〈26-A〉
「……あーーーっはっはっはっはっはっはっは!」
青い空。広い海。その合間を突き抜ける一台のスポーツカー。それは映画のワンショットにでも出てきそうな、実に素晴らしいシチュエーションだった。その車を駆る人物が彼女でさえなければ。
「いっや~、今回は過去最高の大行列だったわぁ~。やっぱこういうのは時代の要求を捉えるだけじゃなく、素材の良さを引き出してナンボってもんよねぇ。あたしらと
上機嫌に鼻歌を歌いながら愛車・ストラトスをかっ飛ばす夕呼。その姿を隣で眺めるまりもはぐったり半分、解放感がもう半分……というような心境だった。
「もう勘弁してよぉ夕呼。お互い今は教師なんだし、こういうコトしてるの生徒に見られでもしたらどうしてくれんの~」
「心配ご無用、こんなトコに来る奴なんて自分からクチ開かない人種だから。それに現物見たところで気付けるヤツなんていないわよ、あたしのメイクは完璧だし」
そりゃそうだろう、とまりもは独り言ちる。実家からして超が付くほど大金持ちの夕呼は、平素から財力的に不自由する事が無い。従って教職の給金など彼女にとってはお小遣いみたいなものだ。そんな夕呼が金にあかせてあれやこれやと仕立てれば、並では無いものが出来上がるのも至極当然というものだろう。そんな風に呆れつつ、まりもはサイドミラーに映る過ぎ去りし風景を振り返る。
簡潔に状況を説明すると、現在まりも達は帰途にあった。場所は東京。時期は夏季休暇のど真ん中。窓の外にひしめく人垣は皆一様にアニメキャラのイラストが描かれたパツパツのTシャツ、登山用かと見紛う程に巨大なリュック、ぱんぱんに膨らんだ手提げ袋からはみ出る何本ものポスター、そしてメガネとバンダナ姿の山、山、山……もうお分かりであろう。本日二人は通称『夏の祭典』、日本随一のオタクイベントであるところの大型同人誌即売会『コミット
「対決するのは別にいいとして、ど~して私が負ける度にいっつもいっつもここでコスプレさせられなくちゃいけないのよぉぉ~」
「だーってぇ、他の罰ゲームやらせるよりこっちの方が数倍面白いんだもの。女っ気に飢えたオタク共の前でヘッタクソな笑顔と
にか、と会心の笑顔を浮かべる夕呼が、信号の切り替えと同時にアクセルを踏み込む。爆音と共にシートに押し付けられる上半身。彼女の暴走は誰にも止められない。それはまりもが一番良く分かっている。
「にしても、今回はいつも以上にウケが良かったわよねぇ。さっすが国民的大作RPG最新作のヒロイン、知名度が全然違うわ。アンタのその使い道の無い身体だって存分に活用できたんだし、少しは嬉しそうな顔しなさいよ」
「バカ言わないの。それに使い道ならあるわよ、今は」
「あら、そー言えばそんな話してたっけね。この連休のど真ん中に顔の一つも見せに来ないからてっきり別れたかと思ってたけど、まだ別れてなかったんだ?」
「当たり前でしょっ! 私だって毎回毎回、付き合う度に即別れてる訳じゃないのようっ」
「はいはい、そーゆー事にしといてあげる」
唸りを上げて大きな橋を渡るその車中にて、「もう、」とまりもは憤懣の吐息を洩らす。そう、現在のまりもにはとても珍しい事に、ちゃんとした交際相手が居た。
「じゃあまた休み明けにね~」
「気を付けて帰んなさいよ」
そんな短いやり取りを結びにして、ストラトスが轟音と共に去ってゆく。夕呼という人物は本当に豪放磊落というか傍若無人というか、とにかく関わる自分はいつも疲弊させられてばかりだ。
「ったくぅ。あ~も~疲れた。汗かいてべとべとだし、早くシャワー浴びた~い」
ガラガラ、と巨大なキャリーケースを引きずりながらくだを巻き、マンションのエレベーターに乗って自分の部屋へ……と、鍵を開ける前に部屋の中には灯りが付いていた。もう来てたんだ。さっきまで沈んでいたまりもの心は、それだけの事でほんの僅かに浮き立った。
「ただいまー」
「お帰り、まりも」
顔も性格も悪くない、まさしく常識的一般人代表。まりもにしては……というのも何だが、真っ当に出会い真っ当な交際を続けているかなりのレアケースだ。まだ付き合って日は浅いものの、来須の人当たり良く優しいところや自分の性格を良く分かってくれているところなどに、まりもも今回こそはという手応えを感じている真っ最中だった。
「聞いてよカズく~ん。今回もねぇ、やっぱり夕呼にオモチャにされちゃったの~」
「ハハ、相変わらずだね例の友達は。それよりこの暑いのに外出歩いて疲れたろう? 風呂沸かしておいたから入っておいで。それからメシにしよう……って言っても、来る途中で出来合いのもの買ってきただけだけど」
「ありがと~。カズくんってば気が利くし優しいしで、ほんと大好き」
「どういたしまして」
……シャワーで今日一日の疲れと垢を落としつつ、まりもは考える。男運の良くない自分にとって、彼との出会いはまさに奇跡みたいなものだ。細身で良いルックス。そこそこ安定した勤め先。気の良い人柄。そして何より普通である事。これまで浮気者だの異常性癖者だの肉体関係のみ欲しがる男だのと、色恋に関しては悉く散々な目に遭わされてきた。そろそろ報われたって良い頃だろう。この出会いはきっとそんな可哀想な自分の為に神様が用意してくれた、とっておきのプレゼントに違いない。
「そうよ。私にだってそろそろ……ね」
まだ同棲こそしていないが、交際二ヵ月目に入ってもこうして互いの家を自由に行き来するぐらいの間柄を維持できてはいる。先日も家にお邪魔して本棚に立ち並ぶコミックスを読みながら二人でのんびり寛いだり、高校の卒業アルバムを見せて貰ったりと和やかに一日を過ごしもした。余談ながらアルバムを開いた時、「今は短髪で爽やかな外見をしている彼にもこういう時代があったのか」と微笑ましさを感じたのはここだけの話だ。
何より彼とは性格面での相性がすこぶる良い。自分も変に取り繕ったり険を覗かせたりせず、自然体のままでいられる。それに二人とももうすぐ二十代の折り返し。このまま順調に交際が発展していけば……そんな未来を、まりもは脳内に思い描く。
「じゃあ今日一日お疲れ様って事で、カンパーイ」
「乾杯っ」
ビールを注いだグラスを鳴らし合い、二人ごくごくと喉を鳴らす。一杯じゃ物足りない……なんて、交際中のまりもは思ったりしない。深酒をしてしまうのは基本的に一人で呑む時か、心が荒んでいる時だけだ。特に男絡みの問題があった直後など。
「こっちの話は後でするとして、カズくんはどうだった? ご実家への帰省」
「うん、久々にのんびりして来たよ。ここ数年は就活だの何だので顔を覗かせてなかったからさ、親父もお袋も本当に嬉しそうにしてくれて」
「きっとご両親もカズくんの元気な顔見れて安心なさったと思うわ。良かったわね、親孝行出来て」
「だね。それと、君の事も親父達に話して来たよ。それも喜んでくれた」
「そうなの……ごめんね一緒に行けなくて。私が今日の用事入っちゃってたばっかりに」
「しょうがないよ、俺も前の日になって急に言い出したことだったし。それに実家はそう遠くないし、行こうと思えばいつだって行けるさ。例えばその、君のご両親にもご挨拶しに行く時とか」
「カズくん……」
「……あ、なんか変な空気になっちゃったな。こっちこそごめん。さあさあ食べよう! せっかくの料理が冷めちゃうよ」
「……うん」
両家へのご挨拶。そういう未来を、どうやら彼も意識してくれているようだ。こくりと頷き、まりもは目の前のお寿司に手を伸ばす。このままずっと一緒に居たい。そんな気持ちをこっそりと、唇の端に啄みながら。
「あーっとそうそう、今日の話聞かせてよ。友達と出掛ける約束だったっていうけど、どこ行ってたの?」
「あぁ、そうだったわね。きちんと話さなくっちゃ」
お手拭きを取り出しながら、まりもはその事を思い出す。「このお盆に帰省するんだけど、良かったら一緒にどうかな?」――彼からのそんな嬉しいお誘いを断らざるを得なかったまりもは、その理由を簡単にしか説明していなかった。
「えっとね、こないだ学校でやったクラス対抗水泳リレー大会で、うちのクラスが夕呼のクラスに負けちゃったんだけどね……」
その後もご飯をいただきながら、まりもは仔細を来須に説明してゆく。勝負事の好きな夕呼はこの手のイベントがあると、いつもまりもに賭けを持ち掛ける。受けるこっちは嫌々なのだが、万一勝てれば罰ゲームを回避できる上に場合によっては『副賞』まで付いてくるため、その飴と鞭によって大抵勝負に乗らざるを得なくなってしまうのだ。そして結果は毎回決まってこのパターン、である。
「……それで『コミゲ』に行ってコスプレしてきた、ってワケだったんだ。何て言うか大変だなあ」
「私だってやりたくなかったのよ~。でも夕呼がねぇ、『行かないなんて言い出したらアンタの盗撮写真バラ撒くわよ!』って脅すからあぁぁ~~」
「酷い友達を持って、まりもも苦労が絶えないね。よしよし」
来須に頭を撫でられ、まりもはその暖かい手触りにそっと身を寄せる。ややあって二人は向き合い、そっと唇を重ね合わせた。ご飯も一通り食べ終え、夜も更けて来た。今夜はこのまま流れに乗るのかな。まりもの胸が少しときめく。
「ところでさ、そのコスプレって、どんなの?」
「え?」
唇を離した来須がやにわに変な事を聞いてきた。どんなの、と訊かれたって自分も無理やり着せられた立場。キャラになり切る為の最低限の情報として夕呼に吹き込まれた以上の事なんて、それほど詳しくは知らない。
「ほら、キャラクターの恰好するからにはそのキャラが出てる原作とかあるじゃん。今回のは何だったの?」
「ああ。えっとね、夕呼が言うには――」
『
「ああ、あれかぁ。あれは俺もめちゃくちゃ遊んだなー。発売日が丁度週末だったから買って来てすぐゲーム始めてさ、気が付いたら夜が明けてたよ。結局そのままぶっ通しでプレイして、週明けは寝不足でフラフラになってたっけ」
「へぇぇ。カズくんがそんなになっちゃうだなんて、きっとすごく面白かったのね」
「『
「ふうん」
こういう所は実に男子らしい、とまりもは唇をくすくす震わせる。そう言われれば確かに、彼の部屋のテレビ台にはそれらしいゲーム機が幾つか置かれてあった。学園でも生徒達のみならず、時々は職員室の片隅でそういう話題が交わされる声を耳にする事さえある。もはやテレビゲームは子供だけのもの、という時代では無くなってきているのかも知れない。
「それでそれで? どのキャラのコスプレしたの?」
「あ、うん。えーとね、私は良く分からないんだけど、格闘家みたいなキャラクターで」
「格闘家」
「ちょっと際どい恰好なんだけど、主人公の幼なじみか何か、そういう設定っぽくて」
「幼なじみ」
「途中まではそっちじゃなくて、もう片方の花売りだか魔法使いだかっていう子の恰好にする案だったんだけどね。突然夕呼が『やっぱ似合ってるだけじゃダメなのよ! こんなもんボツよボツ』とか言い出しちゃって……って、どしたのカズくん? 何だか顔が強張ってるけど」
何だか彼の様子がおかしい。そう思ってまりもは下から来須を覗き込む。この時まりもは気付いていなかった。いや、もっと早くに気が付くべきだった。そのゲームのキャラが一部界隈において、どれほどの熱狂的人気を博していたかという事を。そしてそこかしこにヒントのあった、決定的な要素を。
「ごめんまりも。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?
「さっき奥に運んでたあのキャリーケースさ、あれの中身ってもしかして、そのコスプレ?」
「……うん。そうだけど?」
「じゃあさ、一生のお願いなんだけど――」
「…………これで、いい?」
果たして数分後。愛する彼氏に要望された通りの恰好で、まりもは来須の前に立った。
「あ、あんまりまじまじと見ないで~~」
「おお……」
来須が感嘆の声を上げる。恥ずかしい、とまりもは身をよじらせた。それは誘惑のつもりなどではなく、九割方が本心からの羞恥だった。
件のキャラクターの服装。それは物凄くシンプルに言えば「白のタンクトップに黒のミニスカを纏った巨乳女子」という、露出度が高いにも程があるコーディネイトだ。当然ながら胸の強調も凄まじければ足腰のラインもくっきり出てしまうし、少し角度が付いただけで中身が丸見えになるほどスカート丈も短い。さらにはそのスカートを固定する為のサスペンダーや格闘家らしさを強調するグローブといった各種小道具、それと夕呼拘りの調色がなされたダークブラウンのロングウイッグなどが完成度を高めており、これらを完全装備したまりもを一見してその正体に気付ける人間などまず居ないだろう。本当はカラーコンタクトやメイクもしっかりすべきところなのだが、流石にそれは手間が掛かり過ぎるので簡易的なお化粧のみで勘弁して貰う事にした。
「す、すげえ……このむちむち感。このリアリティ。これコスプレって言うより、『FS7』のリファ完全再現じゃん。ヤバ過ぎ……」
「なんかね、夕呼が言うには生地とか小物の素材感が重要だーとか何とかで、すごく色々拘ってあるみたい。下着ごとまるまる用意してたし」
「色々どころじゃないよこりゃ、イメージイラストそのまんまだもん。特に手足の長さとスカート丈のバランスだったりとか、タンクトップ生地の肌透けするほど薄手でちょっとふわっとしてそうな質感だとか、このウイッグの色合いとサラサラ具合だとか……」
「でもちょっと過激すぎでしょ? 私は最初に案出たキャラの方が、露出控えめで良かったんだけど」
「いや! そっちもそっちで凄く想像できる。むしろパッと見の印象だけ取ってみれば、まりもに似合うのは『イアニス』の方だよ。けどリファの方がまりもの良い所を活かし切れるっていうか、むしろこれならリファを選んだのも納得っていうか……」
「あ……あのうカズくん?? 何かさっきから私の胸ばっかりジーっと見てない……?」
熱い視線に堪えかねたまりもはついつい胸の周辺を手で覆う。スカート同様ごくショート丈なタンクトップはボディラインはおろか、おへそまで丸見えになってしまっている。それが自分で選んだ服装ならばまだしも、今回のこれは夕呼に着せられたゲームキャラクターの衣装。これでも過去着せられたものに比べれば数段マシなデザインであるとは言え、『自分が特殊な事をしている』という自己認識は早々覆せるものでは無い。昼間カメラのシャッター音に囲まれていた時もそうだが、こんな自分の姿を他人に曝すというのはどうにも委縮してしまう。例えそれが、もっと恥ずかしい姿を見せた間柄の男であるとしても。
「や、だからってあの、後ろに回り込んでお尻見るのもちょっと……」
来須が無言でぐるぐると周囲を巡り始め、どうにか視線を遮ろうとするまりもの手が追い付かなくなってきた。何だろう? さっきからやけに来須の反応が熱っぽいというか、鼻息が荒くなっているような気がする。
「もっもういいでしょぉ? 私だってこんなカッコ、したくてしたワケじゃなくてぇぇ、」
「…………良い」
「――へっ?」
「良いよ凄く良い、最ッッ高だよまりも!!」
急に来須が唾を飛ばして大きく声を張り上げた。何だ何だ、一体どうしたというのだ。まりもは大いに狼狽する。彼のこんな姿を見るのは初めてだ。普段は理知的で穏やかで、こんな事を言うのも何だがセックスの時ですらちょっぴり淡泊なぐらいなのに。
「さっきも言ったけど普通ならまりもにさせるのは外見的特徴の似てるイアニスのコスプレなんだよ、でもそれじゃあイアニスの持ってる神秘的な雰囲気や、からかい上手のお姉さん的キャラとミスマッチを起こしてしまう。それよりはいっそイアニスのライバルキャラであるリファの方が活動的と見せかけて実はいじらしく母性的っていうギャップあるキャラクター性を存分に引き出す事が出来るんだ」
「え、え、あの……」
「何より凄いのは衣装の出来栄えとそれを着る人間との絶妙な融和感だよ、普通はアニメやゲームキャラのデザインってのはデフォルメが利いてるもんだからそのまま三次元に落とし込もうと思ったら何処かでバランスが崩れるでも! この衣装はまず
この間およそ60秒弱。あまりにも圧倒的な分量の文言をマシンガンの如き勢いでもって注ぎ込まれ、まりもの聴覚は途中からゲシュタルト崩壊を起こしてしまった。言った本人も恐らく半分ぐらいは意味不明だったのではないだろうか。饒舌を超えて早口の領域にまで達した来須がその目を血走らせ、「ムフー」と鼻から大きく息を吐く。その様は率直に言って、少し怖くすらあった。
「これ着てコミゲの撮影会場行ったんだろ、何人くらいに撮られたの? ねえ?!」
「あ、え、えーっとぉ……数えてないから分かんないけど、1000人は超えてた……かな?」
何せ会場入りして即着替え、それから広場に躍り出た直後にカメラを手にした男達に捕まって、それからというものお昼を食べる暇も無いまま夕方の終了時刻までひたすら撮影撮影撮影だったのだ。それもカメラマン達は入れ替わり立ち替わり、順番待ちの長蛇の列が途絶えることも決して無く。そんな状況で何人いたかなんていちいち数えていられないし、その手段も無い。一つだけ言えるのは、「こっち目線下さーい」「ポーズお願いしまーす」という声が続々と増える中、それを傍で見ていた夕呼の表情がどんどん喜悦の形に歪んでいったという事だけだ。
「そんだけの人数がこの姿をその目とフィルムに焼き付けたって訳か……クソッ! こんな事なら帰省なんかするんじゃなかった! 縁側でのんびりスイカ食いながら親孝行なんてしてないで、昨日のうちに帰って来りゃ良かったよッッ!!」
「お、落ち着いてよう。私だってバレる事は絶対無いって、夕呼もそう言ってたから……」
「バレるバレないの問題じゃないんだ! このクオリティでの完全版が見られないだなんて一生悔いが残る……! ゲームでもイベント分岐がある事に気付いて最初っからやり直して、リファ寄りの選択肢を常に選び続けてようやくデートイベント起こして、エンディングで結ばれた時には思わず嬉し泣きしちゃったぐらいだってのにッ!! うわあああああ……」
とうとう来須は頭を抱えて悶絶し始めてしまった。果たしてこれはどうしたらいいものか。とりあえず彼を何とかなだめようと、まりもは座り込んで「カズくん、」と声を掛けつつぽんぽんと膝の上を叩く。
「とにかく一旦ここに来て、それで落ち着いてよ。ね?」
「……あ、ああぁ……まりも…………」
ふらふらと近付いてきた来須をその場に寝かせ、頭をそっと太ももの上に載せてあげる。「よおしよし……」とゆっくり髪の毛を撫でる内、ありったけの悔しさに震えていた彼の身体は次第に鎮まっていった。
「落ち着いた?」
「う、うん……」
「ごめんね、カズくんがこのリファっていう子をそんなに好きだったなんて知らなくて。もし知ってたら今日このカッコするって教えてあげられたんだけど……もし良ければ今からでもカラコンぐらいなら付けられるから。メイクは夕呼の道具と技術が無いと、ちょっと再現できないけど」
「いや、大丈夫。俺の方こそ取り乱してごめん。そこまでしなくても、まりもの今の姿だけでもう十分な完成度だし……さっきのは単なる俺のワガママだから」
「そんなの気にしなくたっていいの。私はカズくんの彼女なのよ? あなたのして欲しい事なら何だってしてあげるわ。だから、ね、遠慮なく言って」
「……何でも……遠慮なく……彼女、……」
うん、とまりもは頷いてあげる。さっきの威勢から一転、半ば放心状態となった来須は何かを考えこむかのようにじいっと天井を見上げていた。
「……じゃあ、それだったら」
「ん? ――きゃっ」
胸にぎゅうっと感じる圧力。まりもの左乳房は来須の右手に鷲掴みにされていた。むにゅむにゅ、とタンクトップ越しに胸を揉みしだかれたせいで、まりもの身体は一瞬にしてスイッチが入ってしまう。
「もぉ。甘えたくなっちゃったの?」
「甘えたいっていうかその、この恰好したまりもとしたい、っていうか……」
「……いいわよ。私のだーい好きなカズくん」
空いたもう片方の手も胸に添えさせ、まりもはゆっくりと来須の身を支え起こす。本来の用事を終えたこの衣装はどうせ、二度と袖を通すことなく廃棄される定めにあったのだ。例えどろどろにされたって何の問題も無い。ちゅ、と彼の唇にキスをして、まりもはにっこりと微笑んでみせた。
「例え何枚写真撮られたって、色んな人に見られたって、