※この作品はR-18です。

天江輝男の日常   作:原野イアン

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千早・絶対絶命

 青春中央駅南口に面する並木通りに木枯らしが吹き付ける。

 強めの寒風が枯れ木を揺らし、近くにあるGTT・青春校の建物にも吹き付けられる。

 GTT・青春校内の廊下にある掲示板に、一枚のA4サイズの用紙が貼られている。

 用紙の見出しには、

 

 20xx年度 第8回全校総合学力診断テスト総合順位表――

 

 と、大書で記されている。

 見出しの下には、テストで上位の成績を収めた者が第一位から順に表記されている。

 

 第一位 鬼頭 良真(GTT・青春校)――

 

 第五位 稲田 千早(GTT・青春校)――

 

 と、当予備校に通う受講生二人が、一位、五位と高い成績を収めている。

 そして、一番下には、

 

 第十五位 天江 輝男(GTT・青春校)――

 

 と、輝男の名前が記されている。

 掲示板の設置場所の向かい側にある小部屋で、輝男は背広の男と机越しに一対一で向き合っている。

 男の手元には一枚の書類があり、そのコピーが輝男の手元にある。

 

 「努力の賜物か偶然かわからんが……

 恐らく、偶然の方が強いだろう……」

 

 男は冷やかに輝男を見据えながら、淡々とイヤミったらしく話を切り出す。

 

 「今回の学力診断テストでは、君は、GTT全校の全受講生の中で十五番目に高い成績を収めている。

 第一志望として東大を選んでいるが、今回のテストの成績では、ギリギリで合格圏内に入れる…と言ったところか」

 

 「本当ですか?」

 

 講師と思しき背広の男の今の言葉に、輝男はさほど感銘を受けた様子を見せない。

 ねぎらいや激励を一かけらも見せない男の態度に、輝男もそれ相応の態度を見せる。

 男は淡々とした面持ちで輝男を見据えながら、話を続ける。

 

 「ただし、GTT全校の中で上から十五番目、ギリギリ東大合格圏内とはいえ、それで安心せんでもらいたい。

 あくまで今回の君の成績は、GTTというごく狭い世界の中でしか通用せん。

 今回、東大を受験するGTT全校の受講生は、全国の東大受験生の中のほんの一握り、1%未満でしかない。

 全国すべての東大受験生にも今回のうちの学力診断テストを受けさせれば、君など二十位圏内はおろか、百位に達することもかなわん」

 

 淡々としつつも、傲然としたまなざしで輝男をにらむ男に、輝男も自ずと厳しい表情を見せる。

 言っていることはもっともかもしれないが、意図して輝男をさげすむかのような言い方で話しかけているように見受けられる。

 

 「今後は、余計なことは一切、自分の頭の中から排除し、東大受験、東大合格だけを考えて日々の勉強に励みたまえ。

 もし、ほんの些細な気の緩みや油断が生じれば、その時点で東大合格は絶望的だと肝に銘じたまえ」

 

 「はい、わかりました」

 

 高所から見下すような言い様で言ってくる男に、輝男は努めて感情を押し殺しながら応じる。

 頭からさげすみ、高所から頭を抑え付けるような男の態度に、正直、不快な気分に襲われている。

 しかし今は、努めて感情を抑え、男とまっすぐ向き合う。

 間も無くして席を立ち、一礼すると、輝男は小部屋から出て行く。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数日後――

 

 輝男は学校の制服姿でGTT・青春校の教室に入った。

 学校を終えたその足で、予備校の講義を受けるためである。

 既に教室内には、他の受講生の姿がちらほら見受けられる。

 その中には、輝男より若干高い背丈をし、七三分けに整った短い黒髪を端整な容姿に備えている少年が、聖清学院高校の制服を着ながら腰を下ろしている。

 鬼頭良真(きとう・りょうま)だ。

 輝男は、手前の席に腰を下ろす鬼頭良真の姿を一瞥するも、さほど気に留めた様子を見せない。

 やがて、一人、また一人と受講生が次々と入って行く。

 輝男が教室内に入って五分もしない内に、教室内はほぼ満席となっている。

 輝男はカバンからテキストとノートを取り出し、準備を進める。

 講義を受ける準備をしながらも、教室内をあちこち見渡す。

 間も無くして、輝男は心配そうな面持ちを見せる。

 

 (また、今日も来ていない……)

 

 内心、不安げにつぶやく輝男の脳裏に、一人の少女の姿が浮かび上がる。

 

 黒のショートヘアに影を帯びた鋭く端整な美貌――

 

 (千早のヤツ、一体、どうしたんだ……?

 今まで、予備校の講義をサボることなんて無かったのに……)

 

 ただ一人、この場にいない稲田千早を脳裏に浮かばせ、彼女の不在に言い知れぬ不安を募らせる。

 すると、教室の正面ドアから、講師である背広の男が入って来た。

 輝男は、内心、わき上がる憂いを抑えながら、他の受講生と共に講義に臨む。

 

 

 四時間ほど経った頃――

 

 漆黒の夜空が見下ろす中、GTT・青春校の正面入口から、受講生たちが次々と出て来る。

 今日一日の講義を終え、帰途に着こうとしている。

 予備校内の廊下の隅で、輝男は壁に背もたれしながらスマートフォンで電話をしている。

 スマートフォンの向こうからは、呼び出し音がむなしく繰り返されるだけだ。

 

 (もう、何回も電話をかけているのに出て来ないなんて……)

 

 スマートフォンを手にしたまま、憂鬱に表情を重くさせる輝男。

 今、輝男の脳裏には、予備校で千早と何度も一緒だった時のことが克明によみがえる。

 千早の不在と不通に、輝男は言い知れぬ不安を募らせる。

 すると、

 

 「おい、お前、こんなところで何、してるんだ?」

 

 正面の方から誰かが呼びかける声が聞こえて来た。

 輝男は今の呼びかけを聞くと、通話をやめ、スマートフォンを制服のブレザーのポケットにしまう。

 正面の方を向くと、黒の学ランを着た輝男と同い年くらいの少年が訝し気な顔で立っていた。

 

 「お前こそ、俺に何の用だ?」

 

 「いや、ただずっと電話してたから変だな…と思って」

 

 「お前には関係無い野暮用さ」

 

 同じ受講生ではあるが、さほど面識も交流も無い学ランの少年に、輝男は素っ気なく言う。

 すると、少年は、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 「ところでさぁ、お前にちょっと見せたいものがあるんだよ。

 もしかしたら、お前も既に入手済みかと思うがな……」

 

 そう言いながら、少年はスマートフォンを操作し出した。

 間も無くして、自らが操作したスマートフォンを輝男に見せる。

 少年が見せたスマートフォンのディスプレイを覗き込むように見る輝男。

 途端、輝男は信じられないと言わんばかりに驚愕の表情を見せる。

 輝男が見つめる先には、後ろから羽交い絞めにされながら、白のブラウスを左右に引き裂かれる少女の姿が克明に映し出された。

 悲痛の極みに美貌を歪めるその少女は、特徴的な黒のショートヘアーをしている。

 ブラウスを引き裂かれ、シンプルな白のブラジャーに覆われた美乳を心ならずもさらされる少女を見ると、

 

 (ち、千早……!?)

 

 輝男は、内心、驚愕の念を叫ぶ。

 

 『イヤ―――! ヤダ―――! やめて―――!』

 

 スマートフォン内のモニターの中で、後ろから抑え付けられ、イヤイヤとその身を左右に振りながら、千早が泣きながら悲痛の声を上げる。

 すると、

 

 『バァカ! やめてと言われてやめるくらいなら、最初からしねぇよ!』

 

 あからさまな音声加工を施された声が、千早の悲痛を平然と嘲笑する。

 

 『お前みたいな万引き、カンニング野郎なんか、誰が助けるかよ!』

 

 『学校の面汚しでしかないてめぇなんか、俺たちの肉便器になる以外に存在価値なんてねぇんだよ』

 

 『校長や教頭の腐れチ〇ポを受け入れたんだから、俺たちのチ〇ポも余裕でいけるよな』

 

 抑え付けられたままの千早を取り巻く男たちが、口々にあざけりの言葉をかける。

 学校の制服を着用しているが、顔も声も誰であるのかわからないくらいにぼかされている。

 ただ一人、千早だけが、顔をさらされたまま胸を鷲づかみにされて揉みしだかれている。

 一方的、かつ、強引に揉みしだく魔手に、千早は苦痛の度合いを増す。

 輝男は、目の前に突き付けられた凌辱映像を見ると、すぐに学ランの少年の胸倉をつかむ。

 

 「おい! これはどういうことだ!?」

 

 辺りに響き渡るくらいの怒号を上げながら、少年を問い詰めようとする輝男。

 輝男からの突然の怒りを真正面からぶつけられ、少年は驚き、戸惑う。

 

 「お前、この映像を知らなかったのかよ?」

 

 「そんなことより、どうして、お前がそんなものを……!?」

 

 戸惑う少年に向かって、輝男は怒気を孕みながら問い詰める。

 絆を結んだばかりの少女の忌まわしい過去を突き付けられ、我を忘れたかのように怒りを爆発させる。

 すると、学ランの少年は、自分の胸倉をつかむ輝男の手を何とか振り払う。

 

 「俺だって詳しくはわからねぇよ」

 

 「わからないはずはないだろ!」

 

 「俺だって、他のヤツらから見せられて知ったんだから」

 

 「お前にこの映像を見せたのは一体、誰だ?」

 

 「多分、ここの予備校の連中の大半には広まっているぜ」

 

 少年の今の返答を聞くと、輝男は愕然としたまま、その場に立ち尽くす。

 怒ることも驚くことも忘れ、ただ唖然とするばかりである。

 大学受験本番まで二カ月あるかないかと言うこの時期に襲って来たまさかの事態に、輝男は愕然とせずにいられない……

 

 ◇ ◇ ◇

 

 曇天の空が、街の中心部から外れた住宅街を見下ろす。

 輝男は今、青春中央駅から東に十キロほど離れた住宅街を歩いている。

 千早の凌辱映像を突き付けられた翌朝、本来、行くべき予備校ではなく、遠く離れたこの住宅街を歩き続けている。

 しばらく歩くと、簡素なたたずまいをした二階建てのアパートの前に立つ。

 入口ドアが居並ぶアパート一階の端に歩を進め、ドアの横の呼び鈴を押す。

 二、三回、繰り返して押すが、ドアの向こうから何の反応も無い。

 一呼吸、間を置いた後、ドアノブに手をかけると、ドアが少しだけ動いた。

 ドアを開けると、そのまま中へと入る。

 ドアの向こうには、綺麗に整理整頓されている部屋が広がっているが、明かりが消えたままだ。

 奥の窓にはカーテンがかけられ、日の光をさえぎっている。

 部屋の中に足を踏み入れ、二、三歩、歩を進めると、隅の壁際に、何者かがしゃがみながらうずくまっているのが見えた。

 目を凝らして見ると、闇の中でもハッキリとわかる艶やかな黒のショートヘアと陰鬱の極みにある美貌が認められる。

 部屋の隅に一人、うずくまる者の姿を認めると、輝男は構わず部屋の明かりをつける。

 明かりが部屋の中を煌々と照らすと、隅にうずくまっていた者は、ハッと驚きながら顔を上げた。

 突然にともった部屋の明かりに驚くと、すぐ目の前に立つ輝男に目を向ける。

 

 「あ、天江君……」

 

 驚き、戸惑いに満ちた面持ちで輝男の名を呼ぶと、千早はよろよろと腰を上げた。

 陰鬱で覚束ない顔を見せながらも、輝男とまっすぐ顔を合わせる。

 千早の目には、真剣な表情を見せながらまっすぐ見つめる輝男の顔が否応なく映る。

 

 「千早……どうして、このところ、ずっと予備校をサボってるんだ……?」

 

 輝男は真剣な表情を崩さずに、千早に向かって肝心なことをたずねる。

 輝男の今の問いかけに、千早は沈痛な面持ちを見せながら口をつぐんでしまう。

 沈痛な面持ちを見せながらうつむく千早を見ると、

 

 「やはり……例の動画のせいか……?」

 

 輝男は千早をまっすぐ見つめながら、真剣な調子で改めてたずねる。

 輝男の今の問いかけに、千早は目をそらしたまま何も言おうとしない。

 しかし、数分程、重苦しい沈黙が続いた後、無言で首を縦に振る。

 輝男は、目の前で弱々しく首肯する千早を見て、昨晩、同じ予備校の受講生に見せられた千早と思しき少女が犯される動画を思い出してしまう。

 

 「詳しく教えてくれないか?

 君が予備校をサボってることとあの動画との間に、何の関係が……?」

 

 真剣な表情を厳しくさせながら、千早に問いただそうとする。

 またも、重苦しい沈黙が輝男と千早の間を覆う。

 どのくらい時間が経ったかわからないが、息が詰まるような沈黙の後、千早がうつむいたまま、ゆっくりと口を開く。

 

 「この前の全校総合学力診断テストが終わったすぐ後……鬼頭君が……?」

 

 「鬼頭が……? アイツがどうかしたのか……?」

 

 輝男がたずねようとすると、沈痛な面持ちを悲痛に歪ませながら、わなわなと身を震わせる。

 身を震わせ、歯を食いしばり、何かをこらえるかのような千早を見て、輝男はすぐに、彼女をさいなむ屈辱と悲痛、そして、怒りを認める。

 

 ……

 

 一週間程、前――

 

 GTT・青春校の教室から、他の受講生に混じって千早が出て来る。

 一人、また一人と出て行く教室内の黒板には、“第8回全校総合学力診断テスト”という文字が白チョークで大きく記されている。

 教室を出て、階段に差し掛かろうとした途端、

 

 「おい、稲田」

 

 後ろから千早に呼びかける声が聞こえて来た。

 千早が振り返ると、鬼頭良真が千早をまっすぐ見据えながら立っていた。

 

 「どうしたの? 鬼頭君」

 

 「君に大事な話がある。ちょっと付き合ってくれ」

 

 冷淡に千早を見据えながら、千早に向かって用件を告げる鬼頭良真。

 間も無くして二人は、階段とは正反対の方向にある廊下の奥で向き合っている。

 

 「何なの? 大事な話って」

 

 平素の表情で鬼頭に向かってたずねる千早。

 すると、鬼頭は千早を冷たくにらみながら口を開く。

 

 「稲田、今すぐ予備校をやめて、東大受験を諦めろ」

 

 淡々としつつもさげすむような調子で、到底、受け入れがたい要求を平然と言って来る。

 千早は鬼頭の今の要求を聞くと、一瞬、愕然とした後、厳しい表情で彼をにらむ。

 

 「あなた、何、ふざけたことを言ってるの?

 東大入試まで二ヶ月ちょっとだと言うのに、このタイミングで諦めろだなんて……!」

 

 当然のように、怒りを込めた口調で拒絶の返事を言う千早。

 しかし、鬼頭は動じるどころか、一層のさげすみを込めた冷たいまなざしで千早をにらみ続ける。

 

 「君のようなヤツがこのまま東大受験のための勉強を続けていると、俺も他のヤツらもとても迷惑なんだ。

 少なくとも、この俺が無事に東大に受かるためには、君にすぐに東大受験から手を引いてもらわないと困る」

 

 「そんな勝手な都合で、東大受験を諦めるなど、死んでも受け入れられないわ。

 私、中学の頃から、東大を目指して一生懸命、頑張ってきたのに」

 

 「君の頑張りなど、俺や他の連中にとっては目障りなものでしかない」

 

 「鬼頭君、あなた、今、自分が何を言ってるかわかってるの?

 もし、他の人があなたに同じことを言ったら、あなたは喜んで受け入れられるわけ?」

 

 身勝手、かつ理不尽に強要する鬼頭に、千早は当然とも言うべき言葉を返す。

 しかし鬼頭は、なおも冷たく、傲然とした態度を千早に見せ付ける。

 自らの卑劣さを棚に上げ、あくまで千早に非を求めるかのような態度を崩そうとしない。

 すると、着ていたジャンパーのポケットからスマートフォンを取り出した。

 スマートフォンを操作すると、千早の目の前にスマートフォンのディスプレイを突き付ける。

 ディスプレイに突き付けられたものを見た瞬間、千早は驚愕の表情を青ざめさせる。

 ディスプレイ内のモニターには、制服姿の千早が、真上から頭を抑え付けられながら、裸の股から突っ立つ一物をくわえさせられる姿が映し出されている。

 

 『あぐぁっ! んぐぉっ! んぅぐっ……!』

 

 映像内の千早は、餌付くようなうめき声を上げながら、非道なイラマチオを強いられている。

 さっきまで怒りに顔を赤らめていた千早は、今や、血の気が引いたかのように顔を青ざめさせている。

 心の奥底に封じたかった忌まわしい過去の一端を突き付けられ、その場に立ち尽くすのに精一杯である。

 

 「君は、前にいた学校で定期テストでのカンニングと万引きを重ねたそうじゃないか」

 

 呆れ果て、さげすむような口調で、鬼頭が言葉をかける。

 今の鬼頭の言葉に、千早はハッと我に返る。

 我に返った千早に向かって、鬼頭は千早の凌辱動画を表示したスマートフォンを突き付ける。

 

 「悪事の当然の報いとして、君はこうして罰を受けている」

 

 「違うわ! カンニングも万引きも、私を陥れようとした嘘のでっち上げ…」

 

 「本当に悪いことをしたヤツほど、そういう見え透いた嘘を平気で言えるものだ」

 

 鬼頭の冷淡な一言が、千早の痛切な弁明をはね付ける。

 その間にも、映像内の千早は、更なる恥辱にさいなまれている。

 端整な美貌におぞましい白濁をかけられた後、背後から制服姿の男に裸の腰を強く打ち据えられる。

 

 『へへっ、初物じゃねぇのがムカつくが、これはこれで楽しませてくれそうだぜ』

 

 背後から千早を犯す男は、軽薄な口調で声を上げる。

 顔にはボカシがかけられ、声もかなり加工が施され、誰なのかわからないようになっている。

 いずれにせよ、画像内の千早は、望まざるレイプを受け、悲痛の極みにある。

 

 『イヤ―――! ヤダ―――! やめてぇ――――!』

 

 背後から犯され、耳をつんざくような声で泣き叫ぶ千早の口を裸の肉の棒がふさぐ。

 真正面から肉の棒をくわえさせられた別の男が、真上から千早の頭を抑え付け、イラマチオを強いる。

 鬼頭は、スマートフォンに映し出されるレイプ動画を突き付けながら、千早を冷やかににらむ。

 

 「これを他の連中にバラまかれたくなかったら、二度と俺たちの前にその汚い顔を見せるな。

 そして、東大受験などすぐに諦めて、その辺の道端でみじめに野垂れ死にでもするがいい」

 

 吐き捨てるような口調で脅しの言葉を繰り返し言う鬼頭。

 目の前で愕然と立ち尽くす千早は、自分に突き付けられた忌まわしい過去にショックを受け、呆然自失となっている。

 鬼頭の今の脅しが、ちゃんと耳に入っているかどうかわからないといった様子だ。

 少なくとも、自分がどうしても隠したかった一番の心痛が、他の者に公然と知られたことだけはハッキリと理解している……

 

 ……

 

 輝男はアパートの一室で千早と向き合っている。

 悲痛の極みにあるかのように陰鬱な面持ちをうつむかせる千早を前にして、愕然とした面持ちで立ち尽くす。

 

 「まさか……アイツがそんなことを……!」

 

 驚き、かつ、信じられないといった様子でつぶやく輝男。

 しかし、すぐに、怒りに険しくさせた表情を千早に見せる。

 

 「わかった……。鬼頭は……ヤツのことは俺に任せろ……!」

 

 努めて感情を押し殺しながら、千早に向かって言葉をかける。

 すると、

 

 「やめて」

 

 真正面から制止をうながす一言がかけられる。

 千早は陰鬱な面持ちを崩さずに、輝男をまっすぐ見つめる。

 

 「やるだけ無駄なことなんてやめて」

 

 「何、言ってんだ!?

 アイツがあんな卑怯なやり方で君を苦しめているのに、黙っていられるか!」

 

 重ねて自重をうながす千早に、輝男は怒りに声を上げる。

 千早を前にしているが、彼女に卑劣な脅しをかけた同じ受講生に対する怒りを爆発させているのは火を見るよりも明らかだ。

 すると、

 

 「天江君一人で、何ができると言うの!?」

 

 千早が感情を爆発させながら、輝男に言葉を返す。

 輝男は今の一言に驚きながら、千早と改めて向き合う。

 千早は泣き出すのをこらえるかのように、わなわなと身を震わせている。

 

 「鬼頭君があの動画を手にした以上、他の人にも既に例の動画は広まっているわ。

 鬼頭君一人を相手にしても、どうにかなるものじゃない。

 それこそ、予備校の通う皆をどうにかしない限り、絶対には解決できないわ。

 例え、仮に解決できたとしても、“例のこと”を皆が忘れることなんて、決して…」

 

 「でも、このままだと、君は一生、泣き寝入りを強いられるだけだ」

 

 既に起きてしまった最悪の事態に悲嘆する千早に向かって、輝男はすぐに言葉を返す。

 千早の悲痛に共感し、彼女を苦しめる者たちへの激しい怒りを隠そうとしない。

 

 「一番の加害者が平然とのさばり……

 最も苦しめられ、救いの手を差し伸ばさねばならない被害者が、他の誰よりもむごい仕打ちを延々と強いられ続ける……

 他はどうあっても、それだけは絶対に受け入れられない。

 だから、ヤツのことは、何としてでも片を付けないと……!」

 

 千早の窮状を通して、世の不条理に対する憤りを続けて叫ぶ輝男。

 千早は、輝男の今の憤りを目の当たりにしつつも、陰鬱を晴らそうとしない。

 輝男が共感してくれることを認めつつも、それだけではどうにもならないことを痛感しているからだ。

 陰鬱な形相を見せたまま何も言い返さない千早を前に、輝男はそのまま言葉を続ける。

 

 「正直、君の気が済む結果にはならないかもしれないけど……

 これ以上、君を苦しめるようなことは、絶対にさせないから……」

 

 真剣な表情を厳しくさせながら輝男が言うと、

 

 「天江君……あなたも今、大学受験で一番、大変な時期なのに……

 どうして、わざわざ、私のために骨を折ってくれるの……?

 それも、大学受験のための勉強をほったらかしてまで……」

 

 千早は、陰鬱な形相で申し訳無さと気まずい思いを重ねて言う。

 

 「確かに、今が一番大変だし、大事な時期だけど……

 仲間が…友達が苦しんでいるのをほっといて勉強に打ち込むことなど、どうしてもできない。

 友達を見捨て、見殺しにして東大に受かるくらいなら、友達を助けて東大に落ちた方が、俺としてははるかにマシだ」

 

 わずかでも揺るがない真剣な口調で、輝男は千早に言い返す。

 途端、千早は感極まったかのような表情を見せると、すぐにその場でくずおれた。

 へたり込むように膝をつき、うな垂れながらすすり泣きを上げる。

 泣き顔を見せまいと、顔を重く下げる千早を、輝男は黙って見つめる。

 やるせない表情を見せる輝男の前で、千早はすすり泣き続ける。

 最も隠したかった古傷、忌まわしい過去をほじくり返された悔しさ、悲痛と、本気で自分に救いの手を差し伸ばそうとする輝男への嬉しさが、千早の中で混ざり合って、今の涙となっている。

 自分を苦しめ、陥れようとする者たちへの怒りに表情を険しくさせていた輝男は、目の前で泣き崩れる千早を見て、神妙な面持ちを見せる。

 なおも悲しみが止まない千早を、そっと優しく抱き締める。

 そのまま時が経つのを忘れ、千早が泣き止むまで、輝男は彼女を優しく抱き続ける……

 

 ◇ ◇ ◇

 

 GTT・青春校を夜空が見下ろす。

 教室の窓に夜空が広がって見える中、受講生たちは一人、また一人と席を立ち、教室を後にしていく。

 今日一日の授業を終え、帰途に着こうとする。

 教室中央の席で腰を下ろし、講義を受けていた鬼頭良真も、一人、席を立ち、帰り支度をする。

 支度を終え、教室を後にしようとすると、

 

 「おい、鬼頭」

 

 背後から鬼頭に呼びかける声が聞こえて来た。

 鬼頭が振り返ると、輝男が厳しい表情を見せながら立っていた。

 

 「大事な用事があるから、ちょっと付き合ってくれ」

 

 努めて感情を押し殺しながら用件を告げる輝男に、鬼頭はフンと鼻であざ笑う。

 無感情ではあるが、さげすむような態度を隠そうとしない。

 

 「君如きに付き合う必要などない。俺にとって時間の無駄だ」

 

 すぐに拒絶の返事を冷淡に言うと、

 

 「いいから付き合え……!」

 

 輝男が真正面からキッとにらみ付けながら、絞るような声で重ねて要求する。

 鬼頭の左腕を片手で力一杯につかみ、彼を放すまいとする。

 

 「放せ。何のマネだ?」

 

 「お前がちゃんと言うことを聞いてくれれば、悪いようにはしない」

 

 輝男は鋭く見据えながら、鬼頭に向かって言葉を返す。

 あくまで自分を手放すまいとする輝男に、鬼頭は、不快感と呆れた気持ちを混ぜ合わせたかのような苦い表情を見せる。

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