るような女性の声が泉に呼びかけて来た。

 間も無くして、一人の女性が泉の前に歩み寄って来た。

 

 「ママ……」

 

 瑠奈の呼びかけに構わず、至近距離にまで近付き、泉と対峙する真純。

 “泉梓”こと海原泉を見つめるその表情は、今までに無いくらいに厳しく、険しい。

 普段の柔和さとは180度違う義母の様子に、瑠奈は戸惑いながら言葉を失う。

 

 「うちの義息(むすこ)……あなたのせいで、今、この病院に送られて治療を受けているのね……?」

 

 真純が冷淡にたずねると、

 

 「は、はい……」

 

 泉は気おされたかのような調子で即答する。

 そして、半ば不安げな面持ちで真純をまっすぐに見つめる。

 

 「あなた……もしかして、輝男君のお義母(かあ)さんですか……?」

 

 真純に向かって、輝男との関係についてたずねようとする。

 輝男が既に生母を亡くしていることを、幼なじみである泉はちゃんと覚えているのだ。

 真純は、泉からの今の問いに厳しい表情を見せると、次の瞬間、泉の頬を力一杯に引っぱたいた。

 乾いた音を鳴らす強い平手打ちに、瑠奈、静流、そして、豪は驚きをあらわにする。

 他人に対して刺々しい態度を取ることはおろか、暴力を振るうことなど絶対に無いと思っていた真純のまさかの殴打に、瑠奈たちは驚きを隠せずにいる。

 殴られた泉もまた、突然の予期せぬ平手打ちに、どうしたらいいのかわからないといった様子を見せる。

 

 「あなた……二度とうちの義息(むすこ)に関わらないで……!

 その汚らわしい姿を、義息(むすこ)や私たちに見せないで……!」

 

 愕然とする泉に向かって、厳しい表情で怒りの声を上げる真純。

 真純の目には、愕然としたまま立ち尽くし、その場から動けずにいる泉の姿が映る。

 真純は握り拳をわなわなと震わせると、泉をまっすぐににらみながら口を開く。

 

 「お願いだから、早く、私たちの前から消え失せて……!」

 

 威嚇するかのように退去をうながす言葉をかけると、

 

 「……あなたを見ていると、昔の自分を見ているみたいで我慢できないの……」

 

 泉に向けて、痛切な調子で言葉を続ける。

 すると、

 

 「義母さん」

 

 心配そうに呼びかける声が、真純の耳に届いた。

 声が聞こえて来た方を振り向くと、奥にある治療室のドアから輝男が姿を現した。

 額に包帯を巻き、頬にガーゼを医療用テープで貼られた格好で、真純たちの前に姿を現す。

 歩を進める輝男の前に、瑠奈と静流が早足で歩み寄る。

 

 「輝男さん、大丈夫ですか?」

 

 「静流さん、わざわざ来てくれたのか……。ありがとう……」

 

 「それより、体の方はどうなの?」

 

 「大事には至らなかったが、まだ痛みが残ってて……

 一週間ほど安静した後、また検査で病院に来てくれって……」

 

 静流、瑠奈と言葉を交わすと、豪の方に目を向ける。

 

 「大富、すまん。お前にとんだ借りができてしまって」

 

 輝男が重い表情を見せながら、申し訳無さそうに言葉をかけると、

 

 「何、言ってやがんだ。貸し借りの問題じゃねぇだろ。

 あの状況でお前や彼女を見て見ぬフリしたら、そいつ、人間じゃねぇって話だぜ」

 

 豪はそう言葉を返しながら、泉の方に目を向ける。

 

 「輝ちゃ…」

 

 「輝男さん」

 

 義母の冷たい声が、泉の呼びかけをさえぎる。

 冷たく、厳しい義母の表情とまなざしに、輝男は一瞬、驚いた後、戸惑いの表情を見せる。

 

 「あなたと彼女は、一体、どういう関係なの?」

 

 冷淡にたずねる真純に、輝男は一瞬、言葉を詰まらせた後、口を動かす。

 

 「彼女は、小学校の頃までずっと一緒だった仲良しの幼なじみなんだ」

 

 泉のことを説明する輝男に、瑠奈、静流、豪は驚く。

 しかし、真純は驚くどころか、冷たく厳しい表情を崩さない。

 今まで見せたことがない義母の刺々しい雰囲気に、輝男は内心、戸惑いを隠せない。

 しかし、表向きは、神妙な面持ちで真純とまっすぐ向き合う。

 

 「その幼なじみの人が、どうしてあなたに大ケガを負わせたの……?」

 

 真純は努めて感情を抑えながら、義息を襲った惨事について当人にたずねようとする。

 すると、

 

 「こんなところで、油を売っておったか」

 

 向こうの方から、吐き捨てるような調子で言い放つ男の声が聞こえて来た。

 声が聞こえて来た方を輝男たちが向くと、背広を着た三人の男たちがこちらに歩み寄って来た。

 禿げ上がった頭にサングラスをした、四十代くらいの肥満体の男と、長身で痩せぎすな顔付きをした男を左右に侍らせ、中肉中背、白と黒が混ざった薄毛をした六十半ばくらいの男が、輝男たちの前に立つ。

 真ん中にいる老人は、泉を見ると、陰湿そうな顔付きを傲然と歪ませる。

 

 「泉、大事な用事があるのに、勝手に抜け出してこんなところで遊び呆けておって……」

 

 汚物でも見るような目つきでさげすみに満ちた言葉をかける男に、泉は苦い表情で言葉を詰まらせる。

 すると、老人は傍にいる静流にも目を向ける。

 

 「これはこれは、静流お嬢様……

 いつぞやは、うちの可愛い甥っ子によくも赤っ恥をかかせてくれましたな……」

 

 さげすみに満ちたまなざしはそのままに、冷たい笑みを歪めて、静流に言葉をかける。

 

 「甥っ子に赤っ恥? 一体、どういうことなんだ?」

 

 老人の今の言葉に、輝男が首を傾げていると、

 

 「ご、郷沢社長……?」

 

 静流は自分に言葉をかけた老人に向かって驚きの声を上げる。

 

 「この爺さん、知り合いなのか?」

 

 「知り合いも何も、この方、あの郷沢幹事長の弟さんですわ」

 

 豪と静流の会話を聞くと、老人は背広の胸ポケットからタバコの箱とライターを取り出した。

 手にしたタバコに火をつけ、そのままタバコを吸う。

 そして、あからさまに、輝男たちに向けてタバコの煙を吐き出す。

 

 「ちょっと、何なの!? ここは禁煙よ!」

 

 意図してルール違反を犯した老人に、瑠奈が抗議の声を上げる。

 しかし老人は、瑠奈の怒りを無視するかのように、輝男たちを冷やかににらむ。

 

 「さよう。私は、自国党幹事長・郷沢満造の弟で、そこにいる泉梓が属する芸能事務所の社長を務める郷沢善児という」

 

 禁煙の場で平然とタバコを吸いながら、老人――郷沢善児(ごうさわ・ぜんじ)は自らの名を名乗る。

 

 「郷沢善児って、“芸能界の帝王”と言われてるあの……!」

 

 豪が思わず驚きの声を上げると、郷沢は泉を冷やかに見据えながら口を動かす。

 

 「今日、この泉梓は、映画の撮影がオフとなっているこの日を利用して、色々と大事な仕事をやってもらわねばならなかったんだよ。

 それなのに、我々がちょっと目を離した隙に、滞在先のホテルから逃げ出しおって」

 

 「一体、その大事な仕事って何だって言うんだ?

 泉が逃げ出さなきゃいけない程、彼女にとってとても嫌なことなのか?」

 

 郷沢の傲然とした言葉に、輝男はすかさず食って掛かる。

 幼なじみとのまさかの再会の裏に、何やらきな臭い気配を察し、自ずと表情を険しくさせる。

 すると、郷沢は傲然とした面持ちを冷たい笑みで歪ませる。

 

 「……今回は、君たちだけに特別に教えてやろう……

 スポンサー契約を結んでいる化粧品メーカー社長への接待……

 我が芸能プロダクションの大株主を務める名門大手一流企業会長への接待……

 そして、今夜、行なわれる私の兄の誕生パーティーの接待役だよ。

 それも……というか、もちろん、体を張っての接待をな……」

 

 平然と言い放つ郷沢に、瑠奈、静流、豪は、愕然とする余り、言葉を失う。

 そして、輝男は怒りに表情を険しくさせながら、泉、郷沢に目を向ける。

 沈痛な表情で黙り込む泉の傍で、郷沢は傲慢な笑みを悠然と見せ付ける。

 輝男の傍にいる真純もまた、厳しい表情で郷沢を鋭く見据える。

 輝男は、固く握り締めた拳をわなわなと震わせながら、郷沢を鋭くにらむ。

 

 「体を張っての接待って……まさか、いわゆる“枕営業”ってヤツか……?」

 

 淡々とした声を震わせながら、郷沢にたずねる。

 郷沢は輝男の今の問いを聞くと、さげすみに満ちた冷やかなまなざしを向ける。

 

 「“枕”じゃなければ何だと言うのかね?

 この泉梓は我々に股を開き、好き放題に犯される以外に何の存在価値も無いメス犬以下のクズに過ぎん」

 

 泉を指差しながら、これ以上は無い侮蔑の念を平然と言い放つ郷沢。

 人を人と思わず、まして、自分の幼なじみを容赦なく侮蔑して平然としている郷沢に、輝男は怒るのを忘れ、驚愕の余り、言葉を失う。

 輝男が何も言い返せないのを見ると、郷沢は更に言葉を続ける。

 

 「泉梓は、アイドルとして芸能界デビューし、モデル、人気女優として、スターの階段を着々と昇っているように見えるが……

 それも、すべて我々の匙加減次第なのだよ。

 本人はもちろん、血のにじむような努力をしておるが、我々の意思の前ではそんなもの、塵よりももとる。

 このメス豚が今まで得た仕事は、すべて、ヤツがスポンサーやプロデューサー、その他、お偉方に毎回、抱かれ、犯された上で得たものばかりだ。

 淫売に毛が生えた程度のこの娘とて、我々の意思、気分次第では、明日にでも干され、社会の最底辺にさえいられない境遇に追いやられるのだからな」

 

 泉を指差し、さげすむように横目で見やりながら、最も隠さねばならない忌まわしい恥部を自ら言い連ねる。

 自身のプロダクションが満を持して繰り出す大事な戦力に対して、わずかでも思いやりを見せるどころか、まるでゴミでも扱うかのような態度を見せ付けてはばからない。

 郷沢は、自ずと表情を険しくさせる輝男を認めると、冷やかなまなざしを向けながら、輝男に話をかける。

 

 「君は泉を助けようとしてやられたみたいだが……

 君をボロクズのように痛め付けた連中は、うちの事務所のスタッフなのだよ。

 それに、君も、泉にまつわるいかがわしい噂を耳にしておるようだが……

 あれも、実は我々の仕業なのだよ。

 泉が勝手なマネをしないために……

 それに、いつでも自分を簡単に切り捨てられることを思い知らせるためにな……」

 

 そこまで言うと、郷沢は再びタバコを吸い、腹の底から大笑いを上げた。

 病院内に響くような公然とした嘲笑が、輝男たちの耳に否応無く突き刺さる。

 自分をスターに仕立て上げた事務所社長の傲慢、かつ、酷薄な嘲笑に、泉は沈痛な面持ちを歪ませ、身を震わせる。

 耳をふさぐことも、その場から逃げ出すこともできない状況に、身を引き千切られるような思いでいるのだ。

 すると、

 

 「バカ野郎!!」

 

 郷沢の嘲笑をかき消すかのような怒りの声が響き出した。

 途端、固く握り締めた拳が、郷沢の頬を力一杯に殴った。

 殴られた拍子に思わず転倒する郷沢の前で、輝男が鬼の形相で仁王立ちする。

 輝男の右こぶしが、固く結ばれながらわなわなと震えている。

 郷沢の部下であった男たちから受けた傷の痛みが癒えぬまま、仲良しだった幼なじみを容赦なく辱め、無残に傷付けた老人に対して、これ以上は無い怒りを爆発させる。

 

 「アンタ……それでも人間か!?

 自分と同じ血の通った人間である泉を、ただのモノみたいに扱って……!

 それで彼女がどれだけ傷付いているか、考えたことがあるか!?

 もし、自分の家族や娘、それに自分自身が泉と同じ惨い辱めを受けても……

 今、言った言葉を平然と言えて、腹の底から大笑いできるか!?」

 

 腹の底から怒りの声を上げ、真っ当な憤りを郷沢に向かってぶつける。

 郷沢は体を起こすと、なおもさげすむような冷やかなまなざしで輝男を傲然とにらむ。

 

 「私は、君や泉のようなどこの馬の骨かわからん卑しい虫けらとは違うのだよ。

 泉如きなど、いくらでも替えの効く消耗品でしか無いが……

 旧大蔵省から天下りし、最有力政治家を兄に持つ私は、芸能界と政界を結ぶ大事なパイプ役として無くてはならん存在なのだよ。

 他の連中が皆、惨めに滅びることはあっても、私だけは絶対に滅びん。

 そんな私を、虫けら如きの君が殴るとは、神に刃向うよりも重い大罪だよ」

 

 「何が、神に刃向う大罪だ! 貴様なんか、悪魔よりも卑しいゲス、外道だ!」

 

 なおも傲慢、侮蔑極まりない言葉を言い放つ郷沢に、輝男は一層、怒りを募らせる。

 そのまま再度、郷沢に食って掛かろうとすると、

 

 「輝ちゃん、もう、やめて!」

 

 輝男と郷沢の間に割って入った泉が、輝男を必死に押し止める。

 

 「お願いだから、もうこれ以上、社長を責めるのはやめて……!

 でないと、輝ちゃん、本当に無事じゃいられないわ……!」

 

 悲痛に満ちた形相で、泉が必死に制止をうながすと、

 

 「止めるな! 悪いのはヤツの方だろ!」

 

 輝男は抑えようのない怒りでもって泉の訴えに応じる。

 

 「そうだよ!

 そのおじいさんの子分が、お義兄ちゃんをボロクズにしようとしたんだから!

 せめて、お義兄ちゃんの治療費ぐらい払ってよね!」

 

 「治療費、払うのが嫌ならせめて、今すぐ、天江の前で土下座して謝れ!」

 

 輝男の怒りの応じるかのように、瑠奈と豪は、怒りの声を上げながら、郷沢に謝罪を要求する。

 しかし郷沢は、真正面から叩きつけられる真っ当な怒りを鼻でせせら笑う。

 またも、禁煙である病院内の廊下でタバコを吸うと、

 

 「土下座し、謝るのは、その小僧の方ではないか?」

 

 輝男の方を指差しながら、吐き捨てるような口調でそう言い放つ。

 

 「私をここまで足を運ばせた手間賃、並びに、その他、迷惑料、合わせて三億円。

 今すぐ、現金で支払いたまえ」

 

 一介の高校生に過ぎない輝男に向かって、さも当然のように平然とした口調で命じる郷沢。

 法外で理不尽極まりない今の言葉に、輝男は愕然とした面持ちで、思わず言葉を失う。

 ここまで傲慢極まりなく、まともに話が通じない相手と接したのは、生まれて初めてであった。

 どれだけ真っ当な怒りをぶつけても、ビクともしないばかりか、逆に、向こうの方から一方的で理不尽な責めを受け続けてしまうことを思い知らされ、どうしようもない思いにさいなまれてしまう。

 すると、

 

 「もう、いい加減にして下さい」

 

 輝男の前に進み出た真純が、郷沢と真正面に向き合いながら淡々と言葉をかける。

 郷沢は真純の顔を見ると、ハッと何かに気付いたかのような顔を見せる。

 

 「お前……まさか、佐倉春花ではないのか……?」

 

 傲然とした面持ちを崩すことなく、真純に向かってそうたずねる。

 真純は、今の問いかけに厳しい表情を見せ続ける。

 そして、郷沢をまっすぐに見つめると、

 

 「お久しぶりです……郷沢社長……」

 

 淡々とした声で、郷沢に挨拶する。

 

 「相変わらずですね、社長……。昔から何一つ変わっていない……

 ……いいえ、昔より、もっとひどくなっている……」

 

 努めて感情を抑えながら、郷沢に向かって話しかける真純。

 今の彼女の表情からは、相手に対する軽蔑の念がありありと見受けられる。

 真純の表情を察したかのように、郷沢はさげすむような冷やかなまなざしで真純をにらむ。

 

 「あれからもう十年以上経っておるが……

 てっきり、とっくの昔に野垂れ死にでもしたかと思ったぞ……」

 

 侮蔑の念に満ちた調子で、真純に言葉をかける郷沢。

 彼の今の言葉に、真純は厳しい表情を崩そうとしない。

 むしろ、逆に表情を更に険しくさせる。

 恐らく、今まで誰にも見せたことのないような刺々しい面持ちを、今、自らの社会的地位に甘え、傲慢極まり態度を誇示する下衆老人に向ける。

 そんな義母の姿に、輝男は戸惑いの表情を隠せずにいる。

 

 (佐倉……春花……一体、何なんだ、それは……?)

 

 真純に向けて郷沢が言った別の名前が、輝男の心に引っかかり、大きな疑問となっていく。

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