輝男たちの住む青春(あおはる)市中心街――
その外れにある十階建ての十階建ての大きな建物――青春総合病院の治療室から、輝男と真純が出て来た。
「傷も大分、治って、よかったわね」
「うん、僕も一安心したよ」
義母と義息が、安堵の表情を浮かべながら言葉を交わす。
輝男はちょうど一週間前、泉を犯そうとした暴漢たち――泉の事務所社長の部下たち――によって散々に痛め付けられ、急患センターに担ぎ込まれたことを思い出しながら、真純と言葉を交わす。
治療を受けた後、一週間、自宅での安静を命じられた後、検査のため、今、この病院を訪れたのだ。
結果、傷も治り、通常の生活を送っても問題無いと医者のお墨付きを得たのだ。
輝男も真純も、一週間、ずっと心にのしかかっていた重石が取れて、安堵の気持ちをさらけ出す。
そのまま向こうに見える受付窓口の方へ歩を進めようとすると、
「輝男さん」
正面の方から、輝男に呼びかける声が聞こえてきた。
途端、輝男と真純は、自分たちの方へ歩み寄る一人の少女の姿を認めた。
「静流さん」
そう呼びかける輝男の目の前には、白のジャケットに同色のひざ丈スカート、ソックス、そして、艶の入った黒のローファーといういで立ちの静流が立っていた。
「輝男さんにお会いしようとしたら、こちらの病院に行っていると言うことで……」
「わざわざ、心配して来てくれたのか。ありがとう」
輝男は、自分が急患センターに運ばれた際、静流が自分のもとへやって来てくれたことを思い出した。
何故、わざわざやって来たのかはわからないが、真純や瑠奈と一緒に、大ケガを負った自分のことを心配してくれた静流のことを、輝男はちゃんと記憶に留めていたのだ。
「お体の具合はどうなんですか?」
「おかげさまですっかり元気になったよ」
「それはよかったですわ」
輝男の返答を聞くと、静流は柔和な笑みを浮かべ、安堵の念を漏らす。
数分後、輝男たちは、病院に入ってすぐのところにある受付窓口に立っていた。
輝男と静流は、受付窓口で支払いを済ませようとする真純を後ろから見つめている。
すると、
「あの……すみません……」
横から呼びかける声が聞こえてきた。
輝男と静流は、声が聞こえてきた方を振り向く。
二人が振り向いた先には、一人の女性がこちらを向きながら立っているのが見えた。
歳にして四十代前半くらい――
吊り上がった目が特徴的な歳相応に整った美貌――
団子状に後ろに束ねた艶やかで長い黒髪――
いずれも黒のジャケットに同色のロングスカート、パンストに覆われた、真純とほぼ同じくらいの背丈に、均整の取れた引き締まった体――
そして、服の上からハッキリと自己主張する左右の大きなふくらみ――
輝男はすぐに、女性が自分の方をまっすぐに見つめていることに気付いた。
女性は、輝男をまっすぐ見つめたまま笑みを浮かべる。
輝男の横では、静流が何故か、半ば気まずそうな顔を赤らめながら、覚束なげに女性と向き合っている。
「天江…輝男さんですね……?」
「そ、そうですが……あなたは?」
自分のことをたずねる女性に、輝男は訝しげにたずね返す。
すると、会計を済ませた真純が、こちらの方へ歩み寄って来た。
真純は、目の前にいる黒ずくめの衣装をした女性を一瞥すると、輝男の方を振り向く。
「輝男さん、こちらの方は?」
真純が輝男に向かって女性のことをたずねようとすると、
「はじめまして。私、大富の妻でございます」
女性は自らの素性を名乗りながら、輝男たちに向かって一礼する。
「大富の妻って……もしや、大富社長の奥様でいらっしゃいますか?」
「まさか、小春や豪のお母さん……!?」
以前、自宅に顔を出して来た大富豪太郎のことを思い出す真純の横で、輝男は驚きの声を上げる。
すると、輝男たちと向き合う大富小夜子(おおとみ・さよこ)は、ニコッとほほ笑みながら、
「えぇ……。うちの子供たちがいつもお世話になってます」
お礼の言葉をかけながらまたも一礼する。
「いえいえ。お世話になっているのは、私どもの方ですわ」
小夜子の礼に、真純は和やかな表情を見せながら言葉を返す。
二人の傍で、輝男は小夜子をジッと見つめる。
気の強そうな美貌に吊り上がった目、そして、服の下からハッキリと認められる左右の大きなふくらみを見ると、一瞬、目の前の小夜子と小春の幻が、輝男の目に重なって見えた。
(小春のヤツ、ビックリするほど、お母さん似なんだな……!)
驚くほど身体的特徴が酷似する母娘に、輝男は内心、驚嘆する。
そんな輝男の傍では、静流が恥ずかしそうに恐縮しながら、顔を赤らめ、うつむかせている。
◇ ◇ ◇
病院近くのカフェで、輝男たちは同じ席に着いている。
輝男と真純、静流と小夜子は、並んで腰を下ろしながら互いに向き合っている。
「今回、こちらにいらっしゃる輝男さんの件で参ったのですが……」
小夜子はそう言うと、テーブル越しに向かい合って座っている輝男を凝視する。
まっすぐにとらえて離さない小夜子のまなざしに、輝男は思わず戸惑う。
「ど、どうしたんですか……?」
「噂には聞いておりましたが、顔がいいだけでなく、とても真面目そうで……」
不審げにたずねる輝男に、小夜子は笑みを浮かべながら言葉を返す。
「あの娘が本気で惚れるのも当然だと、改めて思い知りました」
そう言葉を続ける小夜子に、輝男は顔を真っ赤にして身を固くする。
彼の脳裏には、小春と幾度も繰り返した交流、更にはセックスが克明に浮かぶ。
「もし、私がもっと若く、夫も子供もいない身であったら……
もしかしたら、娘と同じことをしてたかもしれませんわ」
そこまで言うと、小夜子はクスッと笑みをこぼした。
「奥様のお目にかなうとは……義母(はは)としては、実に喜ばしい限りです」
すっかり義息のことを気に入った二児の母にして社長夫人である小夜子に、真純は感謝の念を告げながら、同じように笑みをこぼす。
「義母さんまで、何、言ってんだよ!」
輝男は恥じらいに顔を赤らめながら、苦言を呈するように一言、言葉をかける。
しかし、すぐに表情を落ち着かせると、向かいに座っている小夜子の方に目を向ける。
「それより、僕の件で来て下さったそうですが……一体、どういった件で……?」
輝男がたずねると、小夜子は神妙な面持ちを輝男と真純に見せる。
「実は、先日、輝男さんが暴漢によって負わされた傷の治療代を、私どもの方で負担させてもらえないかと……」
用件を告げる小夜子に、輝男と真純は一瞬、驚いた後、神妙な面持ちを見せる。
「何の非も無いのに、輝男さんが一方的に暴行を受け、病院に搬送されるほどの重傷を負ったというのに、他人事と片付けて見て見ぬフリするのは、いささか忍びないというわけで……
日頃、うちの子供たち……特に、娘の件でかなりお世話になっている礼も兼ねて、主人の方から何とか治療代の肩代わりをしてやれないものかと、今回、こちらの方に伺った次第です」
自ずと深刻な調子を増しながら、用件の詳細を言ってくる小夜子。
彼女の今の話に耳を傾けながら、輝男も真純も表情に真剣さを増していく。
一呼吸、間を置いた後、真純が真剣な表情を見せながら、口を開く。
「大富社長の心からのご厚意、身に余る思いです。
ですが、せっかくお越しいただいて申し訳ありませんが、そのご厚意だけで十分です。
そもそも、今回、うちの義息(むすこ)が深い傷を負わされたのは、大富社長や社長のご子息のせいではありません」
「わかっております。
郷沢社長の部下が、何の必然性も無く、身勝手な理由から輝男さんを痛め付け、手ひどく負傷させたことに一切の非がありますから……
ですが、仮に部下が勝手にやったことであったとしても、その上に立つ郷沢社長が責任を取って頭を下げ、治療費を全額負担しなければいけないのですが……
主人が言うには、郷沢社長は、例え、自分が明らかな非を犯しても、決して謝ったり、損害賠償のために一円でもお金を出したりしない人ですから」
「そのことは、私も十分に承知しております。
郷沢社長という人は、自らが死に追いやった被害者を土足で足蹴にし、その屍を踏みにじって平然としている人ですから」
沈痛の念とやり場の無い憤りが、真純と小夜子の間で交差する。
輝男の脳裏には、搬送された急患センターで幼なじみにして人気アイドルである泉の所属事務所社長である郷沢善児と対峙した時の光景が、否が応にも浮かび上がる。
自らが抱える大事な戦力である泉を含め、人を人と思わぬ傲慢極まりない郷沢の姿を思い出し、胸の底に抑えていた憤りを再燃させてしまう。
他人を真上から抑え付け、身も心も傷付けて然りと決め込む郷沢の態度を目の当たりにした輝男は、真純と小夜子の会話に黙って首肯する。
真剣な表情を見せながら、沸々とわき上がる憤りを何とか抑えようとする。
「今回の件では、私も大富も、輝男さんのことをいたく心配しております。
なのに、何もしないで事を済ますのは、私どもとしては実に心苦しい限りで……」
郷沢とは極めて真逆に、初めて顔を合わせた輝男のことで大いに憂う小夜子の言葉が、彼女の重い表情と共に、輝男と真純の前に叩き付けられる。
すると、ずっと口を閉ざしていた輝男が、小夜子の方を向きながらゆっくりと口を開いた。
「僕のことを心配して下さって、実に申し訳ない限りですが……
息子さんも、僕を助けようとして傷を負ったはずですが、彼の方は……?」
心配そうにたずねる輝男に、小夜子はようやく、再び笑みを見せた。
「あの子なら、大した傷は負ってないから、心配いりませんわ。
うちの息子は、元々、体が丈夫な上に、ケンカ慣れしてますから」
「それと……今回の件は、小春さんには何も言ってませんか?」
「えぇ。豪は絶対、小春には内緒にしてくれって私や主人に強く頼んでましたから。
可愛い妹に余計な心配をかけたくないというわけで……
あの子、どうしようもない放蕩者ですけど、大の妹思いでもありますから」
小夜子はそう言うと、飲みかけのホットレモンティーを最後まで飲み干す。
空になったティーカップをテーブルの上に置くと、改めて輝男をまっすぐに見つめる。
「私どもと致しましては、本当に輝男さんには心から感謝しております」
小夜子は笑みを浮かべながら話を切り出す。
「以前、うちの主人もおっしゃったかもしれませんが……
輝男さんと出会ったことがきっかけで、娘は不品行を控えるようになり、見違えるくらいに気立てのいい娘になりまして……
親である私どもでさえ手を焼いた娘をこうも変えさせた輝男さんには、是非、今後とも、末永く縁を持っていただければと思う次第です。
過剰な称賛かと思われますが、私どもが見た限りにおいて、輝男さんは、他の何者にも代えがたい稀有な方だと強く確信する次第です」
「そんな……俺、そこまでお褒めいただくような人間じゃありませんから」
親として、娘を望ましい形に変えさせてくれたことへの感謝の弁に、輝男は恥ずかしそうな面持ちで謙遜の言葉を返す。
横にいる真純は、ホットコーヒーを半分ほど飲むと、
「大富さんがそこまで感謝して下さるのですから、ありがたく受け取りなさい」
輝男の方を振り向きながら、笑みを浮かべて言葉を添える。
すると小夜子は、横でホットミルクティーを飲んでいる静流の方を振り向く。
「でも、うちの子たちを望ましい方へ変えていったのは、輝男さんだけじゃないんですよ」
横にいる静流を見つめながら、優しい声で言葉をかける。
静流は小夜子の今の言葉を耳にすると、一瞬、ビクッと驚いた後、ホットミルクティーを飲むのをやめて、何故か顔を赤らめて、うつむいてしまう。
突然の静流の異変に、真向かいに座る輝男は思わず首を傾げる。
小夜子は、静流の方を振り向いたかと思うと、再び、向かいに座る輝男、真純の方を振り向く。
「最近になって、放蕩が絶えなかった息子が、少しずつですけど勉強に精を出し、生活態度を改めるようになりまして……
今年に入ってすぐに、静流さんとお知り合いになったことがきっかけのようで……」
「まぁ、そうなんですか」
互いに笑みを浮かべて言葉を交わす小夜子と真純の横で、輝男は真向かいの静流を見つめる。
輝男の目には、気まずさと恥ずかしさの混ざった面持ちを赤らめ、恐縮したようにうつむく静流の姿が見える。
今の静流からは、目の前の相手に対する申し訳ない気持ち、更に言えば、一種のやましさみたいなものが見え隠れしてならない。
「うちの息子も、年頃のせいなのか、中々、親に言ってくれないんですが……
どうも、最近になって、静流さんと仲良くお付き合いしているようなんです。
勉強に励み、不品行を控えるようになったのも、そのせいじゃないかと、主人共々、言い合っている次第で……」
ほほ笑ましげに語る小夜子の横で、静流は萎縮しきったようにうつむいている。
輝男は、平素の表情と何気無い態度を装いながら、真向かいの静流を見つめる。
輝男の目に映る静流は、頬を赤らめ、気まずい表情を見せながら、目線を下げ続けている。
輝男と目を合わせるのを避けようという気持ちが、否が応にも見受けられる。
しかし、横にいる小夜子は、静流が居心地悪そうにしていることに気付かず、そのまま話を続ける。
「息子も娘も、共に素敵な人と巡り会い、仲良く深い関係を築くことになるとは……
ちょうど一年前には、考えもしなかったことですわ」
「確かに幸運もありますが、お子様方が元々、持っていらっしゃった素晴らしい気質が、うちの義息(むすこ)や静流さんと出会ったことで目覚めたのですわ。
大富さんもさぞ喜ばしかったことでしょう」
自分の義息と深く関係を持っている少女の一人が別の若者とも関係を持っていることに対して、真純は不快感をあらわにするどころか、感銘を受けたかのように賛同にも似た言葉をかける。
当の相手の人間性を良く方向へ変えていったということが、真純にただならぬことを受け入れさせる気になったのだろうか……
すると、静流は静かに席を立った。
「申し訳ありません。大事な用事が控えておりますので……
お先に失礼させていただきます」
重い表情でうつむいたまま、か細い声でそう告げると、一人、その場を去って行く。
「し、静流さん」
輝男はすかさず腰を上げると、去って行く静流の後ろ姿を追う。
◇ ◇ ◇
中心街の真ん中にあるオープンテラスの腰かけに、静流は縮こまったかのように腰を下ろしている。
静流の横では、輝男が壁にもたれながら缶コーヒーを飲んでいる。
静流は沈痛な面持ちでうな垂れながら、輝男と目を合わせようとしない。
「ごめんなさい、輝男さん。あなたを裏切るつもりは無かったんですが……」
弱々しく謝る静流の詫びの言葉に、輝男は黙って耳を傾ける。
平素の表情を装いつつも、静流をジッと見つめる。
自分を見つめ続けるまなざしを察してか、静流はうな垂れた顔を上げようとしない。
沈痛な面持ちで唇を閉ざす静流を、輝男は黙って見つめる。
自分に対して罪悪感を隠そうとしないかつてのお見合い相手に対して、沈黙でもって応じる。
心地よい春の日差しが温かな空気が辺りを覆う中、輝男と静流の周りだけは重苦しく冷たい空気が漂う。
二、三分ほど――体感的にはその倍以上――沈黙が続いた後、輝男はゆっくりと口を開いた。
「大富と付き合ってるという話けど……どんな風に付き合っているんだ?」
努めて感情を抑えながら、肝心のことをたずねようとする。
輝男の今の問いかけを聞くと、一呼吸、間を置いた後、静流の唇がゆっくりと開いた。
「お店でお茶を飲んだり、ゲームセンターで遊んだり、一緒にカラオケを歌ったりしてます……」
静流の返答に、輝男は顔色一つ変えず、何も言い返そうとしない。
「豪さん、私の他にももちろん、友達がいっぱいいますが……
私にだけは、色々と悩みを打ち明けてくれているんです。
今のままでは、ご自分のお父様に一生、認められそうにないとか……
将来、就きたい仕事があるけど、今の状態では到底、かなえられそうにないとか……」
そこまで言うと、静流はようやく顔を上げ、輝男の方を振り向く。
静流の目には、感情を抑えながら、自分をまっすぐに見つめる輝男の顔が映る。
決して、穏やかな心境でないことは、静流自身、否応なしに理解している。
なおも重い表情を見せながら自分を見つめる静流に、輝男はゆっくりと口を開く。
「君が大富と付き合い出したのは、三学期の時の“例の件”がきっかけか?」
「はい……」
そう言葉を交わす輝男と静流は、共に同じ光景を脳裏に浮かばせている。
心ならずも強いられた大物政治家のボンクラ息子との縁談から逃げた静流を豪がかくまい、政略結婚を破談させるために豪が奮闘したことを思い出しているのだ。
「あの時の豪さん、信じられないくらいに真剣で……
誰かを救うためには、いかなる危険も惜しまない勇気と優しさに、私、知らず知らずの内に惹かれてしまって……
豪さんも、私のことをすべて承知の上で、私の気持ちを受け取って下さって……」
自分が輝男以外の男と関係を持ったことを端的に言うと、静流はまた、気まずそうな面持ちでうな垂れてしまう。
何度も体を重ね、絆を深めた男に対して、同じように心を惹かれる別の男のことを語ったことに、またも罪悪感をにじませてしまう。
重苦しく沈黙する静流を見ると、輝男は飲みかけの缶コーヒーを飲み干す。
静流を見つめながらも、コーヒーの空き缶を力一杯に握り締める。
そして、努めて感情を抑えながら、静流に向かって口を開く。
「もし、ヤツが、自分の欲望のままに、君をいいように弄んでいるだけだったら……
俺はヤツをぶん殴り、力づくでも君を奪い返すが……
……でも、まったく違うと言うのなら……」
そこまで言うと、輝男は静流を見つめたまま言葉を詰まらせる。
輝男としても、今、静流を取り巻く状況に対して、どうしたらいいのかわからないと言ったような気持ちを示す。
自分が深く関係を持つ少女の一人が、他の男にも心を寄せていることに対して、正直、穏やかでない気持ちを抱いている。
しかし、事がある程度、真剣みを帯びているとなると、すぐにこれをご破算にするというわけにもいかない。
単純に片を付けられない事態を前に、もどかしい気持ちを募らせてしまう。
すると、静流は再び顔を上げて、輝男とまっすぐ向き合う。
「輝男さんは、豪さんのことを女の子にだらしない乱暴者か何かと思っていらっしゃいますが……
本当の豪さんはそれだけの人じゃありません。
確かに、女の子に目が無く、喧嘩っ早いところもありますが、人のことを思いやる優しさも身の危険を恐れない勇気もちゃんと持っているんです。
それだけはわかって下さい」
神妙な面持ちを見せながら、切々とした調子で、自らが関係を持つもう一人の男を擁護するような言葉をかける。
静流の今の表情、声の調子から、彼女が真剣、かつ真実味を帯びたことを言っていることが、嫌でも思い知らされる。
輝男は、静流の今の言葉になおも努めて感情を抑えようとする。
感情の爆発こそしないが、中々、言葉を返せずにいる。
自分との絆を保ちたい一方で、豪との絆も大事にしたい静流に対して、自ら身を引くことも、豪との縁を切れと言うこともできずにいる。
静流と豪の関係を快く思っていないからというよりも、今の自分たちの状況に対して、どうしたいか…ということを上手く言えずにいるようだ。
何も言って来ない輝男を前にして、静流は徐々に表情を不安げに曇らせる。
すると、輝男は静流を見つめながら口を動かした。