空を舞う粉雪が、タワーマンションの周りを覆う。
マンション十回にある天江家のリビングで、真純と理華がテーブル越しに向き合っている。
カップに注がれた紅茶を一口、二口飲むと、真純が口を開く。
「義息(むすこ)の学校の成績はどうなってますか?」
「今の状態をキープすれば、学校の方は無事に卒業できます」
「そうですか。それを聞いて、安心しましたわ」
理華からの返答に、真純は安堵したような表情を見せる。
「ところで、輝男君、こっちでの勉強の方はどうなってますか?」
「相変わらず、予備校や自宅で毎日、勉強漬けです。
ご飯とお風呂以外はろくに息つく暇も無く、差し入れにも手を付けない日が何度もありまして……
日付が変わった後でも、中々、布団に入らず……
本番に入る前に体を壊してしまわないか心配でなりません」
理華からの問いかけに、真純は心配そうに表情を曇らせながら返答する。
そのまま深くため息を付くと、すぐに話を続ける。
「……それと、この前、予備校の方で一悶着、起こしたみたいで……」
義息にまつわる憂いを口にする真純に、理華は神妙な面持ちを見せる。
千早の件で鬼頭良真と衝突したことを言っているのだろう。
真純の今の言葉を聞くと、理華は飲みかけの紅茶を一口、二口、飲む。
「彼のことですから、自分から面倒な問題を起こすことは無いかと思われますが……」
「この前のその一悶着が、義息(むすこ)の受験に悪影響を及ぼさないか、気が気でなりません……」
憂慮を重ねて言う真純に、理華はつい口をつぐんでしまう。
義母に勝るとも劣らないくらいに、クラス担任として、輝男のことを深く心配する気持ちを見せ付ける。
飲みかけの紅茶を飲み干すと、真純をまっすぐ見据えながら口を開く。
「どうしても、大学受験に合格するためには、一人きりだとやはり無理がありますから……
自分がどの程度の学力レベルかを見極めるためにも、本番さながらの模擬試験を受けるためにも、やはり、予備校か塾に通わなければいけないのは仕方ありません。
でも、その予備校でちょっとでも人間関係でトラブルを起こせば、最悪、受かれるはずの大学入試に落ちてしまう可能性も考えられますから。
受験勉強、テスト等に加えて、人間関係がストレスやプレッシャーをもたらすようなことがあれば、さすがの輝男君でも……」
「私や義娘(むすめ)の前では、今までと変わらずに接していますが、内心は受験勉強でかなり疲れていて、神経もすり減っているのではないかと……」
理華と真純は、共に輝男に対する憂いを口にしながら、憂いを帯びた面持ちで向き合う。
すると、二人は共に口をつぐみ、重苦しい沈黙がリビング内を覆う。
しかし、わずかな沈黙が続いた後、理華が固く閉ざした唇を開く。
「真純さん、ここは私たちで輝男君を元気づけてあげましょう」
理華からの呼びかけを聞くと、真純は彼女とまっすぐ向き合う。
「せっかくのクリスマスなのに、勉強漬けで神経がすり減ったままでいるのも可哀想ですし」
「そういうことでしたら、喜んで協力して差し上げますわ」
理華の申し出に、真純はようやく笑みを見せる。
真純の笑みに、理華も柔らかな笑みで応じる。
「それから……どうせなら、日向さんや黒山さんもご一緒させてもらえないでしょうか?
彼女たちも、受験勉強でかなり疲れてるみたいですから」
「えぇ。多い方が、私もやり甲斐がありますから」
重ねて申し出る理華に、真純は笑みを浮かべながら快諾する。
粉雪が舞うクリスマスの日中、和やかに相談する真純と理華。
二人の企みを、当の輝男たちは、当然ながら知る由も無い。
◇ ◇ ◇
GTT・青春校の周りを、粉雪が絶えず舞う。
建物二階のレストルームで、輝男と千早はテーブルを挟んで向き合い、昼食の弁当を食べている。
「稲田、あれから問題は無いか?」
「うん。今のところは何も……」
「そうか……」
輝男と千早はそう言葉を交わすと、昼食を再開する。
普通に弁当を食べている二人からは、何一つおかしい様子は認められない。
つい先日、千早が前の学校で強いられた辱めを撮った動画が、鬼頭良真をはじめ、他の受講生たちにバラまかれたが、そのことに対する悪影響は、今は、輝男たちの周囲ではまったく認められない。
冬休みに入ったクリスマスのこの日、輝男と千早は、他の受講生たちと一緒に初めから講義を受けており、今、昼の休憩に入っているところだ。
滞りなく昼食は進み、弁当も空になっていく。
すると、輝男が着ているジャンパーのポケットから振動音が鳴り出した。
輝男はポケットからスマートフォンを取り出し、電話に出る。
「もしもし…」
『あぁ、天江君。今、何してるの?』
「何って、予備校で昼の休憩を取ってる最中ですよ。
それより、先生、何の用です?」
電話の向こうからたずねて来る女性――理華の声に、輝男はすぐにたずね返す。
『今日の予備校の講義、いつまでやるの?』
「七時までですけど、それがどうかしましたか?」
『そちらの講義が終わったら、あなたの家でちょっとした食事会をするから』
「食事会? どうして、わざわざうちで?」
『クリスマスなのに、ずっと勉強漬けだけとキツイから、少しくらいは元気づけてあげようと思って』
思わず首を傾げる輝男に、電話の向こうの理華は嬉々とした調子で言葉を返す。
『ちょっとばかり長めの晩御飯を食べるくらい、別に支障はないでしょ?』
「まぁ……確かにそうかもしれませんが……」
電話越しに続けて言葉をかける理華に、輝男は半ば呆れたかのように言い返す。
すると、
『確か、そっちに稲田さんもいるだろうから、彼女も連れて来てあげて』
電話の向こうから言って来る理華の呼びかけに、輝男は思わず顔を赤らめる。
「い、稲田もですか……!?」
『受験勉強疲れを癒すためのクリスマスディナーをやるのに、まさか、彼女を仲間外れにするわけにはいかないじゃない?』
電話の向こうで言って来る理華に、輝男は恥じらいに顔を赤らめ、スマートフォンを手にしたまま口をつぐむ。
何も言い返して来ない輝男に構わず、電話の向こうから理華の声が流れて来る。
『じゃあ、今夜、天江君の家で待ってるからね』
嬉々として呼びかけた後、向こうの方から通話を切る音が聞こえていた。
むなしく流れる不通音を耳にすると、輝男は深くため息を付きながらスマートフォンをしまう。
今しがたの電話越しのやり取りを目の当たりにした千早は、ヤレヤレ…と肩を落とす輝男につい首を傾げてしまう。
◇ ◇ ◇
雪が止んで久しい夜空の下、GTT・青春校の正面入口から、受講生と思しき若者たちが次々と出て来る。
今日一日の講義を終え、帰途に着こうとしているのだ。
予備校を後にする受講生たちに混じって、輝男と千早が出て来る。
二人はそのまま中心街に差し掛かり、やがて、住宅がいくつも建ち並ぶ区画へと歩を進める。
「すまん。わざわざ、君に無理なことを付き合わせて」
「気にしないで。私、むしろ、天江君の家にお呼ばれされてとても嬉しいから」
気まずそうに言葉をかける輝男に、千早は若干嬉しそうな表情を見せて言い返す。
「俺はこのまま自宅に帰るからいいんだけど、君の場合、大幅に時間を食ってしまうから。
下手をすれば、大事な勉強時間を無駄につぶしてしまわないかと……」
「でも、正直、勉強やそれ以外で、キツイ思いをしているから……
少しでも疲れや傷を癒せるのなら、多少のタイムロスなど、私にとってはどうってことは無いわ」
千早はそう言い返すと、横にいる輝男の片手を優しく握り締める。
自分の手を握る千早の手の柔らかく温かい感触に、輝男はつい千早の方を振り向く。
振り向いた先には、頬を赤らめながらうつむく千早の横顔が見えた。
「天江君が何度も私を抱いたことが、私をどれだけ癒し、救ってくれたことか……」
うつむきながら、か細い声で輝男に呼びかける千早。
千早の今の言葉に、過去、何度も千早とセックスした時のことを思い出す輝男。
恥じらいの余り、顔を真っ赤にし、言葉を詰まらせてしまう。
しかし、自分の手を握り締める千早の手はそのままにしてしまう。
手を握り締め合ったまま、輝男と千早は歩を進める。
やがて、輝男と千早の目の前にタワーマンションが見えて来た。
輝男の自宅がある十三階建てのマンションだ。
そのまま正面入口に差しかかると、輝男と千早は、目の前にあるものを見て思わず驚く。
「天江君!」
「日向……それに黒山も……!」
目の前に立つ桜月と葵に、輝男は驚きの声を上げる。
一方、桜月と葵も、輝男、千早と鉢合わせをして思わず驚く。
「どうして、君たちが……?」
「昼頃に、雨宮先生から、今夜、輝男君の家で夕食会やるからって言われて……」
「私の方にも、先生から電話が来て……」
桜月と葵が続けて言うと、輝男は半ば呆れたかのような面持ちでため息を付く。
「断ってもよかったのに、わざわざ来てくれるなんて……」
「だって……」
ため息交じりに呆れる輝男に、桜月は恥ずかしそうに顔を赤らめ、言葉を詰まらせる。
桜月の横にいる葵は、輝男の横で彼の手を握ったままの千早に目を向ける。
「稲田さん、あなたも?」
葵が呼びかけると、千早はすぐに彼女とまっすぐ向き合う。
「お邪魔だった…かしら?」
千早が半ば不安げに言うと、葵はすぐに笑みを浮かべる。
「そんなこと無いわ。あなたも私たちと一緒に楽しみましょう」
「稲田さんも、せっかくのクリスマスだから、一緒に楽しいひと時を過ごしましょう」
続けて優しく呼びかける葵と桜月に、千早は緊張が解けたかのように笑みを浮かべる。
共に笑みを浮かべて向き合う彼女たちに、輝男もつい表情をほころばせる。
輝男の自宅玄関ドアが外から開かれる。
「ただいま」
「お邪魔します」
ドアの向こうから、帰宅を告げる輝男の声と来訪を告げる桜月、葵、千早の声が聞こえて来る。
途端、クラッカーの鳴る音が、輝男たちを出迎えた。
クラッカーの音に輝男たちが思わず驚くと、
「メリークリスマス!」
クラッカーを手にした瑠奈と七海が、輝男たちに向かって嬉々とした声を上げる。
「おい、瑠奈」
「七海ちゃんまで……」
義妹に呆れる輝男の傍で、桜月が七海もいることに驚く。
すると、瑠奈がすかさず義兄の腕を引っ張り、リビングの方へ連れて行く。
輝男たちがリビングに着くと、目の前のテーブルに、豪華なごちそうが幾つも並べられていた。
特に、こんがりと焼き上がった七面鳥や、大皿に盛り込まれ、コールスロードレッシングのかかったポテトサラダが、輝男たちの目を引く。
「輝男さん、桜月さん、葵さん、それに稲田さん、日々の勉強、本当にお疲れ様」
テーブルの向こうで、真純が柔らかな笑みを浮かべながら輝男たちに言葉をかける。
「あなたたちのために、私たちが腕によりをかけて作った絶品揃いよ。
遠慮なく召し上がれ」
真純の横にいる理華が、自信に満ちた笑みを浮かべながら言って来る。
輝男と桜月、葵、そして、千早は、各々、席に着きながら、目の前にあるメニューを凝視する。
「まさか、これ、全部、義母さんや先生が手作りで……?」
「レストランで出されるメニューと大差無いみたい……」
メニューを眺めながら輝男、葵が驚嘆の声を上げると、
「今、私たちがあなたたちにしてあげられるのは、これくらいしか無いけど」
真向かいで腰を下ろす理華が、半ば残念そうに笑みを曇らせながら言葉をかける。
すると、
「そんなことありません。私にとっては、これ以上は無いくらいの最高のおもてなしです」
輝男の横で腰を下ろす千早が、心からの感謝の言葉を返す。
「稲田さん、一番、遅くに出会ったあなたにそんなことを言われるなんて……
こっちこそ、これ以上は無いくらいに嬉しい限りだわ」
理華は千早の今の言葉に笑みを浮かべると、感極まったかのような調子で感謝の言葉を返す。
すると、
「もう、前置きはこれくらいにして、さっさと乾杯しよう」
瑠奈がオレンジジュースの注がれたグラスを手にしながら一同に呼びかける。
「…ったく、瑠奈、少しは遠慮ってものを知れよ」
義妹のそそっかしさに、輝男は呆れ顔でため息を付く。
義兄妹の今のやり取りに、一同はついつい笑みをこぼす。
間も無くして、輝男たちは皆、ジュースの注がれたグラスを手にした。
「それじゃあ皆、クリスマスのしばし楽しいひと時を祝して…」
「乾杯!!」
輝男の音頭に合わせて、一同はグラスを上げて乾杯の声を上げる。
リビングに賑やかな声が響く。
輝男たちは、楽しく会話を弾ませながらも、豪華なメニューに舌鼓を打つ。
輝男たちの目の前には、切り分けられた七面鳥の肉片と盛り分けられたサラダをそれぞれ盛った皿が並べられている。
誰も彼もが、美味しそうにメニューを食べていく。
メニューが並べられたテーブルを挟んで、輝男と桜月、葵、千早、そして、真純と瑠奈、理華、七海がそれぞれ向き合っている。
一方の真ん中に輝男と桜月が座り、その両脇を、千早と葵がそれぞれ着席している。
もう片方では、真純と瑠奈を挟むようにして、理華と七海がそれぞれ両脇にいる。
「どう? 稲田さん、お口に合わなかったかしら?」
「そんなことありません。とても美味しいです」
笑みを浮かべながらたずねる真純に、千早は感嘆したかのように言い返す。
「七面鳥は十分過ぎるくらいに肉厚で火が通ってますし……
ポテトサラダもとてもまろやかな味わいで……」
「美味し過ぎて食べ過ぎちゃいそうです」
葵と七海がメニューを口にしながら、やはり感嘆の声を上げる。
一方、瑠奈は、メニューを食べつつも、真向かいにいる輝男と桜月を凝視する。
美味しそうに七面鳥の肉片を食べていた輝男は、まっすぐに自分と桜月を見つめる義妹に気付く。
「どうしたんだ? 瑠奈」
義兄がたずねると、瑠奈はニヤニヤ笑いながら、何故か桜月の方へ目を向ける。
「どう? 初めて、お義兄ちゃんと一緒にクリスマスを過ごす感想は?」
桜月を見つめながら、からかうかのように言って来る瑠奈。
瑠奈の今の問いかけに、桜月は思わず顔を真っ赤にし、食べていたポテトサラダで喉を詰まらせる。
むせる桜月の背中を懸命に撫でさすると、厳しい表情で義妹をにらむ輝男。
「おい、瑠奈!」
「もう、お義兄ちゃんったら、そんな怖い顔しないでよ」
義兄妹が言い合う傍で、すぐに呼吸を落ち着かせた桜月が顔を上げる。
「輝男君もそうだけど、皆と一緒に楽しいひと時を過ごせるだけでもとても嬉しいわ」
柔らかな笑みで瑠奈を見つめながら、桜月が今しがたの問いかけに対する返事を言う。
すると、
「日向さん、去年は風邪で寝込んじゃって、パーティーに行きたくても行けなかったから。
それに、今年は受験真っただ中でかなり追い込まれてて……
それでも、ささやかながらに、皆と一緒に楽しい食事会を過ごせたじゃない」
理華が桜月に向かって笑みを見せながら、彼女に言葉をかける。
「先生や真純さん、瑠奈ちゃん、それに七海ちゃんのおかげです」
桜月も理華に笑みを見せると、深々と頭を下げながら感謝の言葉を返す。
担任と教え子のやり取りに、輝男や他の一同は、つられるかのように笑みをこぼす。
「もう、日向さんったら、礼には及ばないわ」
笑みを浮かべて言い返す理華だったが、すぐにその笑みを曇らせる。
「……でも、この前、受験勉強をそっちのけで、天江君、黒山さんと一緒に夜通しヤりまくったことだけは受け入れがたいわ。
あなたたちがしでかしたことは、退学不可避の重要案件だから」
冗談か本気か判断しかねる調子で、先日、輝男が桜月、葵と繰り広げたセックスのことをとがめようとする理華。
担任からの今の追及に、輝男と桜月、葵は気まずい表情を紅潮させる。
三人の態度を見て、真純と理華は笑みをこぼし、瑠奈はからかい半分の笑みを見せる。
そして、七海と千早は苦笑を抑えられずにいる。
一時間ほど経った頃、テーブルの上に並べられたメニューはあらかた片付けられた。
輝男は、満腹だと言わんばかりに深くため息を付く。
一方、桜月たちは、美味しい食べ物を飲み込んだ喉を潤すかのように、飲みかけのジュースを飲み干す。
「ごちそうさま、とても美味しかったよ」
「よかった。輝男さんに喜んでもらえて何よりだわ」
笑みを浮かべながら礼を言う義息に、義母は柔らかな笑みを浮かべて言葉を返す。
すると、真純の横に座っていた瑠奈と七海が席を立ち、キッチンの方へ向かった。
「もう一つ、お義兄ちゃんたちに食べてもらいたいものがあるの」
瑠奈がそう言いながら冷蔵庫の扉を開けると、七海が中から何かを取り出した。
七海は、デコレーションケーキを載せたトレイを両手に持って、リビングへと戻る。
輝男たちの目の前に、七海がケーキを載せたトレイを置く。
トレイの上にあるケーキは、白いホイップクリームが厚くコーティングされ、同じくホイップクリームで作られた装飾の真ん中に、サンタクロースを模した砂糖菓子が載せられている。
「これ、どこのお店のものなの?」
「実は、私と瑠奈ちゃんで作った手作りのケーキなんです」
ケーキを見ながらたずねる葵に、七海が即答する。
「七海ちゃんと瑠奈が……?
……って言うか、ほとんど七海ちゃんが作ったものじゃないのか?」
「失礼ね。アタシだって、一生懸命、頑張ったんだから」
疑念を隠さない義兄に、義妹はムッと不機嫌に頬を膨らませる。
「もし、お前が作ってくれたとしても、万一、不味かったら、どうしてくれるんだ?」
「もう、お義兄ちゃんったら、瑠奈のこと、全然、信用してくれないんだから。
そんなに疑うなら、さっさと食べちゃってよ」
お世辞にも穏やかとは言えない会話を義兄と義妹が繰り広げると、
「瑠奈ちゃん、七海ちゃん、せっかくで悪いけど、私、もう、お腹いっぱいだから」
「百川さんの心遣いには感謝するけど、さすがにケーキまで食べるのは……」
「食べたいのは山々だけど、食べ過ぎて太っちゃうのは不本意だし……」
既に豪勢なメニューを食べ終えた桜月、葵、千早は、口々にためらいの念を言う。
……それから十分後……
桜月、葵、千早は、切り分けられたケーキの一片を皆、美味しそうに食べている。
「ホントに美味しい。お店で売ってるものと何ら遜色が無いわ」
「百川さん、あなた、ケーキ作りがとても上手ね。
美味し過ぎて、いくらでも食べてしまいそうだわ」
「本当に、今まで食べたクリスマスケーキの中でもとても美味しい」
三人は皆、ケーキを食べながら、その美味しさに感嘆の声を上げる。
彼女たちに囲まれて、輝男もケーキの一片を食べる。
じっくり噛み締め、喉に流し込むと、
「すまん……。散々、悪口言って……。とても美味しいよ」
真向かいの瑠奈に向かって、気まずそうな顔で謝りながら、感謝の言葉をかける。
「うん。わかればいいのよ、わかれば」
義兄の反省を受けて、ついつい得意げになる瑠奈。
そんな瑠奈に、一同はドッと笑い声を上げる。
「しかし、去年と比べて、今年は随分とささやかだったけど……
でも、今年は今年でとても楽しませてもらったよ。
美味しい料理やケーキを食べられたし、皆と楽しく話を弾ませられたし……
勉強疲れがいっぺんに吹っ飛んじゃったよ」
和やかな表情を見せながら、今年のクリスマスの感想を輝男が言うと、
「私たちも同感です」
間を置かずに、桜月が共感の声を上げる。
「天江君、日向さん、黒山さん、それに、稲田さん……
あなたたちが満足してくれて、頑張った甲斐があったわ」
輝男と桜月の感謝に応えるかのように、理華が言葉を返すと、
「ぶっちゃけた話、今回のような食事会がちょうどよかったのかもね。
去年なんか…」
割って入るかのように瑠奈が話を切り出そうとする。
しかし途中で、鈍い振動音が一同の耳に流れ込んだ。
輝男はすぐに、ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し、電話に出る。
「もしもし…」
『あ――輝ちゃん、元気?』
「小春、こんな時に何の用だよ?」
『輝ちゃん、今年、受験真っただ中でろくにクリスマスを楽しく過ごしていないかと思って、わざわざ電話して来たってわけ』
「ありがとう……って言うか、わざわざ、そんなことをしてくれなくていいのに」
電話越しに小春と会話をする輝男を見て、桜月たちはついつい笑みをこぼす。
「アイツったら、タイミングを狙って電話かけて来たんじゃないの?」
「ホント、噂をすれば何とやら…って感じね」
「瑠奈ったら、変なことを言うんじゃありません」
小春を疎ましく思う気持ちを隠せない瑠奈や理華を見て、真純はすぐに義娘への苦言を呈する。
一方、輝男は、そのまま小春と電話越しの会話を続ける。
「ところで、小春、クリスマスは何をして過ごしてる?
親父さん、お袋さんの付き添いでパーティーに行ってるか、友達と遊びほうけてるか?」
『とんでもない。二学期の期末が終わってからずっとバイトだよ。
特に、さっきまで、毎日、一日中ずっとケーキ作りさせられちゃって……
もう、一生、死んでもケーキなんか見たくないって感じだよ』
「お前もお前で色々と大変なんだな」
ウンザリしたかのようにため息交じりに行って来る電話の向こうの小春に、輝男はついつい苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、小春、お前も頑張れよ」
『もう、輝ちゃんったら。また、アタシに会いたかったら、絶対、大学受かって』
小春が電話越しにそう言うと、輝男はスマートフォンの通話を切った。
電話を終え、スマートフォンを元のポケットにしまうと、
「あの……先輩……」
真向かいから、恐る恐るといった様子で呼びかける声が聞こえて来た。
輝男が真向かいに目を向くと、七海が両手に四つの紙包みを抱えながらこちらを見つめていた。
「先輩たちに、ささやかなものですが、私たちからのクリスマスプレゼントです」
七海はそう言うと、輝男たちの前に歩み寄り、一人ずつ紙包みを手渡した。
輝男たちは、手渡された紙包みを開き、中身を確認する。
包みの中に入っていたのは一個のお守りだった。
「これ、合格祈願のお守りじゃないか」
お守りを手にしながら輝男が言うと、
「皆さん、どうか志望大学に絶対、受かって下さい」
真正面から向き合う七海が、切々とした調子で輝男たちに言葉をかける。
いつになく真剣な面持ちを見せて言って来る七海に、輝男、桜月、葵、そして、千早はすぐに笑みを見せる。
「ありがとう……。俺…いや、俺たち、絶対に頑張るよ」
可愛い後輩の気持ちに応えるかのように、輝男が元気よく言葉を返す。
愛しい先輩の返事に、七海は感極まったかのような笑みを浮かべる。
すぐ近くでは、真純、瑠奈、理華が、つられるようにして笑みを浮かべながら、輝男たちを見つめている。
◇ ◇ ◇
粉雪舞う夜空の下、桜月、葵、七海、千早が並んで歩いている。
「稲田さん、あなた、東大を目指しているそうだけど……
正直、厳しくないかしら?」
桜月と一緒に真ん中を歩く葵が、桜月の隣にいる千早に向かって話しかける。
「中学の頃から東大を目指して勉強してるけど……
自信があるか無いかと言われたら、どうしても……」
千早はそう言い返すと、半ば憂うかのような面持ちで口をつぐむ。
言葉を詰まらせる千早を見ると、葵は重い表情を見せながら口を開く。
「私は早稲田大学を目指して勉強してる最中だけど、受かる確率より落ちる確率の方が高くて……」
「お二人とも、毎日、一生懸命勉強しているのに、それでも、自信が持てないなんて……」
葵の横にいる七海が、敬愛して止まない先輩の苦悩を汲むかのように言葉をかける。
「でも、どうせ無理だと言われて諦めるくらいなら、当たって砕けるくらいの覚悟で臨まないと……
大学受験はおろか、その先の未来へ進むことも絶対にかなわないわ」
「私も、万に一つの可能性を信じて、最後まで諦めなければ……
どんなことがあっても、中学の頃からずっと頑張ってきたことを無駄にしたくないから」
各々、不退転の決意を言う葵と千早の間で、桜月は神妙な面持ちを見せながら唇を固く閉ざす。
しかし、そのまま数メートル程、歩を進めると、固く閉ざした唇を開く。
「黒山さん、稲田さん……
私、もしかしたら、来年の四月から、向こうであなたたちと顔を合わせることになるかも……」
正面を遠く見据えるような面持ちで、葵と千早に向かって話を切り出す桜月。
「どういうことなの?」
「……実は、私も東京の大学を目指して勉強してるの」
「あなたも……?」
千早が念を押すようにたずねると、桜月はすぐに首肯する。
「二人の話を聞いてたら、私も絶対に諦められないと思って……」
神妙な面持ちを見せつつも、揺るがない決意を端的に言う桜月。
すると、七海が前に出て、桜月、葵、千早と真正面から向き合う。
「先輩たちなら、きっと受かります。
私、信じてますから、先輩たちも自分を信じて下さい」
笑みを浮かべながら精一杯の激励をかける七海に、桜月、葵、千早は笑みを浮かべて応じる。
「ありがとう……」
礼を言う桜月の声が、七海の耳に届く。
同じ空の下、輝男は一人、自室で黙々と勉強をしている。
机上に教科書や参考書、ノートが広げられている端に、一個のお守りが置いてある。
さっき、七海が手渡してくれたクリスマスプレゼント――合格祈願のお守りである。
後輩からのプレゼントを一瞥すると、輝男はすぐに勉強を再開する。
(皆のためにも、俺自身のためにも……もっともっと頑張らなくちゃ……)
ついさっきまでのクリスマスディナーを思い返しながら、受験に向けての決意を心の中で叫ぶ輝男。
大切な人たちとのささやかではあるが心安らげたひと時を経て、自らを奮い立たせていく。