前編
パーンッと、室内に響き渡る音は同時に痛みも与えて来る。なのに、傷跡は残らないのだから、間違いなく普通の道具ではないだろう。
傷は作られて、血が滴り落ちるのに、その傷口が消える。痛みと衝撃で身体が動く事で、縛られている鎖がジャラジャラと音を立てて私の心を苛むのだ。
なんて情けないんだろう。ここにこうして囚われてからの時の経過さえ、判断できないと言うのに。
痛みだけなら、耐えてみせる。屈辱だって、慣れたもんよ。
ただ、私がここに居る事を知ったら……皆は悲しむだろうな……。何より、会う約束をしていたのに、その場所に私がいないとか……シャンクスは、泣いてないかしら。
「……これだけ痛め付けても、赤髪を呼ぼうとも、海軍と連絡を取ろうともしないとは……お前、死にたいのか」
「……だれかを、まきこむくらいなら、したかんでやる、わ。……私は、かいぐんたいさ、ナミよ。このていど、なんてことないわ」
情けない程に掠れた声で、それでも強がってみせる。笑みを浮かべて言葉を放つ私に血の繋がりを感じさせない兄弟が私を見ていた。
「……だとよ、兄貴。どうする?」
「強情な女は嫌いじゃない。……だが、それなら、弟達の誰かに下げ渡して可愛がらせてみようか、ペロリン」
その言葉で、何をされそうになってるのか分かってしまう。運のいい事に、処女ではないけど……でも、受け入れるつもりは無い。
そんな事になるくらいなら、舌噛んで死んでや……!そう思って僅かに開いた唇の隙間に捩じ込まれたのは、飴。
思わず勢いそのままに噛んでしまったそれを吐き出す前に、唇を飴でコーティングされてしまう。何とか鼻だけは残してもらえてるので呼吸はできるけど、喋る事さえできなくなってしまった。
砕けた飴が口内で溶ける。ただの飴ならいいけど、違うなら厄介だわ。
「……拷問の種類を変えるぞ、ペロリン。ママからも〝殺さずに、傷も残さずにできる事なら何をしても構わない〟と言われているからな」
「それなら、初めからそっちにしたら良かったんじゃないのか?」
「馬鹿だな。それだと……ご褒美になっちまうかも知れないだろ。……だが、そうならないとわかったからな。1時間後にまた来てやるよ、ペロリン」
ご褒美にならないのだとわかった理由は、いったい何なのだろうか。もしかしたら、叩かれても耐えるから私がこっちを喜んでると勘違いしたのかな。
助けて欲しいけど、知らないままでいて欲しい。巻き込みたくないけど、開放されたいと言う矛盾。
弱くて、脆くて、結局私はどこにいてもお荷物。海軍を辞める事も、海賊になる事もできないで、どちらのスパイをする事さえもできない中途半端な存在。
悪魔の実の能力なのだろうと分かるのは、普通の拷問部屋とは違い過ぎるから。ただの牢獄なら、鎖が勝手に動いたり柵が喋ったりはしないと断言出来る。
こうなると、彼等の目的は何だろう。私を捕らえて、彼等に何の利があるのかな。
私を殺してしまえば話は終わる。よくいる女海兵でしかないもの。
そんな事を考えていられるのも、僅かな時間だった。ガヤガヤとした音が聞こえて来て、その会話に苛立ちつつも無視を続けた。
でも既に顔を上げるのも億劫になった状態の私に、声が落ちて来る。どうやらこの男は、私を拷問する事を引き受けたらしい。
「……俺のモノになるか」
意味不明過ぎる問い掛けに、私は答える気は無いと、その声に無言で返す為に顔を上げて睨み付ける。そこに居るのは、私を最初に捕らえた存在。
そう、あの日私は……明らかに阿呆だったと思う。だって……。
そうして思い出すのは、捕らえられた日の更に前。シャンクスとの甘いひとときから。
「シャンクス……も、むり……ゆるし、て……」
私の誕生日は休みを取って故郷に帰るのだと、シャンクスに再会した15歳の時に話して以来、帰る途中の私を拉致して〝誕生日プレゼントは俺〟と言って抱き潰すこの男は、私の恋人である。大切にしてくれてるとは思うけど、性行為に関してはサカってる犬より始末に悪い。
いつも隙を見付けて逃げ出しているのは、普通に帰らせて貰えないからだったりする。海軍なんて辞めて、俺の所に帰って来いと言いながら、拒む私を快楽責めにして来る男。
16歳の誕生日に初めてを奪われるようにして貪られてから、18歳になった現在まで二ヶ月に一度会う度に壊される勢いで愛されているのだ。……この髭は、何故こんなにも精力に溢れているのだろう。
そんな事を思いながらも、シャンクスに求められると拒めないんだから私にも責任がある。分かってるけど……。
「こわれちゃう」
「……それ、煽ってるだけだからな?」
「子供相手にしなくても、シャンクスなら他に「替えのきく話をしてるつもりはねェ。まだ分からないなら、分かるまで愛してやる」」
と、こうして愛欲に沈まされて、寝込み、回復し始めるとまたと言うのを繰り返して、私はいつも休暇を終えてしまう。それでもいいの。
シャンクスと過ごせて、シャンクスが笑ってくれるなら、私も幸せだから。……私が海軍を抜けられないのが、ルフィの為だって知ったら、シャンクス怒るだろうなぁ……なんて、呑気に考えつつ、休暇の残りが明日までとなった為に深夜、その腕から抜け出した。
逃げられないようにと、足に枷を付けて、扉に鍵をかけてあったけど……私にそれは無意味だから。海楼石で作られたそれは、確かに少し厄介だったけど。
それが、彼に会った最後の時の出来事。その後普通に海軍での任務を行ったりしていて、少しゴタゴタした事を片付けて漸く纏まった休みを取れた私は、クーちゃんに『お休み貰えたので、いつもの島で会いましょう』と書いた手紙を託した。
それを受けての返事は『今度こそ、帰れると思うなよ!』で、小さく笑いつつ新人達には自力で帰るよう伝えてから私は休暇の為に自分の小舟に乗り込もうとしたのだ。でもその時、私の小舟には絶対乗れないだろう巨体の男が、何かを探すようにしているのに気付いて動きを止めてしまう。
何処かで見た事があるのは間違いないんだけど……って、海賊よね、普通に考えて。でも、今は休暇に入った所だし……万が一四皇なら放置していいってお達しだからなぁ。
そう思って眺めていたら、視線が絡んでしまう。そのまま大股で近付くその人物に、軽く気圧されたのはそのサイズも理由。
世紀末風の衣装で、長身の整った筋肉質の男性。髪はあずき色で、刺青はショッキングピンクで統一されている。
左腕や両膝両脛に棘の付いた腕輪や防具等を装着しており、ウエスタンブーツ風の靴は踵に歯の部分が鋭く尖っているギアを装着。 着用しているレザージャケットには
そこまで考えて血の気が引く思いがした。シャーロットって、確か……四皇の、ビッグ・マム海賊団の苗字じゃ、なかった?
そう気付いてもう一度見てみれば、男は肩幅程もある大きなファーを首に巻きつけ、両手には手袋を嵌めている。身長は推定5m程。
あ……これ、幹部だわ。確実に。
そう思った時には駆け出していたけど、鋭く待てと言われてしまえば、何よっと振り向くのも人としての反射的反応。そんな私にその男は問い掛けてきた。
「……海兵か?」
「そうだけど、今は休暇中だし、四皇とは戦わなくていいって言われてるから、見逃してあげるわよ」
いや寧ろ見逃して。私を待ってる、心の狭い恋人の所へ行かせてください。
そんな事を思いつつも、表面的には余裕を見せる。すると納得したように頷いて、言葉を口にした。
「流れモチ」
聞いた言葉が技名っぽいからこそ、嫌な予感がした。その直後、私の身体は粘着質な柔らかいものに包まれて、流されるように移動させられてしまう。
攻撃性は感じられないけど、この技は何だと言うのか。そう思った時には頭だけを残して、全身を悪魔の実の能力だろう物で包まれてしまっていた。
そんな私の横で、男は呑気にちょっと可愛いデザインの電伝虫で誰かと会話を始める。相手が誰なのかは、聞かなくても分かってしまう。
「ママ……カタクリだ。赤髪のアキレス腱であり、海軍の秘宝を捕獲した。これから、帰還する」
その言葉で全身が総毛立つのを感じたのは当然で、でも、相手の能力の種類さえよく分からなくて、私は逃げられないままに連れ去られた。そのまま拷問を受けていたけど、拷問される事には慣れてるから、冷静に隙を伺い逃げ出したのだよ
そのまま後少しで海軍の領域に帰れると言う所までは逃げられたのだけど、海賊に狙われている少女を見付けて庇ったら、何故かその少女に攻撃され……冒頭のそれに繋がる拷問を受けていたのだ。シャンクスか海軍の大将クラスを呼び出せと、海軍やシャンクスの情報を渡せと言われ続けている。
それを拒み、鞭で打たれ、吊るされたまま鞭で裂けた服を身に着けているだけ。武器を没収されてない辺りが、本気で彼等が私を甘く見てる何よりの証拠。
でも、繋がれてる間に得た情報が正しければ、海軍がこれ迄に掴んでいた情報は大概正しい事になるわね。……違うとしたら、手配書の写真と実物がたまに間違ってる事……くらいかしら。
「ペロス兄、急に呼び出してどうしたん……!?」
「ああ、カタクリが捕まえて来た女が余りに強情だから、拷問のやり口を変更しようと言うことになったんだ。私がやれば殺してしまう……そこで、お前を呼んだんだ」
「……俺は、好かん」
「ん?何がだ、ペロリン」
「女をいたぶる趣味は無い。それも、明らかな弱者だ」
「……この女が隙をついて、どうやって逃げ出したか知っているのか。そして、その二つ名に恥じない動きを見せたと言っても……興味はないか?ペロリン」
その会話に私の二つ名って何だろうとか思う。捕まった時も、変な呼び方されたけど、戦いに繋がりそうなものでは無かったわ。
「〝無血の海兵〟か?」
「誰一人、怪我をさせる事無く後少しで海軍の海域と言う島まで到着したが……」
「馬鹿な!ペロス兄が居て、逃げられたのか」
「カタクリがいると思って、私も海に出ていたんだ。その隙をつかれた」
私を捕らえた男が言葉を失う。凝視されているのが分かるけど、それよりも気になるのは別な事。
なに、その、変な二つ名。誰がつけたのよ。
「……では、捕らえ直してここに?そんなに見事に逃げていたのを、どうやって?」
「海軍の至宝が、子供に弱いのは有名だったからな。アナナを餌にしてみたら……簡単に捕らえられた。私の攻撃から庇い、逃がそうとして……アナナに背後からな」
「ママは喜んだだろうな」
「ああ!ご褒美に包丁を貰っていたぞ。ペロリン」
「なら、俺もご褒美にねだってみるか」
「……何か、欲しいものでもできたのか。珍しい事もあったもんだ」
その会話を聞きながら、ピンクの髪の少女を思い出す。背後からのスタンガンはキツかったと思うけど、それよりもあの子がこいつらの兄妹だとは普通に考えて分かる筈もない。
でも、被害者ではないなら良かった。あの後どうなってしまったのかと思ってたけど、包丁をご褒美にねだるなんて、お料理好きな大人しい子だったのね。
そう思ってそこからは何となく会話を聞き流していたら、突然降ってきた言葉。これが、回想前のそれに繋がるのである。
勿論問い掛けに答えられるようにと、その直前に飴が突然溶けて口が開放されたのだけど。本当に、能力で作られたであろうこの飴に、変な物が仕込まれていない事を願うばかりである。
「……俺のモノになるか」
意味不明過ぎる問い掛けに、私は答える気すら無いと、その声に無言で返す為に顔を上げて睨み付ける。そんな私に男は静かに頷いて、技名らしき物を口にした。
「加々身モチ」
どうやらこの男の能力は餅らしいと言うのはわかったけど、それを悠長に構えていられる状況ではない。地面や壁等を複数の巨大な餅の触手に変え、その大質量を様々な方向から私目指して移動させて来るのだから。
吊るされていては、逃げる事もできない。そんな状態で、弾力と粘り気の強いそれが身体に絡み付く。
「おいおい、カタクリ……殺すなよ?」
「鏡餅にはしねェさ。ただ、その前段階の動きを利用して、可愛がってやるだけだ」
「ああ、前段階だと餅でできた触手だからな。それは楽しそうだ、ペロリン」
鞭で裂けた服の隙間から入って来た触手が、胸を圧迫するようにぎゅうぎゅうと締め上げる。その痛みは、経験の無いものなのに何故か性行為とはこういうものだと言う認識がある事に気付く。
こうしてみると、シャンクスの甘さがおかしいような気がしてきたわ。痛みと苦痛と、私の反応が悪い事で、お仕置きされる辱めの行為がそれの筈。
「……ペロス兄、一度部屋を出てくれないか。悦い具合になった時、連絡を入れる」
「わかった。珍しくお前が望むんだ、任せてやろう。ペロリン」
そうして二人きりになって、私は何をされるのかと微かな恐怖を抱く。けれども予想に反して、男は動きをとめた。
それからそっと戒めをその能力で砕くと、崩れ落ちるように倒れる私を支えてくれる。大人と子供と言うより、巨人と小人のような体格差に、争う気にさえなりはしない。
「……弟妹を、傷付けずにいてくれて感謝する」
「それなら、帰らせて。……言い訳が必要なら、私を泳がせて、仲間を呼びに行かせてみたと言ってみたら良いじゃない」
「無理だ。ママが、宝玉を手放す筈がない。ママはずっと、宝玉を求めていた。……唯一、安全に過ごさせてやれる手段がある」
「なぁに?」
提案は簡単に否定され、代わりに出される妥協案。私が望むものとは違うだろうけど、双方の中間点であればなんとかなる。
私はでも、私の安全よりも欲しいものがある。それは、大切な人達の安全や安心。
それが叶わないならば、いっその事殺して貰いたい。この男だったら簡単に殺してくれる事だろう。
「俺のモノになればいい。家族となれば、自由も増えるから、その内仲間達に会う事は許されるだろう。……そうか、強情だな」
「……私、何も言ってない」
「断るのが見えた。……壊すには、惜しいと思うが仕方ない。自分で選んだ未来だ。受け入れろ」
「最期まで、抗ってみせるわ」
強気に笑えば、男は何故かその目を細めて楽しそうな様子を見せる。口元が見えないから、確実じゃないけど。
でも、それまでの穏やかさが嘘であったかのように、突然開始された餅による攻撃はシャンクスにしか許さなかった場所を擽り、吸い付き、挿入の準備を始めていた。その現実を受けて、助けなど来る筈も無いと知りながら、それでも優しく名を呼ぶシャンクスの声と笑顔が脳裏にチラついている現実に私は打ちのめされるばかり。