タワーマンション内のリビングで、輝男と真純が向き合っている。
窓に映る澄み切った春の空が見つめる中、テーブルの上に並べられたメニューを口にする。
リビングにある時計の針は、十二時十分を指している。
義母子(おやこ)二人で昼食を進める中、真純が口を開く。
「明日、引っ越しだけど、準備の方はどうなってるの?」
「今の時分で詰め込める荷物はちゃんと詰んであるよ」
昼食を食べながら、義母からの問いかけに答える輝男。
「机とかベッドはどうするの?」
「向こうの方にデスクとベッドが用意されてるから、こっちからは持っていく必要は無いよ」
「そう……。それならいいんだけど」
義息と一言、二言、言葉を交わすと、真純は昼食を再開する。
輝男もまた、真純とテーブル越しに向き合いながら昼食を進める。
(明日の今頃は、もう向こうにいるんだよな……)
平素の表情を装う奥で、寂しい思いをつぶやく。
自ら選んだ道とはいえ、こうして、最愛の義母と一緒に食事をするのも、今の昼食を含めてあと二、三回だけだと思うと、否が応にも寂しい気持ちが募っていく。
しかし、内心の寂しさを平素の表情で必死に押し殺しながら、黙々と昼食を進める。
十数分経った頃――
輝男は一人、リビングで腰を下ろしている。
向こうのキッチンでは、真純が後片付けで食器を洗っている。
昼食を終えたものの、ずっと椅子に腰を下ろしている輝男は、スマートフォンで誰かと電話をしている。
『輝ちゃん、今、どこにいるの?
もしかして、もう、既に東京に引っ越しちゃったの?』
「いや、まだ、こっちにいるよ」
電話の向こうから聞こえて来る少女からの問いかけに、輝男はすぐに返答する。
『よかったぁ。実は、私も今、そっちにいるの』
「え? マジで!?」
電話相手が続けて言うと、輝男は思わず驚きの声を上げる。
驚き、戸惑う輝男に構わず、電話の向こうから少女の声が話しかける。
『この後、何か大事な予定でもある?』
「いや、別に無いけど」
『だったら、久しぶりに付き合ってくれない?』
「あ、あぁ……いいけど……」
いささか覚束ない調子で応諾の一言を返すと、
(まさか……よりによって、こっちに来てるなんて……)
今の電話相手に対することなのだろう。
内心、驚きと戸惑いの念をつぶやく。
◇ ◇ ◇
一時間ほど経った頃――
街の中心街から遠く外れた閑静な住宅街の大路を、輝男と私服姿の少女が並んで歩く。
白いTシャツの上に青のジャンパーをまとい、下はデニムのショートパンツと紺のハイソックス、履き慣れた感のあるスニーカーといういで立ちをしている。
艶やかな長い黒髪を後ろに束ね、その上にキャップを被り、特徴的なクリッとした目を黒縁メガネで覆っている。
辺りに点在する桜の木から花びらが散り、輝男と少女の辺りを舞う。
まっすぐ歩を進めながら、時折、桜の木を見上げる輝男の横で、少女は嬉しそうな笑みを浮かべながら、輝男の手をギュッと握る。
強めに握っているが、柔らかな肌触りと人肌の温もりが、手のひらを通して輝男の神経を伝う。
「どうして、わざわざ、ここまで足を運んだんだ?」
「だって、輝ちゃん、明日、東京に行くって言うから。
その前に、小さい頃、一緒に過ごしたこの街で、久しぶりに二人きりで楽しいひと時を過ごせたらなぁ……って。
それに、昨日まで一ヶ月半もずっと仕事漬けだったんだから。
ドラマや映画の撮影、テレビ番組の出演、他にも色々……
ちゃんと一日丸ごとオフが取れるのは、今日しかなかったから」
「君も相変わらず大忙しなんだな……」
真横から寄り添う泉梓――すなわち、幼なじみである海原泉の言葉に、輝男は呆れながらため息を付く。
輝男の幼なじみにして人気アイドル、美少女女優である泉は、貴重な休日を利用して輝男に会いに来たのだ。
もちろん、他の者にはそれとわからないように変装をした上で、今、輝男と一緒に街中を散策している。
数分後、輝男と泉はとある大きな建物の正面入口前に立っている。
二メートルはある高い塀に囲まれた広大な敷地の真ん中に、三階建ての建物が二棟、渡り廊下でつながっている。
「全然、変わって無いね……。昔のままだわ……」
泉は目の前の建物を眺めながら、感慨深げにつぶやく。
すぐ目の前にある建物の正門の横には、
青春(あおはる)市立 青春(あおはる)第一小学校――
と、建物の名を横書きで刻んだ看板が掲げられている。
輝男と泉は、共に小学校時代を過ごした――ただし、泉は途中までだったが――思い出の母校をしばしジッと見つめ続ける。
敷地内に植えられている桜の木から飛び散った花びらが、校舎の周りを舞い、彩りを添えている。
輝男はスマートフォンを取り出すと、桜の花びらが舞う母校の校舎をフォトアプリで収める。
泉もまた、スマートフォンを取り出し、心ならずも中途で離れざるを得なくなった母校を写真に収める。
◇ ◇ ◇
母校の小学校から一キロほど離れた公園の腰かけに、輝男と泉は並んで腰を下ろす。
輝男はスマートフォンを手にすると、ディスプレイに次々と写真を表示させ、スライドする。
横にいる泉が、覗き込むようにしてスマートフォン内の写真を見る。
さっき、写真に収めた小学校の校舎をスライドすると、別の校舎が表示される。
「これは、俺が通ってた中学校の校舎。
今頃、義妹(いもうと)が部活をやってる最中なんだ」
そう説明すると、今度は明朝学園高校の校舎を表示させた。
「去年、映画のロケで使わせてもらった輝ちゃんとこの学校ね」
フォトアプリに収められた明朝学園高校の校舎を見ながら、感慨深げに言う泉。
彼女の脳裏に、去年、図らずも幼なじみと再会した時の記憶が克明によみがえる。
「偶然とはいえ、あそこで輝ちゃんと久々に会えるなんて夢にも思わなかったわ。
もし、輝ちゃんと出会ってなかったら、今頃、どうなってたか……」
「別に、俺に久々に会わなくたって、アイドルや女優をやってることに変わりなかったじゃないか」
輝男の素っ気無い返事に、泉は思わずムッと不機嫌な顔を見せる。
「ひどい。輝ちゃんと会ってなかったら、もっとひどいことになってたんだから」
幼なじみとの僥倖を今でも忘れない泉は、当の幼なじみのぞんざいな態度に不機嫌な声を上げる。
輝男とて、幼なじみをないがしろにするつもりなどない。
しかし、それでも、彼女の置かれている境遇を思うと、素直に喜ばしい気分になれないようだ。
泉は輝男に不機嫌な声をかけたかと思うと、すぐにしんみりとした表情を彼に見せる。
「……でも、できることなら、やはり、輝ちゃんと一緒の高校に通いたかったな。
アイドル、女優じゃなくて、一人の名も無い人間として……
輝ちゃんと一緒に授業を受け、楽しい思い出を分かち合って、そのまま一緒に卒業して……」
もう、かなうことのできない思いをつぶやくと、自ずと寂しそうな表情を見せる。
寂しそうにうつむく泉の横で、輝男は、スマートフォンのディスプレイに表示された高校の校舎をジッと見下ろす。
すると、脳裏にとある光景が浮かび上がった。
桜月や葵、小中、河原たちに加えて、千早、更には泉と一緒に授業を受けている光景――
そして、千早や泉も加えた一同と一緒に昼食を食べ、楽しく語り合い、そして、一緒に学校を巣立っていく光景――
輝男もまた、かないたくてもかなうことができなかった光景を脳裏に浮かばせ、自ずと物憂げな顔を見せる。
しかし、迷いを振り払うかのように写真をスライドさせる。
間も無くして、ディスプレイに一つの墓石が表示された。
「これは?」
泉が横から顔を覗かせ、スマートフォンに表示された墓石の写真を見て、たずねる。
「母さんの墓……この前の春分の日に、墓参りに行った時に撮ったんだ……」
生母の墓標を見せながら説明する輝男。
輝男の沈痛な表情を間近にして、泉は悲哀に満ちた顔を見せる。
「お母さん……の……」
自身もよく知っている輝男の生母のことに、沈痛な面持ちで言葉を失う。
時に優しく、時に厳しく、十二分な愛情をもって育ててくれた今は亡き最愛の生母のことを、輝男は否応なく思い出す。
愛情に満ちた懐かしい思い出、そして、悲痛な死別が、輝男の脳裏にこびり付いたまま離れない。
心の奥底に押し込めていた悲痛を自ら思い返す輝男に、横から寄り添う泉は言葉を失うばかりだ。
それでも、愛しさと悲哀が混ざったまなざしで輝男を見つめ、彼に対する共感を示そうとする。
十数分、経った頃、輝男と泉は腰かけに腰を下ろしたまま、すぐ傍の自動販売機で買った缶ジュースを飲んでいる。
ジュースを飲むと、輝男は泉に向かって口を開く。
「あれから、そっちの方はどうなんだ?」
「今のところ、私は相変わらず頑張ってるわ」
「そうか……」
一言、そう言い返すと、輝男は飲みかけの缶ジュースを飲み干す。
輝男がジュースを飲み終えると同時に、泉が口を動かす。
「そう言えば、風の噂に聞いたんだけど……
去年の秋に輝ちゃんを芸能界にスカウトしようとした例の女社長……
今、妊娠五ヶ月くらいなんだって」
話を切り出した泉に、輝男は横で首を傾げる。
何のことかすぐに思い出せなかった輝男だったが、間も無くして、一人の女性の姿が脳裏に浮かんだ。
義母のかつてのライバルにして、今や芸能事務所のやり手の女社長となっている深山深雪――
芸能界へのスカウトを巡って深雪と対峙し、彼女を抱いたことを思い出していると、
「その人、今年に入ってから芸能事務所のスタッフと結婚したんだけど……
お腹の中の赤ちゃん、旦那さんとの子供じゃないないらしいの」
横にいる泉が、ただならぬ噂を輝男に言って来る。
輝男は、努めて落ち着いた表情を装いながら泉の話を黙って聞いていると、
(確か、深山さんと会ったのはちょうど半年前……
……でも、まさか……)
内心、不安にも似た驚愕の念をつぶやく。
深雪と出会い、彼女とセックスした時の時期と彼女の受胎が合致し、言い知れぬ不安が頭をもたげる。
それでも、横にいる幼なじみに余計な心配をかけさせたくないためか、まるで、今の話を軽く聞き流すかのように、平然とした態度を装う。
一方の泉は、すぐ傍にいる幼なじみの不穏な心中を知ってか知らずか、そのまま話を続ける。
「それと……その深山社長の事務所なんだけど……
また、新しい子をスカウトして、事務所に入れたみたいなの。
そちらの方は、輝ちゃんと違って、断るどころかすんなりと受け入れちゃって」
「…ったく、どうせ、二、三年で簡単でポイ捨てされる消耗品にしかなれないのに……
とんだ物好き…って言うか、とんだバカがいたもんだな……」
今、泉が言った次の話題に、輝男は呆れ顔でため息を付く。
かつての真純や今の泉の件で、芸能界、芸能人によからぬ印象を刻み込んでいる輝男は、自ら芸能界に飛び込んだという新人に、呆れる気持ちと憐みの念を併せてわき上がらせる。
「何でも、その新しい子……
この前、東大の入試に落ちて、家にまったく居場所が無くなって途方に暮れて……
このまま人生や社会に絶望するくらいなら……って気持ちで、今回のスカウトを受け入れたらしいの。
顔もよくてスタイルも悪くないし、東大を目指すほどの頭を持ってるって言うから……
向こうの事務所も社長さんも久々の大型新人だって色めき立っているとか……」
「東大に落ちたからってやけくそになって芸能界入りするなんて……
その辺の落ちこぼれよりもどうしようもないバカじゃないか」
泉の今の話に、輝男は呆れ果てた面持ちで深くため息を付く。
しかし、泉は構わずそのまま話を続ける。
「その新人……確か……鬼頭…良真って人だと言ってたわ……」
深雪が社長を務める事務所がスカウトしたという若者の名を聞いた途端、輝男はハッと何かに気付いたかのような顔を見せる。
輝男の脳裏には、鬼頭良真の姿が克明に浮かび上がる。
初めて出会った時の鬼頭の傲慢極まりない態度――
過去の古傷で千早を脅した鬼頭を怒りに任せて殴ったこと――
東大受験に落ち、悲嘆と絶望の余り、自殺を図ろうとした鬼頭を押し留めたこと――
鬼頭にまつわる様々な記憶を思い返すと、
(いくら、東大に落ちて絶望のどん底にあるからといって……
親代々の東大卒エリートの家の者が、自ら進んで消耗品に毛が生えた程度の存在に成り下がるなんて……)
幾度も衝突を繰り広げた相手に対する愕然とした思いを独白する。
かつては同じ予備校に通った者同士とはいえ、既に赤の他人同士の間柄となった鬼頭良真が思いもしなかった存在に成り果てたことに、驚きを隠せずにいる。
まだ噂の域を出ず、事実だと確認していないが、何故か、輝男としては一顧だに値しない他人事(ひとごと)として片付けることができなかった。
すると、
「…ちゃん……輝ちゃん……輝ちゃん……」
横から心配そうに呼びかける声が聞こえてく。
横からの呼び声に、輝男はハッと我に帰る。
すぐに横にいる泉の方を振り向く。
「どうしたの? 何だか、すごく驚いているように見えるけど」
「いや……別に何でも無いよ……」
心配そうな顔を見せる泉に、輝男は必死に平素の表情を装いながら言い返す。
しかし、
(深雪さんが妊娠し……あの鬼頭が……
いや、もあの二人のことなど、今の俺には……)
平素の表情を装う奥で苦悩めいたつぶやきを発する。
深雪を抱いた時の光景と、東大受験に落ちた鬼頭の自殺を防いだ時の記憶が、輝男の脳裏から中々、消え失せそうにない。
そのまま重く腰を下ろしていると、
「ねぇ、輝ちゃん」
横から呼びかける声が聞こえて来た。
輝男はすぐに横にいる泉の方を振り向く。
泉は変装用のキャップを被り、黒縁メガネをかけたまま、輝男に笑みを見せる。
「輝ちゃん、明日から大学に通うために東京で暮らすんでしょ?」
「あぁ、そうだが……」
輝男の返事を聞くと、ときめくような笑みで表情をほころばせる。
「もし、そうなったら、前よりも輝ちゃんと会う機会が増えるわね」
嬉しそうに言うと、メガネを外し、特徴的なクリッとした目で間近の幼なじみを直にとらえる。
しかし、泉の瞳に映る幼なじみは、何故か呆れたような顔を見せる。
「君が芸能界をやめてくれたらな……」
「もう、まだ、そんなことを言って。意地悪」
冷淡に言葉をかける輝男に、泉はムッと頬を膨らませて不快感をあらわにする。
自分とこうして一緒のひと時を過ごしていても、依然として自分が芸能界に身を置いていることを快く思ってくれないのだ。
心の底では輝男の気持ちを理解しつつも、芸能界で活躍することを選んだ身としては、形ばかりでも抗議めいた一言を言わずにはいられない。
すると、
「よぉ、天江じゃないか」
傍から輝男に呼びかける声が聞こえて来た。
間も無くして、私服姿の若い男女二人が、輝男と泉のすぐ目の前に歩み寄って来た。
目の前の彼らを認めると、泉はすぐに変装用のメガネをかけ直す。
「河原、それに長峰……。こんなとこで何をしているんだ?」
「お前こそ、こんなとこで何をしてるんだ?」
横から寄り添う長峰寿里を伴いながら、河原が輝男に向かってたずね返す。
「明日、東京に行くから、その前に思い出の場所を巡ってフォトに収めていたところさ」
「そんなんじゃなくて、その娘は?」
河原はそう言いながら、輝男の横に座るキャップを被った黒縁メガネの少女に目を向ける。
「彼女は俺の幼なじみだ。たまたま近くで出会って、そのまま一緒になったんだ」
事実と嘘をない交ぜにした輝男の返答に、ニヤッと不敵な笑みを見せる河原。
「ふぅ――ん、幼なじみねぇ……」
「お前、疑ってるのか? 去年、小中と一緒に話してやった幼なじみの娘だよ」
からかいと疑いに表情を歪める河原に、輝男は思わず表情を険しくさせて言葉を返す。
しかし、河原は、輝男を追及するかのように不敵な笑みで輝男をにらむ。
「正直に言えよ。そこの娘も、お前の“コレ”なんだろ?」
河原が不敵な笑みを崩さずに、片手の小指だけを立てるを、
「だから、違うって言ってるだろ!」
輝男はたまらず、勢い良く腰を上げて怒りに顔を赤らめながら反論の声を上げる。
すると、
「いけないんだぁ―――
日向さんや黒山さんという素敵な“カノジョ”がいながら、まだ、他の娘にも手を付けていたなんて」
河原の横にいる寿里が、ニヤッと笑みを歪めながら輝男をからかおうとする。
既に、桜月、葵との関係を知っている寿里としては、輝男の横にいる見知らぬ少女――幼なじみにして、実は人気アイドル女優――のことで輝男を弄らずにはいられないのだ。
輝男は恥じらいと怒りの混ざった形相を赤らめながら、寿里の方を振り向く。
「長峰、君まで……! いい加減にしてくれ!」
怒りの声を上げる輝男に、河原と寿里はつい笑みをこぼす。
泉はかつての同級生三人のやり取りを見ながら、恥ずかしそうな面持ちで萎縮でもするかのように腰を下ろし続ける。
数分後――
輝男と河原は、近くの自動販売機で買った缶コーヒーを飲んでいる。
輝男は既に怒りを収め、河原も追及の手を引っ込ませている。
「河原、ところで小中はどうしてる?」
輝男が河原に向かってもう一人の同級生にして友人のことをたずねると、
「引っ越しの準備でもしてるか、栄子と引っ越し前のデートでもしてるんでしょ?」
腰かけに座ったままの泉の目の前に立つ寿里が、後ろを振り返りながら返答する。
「アイツ、まだ、ここにいるのか?」
「いや、小中のヤツ、今週中に東京に引っ越すことになってんだ」
「何でも、小中君のお姉さん、東京の大手企業に就職することになって向こうに留まることになって……
そのついでに、お姉さんと二人暮らしなんだって」
「アイツ、お姉さんと一緒に暮らすのか。いいなぁ……」
「そう思うだろ?
でも、アイツ、“これから四年間、死ぬよりむごい生き地獄だ”とか、ふざけたこと抜かしやがって」
「あんな美人で素敵なお姉さんと二人暮らしなのに、何が不満なの…って話よ」
「何でも、小中の両親が、アイツが一人暮らしするのを中々、許してくれなくて……
それに、お姉さんも向こうにいるからついでに…みたいな感じで、姉弟(きょうだい)二人暮らしになった…ってわけさ」
河原、寿里と話をすると、輝男は小中と香菜子のことを頭の中で想像して、つい苦笑いを浮かべる。
一方、寿里は、正面に座っている泉の方を向き直すと、ジッと彼女を見つめる。
「どうしたの?」
訝しげな表情を見せながら凝視して来る寿里に、泉は首を傾げながらたずねる。
すると、今度は寿里の方が泉を前に首を傾げる。
「何だか、あなた、どこかで見たような気がするって言うか……
誰かに似ているような気がするの……」
首を傾げながら、泉に向かって疑問の声をかける寿里。
今の二人のやり取りに、輝男と河原が二人の方を向く。
途端、寿里は一瞬、何かに気付いたかのような表情を見せる。
「あなた……泉梓にメッチャ似てるわ……!」
至近距離から泉をとらえながら、見抜いたかのように驚きの声を上げる。
寿里の今の一言に、輝男は河原と一緒に唖然とした表情を見せる。
しかし、内心では、泉のことがバレたのではという驚きと不安、そして、動揺を必死に抑えようとする。
「おい、寿里、見間違いにも程があるぜ。
その娘、泉梓のただのそっくりさんじゃないのか?」
「いや……どうも、ただのそっくりさんじゃないような気がするわ。
帽子とメガネで隠しているけど、もしかして…」
呆れる河原の傍で、万に一つの可能性を寿里がつぶやこうとすると、
「ヤダ、もう……泉梓のそっくりさんだなんて、初めて言われたわ」
泉は寿里と向き合ったまま、呆れ果てた面持ちで深くため息を付く。
「あなた、私のことを疑ってるみたいだけど……
たまたま、泉梓に顔がひどく似ていただけだし……
そもそも、泉梓のような売れっ子が、仕事でも何でもないのにこんな田舎に来たりしないわよ」
ごく自然な態度を装いながら、素っ気なく寿里に言い返す泉。
自分自身が泉梓であるのに、そのことを平然とした調子で隠し、否定することで、目の前の少女からの追及をかわそうとする。
輝男は必死に平素の表情を装いながらも、事の成り行きを見守っている。
一方、輝男のすぐ横にいる河原は、呆れたような面持ちで泉を見る。
「おいおい、随分とひどいことを言ってくれるな。
東京からも近いし、街自体も大きいこの街を思いっきり田舎呼ばわりするなんて」
今しがたの泉の言葉を失言であるかのようにとらえて、すかさず反論する。
視線の先にいる少女を怪しむより、彼女の失言に噛みつくことの方が河原には大事なようだ。
すると、泉は腰を上げ、輝男の前に歩み寄る。
「ねぇ、そろそろ行こう」
「あぁ」
泉と言葉を交わすと、輝男は河原と寿里の方を向く。
「悪いが、これから彼女を駅まで見送りに行くから。
後で、小中によろしくと伝えておいてくれ」
本当かどうか怪しい用件を告げながら、河原と寿里に挨拶の言葉をかける。
そして、二人を置いて泉と一緒に公園を後にする。
遠のく輝男と泉の後ろ姿を眺めながら、河原も寿里もニヤッと笑みを歪める。
「あの様子だと、アイツ、あの娘とも相当、デキちゃってるみたいだな」
「ホント……天江君ったら、何股、かけていることやら」
河原と寿里は、輝男と泉をからかうかのような言葉を自ずと吐く。
二人としては、輝男と一緒だった帽子とメガネの少女の素性をハッキリさせることができなかったが、それでも、桜月や葵たちと同じように、彼女も輝男と深く関係を持っていることをしっかりと見抜いていた。
河原と一緒に輝男のことをからかう寿里だが、彼女自身も輝男と幾度も体を重ねたことを、間近にいる恋人に上手く隠し抜こうとする。
◇ ◇ ◇
輝男と泉は中心街の通りを並んで歩いている。
泉は、依然として後ろに束ねた艶やかな長い黒髪の上にキャップを被せ、黒縁メガネをかけた姿で、自分の正体を隠そうとする。
通りを行き交う他の人々は、輝男の横に寄り添う帽子とメガネの少女を、誰も気に留めようとしない。
人気アイドルにして今をときめく若手美人女優が横にいるのを気付かれないまま、輝男は幼なじみと一緒に歩を進める。
「いずちゃん……もう、そろそろ帰る?」
輝男が横から名残惜しむかのようにたずねると、泉はすぐに首を横に振る。
「大丈夫。あと、もう、二、三時間は付き合えるよ」
輝男の方を一瞬、振り向き、言葉をかける泉。
「どうする? ……って言うか、どこへ行く?」
また、横から輝男がたずねると、泉は顔をうつむかせ、片手で輝男の手をギュッと握り締める。
強い握力と柔らかな肌触り、そして、人肌の温もりが輝男の神経に重なって伝わる。
輝男が振り向くと、泉はうつむいたまま頬を赤らめる。
「輝ちゃん……また…シない……?」
うつむきながら、消え入るような声でたずねる泉。
輝男は幼なじみの今の問いかけに、一瞬、戸惑いの表情を見せる。
しかし、すぐに幼なじみが言わんとしていることを理解し、思わず顔を赤らめる。
泉は横から輝男の手を握ったまま、彼の方を振り向く。
「せっかく、こうして一緒になれたんだもん。
もしかしたら、今度は東京で何度か会うことがあるかもしれないけど……
でも、やっぱり、この機会を無駄にしたくないの……」
「いいのか? でも……」
「心配しないで。輝ちゃんが困るようなことは絶対にさせないから。
それに、無事に大学に進学できたお祝いがどうしてもしたいから……」
頬を赤らめ、すがり付くかのような面持ちで乞うようなまなざしで向き合う泉に、輝男は顔を赤くしながら言葉を詰まらせる。
他にも人が辺りを行き交っているのを忘れて、久しぶりの再会を果たした幼なじみ二人――名も無き一介の若者と人気アイドルにして美少女女優――は、街中の通りで向き合っている。
「お願い……欲しいの……」
ごく自然に幼なじみの若者を求める切望の念を言う泉。
輝男は言葉を返す代わりに、泉の手を引っ張りながら歩を進める。
やがて、彼らは街の裏通りへと差し掛かっていく。