※この作品はR-18です。

天江輝男の日常   作:原野イアン

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夏の海で…(1) 因縁の邂逅 ●

 海沿いの車道を一台の軽自動車が疾走する。

 後部の荷台には、バスケットや折り畳み式のビーチパラソルが詰め込まれている。

 

 「まさか、一緒の車に乗せていただけるなんて思っても見ませんでした」

 

 助手席に座っている理華が、運転席に座っている真純に向けて感謝の言葉をかける。

 

 「せっかく、皆で行くのですから、ご一緒の方がよろしいでしょ」

 

 真純がハンドルを握りながらにこやかに言葉を返す。

 一方、後部座席では、

 

 「ねぇ、見て見て! 綺麗な海!」

 

 車窓越しに海を見つめながら、桜月が嬉しそうに声を上げる。

 桜月の目には、遠く広がる海が日の光に反射してきらめいて見える。

 

 「あぁ、いい景色だな」

 

 桜月の横にいる輝男もまた、海の方を振り向きながら言葉をかける。

 輝男と桜月が共に海を眺めていると、

 

 「もう、お義兄ちゃんったら、今の内にはしゃいじゃって……」

 

 桜月と共に輝男を左右から挟んでいる瑠奈が、すねたように言って来る。

 

 「もう、瑠奈ったら、せっかくの海水浴なのに、そんな嫌な顔をして……」

 

 不機嫌な態度を取る瑠奈を真純がたしなめようとすると、

 

 「まぁまぁ。瑠奈ちゃん、大好きなお義兄さんを日向さんに取られて、ご機嫌斜めなんですから」

 

 横にいる理華が、半ばからかい、半ばなだめすかすかのように言葉を返す。

 理華の今の言葉に、瑠奈は思いっきり顔を赤らめる。

 図星を差されたのは火を見るよりも明らかだ。

 

 「おいおい、そんなことですねるなんて」

 

 輝男は瑠奈の方を振り向くと、苦笑混じりにため息を付く。

 理華にからかわれ、愛しい義兄に呆れられると、

 

 「皆の意地悪!」

 

 瑠奈は顔を真っ赤にしながら声を上げる。

 そんな瑠奈に、車内はドッと哄笑に沸き返る。

 やがて、輝男たちの乗る車の前方に七階建ての建物が見えて来た。

 

 「ねぇ、あそこに泊まるの!?」

 

 「あぁ、あそこが俺たちが泊まるホテル・シーサイドベストだよ」

 

 輝男がそう言うと、車は、七階建ての建物――ホテル・シーサイドベストの敷地内に入った。

 海を臨む高台にある広大な敷地には、ホテル本館と露天の温泉、そして、本館脇の駐車場がある。

 その駐車場に、輝男たちの乗っている軽自動車が駐車する。

 輝男たちが車から降りると、

 

 「あら、皆」

 

 横から呼びかけて来る声が聞こえて来た。

 輝男たちが振り向くと、

 

 「那須先生」

 

 桜月が目の前で笑みを浮かべる真白に気付き、声をかけた。

 

 「先生、いつ来たんですか?」

 

 「今、来たところよ」

 

 真白はそう言い返すと、真純の方へ歩み寄った。

 

 「今回は、私も招待して下さって誠にありがとうございます」

 

 「いえいえ、一緒に楽しみましょう」

 

 感謝を込めて一礼する真白に、真純は笑みを浮かべて言い返す。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ホテル四階の大部屋に、真純と瑠奈、桜月、それに理華と真白の姿がある。

 畳が敷かれ、和風のたたずまいをするこの部屋からは、窓越しに海が広々と見える。

 しかし、五人は、窓の外には目もくれず、服を脱ぎ出している。

 

 「真純さん……結構、いいスタイルしてますね……」

 

 桜月が脱ぎかけた手を止め、目の前にいる真純を見つめる。

 桜月の目には、均整の取れたスリムなプロポーションに、形良い色白のFカップバストが下着に覆われた状態で映っている。

 

 「余り、大したことじゃありませんわ」

 

 「でも、本当に綺麗ですし、どうすればそのような体になれるのか……」

 

 「規則正しい生活をして健康管理を怠らなければ、あなただって私みたいになれるかもしれませんよ」

 

 羨望を隠せない桜月に、真純はもっともらしいことを優しく言い聞かせる。

 その傍では、理華と真白が、色白で細く引き締まった裸体をさらしながら、水着に着替えている。

 

 「ちょっと、真白、あなた、またオッパイ大きくなってない?」

 

 「何で、そんなことがわかるわけ?

 それよりも、理華さんだってこの前よりオッパイ大きくなってるみたいだけど」

 

 「何、言ってるの? 私はいつもとまったく変わってないから」

 

 からかうように言って来る真白に、理華は唇を尖らせながら言い返す。

 一方、部屋の隅では、瑠奈が、真純たちに背を向けながら、黙々と水着に着替えている。

 

 (皆ったら、やれスタイルがいいだの、オッパイが大きいだの……と……

 アタシだって、いつまでもお子様体型じゃないんだから……!)

 

 心の中ですねたようにつぶやく瑠奈。

 真純たちの裸体を見るにつれて、幼さの残る小柄な我が身が呪わしくて仕方がないのだ。

 

 

 ホテルのロビーでは、輝男がパーカーにトランクス風の水着といういで立ちで、一人、腰を下ろしている。

 

 (皆、結構、時間がかかってるな……。

 ……って言うか、俺が早く着替えを済ませただけかもしれないけど……)

 

 一向に来る気配の無い真純たちに思いを巡らしている。

 すると、

 

 「ねぇ、アンタ、今、お暇?」

 

 横から嬉々として呼びかける声が聞こえて来た。

 輝男が振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 

 歳にして輝男と同世代くらい――

 

 小麦色の素肌に均整の取れたプロポーション――

 

 ヒョウ柄のビキニに覆われたGカップはあろう美巨乳――

 

 後ろに束ねられた金色に染まった長髪、やや吊り上がった目――

 

 不敵にほほ笑む口元を彩る濃いめの口紅――

 

 少女はまるで獲物に狙いを定めたかのように、輝男をまっすぐに見据えている。

 輝男は平素の表情を装いながらも、

 

 (な、何だ、この娘? もしかして、いわゆる“ギャル系”ってヤツか?)

 

 内心、気が引けるかのような独白をする。

 どうやら、輝男にとって、今、目の前に立つ少女は敬遠の対象でしかないようだ。

 

 「もし、今、一人だったら、アタシと少し付き合わない?」

 

 「君と?」

 

 「これから一緒に海に泳いだり、色々と楽しいことしようよ」

 

 少女はそう言うと、輝男の腕を引っ張る、自分の体に引き寄せた。

 輝男の胸がビキニに覆われた少女の美巨乳に当たる。

 引き寄せられた拍子に柔らかく大きな肉の感触が触れると、

 

 (この娘の胸……もしかして、義母さんより大きい……!?)

 

 思わず顔を赤らめ、驚愕の念を心の中で叫ぶ。

 すると、

 

 「お―――い、お義兄ちゃ―――ん!!」

 

 後ろから輝男に呼びかける少女の声が聞こえて来た。

 背後からの呼び声に、輝男は少女の腕を優しく振りほどくと、

 

 「ごめん、俺、連れの人たちがいるから」

 

 丁重に断りの一言を入れて、少女の前から去って行った。

 輝男は、傍のフロントにいる真純たちの方へ、急ぎ足で駆け付けた。

 パーカーを着ている真純たちは、こちらへ駆け寄る輝男を待ち受ける。

 

 「もう、お義兄ちゃんったら、先に待ってると言っておきながら……」

 

 「いや、違うんだ。これは……」

 

 じろっとにらみながら言う瑠奈に、輝男はしどろもどろに弁明を試みようとするが、

 

 「天江君も迂闊ね。あんな逆ナンパに引っかかっちゃうなんて」

 

 「この時期は、あぁいう変な人たちがいっぱいいるから、気を付けないとダメよ」

 

 理華と桜月が続けて輝男に苦言を言って来る。

 輝男は気まずそうに言葉を詰まらせながら、彼女たちの言葉に耳を傾ける。

 

 「さぁ、お説教はこれくらいにして、海に行きましょう」

 

 真純が言うと、輝男たちはホテルを出て行く。

 去り行く輝男の後ろ姿を、小麦色の肌をしたさっきの少女がジッと見つめている……

 

 ◇ ◇ ◇

 

 輝男たちは海沿いの砂浜に立っている。

 そこには、既に大勢の海水浴客がいる。

 海で泳いでいる者もあれば、砂浜でビーチバレーに興じる者もいる。

 あるいは、スイカ割りをしたり日焼けしたりする者もいる。

 輝男は空いているスペースにビーチパラソルを広げ、敷物を敷く。

 すると、桜月、瑠奈、そして理華と真白が、敷物の上に荷物を置き、着ていたパーカーを脱ぎ出す。

 脱いだパーカーの下からは、各々、まったく別の水着が姿を現す。

 

 スクール水着をミントブルーに染めたような瑠奈の水着――

 

 薄いピンクのセパレート水着を着用している桜月――

 

 理華の美巨乳と大事なところをしっかりと覆う黒のビキニ――

 

 そして、競泳水着風の濃紺のワンピースタイプを身にまとう真白――

 

 三者三様ならぬ四者四様の水着姿に、輝男は別段、見とれる様子を見せない。

 

 「皆、よく似合ってるよ」

 

 笑顔を見せながら、水着姿をさらす桜月たちに言葉をかける。

 

 「お義兄ちゃんったら、随分と素っ気無いんだから」

 

 瑠奈が面白く無さそうに言うと、

 

 「しょうがないでしょ。天江君、水着ぐらいでデレデレする人じゃないから」

 

 「もっと際どいの、いつも見てるしね」

 

 理華と真白が含み笑いを浮かべながら言い返す。

 特に、真白が言った今の言葉に、輝男と桜月は何故か、顔を赤らめる。

 

 「皆、思いっきり楽しんでいらっしゃい」

 

 輝男たちのやり取りを見ていた真純が、柔らかな笑みを浮かべながら話しかける。

 真純は一人、ビーチパラソルの下で腰を下ろしながら、文庫本を読んでいる。

 真白と同じ競泳水着風の黒のワンピースタイプの上に、ベージュのハーフパンツと白いパーカーを身にまとっている。

 そして、輝男たちの輪に入らず、一人、のんびりと時を過ごそうとする。

 間も無くして、輝男たちは各々、海辺で楽しいひと時を過ごす。

 

 「そーれ!」

 

 瑠奈がバレーボールの要領で、桜月に向けてビーチボールを弾ませる。

 桜月はすぐにボールを受け取り、瑠奈にパスを返す。

 一方、輝男と理華、真白は、渚に足を踏み入れる。

 

 「天江君も海に入るの?」

 

 「せっかく水着着てるんですから、ひと泳ぎぐらいしないと」

 

 「じゃあ、誰が遠くまで泳いでいけるか競争しない」

 

 「いいですね、やりましょう」

 

 真白の提案に、輝男は元気よく快諾の返事をする。

 輝男と理華、真白は、横並びで海に入ると、そのまま泳ぎ出した。

 三人ともクロールで水をかき分け、向こうへと進んで行く。

 四、五分経った頃、理華と真白は息が上がり、手足の動きが覚束なくなってきた。

 海に入って二十メートルのところで、二人はその動きを止めた。

 

 「おかしいわね。もう少しいけるはずなのに」

 

 真白がそう言うと、理華は辺りを見渡している。

 

 「ところで、天江君は?」

 

 訝しげにつぶやきながら、輝男の行方を目で追う。

 すると、更に前方二十メートルの海上で、流れるように泳いでいる一人の若者の姿が認められた。

 

 「あ、天江君……!?」

 

 二人は声を揃えて、驚きの声を上げる。

 二人が見つめる先には、滞りなく泳ぎを進める輝男の姿があった。

 彼方へと進んだかと思うと、方向を転換し、横の方へと泳ぎ進む。

 更にまた、方向を転換し、今しがた来た方へと向きを直しながら、スムーズに泳いでいく。

 疲れた顔も見せず、途切れずに泳ぐ輝男の姿は、同じく海に入った他の海水浴客の目にも映る。

 

 「何なの、あの子」

 

 「すごい上手いけど、プロの選手か何かか?」

 

 何人かの海水浴客の口から、輝男に対する感嘆の念が漏れる。

 

 「噂には聞いてたけど、本当に運動神経がいいのね……」

 

 理華もまた、直に見た輝男の運動神経にただただ感嘆するばかりだ。

 すると、輝男がクロールで泳ぎながら、理華と真白のもとへ戻って来た。

 

 「あなた、すごいじゃない」

 

 真白が目を丸くしながら言葉をかけると、

 

 「久しぶりだから、ついつい張り切っちゃいまして」

 

 輝男は半ば照れながら言葉を返す。

 

 「何、言ってるの。あれだけ泳ぎが上手ければ完璧よ」

 

 真白は輝男に向かって驚嘆の声を上げると、

 

 「……あたし、天江君のこと、惚れ直しちゃったかも……」

 

 ほんのりと頬を赤らめながら、艶やかに言葉を続ける。

 今の真白の言葉に、輝男は顔を赤くして言葉を詰まらせる。

 思わず恥じらいをさらす輝男に、理華はクスッと笑みをこぼす。

 やがて、輝男たちは再び、砂浜の方へと戻って来た。

 

 「泳ぎ疲れちゃったから、ひと息付くついでに日光浴でもしましょう」

 

 「いいわね。輝男君、オイル塗ってくれるかしら」

 

 「ぼ、僕がですか?」

 

 理華と真白の会話に、輝男はドキッとしながら声を上げる。

 すると、

 

 「あ、お義兄ちゃ―――ん!」

 

 瑠奈が息せき切りながら、輝男たちの方へ駆け寄って来た。

 輝男はすぐに、瑠奈は困惑した表情をしているのを認めた。

 

 「どうしたんだ、瑠奈」

 

 「さ、桜月さんが……変なヤツにナンパされて……」

 

 「何だって!」

 

 輝男は驚きの声を上げると、すぐさま走り出す。

 足早に進む輝男の後ろを、瑠奈がすぐに追いかける。

 輝男の表情は、不吉で危険な予感を察したかのように、厳しく険しい。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 輝男たちのいる場所から百メートルほど離れた海の家の手前で、桜月は困惑しきった形相で男たちに囲まれている。

 

 「だから、私は連れの人たちと一緒にいるんです!」

 

 困惑の念と怒りの入り混じった声で、自分を取り巻く男たちに言い聞かせようとする。

 

 「何だったら、その連れの人たちも一緒にしたらどうなんだ?」

 

 男たちの一人である、日焼けした長身、長髪の男が、桜月に言葉を返す。

 

 「別に変なこと、しようとするわけじゃねぇよ。

 ただ、俺たちと仲良く遊ぶだけでいいんだからさ」

 

 男たちの真ん中に立ち、桜月と真正面に向き合う、同年代くらいの若者が、にやけながら言葉をかける。

 

 輝男とほぼ同程度の背丈――

 

 小麦色の肌にがっしりした体型――

 

 耳上まで刈り込んだ茶髪に、やや四角張った顔立ち――

 

 そして、端整とは大いに異なる、気の強そうな容姿に吊り上がった目――

 

 「大人しく言うことを聞いてくれたら、俺たちだって悪いようにはしねぇから」

 

 若者――大富 豪(おおとみ・ごう)はそう言いながら、桜月の右手首をつかみ上げた。

 

 「い、嫌だ! 離して!」

 

 桜月は嫌悪の声を上げながら豪の手を振り払おうとする。

 しかし、彼の握力は、桜月のひ弱な力では如何ともしがたい。

 すると、横から割って入って来た何者かの手が、豪の手を桜月の手首から振り払った。

 

 「な、何、しやがんだ!?」

 

 豪が声を荒げてにらみ付ける先には、厳しい表情でにらむ輝男がいた。

 輝男はまるで壁のように桜月をかばいながら、大富 豪と対峙する。

 

 「大の男が寄ってたかって、女の子一人に無理矢理乱暴するなんて……!

 恥知らずにも程があるぞ!」

 

 「何だと、この野郎!」

 

 真っ当な怒りをぶつける輝男に、豪は逆上しながらつかみかかろうとする。

 しかし、至近距離で輝男と向き合った瞬間、

 

 「あ―――っ!!」

 

 豪は突然、驚きの声を上げた。

 

 「お、お前はあの時の……!」

 

 驚き、そして、怒りを募らせて輝男に言葉をぶつける。

 輝男は豪の今の驚きに、思わず首を傾げる。

 

 「あの時の……って、一体、何のことだ?」

 

 輝男が訝しげにたずねると、

 

 「ふざけんな! 忘れたとは言わせねぇぞ!

 お前、あの時、俺たちのナンパを邪魔したヤツじゃねぇか!」

 

 豪は更に怒りを募らせながら、輝男に向かって声を張り上げる。

 

 「ナンパ……? あ―――!!」

 

 輝男は豪の今の言葉に記憶の糸をたぐろうとするも、すぐに驚きの声を上げた。

 

 「もしかして、お前…」

 

 「まさか、あの時の……!?」

 

 輝男と桜月は、続けて豪に向かって声を上げる。

 二人の今の態度に、豪は苦々しく舌打ちする。

 

 「チッ、何だよ……お前ら、揃いも揃って、俺のことを忘れやがって……!」

 

 豪が吐き捨てるように言うと、

 

 「お義兄ちゃん、コイツ、知り合いなの?」

 

 桜月と一緒に輝男の後ろに立っている瑠奈が、背後から輝男にたずねる。

 

 「あぁ……アイツら、俺たちが二年になってすぐ、日向をナンパしようとしたヤツらだ」

 

 輝男は豪を鋭く見据えながら、瑠奈からの今の問いかけに返答する。

 輝男の口ぶりからは、豪に対する軽蔑の念が露骨なまでさらけ出されている。

 

 「可愛い上玉、見つけたものだから引っかけようとしたら、たまたま通りかかったコイツが邪魔しやがって……!」

 

 「明らかに嫌がってる日向を無理矢理、車に連れ込もうとしたから、当然のことをしたまでだ!」

 

 輝男が険しい調子で豪にそう言い返すと、

 

 「しかも、コイツ、俺に背負い投げを食らわせたばかりか、他のヤツも思いっきり殴りやがって……!」

 

 豪の仲間である長身、長髪の男が、輝男をにらみながら苦々しく言い放つ。

 忌々しい思い出を振り返る豪や長髪の男に、

 

 「俺もできることなら、こんなことで暴力は振るいたくなかったが……

 お前たちが俺を痛め付けようとしたから、仕方なく正当防衛でやっただけだ」

 

 輝男は一歩も引く気配を見せずに反論する。

 

 「よく言うぜ、イケメンな上に、暴力も半端無いとなれば、これほど鼻持ちならないヤツはいないぜ」

 

 長身、長髪の男は、苦々しく舌打ちしながら言う。

 

 「もし、あの時、パトカーが通りかからなかったら、お前なんか、とっくに半殺し……いや、全身不随になってたぜ」

 

 忌々しげに過去を述懐する豪に、輝男は呆れ顔でため息を付く。

 

 「……まったく、ハッタリだけはかなり上手のようだな……

 もっとも、パトカーが通りかかったくらいで逃げると言うのは、自分たちが悪いことをしていると自覚しているようなものじゃないか」

 

 「この野郎……言わせておけば言いたい放題、言いやがって……!」

 

 豪は怒りに歯を食いしばると、そのまま輝男の頬を力一杯に殴り付けた。

 豪の殴打に、輝男はすかさず彼の腹目がけてパンチを食らわす。

 そして、輝男と豪はそのまま取っ組み合いを始めた。

 

 「お義兄ちゃん!」

 

 「輝男君やめて!」

 

 豪相手にケンカをおっぱじめた輝男に向かって、瑠奈と桜月は心配そうに声を上げて呼びかける。

 辺りにいた他の海水浴客も、高校生くらいの若者二人のケンカにざわめき立つ。

 輝男と豪は、取っ組み合いながら砂浜の上に倒れ込む。

 何回か転がり込んだ後、上方に回った豪が、真下の輝男目がけて拳を振り上げる。

 しかし、次の瞬間、

 

 「やめなよ、バカ兄(にい)!!」

 

 横から叩き付けられる制止の叫びに、豪の拳が止まった。

 突然の豪の制止に、輝男は怪訝に思いつつも、彼から身を離す。

 豪は拳を握り締めたまま、叫びが聞こえて来た方を振り向く。

 そこには、小麦色の肌をしたヒョウ柄のビキニ姿の少女が仁王立ちしていた。

 後ろに束ねた長い金髪を垂らし、吊り上がった目で豪をにらみ付ける。

 

 「まったく、こんなところまで来て、くだらないケンカをするなんて、恥ずかしいったらありゃしない!」

 

 少女は豪を鋭くにらみながら、叱り付けるように声を荒げる。

 

 「止めるな、小春! コイツは俺たちの楽しみを邪魔しようと…」

 

 「どうせナンパか何かでしょ。

 豪兄ったら、こんな遠いところまで来て、女の子とヤることしか頭に無いんだから」

 

 大富小春(おおとみ・こはる)は、豪をにらみ続けながら呆れ果てたかのように言葉を返す。

 

 「しかも、ナンパだけならまだしも、他の男の人を相手に人騒がせなケンカをして……!

 アタシ、豪兄みたいなクソバカ野郎を兄弟に持って、とっても恥ずかしいわ!!」

 

 舌鋒鋭く非難する小春に、豪は握り締めていた拳を緩ませる。

 そして、輝男たちに背を向けると、

 

 「おい、おめぇら、行くぞ」

 

 不承不承と言わんばかりの口ぶりで、仲間たちと一緒にその場を去る。

 去り行く豪の後ろ姿に、小春は呆れ顔でため息を付く。

 一方、輝男たちは、予期せぬ形で忌々しい相手が退散したことに思わず呆然とする。

 すると、小春が輝男たちの方へ歩み寄った。

 

 「ごめん。あのバカ、女の子とヤることとケンカ以外には何の取り柄も無いから」

 

 小春は輝男たちに向かって、申し訳無さそうに謝る。

 

 「君、アイツらの知り合いなの?」

 

 輝男がそうたずねると、小春はすぐに首を縦に振った。

 

 「アタシ、大富小春。で、さっきのバカは、アタシの兄貴の大富 豪。

 アタシたち、御学堂大学附属高校に通ってるの」

 

 「ご、御学堂大学って……140年の歴史を誇るあの……!?」

 

 小春の自己紹介に、桜月が驚きの声を返す。

 

 「そう。アタシたち、夏休みを利用して遠出で海水浴に来たってわけ」

 

 小春が返事をすると、桜月はすぐに厳しい表情を見せる。

 

 「あなた、あの人の妹さんなら、お兄さんにもう二度とあんなくだらないナンパやケンカはやめてって頼んで」

 

 一度ならず、二度も同じ相手にナンパされ、著しく気分を害した桜月は、加害者の妹たる小春に鋭く言い聞かせようとする。

 桜月の厳しい要望に、小春は応諾する代わりに不敵な笑みを浮かべる。

 

 「アタシがお願いしたら、あのバカ兄、素直に受け入れてくれるけど……

 ……でも、タダでは引き受けられないわね……」

 

 含み笑いを見せながら、桜月に言葉を返す小春。

 彼女は、桜月ではなくすぐ傍にいる輝男に目線を向けている。

 

 「そこのカッコいいイケメンの彼をアタシにくれたら、アンタのお願い、聞いてあげるわ」

 

 含み笑いを絶やさずに条件を提示して来る小春に、桜月と瑠奈、そして、当の輝男が驚きの顔を見せる。

 

 「お、俺を……!?」

 

 信じられないと言わんばかりに驚きの声を上げる輝男に、小春はピタッと身を寄せる。

 輝男の引き締まった胸板に、ビキニに包まれた小春の柔らかく大きな胸がムニュッと当たる。

 密着するかのように近づきながら、輝男を上目遣いで見上げる。

 

 「さっき、ホテルのロビーで見かけてから、アンタのことがとても気になってたの……」

 

 小春は不敵な笑みで言葉をかけながら、ほんの数時間前、ホテルのロビーで偶然、輝男と出会った時のことを思い出す。

 

 「まさか、君……あの時の……?」

 

 輝男は愕然とし、戸惑いながら、小春と同様、ホテルのロビーで偶然、会った時の記憶を思い出す。

 すると、両脇に回された何者かの腕が、輝男の体を後ろに引っ張る。

 

 「天江君、戻りましょう」

 

 桜月が不機嫌な顔を赤らめながら輝男の左腕を引っ張ると、

 

 「お義兄ちゃん、こんなろくでなしのバカ女に引っかかったらダメ!」

 

 輝男の右腕を抱える瑠奈が、輝男をじろっとにらみながら声を上げる。

 輝男が桜月と瑠奈に引きずられていくのを見ると、

 

 「じゃあ、アンタたち、これからどうなっても知らないんだね?」

 

 まるで勝ち誇ったかのような言い草で、輝男たちに言葉をかける。

 

 「悪いけど、あなたの今の申し出、どうしても信用できないから」

 

 桜月はいつになく険しい調子で、小春に言葉を返す。

 自分を狙ったナンパグループ・リーダーの妹に対して、不快感と敵意を隠そうとしない。

 しかし、小春は引きずられるように去って行く輝男を追うことなく、黙って去りゆく姿を見つめる。

 

 「アタシ、絶対にあきらめないからね……」

 

 一人、その場に立ち、不敵な笑みを浮かべながらそうつぶやく……

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