交渉等と呑気な事を言うつもりがないのは、海軍側の布陣を見れば明らかと言える。海軍側は代表として英雄と呼ばれるガープと、知将と呼ばれるおつるを筆頭に、三大将を引き連れて姿を見せた。
言い方は悪いが雑魚は置いて来たその現実が、間違いようのない戦争を辞さない構えと伝えていた。当然、それが分からないビッグマム海賊団では無い。
おつるとガープはただ大切な孫とも娘ともつかない存在を奪い返す為に、我先にと船に乗り込んだに過ぎ無いが、そんな事は他者には分かろう筈もないのだから。三大将の内、クザンとボルサリーノはおつるとガープが大切にしているからと見守っている内に絆され、今では妹か娘のように愛でているのだから仕方ないとしても……。
イマイチ読めなかったサカズキの存在は、どうやら海賊共を根絶やしにする良い機会と捉えているらしい。その他に桃兎とスモーカー、ヒナも来ていた。
スモーカーとヒナは本来連れてきて貰えるレベルでは無かったのだが、スモーカーが友人の危機を放置できる筈も無く、騒ぎ暴れる彼のように胃をキリキリさせながらセンゴクが行く事を許可した。その際に、ヒナをお目付け役としてつけたと言う流れである。
その他にも数名の中将が名乗りを上げていたが、彼等全員を連れて来る事は海軍本部が狙われた時の事を考えればできない事であった。その為、少数精鋭での到着となったのだが……。
「マンマ、マンマ!!お前ら……この俺からタダであの宝を奪い返せると思ってんのか!?……アレはな、既に家の息子の嫁候補なんだよ……!!」
「どう言う意味だっ!!」
即座に叫んだのはスモーカー。高笑いをするビッグマムは、ニンマリと笑うと騎乗位で貫かれ、胸を吸われている少女の写真を一枚投げ渡す。
それを見ておつるは顔色を無くし、ガープは拳を震わせ、三大将は無言でビッグマムを睨み付ける。その写真を他から隠すように手に取り、小刻みに震えるヒナの肩にスモーカーが手を置いて、唇を開いた瞬間にビッグマムが追い打ちをかけるように言葉を投げ付けた。
「カタクリの奴が気に入ってるんだ。意識のある間は常に繋がっていて、良く壊れてないもんだよ!!」
その言葉を皮切りに、海軍側とビッグマム側の交渉の場は戦場へと変貌した。それでも多勢に無勢、本来ならば海軍側に勝ち目は無かっただろうが……そこへ、赤犬には決してビッグマム海賊団の他は攻撃しないよう言い含めた上で、参戦する事を許可されたその意味が続々と到着する。
それの一番手は、革命軍の参謀総長……サボであった。彼はただ、幼い頃から慕ってきた姉を取り戻す為、この戦いに単身で身を投じる形を取ったのだ。
革命軍の他のメンバーは、流石に巻き込めないと思ったのも大きい。それでもベロ・ベティとお目付け役のコアラだけは共に来ていたのだが。
……ベロ・ベティの来た理由はサボの姉が故郷で苦しんでいた時に、自分の管轄内でありながら何も気付く事すら出来なかった事への贖罪の意味も含む。自ら戦う事を選び、絶えず戦い続けていた人達に何も出来なかった現実が、彼女の心を蝕んでいたのだ。
革命軍の三人が暴れる事で、ビッグマムは怒りをあらわにして本気で暴れ出す。そこへ到着したのが、白髭海賊団である。
無論全員では無いが、少女の弟であるエースと、少女の手紙によりその生命が救われたサッチ、そしてそれに感謝する隊長達と……エドワード・ニューゲートその人が戦地に降り立つ。隊長以下の面々は少し離れた所にモビーを戻して、船を守りつつ次の攻撃に備えた。
これは、白髭がこの事に手を出すと決めた事で起こりうる事態を想定しての物。そう……白髭と海軍が手を組み暴れればビッグマムの側にはカイドウがつくのは……最早明白であったのだから。
元々仲の悪かったこのメンバーが、その中でも唯一共にいる事の多かったリンリンとカイドウの二人を引き離すのは、至難の業。更に言えば、戦場で死にたいと願うカイドウにとってこれ程都合の良い場所は無い。
世界を滅亡させたとしてもおかしくない規模のこの戦争に、カイドウは戦火を広げる為に降り立った。彼はただ、戦う為に参戦したのである。
無論、だからと言って生命を捨てに来た訳では無い。自分の誇る暴力の為、連れ出せる限りの戦力を連れてこの場に現れたのだ。
この男にとって、弱さは罪。ここで死ぬならば、その程度の部下であったというだけの事。
戦う事で強くなり、強さが全てであるこの男にとってこの場は最高の環境。特に、気に入らない相手が多数集まるこの場所はいくらでも暴れるられる、彼にとっての楽園とも言えるだろう。
「さァ、始めよう。暴力の時間を……ウォロロロロロ!!」
空は割れ、海は煮え立ち、山は粉砕される。現実とは思えない戦いの中で、ずっと姿を隠していたネオ海賊団を名乗る面々さえも突然姿を見せると、海軍側について戦いを開始した。
ネオ海賊団から見れば、友であり、部下であり、仲間であったお人好しの少女を在るべき所に帰すのは当然の事であった。〝先生!〟と慕う幼くも甘ったるい少女の笑顔を、彼も、その部下達も、忘れた事は無い。
戦う力は年齢に見合わぬ程あっても、遠く及ばない相手がいるからと足掻くその姿は脳裏に焼き付いている。強さを求める理由を訪ねた、彼等の喪った仲間達に迷わず少女は答えた。
「護りたいと思った時、力が無ければ喪うだけだもの。もう二度と、誰も傷付けたくない」
彼女がどうして海軍に所属しているのかを知る者達には、その言葉は重い。結局、その言葉を直接聞いたメンバーの大半は、彼女の言葉通り……力及ばず喪われてしまったのだが。
だからこそ、彼等は少女を喪えないと思う。彼女は、彼等が海軍に未だ手を出さない理由のひとつなのだ。
「俺達が未だ、お前らに攻撃を仕掛けてないのは……あの子が笑っているからだっ!それも守れないなら、今度こそ滅ぼすぞ!海軍っ!!」
「おお!お前が来たなら取り戻せそうじゃの!!」
「手のかかる馬鹿が増えたようだね」
血を吐くような叫びに、空気を読まない男ガープと、彼等の守役を務め続けたおつるは軽くいなしてしまう。その様子に、部下達は小さく笑ってから、昔のように共に戦う事ができる現実に心を踊らせた。
一進一退の攻防と呼ぶにはおかしい規模の戦場の中、時の経過と共に倒れ行く者達が増え始めて行く。そんな中で、最も少女を取り戻したかったであろう者達が到着した。
海軍の人間達は大半が見て見ぬふりをしていた、少女の秘密の恋人。行く事を許さなければ、海軍から去ってしまうと感じて止める事さえできなかった本気の恋。
その相手は、怒りを纏い、絶望を手に、到着する。愛しい少女を、ただその腕に取り戻す為に。
「俺の女を、返してもらおう」
この言葉を皮切りに、赤髪海賊団のメンバーが暴れ出す。幹部達が船長に続くように降り立ち、その背に続く。
これ程の戦場の中、目当ての少女の姿は見えない。見聞色の覇気で確認すると、確かに島の中にはいるとわかり、同時に……今も犯されていると知る。
シャンクスの纏う空気が、重苦しいものから変わった。凪いだ海のようなそれに、ライムジュースが声を掛けたのは己の他にその場にいるクルーの中で数人が、怯え萎縮しているのを感じたから。
「お頭?」
「ああ、重要戦力である筈のカタクリがいねェと思ったら、ウチの女神を今も貪ってやがる」
「……余裕だな。その兄を含む兄弟は、これ程迄に戦っているというのに」
ベックマンの言葉に、シャンクスは嗤う。想定外の人間まで加わっているこの戦場において……裏切りが起きないのは偏に取り戻したい相手が同じであるから。
そんな存在を今も堪能している男が、許せる筈もない。ビッグマム本人を始末すれば終わるとばかりに、グリフォンに手をかけた時、ルーとヤソップが前に出た。
「あのババアは、俺達に任せろ!」
ヤソップはニカッと笑い、ルーはそれに頷く。カイドウの方へと視線を向ければ、赤犬が大暴れしていた。
誰も彼もが傷付いていて、けれども煮立っていた筈の海は次第に消えてその海底であった筈の大地が姿を見せ始める。グラグラの実の能力か、はたまたマグマグの能力かと疑いたくなる程のこれは、ただこの場に居る者達の戦いが生んだ結果でしかない。
「本当に……恐ろしい起爆剤に手を出してくれたもんだな。核爆弾より危険だな、こりゃ」
「全てを粉塵に帰す危険性が高い戦力だからな」
「なァに今更言ってんだ。……あいつは、世界を滅亡に導く俺達の女神だ」
「……違いない」
ベックと軽口を言い合いながらも、ビッグマムも子供達を切り伏せ、撃ち倒し、そして……人の形をなさないカイドウの部下達もまた、同じように沈めて行く。それでも極力殺さないようにはしているが、四肢のひとつが失われるのは不可抗力と言えるだろう。
二度とこの戦場に立てないようにと言う配慮でもあるが、さて……その優しさは通じるかどうか。殺してさえいなければ、愛しい女が悲しむ事も無いだろう。
敵さえ傷付けられない、愚かしい程に甘い女。だがその甘さが、殺伐とした世界に生きる者達には癒しとなるのだ。
ただ、甘いだけで現実の苦しさを知らない女ならば、こうはならない。何も知らない花畑が口を開く事を許せる程、海賊は寛大でも無いから。
辛苦を舐め、絶望に身を置いて、恥辱に塗れて尚、気高く甘い女だからこそ、惹かれるのだ。生命を奪うなんて可哀想だと言って肉を食わないならば、いっそ何一つ口に入れるなと彼等は思う。
草木も生きている。ならば、動物の生命を憂いて食わぬと言うならば、野菜を食べる資格もない。
草食動物は、草木を食らって生きている。ならば彼等を食べる資格もないだろう。
魚とて同じ事。彼らもまた海の中で生きているし、貝や海藻も海の中で生き続けているのだ。
卵も豆も、果物だって……その口に入れる事は許されない。ただ、生命を奪う行為と、生きる糧を得る為の行為の違いを履き違えるような者と、彼女は全く異質なのだ。
優しさは、己に余裕があるから生まれると言うが、余裕を無くした時でさえ優しい者も確かにいる。それは貴重な存在で、だからこそこれだけの力を動員できるのだろう。
病になると攻撃的になる人、気弱になる人がいる。彼女は気弱になるが、それでも命の限り他者を守ろうとするのだ。
「……絶滅危惧種の世界滅亡ボタンだな」
「核兵器の起動スイッチみたいな言い方してんなよ」
スネイクが笑う。それでも、この表現に間違いではないだろう。
四肢のひとつを失っても、変わらずに挑んで来る者達には、敬意を表してもうひとつ奪っておく。足や手を両方失えば、その後の生活に大いなる支障が出るからと斜めで無くなるようにしてやるのは、彼等なりの最大限の優しさ。
本来ならば、ジワジワと切り刻んで苦しめてやりたいが、そんな時間すら惜しい。今も……俺達に迷惑かけない為にと助けを呼ぶ事さえせずに耐えているだろう事は容易に想像がつくから。
そんな時、強く大きな気配が動いた。漸く現れたカタクリに、つまりナミの意識は無いのだろうと分かる。そうなるまで貪りたくなる身体なのは、俺が誰よりもよく理解しているのだ。
目の前にいる男から、蜜柑の香りがする。……どうしてくれようか……。
目の前が怒りで赤く染る。ナミの泣き声が、聞こえた気がした。
どれ程追い込まれても、誰かを傷つけるより自分が傷付く事を選ぶ愚か者。平等な優しい世界など有り得る筈もないというのに、そんな世界を夢見ている事を知っている。
静かに笑う俺の動きを読み、先回りするように対応する男。それでも、その先読みができない程の速度で動かれたり、先を読んでいても対応しきれない動きをすれば……どうだろうか。
とりあえず、その腕……ナミを押さえ付けたそれはもう、いらねェよな。そう思って迷い無く斬り捨てるがすぐに生えてくるのを見て、能力者である事を確認する。
覇気を纏って斬っても、それが致命傷に繋がらないのであれば仕方ない。……と言うより、切られたように見せかけて剣の動きに合わせて自分で切り離したようにも見えたな。
もしそうなら、少しばかり面倒だが……勝てない相手では無い。覇王色の覇気を撒き散らしながら地を蹴れば、無敗の男が焦った様子で覇王色の覇気を返して来たが……覇王色は強さが如実に現れるのだ。
「……トップに立つ男と、その影にいる存在では同じ覇王色でも威力に差が出る」
「アンタ程の男が……執着するような存在か」
「同じ女に溺れてる男が言っても、説得力はねェだろうがっ!!」
カタクリの言葉から、手を引けと言ってるのが如実に感じられる。譲ってくれと言われているのが、嫌という程に分かっちまった。
それを、はいどうぞと言える訳がねェ。例えナミ本人が望んでも、手放すくらないならば世界を滅亡させたいと願う程に溺れているのだから。
武器の強さだけを鑑みた時、三又槍が相手では、通常剣に勝ち目は無い。槍であるだけで、剣が勝つ為には三倍以上の実力差が必要と言われているからだ。
その上で三又となれば、少しでも誤れば簡単に折られてしまう。それでも、引ける訳が無い。
愛しい女を拐い、傷付け、苦しめた存在。意識を失っているだけならば良いが、万が一にも死んでいたら……。
生きていたとしても、何も問題が残っていない保証は無い。甘く優しいナミは、同時に気が強くプライドも高いのたから。
抵抗してそれを抑える為に何かをされたり、心を折る為に身体や心に消えない傷を付けられた可能性だってある。俺に会った時に、いつもの微笑みを浮かべられなくなっていたなら……恐らく俺は世界を滅ぼしちまう。
それくらいには溺れているし、大切なんだ。仲間も、友も、俺の生命を賭ける事に問題の無い相手だが、恋人であるナミの為には死ねない。
俺は、ナミの為に死んでやる事はできない。仲間の為なら、腕でも足でもくれてやれるのに、ナミにだけはそれができないと自分で分かっているんだ。
死ねないが故に、代わりに世界を滅亡させる事だろう。……仕方ない事なんだよな。
俺が死んでしまえば、その先でナミが生きていたなら、他の男に寄り添うかも知れない。それを俺は、許せる程優しい生き物じゃねェんだ。
カタクリの足を斬りバランスを崩した所で肩と首の辺りから袈裟懸けに斬り捨てれば、流石にダメージを負ったらしく足の再生に時間がかかり始めた。ロギアではないのに、ロギアに近いその性質は、間違いなく覇気を上手く使っているから成し得るものだろう。
「相手が、悪かったな」
「……そのようだ。ママと同格の男相手に俺一人では、手に余る」
「俺の最愛の女神を攫ったんだ、生きていられるだけで奇跡と思え。ナミの所へ、案内しろ」
俺の言葉に素直に頷いた男は、斬られるのを恐れないのか、それとも案内する人間だから斬られないと判断したのかは不明だが、背を向けて歩き出した。その後に続いて到着した部屋からは、蜜柑の香りと性行為をした後特有の臭いが立ち込めている。
だが、俺が中を覗き見るより早く慌てた様子で室内を見回す姿に、即座に状況把握ができた。その巨体を押し退けるようにして入室すると、部屋の窓にあるカーテンに縛り付けられたシーツが見えるが……。
そうか、体力が底をついていて剃を使えなかったのか。それでも、逃げ出した……と。
急いで見聞色の覇気の覇気を使い探せば、戦場の片隅で丸くなる小さな気配に気付いて、慌てて駆け出す。そんな俺を男も焦った様子で着いてくるが、それを待つ必要性を俺は感じなかった。
爆音と粉塵に塗れて、血の匂いと泥の臭いが充満している。そんな中で、岩陰に隠れるようにして倒れている白と橙の塊に血の気が引く思いで駆け寄り、そっと腕に抱く。
前よりも軽くなったその身体は微動だにせず、ただ浅い呼吸を繰り返すばかり。取り戻した筈のその生命が……喪われてしまうのではないかと感じさせる程に冷たいそれは、俺の理性を喪わせるには十分過ぎた。
溢れ出して止まらない覇気は島を包無用に広がり、名の知れた者達でさえ動けなくなるものが出る程に辺りを覆い尽くす。それに問題なく対応できるのは、四皇のトップ達位なもの。
意識を保てる者は多くいても、問題なく動けるのはこの時仲間を除けば、僅か三名のみであった。それ程の激情が、島を蹂躙し留まる事を知らない感情が仲間以外の全てを無差別に攻撃していたのである。