────《美神祭》
それは美の女神ジョリエスが人類に繁栄をもたらしてくれたことを感謝する祭りである。10年に一度の頻度で開催され、世界最古の国であるジョリィ神国には実際に女神ジョリエスが降臨する。
その美神祭の中でも最も注目を集めるのが"美の行進"と呼ばれる儀式だった。
内容としては女神ジョリエスと、4人の女性が神都を歩くだけのシンプルなものなのだが、多くの人が女神を近くで見る機会を得られることもあって人気が高い。
──特に男性に、であるが。
人類と違い、服を着るという概念のない女神はその身体を惜しげもなく晒して人々の前に現れる。その裸体はどんな美術品よりも美しいと称されていた。
ジョークの一つとして「子供の時に"美の行進"を目撃した男は、人間の女の裸を見ても勃たなくなる」なんていうものもあるほどである。
この"美の行進"だが、実は男達の関心は女神ジョリエスの身体だけではない。女神には世界中から選ばれた4人の女性が同行するのだが、彼女達も女神にならって裸を晒すのである。女神が裸のままなのに、お供をする人間だけ着飾る訳にはいかないという事だ。
この4人の女性は"四美人"と呼ばれ、世界中の王達の多数決によって決められる。美の女神と並んでも無礼にならないよう、人類最高峰の美貌の持ち主ばかりが選ばれており、当然、選ばれれば拒否権などない。
女神だけでなく4人もの美女の裸を見れるのだ。興味を持たない男はいないだろう。この儀式が"女神の行進"ではなく"美の行進"と呼ばれる理由でもある。
──しかし、選ばれた女性達にとっては最悪以外のなにものでもなかった。
ただでさえ多くの観衆に裸を見られるのに、その上、人を超越した美貌の女神と容姿を比べられてしまうのだ。それはそれまで美しいと持て囃されてきた女性ほど、より屈辱的に感じてしまう。
10年前の儀式を目撃した人達は、「まるで公開処刑だった」と美姫達を嘲笑し、"四美人"という呼称も「人にしては美しい四人」という意味に違いないと侮辱する始末だった。
それでも男達の中には完成された女神の身体よりも、生々しい"四美人"の裸体の方に惹かれる者もそれなりにいる為、美神祭が近付くにつれ、誰が"四美人"に選ばれるのかが話題になっていた。
そして遂に発表された"四美人"の名前を聞いて多くの人が納得の声を漏らす。
東の小国ガルデニアの公爵令嬢アネモネ。
成人前の13歳という幼さながら、その可憐な容姿で男性を虜にしている少女だ。控えめな性格で、あまり公の場に出てこないが、それでも周辺国にまでその美貌が知られている。
北の国グラセンの王妃ジーヴル。
"氷の令嬢"と呼ばれた人物で、前回の"四美人"の一人でもある。28歳と歴代3位となる年齢だが、前回から少しも衰えていない美貌に加えて、大人としての魅力も待ち合わせている。
西の大国フェリークの王ファルファデ。
"妖精姫"と呼ばれる16歳の少女だが、父王の急死によって若くして王位を継いでいる。時に自分の容姿さえ利用して他者を手玉に取る強かさを持っており、他国の上層部からは『女狐』や『妖精の皮を被った悪魔』などと呼ばれている。
南の国アンベリールの王女シャルム。
癒しの魔法の使い手で、王女でありながら美神教の最高の名誉称号《聖女》を与えられた女性。その美貌は世界一と称され、『女神に並ぶ美貌の王女』と呼ばれることもある。
4人全員が、頭に"絶世の"と付けても問題ないレベルの美女・美少女ばかり。特に聖女シャルムにいたっては女神と美を競えるほどだと言われている。
そんな史上最高クラスの"四美人"が女神と共にその裸体を晒すとあって、人々の期待は大いに膨れ上がった。
──だが。
10年前、20年前の美神祭の直前も同様に"四美人"が絶賛され、そしてどういう結果になったかを憶えている者達は、選ばれた4人を哀れに思っていた。10年に一度だけしか目にすることの出来ない女神の美貌は、時間と共に人々の記憶から薄れていくのだ。
★
ジョリィ神国の神都。
その中央にそびえ立つ巨大な宮殿は、女神ジョリエスが降臨した際に建造されたと言われている。この場所を中心に人類は繁栄していき、現在では大陸中に国を築くまでに至ったのだ。
そんな、人類の聖地ともいえる場所を2人の女性が歩いていた。
「他のお三方は少し前に到着されました。ジョリエス神の降臨は正午となりますので、聖女様にはそれまで控え室でお待ちいただくことになりますね」
先導するのは若い修道女だ。
それなりに整った容姿をしており、修道服の貞淑な雰囲気と合わさって目を引かれる男性は多いだろう。
──しかし、彼女の後を歩くドレス姿の女性と比較されては、どうしても見劣りしてしまう。
絹のような銀色の髪を腰まで伸ばしたその女性は、宝石に例えられる碧い瞳を修道女に向ける。見た者が幸福感さえ覚えてしまうほど整った顔は、この世界で最も美しいと称されていた。
──『聖女』シャルム。
今回の美神祭において女神と並び歩く栄誉を授かった"四美人"の1人にして、誰もが認める世界一の美姫。それが彼女である。
「……いよいよとなると、少し緊張してしまいますね」
聖女シャルムはその美貌を僅かに曇らせてそう呟いた。彼女はこれから降臨する女神に謁見し、その後、美の行進に同行することになっている。修道女はシャルムの心中を正しく察し、同情の視線を向けた。
「……人前で肌を晒すことは苦痛かもしれません。ですが、それを恥と思うのではなく、ジョリエス神と同じ姿になれる栄誉だと考えてみてはいかがでしょうか?」
「……ふふ、確かに仮にも全世界の女性の中から選ばれたのですから、ありがたいことなのかもしれませんね」
「その通りです。きっと儀式の間、ジョリエス神とお話する機会も多いでしょうから、神国の人間としては羨ましい限りです」
修道女は努めて笑顔でそう言う。過去の儀式の時のことを知っていれば羨ましいなんて思う筈がない。シャルムをその気にさせようという彼女の心の声が聞こえてくるようだった。
(なら代わってください、と言えば彼女は全力で拒否するのでしょうね。羨ましいと言うなら、せめてその同情の目はやめて欲しいです)
シャルムは小さくため息を吐く。
修道女にとっては所詮、他人事でしかないのだ。神国の関係者からすれば美神祭が何事もなく終わることが最重要なのかもしれない。
今のシャルムの憂鬱な気持ちを理解出来るのは、きっと同じ"四美人"の女性達くらいだろう。
(……多くの殿方に裸を見られてしまうのですね)
南の大国アンベリールの王女であるシャルムは、並の貴族令嬢以上にしっかりとした貞操観念を持っている。世話係を除けば彼女の肌を目にしたことのある者は皆無に等しかった。
ドレスの胸元はキツく締められ、手や脚はロングの手袋とソックスで覆い隠されている。シャルムにとっては手足を晒すだけでも躊躇われる行為であった。そんな彼女にとって全裸で神都を歩く"美の行進"は苦痛でしかないだろう。
一方で、普段露出の殆どない美貌の姫の生まれたままの姿を見られるとあって世界中の男達は歓喜していた。今回の美神祭が例年以上の注目を集めているのもシャルムの存在がある為である。
その人気は祭の中心であるはずの女神さえも上回っていた。
『女神に比肩する美貌の持ち主』という評価を美神教が黙認していること自体がシャルムが如何に美しいかを物語っている。
前回の降臨から10年が経った現在。人々にとっての美の頂点とは女神ジョリエスではなく聖女シャルムなのである。
そしてその認識は、シャルム自身も同様だった。
──なぜなら彼女は、美の行進の2つの苦行の内、「全裸になること」を憂いはしても、「女神と比較されること」を不安に感じたことは一度もないのだから。
★
フェリーク王国の女王ファルファデは宮殿内にある一室で静かに紅茶を飲んでいた。
妖精姫と呼ばれることもある彼女の容姿は、「美しさ」と「可愛らしさ」の両方を兼ね備えており、異性は当然として同性さえも惹きつけるものだった。
金髪翠眼は有名な物語に登場する妖精と同じ色であり、彼女を見た大抵の人がその幻想的な存在を連想する。
このまだ16歳の可憐な少女が、世界有数の大国の王だと言われても、なかなか受け入れられない人が多い。
しかし、彼女を侮った者は皆、それを後悔することになる。
妖精姫ファルファデは虫も殺せないような容姿に反し、国の為ならどこまでも冷酷になることが出来る生粋の施政者なのだから。
先王が亡くなり、王位を継いだファルファデが最初に行ったのが国の膿ともなる悪徳貴族達の粛正だった。幼い女王を傀儡にしようと近付いてきた者達を逆に操り、互いに潰し合わせ、力を削いでいった。
その類い稀なる頭脳で僅か一年足らずで王としての地位を盤石なものとした彼女を侮る者は、国内には既にいない。それどころか周辺国の王達さえ手玉に取る彼女は一部で「女狐」と呼ばれていた。
「──まあ、それがいけなかったのでしょうね」
ファルファデはつまらなさそうにそう呟いた。
今回の"四美人"を決定する為に開かれた国際会議で、彼女は周辺国の王達によってその一人に選ばれることとなった。元々その美しい容姿で知られていた彼女は、幾つかの外交工作を行い、別の娘が選ばれるように働きかけていたのだが、土壇場で裏切られてしまったのだ。
その王達が国益を無視してでもファルファデに屈辱を味合わせたかったのか。それとも、男として交流のある女王の裸体に興味があったのか。どちらであるのか彼女には分からなかったが、大変なことをしてくれたものだと恨まずにはいられなかった。
ようやく国民にも王として認められてきていたのだが、裸を衆目に晒しては、また侮る者が出てくるに違いない。その上、大きな武器である美貌も、噂の聖女や天上の女神と比較されてしまっては、しばらく使い物にならなくなるだろう。
(……大臣達も美神祭に参加していますし、明日からどんな目で見られるのか想像するだけで嫌になります。最悪、馬鹿な男性達の人気取りにでもなれば良かったのですが……彼女達を見た感じそれも難しいでしょうね)
ファルファデは紅茶を口に運びながら、さり気なく2人の同室者に視線を向ける。
緊張した表情で壁際に立っているのはファルファデよりも更に幼い少女だ。これから行われる儀式のせいか、それとも他国の王と同じ空間にいる為か落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。
彼女の名はアネモネ。
東の小国の貴族令嬢であり、今回の"四美人"に選出された13歳の少女である。東方に多い黒い髪は夜を映したように美しく、金色の瞳は夜空に浮かぶ月を思わせる。
将来は間違いなく絶世の美女へと成長するだろう。もしかしたら次回の"四美人"の最有力候補かもしれない。
(……それにしても、大勢の前で裸になる儀式にこんな成人前の子を選ぶだなんて、碌でもない大人が多いですね)
ファルファデにしては珍しく他者に同情の念を抱く。
彼女自身も16歳での選出なので、現在の王達は幼い少女が好きな者が多いのかもしれない。アネモネの国が小国でなければ少なからず問題になっていただろう。
(──そしてこちらが)
ファルファデは次に自分の左前方に腰掛けている女性へと視線を移した。
亜麻色の髪のその女性はアネモネとは対照的に、落ち着いた様子で紅茶を飲んでいる。そのひとつひとつの所作が美しく、淑女としての完成度では完敗だとファルファデは素直に負けを認めた。
長いまつ毛の下で切れ長の目を細める彼女は、冷たいイメージを見る者に抱かせる。かつて"氷の令嬢"と呼ばれ、多くの男達を袖にしてきた彼女だが、その美貌は未だに健在だった。
北の国の王妃ジーヴル。
歴史上でも数えるほどしかいない、"四美人"に二度選ばれた人物だ。今年で28歳になる彼女の女性らしい身体は、女であれば誰もが憧れるものである。
ドレスの胸の部分を押し上げる豊かな乳房に、見事なくびれのある細い腰。それは幼い少女達では持ち得ない女の武器だった。
ファルファデは自分とジーヴルを比較し、容姿では負けていないが、女性としての魅力では一歩及ばないと冷静に分析する。
(……これはどう考えても引き立て役確定ですね)
ファルファデは自分に票を入れた王達に改めて怒りを抱いた。
10年前。彼女と同等の美貌を持つ目の前の王妃は、降臨した女神と比較され、そして嘲笑されたのだという。きっと、僅かに劣っていたとか、そんなレベルではなく別格だったのだろう。
人類最高峰の美女が、その美貌を貶されるとはそういうことだ。
「…………っ」
ファルファデが持っていたカップがカチッと音を立てる。
彼女の手は僅かに震えていた。
自分の女としてのプライドが砕かれ、見せ物にされることを理解し、心を乱してしまったのだ。他国に女狐や悪魔と呼ばれる彼女でもこれから行われる儀式に不安を感じずにはいられなかった。
★
北の王妃ジーヴルは、ファルファデが立てた音に反応してそちらに視線を向ける。
妖精姫の震える手を見て彼女の内心を理解したジーヴルは、何か声を掛けるべきか迷ったものの、気休めにもならないだろうと判断し、口をつぐんだ。
先程挨拶をした際には緊張など微塵も感じさせなかったファルファデだが、あの儀式への参加に何も感じていないわけではないらしい。
(──あっちの小さな子は女神とは系統が違うから大丈夫でしょうけど、目の前の女王様はきっと折られてしまうわね)
ジーヴルは、アネモネとファルファデを見比べてそう思考する。
女神ジョリエスは見た目20代くらいの女性の姿をしている。その顔・身体は女として完成されており、"四美人"に選ばれるような女性でも比較にならない程美しい。少しでも同じ土俵に立ってしまえば完膚なきまでに潰されることになるだろう。
ジーヴルの目から見て、妖精姫ファルファデはすでに「女」だった。
まだ容姿に幼さがあるとはいえ、男性が異性として見るには十分である。大人になりかけの身体には女性らしい膨らみがあるし、何よりも本人が女としてのプライドを持ってしまっている。
その為、女神と相対すれば本人が嫌でも自分との差を認識してしまう。そして観衆も女神との比較対象として彼女を見てしまうだろう。
その結果、10年前のジーヴルと同じ屈辱を味わうことになるのだ。
一方でまだ幼いアネモネなら、その心配はなかった。大人の女性と、子供では比べようがないからだ。美の行進で女神の次に視線を集めるのは彼女かもしれない、とジーヴルは予想する。
(──いえ、今回は彼女・・もいたわね。あの女神と並ぶという美貌の持ち主が。噂通りならきっと、私と女王様にとってはつらい一日になるわ)
ジーヴルがこの場にいない最後の"四美人"の存在を思い出していると、部屋のドアがノックされた。
ちょうど彼女が到着したらしい。最も立場の高いファルファデに、ジーヴルとアネモネの視線が集まる。
「──どうぞお入り下さい」
「失礼致します。聖女シャルム様が到着されました」
ファルファデが入室を許可すると、若い修道女がドアを開ける。
そして、その後からジーヴルでさえ見惚れてしまうほどの美女が入って来た。室内にいる3人を差し置いて、世界一の美女と呼ばれるのも納得せざるを得ないほど整った容姿をしている。
数年前に自分から「世界一」の座を奪った彼女を見て、ジーヴルは複雑な感情を抱く。シャルムの顔は只々美しく、王妃という立場のジーヴルでさえ圧倒されてしまうほどだった。その身体も女性としてしっかりと完成されており、まさに非の打ち所がない。
「お初にお目にかかります。アンベリールの王女シャルムと申します。ファルファデ女王陛下、ジーヴル王妃殿下、アネモネ公爵令嬢。本日は"美の行進"にてご一緒させて頂くことになり、大変光栄に思っております」
綺麗なカーテシーをしながらシャルムが挨拶をする。それに応えながらジーヴルは更に観察を続けた。
(確か彼女は19歳だったわね。今の時点では大人の女としての魅力は私の方が上、少女としての可憐さならアネモネさんが優ってる。でも、純粋な美しさでは完敗ね。もしかしたら本当に、10年前に見た女神に比肩するかもしれない……)
自分の美貌に絶対の自信を持っていた時のジーヴルを圧倒した女神の容姿は、果たしてどんなだっただろうか。強烈すぎる女神の本性ばかりが印象に残っていて、正確に思い出せない。
シャルムより美しかったようにも思う。
だが、記憶というのは補正されるものである為、ジーヴルには判断が付かなかった。今確かなことは、"四美人"の中でも聖女の容姿が頭一つ抜けて美しいということだけだった。