快晴の空が見下ろす中、とあるグラウンドの隅に、半袖の運動着を着た少年、少女たちが、群がりながら腰を下ろす。
休憩でもしているのだろうか、ほとんどの者が、手にしている水筒で何か飲み物を飲んでいる。
その中に瑠奈の姿がある。
疲れを隠せない顔を汗で色濃くにじませながら、水筒の中に入っているスポーツドリングを飲んでいる。
飲むのをやめると、フゥーッと大きな吐息を漏らす。
すると、
「瑠奈さぁ、今日くらい、部活サボってもよかったのに」
瑠奈の横にいる、小麦色の肌をしたショートヘア、長身の少女――水無月純が、瑠奈の方を振り向きながら言葉をかける。
「何で、アタシが今日、サボらなきゃいけないわけ?」
瑠奈は純の方を振り向かず、素っ気ない態度でたずねようとする。
「だって、今日、お兄さんが東京に引っ越すんでしょ?
引っ越しの手伝いとか、しばしのお別れの挨拶とかしなきゃいけないじゃない」
柄にも無く、寂しそうな調子で純が言葉をかける。
チームメイトにして同級生、友人の一人でもある純の今の言葉に、瑠奈はプイッと顔を背ける。
「別に……付き合っても付き合わなくても、兄貴が東京に行くことに変わりないじゃない」
純から顔を背けると、憮然とした面持ちで言い返す。
すると、
「瑠奈ちゃん……輝男さんと別れるのがとってもつらいんでしょ?
だから、輝男さんの引っ越しに付き合わないで、いつも通り、部活に参加しているんでしょ?」
長袖の体操着を着た、大人しい容姿をした少女――百川七瀬が、傍に立ちながら瑠奈に言葉をかける。
七瀬もまた、寂しそうに表情を曇らせながら瑠奈と向き合う。
今しがた友人に掛けた言葉は、まるで当人の胸の内を見抜いたかのようだ。
瑠奈は、友人二人から立て続けに義兄のことを言われると、ムッと表情を険しくさせながら腰を上げる。
「何で、アタシがバカ兄貴のことで寂しがらなきゃいけないの!?
ちょっとばかり頭と顔がいいだけのろくでなしで女たらしのバカ兄貴のことなんか……!」
義兄に対する愛慕を押し隠すかのように、声を荒げて義兄をののしろうとする瑠奈。
そんな瑠奈に、純は腰を上げて厳しい表情を見せる。
「…ったく、無理しちゃって……
そうやって自分をごまかしたって、何もいいことなんてありゃしないのに……」
「もう、いい加減、余計なことに首突っ込まないでよ!」
遠慮なしに呆れ果てる純に、瑠奈は険しい表情で振り返る。
すると、
「アタシ……いや、アタシたちだって、お兄さんと別れるのがとても寂しいんだから」
純は厳しい表情で親友を見つめながら、率直な思いを言い聞かせようとする。
純の今の言葉に、瑠奈は険しい表情を弱めさせる。
何も言い返せない瑠奈を見ると、傍にいる七瀬が口を開く。
「私だって、もっと輝男さんと一緒にいたかったけど……
でも、大学進学で東京に行くことを止めることなんて、絶対にできないじゃない」
「瑠奈の気持ち、アタシたちも痛いほどよくわかるよ。
あんなにカッコよくて優しいお兄さん、そうそういるもんじゃないから」
「大好きだったお義兄(にい)さんと別れるのはつらいけど……
それを受け入れないと、自分自身、先へ進めない気がするから……
瑠奈ちゃんだけじゃなくて……私たちも……」
輝男と離れ離れになる寂しさを隠そうとしない七瀬と純に、瑠奈は自ずと感極まったかのような面持ちを見せる。
一瞬の沈黙の後、深くため息を付く。
「……まったく、もう……
こっちは、兄貴との別れを受け入れようと必死になっているのに……」
友人二人に挟まれながらも、彼女たちに向かって呆れ果てた思いを嘆息する瑠奈。
最愛の義兄と別れる寂しさを何とか乗り越えようとしつつも、義兄を忘れることができない痛切な気持ちを見せ付けてしまう。
そんな瑠奈に、純は苦笑いを浮かべ、七瀬は優しい笑みで見つめる。
「一人でつらい思いを抱えたってロクなことがないんだから……
それくらいのこと、いくらでも共有してあげるよ」
「そうよ。だって、私たち、一番の友達じゃない」
一番の親友として、同じ思いを抱える者として、思いやりのこもった言葉を瑠奈にかける。
「もう……七瀬も純も……。アタシなんか励ましても、何の得にもならないんだから」
友人二人の励ましの言葉に、瑠奈は恥ずかしさと気まずさの入り混じった顔を赤らめる。
素直になれず、つい憎まれ口を叩く瑠奈に、七瀬と純は笑みをこぼす。
しかし七瀬は、親友に笑みを見せつつも、
(まったく、お姉ちゃんったら、ホントにズルいんだから……
私にいつも通り部活に行けと言っておきながら、自分はちゃんと輝男さんに別れのあいさつをしに行って……)
胸の内で、姉――七海に対する不平をつぶやく。
◇ ◇ ◇
同じ時刻、同じ空の下――
タワーマンションの正面玄関手前に、一台のワンボックスカーが横付けに停車されている。
後部にあるスライド式のサイドドアが開き、そこに段ボール箱が次々と積まれる。
輝男が両手に持つ段ボール箱を中に入れると、すぐ後ろにいる七海が、両手に持つ段ボール箱を、輝男が持っていた段ボール箱の真横に置く。
すると、モスグリーンの作業用制服を着ている男が、サイドドアを閉める。
「荷物はこれで以上ですね?」
「はい、そうです」
男からの問いかけに、輝男は即答する。
ワンボックスカーの後部、荷物収容スペースには、大きめの段ボール箱が五つ収められている。
輝男が後ろを振り向くと、真純と七海が並んで輝男と向き合っている。
「百川、わざわざ付き合ってくれてありがとう。
見送りしてくれるだけでも結構だったのに」
輝男が笑みを浮かべながら感謝の言葉を言うと、
「先輩が今日でこの街を離れて東京に行くんですもの。
少しくらいは手伝わなきゃいけないかなと思って」
七海はこれ以上は無いくらいの笑顔を見せながら、輝男に言葉を返す。
輝男は、目の前で見せ付ける七海の満面の笑みを認めつつも、
(七海ちゃん、本当は俺と別れるのを寂しがっている……
少しでも寂しい気持ちを押し殺そうと、必死になって笑顔を見せようとしているんだ……)
平素の表情を装う奥で、可愛い後輩の心中を見抜いたかのようなつぶやきを発する。
しかし、そんなことはおくびにも出さず、七海の横にいる真純に目を向ける。
真純もまた、これ以上は無い笑みで最愛の義息を見つめる。
昨晩、精魂尽き果てるまでみだらに交わり合ったことなど微塵も感じさせず、母親としての姿を見せ付ける。
輝男は真純と目を合わせると、神妙な面持ちを見せる。
「義母さん、ごめん。
大学進学のため、仕方がないとは言え、義母さんたちと離れ離れになって……」
申し訳なさそうに言う義息に、真純は笑みを絶やさず向き合う。
「義母さんたちのことなら心配しないで。
それより、向こうの方でも、今まで通り元気で頑張って。
大学での勉強をキチンとやりつつ、向こうでも友達をたくさん作って」
母親としての言葉をかける真純の柔和な笑みが、輝男の瞳に否応なく焼き付かれる。
義母の今の言葉を聞くと、輝男はすぐにまた七海の方を向く。
「百川、これからも学校生活を元気に過ごし、無事に卒業、進学できるよう頑張ってくれ。
俺はいつでも、遠くから君のことを見守り、応援しているし……
日向や黒山だって……」
「先輩、東京に行ったら、日向先輩や黒山先輩にもよろしく伝えておいて下さい」
「わかってるさ。彼女たちにあったら、君のことをちゃんと言っておくよ」
七海に向かってそう言葉を返しながら、心からの笑顔を彼女に見せる。
すると、七海は輝男と向き合いながら、ときめくような面持ちで頬を赤らめた。
「せ、先輩……」
恥ずかしそうに呼びかけると、次の瞬間、輝男の頬にチュッとキスをした。
可愛い後輩からの突然のキスに、今度は輝男が頬を赤らめる。
「も、百川……!」
「先輩、東京に行っても、今までのように元気で頑張って下さい」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら驚きの声を上げる輝男に、七海は笑みを浮かべて励ましの言葉をかける。
「ありがとう……七海ちゃん」
輝男はすぐにまた笑みを浮かべて、七海に感謝の言葉を返す。
そして、七海の横にいる真純に目を向ける。
「じゃあ、義母さん、俺、行くから」
自ずと真剣な表情を見せながら、別れの一言をかける輝男。
最愛の義息からの別れの挨拶に、真純は柔和な笑みを見せる。
そして、輝男の手を優しく握り締めると、
「頑張ってね……
義母さん、遠くから輝男さんのことをいつまでも見守っているから……」
優しい声で背中を押すような励ましの言葉をかける。
輝男は、時が経つのを忘れるかのように、自分の手を握り締める義母の柔肌、人肌の温もりをいつまでも受け止めようとする。
途端、輝男の脳裏に、幾度も繰り広げて来た義母との愛欲の交わりが、否応なく浮かび上がる。
やがて義母の手を放すと、ワンボックスカーの助手席に乗り込もうとする。
しかし、乗り込もうとする刹那、義母と後輩女子の方を振り返る。
「義母さん、百川、元気でね」
改めて別れの挨拶をすると、ようやく車の助手席に乗り込む。
輝男が助手席に座ると、既に運転席に座っている作業用制服を着た男が、エンジンを動かし始める。
間も無くして、輝男を乗せ、彼の引っ越し荷物を積んだワンボックスカーが、輝男の自宅があるタワーマンションを出発する。
流れるように走り出し、そのまま去って行くワンボックスカーの後ろ姿を、七海はたまらず追いかけていく。
「輝男さ―――ん!」
遠のく最愛の先輩に向かって、七海は痛切な叫びを上げる。
ノンフレームのメガネレンズの下にある澄んだ瞳が、涙で潤っていく。
目元ににじむ涙は、すぐにメガネからはみ出て、頬を伝いながらこぼれ落ちる。
輝男を乗せた車が視界から消えると、ずっと抑えていた寂しさを一気に発露させる。
最愛の先輩との別離に対する悲哀に、七海は涙をこぼしながらその場に立ち尽くす。
七海の後ろ、マンションの入口手前では、真純が必死に笑みを保ちながら、正面向こうの彼方をジッと見据えている。
真純もまた、最愛の義息との別れに胸が締め付けられる思いにとらわれている。
しかし、悲哀に泣き崩れる代わりに、無理を押しても笑顔を見せながら、義息の旅立ちを見送ろうとする。
(輝男さん……頑張って……)
既に視界から消えた義息(むすこ)に向かって、応援の言葉を心の中で叫ぶ。
一方、快走を続けるワンボックスカーの助手席では、輝男が窓の外の光景をいつまでも眺めている。
今まで何度も見た見慣れた景色を、必死に自分の瞳に焼き付かせようとする。
(俺……生まれ育ったこの街を決して忘れない……
仲間たちと一緒に過ごした小学校、中学、高校……
それに、俺を見守り、育て、支えてくれた人たちのことも……)
徐々に遠のく故郷の景色を見つめながら、心の中でそうつぶやく輝男。
彼の脳裏には、生まれてから今に至るまでの様々な思い出が次々と浮かび上がる。
まるで、今後の自分の心の支えとするかのように、故郷の光景とこれまで出会い、一緒の時を過ごした人々の姿を、自らの心に刻ませようとする。
輝男が生まれ故郷での思い出を胸の内に閉まっている頃、ワンボックスカーは東京都内へと差し掛かる。
◇ ◇ ◇
一時間半ほど経った頃――
輝男の乗ったワンボックスカーは、東京都心、神田川沿いの公道を走っていた。
やがて、前方に二階建てのとある一軒家が見えてきた。
道なりに走ると、件の一軒家の入口に差し掛かった。
しかしすぐに、車は手前で停車した。
前方に、もう一台のワンボックスカーが停車していたからだ。
「どうします? この様子だと、ここから荷物を下ろさなきゃいけなくなりますよ」
「そうですね……」
運転席に座る男の言葉に、輝男はため息交じりに言い返す。
そして、フロントガラス越しに、目の前に停まっているもう一台のワンボックスカーを見る。
(もしや、俺と一緒にこの家に暮らす人の……では?)
内心、確信めいたつぶやきを発しながら、横にそびえ立つ一軒家を車窓越しに見る。
輝男と男は、車から降りると、後部のスペースに積んであった段ボール箱を取り出す。
各々、一箱ずつ両手に抱えながら、手前に見える一軒家の入口に向かう。
一メートル半はあろう塀に囲まれたその一軒家の正面入口には、
フレンズ・ハウス1――
と、建物の名称を銘記したプレートが貼られている。
囲いを抜け、正面玄関に近付いて行くと、建物の中から一人の少女が出て来た。
すると、
「あ――――――っ!!」
輝男と少女は、目を合わせるなり、同時に驚きの声を上げた。
「さ、桜月……!」
「て、輝男君……!」
輝男は段ボールを抱えたまま、入口から出て来た桜月に向かって驚きの声を上げる。
桜月もまた、輝男との予期せぬ邂逅に思わず驚きの声を上げる。
「どうして、君がここに……!?」
「輝男君こそ、どうしてここに……!?」
輝男と桜月が驚きを隠せないまま、互いのことをたずねようとすると、
「どうしたの? そんなに騒いで」
向こうの方から何者かが声をかけて来た。
建物の中からもう一人の少女が姿を現し、輝男と向き合う。
青みががかった艶やかな長い黒髪――
私服に包まれた細く引き締まった肢体――
そして、図らずも備わり、上着の下から自己主張するEカップの大きなふくらみ――
「あ、葵……! 君も……どうして……!?」
建物から出て来て桜月の横に立つ葵に、輝男はまたも驚きの声を上げる。
驚く輝男を見ると、葵は呆れた面持ちでため息を付く。
「天江君、あなたともあろう者が、こんなところで一々、驚いているなんて」
輝男に向かって呆れると、横にいる桜月に目を向ける。
「日向さん、まだ荷物が残ってるんだから、早く片付けないと」
「あ、うん、そうだったわね」
うながすように言って来る葵に応じると、桜月は彼女と一緒に車の方へ向かう。
スライドされたサイドドアの向こうに積まれた段ボールを、桜月と葵は、それぞれ一箱ずつ、持ち出す。
その後、輝男、そして、桜月と葵は、入れ替わり立ち替わり、自分の荷物を建物の中に運んでいく。
更に一時間半ほど経った頃――
フレンズ・ハウス1二階のそれぞれの一室に、輝男と桜月の引っ越し荷物が無事、収納、配置された。
桜月、そして葵とのまさかの邂逅に驚いた輝男だったが、結局そのまま、彼女たちと同じ一つの屋根の下にいる羽目となった……