温かな春の日差しが、街を遠く見下ろす丘陵を見下ろす。
その丘陵内の広々とした敷地の真ん中に、大きなチャペルがそびえ立つ。
敷地の入口にある駐車場に、一台の軽自動車が入り、駐車する。
すぐに、運転席と助手席、後部座席から四人の男女が降り立つ。
「しかし、呆れるよ……
今回、式に出席する明朝学園高校の卒業生、在校生は、必ず、学校制服を着用すること……って」
助手席から降り立った輝男が、久しぶりに袖を通した明朝学園高校の制服姿でため息を付く。
「当然じゃないの。輝男さんたちにとって恩師でもあるお二方がご結婚なさるんですから」
運転席から降りた真純が、柔和な笑みを見せながら輝男に言葉をかける。
ベージュに彩られた気品あふれる礼服姿は、目を見張るものがある。
「さぁ、早く行かないと、式場に入れないわよ」
同じく明朝学園高校の制服を着た桜月が、輝男の右脇から彼の腕にしがみ付くと、
「お義兄ちゃん、急いだ急いだ」
学校の制服を着ている瑠奈が、輝男の左手を引っ張りながら急ぎ足で歩を進ませる。
「おい、瑠奈。式までまだ時間があるんだぞ。
……って言うか、お前まで理華さんと“イシテツ”の結婚式に顔を出してくれるなんて……」
「お義兄ちゃんもママも桜月さんも行くのに、アタシだけ行かないんじゃ、格好がつかないじゃん」
「そうね……。それに瑠奈も、雨宮先生には色々とご迷惑をかけたんですから」
義兄妹の会話に、真純は笑みをこぼしながら口を挟む。
桜月もまた、輝男の横で笑みをこぼしながら式場へと歩を進める。
チャペルの入口には、既に大勢の人だかりができている。
スーツ姿の者もいれば礼服を着ている者もいる。
そして、明朝学園高校の制服を着ている男女も、少なからず認められる。
チャペルに向かう輝男たちは、目の前にいる二人の少女をすぐに認める。
「黒山、それに稲田も」
輝男は、目の前にいる明朝学園高校の制服を着た葵と、グレーのフォーマルジャケットに同色のひざ丈スカートといういで立ちの千早に声をかける。
葵と千早は、輝男の呼びかけに気付き、彼の方を振り向く。
「稲田さんも来てくれたのね」
「去年のクリスマスとこの前の卒業旅行で色々とお世話になったから」
千早は、笑みを浮かべながら桜月に言葉を返す。
「それにしても、この衣装は……」
「東大の入学式の時に着るために買ったものだけど、その前に、今日の結婚式のために着てみようと思って」
自分に言葉をかける輝男をまっすぐ見つめながら、言葉をかける千早。
千早の返事を聞くと、輝男は葵の方に目を向ける。
「しかし、わざわざ学校の制服を着て、式に来い…だなんて……」
「いいじゃないの、めでたい席だし。学校の制服に袖を通す最後の機会なんだから」
輝男と葵がそう言葉を交わすと、
「よぉ、お前ら」
傍から、輝男たちに呼びかける男の声が聞こえてきた。
輝男たちが振り向くと、小中と河原、長峰寿里と苑田栄子、そして、長身が特徴的な宇藤大樹を伴った七海が、輝男たちの前に歩み寄った。
明朝学園高校の卒業生、在校生である彼らも、もちろん学校の制服を着ている。
「先輩たち、お久しぶりです。皆様、お元気で何よりです」
「七海ちゃんもとっても元気で」
七海と桜月が笑顔で言葉を交わすと、
「宇藤君、生徒会の仕事、ちゃんと上手くやっているんでしょうね?」
「えぇ、おかげさまで」
葵と宇藤――新旧生徒会長の二人が、桜月と七海の横で挨拶代わりに言葉をかける。
その傍では、七海の後ろに付いていた制服姿の二人の少女が、瑠奈と何やら話をしている。
「まさか、アンタたちも来てたなんて……」
「私はお姉ちゃんの付き添いだから」
瑠奈は七瀬と言葉を交わすと、彼女の横にいる純に目を向ける。
「純も、わざわざ来る必要なんて無かったのに」
「瑠奈こそ、今まで散々、自分をいじめてたあのババアの結婚式に顔を出すなんて」
「もう、純ちゃんったら、そんなことを言わないで。
今日はせっかくのおめでたい結婚式なんだから」
いずれも半ば呆れたような調子で互いに言葉をかける瑠奈と純に、七瀬はたまらず割って入る。
各々、時が経つのを忘れて話を弾ませる中、輝男も友人二人と話を弾ませる。
「しっかし、この前、引っ越しに駆り出された時は、マジできつかったよ」
「高校を卒業して、やっと“イシテツ”の重圧から解放されたかと思ったら、今まで一番最低なくらいに俺たちをこき使いやがって」
「そんなの、俺だって同じだよ」
愚痴をこぼす小中と河原に共感するかのように、輝男が苦笑混じりに言葉をかける。
そこへ、寿里と栄子が顔を覗かせて来る。
「何、言ってんの? 理華先生の間近にいて、ホントは鼻の下、垂れまくっていたくせに」
「どうせ、理華先生のオッパイを横目で見ながらやってたんでしょ?」
寿里と栄子が、“彼氏”でもある同級生二人に向かってからかいの言葉をかける。
途端、小中と河原は遠目にもわかるくらいに顔を真っ赤にする。
「おい、栄子! ふざけたこと言うんじゃねぇよ!」
「寿里! お前、俺のことを最低スケベ野郎だと思ってたのか!」
小中と河原がたまらず怒りの声を上げると、寿里と栄子は、素早く輝男の後ろに隠れる。
「天江く――ん、助けて―――」
「何、言ってんだよ。自分たちで勝手に騒ぎを起こしたくせに」
背中に隠れながら声を揃えて叫ぶ寿里と栄子に、輝男は呆れ果てた面持ちで言い返す。
恩師二人の結婚式を前に、久しぶりに顔を揃えた彼らは、時が経つのを忘れたかのように楽しく声を弾ませ、会話を交わす。
そんな輝男たちを、向こうの方から一つのまなざしが凝視している。
「う―――……! アイツら、アタシの輝ちゃんにベッタリして……!」
グレーの色彩をした清楚なツーピースドレスをまとう小春が、同級生たちに囲まれている輝男を嫉妬のまなざしで遠望する。
すると、
「何、こんなところで焦れってんだよ?」
すぐ横にいる群青のスーツを着た豪が、呆れたかのように声をかける。
「小春さんなら、周りの皆さんを押しのけて輝男さんのすぐ目の前に行くことくらい、造作もありませんわ」
豪の横に寄り添う桜色の礼服姿の静流が、小春に柔和な笑みを浮かべて言って来る。
兄と静流に続けて声をかけられ、小春は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「そうしたいのは山々だけど……」
そう言うと、小春は豪、静流とは反対の方向を振り向く。
振り向いた先には、黒を基調とした着物姿の母・小夜子が立っている。
「小春……」
これ以上は無い満面の笑みを浮かべながら呼びかける母に、小春は苦り切った顔で萎縮してしまう。
さすがの小春も、母からのプレッシャーを押しのけることはできないようだ。
すると、真純が小夜子の前に静かに歩み寄って来た。
「大富さん、今日は、わざわざ、晴れの席にお出で下さってありがとうございます」
真純が笑みを浮かべながら一礼すると、
「こんな素敵な結婚式を知らせて下さったのですから、行かないわけには参りませんわ。
それに、雨宮先生には、うちの小春が色々と迷惑をかけっぱなしでしたし……
豪も、この前の鎌倉旅行でお二人のお世話になりましたから……」
小夜子もまた、笑みを見せて言葉を返す。
二人の傍では、豪と静流が、チャペルに入って行く人ごみを遠望する。
「しかし、思ったより、いっぱい来やがったものだなぁ……
これじゃあ、俺ら、入れねぇんじゃね?」
「ここのチャペルは、百人近くは余裕で入れるのですが……
もしかしたら立ち見もあるかもしれませんわ」
ため息交じりに言葉を交わしながら、二人はチャペルに入ろうと歩を進める。
一方、既にチャペルに入った輝男は、横にいる葵に話しかける。
「そう言えば、那須先生は? ずっと見かけてなかったけど」
「もう、既に来ていて、花嫁の控室に向かったわ。
何でも、“時間が許す限り、自分を差し置いてゴールインした花嫁を死ぬほど冷やかす”とか言って……」
葵の返答を聞くと、輝男は苦笑いしながら閉口する。
(真白さんらしいや……)
この場にいない花嫁の同僚のことで、内心、呆れながら独白する。
間も無くして、輝男たちは式場の席に着席していく。
他の出席者も各々、着席を済ませ、晴れの式を今か今かと待ち受ける。
◇ ◇ ◇
チャペル内の式場を、おごそかな雰囲気が覆う。
式場には、整然と席に着く参列者たちの姿が、隙間も無いくらいにひしめいている。
前から三番目の列に着席している輝男は、桜月、葵、千早に左右から挟まれながら、前方に見える新郎新婦を見つめる。
輝男たちが見つめる先には、白のタキシードをまとう大柄な男性と、純白のウェディングドレスをまとう新婦が、神父と向き合っている。
「汝、石上鉄也。汝はこの者を妻として、終生、連れ添うことを誓うか?」
「誓います」
神父の問いかけに、白のタキシードをまとう石上は、今までに無い真剣な面持ちで即答する。
「汝、雨宮理華。汝はこの者を夫として、終生、連れ添うことを誓うか?」
「誓います」
続けて問いかける神父に、ウェディングドレス姿の理華は、神妙な面持ちを見せながら一言、言葉を返す。
長い髪を後ろに束ね、濃いめの口紅を塗っている理華は、石上と正面に向き合う。
石上は真剣な面持ちを崩さず、理華の細い右手の薬指に結婚指輪をはめる。
理華もまた、神父から差し出された指輪を手にすると、石上の右手の薬指に結婚指輪をはめる。
(理華さん、今まで一番、きれいだ……)
輝男は唇を固く結びながら、愛しそうに理華を見つめ、内心、感嘆の念を吐く。
途端、これまで数え切れないくらいに繰り広げた理華とのセックスが、否応なく脳裏に浮かび上がる。
何度も体を重ね、愛欲、淫欲で結ばれたかつての担任の晴れ舞台を、まっすぐ見つめたまま離さない。
結局、他の男と結ばれる結果となったが、輝男は残念がり、嫉妬するどころか、逆に嬉しく、晴れ晴れとした気持ちを見せる。
理華が本当の幸せ、大切な絆を得たことを、まるで我が事のように嬉しく思っているのだ。
それも、一生を共にするに最もふさわしい相手と結ばれて……
「雨宮先生、本当に幸せそうですわね……」
「えぇ……。石上先生も、今までに無いくらいに立派で頼もしそうで……
正直、うらやましい限りです。
私も早く、素敵な旦那様を見つけたいわ」
輝男たちの向かいの席に並んで隣席している真純と真白が、小声で言葉を交わしている。
二人もまた、晴れて一生の伴侶として結ばれる理華と石上を愛しそうに見つめる。
(うちの人と式を挙げた時のことを思い出すわ……)
真純の横で理華と石上を見つめる小夜子が、感慨深げな笑みを浮かべながら、内心、感嘆の念をつぶやく。
一方、最後列の席では、
「何よ、あのババア、すごい綺麗じゃない」
「ホント、別人みたい」
学校の制服を着ている瑠奈と純が、小声でささやき合っている。
すねたような口ぶりで理華を見つめる瑠奈と純に、
「もう、二人とも、今は素直に祝ってあげなきゃ」
横に座っている七瀬がたしなみ、
「雨宮先生も石上先生も、本当に幸せそう……」
七海が感嘆の念を口走る。
指輪交換を終えた理華と石上だったが、そのまま互いにまっすぐ向き合っている。
次の瞬間、二人は同時にまぶたを閉じ、そのまま唇を重ねる。
自分たち同士の愛と絆が確かなものであることを示すかのような今の接吻に、式場のあちこちからため息が漏れる。
「ハァ―――……アタシもあんな結婚式がしてみたいわ……」
「ですね」
深くため息を付く小春の横で、静流が笑みを浮かべながら一言、相槌を打つ。
二人の横にいる豪は、無言で式を見続けているが、間近から振り向く静流を認めると、すぐに顔を赤くしてソッポを向く。
「何だよ、“イシテツ”のヤツ、今まで一番、カッコいいじゃねぇか」
「まったくだ」
輝男たちの真後ろの席に座る小中と河原が、正面に見える理華と石上を見ながら感嘆の念を漏らす。
二人の横にいる寿里と栄子は、感激の余り、言葉を失っている。
更に言えば、小中の真横に寄り添う姉・香菜子も、無言のまま、弟の恩師の晴れの姿に感極まっている様子だ。
◇ ◇ ◇
チャペルの外に多くの人々が群がっている。
明朝学園高校の制服を着ている者も、晴れの衣装を着ている者も、あちこちに固まって賑やかな会話に興じている。
「石上先生、雨宮先生、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。
真純さんにそう言ってもらうと、私たちも嬉しい限りです」
柔和な笑みで祝福の言葉をかける真純に、ウェディングドレス姿の理華が、笑みを浮かべて感謝の言葉を返す。
「お二人を見ていると、主人と結婚した時のことを思い出しますわ」
真純の横にいる小夜子が、和やかな笑みを浮かべながら理華と石上に言う。
しかし、理華と石上の横に立っている白のワンピースドレスをまとう真白は、面白くなさそうな表情で両腕を組み、仁王立ちする。
わざとらしく大きなため息を付くと、無事、式を執り行なった同僚二人に向かって話しかける。
「ホント、あなたたち、腹が立つくらいに幸せね……。さっさと離婚しちゃえ」
「もう、真白ったら、こんな晴れの日にふざけたこと言わないで」
思いっきりすねたかのように言って来る真白に、理華はあしらうかのような言葉を返す。
二人の今のやり取りに、その場にいた一同はドッと笑い声を上げる。
やがて、笑い声が収まると、何故か真純が物憂げな顔を見せる。
「どうしたんですか? 真純さん」
真純の異変に気付いた理華が声をかける。
「あ、いえ、すみません。せっかくの晴れの日に……
実はこの式の二日後に、うちの義息(むすこ)が東京へ引っ越すことになりまして……」
重い表情を浮かべながら、胸の内に抑えていた憂いを吐露してしまう真純。
真純の今の吐露に、理華や真白、石上、そして、小夜子も、物憂げな顔を見せる。
大学進学のためとはいえ、最愛の義息(むすこ)と離れ離れにならなければいけない義母の心痛を、まるで我が事のように受け止めようとする。
「我々も、当人の進学のためだと受け入れてはいるんですが……
いざ、その時が来るとなると、やはり、一抹の寂しさは抑えようがありません」
「天江君だけじゃなくて、黒山さんや日向さん、それに他の生徒も……
皆、ここを離れて東京や他のところへ、進学や就職のために出て行くんですから」
石上と真白は、可愛い教え子たちとの別離に対する寂しい思いを、この機に吐露する。
すると、
「ご心配には及びません。輝男さんたちのことは、私どもが責任をもって面倒を見てあげますから。
どうか、ご安心下さい」
小夜子が、寂しい気持ちを隠せない真純たちをまっすぐ見つめながら、わずかでも揺るがない口調で言葉をかける。
十分な責任と自信を伴った小夜子の今の言葉に、真純たちは表情を和ませていく。
一方、チャペルの入口手前では、小中、河原、寿里、栄子、そして香菜子がその場に踏み止まっている。
「ハァ―――……理華先生のウェディングドレス、最高にきれいだったよな……」
「あぁ……マジで、“イシテツ”にはもったいなさ過ぎるって感じだったぜ」
小中と河原がため息交じりに言葉を交わす。
彼らの脳裏には、さっきまでの結婚式が克明に浮かび上がったまま離れない。
恩師二人の人生の門出に、呆然とし、言葉を失うばかりである。
そこへ、寿里が小中と河原の間に割って入る。
「いいじゃない。二人とも幸せそうで。
羨むのも結構だけど、ここは先生たちの幸せな結婚生活がいつまでも続くことを願わなくちゃ」
「そうよ。アンタ、散々、雨宮先生に迷惑かけっぱなしだったんだから、それぐらいのことはしてあげなさい」
寿里の呼びかけに添うように、香菜子が弟に言葉をかける。
途端、一同の間でドッと笑い声が上がる。
しかし、ただ一人、栄子だけが浮かない顔でため息を付く。
「いいなぁ……」
寂しそうにボソッとつぶやく栄子に、小中たちはすぐに笑い声を引っ込ませる。
彼らはすぐに栄子と顔を向き合わせる。
「寿里と河原君は来月、四月からも、今度は関東国大で一緒じゃない。
でも、あたしは……」
寂しそうにつぶやく栄子に、寿里と河原は表情を曇らせる。
栄子が言わんとしていることをすぐに理解し、彼女への共感を示そうとする。
香菜子、そして小中も、栄子の今のつぶやきに表情を曇らせる。
しかし小中は、すぐに真剣な表情を栄子に見せる。
「俺は東京に行っても、お前のことを決して忘れないから。
俺たち、離れ離れになるけど、もう二度と会えないわけじゃ無いし」
「もう……そんなことを言っても、何の気休めにもならないんだから」
慰めの言葉をかける小中に、栄子はすねたかのように、赤らんだ頬をムッと膨らませる。
しかしすぐに、いじらしい表情を同級生にして恋人でもある小中に見せる。
「向こうの東大でもちゃんと頑張ってね……
あたしも、タカのこと、絶対に忘れないから」
ときめくような面持ちで顔を赤らめながら、小中に言葉をかける栄子。
彼女の今の言葉に、小中もつられて顔を真っ赤にする。
途端、河原は冷やかすかのように口笛を吹き、寿里と香菜子はやんやと囃し立てる。
「おい、お前ら、いい加減にしろ!」
小中は顔を真っ赤にしたまま、自分と恋人をからかう友人たちに向かって声を荒げる。
すると、栄子も含めた一同は、またもドッと笑い声を上げる。
腹の底から、心から笑い声を上げ、小中たちは和やかな雰囲気を取り戻す。
すると、ふと後ろを振り返った寿里が、視線の先にあるものに気付いた。
「あれ、天江君たちじゃない?」
寿里が振り返り、指を差した先、チャペルの真横にある芝生の上で、輝男は誰かと向き合っている。
小中、河原、栄子、香菜子も、輝男のいる方を振り向く。
すると、輝男が四人もの少女と向き合っているのを見た。
「おい、日向と黒山がいるが……」
「この前、文化祭に来てくれた娘たちもいるぞ。どういうことだ?」
河原と小中は、輝男と向き合う桜月、葵、そして小春と千早を認め、一様に首を傾げる。
チャペルの真横に立つ輝男は、桜月、葵、小春、千早の四人とまっすぐ向き合う。
桜月と小春を真ん中にして、葵と千早がそれぞれの両脇に立つ。
「輝ちゃん、そろそろハッキリさせてくれない?」
小春が自信に満ちたような笑みを浮かべながら輝男に呼びかける。
「何のことだ?」
輝男がわずかでも動ずる様子を見せずにたずね返すと、
「アタシたちの中で一番の大本命は誰か、ハッキリ言って」
小春は自信に満ちた笑みを崩すことなく、肝心の申し出を言い放つ。
途端、輝男は驚愕の形相を赤らめる。
さっきまでの落ち着いた態度を一変させ、動揺に満ちた面持ちを見せる。
驚き、揺れる輝男の真向かいで、桜月、葵、千早は、何かを待ち受けるかのように、緊張とときめきの入り混じった顔を赤らめる。
ただ一人、小春だけが、勝利を確信したかのような自信あふれる笑みを崩さない。
そんな輝男たちを、すぐ傍で二組の集団が凝視する。
「アイツ……日向や黒山と付き合っていたってわけかよ!?」
「……って言うか、天江のヤツ、二股、三股…ってレベルの話じゃないぜ」
輝男たちのやり取りを傍観していた小中と河原が、ずっと隠されていた事実を知り、驚愕してしまう。
しかし、寿里と栄子、香菜子は、驚愕する小中と河原の傍でクスッと笑みをこぼす。
薄々、勘付き、あるいは、既に了解していることを間近の男二人が初めて知ったことに、笑いを抑えられずにいる。
そして、別の方では、
「おい、あっちの輪に入らなくていいのか?」
同じく、輝男たちのやり取りを傍観していた豪が、横に寄り添う静流に声をかける。
豪の呼びかけに、静流は恥ずかしそうな笑みを赤らめ、足を動かそうとしない。
「輪に入りたいのは山々ですが……豪さんのいる手前、できる相談ではありませんわ」
丁重に断りの返答を言う静流に、豪はヤレヤレと苦笑いを浮かべる。
小中たちと静流、豪――彼らは共に別々の思いを抱えながら、四人の美少女と向き合う輝男を見つめ続ける。
輝男は若干、落ち着きを取り戻した表情で、桜月たちをまっすぐ見つめる。
そして、すぐにゆっくりと口元を開く。
「今の俺には……一番の大本命なんていない……」
神妙な面持ちを見せながら、小春からの問いかけに対する返答を言う。
輝男の今の返答に、桜月、葵、千早は、わずかでも動ずる様子を見せず、黙って耳を傾ける。
当てが外れたはずの小春も、表情を落ち着かせながら、今の輝男の言葉に黙って聞き入る。
「桜月、葵、小春、それに千早……
俺にとって、君たちは同じくらいに愛しい大切な人たちだ。
誰が一番で、誰がそうでないかは、俺には決めることなんてできない。
もし、今、一番の大本命が誰かを言えば、それ以外の娘たちを皆、傷付け、最悪、切り捨ててしまうことになる。
そんなことをするくらいなら、一番の大本命なんて初めから考えず、皆、同じように仲良く絆を結び続ける」
自ずと真剣みを増しながら言葉を続ける輝男に、桜月、葵、小春、千早は、自ずと神妙な面持ちを見せながら、彼とまっすぐ向き合い、彼の言葉に静かに耳を傾ける。
豪や静流、そして、小中たちも、つられるかのように神妙な面持ちを見せ、輝男たちをまっすぐ見つめる。
「俺にとって大事なのは、君たちとの絆をいつまでも続けること。
そして、自分と、愛しい大切な人たち、仲間との絆と、将来の夢、それに幸せな人生……
その大切なことのためにこれからも頑張ることが、俺にとって一番、大事なことなんだ。
それだけはわかってくれ。
君たちの大切な絆をぶち壊すようなことだけは、俺は絶対にしたくないんだ」
真剣な表情で率直な思いを言う輝男に、桜月、葵、小春、千早は、感極まったかのような面持ちで言葉を詰まらせる。
「輝男君……」
「天江君……」
「輝ちゃん……」
何度も愛欲のままに体を重ねた最愛の男の名を呼びかける以外に、今の彼女たちにできることはない。
輝男は桜月たちの今の呼びかけに、若干、表情を落ち着かせる。
すると、
「天江君ったら、ホントに煮え切らないんだから」
横から、半ば呆れたかのように言ってくる声が、輝男の耳に流れて来た。
今の言葉に、輝男はハッと我に返ると、すぐに声が聞こえてきた方を振り向く。
輝男が振り向くと、小中と河原、そして、寿里と栄子、香菜子が、こちらへと歩み寄って来るのが見えた。
「でも、そこがどこか憎めないんだよね」
からかうかのように栄子が言うと、
「一番の大本命なんて選べないって言ったけど……
ぶっちゃけ、そこにいる娘、皆、一まとめにしたいってことなんだろ?」
河原もまた、からかうかのような言葉を輝男にかける。
「日向ばかりか、“鬼の生徒会長”とまで言われた黒山とも付き合っていたとはねぇ――」
河原のすぐ横にいる小中が、露骨なまでのにやけ顔で、輝男、そして、桜月と葵をにらむ。
冷やかすかのような小中の言葉に、輝男は険しい表情を紅潮させる。
「おい、いい加減にしろ、小中!」
「……って言うか、俺なんか中々、カノジョができなかったのに、お前、ちゃんとカノジョがいるばかりか四股なんてかけやがって」
輝男の怒りの声を小中がはね付けると、
「せめて一人くらいおすそ分けしてくれないか。
できれば、あの金髪でオッパイの大きい…」
小春にチラッと目を向けながらただならぬことを言ってのけようとする。
しかし、小中が言葉を終えるより先に、何者かの足が彼の足を力強く踏み付ける。
「何すんだよ、栄子!」
小中は横にいる栄子が自分の足を強く踏んづけているのを認め、苦痛の声を上げる。
と、そこへ、姉・香菜子の拳固が弟の頭に命中した。
「タカのバカ! あたしという者がいながら……!」
「このおめでたい席で、どさくさに紛れてふざけたことを言って……!
一家の面汚しもいいところだわ!」
桜月たちの件で輝男を執拗にからかう小中に、カノジョと姉が揃って怒りと恥じらいの声を上げる。
しかし、栄子はすぐに小中から離れると、桜月たちを押しのけるようにして輝男の右腕にしがみ付く。
「タカがその気なら……あたしも今から天江君に鞍替えするから」
桜月たちがいるのを承知の上で、恋人に向かって無情な言葉を投げかける。
すると、
「じゃあ、せっかくだから、私も天江君に乗り換えようかな」
寿里がすかさず輝男の左腕にしがみつく。
突然ともいえる栄子と寿里のまさかの行為に、桜月と葵は驚くばかりだ。
「黒山さん、これで私たちも天江君のハーレムメイトね」
葵が言い返すよりも先に、寿里が不敵な笑みを見せながら言葉をかける。
「ちょ、ちょっと栄子、そりゃあんまりだぜ!」
「寿里、どうしてお前まで!?」
恋人のまさかの裏切りを目の当たりにして、小中と河原が愕然とした思いを叫ぶ。
すると、寿里と栄子はすぐに輝男の腕から身を離す。
「冗談よ、冗談」
「……ったく冗談が過ぎるぜ」
声を揃えて言ってくる寿里と栄子に、小中と河原は揃って呆れ果て、ため息を付く。
途端、一同の間からドッと笑い声が上がった。
まさかのハーレム?発覚とその後のちょっとしたゴタゴタも、輝男たちの心からの笑いでスッキリとしていく。
やがて、輝男が桜月たちと一緒に笑いを収めると、
「天江君」
傍から輝男に呼びかける声が、彼の耳に入った。
輝男が振り向くと、香菜子が笑みを浮かべながら輝男をまっすぐ見つめていた。
「皆、素敵な娘たちばかりじゃない……
あの娘たちと分け隔てなくずっと仲良くしていくのは、正直、厳しく、責任重大だけど……
その辺の覚悟はちゃんとできてる?」
「心配しないで下さい。
桜月たちとの絆は、どんなことがあってもこれからも大事にしますから」
今しがた、桜月たちにかけた言葉の真剣さを確かめようとする香菜子に、輝男は自信ある笑みで応じる。
輝男の返答に、香菜子は安心したかのような笑みを見せる。
「ホント、天江君って、肝心なところではちゃんとしてるんだから」
香菜子の傍で、寿里がため息交じりに言うと、栄子は同意でもするかのように深くうなずく。
そんな若人たちの光景を、少し離れたところにいる理華たちが眺める。
「天江のヤツ、今はまだいいかもしれんが、後々、面倒なことになるぞ」
可愛い教え子の一人である輝男のまさかのハーレム?を目の当たりにして、石上は思わず呆れ、深くため息を付く。
「鉄也さん、天江君たちだって、その辺の分別はちゃんとわきまえてますから。
ここは若気の至りと言うことで大目に見てやって下さい」
横にいる理華が、笑みを浮かべながらやんわりと最愛の夫をたしなめる。
すると、横から何者かの肘が理華を突く。
理華が横を振り向くと、真白がフッと不敵な笑みで理華をにらむ。
「せっかくの機会だから、天江君とのことを旦那様に…」
「死んでも言わないで」
からかうかのように、最も隠しておきたいことを言ってのけようとする同僚に、理華は鋭い調子で沈黙をうながす。
そんな彼らの傍にいる真純と小夜子は、なおも固く群がりながら仲良く、楽しそうに会話を交わす輝男たちを、愛しそうに見つめている。
否、真純や理華たちだけじゃない。
いくつものまなざしが、最愛の少女たちや仲間たちに囲まれている輝男を遠くから見つめている。
「天江先輩って、あんなにモテモテだったなんて……
小中先輩とはエラい違いだ……!」
宇藤は輝男たちの今のやり取りを遠望しながら、思わず驚愕の声を上げる。
そんな彼の横では、
(私も本当なら、桜月さんたちと一緒にいたかったのに……)
七海が柔らかな笑みを浮かべつつも、その奥で寂しい思いをつぶやく。
誰にも負けない輝男への想いとその輝男との別離が間近い寂しさが、彼女の中でせめぎ合っている。
「もう兄貴ったら、どこにいるのかと思ったら、あんなことして……」
桜月たちに囲まれたままの義兄を見て、瑠奈は不機嫌な顔で呆れ、ため息を付く。
「悔しいけど、この様子じゃあ、アタシ、割って入れそうにないわ」
「うん……」
純と七瀬もまた、遠くから輝男たちを見つめながら口惜しそうにつぶやく。
ごった返すほどあった人の波が薄れる中、輝男たちは、ようやくと言った様子でチャペルを後にしていく。
「輝ちゃん、次はアタシたちの番だよね」
「おいおい、それより大事なことがあるだろ?」
真横に寄り添いながら嬉々として言って来る小春を、輝男は素っ気なくあしらう。
小春と一緒に挟むようにして輝男の横にいる桜月は、チラチラと輝男の方を振り向きながら、どこか物思いに耽るかのような顔を見せる。
(輝男君、一番の大本命なんて今のところいないし、考えてもいないって言うけど……
本当かしら……?
それとも……)
輝男の内心の深奥を探るかのように心の中でそうつぶやく桜月。
一方の輝男は、正面を見据えながら、やはり物思いに耽るかのような顔を見せる。
(今日の理華さんと石上先生の結婚式、本当に素敵な式だったな……
俺の場合、式を挙げられるのはいつになることやら……
そもそも、俺が結婚する相手って、一体、誰になるのか……?)
理華と石上の結婚式を思い返しながら、遠い遠い先のことについ思いを馳せる。
それでも今は、輝男も桜月も、他の皆と同じように帰途に着こうとする。