「……それにしても田浦さんって、『おじさん』って言うより『お兄さん』だったんですね。失礼ながら、最初見た時はてっきり四十代くらいかなって」
「あの日は特に疲れてたからね。まあ元々老け顔だしだらしない体型だしで、昔から年齢不詳なんてバカにされたりもしてるけどさ。若いお嬢さんにおじさんおじさんって連呼されて最初はちょっと落ち込んだけど、でもすぐに盛り返したよ。……こんな風に君の身体に触れたらね」
「ふふっ、コレもすぐかっちかちですもんね。
かくして訪れたラブホテルの一室。全裸になって肉竿を愛おしく舐め上げるまりもの乳房を揉みながら、田浦は色々な話をしてくれた。白髪や皺の目立つ容姿な割に、まだ三十路の入口を過ぎたばかりである事。就活に失敗してやむなくこの仕事を選んだクチであること。実は白陵大の先輩に当たるが出身は他県である事。結婚はしておらず恋人も長らくいない事……などなど。その地味だけど素朴で実直な人柄には心絆されるものがあった。いいかも、とまりもは思う。この人となら、そういう関係になっても、いいかも。
「良ければこれからも時々会って、お互いに仕事の苦労や悩みを労いっこしません? それで田浦さんが頑張れるんでしたら私としても嬉しいですし、自分も頑張ろうって気持ちになれますし」
それからこの関係は始まった。お互いに潤沢な時間を作れる金曜の夜にだけ会い、ホテルや互いの家で心ゆくまで情事に耽る、ただそれだけの関係。勿論避妊はするようにした。正式な交際や将来についての話を持ち出すこともしなかった。『仕事が順調とは言えないから、今はそれ以上の関係に踏み込めない』……本人がそう言った訳では無いのだが、きっと田浦にはそんな気後れがあるだろう、とこっちが気を遣ったからだ。
待ち合わせはいつもあの高架下。時間の約束以外に連絡などの縛りは一切無し。デートや会食も滅多にしないし嘘でも愛を囁かない、いわゆるセックスフレンドの間柄。けれど今はそれで良かった。現世の諸々にくたびれた心を互いの身体が満たしてくれる。満たしてあげられる。この時はただ、それだけで。
「――ああ出るっ! このまま口にっ……神宮司さん、全部っ。あ……っ、」
「んっ、ん、んぷ……まだでりゅっ……あぷ、んぐ…………はふ、たっくさん出ましたねぇ。素敵ですよ田浦さん――ごくん」
「…………ふぅ。いつも美味しそうにしゃぶったり飲んだりしてくれるよね、神宮司さん……君のそういう姿、堪らなくそそられるよ」
「だって、本当に美味しいんですもの。粘っこくて、味も匂いも濃くて。それに田浦さんのオチンチン、いつもバキバキでみっちりしてて……見てるだけでもしゃぶりたくなっちゃうの……んりゅ、れる――」
田浦の男根。それは挿入中でも血管の浮き上がりがはっきり判るほどの硬さで、しかも丁度こちらの心地良い深さで膣奥を穿つ、理想的な長さをしていた。これで高速ピストンされると経験豊富なまりもですらあっという間に果てさせられる上に、持続力もすごくて小休止無しでも二回三回と立て続けにこなすことが出来てしまう。お陰で彼との行為後には毎度の如く、身から零れ出るほどの満足にどっぷり浸されていた。端的に言って、身体の相性はとても良かった。
「んっ、イク、いっちゃうっ。またイッちゃうっ。田浦さんぎゅーってしてっ。まりもがイクとこ、ちゃんと見ててぇ……! ああぁぁ……――」
「……ホント凄いな。まだこれだけ中がぐにゅぐにゅうねってるなんて。挿れっ放しにしてるだけでも気が狂いそうになるよ……ん、僕もまたそろそろ……」
「いいですよ出してっ。今度はおっぱいにかけてっ。ゴム取ってびゅーってぇぇ……――――ああっ、あ~~……いっぱいびゅるびゅるして、こんなトロ顔になっちゃって……気持ち良かったですかぁ? うふふっ。――じゃあこの搾りたての天然ぬちゅぬちゅローション使って、あなたのだぁい好きなこのおっぱいで挟んであげますね……」
そして、白濁の射出量。毎回この日の為に禁欲してきているせいもあるのだろうが、田浦はいつでもこちらが驚かされるほどの量と勢いを手に口に乳房に背中にと、まりもの至る所へ噴き放った。これもまた、数度の絶頂を経たところでちっとも衰える事無しに。こうした訳で彼の総合的な精力たるや、一度捕らえた雌を確実に孕ませようとする野獣の如し、だ。一見してうだつの上がらぬ風貌をした田浦の、しかしその内に秘め持つ雄としての人並外れた優秀性。そこをまりもは掛け値無しに惚れ込んでいた。
「――あんっ、あ、田浦さん……! ずぽずぽしながらおっぱいちゅーちゅーするの、ホント好きなんですねっ」
「嫌だった?」
「ううんっ、そんな事っ。田浦さんに吸われると私っ、とてもあったかい気持ちになってっ、それに凄く感じちゃってぇっ……すきっ。あなたのコレ好きなのぉぉっ。あっ、ふあぁぁあ~……っ」
「それなら良かった。神宮司さんのおっぱい、大きくて綺麗でぷるっぷるで……。乳首だって自分から吸って欲しそうにこんなぴんぴんに勃ってて。それにとっても感じやすいから、君の可愛くよがる姿に興奮させられて、ずうっと弄ってたくなるんだ」
「んっ、いいですよっ。もっと涎まみれになっちゃうくらい沢山ちゅぱちゅぱして。……ね?」
出会いを機に煙草を辞め風俗にも行かなくなった彼は、代わりに吸うものが出来たから、と毎度喜んでまりもの乳房を求め貪った。それも極めて旺盛に。その姿は客観的には殆ど偏執的と言えたかも知れない。だがそんな彼の嗜好を、まりもは愛おしくすら思った。何かにつけて賞賛を得られるのも疲れた心に良く染みた。夜が明けても尚じんじんと火照る二つの乳房は、あらゆる言葉で褒められ愛でられ嬲られる喜びに震え上がっていた。
「――んっ、んん、んっんっ……ふぁ、も、もうだめ……声出ちゃうっ……!!」
「いいのかい? ここで声を上げたらあそこのベンチにいるカップルに気付かれるよ。こんな道端で中イキアヘ顔になってる女教師のエッチな姿、見られちゃってもいいの?」
「あうぅ、いじわる。見られたくなんか無いです……けど、けどっ……もし見られちゃったらって想像すると、それだけでぇっ……ぁぁぁああっ、もうガマン無理っ。またいっちゃうっ……!」
「あ、ほらカップルの男の方、またこの辺チラチラ見てる。神宮司さんの喘ぎ声良く通るから、向こうもとっくに気付いてるのかもね。もしそうだったらいっそ見て貰おうか、僕達が気持ち良くなってるトコ。君がおっぱい揉みくちゃにされながらのバック責めでよがってるトコ…………あっ、そろそろイクよっ。ホラ君もイこうっ、あっち見ながら、一緒にっっ……!」
この出会いはその初手からして、両者にいけない性癖を目覚めさせてしまったきらいもあった。人目を忍んでの野外淫行。誰かに見つかりでもしたら社会的に即アウトというリスキーな条件。その賭博にも似たスリルと並では得られぬ興奮を求め、時々は例の高架下や海浜公園の繁み、ごく稀には繁華街の路地裏などで事に及んだりもしていた。勿論、深夜にこっそりと。
それは段々と過激化してゆき、互いの住まいや職場近くといったより危険性の高いエリアへと分け入っていった。つい先日も白陵学園裏の丘で田浦と抱き合い繋がり合い、満天の星空の下でお互い身を横たえつつ強い陶酔に耽溺したばかりだ。
「どんな気分なの? 普段は清楚な教師の君が、生徒達に授業をする神聖な職場のすぐ近くでこんな卑猥な事するのって」
「んあぁぁっっ……やだぁぁ分かってるクセにぃっ。……すごく、すっごく興奮しちゃう。こんなの、週明けに出勤してここ見たら一瞬で思い出しちゃう……あそこの窓からここ見る度に、この気持ちいいの思い出しちゃって、きっとそれだけで濡れちゃうのぉぉ……」
「思い出して良いんだよ。ここで僕に犯されて、その可愛い顔をとろとろにしながら中出しされちゃった事、仕事中に思い出してパンツ濡らしてよ。――あぁあ出るっ。このまま中に、君の中に……出すよっ」
その夜、出会い以来の生膣挿入が許された田浦は普段以上の興奮ぶりだった。自分も大いに昂らされた。漆黒の夜闇にぼうっと浮かぶ白亜の校舎。月光を浴びて輝くその威容はまるで聖職にあるまじき淫らな行いをする自分を咎めているみたいで、次第にまりもは校舎を直視できなくなっていった。代わりにまりもの視界を埋めたものは猛然たる雄の本能、それに従い受け止め切れぬ程の量を注ぎ込まんとする田浦の雄姿だった。
「んっあっあっ、あぁぁあぁ、ダメぇもうダメぇぇっ。ちょうだい田浦さんっ、田浦さぁぁんっ~~~~!!」
二人揃って何度目かの絶頂。ふうふう、と吐息を弾ませ恍惚とするまりもは罪悪感に染まるこの身をそっと、田浦の暖かな腕枕へと預ける。そのすぐ傍にある幹の太い一本の大木を、虚ろな瞳で眺めながら。
『この樹の下で結ばれたカップルは、永遠に幸せになれる』
あのまことしやかな伝説が本当に本物ならば、愛の言葉すらも無く肉欲のみで交わった二人は、それでも結ばれたと見做されるのだろうか。幸せが二人を祝福してくれる未来はあり得るのか。そんなの、本気で信じていた訳でも無いのに。
……これが田浦との二度目の火遊び。そしてこっそり抱いた罪悪感の真相。彼には告げていなかったが、その日まりもは、排卵日だった。
「あぁ――今週も沢山がんばれたよ。相変わらず胃が痛くなるような事も多いけど、それを堪え凌げるのもこの時間のお陰だ。週末の度にこうして神宮司さんが僕を癒してくれるから、この柔らかさが僕を包んでくれるから……それさえあれば、仕事の辛さも何もかも乗り越えられる」
「私だってそうですよ。辛い事やイヤな事があったって、金曜が近づく度に『あと何日乗り切れば田浦さんに抱いてもらえる』って考えたらドキドキしちゃって、それだけで今日を乗り切ろうって思えます。今だってそう。……だから、今夜もいっぱい癒して。田浦さんの男らしい逞しさで。私もあなたをいっぱいいーっぱい癒しますから……ちゅ、」
その後も二人の関係は、ある意味順調に推移した。月を経るごとに彼の業績は徐々に上向き、やがて軌道に乗って安定し、それに伴って笑顔を浮かべる事も多くなっていった。まりもも担任として教え子達に手を焼かされながらも、その立場と職責にそこそこ順応し始めた。そんな中でも続けられた、金曜だけの恋人関係。――互いに性欲解消を主目的としていたというのもあるだろう。状況の好転に伴い疲弊の色が薄れていくのと反比例するかのように、田浦とのセックスはどんどん濃さを増していった。
交際、等とは到底呼べないこの形。それでも二人は性の快楽を通じて互いを支え合っていた。この辛くて苛酷な現実という名の日常を生き抜く為、ただそれだけの為に。
そうして季節が巡り、翌年の春。その話を彼は唐突に切り出した。
『この一年間の成績が認められて、大阪の本社に栄転する事になったんだ。と言っても役職が付くわけじゃないんだけどね』
本社勤めともなれば責任と同時に給与も増えるし、何よりやり甲斐や自信が断然変わってくる。それに
『おめでとうございます、田浦さん。本当に頑張りましたもんね』
『いや、君の……神宮司さんのお陰だよ』
いつになく田浦は緊張していた。その様子からまりもは何かを予感していた。食んでいた乳房から口を離し、田浦は居ずまいを正してまりもと向き合った。
『辛い時に励ましてくれて、癒してくれて。君と出会わなければ、僕の人生はずっとどん底だった。あの日からずっと君は僕の女神なんだ。僕に生き甲斐を与えてくれた、幸せの女神。だから……君さえ良ければ、その……ずっと一緒に居て欲しい。僕と、一緒に』
それは本当に突然の告白だった。けれどまりもは動じたりなどしなかった。お互いに『好き』なんて、今まで一度も言ったことは無い。けれどそういう感情が互いに芽生えつつあるのは分かっていた。男はベッドの裾から一つの小さなベルベットボックスを取り出し、蓋を開けて中身をこちらに見せた。
『僕の……気持ちです。絶対に幸せにします。だから、僕と結婚して下さいっ』
結婚。その言葉は心底嬉しかった。けれど、受け取ることは出来なかった。
『私、今は担任として教え子達を受け持っていて……手の掛かる問題児ばっかりですけど、あの子達が無事に卒業するその日まではきちんと面倒見なくちゃ、って思ってるんです。それに今の職場は私の母校でもあって、教師としてまだ半人前のうちはここから離れられちゃいけない気もしてて。そうしないと教師としても人間としても、中途半端なままで終わっちゃいそうだから。……ですから、それは』
教え子達を捨てる選択を自ら選ぶことは出来ない。けれどもしも本当に運命というものがあって、その激流がどうあっても自分を田浦のところへと導こうとするのなら、その時こそは何もかも投げ捨てて彼の元へ駆けつけよう。遊びでは無い本物の愛を、彼と一から積み重ねてゆこう。それはきっと自分だけの妄想では無い、田浦との言葉無き約束だった。
こうして臨んだ三度目の火遊びも結局、火種は育つ事無く消えてしまった。
そんな事、分かっていた。
伝説は所詮伝説に過ぎないのだと、とっくに分かり切っていた、筈、なのに。
――そのまま二人の恋は流れ去った。大阪に移住した田浦からの近況報告は季節を一つ跨ぐ毎に徐々に減ってゆき、遂には枯葉が落ち切る頃にふつと途絶えてしまった。向こうで良い人を見つけたか、それとも仕事が忙しくなったことでもう会えないと見切りを付けられたか。いずれにしろ、最後に抱かれたあの日を境にまりもの金曜日はまたがらんどうになってしまった、という訳だ。
「結婚して下さい、かぁ。今にして思えば過去最大のチャンスだったわよね。……私のばか」
職員室の窓から外を眺め、ふう、とまりもは嘆息をこぼす。あれから満足な出会いも経ぬまま冬が過ぎ、また新たな年度を迎えようとしている。満開の桜は自分に「咲き誇れるのは今のうち」と急かしているみたいで、どうにも気持ちが落ち着かない。それでもこれは自分で選んだ道だ。そう独りごち、まりもは席を立つ。
「……丁度いい区切りなのかもね。新しい一年が始まる訳だし」
かつかつ、と靴音響く廊下にはそこかしこに萌芽の季節に相応しい喜びと朗らかさが満ち溢れていた。それを心から愛でつつまりもは思う。彼と出会った最初のきっかけ。彼と共に歩む人生を選べなかった理由。それは教え子達の人生に責任を持つ教師の立場であるが故。そういう自分の姿が子供達に、大人とは何なのかをほんの少しでも示す事に繋がるのなら。こんな風に言ったら言い訳じみて聞こえるかも知れない。でも少なくとも、生徒の前ではちゃんとした教師でありたいというその願いだけは一つの偽りも無い、まりも自身の切なる本心だ。
「私ももう一回、ここから人生のスタートを切らなくっちゃ」
そしていつかまた田浦に会う事があったら、その時には思い出を過去にして笑顔で彼と語らおう。まりもはそう心に決めていた。だがもし自分がまだ誰とも付き合っておらず、彼もまたそうであったなら、その時は。
……なんて、自分勝手にも程があるわよね。そう呟いてまりもはかぶりを振る。――地元に残した想い人、その子と別れて私と付き合え――かつて自分も別の誰かに、そう迫った事があったクセに。
「――みんな、おはよぉ~」
「おぉ~まりもちゃん! 今年も担任よろしくぅ」
「も~、『神宮司先生』でしょ? 目上の人への言葉遣いはちゃんとしなさい」
馴れ馴れしい男子生徒にいかにも先生らしく忠言を吐き、それからまりもは教卓に着く。教室のざわつきはそれでもまだ収まらなかった。
「やーい、怒られてやんのぉ~」
「うっせぇ、お前は黙ってろトンビ」
「トンビ!?」
「おうよ、トンビは空をクルクル飛んでんだろ? パァーって羽広げてさ。クルクルでパー、だからお前にゃトンビがピッタリだ」
「むっきーー!! もぉ~酷いよぉ~そんなことばっか言って! トンビに謝れぇぇ~~」
「ぎゃはははははは! お前意味分かってんのか?! だからトンビだっつってんだよっ!!」
「んもぉ、いい加減にしなさいあなた達。今日から三年生になるのよ、少しは自覚持って。それよりさっさと席ついてー、出欠取るわよぉ」
何気ない一日の始まり。けれど、新たな一年の始まり。それをこっそり噛み締めつつ、まりもは生徒達の名を一人ずつ呼んでいく。
相変わらず苦労も多いし、時にはとんでもない失敗だってやらかす。でも、もうくよくよしない。今がどんなに辛くたってじっと耐え忍んで、いつかこの桜のように花咲く時を迎える事が出来ればそれでいい。彼と共に支え合った日々がそれを自分に教えてくれた。そのお陰で今が、教師としてのこの姿がある。それが自分だから。これが私の人生なのだから。この何気ない日々を積み重ねた先に広がる新たな景色が、いつかきっと自分に素晴らしいものをくれる。今はただ、そうと信じて。
「……欠席者無し、と。じゃあ改めまして、三年B組担任の神宮司まりもです。今年もみんなと一年を過ごせることを嬉しく思ってます。それじゃあこのまま一学期最初のロングホームルームを始めるわよ。クラス委員長がまだ決まってないから出席番号一番の人、号令お願い」
「はい。きりーつ……」
教師である事。
それは今のまりもにとって、何にも揺らがぬ強いアイデンティティ。