鎌倉で卒業&婚前旅行 ●
青々と澄み切った空の下、横浜横須賀道路を一台のワンボックスワゴンが軽やかに疾走する。
「先生、わざわざ、僕たちの卒業旅行に付き合って下さって、本当にすみません」
助手席に座る輝男が、運転席に向かって済まなそうに言葉をかけると、
「何を言ってる? そんなことなど、俺にとっては大した負担ではない」
運転席でハンドルを握る石上が、正面を見据えながら言葉を返す。
運転を続けながら、チラッとバックミラーを一瞥する。
バックミラーには、前後の後部座席に座っている理華と桜月、そして、葵と千早の姿が映る。
「お前たちは四月から東京の大学に通うことになるが、それまでは俺たちの大事な教え子だ。
学校教諭、担任として、お前たちの身に対して責任を負ってやる」
「……ありがとうございます」
教師として然るべき責任を言ってくれる石上に、輝男は横から感謝の言葉をかける。
一方、後ろの後部座席では、理華が桜月たちと楽しく会話を交わしている。
「正直、私と石上先生は邪魔だったかしら?」
「そんなことないです。お二人と一緒とあらば、私たちにとっては決して苦にはなりません」
笑みを浮かべながら言って来る理華に、後ろの席に座る葵が言葉を返す。
「でも、どうせなら、自分たちだけで楽しく卒業旅行をしたかったんじゃないの?」
「……正直、それも少しは考えてましたけど……
一番、お世話になった雨宮先生や石上先生と一緒なら、もっと楽しい卒業旅行になるんじゃないかと……
いつも授業では厳しかったけど、他の誰よりも私たち生徒のことを思いやってくれてましたから」
「もう、日向さんったら……
とっくに学校を卒業しているのに、そんなお世辞みたいなことを言って……」
理華は、半ば呆れたかのような笑みを浮かべながら、横にいる桜月に言い返す。
すると、しみじみとした表情を桜月たちに見せる。
「……それに、あなたたち、もう少ししたら、皆、東京に行っちゃって離れ離れになるから……
その前に、一度でいいから皆と楽しい思い出を作りたくてね……
私も……石上先生も……」
可愛い教え子たちへの別れがたく切ない思いをつぶやく理華に、当の教え子たちは感慨深げに言葉を詰まらせる。
すると、
「あの……まさか、よその学校の者である私まで一緒に付き合わせて下さるなんて……
正直、嬉しいですけど、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
葵の横に座っていた千早が、申し訳なさそうな表情で、後ろから理華に感謝の言葉をかける。
理華は千早の今の言葉を聞くと、すぐに彼女の方を振り返る。
「何言ってるの? あなた、天江君や日向さんたちと仲良しだし……
その上、あの天下の東大にも受かったんだから。
東大に合格したお祝いに、稲田さんも仲間に入れてあげるのは当然じゃない」
「そうよ。今回は先生や皆の好意に甘えないと」
笑みを浮かべて言ってくる理華に続いて、横にいる葵が千早に優しく言葉をかける。
二人の思いやりに、千早は自ずと表情を和ませる。
葵と千早の様子を見て、理華は安心したかのように、再び正面を向き直す。
すると、横にいた桜月が理華の方を振り向く。
「それにしても、どうして、今回、鎌倉で卒業旅行をしようとしたんですか?」
肝心のことを問いかける桜月に、理華は何故か正面を見据えたまま神妙な面持ちを見せる。
一呼吸、間を置いた後、理華がゆっくりと口を開く。
「……実は、私の実家、鎌倉にあるの……
あなたたちの卒業旅行に付き合うついでに、石上先生と一緒に実家に挨拶に行こうと思って……」
真剣な調子で言うかつての担任に、桜月や葵、そして、千早は言葉を失う。
「先月、石上先生との結婚を決めた時、一度、実家に報告しに行ったけど……
今回、式を執り行なうことも含めて、改めて、実家の両親に挨拶しようと思ってね……」
そう言葉を続ける理華に、桜月たちは何も言い返せずにいる。
かつての担任の今の言葉は、すぐ手前にいる輝男の耳にも届いた。
神妙な面持ちで沈黙する輝男は、ふと横にいる石上の方を振り向く。
石上もまた、真剣な面持ちで黙したままハンドルを握り締め、車を走らせる。
大学進学、上京前の楽しいひと時を過ごそうという思いと、人生の大事な瞬間を迎えようとする思いが、同じ車内で交差する。
その間にも、輝男たちを乗せた車は、目的地への道を滞りなく進む。
◇ ◇ ◇
鎌倉駅東口に、ワンボックスワゴンが横付けで停車している。
輝男と桜月を真ん中にして、葵と千早がその両脇に立つ。
彼らの真向かいには、理華と石上が、ワゴンを背にして並んで立っている。
「先生たちはこれから実家の方へ行くけど、あなたたちはそのままここで観光を楽しんでいなさい」
「はい」
「四時になったら、またここに来るように。
それまでは各人、自由行動とするが、決して羽目を外して下らん騒ぎを起こさんように。
いいか?」
「わかりました」
桜月たちに続いて、輝男が了解の返事を言うと、理華と石上は車に乗り込んだ。
二人が乗り込んだワンボックスワゴンが遠のくを見ると、
「……ったく、“イシテツ”のヤツ、まだまだ俺たちが学校の生徒であるかのように厳しく言って……」
相も変らぬ石上の厳格な言いように、輝男は思わずため息交じりに愚痴る。
そんな輝男に、桜月たちはクスッと笑みをこぼす。
「しょうがないでしょ? もう、すっかり先生のクセになっちゃってるんだから」
「さぁ、行きましょう」
桜月が輝男に言い返すと、葵がうながすかのように言葉をかける。
輝男たちは、若宮大路を抜けて鶴岡八幡宮に入って行く。
三ノ鳥居を抜けて太鼓橋の脇にある橋を渡りながら、左右に見える源平池に目を向ける。
咲き始めようとする桜の木々に感嘆する輝男たちの傍で、桜月はスマートフォンで源平池と桜の木々をフォトに収める。
舞殿、本宮を経て、境内にある白旗神社に向かうと、一同は横並びになって真剣な表情で参拝する。
(どうか、これからの大学生活が無事、平穏に過ごせますように……)
(今後、四年間の大学生活が、学業、私生活、共々、実り豊かなものとなりますように……)
まぶたを閉じ、固く手を合わせながら、これから迎えるキャンパスライフに対する切なる願いを祈っていく。
白旗神社を後にした輝男たちは、すぐに旗上弁財天社に向かった。
感嘆とした面持ちで歴史ある御神殿を眺める輝男だったが、ふと、辺りを見ると、桜月たちの姿が見えないに気付いた。
「どこへ行ったんだ……?」
首を傾げてつぶやきながら裏手に向かうと、大きな丸い石の前で祈っている桜月たちを見た。
桜月も葵も千早も、神妙な面持ちで目を閉じ、合掌し、何やら深く祈っている。
祈りを終え、後ろを振り返ると、輝男がすぐ目の前に立っているのが見えた。
「白旗神社の時より、随分、時間をかけたみたいだけど……」
半ば呆れながら言って来る輝男に、桜月たちはつい顔を真っ赤にする。
恥じらいを隠せない桜月たちに、輝男はクスッと苦笑いを見せる。
一瞬の苦笑いの後、桜月たちの後ろに見える丸い大石に目を向ける。
「確か、これ、“政子石”と言って、夫婦円満や安産、良縁の御利益があると言われてるヤツだよね?」
「う、うん……」
桜月は輝男に向かって、恥ずかしそうに相槌を打つ。
「一体、さっきまで、何をお祈りしてたんだ?」
輝男が続けて桜月たちにたずねようとすると、
「や、野暮なこと、聞かないで!!」
葵が恥じらいの余り、顔を真っ赤にして声を上げる。
そのまま輝男にソッポを向けると、一人、先走ってしまう。
余りにもわかりやすい照れ隠しに、輝男と桜月、千早はその場でドッと笑ってしまう。
◇ ◇ ◇
鶴岡八幡宮を後にした輝男たちは、小町通りを歩いている。
通りに面する多くの店々を、桜月たちは休む間も無く見渡す。
「これだけ多いと、どこに行けばいいかわからないわ……」
鎌倉随一の観光地のど真ん中で、千早が途方に暮れたかのようにつぶやく。
すぐ傍では、輝男がスマートフォンを手にし、ディスプレイを見下ろす。
ディスプレイには、“pm.0:05”と時刻が表示されている。
「そろそろ昼飯時か……」
桜月たちと一緒に歩きながら、ため息交じりにつぶやく輝男。
数分後、小町通りと若宮大路の間にある通りに面したカレー店に、輝男たちの姿があった。
輝男と桜月、葵と千早が、テーブル越しに向き合いながら、メニューが来るのを待つ。
「どうせ、お昼食べるなら、駅前のハンバーガー屋かカフェでもよかったのに」
「それだと、うちの近所でも間に合うじゃない」
「せっかく、鎌倉に来たんだから、そこならではのお店でお昼、食べなきゃ」
「どこのお店も美味しそうだけど、とりあえずはここで……」
輝男の一言に、桜月、葵、千早が続けて言い返す。
すると、横の空席に、一組の若い男女二人が腰を下ろした。
「ホントにここのカレーが一番なのかよ?」
「えぇ。特に十種類以上のスパイスをミックスしたルーと大盛りライスは、絶対にお気に召しますわ」
そう言葉を交わしながら、テーブル越しに向かい合うように着席する。
ふと、輝男たちが隣の席に座った男女の方を振り向く。
隣席の男女二人も、偶然にも輝男たちの方を振り向く。
と、次の瞬間、
「あ――――――!」
輝男たちと隣席の男女二人は、互いに目を合わせると、店内であるのを忘れて驚きの声を上げる。
「お、大富……!」
「あ、天江……! お前ら、どうして……!?」
隣の席にいる大富 豪を認めて驚く輝男に、豪もまた輝男たちを認めて驚く。
「も、最上さん……!」
まさかの邂逅に桜月が驚くと、
「あら? 皆様、これは奇遇ですわ」
ただ一人、この場で落ち着き払っている静流が、柔和な笑みで桜月、葵、千早に言葉をかける。
ニ十分ほど経った頃、輝男と桜月、葵、千早、そして、豪と静流は、各々、注文したカレーに舌鼓を打っていた。
「……うめぇ――! 辛味もちょうどいいし、コクもボリュームも抜群だぜ!」
大盛りスパイシービーフカレーを頬張りながら、喜悦の声を上げる豪。
ガツガツと美味しそうに食べる豪に、真横の輝男は思わず、呆れ顔を見せる。
豪を横目で見ると、何も無かったかのように、肉や野菜の盛り込まれたカレーを食べる。
「まさか、最上さんたちも卒業旅行でここに来てたなんて」
桜月はカレーを食べながら、隣席の向かい側に座る静流に向かって言葉をかける。
静流は、桜月の今の言葉を聞きながら、ルーのみのカレーを静々と食べる。
「無事に大学に進学できたお祝いに、豪さんと二人でやって参りましたの」
カレーを口にしながら、笑みを絶やさずに言葉を返す静流。
「しかし、よく二人きりの卒業旅行なんてできたものね……」
真横のテーブルにいる葵が、呆れながら独り言のようにつぶやく。
そのまま昼食を進めていると、
「輝男さん、皆さん、もし、よろしかったら、御一緒させてもよろしいでしょうか?」
静流が穏やかな口調で輝男たちに提案をしてくる。
輝男は静流の今の申し出に、思わず一瞬、言葉を詰まらせる。
喉に詰まったカレーライスのせいで咳き込んだ後、
「皆が良ければ、俺は別に構わないけど……」
そう言い返しながら、桜月や葵、千早、そして、豪に目を向ける。
「まぁ……一緒に街を見て歩くのなら……」
「私たちの邪魔をしないと約束するのなら、一緒に付き合ってもいいけど」
千早と葵が、渋々ながらも了解の返事をすると、
「大丈夫かしら……?」
「心配無いよ。静流さんに限って変なマネはしないから」
真向かいの席に座る桜月と輝男がヒソヒソと話し合う。
そして、横の方を見ると、豪が一人、美味しそうな顔で注文のカレーを完食しようとしている。
自分のすぐ近くで何が起きているのか気付かない豪を見て、輝男はまたも呆れ顔でため息を付く。
◇ ◇ ◇
輝男と豪は、小町通りに面したレンタル着物の店の前に立っている。
「アイツら、時間かかり過ぎじゃねぇか?」
「きっと、いいものばっかりで迷ってるんだよ」
「あ――あ、こんなことなら、ゲーセンにでも行けばよかったよ。
……って言うか、ゲーセンなんてここにはねぇし」
豪と輝男がそう言葉を交わすと、店の中から着物の姿の女性たちが出て来た。
店から出て来た女性たちを見て、輝男と豪は思わずドキッとする。
「どう? 似合うかな?」
長い髪を結った桜月が、花柄模様の着物を着ながら輝男にたずねる。
「いかかですか? 私の着物姿」
白を基調とした着物を着た静流が、豪に向かって言う。
桜月と静流の両脇に立つ葵と千早は、それぞれ、青の着物と桜色の着物を着ている。
「古都・鎌倉を見て歩くなら、やはり着物を着た方が風情があっていいでしょ?」
「私、着物なんてほとんど着たことが無い……と言うか、生まれて初めてだから……」
葵と千早が、輝男とまっすぐ向き合いながら言葉をかける。
「皆、とっても似合ってるよ」
感嘆とした面持ちを見せながら、着物姿の美少女四人に言葉をかける。
その横では、豪が顔を真っ赤にして呆然と見とれている。
あでやかな着物姿の静流を見つめたまま、まなざしをそらそうとしない。
三十分ほど経った頃、銭洗弁財天へ向かう坂道を、着物姿の桜月たちが歩いている。
楽しげに会話を交わす桜月たちの後ろで、輝男と豪が並んで歩く。
「なぁ……アイツらの着物姿、ヤバくねぇか?」
「別に」
何故か、顔を赤らめてドギマギする豪に、輝男は素っ気なく言い返す。
「水着姿とかもイケると思うが、着物姿も妙にそそられるものを感じるんだよな……」
豪は、着物姿の桜月たちに色気みたいなものを感じて、つい劣情を催してしまう。
輝男は言葉を返す代わりに、呆れ果てた表情で深くため息を付く。
「お前、まさかとは思うが……」
「皆まで言わなくてもわかってるって。
俺だって、そんなことでバカなマネはしねぇよ」
輝男と豪はそう言葉を交わしながら、桜月たちの後を追って、銭洗弁財天の入口である鳥居を抜け、トンネルに入る。
中の境内に入ると、一同は七福神社に参拝し、下之水神宮、上之水神宮を見て回る。
輝男たちは、道々にあるこれらの社をスマートフォンのフォトアプリで撮っていく。
旅の思い出、自分たちがそこに足を踏み入れた証しを収めながら、社務所に着く。
輝男と桜月、葵、千早がお供え用のろうそくと線香を買い、ざるを借りようとすると、
「さぁ、豪さん、私たちも…」
静流が横にいる豪に向かって、うながすような言葉をかける。
「めんどくせぇ……。お前だけでやれよ」
豪が露骨に面倒くさそうな顔を見せてためらうと、
「何をおっしゃるんですか?
私たちの方が一番、ここにお参りをしなければいけない立場ではありませんか」
静流は厳しい表情を豪に見せ、やんわりとした口調ながらも、強くたしなめようとする。
「私たち自身の金運上昇だけでなく、ベスト・グループとBRラウンヅの今後の繁栄と更なる商売繁盛をお祈りしないと」
「ハァ……。へ――いへい」
切実な思いを言って来る静流に、豪はため息を付きながらも、渋々と承諾の返事をする。
先に用事を済ませた輝男たちは、今の静流と豪のやり取りを見ながら、クスッと笑みをこぼす。
「さすがの大富も、静流さんには頭が上がらないみたいだな」
輝男が苦笑混じりに言うと、
「本人は不本意かもしれないけど、彼女の尻に敷かれた方が、彼のためにはすごくいいかも」
葵が笑みを絶やさずに静流と豪のことを言う。
途端、一同はドッと笑い声を上げる。
輝男たちが自分たちのことでついつい笑っているのを尻目に、静流と豪も遅れて参拝のための必要品を購入する。
間も無くして、本社へお参りをすると、横にある洞窟――奥宮へと入って行く。
洞窟内の右手の社でお参りをすると、まず、輝男、桜月、葵、千早がざるに載せたお金に、ひしゃくで霊水をかける。
洗ったお金をしっかりと綺麗に拭いて財布に戻すと、今度は豪と静流が霊水の方へ向かう。
二人は、輝男たちよりもジックリと時間をかけて、霊水でお金を洗っていく。
傍に立つ輝男たちは、時間をかけてお金を洗う二人をほほ笑ましげに見つめる。
一通り、参拝を済ませた輝男たちは、境内にある七福茶屋でお茶を飲みながらひと息ついた後、銭洗弁財天を後にした。
入口の鳥居を抜けると、輝男はスマートフォンを取り出し、ディスプレイを見た。
ディスプレイには、“pm.3:10”と時刻が表示されている。
(このまま、駅までまっすぐ行けば間に合うか……)
内心、そうつぶやきながら、豪と並んで、桜月たちの後を追うようにして歩く。
◇ ◇ ◇
鎌倉駅東口で、輝男たちは誰かを待っているかのように立っている。
輝男を取り巻く桜月、葵、静流、千早は、依然として着物姿のままだ。
輝男たちの後ろ、駅構内の時計は四時の時刻を指している
すると、一台のワンボックスワゴンが輝男たちの目の前に停車した。
車内から理華と石上が下りてきて、輝男たちと向き合う。
途端、二人は着物姿の桜月たちを見て、驚く。
「お前ら、どうしたんだ? その格好は?」
「先生、似合ってますか?」
思わず驚く石上に桜月と葵が言い返すと、
「似合ってますか? …じゃないでしょ!」
理華はすかさず厳しい表情で桜月と葵に叱り付ける。
まさかの叱責に、その場にいた一同は思わず驚く。
すると、
「日向さんたちったら、ズルいわよ。
レンタル着物を利用できるなら、私だってすぐに利用したのに」
悔しそうに苦い表情を浮かべ、顔を赤らめる。
途端、輝男たちは、理華を取り巻くかのようにドッと笑い出す。
何事かと一瞬、不安になっただけに、きれいな着物を着損ねた悔しさを隠さない理華に、つい笑みをこぼしてしまう。
数分後、理華を真ん中にして、着物姿の桜月たち四人の美少女が、その左右を固める。
彼女たちの背後には、鎌倉駅の駅舎がそびえ立っている。
桜月や理華たちと向き合いながら、輝男がスマートフォンを構える。
スマートフォンのディスプレイには、鎌倉駅を背にして立つ桜月や理華たちの姿が収められている。
「さぁ、行くよ」
輝男が合図の声を上げると、間も無くして、桜月たちの姿はスマートフォンのフォトアプリに収められた。
二度、続けて撮影をした後、桜月や理華たち女性陣と、豪、石上が、輝男の周りを囲む。
彼らの視線の先には、輝男の手中にあるスマートフォンのディスプレイがある。
ディスプレイには、さっき撮ったばかりの女性陣の姿が、デジタルフォトとして収められている。
「あぁ、ちゃんと撮ってある」
桜月や理華たちが嬉々として声を上げると、
「よくやったな、天江」
「おい、俺のスマホにも、このフォト、ちゃんと送ってくれよ」
石上と豪が顔を覗かせながら、輝男に言葉をかける。
薄暗くなり始めた空の下、鎌倉駅東口で、輝男と桜月たちが、豪、静流と向き合っている。
桜月、葵、千早、静流は、既に私服に着替え直している。
「まさか、あなたたちも卒業旅行でこちらに来てたなんて」
「皆様とお会いした時はビックリしましたが、おかげでいい思い出ができましたわ」
感嘆しながら言ってくる理華に、静流は柔らかな笑みで感謝の言葉を返す。
「ホントに、ここから先は別々でいいのか?」
「あぁ、俺たちは江ノ電の方を利用してるから」
半ば心配そうに言ってくる輝男に、豪はそう言い返す。
「皆様、今日はどうもありがとうございました」
静流は感謝の一礼をすると、豪と一緒に駅の中へと消えて行く。
「気を付けてね」
輝男たちは、遠のく静流と豪に向かって手を振り、挨拶をする。
二人の姿が見えなくなるまで、和やかな表情で彼らを見つめ続ける。
輝男たちの乗ったワンボックスワゴンが、鎌倉駅を後にする。
「最上さんと大富君、卒業旅行に来たって言うけど、この後どうするのかしら……?」
後部座席で桜月がボソッとつぶやくと、
「もしかして、この後、私たちが泊まる宿でも一緒だったりするんじゃ……」
後ろの席に座っている葵が、半ば不安げに言葉を返す。
「まさかぁ……!」
桜月の横にいる理華が、懸念を振り払うかのような一言をすぐに言う。
その間にも、輝男たちの乗る車は、若宮大路にある鎌倉署手前で右折する。
「雨宮先生の実家の方はどうでした?」
「事は無事に済ませることができた。
後は、あちらのご両親が式に来て下さるだけだ」
「よかったですね」
助手席に座る輝男と、運転席でハンドルを握り締める石上が、和やかな表情で言葉をかける。
恩師二人の目的が無事に果たせたことに、輝男は、まるで我が事のように安堵の顔を見せる。
楽しげに会話を続ける桜月たちを背にしながら、卒業旅行一日目の終わりを迎える宿を彼方に見据えようとする。