ベッドの上で、静流が疲れ果てたかのように横たわっている。
生まれたままの姿をさらしながら、未だに汗も火照りも収まらない。
その美貌は呆けているが、恍惚とした笑みを浮かべている。
初めて見せる笑顔を、輝男は横から感慨深げに見下ろす。
輝男もまた、生まれたままの姿に汗をにじませ、火照りが収まらない様子である。
心地よい疲労に浸っているかのような面持ちで、手に持っているものに目を向ける。
輝男の視線の先には、赤い血がこびり付くコンドームがぶら下がっている。
中で満タンになっている濃厚な白濁のせいで、コンドームは重々しく垂れている。
(随分と一杯、出しちゃったな……)
自らが吐き出した淫欲のしたたりを見ながら、輝男は内心、嘆息する。
そして、再び静流の方に目を向ける。
「静流さん、本当に俺でよかったの?
俺は本当に他にも女の子を何人も抱き、付き合っているし……
その上、君の“初めて”を奪ってしまったんだ……
こんな俺を相手にして、本当によかったの?」
気まずい顔を見せながら、半ば申し訳無さそうに言う。
桜月、神楽、小春…と、同世代の少女たちと二股、三股どころではない関係を重ねておきながら、最愛の先輩に裏切られた傷心の少女とも体を重ねたことに対して、今更ながらに罪悪感をにじませる。
罪悪感のこもった輝男の今の言葉に、静流は優しげな笑みを見せる。
「あなたが気にすることは何もありません。むしろ、感謝してます。
優しくも激しく私を心から愛して下さったのですから。
あなたに純潔を捧げたこと……あの天にも昇るような気持ち……
私、一生、忘れませんから……」
グッタリと横たわったまま優しく言葉をかける静流に、輝男は返すことが中々出てこなかった。
そのまま静流の前に横たわり、彼女と向き合うと優しく唇を重ねた。
「ありがとう……」
ささやくように言うと、輝男はそのまままぶたを閉じる。
静流もまた、体の力が抜けるかのように、ゆっくりとまぶたを閉じる。
色々とあった一日の終わりを迎えるかのように、輝男と静流はラブホテルの一室で眠りに着く。
時刻は既に深夜零時を過ぎていた……
まばゆい朝陽が、快晴の夏空に浮かぶ。
照り付けるような夏の日差しが、ホテル・ラブベストを見下ろす。
その二階の一室にあるキングサイズのベッドの上で、輝男は全裸のまま眠り続ける。
閉ざされた輝男のまぶたが震え出す。
まぶたがゆっくりと開き、輝男が体を起こす。
寝ぼけ眼で呆然としていると、どこからか振動音が聞こえて来た。
音が聞こえて来たところを目で追うと、床に脱ぎ捨てられたジーンズから振動音が聞こえて来るのに気付いた。
輝男はベッドから下りて、ジーンズのポケットをまさぐる。
ポケットからスマートフォンを取り出すと、スマートフォンから振動音が絶えず鳴り響いているのを認めた。
輝男はすぐに電話に出る。
「もしもし…」
『あぁ、輝男さん、全然、お店に来ないし、連絡も取れないものだから心配したわ』
電話の向こうから、妙齢の女性と思しき声が、心配そうに声をかけて来る。
『何か具合が悪かったり、やむを得ない用事があるというのなら仕方ないけど……
そうでないのなら、早く、お店に来て。もう少しでお店を開くから』
「あ、はい、わかりました」
電話の向こうから用件を伝える女性の声に、輝男はどこか要領のつかない声で返答する。
そして、すぐに電話を切ると、スマートフォンのディスプレイを見る。
ディスプレイには“AM.8.30”と時刻が表示されていた。
「ヤバッ、もうこんな時間! 完全に遅刻じゃんか!」
ディスプレイに表示されている時刻を見て、輝男はすぐに我に返ったかのように驚いた。
今日もバイトがあることを今頃になって思い出したのだ。
急いで服を着替え直す輝男は、ふと、その動きを止めた。
輝男が目を向ける先には、依然として安らかな寝顔を見せる静流の姿があった。
「……輝男……さん……」
寝言で自分の名を呼ぶ静流に、輝男は愛おしそうな顔を見せる。
私服に着替え直した輝男と静流が、部屋でまっすぐに向き合っている。
「輝男さん、昨日はどうもありがとうございます」
静流は笑みを浮かべながら、輝男に向かって深々と一礼する。
「静流さん、俺、昨日のことであなたに何て言えばいいか……」
笑顔を見せる静流に対して、輝男は気まずい顔を見せながら申し訳なさそうに言う。
「私のことを心からちゃんと愛して下さったのなら、それでいいではありませんか」
静流は笑顔を絶やさずに言葉を返すと、手に持っていたものを輝男に差し出す。
輝男はすぐに、静流が何かカードのようなものを差し出したことに気付く。
輝男が手にしているカードには、
“Hotel LoveBest Gold Member,s Card”
“永年年会費無料、使用料三割OFF”
の一文がハッキリと記されている。
輝男は自分が受け取ったカードが何かを知り、その意味するところにすぐに気づいた。
思わず、顔を赤らめながら静流と向き合う。
「静流さん、これ……」
輝男が戸惑いながらたずねると、
「いつでも好きな時にお使い下さい。
もし、よろしければ、私も喜んでお相手して差し上げますから」
静流はにこやかに言葉を返す。
ベスト・グループ会長令嬢の特権を存分なく利用したこの措置に、輝男は何とも言えない顔を見せる。
すると、静流は輝男の真ん前まで歩み寄って来た。
「輝男さん……もし、私も他の方と同じように愛して下さるのであれば、私も……」
そこまで言うと、静流は輝男の頬に優しくキスをした。
静流の今の言葉と優しいキスに、輝男は言葉を失う。
「ありがとう……輝男さん……」
静流がそっとささやくように感謝の言葉を言うと、
「こちらこそ……」
輝男は優しい笑顔を浮かべながら言葉を返す。
心から笑顔を見せる静流の姿を、輝男はその目にハッキリと焼き付かせる……
◇ ◇ ◇
カフェ・ホーリーのカウンターに、エプロンを着た輝男が入って来る。
「休憩、ありがとうございました」
既にカウンターにいる聖真理に、休憩の終わりを告げる。
客足が引いたのか、店内は輝男と真理の二人だけとなっている。
そこへ、二人の客が店内に入った。
「いらっしゃいま……あ……!」
「やぁ、来ちゃった」
何かに気付いて驚く輝男と笑顔を見せながら挨拶する桜月が、互いに顔を合わせる。
桜月の前には、歳にして四十代前半くらいの、ブラウンのセミロングをした女性が、バッグを片手にカウンター席に向かう。
「ご注文をお伺いしますが」
桜月の突然の来訪に驚くも、すぐにカフェ店員の顔に戻り、桜月と同伴の女性から注文を聞く。
「ミルクソーダとアップルパイ」
「私はアイスココアね」
「かしこまりました」
桜月と女性の注文を聞くと、輝男はすぐに注文された品を用意する。
桜月にミルクソーダとアップルパイを差し出すと、続けて女性にアイスココアを差し出す。
すると、
「あなたが天江輝男君ね。うちの娘から話を聞いています」
女性はにこやかな顔で輝男に話しかけた。
「娘って……もしかして、日向さんのことですか?」
輝男は一瞬、訝しげな顔を見せると、すぐ傍にいる桜月を横目で見ながらたずねる。
「えぇ。うちの桜月と同じクラスなんだそうですね?」
「あぁ、はい」
「桜月から聞いたんですけど、あなた、かなり評判がいいみたいですね。
勉強もスポーツも優秀で、その上、とても真面目で優しくて……」
「いいえ、そんな……」
カウンター越しに向き合う桜月の母親からの言葉に、輝男は思わず照れてしまう。
しかし、すぐに表情を切り替えると、
「桜月さんは僕のことで他に何か言ってませんでしたか?」
半ば不安げな調子で、桜月の母親に続けてたずねる。
もしかすると、何度も桜月を抱いたことがバレてしまったのではと不安でしょうがない様子だ。
しかし、桜月の母親は輝男の不安など知る由もなく、にこやかな顔を見せ続ける。
「いいえ、それしか言ってませんでしたわ。
でも、実際、あなたがここでバイトをしているのを見ると、桜月が言ったことも間違いないみたいね」
「そうですか……。今の言葉、とても身に余ります」
輝男は、桜月の母親に言葉に笑顔で返すと、そのまま桜月の方へ向かう。
「一体、今日はどうしたんだ?」
「ママも私も、今日は二人とも休みだったから、買い物に行って、そのついでここに寄ったの。
輝男君がちゃんとバイトやってるかどうかを見るため…というのもあるけどね」
「まさか、俺たちのことバレてるわけじゃないよな?」
輝男は半ば不安げに表情を曇らせながら桜月にたずねる。
すると、
「ヤダ、もう。そんなこと、ママに言いふらすわけ、ないじゃない。
私が男の子と付き合ってるばかりか、エッチしまくってるなんて、おくびにも出さないようにしてるのに」
桜月は呆れ果てた表情で、ヒソヒソ話でもするように言葉を返す。
桜月もまた、輝男との関係を自分の親には内緒にしているようだ。
幸いと言うべきか否か、桜月の母親は神楽の母親とカウンター越しに楽しく談笑している。
二人の様子を見ると、輝男と桜月は額を付き合わせるようにして会話を再開する。
「それで、あの娘とはどうなったの?」
「あの娘?」
「ほら、この前、お見合いしたあの女の子のことよ」
「あぁ、最上さんか……。彼女とはあの後、色々とあってね……」
「色々と…って、何があったの?」
「君の想像に任せるよ」
輝男がそう言葉を返すと、別の客が店内に入って来た。
「いらっしゃいませ」
輝男は新たに入って来た客の方へ駆け寄り、挨拶がてら注文を聞く。
傍で腰を下ろす桜月は、半ば浮かない顔でミルクソーダを飲む。
◇ ◇ ◇
暗雲が漂う夜の空に、雨がポツポツと振り始める。
雨はすぐに豪雨となり、タワーマンションに叩き付けられる。
暑夏の終わりを告げるかのような豪雨の中、輝男は自宅リビングでくつろいでいる。
ソファーに腰を下ろしながら、真純と一緒にテレビを見ている。
「輝男さん、静流さんの件はどうすることにしたの?」
「取り敢えず、もうしばらく付き合うことにしたよ。
父さんたちは、お見合い即、結婚という腹づもりだったかもしれないけど……
俺も静流さんもまだまだ先は長いから、色々と付き合った上で決断することにしたから」
「それがいいわね。
お互いのことを十分に知った上で、伴侶となるか否かを決めるのが一番、いいから」
真純はそう言葉を返すと、しばらくの間、唇を固く閉ざした。
横にいる輝男の方を振り向かず、正面にあるテレビを見ながら、また口を開く。
「……いっそのこと、一夫多妻が認められれば、面倒なことにならずに済むのに……」
「な、何、言ってんだよ、義母さん!」
真純の今の言葉に、輝男は恥ずかしそうな顔を見せながら、義母の方を振り向く。
「冗談よ、冗談」
真純はクスッと笑みをこぼしながら言い返すと、輝男の方を振り向く。
「……でも、輝男さんに限って言えば、何人でも奥さんがいることを認められた方が理想的かもしれないじゃない。
桜月さんに小春さん、それに静流さん……
将来の伴侶となるにふさわしい人たちが、あなたの周りにはいっぱいいるから……」
心からの優しく柔和な笑みを絶やさずに言う義母に、輝男は恥じらいの表情を赤らめる。
そして、何も言い返さず口ごもってしまう。
輝男と真純と一緒にリビングにいる頃――
瑠奈は自室で、壁にもたれながら、誰かと電話をした。
『……で、輝男君とお見合い相手の娘は、どうなったの?』
電話の向こうから心配そうにたずねる少女の声が聞こえて来る。
瑠奈は何故か浮かない顔をすると、一呼吸、間を置いた後、口を開く。
「残念がお知らせがあります。またまたアタシたちに強敵が一人現われました」
『え!? ちょっと、それってどういうこと!?』
淡々と告げる瑠奈に、電話の向こうから、少女の驚愕に満ちた声が返って来る。
しかし瑠奈は、嘆息するばかりで応えようとしない。
同じ頃――
桜月は自室で、誰かと電話をしていた。
電話を終えると、スマートフォンを握り締めたまま、ベッドの上で横になる。
憮然とした表情を赤らめると、
(やっぱり、思った通りだったわ……!)
内心、面白く無さそうにつぶやく。
桜月の脳裏には、今日の日中、カフェで輝男と話した時の記憶が浮かび上がる。
(輝男君ったら、あの時、言葉を濁して、ちゃんと答えてくれなかったから、まさかと思ってたのに……!)
静流との件をたずねた時のことを思い出し、不機嫌に独白を続ける。
昨晩、何があったのかわからない桜月だったが、輝男のこれまでの行動を考えると、あり得る事態がまたも起きたことが容易に理解できる。
正直、桜月本人としては、余り歓迎したくないことかもしれないけど……
しばらくすると、桜月はベッドの上で仰向けの体勢となる。
そして、煌々と明かりのともる天井をムッと見上げると、
「もう……天江輝男の女ったらし!!」
部屋の向こうにもハッキリと聞こえるくらいの大声で、輝男に対する不満を叫ぶ。
しかし、
(あたしだって、ちゃんと輝男君のこと、好きなのに……!)
憎みたくても憎みきれない複雑な女心を、すぐに心の中で叫ぶ。
雨が降りしきる中、輝男も瑠奈も桜月も、それぞれに思いを抱えながら晩夏の夜を過ごすのであった……