皆殺しから始める現代戦国物語/敵家を潰し、報酬として美少女を奪い、喰らい、辱める 作:三流木青二斎
それは、目覚めた。
薄暗い闇と、糞と尿に満たされた地面が彼の居場所だった。
異臭を放つこの廃棄場こそが、彼の世界だと言っても良いだろう。
彼が異変に気が付いたのは、血の臭い。
それ自体はなんら普通の事だ。
濃い鉄の臭い、この廃棄場では有り触れた匂いに他ならない。
問題はその後……今まで嗅いだ事の無い匂いが彼の鼻を突いた。
毒と言う世界の最中、その匂いは、彼にとっての新鮮な香り。
外に繋がる空気の匂いを、彼は嗅いだ。
救世川寂弦による大殺戮を終え、彼は地上に繋がる扉を開いたままにしていた。
地上から流れ出す空気が、異臭を攫って新鮮な空気を送り込んでいたのだ。
だから、彼はその匂いに興味を持った。
生まれた時からこの廃棄場に住んでいた彼にとって、此処は生きた地獄であった。
その地獄の中で生き続けた彼は、それが日常だと信じ込んでいる程に。
糞尿の道を歩く、血の道を歩く、糞と血の足跡を築き、扉から顔を出す。
階段は、地上へと続いていた、ゆっくりと、彼は階段を上がっていく。
その先で……彼は、涙を流す少女の姿を見た。
救世川寂弦は第二層で酒を煽っていた。
本日が儀式の日である事を知っていながらも、彼はこの第二層で過ごす事に決めていたのだ。
救世川寂弦は酒の肴に、過去の記憶を思い浮かべる。
昔、そう、昔は良かった。
救世川家は不退転の軍勢だった。
初代・救世川天遇、救世川太歳、救世川寂弦、この三名を以て開家・救世川を立ち上げた。
最初の二十年間は、救世川天遇の元で修業をした。
救世川天遇は凄まじい男だった。世界を掌握する術式を宿し、現代大戦に至る前の地下闘技場にて五番目に強い術師と呼ばれた。
救世川家の仲で、一番強かった男。その末路は、一番目に強いとされる術師に喧嘩を売った。
そして、救世川天遇は敗北し、心に傷を植え付けられた。
彼の精神は崩壊され、その惨状を当たり前だと周囲の術師は嘲笑った。
その嘲笑こそが、救世川太歳の復讐心と芽生えた。
二代目として活動する事になった救世川太歳は、最初にこの屋敷を所有する家系を襲撃し、強奪した。
救世川天遇はこの地下闘技場へ堕とされた一番最初の精神崩壊者だった。
寂弦が第三層にやって来たのは、心の内では、初代に逢いたかったからかも知れない。
だが、それは無理な話だ。既に救世川天遇は八年前に死亡している。
それを救世川太歳や、寂弦は嘆く事は無かった。
救世川家は不退転の軍勢。過去を振り返る事も、死者に思いを馳せる事も無い。
ただ前に、前に進む。それが、戦で死に絶えた者に送る賛美であった。
だが……今では、亡き者に誇れる様な状況ではない。
救世川太歳は腑抜けた。一番、救世川天遇に近しい己を差し置いて、よりにもよって天遇を知らぬ者が後継者に選ばれたのだ。
これを嘆かぬして、一体何を嘆くと言うのだろう。
時が経てば経つ程に、天遇の栄光を知る者はいなくなる。
それが悲しくて、やりきれない気持ちを酒で流し込む。
「これからの時代はどうなるか……」
知れた事だ。
救世川生類は、救世川の生き方をさも当然の様に語っているが、内心ではこの日常を好んでいる。
救世川家の流儀である不退転である事を恐れはじめているのだ。
その生き方をすれば、待ち受けているのは破滅だと思っている。
事実、そうであったとしても、それを曲げてはならない。
救世川家は不退転の軍勢。例えその先が地獄であり、全滅であったとしても。
好きに殺し、犯し、生きて来た救世川家が、今更普通の生き方をする事など、出来る筈が無いだろうに。
「……いっその事」
酒を煽る。
その言葉を飲み込んで、無かった事にする。
「……クソが」
勢い良く、酒瓶を地面に叩きつけた。
衝撃によって、瓶が割れて酒が周囲に飛び散る。
手と衣服に酒が飛び、辺りはアルコールの匂いで包まれた。
再度侮蔑の言葉を吐くと共に立ち上がる。
今、地上では儀式が行われているのだろうが、仕方が無い。
ついでに、折れた刀を新しく取り換えようと思った矢先だった。
第一層へと続く階段の方から声が聞こえて来る。
その声は、女の声だった。
上層へ上がっていく救世川寂弦。
第一層は懲罰房と調教部屋が両隣に設置された場所だ。
調教部屋へと押し込まれそうになる、紫の姿があった。
「(此処で、死にたくない……まだ、私は、あいつらを懲らしめて無いッ)」
幸いにも密室。
自らを拘束する非術師は僅か三名程。
しかも至近距離。ならば自らの術式は好都合だ。
紫は香りを発生させる。
その香りは薬物の乗った催眠と混乱を引き起こす匂いだ。
鼻孔で吸収し、肺や鼻の奥と言った粘膜接触をすると異常性を発生させる。
彼女の想定通り、非術師はその香りを受けて拘束を緩めた。
紫は、その拘束から逃れて、地上へと逃げ出そうとしたが。
「小娘ェ」
ドスの効いた声を漏らして、紫の首根っこを掴んで第二層へ続く階段へと投げる。
紫は階段から転げ落ちて、第二層へと落ちて行った。
「ッ、あ、かはッ、こほッ」
咳をする。
背中から叩き付けられたので呼吸が出来なくなっていた。
ゆっくりと息を吸い込んで呼吸をするが。
「何をしに此処へ来た?」
救世川寂弦が階段を降りて来る。
手には、折れた刀を握り締めていた。
「大方、上で何かしたのだろう、だから、この地下へと来た。そうだろう?」
「はっ……はっ!」
紫は息をしながら、術式を開放する。
救世川太歳を篭絡した媚薬の匂いを発する。
その匂いを嗅いだ寂弦は、大きく刀を振り下げて、匂いを切り裂いた。
「はっ……はっ……」
術式が通用しない。
紫は、寂弦の行動からそう察した。
「儂に術式を使ったな? これはどういう意味か分かるか?」
ゆっくりと近づく。
紫の首を掴んで、上へと持ち上げる。
足が地面から離れて、自らの体重が首を吊らす。
両手で救世川寂弦の手を掴んで抵抗するが、少女の力程度で拘束が解かれる事は無い。
「反逆罪だ……普段は生かしておいたが……儂に使った以上は殺す他あるまい」
折れた刀の断面を、紫の腹に突いた。
砕けた刀の断面はぎざぎざとしていて、紫の腹に赤い線を作る。
血が滴り、紫は痛みで声を漏らそうとするが、か細く喉で響くだけだった。
「や、めっ……やめっ」
涙を流して殺さないで欲しいと懇願するが、その涙は、救世川寂弦には通用しない。
「止めて欲しいか? ならばどうする? 儂を篭絡するか? 無理だ、貴様如きでは、儂を興奮の渦に飲み込ませる事は出来ん」
興奮。
救世川寂弦にとって性的興奮は戦闘だった。
戦いの最中で高揚感を覚え、困難な戦に勝ち抜いた瞬間こそが、射精にも似た多幸感を得る。
女を抱く程度では、彼を満足させる事は出来ない。
そうだ。彼を満足する事が出来る人間がいるとすれば、それはただ一人。
「……天、遇、?」
彼は、そう呟いた。
最初は、ただ感覚が狂ったと思った。
階段から登って来る音が聞こえて来て、その雰囲気が、何処となく救世川天遇に似ていた。
ぺたぺたと足音を鳴らして、暗闇から現れて来る他者を畏怖させる畏れを抱く、人間の姿が現れる。
可視が可能となった時、救世川寂弦は首を左右に振った。
「やはり、ありえん。天遇は死んだ……死んだのだ、そうだ。八年前……儂が殺したのだ」
救世川天遇の枯れ果てた末路を憐れに思い、救世川寂弦が廃棄場で殺害した。
その感触は手に残っている。血の暖かさも知っている。
もう既に、この地に存在しない事すら分かっている。
だが……何故だろうか。
その、小さな子供を見ると、その男を思い出す。
「……貴様は、何者だ?」
救世川寂弦が口にする。
反対方面に立つ子供は指を咥えて寂弦を見ていた。
海外の言葉を知らぬ子供の様に、呆然と寂弦を見詰めている。
「……ふ、馬鹿な、これが、天遇の子だとして……どうする? 育てるか? 馬鹿を言え」
救世川寂弦は刀を握り締める。
廃棄場で殺し損ねた子供が一匹、取り逃がしたに過ぎない。
だから、殺して、紫も殺して、この地下から去ろうと、そう思った。
此処には嫌な記憶しかないから。
「殺してやる……全て、儂がこの手で……」
忌々しく呟いた最中。
彼は……咥えていた指を剥がして笑みを浮かべる。
「その言葉ぁ知ってる、生きられなくするって意味だろぉ?」
とろい口調で笑いながら言った。
救世川寂弦は、永遠の男を錯覚する。
決して超える事の出来ない男の背中を思い出す。
「天遇……天遇ゥ!」
救世川寂弦は酔っていた。
酒のせいだ……いや、酒がなくとも、彼は、その餓鬼を天遇と錯覚していただろう。
紫を離す。咳き込み、地面へと倒れる紫。
寂弦は紫を見ない。視界に入れない、見向きもしない。
忘れている。頭の中から、少女の事を。
恐らくその輪郭、名前ですら、今ではもう思い出す事は無いだろう。
「儂は貴様を追った……ただ追い続けた。貴様の痕を、貴様が居なくなった後もッ! 天遇がなくとも、救世川を体現し続けたッ! 救世川の理を刻み続けて来たッ! それでも、尚、儂は満たされんッ! 戦が無くなったからではない。貴様が、居なくなったからだ……追うべき姿を見失ったからだ……ッ儂は……貴様が居なくなった時から、より強くなった、そうだ、そう確信している……それを示す事が出来るのはただ一つ……天遇、貴様を殺す事で、儂が真の救世川である事を示せる、そうだ、なあ、天遇ッ!? 儂は超える、越えてみせる、儂の力を、見るが良いわァ!!」
術式を開放する。
救世川寂弦の最大の術式、目の前に立つ全てを真っ二つにする最強鋭利放出の一撃。
「『
天に届く斬撃の一撃。
それは地上に届く程の斬撃の波を、相手に叩き付ける荒業だった。
世界を掌握する救世川天遇を越える為に、救世川寂弦が鍛え続けた究極の奥義。
餓鬼に迫るその攻撃。
「なんだぁ? 風かぁ?」
手を翳す。
少年を真っ二つにする一撃。
少年は掌を伸ばす、斬撃は、掌で受ける。
いや、斬撃が彼の掌で均衡している。
斬撃は、時間と共に小さくなり、そして、掻き消えた。
「(儂の、渾身を……この餓鬼は……)」
地面を蹴る。
少年が救世川寂弦へと向かい、無防備となったを指で喰らう。
彼の攻撃は食道まで届く深い傷となり、喉から血が溢れ、噴水の様に血が噴き出る。
「……これ、でも」
救世川寂弦は刀を落とす。
幻影の最中、その男を越えたと過信していた。
結局の所、救世川寂弦は、弱かったのだ。
それでも、悔しさも、後悔も、彼の中には存在しなかった。
「……あぁ」
目を瞑る。
其処には、嘗ての健常であった救世川天遇の姿があった。
救世川寂弦の願いは其処にあったのだ。
「(儂は……俺は……天遇を越えたかったのでは……無かった)」
彼は、救世川天遇を殺した。
しかしそれは、既に変わり果てた救世川天遇だった。
そんな彼に勝っても悦びなどない。
もしも、正気のままだった救世川天遇であれば、死んでいたのは彼の方だ。
それこそが、救世川寂弦の願いだった。
「(俺は……天遇に殺されたかったのだ……)」
あの時の強い彼のまま、自分は彼に挑み、そして負けたかった。
無論、その敗北は、勝利を願っての行為であり、全力を出し切れば、その後の勝敗などどうでも良い。
少なくとも、弱いままの天遇を殺すよりも、強いままの天遇に殺されていた方が、いくらかマシだったのだろう。
その願いに到達した時。
救世川寂弦は地面に倒れた、血を流しながら、起き上がる事は無かった。
地面に転がる救世川寂弦を見て。
そして、呆然とその死体を見詰める紫。
彼は、紫の方を見て、上を指した。
「なあ……うえには、何があるんだぁ?」
彼は、上を知りたがっていた。
紫は疑問だった。
何故、救世川寂弦が血を流しているのか。
本来死ぬ筈だったのは、この少年の方では無かったのか?
そもそも、この少年は一体何者なのか。
一体、何処からやって来たのか。
少女の目に写るその少年は、仄昏い底から這い出た怪物だった。
得体の知れない存在であり、恐怖すら覚える。
だが、それでも……紫の胸の奥では、安堵が生まれていた。
それは、恐怖の対象であり、復讐の対象であった、救世川家の一人が死んだのだ。
死んで、その死体を見て、彼女は涙を流した。
「あ……あぁぁ……ああああぁあ……」
泣きじゃくる少女を見て、彼は面白そうにそれを眺めている。
「何してんだぁ?」
何故泣いているのか理解出来ない様子だった。
彼は、何も知らない。廃棄場で生まれ、全ての言語や知識は、精神異常者から教わった言葉のみ。
知識など、皆無に等しい。
だからこそ、他人の行動に興味がある。
「ひぐっ……うう……誰、だれでも……誰でも……良い」
その少年が何者なのかはどうでもいい。
ただ分かる事は、救世川寂弦を殺せる程の実力を持つと言う事だけ。
「殺して……殺して……外に居る……あいつら殺して……」
少年に懇願した。
その言葉に、少年は少女の顔に近づいて、鼻をすんすんと鳴らす。
「……おめぇ、良い匂いがするなぁ……俺ぁ、この匂い、好きだなぁ……」
呑気にそう言って、そして少年は上を指でさした。
「この上に、何があんのかなぁ? ……殺しが、沢山楽しめる場所かなぁ」
疑問を浮かべながら階段を登る。
彼にとっての娯楽は、廃棄場では存在しなかった。
けれど、今日、この日。
人を殺すさまを見て、人を殺して……その快楽を知った。
今の少年は、人を殺す事こそが生きがいなのだろう。
上に登り、到達すれば……沢山殺せるかもしれない。
そう思い……彼は、外へと繰り出した。