明朝学園高校グラウンドに設けられた外部観覧者用スペースに、制服姿の三人の少女たちが入って来た。
中学生くらいの件の少女たちは、既にその場にいる静流の横に着く。
「ふぅー、やっと着いたよ」
三人の中で比較的背の高いショートヘアの少女――水無月純が深くため息を付きながらつぶやく。
純のつぶやきが横から聞こえてくると、静流は少女たちの方を振り向く。
「あら? 皆さん、どうしましたの?」
まるで顔なじみに対するかのように、静流が声をかける。
「あの……今、競技の方はどうなってるんですか?」
純の真向かいに並んで立っている大人しめの少女――百川七瀬が静流にたずねる。
「今、三年男子で綱引きをやっているんですが、これから決勝戦に入りますわ」
静流はそう説明すると、グラウンドのフィールドに目を向ける。
視線の先には、長く太い綱を横にして、二組の男子が向き合うようにして位置に着いている。
「あ、お義兄ちゃん。もしかして、お義兄ちゃんのチームが決勝に行ったの?」
制服姿の瑠奈は、チームメイトたちに混ざって位置に着いている義兄の姿を認める。
瑠奈の目には、汗の乾かぬ真剣な輝男の形相が否応無しに映る。
「えぇ。輝男さんのチーム、これまで二度、対決して、いずれも勝利を収めたんですわ」
静流は、遠くにいる輝男を見据えながら感慨深げに言って来る。
するとそこへ、私服姿の一人の少女が、割って入って来た。
半袖のTシャツにデニムのミニスカートと活発そうないで立ちをしたその少女は、フィールド内の輝男を認めるなり、いきなり声を張り上げる。
「輝ちゃ―――ん! アタシがついてるから、絶対に勝ってね―――!!」
辺りをはばかることなく、小春が声を張り上げて声援を送る。
小春の突然の乱入と咆哮に、静流は気まずそうな顔を見せ、瑠奈はムッと不機嫌な顔を見せる。
「ちょっと、アンタ、いきなり勝手に入って来て、ふざけたマネしないでよ!」
「ふざけてなんかいないわよ! アタシはちゃんと輝ちゃんの応援をしに来たんだから!」
「…って言うか、どうして、今日、お義兄ちゃんのとこが体育祭やってるのを知って来たの?」
「輝ちゃんのお義母様が教えてくれたからに決まってるじゃない!
『もし、よろしかったら、義息(むすこ)を応援しに来てくれませんか』…ってね」
「もう、ママったら、余計なことをしてくれて……」
小春に対する義母の配慮に、義娘は嘆息しながら肩を落とす。
「あ、決勝戦が始まったよ!」
間を置かずに、純が勝負の始まりを教えてくれる。
一同が見つめる先には、輝男が他のチームメイトたちと一緒に、真剣な表情で綱を引いている姿がある。
力一杯に地面に足を踏み締め、汗をにじませ、歯を食いしばりながら、力一杯に綱を引く。
綱は輝男たちのチームと相手方のチームの間を何度も行き来しながら引かれている。
相手方のチームにいる河原が、輝男に負けないくらいの力のこもった形相で、仲間たちと一緒に綱を引いている。
「お義兄ちゃ―――ん!!」
「輝男さん、頑張って!!」
「輝ちゃ―――んっ!! ガツンと行っちゃえ―――!!」
瑠奈、静流、小春、そして、純、七瀬は、各々、声を張り上げながら声援を送っている。
一方、瑠奈たちのいる外部観覧者用スペースとはフィールドを挟んだ向かい側では、
「フレ――フレ――Aく―――み!!」
“チームA組”の応援・控え席にいる桜月と葵、更に七海が、他のチームメイトたちと一緒になって、やはり輝男やチームメイトたちと一緒に声援を送っている。
左右から聞こえて来る声援に押されてか、輝男たちのチームは綱を少しずつ自分たちの方へと引き寄せる。
間も無くして、制限時間を告げるホイッスルが鳴った。
ホイッスルが鳴ると同時に、綱を引く動きが止まった。
静止した綱の中心部は、輝男たちのいる側に半メートルほど引き寄せられている。
『只今の勝負、A組の勝ちです。よって、綱引き・三年の部、優勝はチームA組です』
グラウンド内に設置されたスピーカーのアナウンスに、瑠奈たち、そして、桜月たちは各々、喜びにわき立った。
「嘘!? 信じらんない!」
「皆が一生懸命、頑張ったおかげよ!」
喜びと驚きが混ざった声を上げるチームメイトの女子に、桜月は嬉しそうに言葉を返す。
一方、外部観覧者用スペースでは、瑠奈が純、七瀬と喜びながら抱き合っている。
輝男の勝利を心から喜ぶ瑠奈たちを見て、静流が嬉しそうに表情をほころばせると、
「当然じゃない。アタシがいたおかげで輝ちゃんが勝ったんだから」
横にいた小春が、まるで自分一人の手柄であるかのようにドヤ顔で言い放つ。
途端、瑠奈と純はムッと表情を険しくさせて、小春の前に詰め寄る。
「何、言ってるの? 誰も頼んでないのに、勝手に顔を出して来たくせに!」
「よく言うよ! アンタたちだけだったら、輝ちゃん、即、ボロ負けだったんだから!」
すぐに口喧嘩を始める瑠奈、純と小春に、静流と七瀬は恥ずかしそうな面持ちでため息を付く。
一方、グラウンド入口手前のテント傍では、共にジャージ姿の理華と石上が話をしている。
「すみません、石上先生。うちのチームが勝たせてもらいまして」
「いや、これはもう仕方が無いことして受け入れざるを得ませんね……
でも、正直な話、今回は、本気でうちのチームB組が優勝するものと信じておりましたから」
形ばかりの詫びの言葉をかける理華に、石上は諦めきったような面持ちで、ため息交じりに言い返す。
純然たる勝負として事と結果を素直に受け入れようとする石上に、理華は苦笑でもって応じる。
すると、横から何者かが理華を肘で突いて来た。
振り返ると、ジャージ姿の真白が、やや戸惑ったような面持ちを見せてきた。
「どうしちゃったの?」
「あれ、見て」
真白が向こうの方に目を向けると、外部観覧者用スペース内で、瑠奈や小春、静流たちが言い合っている姿が認められた。
「ヤダ、あの娘たち、いつの間に」
瑠奈たちを認めるなり、理華は驚きと戸惑いの混ざった声を上げる。
「何だか、さっきから観覧席の方が騒がしいと思ったら、あの有様ってわけ」
「あの娘たち、ちゃんと大人しくしてくれればいいんだけど……」
真白同様、理華も瑠奈たちを遠望しながら深く嘆息する。
「生徒たちが競技で大ケガしないかどうかずっと気にかけてるけど……
他にも気にかけなきゃいけないことができたみたい」
「あなたは、アイツらなんかほっといて、自分の仕事に集中してなさい。
何かあったら、私があの娘たちをつまみ出すから」
「理華さん、お手数かけますわね」
ヤレヤレといった面持ちで言葉を交わす理華と真白に、傍にいる石上はいまいち理解できないとばかりに首を傾げる。
今、理華と真白が疎んでいる少女たちと当人たちの間にどんな関係があるのか、まったく知る由が無い。
一方、輝男はチームメイトたちと一緒に応援・控え席に戻って来た。
「ちょっと、皆、すご過ぎだよ!」
「まさか、優勝しちゃうなんて!」
クラスメートであるチームメイト女子たちが歓喜と祝福の声をかけると、
「そりゃそうさ、最初から負ける気なんて全然、しなかったから」
小中が前に出て、勝ち誇ったかのように言葉を返す。
「何、デタラメ言ってんだよ!」
「お前、一番、へっぴり腰だったくせに!」
一緒に綱を引いていたチームメイト男子たちが、すかさず小中に反論してくる。
その傍では、輝男が疲れきった面持ちで腰を下ろし、荒く息を吐きながらタオルで顔を拭いていた。
そこへ、大きめの水筒を手にした七海が輝男の前に駆け寄って来た。
「先輩、お疲れ様でした」
笑みを浮かべ、祝福の言葉をかけながら、水筒を差し出す七海。
輝男は水筒を受け取ると、中に入っていた冷たいスポーツドリンクをがぶ飲みする。
水筒内のドリンクを三分の二程、飲むと、大きく息を吐く。
やがて、輝男が呼吸を落ち着かせると、桜月と葵が、七海の横に歩み寄る。
「さっきの輝男君たち、信じられないくらいにすごかったわ」
「正直、初戦で無様に敗退さえしなければ御の字だと思ってたのに」
「俺もそう思ってたけど、いざ、勝負に入ったら、最後まで行かなきゃと思って……
決勝まで行ったら、勝っても負けてもどっちでもいいやって……」
戦いを終えた輝男の言葉に、桜月と七海は安堵の表情を見せる。
しかし、葵だけは、何故か浮かない顔を見せる。
「天江君、水を差すようで悪いけど……」
そう言うと、葵は向こうにある外部観覧者用スペースの方を目で指し示した。
葵が指し示した先には、瑠奈、小春、静流、更に純、七瀬が何やら話をしている姿が見えた。
「七瀬ったら、部活が終わったら、必ず来るって言ったけど……」
「まさか、皆、揃っちゃうなんて……」
「この様子だと、ただでは済まないみたいね……」
向こうにいる瑠奈たちを見て感嘆する桜月、七海の横で、葵はウンザリしたかのようにつぶやく。
せっかく、体育祭に顔を出してくれた瑠奈や静流、そして小春たちを鬱陶しく思う気持ちを隠そうとしない。
「別に、俺たちの邪魔をするために来たわけじゃ無いんだから……
余計なことは考えないで、競技に集中しよう」
輝男はたしなめるようにして言葉をかけると、七海に水筒を返す。
そして、向こうにいる瑠奈たちを遠望すると、
(瑠奈や小春たちも、体育祭を見に来ただけなんだよな……)
内心、自分にそう言い聞かせつつも、一抹の不安みたいなものを覗かせる。
しかし、今の輝男の心境に、桜月、葵、七海以外のチームメイトたちは皆、まったく気に留める様子を見せない。
一時間ほど経った頃、グラウンド内に歓声がドッとわき上がる。
グラウンドのトラック内では、女子生徒たちが五列に並んで疾走していた。
彼女たちの手には、各々、バトンが強く握り締められている。
疾走する女子生徒たちの中には、桜月の姿もある。
「桜月――!」
「桜月さ――ん、頑張って!!」
応援・控え席で、輝男や七海が、桜月に向かって声援を張り上げる。
今まで見せたことの無いような真剣な形相に汗をにじませるも、実際は二着と三着の間を行き来している状態だ。
間も無くして、桜月は葵にバトンを渡すも、二名の女子に先を越されている。
疾走する葵の前方では、長身、ショートヘアの女子生徒――修学旅行で一度だけ輝男とセックスした桃井香蓮と、黒のストレートロングヘアを後ろへ団子状に束ねた長峰寿里が、文字通り、一進一退を繰り返している。
「寿里――! このままゴールして俺たちのリベンジを果たしてくれ――!」
応援・控え席にいる河原が、クラスメート・チームメイトにして、恋人同士の間柄でもある寿里に向かって、声を張り上げて声援を送っている。
輝男たちに綱引きで負けたことがたまらなく悔しいようだ。
二年の時、同じクラスで、修学旅行の際、一緒に輝男とセックスしたこともある寿里と香蓮は、一着を目指し、互いに譲らぬ疾走を見せる。
そこへ、後方から一名の女子生徒が、ありったけの力を込めながら走り出して来た。
荒く息を弾ませ、汗を噴き出しながら、これ以上は無い真剣な表情を見せた葵が、難なく寿里と香蓮の間に割って入る。
勝負はこのまま、葵、寿里、香蓮の三つ巴へとなだれ込む。
三人とも、ほぼ互角といっていいスピードでゴールを目指す。
輝男と七海、そして河原が声援を送る中、葵、寿里、香蓮はゴールまであと十数センチのところまで差し掛かる。
途端、葵はジャンプでもするかのように足を踏み出し、わずか数センチ、数秒の差で、一番先にゴールに着く。
わずかに間を置いた後、グラウンドのスピーカーからアナウンスが流れる。
『只今の女子リレー走、一着はチームA組です』
一着を告げるアナウンスが流れると、輝男たちの間でドッと喚声がわき上がった。
「やったぁっ! うちのチームが勝ったわ!」
七海が傍にいるチームメイトの女子たちと抱き合いながら喜びの声を上げると、
「おい、天江、マジかよ!?」
小中が動転しきった様子で、輝男に声をかけてくる。
一方、フィールド内では、葵が力尽きたかのようにへたり込みながら、荒く息を吐いている。
重くうな垂れた顔からは、汗がポタポタとこぼれ落ちている。
そこへ、何者かの手が葵の両肩を優しく抱いて来た。
「葵さん、あなたの頑張りが勝利につながったんだわ」
桜月が葵の肩を抱きながら優しく声をかける。
桜月もまた、汗の乾かぬ顔に疲弊の色をにじませているが、勝利を果たしたチームメイトをねぎらうかのように精一杯の笑顔を見せる。
桜月の今の言葉が耳に入ったのか、葵がゆっくりと顔を上げる。
葵は、文字通りに力尽きたかのような形相を浮かべ、色濃く汗をにじませている。
本当に全力を振り絞ったせいなのか、桜月の今の言葉に、荒い吐息を繰り返す以外に何の反応も見せない。
そこへ、二人の女子生徒が歩み寄って来る。
「黒山さん、私、今回は本気で一番を目指していたわ……」
「あたしも、誰にも負けるつもりなんてなかったけど……
あなたの本気をまざまざと見せ付けられたら、もう負けを認めざるを得ないと思って……」
さっきまで勝負を繰り広げた寿里と香蓮が、葵に言葉をかける。
勝負に挑む以上、絶対に負けたくない気持ちを抱いたものの、相手の本気さを目の当たりにして、否が応にも敗北を受け入れざるを得ない気持ちになったのだろう。
葵は寿里と香蓮の今の言葉を聞くと、覚束ないながらも立ち上がる。
「私、正直、一着は絶対、無理だと思ってた。
でも、余計なことは何も考えず、ただがむしゃらに突っ走った結果、こうなったんだから……
あなたたちだって、必死の思いで頑張ったんでしょ?
それは、私も他の皆もちゃんとわかっているわ」
寿里と香蓮をまっすぐに見つめながら、真剣な調子で言葉を返す。
勝利を手にしながらも、負けた相手の健闘を認め、称える。
真剣勝負に臨む者なら、誰もが持つ心情である。
そんな葵に、寿里と香蓮は、感銘を受けたかのような面持ちを見せる。
そして、傍に立つ桜月は、愛しそうな面持ちで葵を見つめる。
◇ ◇ ◇
何も無かったかのように静まり返っているグラウンド。
グラウンドにひしめいていた体操着姿の生徒たちも、今は一人もいない。
テントや点数ボード等もすべて撤去されている。
校舎内では、制服に着替え直した生徒たちが一人、また一人と教室を出て、生徒玄関を出て行く。
誰も彼もが、無事に体育祭が終わった余韻に浸りながら下校の途に着く。
ひと気が途絶えかけた校舎第一棟二階の階段手前に、輝男と桜月、葵、それに理華や七海の姿がある。
「皆、おめでとう。今年の体育祭は、四年ぶりにA組が優勝して」
理華は嬉しそうに笑みを浮かべながら、真正面に向き合う輝男たちに言葉をかける。
「誰が一人か二人が突出したわけでは無く、一人一人、皆が一生懸命、頑張ったおかげです」
「うん。俺も正直、今年は優勝するなんて思っても見なかったから」
葵と輝男が続けて理華に言葉を返すと、
「でも、徒競走や綱引きでの天江先輩は、今まで一番、素敵でした。
とても真剣で熱気あふれる先輩の姿に、とても心打たれました」
傍にいた七海がまっすぐに輝男を見つめながら、感銘を受けたかのように言葉をかける。
輝男は七海の今の言葉を聞くと、やや恥ずかしそうな表情を見せる。
「そんな大げさな……。百川だって一生懸命、頑張ったじゃないか」
「でも、天江君が真剣な思いで勝負に臨んだことに間違い無いんだから。
あんな姿を見せられたら、誰だって嫌でも惹かれてしまうわ」
「……ったく、日向、君まで」
輝男が桜月に向かってため息交じりに言葉を返すと、一同はドッと笑い出した。
笑い声の絶えない和やか空気に包まれていると、輝男の制服のブレザーのポケットから振動音が鳴り出した。
輝男はすぐに、ポケットからスマートフォンを取り出し、電話に出る。
『あぁ、天江君、私だけど……』
スマートフォンの向こうから女性の声が聞こえて来る。
「どうしたんですか?」
『天江君、今、何か大事な用事でもある?』
「いえ、別にありませんが……」
『悪いけど、今すぐ、保健室に来てくれない。荷物持ったままでいいから』
そう言うと、向こうの方から通話を切る音が聞こえて来た。
電話が切れたのを確認すると、輝男は再びスマートフォンをブレザーのポケットにしまう。
「先輩、どうしたんですか?」
さっきの通話を傍観していた七海が訝しげにたずねると、
「ごめん、皆、これからちょっと大事な用事があって保健室に行くから」
輝男は半ば申し訳なさそうに言って、一人、その場を去って行く。
階段を下りていく輝男の後ろ姿を見つめると、
「もしかして……!?」
理華と葵は確信めいたかのように一斉に声を揃える。
◇ ◇ ◇
保健室のドアが外側から開かれる。
「先生、入りま…」
ドアの向こうから輝男が挨拶しながら部屋に入ろうとする。
しかし、挨拶を言い終えず、一歩だけ部屋の中に足を踏み入れた途端、
「もう、遅いよ、輝ちゃん!」
小春が突進でもするかのように駆け寄って来た。
「お義兄ちゃんったら、終わったなら終わったで、さっさと来ればいいのに」
すかさず、瑠奈が小春の横につきながら、部屋に入りかけた義兄を詰る。
真正面から詰め寄る二人にたじろぎながらも、室内の様子を見渡す輝男。
室内では、待ちくたびれたかのように長椅子に並んで腰を下ろす純と七瀬、机の傍で立っている静流、そして、椅子にもたれながら呆れ顔でため息を付く真白の姿があった。
「み、皆、どうしたの……?」
唖然としながら輝男がたずねると、
「この娘たち、体育祭が終わったさっさと帰りなさいって言ったけど……
天江君と一緒じゃないと嫌だって言って聞かなくて……」
真白が呆れ果てながら言葉を返す。
真白の説明を聞くと、輝男は途方に暮れたような顔を見せながら、保健室内に入る。
「…ったく、君たち、もう用は無いんだから、さっさと帰りなよ」
輝男が呆れながら帰宅をうながす言葉をかけると、
「お兄さんと一緒だったら、今すぐ帰ってあげる」
横から抱き付いて来た純が、嬉々とした面持ちで輝男に言い返す。
「純、何、抜け駆けしてんの!?」
「アンタ、今すぐ離れないとマジでしばくよ!」
瑠奈と小春が純に向かって憤怒の声を上げると、
「本当なら、既に帰るべきなのですが、皆様がいるとなると、どうして足が重くなりまして……」
「私、輝男さんとは本当にご無沙汰だったので……その……」
静流と七瀬も輝男と一緒にいたい気持ちを言う。
「もう、いい加減にしなよ!
輝ちゃんは、これから、アタシと一緒に体育祭で優勝した祝勝会をすることになってんだから!」
「見え透いた嘘、つくな! この不良ブス!」
「どうせ、お兄さん独り占めして、好き放題にエッチしまくるくせに!」
輝男に向けた小春の申し出に瑠奈と純がすぐに噛みつくと、
「そうよ! 午後になってやっと顔をして来たただのギャラリーが何を偉そうなことを言ってるの!?」
入口の方から、小春に向かって鋭く張り上げる声が聞こえて来た。
輝男たちが入口の方を振り向くと、葵がいつも見せるような鋭く厳しい表情で部屋に入ってきた。
「体育祭に足を運んで来てくれたことは感謝するけど……
あなたなんかの応援なんか無くても、私たちは優勝できたんだから。
それに、ルールを無視して未だに校内に居座っている上に、勝手に祝勝会云々言うなんて……
明朝学園高校の生徒を代表して、そんなわがままは絶対に受け入れられないわ!」
「ふざけんじゃないよ! 女王様でも何でもないくせに超上から目線で言って……!」
互いに鋭くにらみながら激しく言い合う葵と小春。
その傍では、既に保健室に入っていた七海が、七瀬と純の手を引っ張って部屋を出ようとする。
「七瀬、それに純ちゃん、お願いだから、これ以上、お姉ちゃんに恥ずかしい思いをさせないで」
「え――? 体育祭でカッコよく頑張ったお兄さんと久しぶりにエッチしたかったのに」
「ちょ、ちょっと純ちゃん、こんなところで本音を言わないで」
「そんなの、私だって……って何、言わせるの!?」
親友の義兄との久方ぶりのセックスを望む純に、七瀬も七海も羞恥に顔を赤らめる。
一方、肝心の輝男は、激しい言い争いをやめない葵と小春の間で、明らかに途方に暮れている。
(まったく……葵のヤツ、すっかり火に油を注いで……!)
どうしようも無いと言わんばかりに内心、深く嘆息する輝男。
すると、左右両脇から、何者かの腕が輝男の腕に絡み付いて来た。
左右からの腕の感触を認め、両脇を振り返ると、
「輝男君、今の内に帰りましょう」
「祝勝会でしたら、私の方で場所を用意させてもらいますわ」
桜月と静流が左右から絡み付きながらヒソヒソ声で輝男に呼びかける。
そのまま輝男を連れ立って部屋を出ようとすると、
「もう、ひどいよ、桜月さんまで抜け駆けして!」
輝男の背中に瑠奈が抱き付きながら苦言めいた声を上げる。
すると、
「あ―――! アンタたち、何、アタシの輝ちゃん、ぶん捕ってんのよ!?」
「日向さん、いくらあなたでも、そんなルール違反は許せないわ!」
桜月と静流の動きに気付いた小春と葵が、口論をやめて桜月と静流に食って掛かる。
と、次の瞬間、
「頼むから、もう皆、やめてくれ!」
これ以上は我慢できないと言わんばかりに、輝男が制止をうながす叫びを上げる。
輝男の今の叫びに、一同は一瞬にして、水を打ったように静まった。
桜月と静流、そして、瑠奈が抱擁を解くと、輝男は改めて一同と向き合う。
「君たちの気持ちはよくわかるよ。
でも、そのために、こんなところで下らない騒ぎを起こすのだけはやめてくれ。
それに、先生の言う通り、体育祭を見に来ただけなら、そのまま帰るべきなのに……」
体育祭が終わったのになおも校内にい続け、こうして自分にまとわりつく瑠奈、小春、静流、それに純、七瀬に向かって、苦言を言わずに言われない輝男。
何度も体を重ね、絆を結んでいるのに…否、絆を結んでいるからこそ、あえて厳しい態度に臨もうとする。
わずかの間の気まずい沈黙の後、小春がゆっくりと口を開く。
「……だって、ただ体育祭を見に来ただけで、アタシが満足するとでも思ってるの?」
やや恥ずかしそうに頬を赤らめながら小春が反論すると、
「お兄さんが大した結果を出してなかったから、そのまま帰ったかもしれないけど……
メッチャカッコよく活躍した上に、チームを優勝させたとなったら、どうしても放っておくわけにはいかないじゃない」
「皆様がそのおつもりでしたら、私も皆様と一緒にいなければいけないと思いまして……」
純と静流も、小春に同調するかのように率直な気持ちを輝男にぶつけようとする。
「本当のことを言うと、私も優勝の喜びとさっきのリレー競争の熱気が全然、鎮まらなくて……」
「皆が輝男君の頑張りに心を打たれたのに、私だけ引き下がるのも何だか口惜しくて……」
「先輩……私も…です……」
小春、静流、純に煽られてか、葵、桜月、七海も、輝男と一緒にいたい気持ちを噴き出してしまう。
彼女たちの率直な気持ちを前に、輝男はどうしようもないと言わんばかりに愕然とし、言葉を失う。
正直な話、徒競走や綱引きよりも更に困難を要する事態がすぐ間近にあることを、否が応にも思い知ってしまう。
「天江君、どうするつもりなの?」
椅子に腰かけたままの真白が両腕を組みながら輝男を問い詰めようとすると、
「君も男なら、ちゃんと責任を取りなさい」
いつの間にか保健室内に入り、輝男の背後に立っている理華が厳しく声をかける。
輝男は一瞬、背後にいる理華の方を振り返った後、改めて正面に向き合う瑠奈や桜月たちを見る。
少女たちは皆、すがるような面持ちと乞うようなまなざしで輝男をまっすぐにとらえている。
自分を求める気持ちを率直にぶつけようとする桜月たちに、輝男はなすすべが無いといったような面持ちで言葉を失う……