快晴の空がタワーマンションを見下ろす。
マンション内の天江家の玄関で、輝男と真純、そして輝人は、瑠奈と向き合っていた。
「瑠奈、ちゃんとお留守番してなさいよ」
清楚なベージュのツーピースドレスをまとう真純が、一人、平素の私服を着ている瑠奈に言葉をかける。
真純を挟むようにして立つ輝男と輝人は、各々、紺と薄い黒のスーツを着こなしている。
「じゃあ、行って来るからな」
「行ってらっしゃ――い」
外出を告げる輝男に、瑠奈は元気よく言葉を返す。
三人が家を出ると、瑠奈は一人、リビングのソファーの上で、気持ちよさそうに寝転がる。
「お義兄ちゃんたちは皆で外出してるし……
あのうるさいババアは、お盆休みで実家に帰ってるし……
何して、のんびり過ごそうかしら……
……って、そんなこと、言ってる場合じゃないわ!」
一見、一人きりとなったことを満喫するかのような態度を取るも、すぐに一変させる。
「お義兄ちゃんのお見合いを何としてもぶち壊さないと!」
瑠奈は声を上げると、今しがたの言い付けを忘れたかのように、そそくさと家を出る。
家を出た途端、目の前にいる者の存在に気付き、思わず驚いた。
「どうしちゃったの? 瑠奈ちゃん、そんなに慌てて」
瑠奈の目の前に立っているのは、キャップを被り、長いブラウンの髪を後ろに束ね、半袖のTシャツにデニムのミニスカートといういで立ちの少女である。
「あ、何だ、桜月さんか」
瑠奈は一瞬、驚いた後、目の前の少女が何者かであるのに気付き、ホッと大きくため息を付く。
瑠奈の目の前にいたのは桜月である。
「ねぇ、輝男君は?」
「もう行っちゃったよ」
「ところで、お見合いの場所ってわかってるの?」
「うん。ホテル・ベイサイドベストってところ」
桜月と瑠奈は、そう言葉を交わしながらマンションから出て来る。
正面入り口から二人が出て来ると、突然、傍からけたたましいクラクションが鳴り響いて来た。
桜月と瑠奈は、クラクションが聞こえて来た方を振り向く。
二人が振り向いた先には、黒の軽自動車が歩道脇に乗り付けられている。
桜月と瑠奈が目を向くと同時に、車の助手席から、一人の少女が出て来た。
長いストレートの金髪――
へそ出しのノースリーブTシャツとラメ入りのミニスカートをまとう細く引き締まった肢体――
サングラスに濃いめの口紅――
そして、Tシャツの下からハッキリと認められる左右の大きなふくらみ――
少女はサングラスをずらし、吊り上がった目をさらしながら桜月と瑠奈を見据える。
「アンタたち、輝ちゃんはどうしたの?」
小春は桜月たちをにらみながら、鋭い口調でたずねる。
「もう、行っちゃったわよ」
瑠奈の返答に、小春は苦々しく舌打ちする。
「……ったく、みすみす、輝ちゃんを取り逃がすアンタたちもアンタたちだけど……
このアタシを差し置いて、輝ちゃんと見合いをするなんて……
その女、二度と立てないくらいにぶちのめしてやる!」
小春は声を荒げて、輝男のお見合い相手に対する怒りを叫ぶ。
人前であることを忘れて荒々しく苛立つ小春に、桜月は呆れ顔でため息を付く。
「こんなところで苛立ってもしょうがないでしょ。
早く、ホテル・ベイサイドベストに行かないと」
桜月がそう言葉を返すと、
「ホントはアタシ一人でも十分なんだけど……
どうしてもって言うから、仕方なしに一緒にやってあげてんだから。
もし、ちょっとでも邪魔してアタシの足、引っ張ったら、死んでも許さないよ」
小春は桜月と瑠奈をにらみながら、念を押すように強く言い聞かせる。
本心では不承不承だが、同じ男を愛する者同士、彼を手放すまいと共闘に臨んでいる様子だ。
瑠奈は小春の今の言葉を聞くと、
「アンタこそ、アタシたちの足を引っ張らないで」
小春に言葉を返しながら、小春が乗って来た車の後部座席に着く。
小春は車の助手席に戻ると、
「ほら、早くホテル・ベイサイドベストに行って!」
運転席でハンドルを握る長めの茶髪に髭を生やした三十前後の男に向かって、出発を指示する。
小春からの指示に男はすぐに車を走らせる。
◇ ◇ ◇
港を見下ろす高台に十三階建ての高層ビルがそびえ立っている。
そのビルの正面手前には、“ホテル・ベイサイドベスト”と横書きで刻まれた大きなプレートが設置されている。
高層ビル――ホテル・ベイサイドベスト一階の小会議室に、輝男を挟むようにして真純と輝人が腰を下ろしている。
輝男は落ち着いた表情を装いながら、静かに待ち構えている。
(一体、ベスト・グループ会長の令嬢って、どんな人なんだろう……
父さんも、どうせならお見合い相手の顔写真くらい用意してくれてもいいのに……)
静止し続けながら、顔のわからぬお見合い相手に思いを馳せる。
相手が大企業のトップの一人娘である以外は、一切の情報がわからないのだ。
これでは、輝男でなくとも不安な気持ちを抱かずにはいられない。
すると、部屋のドアが外から開かれた。
輝人と真純がスッと立つと、輝男も遅れて席を立つ。
三人が目を向ける先には、四十代くらいの女性とその後ろで静々と歩く少女がいた。
輝男の目は、後ろにいる少女――すなわち、自分のお見合い相手をしっかりと見据える。
歳にして輝男と同年代くらい――
黒のストレートなセミロング――
歳相応だが奥ゆかしい美貌――
ワンピースドレスを着ていてもハッキリとわかる細く引き締まった肢体――
そして、ドレスの下から容易に認められる大きな胸のふくらみ――
輝男と輝人、そして真純は、二対のテーブルを挟んで二人の女性と向き合う。
輝男たちは頭を下げて黙礼すると、真向かいの少女だけが深々と頭を下げた。
横にいる四十代くらいの女性は、ショートヘアを備えた人並みの容姿を傲然と歪めている。
間も無くして、輝男たち天江家の親子と、女性、そして少女は共に席に着いた。
「今日はお忙しい中、わざわざお見合いの席をもうけさせていただき、誠に感謝致します」
輝人が挨拶を述べると、真向かいの女性二人の内、少女だけが黙々と一礼をした。
「ところで、最上会長が見当たりませんが、いかがなさったのでしょうか?」
輝人が続けてたずねると、
「あいにく、最上は本日より、事業展開に関わる重大事のため、大阪の方に出向いております。
このような些事は、私一人でも十分だと言うことで、私に一任致した次第です」
女性は傲然とした面持ちを崩さずに、威丈高な調子で言葉を返す。
輝男は平素の表情で黙って聞きつつも、
(どういうつもりなんだ? 可愛い一人娘のお見合いをほったらかしにするなんて……
……しかし、あの人、かなり感じが悪過ぎるな……)
さり気なくも女性と向き合いながら、彼女の傲然とした態度に対する不快感を独白する。
すると、真純が輝男の方へ平手を向ける。
「こちらが、私どもの息子であります、天江輝男と申します」
真純からの紹介に、輝男は真正面を見据えながら一礼する。
「天江輝男です」
輝男が自らの名を名乗ると、女性は傲然とした面持ちはそのままに、横にいる少女に目を向けた。
「こちらが私どもの娘、最上静流と申します」
女性――すなわち、母親からの紹介に、少女――すなわち、最上静流(もがみ・しずる)は深々と頭を下げる。
「最上…静流と申します……」
静流は透き通るような声で、恐縮しきったかのように挨拶する。
輝男は静流とまっすぐに向き合うが、平素の表情を装う輝男に対して、静流はひどく萎縮したような様子を見せる。
(妙にかしこまってる……と言うか、嫌々で見合いされられてるって感じだな……)
静流の恐縮しきった態度を見て、思わず、内心、そうつぶやく。
輝男の今の独白からは、戸惑いよりも同情に近い感情がうかがわれる。
自分と同様、お見合いに乗り気じゃないというのが容易に認められる。
そんな輝男の横で、真純が静流に話しかける。
「歳はうちの息子と同じだと聞いておりますが、どちらの学校に通っておられるのですか?」
柔らかな口調でたずねる真純に、静流はおずおずと顔を上げる。
「私は…」
と、静流が返答しようとした刹那、
「聖清学院高校に通っておりまして、今、二年生です」
横にいた母親が、傲然とした口調で娘に代わって返答する。
「聖清学院と言えば、中高一貫の名門私立学校じゃないですか」
感心したかのような真純の声が、輝男の耳に流れ込む。
「ちなみに趣味は?」
今度は輝男がたずねるが、
「小学校に入る前から、ピアノ、ダンス、生け花等を習っております」
またしても、静流の母親が娘に代わって当人のことを返答する。
娘の一言の発言も許そうとしない母親の傲慢な態度に、さすがの輝男も表情を苦くさせ、不快感をあらわにする。
すると、静流の母親が、さげすむような傲然としたまなざしで輝男をにらんでくる。
「ちなみに、そちらの息子さんは、何をやってらっしゃいますか?」
「生徒会の役員をやっております」
傲然とした問いかけに、輝男は必死に不快感を抑えながら、平素の調子で返答する。
輝男の今の返答に、静流の母親は余り感銘を受けた様子を見せない。
「私どもの息子は、定期考査では常に学年上位の成績を維持しておりまして。
この前の期末考査では、初めて総合成績八位を得たのです」
輝人が我が子の成績のよさを誇らしげに言う。
しかし、輝人の今の言葉に、静流は萎縮したようにうつむき、母親は傲然とした面持ちを見せ付ける。
一呼吸、間を置いた後、静流の母親が口を開く。
「ご存知かと思いますが、私どもは、ベスト・グループを統べるオーナーとその親族でありまして……。
ベスト・グループは今後も、ホテル・宿泊事業において、更なる発展を目指さねばなりません。
そうなりますと、必然的に、現在、グループを率いる最上の今後についても、思いを巡らさねばなりません。
最上には、この静流の他に子供が一人もおりません。
もちろん、娘一人に重荷を背負わせるのは、極めて酷と言わねばなりません。
私どもの娘の伴侶となり得る者には、将来において、ベスト・グループを確実に引っ張り、更なる発展を果たす義務があります。
今の話を聞いた限りでは…」
静流の母親が威丈高に話をすると、
「失礼ですが、今の時分で、娘さんの将来を勝手に決めるのはいかがなものですか?」
輝男が厳しい表情を見せ、彼女の話を中途でさえぎった。
「輝男、お前、何ということを……!」
輝人は輝男の方を振り向くなり、眉をひそめてたしなめようとする。
しかし、輝男は父を無視して、静流の母親、そして、静流本人をまっすぐに見据える。
「僕も静流さんも、未だ学校に通う身です。
勉強し、友達と仲良く過ごしながら、将来、自分はどういう人生を歩もうかと考えているのに……
頭から、自分たちの勝手な都合だけを押し付けて、一度きりの大事な人生を台無しにすることは、どうあっても許容できません」
輝男は自分なりの真っ当な思いを、静流の母親に向かって語り掛ける。
彼には、彼女が娘のことを何も考えず、ただ一方的に一方通行のレールの上を走らせているだけだと判断したのだろう。
少なくとも、今、自分たちに見せている傲然とした態度からは、自分たちはおろか、娘に対してもわずかでも思いやりを見せようとしない傲慢さだけが認められる。
重苦しい沈黙が室内を覆う。
輝男は厳しい表情を崩さず、静流は萎縮しきったまま黙ってうつむく。
輝人は今しがたの息子の予期せぬ発言に戸惑いを隠し切れず、静流の母親は傲然とした面持ちで唇を固く結ぶ。
そして、真純はさほど動じた様子を見せず、一人、落ち着き払った顔を見せる。
やがて、固く閉ざされた真純の唇が開く。
「どうも、私どもがいると、せっかくの縁談に水が差されるようですから……
しばらくの間、輝男さんと静流さん、二人きりにさせてはいかがでしょうか?」
落ち着き払った笑みを見せながら、真純が提案を申し出る。
「とんでもない。子供二人を野放図にするなど」
静流の母親がすぐさま、舌鋒鋭く拒絶の声を上げるが、
「ほんの短い時間だけでも結構ですから。このままだと、せっかくのご縁がご破談になりかねません」
輝人がなだめすかすように言葉を返す。
輝人の今の言葉に、静流の母親は憮然としながらも言い返さない。
そんな親たちの傍で、輝男は静流をまっすぐに見据える。
依然として萎縮したままうつむく静流を見て、輝男は自ずと憂いを帯びた顔を見せる。
◇ ◇ ◇
ホテル・ベイサイドベストから百メートルほど離れたところにある公園に、輝男と静流の姿がある。
そこからは眼下の港が広々と一望できる。
輝男と静流は、胸の辺りまでの高さの塀越しに向こうに見える港を一望する。
「いい景色だな……。静流さんって、よくここへ足を運びますか?」
輝男は努めて笑顔を見せながら、横にいる静流に話しかける。
輝男の今の問いかけに、静流は重い表情でうつむくと、無言で首を横に振る。
輝男は静流の態度に一瞬、戸惑うも、すぐにまた笑顔を見せる。
「学校では、皆とどのようにして過ごしているんですか?」
輝男がまたもたずねると、
「……同級生と話をする他は……ずっと、勉強をしております……」
澄んではいるが、どこか陰りを帯びた口調で弱々しく返答する。
「休みの日とかはどうしてますか?
僕は友達と仲良く過ごしたり、家で勉強したりしてます。
今年の夏休みには、初めてバイトをやってまして……」
輝男がそう言うと、静流は暗くうつむく。
一呼吸、間を置いた後、重く閉ざした口元を開く。
「……お休みの日は……家で静かに過ごしております……」
さっきと変わらぬ口調で、輝男にそう言い返す。
輝男は暗い顔を崩さぬ静流を振り向くと、
(ダメだ……。彼女、どうしても俺との縁談に乗り気じゃない。
もっとも、俺も不本意ではあるが……)
静流をまっすぐに見つめながら、内心、嘆息する。
すると、
「あ――、いたいた、ずっと探してたんだぞ!」
横から半ば苛立ったような声が聞こえて来た。
輝男が横を振り向くと、一人の少女が、輝男の前に歩み寄って来た。
長いストレートの金髪――
へそ出しのノースリーブTシャツとラメ入りのミニスカートをまとう細く引き締まった肢体――
サングラスに濃いめの口紅――
そして、Tシャツの下からハッキリと認められる左右の大きなふくらみ――
(こ、小春……! どうして、こんなところに……!?)
輝男は愕然としながら、迫って来る少女――すなわち、小春と向き合う。
一方の小春は、サングラスをずらしながらじろっと輝男を鋭くにらみ付ける。
「輝坊、このアタシを孕ませておきながら、他の女といちゃつくなんて、どういう了見してんだ、コラァッ!!」
輝男をにらみつけながら、腹の底から怒りの声を上げて来る。
「は、孕ませた!? 何、デタラメ、言ってんだ! 俺は…」
輝男は愕然とし困惑しながら小春に反論しようとする。
しかし、すぐに小春は輝男の胸倉をつかみ、反論を封じようとする。
「ふざけんじゃねぇよ!
この前、たっぷり中出ししたせいで、赤ちゃんができちゃったんだぞ!」
「あ、赤ちゃん!?」
「赤ちゃん、作らせた以上、ちゃんと責任、取ってくれよな!
じゃないと、生きたままドラム缶でコンクリ詰めして、東京湾の底に沈めるぞ、コラァッ!!」
声を荒げて執拗に輝男を詰る小春。
話の内容がデタラメなのは明白だが、傍にいる静流は、ただ愕然とした様子で目の前の事態を傍観するばかりである。
真面目で思いやりがあると思われた同い年の若者が、ギャル風の少女に激しく詰め寄られているのだ。
しかも、その少女は、相手の若者のせいで子供を孕ませられたと言う。
静流のように何も知らない者が見れば、信じられないような事実として驚愕せざるを得ない。
すると、向こうの方から、もう一人の少女が、輝男の方へ歩み寄って来た。
「もう、輝男君ったら、こんなところで何、してるの!?」
キャップを被り、長いブラウンの髪を後ろに束ね、半袖のTシャツにデニムのミニスカートといういで立ちの桜月が、ムッと頬を膨らませながら輝男を詰る。
そして、すかさず輝男の片腕にギュッと抱き付く。
「さ、桜月、君まで……!」
困惑しきった様子で輝男が声を上げると、
「今日は、久しぶりにデートするって言ってたのに、どうして、他の女の子とイチャイチャしてるの!?」
苦い顔を赤らめながら、じろっと輝男をにらみながら言う。
「おめぇは引っ込んでろ! 輝坊にちゃんと責任取ってもらわねぇと!」
「あなたみたいな不良娘こそ、私の輝男君から離しなさいよ!」
小春と桜月は、輝男を挟んで激しく言い争う。
傍に、輝男のお見合い相手がいるのも知らずに……
否、むしろ、お見合い相手が傍にいるのを承知の上で、言い争いを始めようとしているのかもしれない。
すると、
「いい加減にしろ!」
輝男はたまらず、腹の底から声を上げ、二人に制止をうながす。
声を張り上げる輝男に、桜月も小春も驚いて輝男から手を放す。
二人の目に、極めて不機嫌に苦い顔を見せる輝男の姿が映る。
「小春……それに桜月まで、どうしてそんな下手な芝居をするんだ!?」
苛立ちながら言って来る輝男に、桜月も小春もシュンと萎縮してしまう。
そこへ、別の少女が輝男のもとへ駆け寄って来た。
「だって……お義兄ちゃんが、お見合い相手の人に取られるのが嫌だから……」
瑠奈は義兄のもとへ駆け寄るなり、憂いを帯びた面持ちで言って来る。
瑠奈の今の言葉に、輝男は厳しい表情で彼女をにらむ。
「瑠奈、これはお前の仕業だったのか?」
輝男が瑠奈をにらみながら難詰しようとすると、
「輝ちゃん、このチビちゃんは何も悪くないよ」
小春はすかさず、瑠奈を弁護する。
「確かに、瑠奈ちゃんが私たちに輝男君のお見合いのことを知らせてくれたけど……
私たちも瑠奈ちゃんに同意して協力することにしたの」
桜月もまた、瑠奈をかばうようにして、自分たちの今しがたの行為を説明する。
瑠奈、小春、そして、桜月の今の言葉に、輝男は呆れ顔でため息を付く。
「俺のお見合いを潰したくて、わざわざ、そんな下手な猿芝居をしたってわけか……
……考えたくないけど、君たちならやりかねないな……」
ため息交じりに言い返す輝男に、桜月たちは恥ずかしそうに言葉を詰まらせる。
桜月たちの羞恥に満ちた沈黙を前に、輝男はなおも話を続ける。
「でも、君たちがわざわざそんなことをしなくても……
俺は初めから、こんなお見合いを受け入れるつもりは無い!」
輝男は桜月たちをジッと見つめながら、キッパリとした口調で自分の偽らざる気持ちを言う。
しかし、次の瞬間、ハッと何かを思い出したかのような顔を見せた。
後ろを振り返ると、少し離れた腰かけに、静流が一人、暗くうつむきながら腰を下ろしているのに気が付いた。
静流の憂いを帯びた顔を見て、輝男は気まずそうに顔を曇らせる。
何かとんでもないしくじりでもやらかしたかのような顔を見せながら、静流のもとへ駆け寄る。
「ご、ごめん! 別に君をだますつもりは無かったんだ!」
横から気まずそうに声を上げながら、静流に詫びの言葉をかける。
お見合いを潰すために仕組んだ桜月と小春の小芝居を、静流が本当のことと誤解したと思っているのだろう。
自分のお見合い相手が、二股も三股もかけている最低の女たらしであると認識し、気分を害しているのかもしれない。
輝男が心配そうに見つめる中、一呼吸、間を置いた後、静流の口がゆっくりと開いた。
「気になさらないで下さい……。何も気を悪くしていませんから……」
静流は暗い顔でうつむいたまま、輝男に向かって言葉をかける。
気分を害していないとは言うものの、目と目を合わせようとしない静流に、輝男は表情を重くさせる。
瑠奈、桜月、そして小春は、その場に立ち止まったまま、二人のやり取りを心配そうに見ている。
「あの人たちは、輝男さんのお友達なんでしょ?」
「あ、あぁ……そんなものかな……」
「まさか、私が輝男さんのことを嫌いになるために、あんなことをしたわけでは……」
「いくらなんでも、考え過ぎだよ。
でも、彼女たちも、今のはちょっと悪ふざけが過ぎたのかも……」
輝男がそう言うと、静流はようやく顔を上げた。
未だ、憂いを帯びた面持ちを見せ、そのままの状態で輝男とまっすぐに向き合う。
「あの人たち……もしかして、本当は恋人か何かじゃないのですか?」
覚束ないまなざしでたずねて来る静流に、輝男は一瞬、驚愕する。
しかし、すぐに表情を落ち着かせると、
「いや、恋人じゃないけど、ただの友達でもない。友達以上、恋人未満……といったところかな?」
微妙な返答で言葉を濁してしまう。
少なくとも、桜月たちのことを言った今の言葉は完全なデタラメではない。
輝男の今の返答を聞くと、静流は再び口を閉ざしてしまう。
そして、そのまま席を立ち、正面に見える港の方を向く。
静かに波打ち、船が停泊している港を遠くに眺めながら、静流はゆっくりと口を開く。
「実は私……好きな人がいるんです……」
努めて感情を抑えながら告白する静流に、輝男は驚きの顔を見せる。
驚く輝男の方を振り向かず、静流はそのまま話を続ける。
「学校の二年先輩で……中学の時、テニス部で一緒だった時に知り合ったんです。
高校でも同じテニス部で一緒に頑張って来ました。
私は他の娘と違って、親が余りにもうるさ過ぎて、友達同士で遊びに行くことも、好きな男の人とデートすることもまったく叶わない身でした。
それでも、先輩は嫌な顔、一つ見せず、私のただの後輩ではなく、心から好意を寄せる大切な人として接してくれました。
去年、大学受験の勉強に専念するため、先輩がテニス部を辞めてから、私と先輩はしばらく、疎遠になってました。
でも、今年、大学に進学するため東京に行ってからは、LINEを交換し合うようになりました。
中々、顔を会わせることはできませんが、それでも何とか先輩との交流を大切にして来ました」
輝男は神妙な面持ちで、静流の話を黙って聞いている。
静流もまた、神妙な面持ちを見せながら、自分が好意を寄せる相手のことを輝男に言い聞かせようとする。
静流の表情、口ぶりからは、彼女が本気でその人に恋心を抱いていることがわずかながらでも感じ取ることができる。
「……なのに、あなたは、俺とお見合いをした……いや、お見合いをさせられた……と」
輝男の今の言葉に、静流は再び、表情を暗くさせながら、唇を固く閉ざす。
輝男はすぐに、自分の今の言葉が静流の心の傷に塩を塗りたくったことに気付く。
親によって自分の切実な恋を否定され、望まぬ縁談を強いられた――
静流が今、容易に癒せない心の傷にさいなんでいることを、輝男はすぐに思い知る。
しかし、今は、重い表情で静流を見つめる以外に、何もできない。
桜月、瑠奈、そして小春も、重苦しい空気に包まれた輝男と静流に向かって、言うべき言葉が中々、出て来ない。
暑さの残る夏空の下、輝男たちの周囲だけは寒気が吹きすさぶような雰囲気にのまれている……