そんな暁年の前に、満司の陰謀から逃れた家族の姿があった・・・。
---------登場人物---------
秋月 暁人:主人公
秋月 唯子:暁人の母
秋月 暁年:暁人の父(M商事・開発部・課長←オリジナル設定)
三好 満司:主人公の遠縁(暁年の母方の従祖母の孫娘の夫)
三好 聖満:満司の子
三好 良枝:満司の元妻
藤原 綾乃:暁人の同級生・恋人 (オリジナルキャラ)
鈴木一之介:鈴木貫太郎探偵事務所・所長・探偵 (オリジナルキャラ)
パタンジャリ・プールナーナンダ:ヨーガ修行僧 (オリジナルキャラ)
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それからはまるでキャンプ場に遊びに来た家族のようだった。鳥の巣と卵は私に代わって女性陣がそのふくよかな胸と張りのある胸で交互に温め始めていた。自由になった私は暁人と共に真っ暗な中でテントの設営を始めることが出来た。1時間もたたないうちに、唯子が用意したおにぎりとみそ汁を、静かなテントの中で4人仲良く食べる始めることが出来た。暗闇の中で、ランタンの光だけが暖かく私達を照らしていた。
「大きなテントを買っておいてよかったな・・・5人家族用だったからな」
オレンジ色の光を放つランタンの明かりがゆらゆらと揺れて、ゆったりとした嫋(たお)やかな雰囲気がテント内を覆っていた。今も雛と卵は唯子の胸の中だ。
「子供は3人欲しいって、あの時は言っていたものね」
そう言いながら、唯子もテント内で寄り添いながら食事をしている暁人と綾乃を見ながら感慨深げにほほ笑んでいる。
(いつの間にか子供が二人になったな・・・)
私はふと思いついたことを口に出していた。
「二人はいつの間に・・・こうなってしまったんだ?」
美味しそうに仲睦まじくおにぎりを頰張っている暁人と綾乃は、どう考えても私が知っている二人よりも明らかに距離が近い。
「えっ?」
キョトンとした綾乃の顔がみるみると真っ赤になっていく。
「何を言ってるのお父さん?・・・綾乃と僕は子供の頃から・・・」
暁人が必死になって弁解を始める。
「そうそう・・・綾ちゃんは家(うち)の娘(こ)でもあるんですからね」
急いでそう言い添える唯子も明らかに何かを隠している。
「そろそろ何があったか話してくれないかな?」
そう・・君たちは明るすぎる。唯子は特に・・・。何かを隠しているときの特徴だった。でも、この感じは悪くない。唯子は明らかに朝とは変わっていた。なぜか全く心の闇が感じられなかった。1年前と同じ・・・満司によって変えられてしまう前の唯子に戻っているようだった・・・。
「奇跡でも起きたのかな?」
私がそう言った時、暁人は満面の笑みを湛え、綾乃は目を潤ませて暁人を振り返り、唯子はまぶしいものでも見るように、若い二人を見つめていた。
「まあ・・・今夜は何も聞かずに、そう言う事にしておこう」
私がそう言うと三人ともホッとしたような顔を浮かべていた。
「どうやら、暁人と綾乃は満司と洋魔子を跳ねのけることが出来たのだね?」
暁人の目が真っすぐに私を見返していた。綾乃の目も確信に満ちた目になって私を見つめている。
「そうだよ父さん・・・」
「はい・・・暁パパ」
「ぼくと綾乃は乗り越えられたよ・・・父さん」
どうやら二人は大丈夫のようだ。暁人と綾乃は何とか魔を打ち破ったようだ。
「若いっていいな・・・無理だと思うようなことも、あっさりと乗り越えてしまう。何とかしてしまう・・・」
今度は私が、彼ら二人をまぶしく見つめる番だった。満司の失敗はこの二人に目をつけた時に始まったのかもしれない。
「でも結局・・・僕らは何もできなかった・・・最終的には母さんに助けられたんだ」
唯子が驚いたように暁人を振り返る。首大きく振り、俯いてひたすら恐縮している。
「ほぉ?」
「違うの・・・私は綾ちゃんを罠にかけて・・・満司の手先になって・・・」
努めて明るく振舞おうとした反動だろう、その目には涙が光っていた。
「それでも僕たちを助けてくれたんだ」
何があったか後でゆっくりと聞こう。彼らの心の整理が出来た時に・・・三人以外の者に喋ることが出来るようになった時に・・・。そう、この素晴らしい時間はもっと他の事に使ってもいい。その時だった。暁人が思い出したように言いだしていた。
「そうだ・・・今夜はここで、4人でキャンプしないか。都会のど真ん中だってのに、まるで田舎の様に真っ暗で・・・めったにできない経験じゃないかな?」
暁人が急にそう言いだすのを聞いて、女性二人が驚いたように顔を見合わせる。
「あらダメよ。第一、現場に泊まり込むなんてもっての外だわ・・・」
涙をぬぐいながら、唯子がそう言い返す。
「いや・・・今回は大丈夫だろう」
私はやはり唯子の涙に弱い。ついそう言ってしまっていた。
「えっ・・・お父さん良いの?」
「ああっ・・・さっき言ったように、謎の老人の頼みで私は3日間ここに居なければならない。何人居ようが同じことだ」
テントの用意をしながら、だいたいの事の顛末を話しておいた。唯子は何時もの事だとあきらめていたようだが、暁人と綾乃は心配なようだ。
「お父さん・・・それって本当に大丈夫なの?現場監督さんが心配していたよ」
「不思議と間違った事をしている気がしないんだ」
だが、それが正確に上層部に伝わっているとは思えない。それは言わないが華だろう。
「確かに現場監督さんも「秋さんは間違っていない」と言っていたわ」
「だったら問題ないだろ?」
「でも、あの張本とか言う奴が何だか色々、怖いこと言っていたけど。辞めさせるとか、何とか・・・」
「あいつまだ居たのか?・・・本社が暇だって言われるのももっともだな」
「何か感じが悪い人だったわ」
綾乃が吐き捨てるように言う。何か嫌なことをされたのかもしれない。
「まあ大丈夫だ。お前が大学に行けるくらいの蓄えはある」
「それって・・・辞めさせられちゃうってこと?」
暁人と綾乃はひどく動揺しているようだった。だが、唯子はそんな私に嬉しそうに軽く微笑むと、すっきりとした目を向けてくれていた。
「それがお父さんなのよ!」
そう言うだけだった。その目は清く、透明で、とても美しく、そして力強かった。
「洋子さんの言っていた「強い愛」ってやつだね・・・父さん」
暁人が何となく分かったような口を利く。そう・・・私は唯子のこの強さに支えられている。あの時、唯子を車から下ろした時からずっと・・・。
「暁人?悪いけど、いったん家に帰って私のお着替えを持ってきてくれる?それともう2つ寝袋ね・・・これから3日間、ここでキャンプよ!」
唯子は決然とそう言っていた。1年前の唯子に戻ったような溌溂とした感じ・・・。多分それは以前の唯子とは違う・・・何かを失い・・・何かを乗り越え・・・何かを掴んだような顔をしていた。
「じゃあ私もキャンプする!・・・あっ・・・でも一旦お家に帰ってお着替え持って来ないと・・・それに・・・寝袋も・・・」
綾乃はそう言ってじっと暁人の顔を見る。
「ああっ・・・もちろん・・・一緒にいこう!」
「うん!」
二人は「善は急げ」とばかりに周りに散らかった紙皿や簡易食器を互いに協力し合いながら集め始める。唯子と私は思わず、仲の良い二人を微笑みながら見とれていた。
「じゃあ君もいったん戻って、着替えや洗面道具など持ってきたら?最低限の化粧品もいるだろ」
そう言った途端、唯子の顔が固まったように凍り付く。そして私に急に抱きついてきた。その目には再び涙が浮かんでいる。
「私は、あなたの居ないあの家に帰るのが嫌なの。こうしてみて私、やっと気付いたの・・・私は何処で間違ってしまったのか?あの家にこだわってしまった事・・・。あなたと一緒に過ごすところが「家」なんだってことすっかり忘れてしまっていたの・・・それが私の最大の間違い・・・」
私も思わず唯子を強く抱き返していた。
「そうだね・・・君を一人にして・・・いつも僕の我儘に付き合わせてしまう」
「ううん・・・あなたの我儘に付き合うのが、私の我儘なの。それが私たちの結婚でしょ?」
そうだ・・・それが君なんだ。謙虚なふるまいをし、慎ましく、他人の話をよく聞き、尊重し、感謝する・・・・清々しく清楚な人なんだ。
暁人と綾乃が、私たちに遠慮するようにこっそりと楡の木を離れて行った。仲良く手をつなぎながら・・・。二人が去っていくのを寂し気に見送りながら唯子がポツリと言う。
「それに雛や卵は、二人で温めて居たいわ」
唯子の胸の中ですやすやと眠っている雛をみると、私だけで抱いていた時よりも安心ているようにも見える。
「何だか鳥の夫婦になったみたいだな」
「そのせいかしら、この場所とても落ち着くわ」
唯子は不思議そうにテントの天井を通して楡の木を見上げる。
「ああ。この楡の木・・・なんだか不思議なんだ。人間の事がとても好きな木のようだ。温かく見守ってくれているような気がしてならない。出来ればここに残してあげたい」
「うん・・・私もこの木・・・とても暖かい感じがするわ・・・残しておくこと出来ないの?」
『その言葉、待っておったぞ!(10人目のコメントのようじゃ!)』>
その時、楡の木の上から謎の老人の声が聞こえてきた。
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「その言葉、待っておったぞ!」
その時、楡の木の上から謎の老人の声が聞こえてきた。そして次の瞬間、テントの外にはずぶ濡れになった老人が立っていた。
「遅くなってすまんな。少し様子を見ていた・・・お前以外のこの地の人間のな」
「唯子・・・タオル・・・これじゃ風邪をひいてしまう」
「すみません・・・今雛がいて動けないので・・・あなたがとって・・・そのバックの中です」
私たちがあたふたとしている間に、老人はずぶ濡れの身体のまま、テント内に腰を下ろし、そのまま座禅を組み始める。
「いや・・必要ない。自然と同化しておるので気にならん」
超然としたその老人を見て、唯子も度肝を抜かれているようだ。
「あっそうだわ・・・おにぎり、よかったらお一つどうですか?」
だが、そう言って差し出されたおにぎりを老人は受け取ろうとしない。
「実はここ十数年、食事をしたことがない」
「はっ?」
「私の身体は、食事を一切必要としていないのだ」
「ええええっ?」
老人の目は笑っていなかった。本当なのだろうか?
「今に分かるよ・・・・それよりも、この木を残したいといったな?」
「ええ・・・確かにそう言いました」
「其方(そなた)たちが言う様に、この木は特別だ。この地域すべての根幹と言っていいだろう。この木を切り倒した時、この地に大きな災いが起きる」
老人の目がヒタと暁年に向けられている。
「私はそのためにこの場所・・・この木の根元に居を構えた。名をプールナーナンダという」
気づくと、濡れ鼠のようになっていた老人の身体はほぼ乾いていた。すさまじい気のよなものが暁年にも感じられる。
「3日経てば立ち去るとのお約束でしたが?」
「もちろん其方(そなた)たちが望むならそれで出て行く。それが其方(そなた)たち・・・この国の住人の意志であればわしは構わん。幸にも不幸にも、自由になるがよかろう。それが分かる人物がいなければ、それだけの国だったという事だ。わしは教え諭(さと)すだけだ」
「・・・・・・・・・・」
その目は真剣で、冗談や嘘のようには感じられない。この木と周辺の低木だけを残して開発を進める事は、全くできない事ではない。工法を工夫すれば、数千万円の追加予算で維持できるはずだ。この木を残すようなショッピングモールの基礎デザインの変更に数千万円、計画修正や人員の配置変更を考えると億単位に届く変更になることだろう。だが不可能ではない。要はそれを上司にどう納得させ、クライアントにどう認めさせるかだけだ。
「どういうことだか詳しく教えていただけますか?」
乗り掛かった舟だった。もし私が辞めさせられなければ、働きかけることは可能なはずだ。
「よかろう。・・・ではまず聞こう。其方(そなた)は今動いているかね?止まっているかね?」
「はあ?止まっていますが・・?」
「違うな・・・。我々は今、地球の自転と共に1日4万kmを移動しておる。そして地球の公転は1年で9億4千万km、時速10万kmじゃ」
「そ・・そんなに早く」
唯子があきれたようにつぶやく。確かに、中学か高校で習ったような基礎的な事実だ。誰もが知っている自明な事実・・・だが、誰も意識していない。
「それだけではない。太陽系は時速83万kmで天の川銀河の周りをまわり、天の川銀河は時速200万kmで他の銀河と離れつつある」
人間が開発したどんな乗り物よりも早く、壮大なスケールで展開されている誰も認識していない事実・・・。
「我々の世界は、我々が意識していないだけで宇宙の様々なエネルギーによって突き動かされ、生かされている。高校生でもわかるような運動の法則でこれなのだ。もっと深い因果律の上で成り立っている生命に関して、其方(そなた)たちはどこまで理解している?宇宙全体のエネルギーの流れと生命とはどうつながっている?」
我々が意識しないでいるが厳然たる事実・・・。我々の生活に直結しないが重大な実態。この人はそれを突き詰めようとしている。何者なんだ?
「あなたは・・・宗教者ではないのですか?」
「昔は物理をやっておってな・・・。波動エネルギーを提唱したのは私だ。訳の分からん「スピリチュアル」とかいう連中が面白がって取り上げたものだから異端扱いされてしもた。追われるようにインドを離れ、20年ほど前にこの国に来た。其方たちの宗教観が面白くてな。ヨーガ哲学とこの国の宗教・哲学の融合を模索し、波動エネルギーの実践者として修行をしておるところじゃ」
『波動エネルギー』・・・どこかで聞いたことがある。とても胡散臭い宗教の教祖も似たようなことを言っては詐欺行為を繰り返していた。この目の前にいる人物が、物理学者として提唱したこととは・・・。
「この木はな、この地における宇宙の流れの調和を担っておる。もともとは、この地全体に生息していた「ご神木」全体で支えていたものだ。樹木は大地に深く根を張り、連携し、波動を受け取りやすい性質を持っている。それを其方たちが全て伐採していった。偶然生き残ったこの木は不幸にも、その最後の使命を託されたのだ。其方たち人間が好きだったからだ。この木は其方たちを放っておいてもいいところを見捨てなんだ。其方たちが雛と卵にしてやっているのと同じようにな。だからわしは、これを温める人物が現れなければ、この木を見捨て・・この地を・・・其方たちを見捨てるつもりでいた」
その目は厳しく、冷然としていた。私はこの現場の事をやはり知らな過ぎた。ここに神社があったこと、その神社の使命を忘れ、無視している事・・・。だが、老人の目は単なる非難の目ではない。愚かな人間に対する絶望の目・・・悲しみに満ちた苦渋の目だった。
「ほう・・・これは美しい」
その冷厳な目が細められ、唯子に向けられる。先ほどからの展開に驚き、怯えたように雛を温めている唯子に、一転して柔和な目が向けられる。
「申し遅れました。彼女は私の妻・秋月唯子です。」
「いいパートナーを選んだな・・・こんなきれいな魂を見たのは、この国に来てすぐの時以来だ・・・・・」
そういったプールナーナンダの顔が驚きで見開かれる。
「・・・・・・・・・・・・」
そう言ったまま、プールナーナンダは微動だせずに沈黙を続ける。そして、押し黙ったまま唯子の額に右手をかざす。
「アージュニャー・チャクラ、第6のチャクラ」
「・・・素晴らしい、本当に美しい」
驚いて目を瞬かせる唯子に、安心を与えるように微笑むと、少しずつその手を下に、走査するように降ろし始める。喉の辺りにくるとピタッと止まり、再び何かを囁く。
「ヴィシュッダ・チャクラ、第5のチャクラ」
「・・・清らかで・・純粋だ」
そして胸の方に手が下りていく。だが、雛を抱える胸の前にその手が来た時、無間にしわが寄る。
「アナーハタ・チャクラ、第4のチャクラ」
「なんだこれは!・・・ううむ・・・蛇がおるな」
そう言って、手かざしをそこでやめてしまう。再び唯子を遠いものでも見るように全体的に見つめ直す。そして困惑したように、暁年に振り返る。
「そなた・・・自分の妻に何をした?」
その目は露骨に怒りで燃えている。
「魂がこんなにきれいで澄んでおるのに・・・身体が歪にねじ曲がり、不自然に変えられて固まっておる。それに変な物を付けさせておるな!これでは魂が悲鳴を上げるぞ!まるで・・・家畜か奴隷のようだ」
それを聞いた唯子が、真っ赤になって俯く。
「主人には関係ないんです・・・私が・・・ごめんなさい・・・」
そして俯いたまま・・・雛と卵を抱いたまま・・・押し黙ってしまう。
「どういうことか話せ」
「それは・・・・」
暁年に向かってプールナーナンダが説明を求める。だが、見ず知らずの赤の他人・・・しかも外国人に・・・言える訳もない。しかし、唯子が告白するようにポツリと言い添える。
「私が自ら望んだことなんです・・・馬鹿な事をしてしまった・・・・全て私が悪いんです・・・私・・・ごめんなさい・・・私・・・」
唯子の声が掠れていることに気が付く。心からの後悔・・・だが、避けられない・・・これからも続く地獄・・・唯子は背負いきれない十字架を背負ってしまっていた。このような場面にこの老人は何度立ち会ってきたのだろう。プールナーナンダはすべてを悟ったようだ。老人の目に浮かんだのは絶望よりも強い怒りであった。人間のもう一つの側面・・・心の暗部への怒りを・・・。
「喝破!邪淫退散!!アナーハタ・チャクラ」
プールナーナンダの手が唯子の左胸の頂にそっと添えられ、気合が入れられる。老人の怒りの目がかっと見開かれ、体全体が不思議なオーラに包まれ始める。薄暗いテント内でプールナーナンダの周りだけがぼっと輝き始め、凛とした雰囲気があたりに立ち込める。
「喝!」
チャリン
プールナーナンダが一喝した途端、唯子の胸の中で弾けるような音がする。左の乳首ピアスが一閃で消し飛んだ瞬間だった。
「ピヨピヨ・・・」
驚いて目を覚ました雛がピヨピヨと寝ぼけ眼で鳴きだし、やがて疲れたように再び眠りについていく。恐る恐るブラジャーの中を見た唯子が驚きの声を上げる。
「左乳首のピアスが外れている!真ん中からくびれる様に切れて、ブラジャーのカップに転がっている」
信じられない面持ちで千切れたピアスを私の前に掲げて見せる。
「女性の身体は、宇宙に直接つながっている。その血液や神経の流れは宇宙の波動そのものだ。不自然なものはその流れを掴めば自ずと排除される」
そう言うと、暁年の手をとり唯子の右胸の前に掲げさせる。
「其方もやってみろ。もし其方の妻を思う気持ちが本当であればできるはずじゃ」
「えっ・・・そっそんな事を言っても」
とりあえず見よう見まねで、何かを念じてみる。
(千切れろ!)
だが・・・当然・・・何も起こらない…起こる訳がない。
「ダメダメ・・・其方・・・切れろとか・・・千切れろとか・・・そんな事思ってないか?」
図星を刺されて思わず頷きながら赤面してしまう。
「違う違う・・・まずは其方の妻をよく見ろ。その目をよく見ろ。彼女をよく感じろ」
唯子と思わず目が合う。絶望の中に微かに混じった淡い期待・・・暗闇の中にわずかな光を求めるように・・・唯子は目を細めながら私を信頼してすべてを晒そうとしている。私は恐ろしくなって思わず目をつぶっていた。その時、掲げていない方の手がぎゅっと握られる。再び目を開けると唯子の透き通る様な目が、すぐ目の前に迫っていた。
「あなた・・・頑張って」
私はその目に引き込まれるように見入ってしまっていた。真摯に美しい。そして何かが感じられるようになる。私の胸が熱くなり始める。
「そうだ・・・まずは自身を感じろ・・・そして・・・互いに預けあえ・・・一人でやろうとするな。必ず二人で・・・そうだ・・・良い感じだ」
「彼女の呼吸を、彼女の心臓の鼓動を、彼女の血の流れを、彼女の筋肉の動きを、彼女の思考の流れを・・・感じろ」
だが、何もイメージできない。ただ、呼吸や脈拍が、同期してくるのが分かる。互いに重なり合い、同調し、助け合うイメージが形成されていく。そして・・・私の右胸に違和感が起こる。楔が打ち込まれたような不快感・・・。そこが気になってしょうがない・・・そして・・・股間から沸き上がる・・・ブラックホールのような真っ黒な虚無・・・。
「彼女を感じたらその流れを見つめろ。波動を感じろ」
そして・・・唯子から突然イメージの奔流が私の中に入り込んでくる。あまりにもいっぱいのイメージのため私は茫然として何もつかめない。
「スークシュマ・シャリーラ(人間の身体)はエネルギー循環路であるナーディーとエネルギー中枢であるチャクラで出来ている。ナーディーとチャクラとが合一した時、身体エネルギーの活性化が起きる。よいか、7つのチャクラ・・・人間のエネルギーの起点を捉えろ、奔流をポイントごとに抑え、合一せよ」
何を言っているのかさっぱり分からない。唯子のエネルギーの奔流は感じていた・・・圧倒的な生命の奔流・・・。
「身体をめぐるエネルギーは体幹・・・身体の中心を通って全体に行き渡る。その回転中心を押さえろ。たった7つだ」
「7って何処なんです?」
「体幹を下から上へ、基礎から応用へ順に言う。
『チャクラ_ダッシュ1 ムーラーダーラ・チャクラ 会陰「根本の座」』
『チャクラ_ダッシュ2 スワーディシュターナ・チャクラ 丹田「自らの住処」』
『チャクラ_ダッシュ3 マニプーラ・チャクラ 臍「宝珠の都市」』
『チャクラ_ダッシュ4 アナーハタ・チャクラ 胸「神秘の音」』
『チャクラ_ダッシュ5 ヴィシュッダ・チャクラ 喉「清浄なる輪」』
『チャクラ_ダッシュ6 アージュニャー・チャクラ 額「教令、教勅」』
『チャクラ_ダッシュ7 サハスラーラ 頭頂「次元の超越」』
それぞれの中心を見据えろ」
唯子の身体に渦巻く生命のエネルギーが七つの輪になって、大きな輪を形作っているのが朧気ながら意識に上り始める。
「今受け取っているのはまだほんの一握りの情報にしかすぎん。だが、今の其方にはそれすら多すぎるだろう。絞り込め、必要な物だけを感じろ。そうだ、右の乳首に入り込んでくるものだけを選択しろ・・・」
乳首に向かっているエネルギーが、楔の様に打ち込まれた何かによって阻害され、勢いを失って漏れ出している。淀み、生命の奔流を阻害し、唯子の神経接続を失わせ、苦痛の刺激を生み出している。
「その流れをコントロールしろ。エネルギーを阻害するものにぶつけろ。押し流せ!」
今までは、ただ感じるだけだった。何とか感じられる。だが、コントロールするのは無理だ。目の前の老人のように何十年も修行などしていない。
私はできない・・・。
私にはできない・・・。
私にはできなくとも・・・。
私にはできなくとも・・・唯子自身になら出来る。
意識を再び自分の目に戻していた。そして握られた手に集中する。強く握り返し、もう一度強く唯子を見つめる。
「私のイメージを受け取ってくれ唯子!」
私のイメージを受け取って共有してくれ。この流れ、この位置、ここを強く意識してくれ!
「何これ?・・・ああああっ・・・はっう・・・あなた・・・これ・・・やだ・・・あああああああぅ・・・ひゃああああっ!」
突然、唯子が体をピクンと震わせたかと思うと、いきなりあえぎ始める。
「其方が今、送っているのはチャクラ_ダッシュ1:会陰・・・つまり性器と肛門の間・・・性感帯としてはボルチモア性感に勝るとも劣らぬポイントじゃ・・だが今はそこではないもっと上だ」」
「あああああああああっ・・・カンぢル・・・ラメ・・・これしゅごしゅぎ・・・ひゃあああぁぁぁぁぁあごぁご・・・おほぉ・おほぉ・・おほぅ・・ほおぅおほぅ・・おぅ・・おほ・・」
「違う違う!今のはチャクラ_ダッシュ2:丹田・・・つまり女性であれば子宮だ!このままでは其方の妻は逝き狂うぞ・・もっと上・・ダッシュ4・・・胸の処だ!」
唯子がぴくぴくと身体を震わせ泡を吹きながら仰け反る。
「喝!気合を入れろ!集中して胸に!!」
「おほぉ・おほぉ・・おほぅ・・ほおぅおほぅ・・おほぉぉぉぉ・・」
「あっ卵が落ちてしまう!巣が!!」
「喝破!」
チャリン
唯子の胸の中でピアスがはじけるのと、卵を暁年が地面すれすれでキャッチするのはほぼ同時だった。
「ピヨピヨ・・・」
フワッと地面に落下した巣の中で、雛が涼し気に鳴いている。唯子は卵が無事キャッチされたのを見届けると、崩れ落ちるようにその場で気を失っていた。失神した後も、唯子は手足をひくつかせ、軽い痙攣を続けていた。