「おい、聞いたか? B組の東、無期限停学だってさ」
「あぁ、昨日、女子更衣室に忍び込んだ上、盗撮機械を置いてたとかで……」
「何でも、アイツ、一年の時から盗撮に励んでたそうだぞ」
「マジかよ!?」
「優等生気取ってた裏で、かなり盗撮しまくってたなんて、信じられない」
「学年を問わず、かなりの女子がやられたらしいよ」
「停学どころか、退学してそのままいなくなればいいのに」
「あんな最低のクズ男、今すぐリアルで地獄に落ちてしまえばいいわ!」
教室内や廊下で、生徒たちが口々に会話を交わしている。
ある者は驚きを隠せず、また、ある者は露骨に不快感をあらわにする。
しかし、全員が話題にしているのは、同じ一人の人物である。
二年B組 東 大一郎――
入学以来、定期考査では常に総合成績学年トップを誇っていた校内随一の優等生であった彼が、盗撮行為を暴かれ、処分を受けたと言うのだ。
未だかつて無かった事態と、その犯人が学年最上位の成績を誇る生徒であったという事実に、同級生をはじめとする全校生徒は驚きを隠せないでいる。
同級生らが、東の所業と彼に科せられた処分についてささやき合っている同時刻――
保健室内で、真白は何者かと向き合っていた。
「いくらあなたの頼みでも、それだけは認められないわ」
厳しい表情を見せる真白の目の前には、沈痛な面持ちで腰を下ろす葵の姿がある。
「悪質な嫌がらせ、脅しを受けたために生徒会長を辞めるなど、どうあっても認めることはできないわ」
「そんな……どうしてですか?
あんな痴態を盗撮された以上、今まで通り、生徒会長を続けることなど、どうあっても無理では……」
冷厳な調子で拒絶の言葉をかける真白に、葵は困惑しきった調子で言い返す。
真白は、葵が今、かなり神経が参っている状態にあることをちゃんと認めている。
しかし、葵を優しく受け止める代わりに、厳しく突き放すかのような態度で葵に接する。
「嫌がらせや脅しに屈して簡単に生徒会長を辞めるようでは……
生徒会長の権威は跡形も無く崩れるし、生徒会自体、存在意義を見失いかねない。
生徒会長の成り手なんて、すぐにいなくなってしまうわ」
真白は葵を鋭く見据えながら、厳しい口調で葵に言い返す。
今の真白の言葉に、葵は愕然としたまま言葉を失う。
反論しようにも反論できないでいるようだ。
葵が何も言い返さないのを見ると、真白は幾分、表情を落ち着かせる。
「他人からの嫌がらせや脅しに負けて生徒会長を辞めるなんて……
事件、事故、それにイジメの被害者が泣き寝入りを強いられるのと同じことなのよ……」
諭すように言い聞かせる真白の言葉を、葵は黙って聞き入る。
悲哀の念は完全に消え失せていないが、それでも今しがたよりは表情は少しは和らいでいるようだ。
「悪実極まりない盗撮はもちろん許せないことだけど……
被害者が何もできずに泣き寝入りを強いられることも、絶対に許しがたいことだわ」
真白がそこまで言うと、葵は重い表情で真白と向き合ったまま、沈黙を続ける。
葵の今の表情からは、困惑と苦悩の念が否が応にも見受けられる。
真白は葵の今の表情と沈黙を見ると、
「わかってるわ……
今回の件で、皆があなたに対して、変な印象を持つようになったのが怖いんでしょ?」
落ち着き払った口調で葵にたずねる。
真白の今の問いかけに、葵は重い表情で黙ったまま、静止し続ける。
「こんなこと言っても、気休めにもならないけど……
あなただけが、彼の被害者にされたわけじゃないわ。
他の女子たちも、彼による盗撮のせいでひどい辱めを受けたんだから……
それに、生徒会長を続けようと辞めようと、あなたを取り巻く状況はさして変わりは無いわ。
むしろ、すぐに辞める方が、あなた自身を更に不利な状況に追い込むだけよ」
葵は真白の今の言葉にも、重い表情を見せたまま沈黙し続ける。
すると、真白は葵をまっすぐに見つめながら、ニコッと笑顔を見せる。
「心配しないで。当分は、色々と心苦しいことがあるかもしれないけど……
私や天江君、百川さん、それに、他の生徒会の皆で、あなたのことをちゃんとフォローしてあげるから。
他の皆も、すぐにあなたのことをちゃんとわかってくれて、前のように同じ仲間として受け入れてくれるから」
優しくほほ笑みながら元気づけようとする真白に、
「せ、先生……」
葵は救いを求め、すがり付くように真白に呼びかける。
普通では絶対に見せない弱々しい表情と乞うようなまなざしを、他に誰もいない保健室の中、生徒会顧問でもある保健教諭に向かって見せる。
「だから、黒山さん、あなたも早く、元気を取り戻して、以前のあなたに戻って」
真白は優しい笑みを浮かべながら、葵に励ましの言葉をかける。
同じ時刻――
輝男と桜月は、生徒指導室内で理華と向き合っている。
「東君から押収した盗撮写真や動画をすべて見たけど、うちの校内に限ってもかなりの量だったわ。
彼、一年の頃から盗撮に勤しんでいたみたいだから、学年を問わずかなりの数の女子がやられちゃったみたい」
理華は苦い顔を見せながら、呆れ果てたように言って来る。
「もしかしたら、私やうちのクラスの娘も?」
「その可能性は無きにしも非ずと思った方がいいわね」
不安に満ちた様子でたずねる桜月に、理華はやり切れないといった様子で返答する。
すると、桜月の横に座っている輝男が、厳しい表情を理華に向ける。
「先生、今回の件に対する東の処分ですが……
無期限の停学って、正直言って、甘くはないでしょうか?
一年の頃から盗撮に勤しんでいたことを考えれば、すぐに退学させ、警察に突き出しても問題は無いはずなのに……!」
怒りが収まらないといった様子で、抗議めいた言葉を担任にかける。
葵に対して卑劣な嫌がらせをした挙句、自分の非を認めず、逆に、被害者である葵たちを平然と侮蔑する東に対する憤怒が、未だに輝男の心に重くのしかかっている。
理華は輝男の怒りを真正面から認めると、すぐに口を動かす。
「今回の処分を下すだけでも、かなり骨を折ったのよ。
校長や教頭は何とか穏便に処理させたかったんだろうけど……
うやむやに片づけてしまったら、盗撮は全然、違法じゃないと認めることになるし……
すぐにまた別の盗撮犯が何人も出てきて、今度こそ我が校の顔を潰してしまうことになりかねない……
そう説得して、何とか今回の処分を下すことができたんだから。
もっとも、あれだけ知れ渡った以上、仮に復学できたとしても、周りから白い目で見られ、ゴミ扱いされるのは火を見るよりも明らかだから。
無期限停学と言っても、そのままほぼ退学と見なして差し支えないと思うわ」
理華は、処分決定の経緯と処分の対象である東の状況を端的に言ってのける。
理華の今の説明に、輝男は厳しい表情を若干、和らげる。
それでも、深い憂慮を示すかのような重い表情を見せる。
「それで……黒山さんの件は?」
「黒山さんの件は、私たちの方で伏せておいたわ。
今回の事件の被害者は彼女だけじゃないし……
盗撮被害の詳細を一々、説明するにも、量が多過ぎる上に、被害者の心情を考えて、必要最小限に留めておいたから。
それと、黒山さんの下駄箱の落書きの件も、事実無根の誹謗中傷によるものだと説明しておいたから」
輝男からの憂いに、理華はすぐに返答すると、一旦、話しを止めた。
そして、一呼吸、間を置いた後、再び、話し出す。
「東君にとって、黒山さんなど、元々は数ある被害者の中の一人でしかなかったけど……
この前の生徒会長選挙で負けた腹いせで、あのような嫌がらせと脅しに及んだそうよ」
理華の今の話に、輝男は呆れ顔で深くため息を付く。
「まったく……勉強では学年でも一番の成績を維持しておきながら……
実際のところは、他の誰よりも頭の悪い大バカ野郎だったなんて……!
黒山を辞めさせれば、自分がすぐに生徒会長にでもなれると思ったのか?
そもそも、生徒会長など王様でもなければ独裁者でもないのに……!」
葵を卑劣に責め立てた東の愚かさ、浅ましさに対して、改めて不快感と怒りをあらわにする。
すると、桜月が憂いを帯びた面持ちで理華に向かって口を開く。
「それで、その盗撮写真や動画はどうしましたか?」
桜月が深い憂慮を込めてたずねると、
「私たちの方ですべて跡形も無く処理したわ。だから、何も心配しないで」
理華はようやく笑みを浮かべて、桜月の憂慮に対して即答する。
「彼には、一つでも盗撮画像を隠し持っていたら、すぐに退学させると念を押しておいたから……」
そう言葉を続けると、理華はニヤッと笑みを歪める。
「それに……あなたたちのセックスを盗撮したものは、一枚も無かったから……」
理華がからかい半分に言うと、輝男と桜月はすぐに顔を真っ赤にした。
二人はすぐに、校内で何度もひそやかなセックスに耽ったことを思い出してしまう。
「せ、先生!!」
顔を真っ赤にしながら、狼狽したように声を上げる輝男に、理華はクスクスと笑みをこぼす。
輝男の横にいる桜月は、恥ずかしそうに顔をうつむかせて、そのまま黙り込んでしまう。
◇ ◇ ◇
生徒会室で、二人の生徒が椅子に腰を下ろしながら向き合っている。
重い表情で半ばうつむいている葵を、輝男が神妙な面持ちで見つめている。
「確かに、盗撮など想定外だったが……
正直、君がやったこともお世辞にも褒められるものじゃない」
そう言葉をかける輝男に、葵はうつむいたまま何も言い返さない。
「よその教室に忍び込んで自慰に耽るなんて……
それがはしたないことも、他のヤツらに見られる危険性が高いことも、君なら十分、理解できるはず。
なのに、何故、君ともあろう者が、そんなことを……?」
信じられないといった調子で、葵に問いただそうとする輝男。
もっとも、彼自身、桜月や神楽、それに真白と校内で何度もセックスに及んだ身だ。
そんな身で、新生徒会長の思わぬ不品行をとがめることなど、お門違いかもしれない。
しかし、今は、未だ盗撮で脅された傷を引きずる葵を何とかしてやりたいという思いで、彼女と向き合う。
とがめつつも強く憂う輝男の今の問いかけに、葵は重い口を開く。
「……私……好きな人がいたの……」
葵はうつむいたまま、ポツリポツリと話し出す。
「一年先輩のバスケ部のキャプテン……
一年の時、球技大会での彼の活躍を見て、生まれて初めてなくらいに強く心を惹かれたわ……
それ以来、部活の練習やバスケの試合があるたびに、時間を見つけては足を運び、遠くから先輩を見ていた……
私……生まれてからずっと、勉強に励み、優等生であることを強く求められて……
友達も恋人も、中々できないまま、今に至ったけど……
そんな私が本気で好きになったのが、あの先輩なの……」
淡々と語りつつも、その表情は徐々に沈痛さを増す。
輝男は神妙な面持ちを崩さぬまま、葵の話を黙って聞き入る。
「この前の体育祭の時、先輩に思い切って告白したけど……でも……」
そこまで言うと、葵は沈痛な面持ちで言葉を失い、わなわなと身を震わせる。
輝男は今の葵の姿を見て、彼女の身に何があったのかすぐに理解した。
重苦しい沈黙が室内を覆う。
どのくらい続いたかわからない沈黙の間、葵は何かをこらえるかのように身を震わせ、端整な美貌を歪めさせる。
一方の輝男は、沈痛の度合いを増す葵をただ黙って見つめ続ける。
やがて、固く閉ざされた輝男の唇が開いた。
「その先輩との恋を忘れたいために、その先輩の教室や他の場所で何度も自慰に耽っていた…ということか……」
努めて感情を押し殺しながらも、確信めいた言葉を葵にかける。
すると、葵はようやく顔を上げ、輝男とまっすぐに向き合う。
輝男の目には、キッと鋭くにらみながらも、目元にうっすらと涙をにじませる葵の端整な美貌が映る。
「天江君……私のこの汚点を知って、一体、どうするつもりなの!?」
鋭く声を荒げながら輝男を問い詰めようとする葵。
葵の今の問いかけに、輝男は神妙な面持ちを見せ続ける。
「まさか、私の恥ずべきことを聞き出して、そのまま終わりというつもりなの?
それとも、彼のように、このことをネタにでもして、私を…」
「俺は絶対にそんなことをしない!
君の恥ずべき秘密を聞き出して、そのことで君を脅したり、好きなように苦しめることなど……!」
容赦無く疑念をぶつける葵に、わずかな揺るがない断固とした口調で反論する。
しかし、葵は納得するどころか、厳しい表情で輝男をにらみ続ける。
「じゃあ、どうしようというの!? ただ、聞くだけで済ませるつもり!?
私から最も恥ずべきことを聞き出しておいて、そのままで済ませるとでも思ってたの!?」
語気鋭く言って来る葵に、輝男は思わず戸惑いながら言葉を詰まらせる。
“鬼の級長”、“鬼の生徒会長”と評されている葵が校内で自慰行為に及ぶなど、余程の事情がなければ考えられない。
輝男はそう思って、彼女に事の次第をたずねようとしたのだ。
そして、何とか慰めの言葉をかけて元気づけてやろうという筋書きだったのかもしれない。
しかし、今、自分に向かって強く詰め寄って来る葵の前に、自分が頭の中で描いた筋書きが思わぬ方向に逸脱しかけていくのを痛感せずにいられなかった。
席を立ち、輝男の方へつかつかと迫って来る葵。
厳しい表情で迫る葵に、輝男は戸惑いながらも席を立つ。
輝男が席を立つと同時に、葵は輝男の両腕を力強くつかんだ。
そして、
「天江君……私の秘密を聞いた以上……責任は取ってもらうわよ……!」
輝男を鋭くにらみながら、搾るような声で言葉をかける。
しかし、間も無くして、輝男は葵が涙をポロポロとこぼしているのに気付いた。
葵は厳しい表情はそのままに、涙をこぼし続け、輝男の両腕をつかむ手をわなわなと震わせる。
「先輩に手ひどくフラれ……盗撮までされて……
もう、今すぐにでも死んでしまいたいくらいに心はボロボロになって……
私……今のままだと、到底、このまま生きていくことなどできない……!」
多少、大げさな言い回しを含めて、自らをさいなむ激しい絶望感を叫ぶ。
人前では常に強く、毅然とした態度を見せ続けた葵が、今、輝男一人を前にして、これ以上はない弱さ、脆さ、はかなさを見せ付ける。
葵の今の沈痛な言葉に、輝男は言葉を失う。
本当に葵が絶望に苦しんでいることを認め、かける言葉が出て来ないのだ。
輝男が何も言い返そうとしないのを見ると、葵は涙を浮かべながらキッと輝男を見据える。
「天江君……お願いだから……私のこの傷を消し去って……!
この体をメチャクチャにしてもいいから、私の中から、つらいこと、嫌なこと、すべて消し去って……!」
痛切に訴える葵に、輝男は驚きの表情を見せる。
「な、何、言ってんだよ? 黒山。まさか……!?」
愕然とし、戸惑いながら言葉を返そうとすると、
「お願いだから……今の私には、あなたの他に任せられる人がいないの……!」
葵は搾るような声で悲痛な思いをぶつける。
そして、そのまま輝男の胸に顔をうずめる。
輝男は、葵が自分の胸にすがり付き、泣きじゃくっているのをすぐに認めた。
「……うぅ……うぅ……!」
葵は声を上げてすすり泣きながら力無く膝を屈する。
輝男は、葵につられて膝立ちの体勢になりながら、彼女を優しく抱き締める。
今の葵は、“鬼の生徒会長”ではなく、失恋と卑劣な盗撮で心をボロボロに傷付けられた一人のか弱い少女でしかない。
輝男は、葵が泣き止むのを待つかのように彼女を優しく抱擁し続ける。
その表情は、憂いと愛おしさが半々に混ざり合っているかのようだ……