曇天が見下ろす中、明朝学園高校の校舎に秋雨が降り注がれる。
雨に濡れる校舎の内側で、生徒たちはいつものように授業を受けている。
その中には、輝男や桜月の姿もある。
「今日の授業の内容は、今度の期末考査にもちゃんと出て来るから、皆、キチンと復習するように」
英文が書き連ねてある黒板の傍で、伊達メガネをかけた理華が正面に見える生徒たちに言う。
間も無くしてチャイムの音が鳴り出し、授業の終わりを告げた。
挨拶を済ませ、教室を出た理華だったが、一分もしない内にまた教室に入って来た。
英語の授業を終え、次の授業の支度をする輝男のすぐ傍に歩み寄ると、
「天江君、今、那須先生が向こうにいるけど、大事な話があるらしいわ」
やや神妙な面持ちを見せながら、輝男にそう伝えて来る。
理華からの今の伝言に、輝男は首を傾げながらも席を立ち、教室から出て行く。
二年A組の教室のすぐ近くにある階段の踊り場の隅で、輝男と真白が向き合っている。
「先生、一体、大事な話って何ですか?」
輝男が問いかけると、真白は重い表情を輝男に見せる。
「実は、百川さんのことなんだけど……」
「え? 百川の……?」
用件を切り出す真白に、輝男は半ば要領が飲めないかのような顔を見せる。
「百川さん、実は今日、ずっと保健室に引きこもっているの」
「何か具合でも悪いんですが?」
輝男がまたも問いかけると、真白はすぐに首を横に振った。
「よくわからないけど、百川さん、ひどく落ち込んでいるみたいなの。
早く教室に行って皆と授業を受けなさいと言っても、今はそんな気分じゃない、今日は学校に行くのだってすごくつらかったからとしか言わなくて……
あの娘、事情を説明しないで、とにかく今日は保健室にいさせて下さいとしか言ってくれないの……」
重い表情を崩さずに事情を説明する真白に、輝男はハッと驚きの表情を見せる。
(まさか……!?)
内心、驚きの声を上げる輝男の脳裏に、昨日の放課後、七海に生徒会室でのひそやかなセックスを見られた時の光景が、克明に浮かび上がる。
忘れようにも忘れられない記憶が頭をもたげ、輝男は改めて驚愕する。
「百川さんが何も言ってくれないものだから、彼女の担任やクラスメート数人、それに、生徒会の皆に、今回の件で何か心当たりは無いか、内密にたずねているんだけど……」
「すみません、先生……実は……」
輝男は沈痛な面持ちを真白に見せると、そのまま彼女に向かって話し出した。
「昨日の放課後、生徒会の会議が終わった後、黒山会長、それに日向さんと一緒に、生徒会室でこっそりセックスしちゃったんです。
その時、恐らく忘れ物を取りに戻って来た百川に、その現場を見られてしまって……
多分、その時のショックで、今、彼女は保健室に引きこもっているんじゃないかと……」
沈痛な面持ちを崩さずに、七海の引きこもりの原因と思しき出来事を言い聞かせる輝男。
彼の今の説明を聞くと、真白は一瞬、唖然とした後、呆れ顔で深くため息を付く。
「……まったく、あなたたちは一体、何を考えているの……!?
いくらヤりたい盛りの年頃とはいえ、盛りのついた山猿と大して変わり無いじゃない」
呆れ果てながら叱責する真白に、輝男は恥ずかしそうな面持ちで口ごもる。
「……私だって、ずっとご無沙汰なのに……」
「え?」
「な、何でもないわ!」
思わず愚痴を独白する真白だったが、すぐに厳しい表情を輝男に見せる。
「とにかく、あなたや黒山会長に責任の一端があると言うのなら、速やかに問題を処理して、百川さんを早く立ち直らせなさい」
「はい、わかりました」
輝男は神妙な面持ちを見せると、そのまま真白に応諾の意を告げる。
輝男の応諾を聞くと、真白はそのまま階段を下りていく。
輝男はその場に踏み止まると、困惑しきった形相で深くため息を付く。
すると、
「天江君」
後ろから輝男に呼びかける声が聞こえて来た。
輝男が振り返ると、桜月が彼をまっすぐに見ていた。
「那須先生と話をしていたみたいだけど、一体、何があったの?」
桜月がたずねると、輝男は気まずい表情を見せた。
「実は、昨日の放課後のエッチを百川に見られちゃって……
彼女、そのことでショックを受けて、今、保健室に引きこもっているんだ……」
沈痛な調子で説明する輝男に、桜月は羞恥と困惑の入り混じった顔を赤らめた。
「そんな……! まさか、七海ちゃんに見られていたなんて……!」
「事情はどうあれ、百川がひどく落ち込み、保健室に引きこもっているのは間違い無いんだ。
俺たちのせいでそうなったのであれば、早く彼女に謝らなければならない」
「どうするつもりなの?」
桜月が不安に満ちた面持ちでたずねると、
「昼休みにでも保健室に行って、百川に謝って来るよ」
輝男は沈痛な面持ちで対処方法を言い返す。
「それじゃあ、私と黒山さんも一緒に…」
「いや、君たちまで行く必要は無い」
「でも……私と黒山さんがあなたとエッチしたせいだと言うのなら……
私や黒山さんにも責任の一端があるから。
それに、七海ちゃんは、私や黒山さんにとっては可愛い後輩だし……」
「君の気持ちはよくわかるけど、君たちまで来たら事は面倒になるし……
百川は俺の方で何とかするから」
仲良しの後輩を思い、そして憂う気持ちを見せる桜月に、輝男は真剣な調子で言葉を返す。
事はすんなりと行きそうにないことを思い知ってか、せっかくの申し出を心ならずもはね付けてしまう。
桜月は、憂いに満ちた輝男の顔と彼の今の言葉に何も言わず応諾する。
彼女もまた、輝男と同じくらいに憂慮に満ちた重い表情を見せる。
ほんの数分程度のこの出来事に、辺りを行き交う他の生徒たちはまったく気に留める様子を見せない。
◇ ◇ ◇
教室内の時計は一時を指している。
教室内、そして、廊下や体育館では、昼休みを過ごす生徒たちの楽しげなざわめきが絶えず響く。
つかの間の憩いを過ごす生徒たちの輪をかき分けるかのようにして、輝男は一人、ある場所へ歩を進める。
数分後、輝男は保健室の前に立っていた。
そのまま部屋に入ると、目の前にあるものを見て思わず驚く。
「せ、先生……どうしたんですか?」
驚く輝男の目の前には、保健室を受け持つ真白と一緒にコーヒーを飲んでくつろぐ理華の姿があった。
白幕で覆われた仕切りの一角を除いて、今、この部屋には、輝男と理華、そして、真白の三人しかいない。
驚く輝男を認めると、理華はコーヒーカップを手にしながら笑みを見せる。
「どうしたのかって……ちょっと、ひと息付こうと思ってね」
笑みを崩さぬ理華の返答を聞くと、輝男はすぐに真白の方を向く。
「先生、百川は?」
「あそこのベッドにいるわ」
重い表情を見せてたずねる輝男に、真白は白幕の方を向いた。
輝男は理華と真白に一礼すると、すぐに白幕に覆われた仕切りの方へ向かう。
仕切りの内側、一対あるベッドの向かって左側に、一人の女子生徒が、切り幕を正面にして横向きに寝ている。
しかし、眠っているわけではなく、目はハッキリと開いている。
だが、その瞳は、絶望を表しているかのように曇りがひどく目立つ。
憂いに満ち、重く沈黙する少女の脳裏にはある光景が克明に浮かぶ。
放課後の生徒会室――
桜月、そして、葵に、続けざまに膣内射精する輝男の姿――
みだらで忌まわしいことこの上ない光景を思い出すと、床上の七海は身を震わせ、沈痛な面持ちを濃くする。
すると、
「百川……」
重々しい口調でそっと呼びかける声が聞こえてきた。
すると、七海はハッと起き上がり、そのまま後ろを振り返った。
振り返った先には、悲痛に満ちた面持ちで立つ輝男の姿があった。
「先輩……」
七海は目の前に立つ輝男を認めると、沈痛な面持ちを震わせながら、一言、言葉を返す。
仕切りの内側で輝男と七海が向き合っている同じ頃――
仕切りの外側では、理華と真白がコーヒーを飲んでくつろいでいる。
「あの様子だと、百川さんも私たちの仲間になりそうね」
笑みを浮かべながら、半ばからかうかのように理華が言うと、
「そんな先のことを呑気に言わないで……
こっちは生徒会顧問として、とても頭が痛い思いをしてるんだから」
真白は呆れ顔でため息を付きながら、理華に言葉を返す。
「この二学期だけで生徒会長、生徒会役員が続けざまに保健室に引きこもりだなんて、話にならないわよ」
かつて、盗撮騒動で傷心の極みにあった葵に続き、今また、同じ生徒会の一員である七海がやはり傷心の極みで保健室に引きこもっているという状況に、真白自身も否が応にも心痛の度合いを増していく。
生徒会顧問でもある真白は、半ば呆れ、半ば憂うかのような面持ちを見せ付けてしまう。
理華はそんな真白を前にして、安心と自信に満ちた笑みを見せる。
「大丈夫よ。天江君なら上手くやってくれるから」
そう言うと、白幕に覆われた仕切りの方に目を向ける。
「……ただし、私たちのライバルが一人、増えることになっちゃうけどね」
からかい半分に理華が言うと、真白もまた仕切りの方に目を向ける。
理華と真白がまなざしを向けているとも知らず、仕切りの内側では、輝男と七海がまっすぐに向き合っている。
一方のベッドに座る輝男は、沈痛な面持ちで七海をまっすぐに見つめる。
もう一方のベッドから身を起こしている七海は、憂いに満ちた顔をうつむかせながら沈黙している。
「百川、すまん……
君という者がいながら、俺は他の女の子を抱き、犯してしまって……」
沈痛な面持ちを崩さず、七海をまっすぐに見つめながら、詫びの言葉をかける。
「……しかも、君が尊敬し、心から慕っている先輩を君が見ている傍で抱いてしまって……」
申し訳無さそうに言葉を続ける輝男に、七海は顔を上げようとしない。
「俺は、君をだますつもりも裏切るつもりもなかった……
君は俺に純潔を捧げ、その後も進んで俺に抱かれてくれた……
俺は今でも、君のことを可愛い後輩、大切な人だと思っている……
でも、君と同じくらいに、黒山や日向のことも大切に思っている……
彼女たちも俺との絆を大切にし、俺にこの身を抱かれることを進んで受け入れてくれる……」
下手な弁明でお茶を濁す代わりに、正直な気持ち、ありのままの事実を言い連ねる。
しかし、七海はそのまま沈黙し、静止し続けている。
ちゃんと話を聞いているのかどうかわからない状態でありながらも、輝男はそのまま話を続ける。
その表情は、自ずと真剣みを増している。
「今回の件は、どうあっても謝って済まされることじゃない。
もし、そのことで強くとがめられることがあっても、俺は素直に受け入れる。
君に一生、軽蔑され、嫌われ、絶交されても全然、構わない。
……でも、日向と黒山は絶対に嫌いにならず、許してくれないか……」
真剣な口調で自らの非を認めると同時に、桜月と葵を許すよう痛切に訴える。
「例え、何度、俺に抱かれようと……
日向も黒山も、君にとっては尊敬すべき、あこがれの先輩であることに変わりはないんだ。
俺のことは嫌いになっても構わないが、日向と黒山は…」
「やめて下さい」
切々とした輝男の訴えを、七海の弱々しい声がさえぎる。
ようやく、言葉を発した七海に、輝男は動きを止め、彼女と向き合う。
七海はゆっくりと顔を上げ、悲哀に満ちた顔を輝男に見せる。
「私……別に、天江先輩のことに嫌いになったわけでも……
会長や日向先輩を軽蔑しているわけでもありません……
……ただ、先輩にとって、私って何なのか……って、そのことでずっと思い悩んでたんです……」
七海は輝男をまっすぐに見つめながら、自らの苦悩を吐露する。
「確かに、私は先輩に“初めて”を捧げ、二度も先輩に抱かれました……
優しくも激しくエッチしてくれたあの時のことは、今でも忘れられません。
でも、先輩は、私の倍以上は日向先輩や黒山先輩といっぱいエッチしているじゃないですか。
同じ生徒会の一員として、先輩、後輩としてちゃんと接してくれてますけど……
私とは中々、エッチしてくれない……
先輩には、私なんて何度も抱くに値しないんじゃないかと思って……」
憂いを帯びた口調で、自らの強い思慕を訴える七海に、輝男は黙って耳を傾ける。
愛欲、淫欲を隠そうとしない七海に呆れる代わりに、率直に受け入れるかのような真剣な表情を見せる。
当の相手がどれだけ愛欲、淫欲に身を焦がそうと、輝男としては、彼女が何とか立ち直ってくれることの方がはるかに大事であるからだ。
黙って耳を傾ける輝男の目の前で、七海は身を震わせ、メガネの内側にある目元にうっすらと涙をにじませる。
愛しい先輩への思慕を吐露した衝動で、ずっと抑えていた感情が爆発しそうになっている。
「百川……」
泣き出すのを必死にこらえる七海の耳元に、搾るような呼び声がかかる。
うつむいていた顔を上げると、輝男の神妙な面持ちがすぐ目の前にあった。
「俺は決して、君のことを、一、二回抱けばそれで十分…というような単なる使い捨てだとはこれっぽちも思っていない。
君が俺にとって可愛い後輩であることに変わりはないが……
それだからと言って、事あるごとに君を抱き、犯そうとは思っていない。
求められれば、いくらでも君を抱いてあげるけど……
身も心もみだらで深く傷付けてまで、君を犯そうとは考えたこともない。
それに、俺は君を抱きつつも、日向や黒山との関係も大切にしたい。
彼女たちも、俺にとっては君と同じくらいに大切な人たちだから。
俺は……俺との絆を大切にする人たちとは、誰一人、分け隔てなく接したい。
……正直、君としては、すぐに受け入れられない話かもしれないけど……」
真剣さを少しも崩すことなく、正直な気持ちを言い聞かせる輝男。
二股、三股どころではない、それより多くの少女、女性たちと同等に関係を結んでいるという事実を、今、目の前で憂いの極みにある可愛い後輩に言い聞かせようとする。
普通であれば、容易に受け入れがたい事実をあえて突き付け、七海に自らの意思でどう判断するかをうながそうとする。
危険な賭けに打って出た輝男に、七海はまたも顔をうつむかせ、そのまま沈黙を続ける。
数分と続く長く重い沈黙を、輝男は黙って受け止める。
やがて、うつむき続ける七海の唇がゆっくりと開く。
「……て……」
「え?」
「抱いて……下さい……」
七海は泣くのを必死にこらえながら、輝男に向かって切々と訴える。
唖然とし、言葉を返せない輝男を前に、なおも言葉を続ける。
「天江先輩が私を抱いてくれたら……
天江先輩も、日向先輩も黒山会長も……皆、許してあげますから……」
「本当にそれでいいのか?」
輝男が念を押すように問いかけると、七海はそのまま輝男に向かって突進をかけた。
勢いに任せて抱き付く七海を、輝男は優しく抱き締める。
「お願いです……私も……桜月さんや…葵さんと同じように……」
身を震わせ、顔をうずめながら、すすり泣くような声で輝男に訴える七海。
彼女の今の哀訴を、輝男は彼女を優しく抱き締めたまま、黙って聞き入る。
すると、昼休みの終わりを告げるチャイムが、輝男と七海の耳に無情に届いた。
しかし、チャイムが鳴り止んでも、輝男はそのまま七海を優しく抱き締め続ける。