※この作品はR-18です。

続・続・月下香の檻 楡の木の下で   作:シン之助

3 / 8
秋月唯子を寝取った調教師・三好満司の最終目的は唯子を寝取るだけではなく、秋月家全員を奴隷化し、破滅させることだった。秋月暁人は恋人・藤原綾乃とともに洗脳状態に陥った唯子を救出し、満司の陰謀を未然に防ぐことに成功した。だが、満司によって心と肉體を変えられている唯子は未だ完全には満司の影響を脱していなかった。物理学者にして宗教家であるプールナーナンダは唯子の夫・秋月暁年に命を救われたことを知り、暁年に唯子を救う方法を教え始める。しかし、満司の仕掛けた罠がヒタヒタと秋月一家に迫りつつあった・・・。


第30話 母に仕掛けられた卑劣な罠

---------登場人物---------

秋月 暁人:主人公

秋月 唯子:暁人の母

秋月 暁年:暁人の父(M商事・開発部・課長←オリジナル設定)

三好 満司:主人公の遠縁(暁年の母方の従祖母の孫娘の夫)

三好 聖満:満司の子

三好 良枝:満司の元妻

藤原 綾乃:暁人の片思いの人(実は両想い) (オリジナルキャラ)

鈴木一之介:鈴木貫太郎探偵事務所・所長・探偵 (オリジナルキャラ)

及川:鈴木貫太郎探偵事務所・探偵、一之介の部下 (オリジナルキャラ)

パタンジャリ・プールナーナンダ:ヨーガ修行僧 (オリジナルキャラ)

--------------------------

 鈴木一之介は、キャンプ道具をいっぱいに抱えた秋月一家の姿を、探偵事務所の前で目撃し、思わず吹き出しそうになるのをこらえていた。

 不思議な取り合わせ・・・サラリーマンと主婦、制服を着た高校生の男女、そして鳥の巣を抱えた修行僧のようなインド人が、事務所の入っている雑居ビルの入り口で、人待ち顔で佇んでいる姿は、まるで何かの喜劇映画を見ているようであった。

 

「あっ・・・所長さんだ。事務所の方は居ないし、朝から電話がつながらなくて・・・。よく考えると、所長さんの携帯電話番号も知らなかったんです。いつも盗聴されていたから・・・」

 

 一之介に気が付いた暁人が駆け寄り、ホッとしたように声をかけてくる。

 

「おいおい・・・人をストーカーか何かと間違えていないか?・・・まあいいや・・・入ってくれ。ウチは朝9時からなんだ、こんな早くに来られてもな・・・」

 

 一流商社に勤める暁年に面と向かって言えない分、暁人にはつい本音を言ってしまう。

 

「狭い事務所ですが、どうぞ皆さんこちらに・・・」

 

 一転して営業スマイルを浮かべながら、不思議な5人を事務所内に案内する。

 

「鈴木一之介所長・・・一連の件では家内だけではなく、暁人や綾乃ちゃんの危ないところを何度も救って頂き、誠にありがとうございます。お礼を言ってもしきれない。本当にありがとうございます。どうしても直接会ってお礼がしたくて、関係者全員で押しかけました」

 

 直角の最敬礼。さすが筋金入りの商社マンだ。

 

「いえいえ・・・そんな・・どうか頭をお上げ下さい」

 

 探偵業では時々、こうした馬鹿丁寧なお礼を受け取ることがある。悪い気はしないが、5人のこの組み合わせは初めてだ。「暁人君ファンクラブ」のおばちゃん・・・お姉さま方は何というかな?いや、それよりも・・・

 

「このお方は?」

 

 さっそく本題に入りたいところだが、謎の外国人が気にかかる。その上、老人が抱える雛が「ピヨピヨ」としきりにうるさい。

 

「あっ・・・失礼しました。インドの物理学者にして宗教家であるパタンジャリ・プールナーナンダさん。いろいろあって夫婦でお世話になっています。」

「この方が噂の・・・・」

 

 既に書類による調査は済んでいた。しかし、あまりにも浮世離れしたその恰好や振る舞いは、一之介の理解の範疇を超えている。どうしたものかと迷っていると

 

「もうN国にきてから20年たっているそうです。一連の事はすべてお話ししています。」

「そんなところだ・・・よろしくたのむ」

 

 ときれいなN国語で挨拶をしてくる。雛に生餌を与えながら、老人はきょろきょろと事務室内を物珍し気に見まわしている。

 

「所長さん・・・一家で押し寄せてどうも申し訳ございません。実は秋月の家に帰って、まだ満司が居座ったりしていたらまずいと思いまして、直接帰ることが出来ませんでした・・・」

唯子さんがとりなすように言い添える。

「満司が合鍵を持っているのも怖いわ・・・」

 

 暁人の隣にぴったりと寄り添っている綾乃がポツリと言う。

 

「それなら今日、信頼できる業者が変えることになっているから大丈夫。少し厳重に、3重ロックにしてもらうことにした。あの時に盗まれそうになった家や土地の権利書などの貴重品も当方で確保している」

 

 そう言って金庫の方に向かおうとしたとき、ふと思いついたことを口にする。

 

「直接、お伺いしようと何度か工事現場まで伺ったのですが、現場監督の方が入れてくれなくて・・・申し訳ありません。ええと・・張本さんと言ったかな?・・・。えっ現場監督ではない?・・・おかしいな・・」

 

 一之介も連絡が取れなかったことを素直に詫びる。テント暮らしの一家は電源がないためスマホなどを一切通じなかった。暁人と綾乃の二人だけが、藤原家で風呂につかりながら、スマホの充電を行っていた。工事現場も、暁年の行動で大混乱のようだった。この人の良さそうなだけが取り柄のおっさんにしてはとても大胆な行動だ。

 

「それでは、満司との交渉の結果を報告します」

 

 権利書などの貴重品が入った手提げ金庫を暁年に渡しながら、満司との交渉結果を報告する。

 これから告げなければならない残酷な報告・・・はっきり言って嫌な役だ。

 

「本来は弁護士資格のある人間がやることなんでしょうが・・・犯罪が絡んでいますので、知り合いの弁護士はみんな逃げだし、私が交渉しました。それは宜しいですね?」

 

「もちろん、私達ではあの悪辣な男に全て言いくるめられてしまう。かといって、弁護士を頼むと互いの犯罪行為が明るみに出る・・・警察の介入は避けられません・・・あなたの仰る通りで結構だ」

 

 暁年は「誰の犯罪か」と言う点をぼかして説明する一之介に感謝しながら、同意を示す。

 

「まず、例の奴隷契約書ですが、人権を無視した違法文書ですので何の法的な効力も当然ありません。むしろ、人権侵害でこちらから訴える材料にすらなります。こちら側に現存しませんので、そのまま何も問題にしないことで同意しました」

 

 綾乃ちゃんが「奴隷契約書」と言う言葉を聞いて少し驚いたような顔をした。それを暁人が、宥(なだ)めるように手を握りしめる。プールナーナンダはどこ吹く風の様に無関心でいる。

 

「さて、一番厄介なのは満司が保持していると思われる、唯子さん、綾乃さん、暁人君の写真と録音データです。綾乃ちゃんと暁人君に関しては、あの日のうちにデータのすべてを消去させておきました。追跡できる範囲で、クラウドにアップされたと思われるデータも消去してあります。彼らの行動から見て、SNSなどで拡散していることは多分ないと思われます。こちらも一応チャックしておきました。多分お二人に関しては大丈夫だと思います」

 

 一之介はそこでいったん言葉を切る。綾乃がホッとした表情を浮かべている。

 

「ただし・・・唯子さんに関しては・・・、情報の拡散の状況が酷い。すでに目線入りでマニアの雑誌にて公開されているほどです。その手の出版社のモラルにもよりますが、唯子さんの写真データはまだ出版社に保管されているでしょう。目線やぼかしなど一切ない状態です。発見次第潰していくほかないでしょう」

 

 一之介は唯子の表情をそっと横目で伺う。その目はすでにあきらめ、状況の改善など望んでいないようにも見える。

 

「そして、SMクラブや満司が保管しているデータ、これに関してはどの程度存在しているのか想像だに及びません。今後もゆすりや、恐喝の材料に使われる可能性が高いです」

 

 プールナーナンダ以外の全員の顔が絶望に凍り付く。「セクストーション(「Sex」(性的な)「Extortion」(恐喝))」時代の恐るべき恐喝手法。似たような事例をいくつも扱っている一之介には日常茶飯事の事だ。満司のような悪辣な男ならいくらでも実行可能だろう。

 

(そう・・・唯子さん・・・あなたはとんでもないことに足を突っ込み、足を洗う事の大変さをこれから思い知ることになる)

 

 一度犯してしまった失敗に対する無慈悲・・・それはN国における異常なまでの同調圧力のなせる業なのかもしれない。同時に、デジタル時代における恐ろしい側面の一端でもあった。

 

「しかし、安心してください。満司には今回の犯罪行為を訴えない代わりに、すべてのデータの消去を約束させています。出版社や秘密SMクラブに関しても、犯罪行為への関与をちらつかせてすべてのデータを出させることに同意させています」

 

 それを聞いて唯子と綾乃はほっとした表情を浮かべる。だが、デジタル技術に詳しい暁年や暁人は、そんな事が気休めにしか過ぎない事に勘づいている。その険しい表情が如実にそのことを物語っていた。

 

(だがそれだけではない・・・。秘密SMショーでは特別会員だけとはいえ、唯子はマスク無しの顔出しで出演し、しかも自由に写真撮影まで許してしまっている。満司がSMクラブと取り交わした契約書では、そのため通常よりも何倍もの高額ギャラを受け取っているはずだった。奴はこうして調教した奴隷から死ぬまで甘い汁を吸い続ける。唯子は露出の快感と引き換えに、今後の人生をも切り売りしてしまっていたのだ。非合法な手段を使って特別会員のリストを何とか手に入れたものの、全員に口止めおよびデータの削除を約束させなければならない。一部の小物を除いて「上級国民」の金持ち連中が多く、腐敗の頂点にいるよう奴らばかりだった。一筋縄ではいかない)

 

 今回の件は一之介が追っているAJK団の影が色濃くちらついている。一之介とて何とかしてやりたいが、個人で立ち向かうには質が悪すぎた・・・。

 

(探偵にできることはここまでだ。強制捜査を行い、デジタル関連機器を全部持ち出すようなことはできない。警察に協力を求めた時点で、唯子も幇助罪で有罪判決を受けてしまう。そして綾乃のレイプ未遂の事実も白日の下に晒される・・・)

 

 一之介は満司と言う男の狡猾さに、つくづく思い知らされる。だが、これ以上はどうすることもできない。口約束による一時的な封じ込め・・・それが今出来ることの精いっぱいだった。そして、最悪の報告をしなければならない。

 

 唯子が犯してしまった償いきれない罪の結果を・・・

 

「もうひとつ報告があります。相手側・・・満司から1つだけ条件が出てきました。今後行われる秘密SMショーへの唯子さんの出演がデータ消去の条件だそうです。もちろん、今後は顔出し無し、特別会員の写真撮影は無し、で行うそうです」

 

 厳しい顔をしていた暁人の顔が怒りに真っ赤に膨れ上がる。

 

「盗人猛々しいとはこの事だ!そんな馬鹿な話があるものか!それじゃ何にもならないじゃないか!せっかくデータを出させてもいくらでも・・・」

 

そう言った暁人の目の前に、一通の契約書のコピーが突き付けられる。

 

 「半年前、唯子さんと秘密SMクラブの親会社・金田興産との間で交わされた契約書です。これによると、1年間、毎週1回のショー出演が義務付けられています。違約金は出演料の1000%です。一回当たりの出演料は50万円、この手のショーとしては高額ですが、顔出し写真撮影OKと考えれば在りえる額です・・・それがあと半年残っています。25回分で1250万円。その1000%つまり10倍・・・1億2,500万円の支払い義務が生じます」

 

「1億2千5百万円だと・・・唯子覚えているか?」

「えっ・・・何も・・・第一、私は出演料など受け取ったことなど一度も・・・」

 

 しかし、その契約書に署名されている筆跡はどう見ても唯子のものだった。

 

「確かに私の字です・・・でも・・・覚えていません・・・私・・・満司との行為中は・・・記憶を飛ばすほど感じてしまうと・・・何を言っているのか・・・何をしているのか・・・分からなくなって・・・」

 

 顔を赤らめながら唯子が力なく言葉を失っていく。だが暁年には容易に想像がついた。満司に極限まで追い詰められ、何度も絶頂を迎え、意識を飛ばしている時に書かされた物に違いない。よく見ると字が震え、筆圧も弱い。

 

「我々も筆跡鑑定に出しましたが、ほぼ100%唯子さんのものだそうです。ご丁寧に唯子さんの実印も押されています。実印を渡した記憶は?」

「それも全く・・・まさかこの前、押し入られたときに・・・」

 

「多分そうでしょう。この手の契約書はサインだけでも十分に有効なんです。ただ、確実にするために、最近になって満司がこっそり押したのかもしれません。つまり3日前・・・例の事件があった日に・・・」

「違法なSMクラブとの契約書が有効な訳がない!」

 

 暁人が怒りに任せ大声で怒鳴る様に言い募る。一之介がそれを制して、残酷な報告の続きを行う。

 

「弁護士と相談しましたがこの契約書自体は有効です。あのSMクラブが主催するショーは「SMクラブの秘密ショー」です。つまりSMクラブ自体は合法的な会社です。しかもSMクラブの経営母体である金田興産は、地元では名の通った「まっとうな」企業です。この契約書はそのSMクラブとの労働契約書なんです。つまり、ショーの内容自体には触れられていない。あくまで、金田興産の子会社が行う興行に出演するかどうかの契約であって、その内容にまでは触れられていない。だから契約書自体は法律上有効です」

 

 だが、納得のいかない暁人が噛みつくように言う。

 

「それなら「非合法なショーだから出演を拒絶する」と言えばそれでOKじゃないですか!」

 

 手のかかる生徒に対するように、一之介は暁人に向かって教え諭す。

 

「現状では正当な理由にはならない。あのショーはまだ警察には摘発されていない。今のところ「ショーはあくまで合法的に運営されている」ということになっている。合法的なSMクラブが行う秘密ショー・・・口の堅い身元のしっかりした会員のみの特典として行われる限定的なショー。それだけ・・・つまり内容が合法か非合法かは誰にもわからない。誰かが警察に訴え出て、捜査の手が入って初めて「非合法化」する。今は単なる「秘密」のショーであって「非合法」ではない。誰も訴え出なければ、警察が摘発に乗り出さなければ、合法も非合法もない。あくまで合意の上で行われている非公開の会員特典のショー・・・民事的には十分有効な契約になってしまっているんだよ」

 

「では訴え出ましょう!一之介さん!僕が訴え出てもいい!」

 

 暁人が勢い込んでそう申し出る。

 

「そう・・・君の言う様に誰かが訴え出れば・・・「非合法」として摘発されるかもしれない。でも間に合わない。もし仮に次回、警察が摘発の対象として捜査してくれたとしよう。でもその時、唯子さんはそのショーに出てしまっている。「摘発される側」になってしまう。警察の事情聴取が入り、すべての事が明るみに出てしまう。唯子さんは被害者ではなく非合法なショーに出ていた犯罪者にもなってしまう」

 

「何で被害者が、犯罪者にならなきゃいけないんだ・・・・・」

 

 暁人が絶望の声を上げる。

 

「次回唯子に欠席させて、警察に捜査してもらうのはどうでしょうか?」

 

 暁年が冷静に提案を行う。一之介の顔が再び暁人に向けられる。

 

「その時は、まず間違いなくSMクラブ側に気づかれるでしょう。合法的な内容に変えられて、警察の摘発を逃れてしまうだけです。・・・それに、今のN国の警察がそんなに迅速に動くとは思えません。警察の摘発が行われるまでの間、ずっと唯子さんを休ませ続けると、下手をすると違約金を全額払う事になりかねません」

 

 秋月家全員が驚愕の事実に立ちすくんでいる。絶望のあまり誰も声が出ない。彼らを絶望の淵に追いやっているSMショーに、唯子は出続けなければならないか、サラリーマンには払いきれない多額の借金を背負う事になってしまうのだ。どちらも、今まで秋月一家が命懸けで守り抜いたものを、根本から揺るがし、崩壊させていってしまうものだった。

 

「私が・・・私が馬鹿だったばっかりに・・・こんなことに・・・こんなことになるなんて・・・」

 

 唯子のすすり泣くような絶望した声が、沈黙した室内に低く響き渡る。暁年も暁人も・・・慰めるべく言葉が見当たらない。綾乃はただただ動揺し、暁人の腕をきつく抱きしめ、涙を浮かべている。

 

「いや・・・悪いのは君ではない・・・満司と言う男の狡猾さ、卑劣さを・・・我々全員が嘗めていたという事だ・・・一生、借金にまみれて暮らしてもいい。あのようなショーには二度と出るな」

 

「それはダメ・・・暁人の学費はどうするの?大学に行かせる資金はどうするの?私の為なんかに、暁人の未来を奪わせないで!」

 

「唯子!・・・・・・」

「母さん!」

「唯ママ!・・・・」

 

 一之介はスタンガンの衝撃から目覚め、勝ち誇っていた自分に向かって満司が言っていた一言が忘れられなかった。

 

「へっん・・・こんなことして…ただで済むと思っているのか? 調教師をなめんじゃねえぜ・・・この業界の恐ろしさをたっぷりと思い知らせてやるよ」

 

 迂闊だった。たかが「調教師」などと舐めてしまっていた。満司の狡猾さ、悪辣さは、一之介の予想をはるかに上回っていた。あの夜・・・こちら側の襲撃で、しっぽをまいて逃げていくと予想していた。満司の犯罪行為を警察へ訴える、そう脅せば全てのデータを簡単に差し出すはずだと踏んでいた。交渉などせずに、脅すだけで十分だと考えていた。満司にはAJK団と言うとんでもない悪が関係している事を過小評価していた。これは明らかに俺の失敗でもあるのだ・・・。鈴木一之介探偵の初めての敗北だった。一之介はそれを認めざるを得なかった。

 

「契約書の件で、もう一つ不味い事が書いてある。最後の項目だ。「ショーに関する打ち合わせ・訓練のために、ショー責任者はいつでも出演者・乙を招集できる」とある。それに対する違約金も「出演拒否に準ずる」だ。」

 

「ショー責任者・・・つまり三好満司は、出演者・乙・・・つまり唯子さんをいつでも招集できる権利がある」

「まさか・・・」

 

 勘のいい暁人が、目を見開いて一之介を睨みつける。

 

「そう・・・そのまさかだ・・・さっき満司から連絡があった。今日から一週間、ショーの始まる直前まで、満司のマンションで「ショーの打ち合わせ」を行うそうだ。唯子さんに泊まり込みで参加するようにと・・・」

「ひっ・・・・」

 

 そう聞いた途端・・・唯子の身体に異変が出始めていた。絶望と悲しみに打ちひしがれているというのに、クリキャップから一瞬、淫らな快感が身体を走り抜けていた。その疼きは一瞬でやんでいた。暁年や暁人ですら気が付かないほどだった。プールナーナンダを除いては・・・。

 

-------------------------

 絶望が探偵事務所の中に立ち込めていた。

 だが、その中で一人関係なさそうに雛に餌を上げていたプールナーナンダが不思議そうに暁年に尋ねる。

 

「先ほどから何を悩んでいるのかよく分からぬのだが?」

 

 この仙人のような人物にとっては、N国における1億2,500万円がどのくらいの価値なのか、想像もつかない事なのだろう。ましてや唯子がこれから1週間、満司と共に暮らした結果がどうなってしまうのか分かろうはずもない・・・。

 

「いえ・・・師匠にはあずかり知れない事です」

 

 一連の特訓で、暁年はプールナーナンダを師匠と呼ぶようになっていた。どうやらプールナーナンダもそれを容認し、受け入れているようだ。

 

「いや・・・そんな事を聞いておるのではない」

 

 そう言って、椅子の上でとっていた座禅を組みなおすと、ひたと暁年を見据える。

 

「御主はなぜ満司と戦わないのか?・・・と聞いておる」

 

「えっ?」

 意外な一言に、探偵事務所にいた全員がプールナーナンダを振り返る。

 

「そのSMショーとやらに出ろ・・良いチャンスではないか。御主もそのSMショーに出て、その場で満司よりも女子(おなご)をきっちりと扱うところを見せつけてやれ!さすれば、一挙に解決じゃ。セックスで満司に打ち勝つことが出来れば、唯子さんのクリキャップも外せる。満司とかいう痴れ者にきっちりと分からせてやれ!」

 

「ええええっ?」

 

 全員がプールナーナンダの言っている「たった一つの冴えたやり方」の意味を理解し始める。落ち込んでいた一之介の目が爛々と輝きだす。

 

「おおっ・・老子!・・・暁年さんにそんなことが可能なのですか?」

「ヨーガにおけるセックスは崇高かつ根源的な活動として活発に研究されておる。4,500年前からの・・・。特に子宮は生命の誕生をつかさどる器官ゆえに、宇宙のエネルギーの流れをもろに受ける部分じゃ。そこをコントロールすることこそ我がヨーガの目的の一つじゃ。ヨーガを極めれば、調教師などと言うポッと出の小童(こわっぱ)の手をひねるくらいは朝飯前じゃ」

 

 一之介はソファーから立ち上がると一同が座ったテーブルの周りを歩き始める。

 

「・・・もしそんなことが出来れば・・・SMクラブの秘密ショーの真っ最中に満司をセックス勝負で打ち負かすことが出来れば・・・・奴は大恥をかかされることになる・・・もう二度と調教師としてSMショーには出ることなど出来ない。上手くすれば、あっち側にどっぷりつかっている卑劣な特別会員どもをぎゃふんと言わせる事もできる。やつらのデータをすべて消去させることも出来るかもしれないぞ!」

 

「一之介さん・・・それって・・・」

 

 勘のいい暁人がその言葉の意味するところにハタと思い至る。

 

「おうよ・・・これから満司に果し状を叩きつける!1週間も打ち合わせのために奴と暮らす必要もなくなる。奴のホームグランドであるSMショーで公開セックス勝負を挑むんだよ!そして、奴ら全員の前で・・・きっちりと奴らのやり方で・・・真っ向勝負して、徹底的に叩きのめしてやろうぜ!SMクラブごとぶっ潰すつもりで!」

 

 あまりにも荒唐無稽なアイディアに、童貞の暁人にはついていけない。

 

「セックスに勝ち負けってあるの?それに、そんな事・・・あの満司が許すはずが?・・・」

 

 暁人にはそんな事すらわからない。一之介は事前に調査していたそのSMクラブのショーの実態を説明し始める。

 

「奴はSMショーで奴隷となった女性の素顔だけでなく、その家族までを観客に晒しているんだ。ポスター並みに拡大した家族写真を目線なしで晒したり、酷いときは何も知らない〇学生の子供まで出演させて、母親の手淫で精通までさせている。聖満は〇学生の時からそのショーに出続け、セックスまで行っている。もちろん違法行為だ。その子供達は聖満も含めて大きなトラウマを抱える事だろう。どれも背徳感や被虐性癖を母親に植え付ける調教の一環だ。夫を出演させ、その前で寝取りながら夫にはオナニーを強要してマゾ射精させる・・・そんなことは日常的に行われている」

「この前・・・暁人も似たようなことを洋魔子にされたわ」

 

 むしろ綾乃の方が冷静にその言葉を受け止め、暁人に冷ややかな視線を浴びせる。

 

「暁人の変態!変態暁人!」

「痛って!」

 

 綾乃に小突かれて脇腹を抱える暁人を横目に、一之介はぐるぐるとテーブルの歩き回りながら考えをまとめ始める。

 

「綾乃ちゃんの言う通り。唯子さんを追い詰めるために・・・背徳の快感に溺れさせるために、満司の奴はきっと乗ってくる!そして唯子さんの前で暁年さんをマゾ奴隷調教しにかかるはずだ。夫婦同時のマゾ奴隷化・・・調教師にとって絶対的優位性を示す勲章・・・最終目標に他ならない」

 

「一之介君・・・何を言っている?セックス勝負を挑むって・・・誰が?」

 

 そう言った暁年の顔を全員が熱気を帯びながら見つめている。

 

「へっ?」

 

 暁年のキョトンとした顔は、信じられないことをいきなり言われて思考停止している顔だった。

 

「わっ・・・私が満司とセックスで勝負!?」

 

 全員の視線を受けて暁年が尻込みする。その様子を見て、プールナーナンダが一喝する。

 

「ここで逃げても、満司のような奴は、一生、御主や御主の家族に付きまとうぞ」

 

 嫌な予感があたり、暁年はしばらく集まった視線を追って一同をきょろきょろと見始める。

 

「師匠・・・話を聞いていなかったのですか?SMショーは来週です。師匠は私が波動エネルギーをコントロールできるのは、1年はかかるとおっしゃっていたではないですか?」

 

「左様・・・わしですら波動エネルギーの見極めに10年、そのコントロールに10年、都合20年はかかった・・・だいたいの者は一生かかっても無理じゃ」

「それでは私など到底・・・・」

 

「だが、お主は20年前からわしと共に修行を積んでいるのと同じだ・・・10年はかかる宇宙の流れの掌握を、お主はたった数分で会得したのを忘れたのか?」

「しかし・・・ここ3日間・・・私は何の進展もありません」

 

「修行は時間の長さではない。要はここじゃ・・・」

 

 そう言ってプールナーナンダは暁年の体幹・・・その中心の胸の部分を指し示す。

 

「7つのチャクラ、御主はこれからの一週間、死に物狂いで特訓せい・・・さすれば自ずと道が開ける」

「しかし・・・1年かけて修行していこうと言ったばかりじゃないですか?」

 

 暁年の訝(いぶか)し気な目がプールナーナンダにむけられる。

 

「安心せい。相当高い確率じゃ。1週間なら2%前後の確率で獲得できるじゃろうて。「万が一」よりも200倍も高いぞ」

「たったそれだけ?・・・そんな・・・」

 

「だが・・・何もしなければ、この状況は何も変わらん。たとえどんなに0に近くても、0でない限り、それにかけるほかあるまい?」

「・・・・・・・・・」

 

 話を聞いていた一之介がしみじみと言う。

 

「そうだよ暁年さん・・・男なら・・・万に一つの可能性を発見したら、それを信じすべてをかけて戦う・・・そんな時があってもいいじゃないか」

「・・・・・・・・・」

 

 話を聞いていた暁人が、背中を押すように言い添える。

 

「父さん・・僕もそう思う。戦ってくれ!僕はそちらを望む。ダメだったら働いて金を作って大学に行く!何もしないでいるより、母を失うより、僕は戦う方を選んで欲しい。洋子さんも言っていたじゃないか・・・『「永遠の愛を誓う」とは互いに、永遠に、戦い続ける事への宣戦布告』だって」

「・・・・・・・・・」

 

「お父さん、お母さん・・・満司と戦ってくれ!」

 

 不思議なことに、一之介も、暁人も、暁年の事を頼もしげに見つめているのだ。その目は信頼に溢れている。そして唯子まで・・・。

 

「お父さんなら・・・きっと、満司に勝てる。きっと・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 だが、そう言った唯子の目が伏せられる。

 

「1週間も満司と暮らすようなことがないと知ってホッとしているけど・・・。でも私は自分に自信が無いの。また、満司に抱かれたら・・・どうなってしまうのか・・・。その上このクリキャップが発動したら・・・。怖いの・・・せっかく元に戻れたのに・・・せっかく・・・自分を取り戻せたのに・・・また・・・満司の女に・・・満司に所有され・・・満司に征服され・・・牝豚に戻される・・・快感に・・・負けてしまう・・・自分が怖いの。悪の手先になってしまう・・・自分が怖いの・・・」

 

 唯子の目には絶望と恐怖しか浮かんでいない。

 

「何を言っているんだ唯子・・・僕たちは大丈夫・・・」

 

 暁年はそう言ったものの、何の根拠もない事は明らかだった。

 

「嘘よ!・・・さっき、プールナーナンダさんが言っていたように・・・二人で協力しなければ勝てない・・・あなたに満司を打ち負かす力が有っても・・・私はあなたと共にいないかもしれない。満司に触れられた途端・・・あの巨大な一物の臭いを嗅いだ途端・・・私はあなたに協力しないで・・・満司のような男に・・・協力してしまっているかもしれない・・・それが怖いの・・・またあなたを・・・裏切ってしまうのが・・・怖いの!」

 

 絶望の表情を浮かべながら唯子は、泣きそうな顔を浮かべていた。自分の理性ではコントロールできない肉の疼きを・・・背徳の喜びを・・・被虐の快感を・・・長い時間をかけて満司に植え付けられていた。そう変えられてしまっていた。昔のように振舞っている今の状態こそ、今の唯子にとっては仮の姿なのだ。そして、唯子の股間には悪魔の針が突き刺さり、邪悪な欲望を送り込もうと虎視眈々と狙っている。唯子は何一つ元に戻っては居ないのだ。

 

「左様・・・よく言ったの唯子殿。それを認める事こそ救われる第一歩なのじゃ。そして、唯子殿が言う様に、一人では満司の誘惑に打ち勝つことは出来ん」

「・・・・そ・・・そんな・・・」

 

 悲痛に叫ぶ暁人の顔に絶望が浮かび上がる。それは綾乃にも、そして暁年にも浮かび上がっていた。

 

「なぜなら・・・唯子殿はまだ満司をも愛しておるからだ」

 

 意外な一言に再び一同がプールナーナンダを凝視する。だが、暁人も暁年もその事実を嫌という程、洋子と洋魔子に言い聞かされ、思い知らされている。

 

「あんな奴を未だに?」

 

 プールナーナンダの信じられない一言に、綾乃が怒りの目を向ける。しかし・・・唯子が全く反論をしない。

 

「嘘よね・・・唯ママ・・・」

 

 唯子を振り返った綾乃の目が驚愕に見開かれる。唯子が俯いている。唯子自身が心の奥底に押し隠していた事実を指摘され、俯いている・・・。

 

「左様・・・唯子殿はその愛ゆえ、満司を押し退け、叩き潰す様な事はできない」

「そ・・・そんな・・・」

 

 絶望が全員を襲う。

 

「だが、人の不幸を黙って見過ごすことはもっとできない女子(おなご)なんじゃよ」

 

 暁人はその一言がどこかで言われた言葉であることにすぐ気が付く。相手が違っているだけで同じことを・・・。

 

「それって・・・同じことを父さんに言っていた・・・洋子さんが命懸けで・・・母さんもそうだったのか・・・だから・・・車を待っていたんだ。ずぶ濡れになりながら」

 

 プールナーナンダが見透かすように唯子を見つめている。

 

「よいか・・・聖満を救えるのは唯子殿だけじゃ。そして満司を救えるのもな・・・」

 

一同が唖然としてプールナーナンダに振り返る。

 

「聖満はともかく、満司まで救う?!」

 

「だから、満司の愛を卒業できん。奴を見放すことが出来ん・・・左様だろ?」

「分かりません・・・私・・・分からない・・・愛に強いも弱いも・・・でも、皆救いたい。ここがそう言っている。皆救わなければ気が済まない・・・」

 

 唯子が胸を押さえながらそう呟いていた。

 

「やっぱりそれが母さんなんだ・・・」

 

 それを聞いた暁人がしみじみとそう言う。諦めたような顔で・・・。

 

「だが、満司は一人ではムリだ。暁年、暁人・・・3人で立ち向かいなさい。満司を更正させなさい!」

そう言ったプールナーナンダに綾乃が異議を申し立てる。

「仙人さん、私も!」

 

 それを聞いたプールナーナンダが笑いながら応じる。

 

「そうだったの・・・暁年、唯子、暁人、綾乃の4人で立ち向かいなさい。聖満と満司を救ってあげなさい」




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